いろいろあって全く触れられておりませんでしたが、ようやっと次話投稿です
今回は、割と今後も出てもらうことになるかもしれない人物も出てきます
「それでまあ、結局その授業はまともに受けられなくてさ。大変だったよ」
「ふふ、そうなんだ。でもやっぱり楽しかったりしたんでしょ?」
「うぐ……。痛いところを突いてくるなあ。そりゃあ面白がってる気持ちも多分にあったけどさ……」
学校での日常を、多少の脚色を加えながら――なるべく面白くなるように――話していく。もちろん、嘘は言ったりしないようにする。
たいして面白く聞こえないかもしれないそんな話を、時雨は笑ったり、時折叱ったり――大体は話の中で自分のとった行動に対してだ――しながら聞いてくれている。何となくではあるが、会話を楽しんでくれているような気はするので話題の選択は間違っていなかったと思う。
一旦会話を中断して、リンゴを一切れ口に放り込む。ただ八等分されただけのそれはうさぎの形だったりすることもなく、ただ食べやすい大きさに切っただけのものとなっていた。自分が切ったのだから仕方ないとは思うが、やはり遊び心も大事だろうか。今度切るときは練習も兼ねていろんな形に切ろうと決めた。
今日はこの後に検査があるらしく、あまり長い時間いるわけにもいかないのでリンゴを剥いたのは一つだけだ。必然的に病院の台所を借りることとなったわけだが、――当然のことではあるが、病室に刃物は持ち込めないためにその場でリンゴを剥くことは不可能だ――そこに普段は受付から動かない男性看護師がやって来たのが問題だった。またお見舞いか、気でもあるのか?なんて言って茶化してきた。やかましいですと言って一蹴したものの、生き生きとした表情をしていた彼は非常に面倒だった。さっさと剥いて残りのリンゴを手に病室に向かったものだ。
そんなことを思い返しながら窓の外を見れば、空は黒く巨大な雲に覆われていた。時期的に見て、おそらくは入道雲だろう。正式には積乱雲だったか。これは一気に降ってきそうだと考え、予定よりも少し早めに出ることにした。あんなに発達してしまえば降ってくる雨も相当なものだろう。朝は晴れていたとしても急にこんな風になるから雨は……ひいては夏は嫌いだ。
「…………これは、降ってきそうだね」
時雨がぽつりとつぶやいた。声がした方を見てみれば、彼女もまた、自分と同じように窓の外を見ていた。
「今日はもともと検査があるから少し早めに面会を終わらなきゃいけなかったけど……。このぶんだと、もう少し早めの方がいいかもね」
どうやら時雨も同じ結論に至ったらしい。名残惜しくはあるが、さすがに傘を持ってきていないのにあの積乱雲を無視することはできない。それに、また来週になれば会いに来ることは可能だ。本人曰く、いまのところは退院の目処はたっていないらしいからのんびり話す時間はまだあるのだろう。不謹慎であることは重々に承知しているが、最近では時雨と二人で話すこの時間が何よりも楽しいものになっている。いつか必ず、時雨はここを退院してもといたどこかの場所へと帰るのだろう。それがどんなに短くても構わない。せめてそれまでの間だけは、こうしてのんびりと話していたかった。
そこまで考えたところで思い至る。そういえば、自分は時雨がここに入院している理由を知らなかった。この特別棟にいることと、話しているときの様子から鑑みるに、身体的なものではなく精神的な何かに苦しんでいるということになるのだろうが。気になるし、知りたいとも思う。…………だが、今は聞くべきではないだろう。彼女がこの地に流れ着いてまだ日は浅い。浅いどころか、目を覚ましてからの日数で言えば、いまだ一か月にも満たない程度の時間しかたっていないのだ。もしも重いものを患っているのだとすればそんな短期間で治るはずがないし、もしかしたらその話題を振ることでいやなことを思い出させてしまうかもしれない。そう考えると、時雨に辛い思いをさせないためにも、それを聞くことはできなかった。
であれば、自分にできることは自ずと見えてくる。時雨が嫌だと思っていないのならば、毎週のようにここへ来て、しゃべり、時折何かしらの見舞い品を持ってくる。そんな、入院患者と見舞客の一般的な行為だろう。それをいかに楽しく、退屈させずにできるのか。その一点をしっかりしていればいい。
そうこう考えているうちに、窓には雨粒らしき水滴が付着しているのが見えるようになってきた。その数は見る間に増えていき、やがて窓の外には小雨が降っているのを確認できるようになった。
これはいけないと思ってゆっくりと立ち上がりながら、時雨にそろそろ帰ろうと思っていることを伝える。彼女もそのことを理解していたようで、すんなりと了承の返事を返してくれた。本降りになる前にさっさと帰ってしまおう。そう思いつつ、荷物をまとめて時雨に向き直る。
「それじゃあ、また来週に来るよ。今度は何か、暇を潰せるものも一緒に持ってこようと思うんだけど、何かリクエストとかはある?」
「ありがとう。一人というのはどうにも暇を持て余してしまうから、そういうものは助かるよ。…リクエストか。そうだね、軽くでいいから体を動かせるものが欲しいかな。看護師の方の付き添いがあれば、中庭で運動もできるから」
「わかった。何か考えておくよ」
それじゃあ、と言って部屋を出る。
運動できるもの、か。正直に言えば、少し意外だと感じた。というのも、時雨の見た目や雰囲気からして体を動かすことが好きそうなイメージが思いつかなったからだ。どちらかと言えば、文学少女とでも言うべきなのだろうか。屋内で静かにしていそうな雰囲気というかイメージというか、そういうものがあった。人を見た目や雰囲気で判断してはいけないというが、その通りなのかもしれない。まあ、今回の場合は時雨が運動好きだと決まったわけではないのだが。
リノリウムの床を歩いて受付まで戻る。その最中で、前方から何度も見かけたことのある白い軍服を着た男性が歩いてくる。服装からして鎮守府に携わる人物……それも提督だ。彼も誰かの見舞いだろうか。そう考えつつ、すれ違いざまに会釈をする。挨拶は大事だし、この病院に来るということは何度か会うこともあるだろう。そんな単純な思考から行ったことだった。だからだろう。
「ああ、君、すまない」
「え? あ、ええと、自分のことでしょうか?」
こうやって話しかけられるなどまったく予想だにしておらず、状況の把握に少し手間取ってしまった。
しかし、戸惑うこちらを特に気にすることなく、彼は話し始める。
「そう、君だ。この病院には特別棟というものがあるらしいが、それはどちらにあるか教えてくれないか?」
振り返り、改めて顔を見て分かったことだが、この人物は相当に若い。本来、提督という役職に就く人物はいわば”おじさん”と呼べる年齢の人物が多い。おおよそではあるが、五十代あたりが最も多いと聞いている。だが、目の前の人物はどう見ても二十代後半、老けるように見積もっても三十代前半としか思えない。ありえない若さではないし、実際に若く見えるだけなのかもしれないが、しかし提督である。これが工廠の整備班などなら理解できるが、提督という役職はエリート中のエリートが集う中でも一握りの、本当に優秀な人物しか就くことは許されないとまで言われる領域だ。この目の前の人物がどれほど優秀なのか、はかり知ることさえできはしない。
多大なプレッシャーによる緊張から、少し声が震えつつではあったが、なんとか道順を教えることには成功した。ありがとう、と言って去って行ったが、やはり彼も誰かしらの見舞いなのだろう。提督であることを鑑みるに、もしかしたら”
そう思いつつ正面玄関から一歩踏み出してみれば、そこには青空はなく、巨大で真っ黒な積乱雲から滝のように水が落ち続ける光景だけがあった。
次話はおそらく…というか、間違いなく八月か九月になります
また予定が立て込んでしまっているので……すみません
九月さえ終われば、それさえ終われば月一回か、二週間に一度の更新まで上げられると思いますのでご容赦を