今回はちょっとしかお話も進まず、後半に至っては謎の筒井さんラッシュです。ほんとうにどうしてこうなった。ちなみにいつもより500文字くらい多かったりもします。これから少しずつ文量を増やせるように頑張ります。
元々よく通る担任の声は、しんと静まり返った教室においてはなおさらよく響くようになっていた。室内の学生は誰一人として口を開こうとしない。黙って担任の次の言葉を待っているか、あるいは愕然として言葉が出てこないようだった。かくいう自分はといえば、正直なところ、ここまで冷静に周囲を観察できている自分に驚いている。なぜ自分は担任の言葉に驚かないのだろうか、なぜ周りのクラスメイトと恐怖や驚きといった感情を共有できていないのだろうか。それについて考えようとしたところで、そのとき担任がこぼした「すでに一人が轟沈した」という言葉にびくりと身体が反応した。担任は瞳を伏せ、続けて口を開く。
「さすがにどこの鎮守府のどの子かってことまでは言えんけど、駆逐艦が一人沈められとる。正確には行方不明やけど、鬼種との戦闘時だったことと、行方不明になって長い間見つかっとらんことからもう生存は絶望的だ、って。捜索もされてたけど見つからずに打ち切り……まあ、よくある話ではあるよね」
担任は普段よりも数段落ち込んだ声で話していたが、そこで一旦口を閉じた。艦娘の容姿というのは、例外こそあるものの、基本的には彼女たちが受け継いだ軍艦の魂がどのような艦種で、どの程度の大きさだったかに依存するとされている。たとえばその受け継いだ魂が駆逐艦のものであれば、幼く、小学生から中学生程度、戦艦のものならばその大きさに比例するように成人した女性となっている。担任はその沈んでしまったのであろう駆逐艦娘を、今年に中学校に上がったばかりの自身の娘と重ね合わせているのではないだろうか。
沈痛な面持ちのまま、自身を落ち着かせるように一度深呼吸をして彼は続ける。
「まあ、今はその子のことはよかとよ。兎にも角にも、鬼種のことを優先せんとね。
鬼って名前が付いたのは、単純にその姿、能力が今まで確認されてきた深海棲艦と一致せず、かつそのあまりにも高い戦闘能力から古来から正体不明の脅威に対して呼んできた"鬼"という名称を当てはめただけのこと。まあ、今回に限ってはその姿が異形そのものだってこともあるんやろうけどね」
戦艦の砲撃を受け止め、小型の艦娘を一撃で水底へと沈める異形。自分が直接見たことなどあるはずもないが、その名の与えるインパクトが、鬼という呼称がこれほどまでに合致するようなものもそうそうないだろう。しかし、こういった艦娘の轟沈などという重要な情報が――将来的には海軍に関係する職場へと向かうことになることが多いとはいえ――一般人である自分たちに伝えられるなどそうそうあることではない。それは単純に、国民に大きな不安を抱かせることがわかりきっているためだ。「自分たちの持ちうる最大戦力を出撃させましたが倒すことはできませんでした」などと馬鹿正直に話せば混乱は大きくなる一方だ。それでもなお海軍本部が伝達を決行したということは、話に聞いて想像するよりも甚大な被害が出たと考えるべきか。
頭の中がぐちゃぐちゃになる。考えれば考えるほど思考は渦を巻き、足元に徐々にひびが入り、崩壊し、深い、深い闇の中へと落ちていってしまいそうな錯覚に陥ってしまいそうだ――――思考の渦にはまりかけて、そこで頭を振って気持ちを落ち着かせる。ここまできて自分が大きく動揺していることに気づいたが、さすがに周りのクラスメイトほどではないようだ。
ふと気になって隣の席を見てみれば、顔全体から血の気が失せ、青白くなっている筒井さんがいた。ショッキングな話を聞いた直後だとはいえ、あまりにも具合が悪そうだ。これは保健室に行ったほうがいいかもしれない。
「とにかく、現時点での状況を聞いてみて、今一度進路とかの判断をーー」
「すみません、先生。筒井さんの体調があまり良くないみたいなので保健室まで連れて行きたいんですが」
話を途中で遮られたことで少しむっとした表情になった担任だったが、隣席に座る筒井さんの姿を見て納得したのか特に小言を言うこともなく許可を出してくれた。
「ん、全然大丈夫じゃなさそうやね。羽川、付き添いで連れて行って」
こくり、と頷いて筒井さんに教室を出るよう促す。彼女は少しふらつきながらも立ち上がり、ゆっくりとした歩みで廊下へと向かった。彼女のそばで身体を支えながら自分も教室を出る。
廊下に出て少し歩いたところで彼女はこちらに顔を向け、具合が悪いにも関わらずなんとか押し出したといった声音でありがとう、と呟いた。
保健室へと入り、養護教諭と何かしら話をした後に筒井さんはベッドで眠りについた。
養護教諭の話によれば、彼女は心的な要因による心身の不調を感じているらしい。起きたときに一人だと不安になるだろうから傍にいてやってくれと言われた。また、どうやら以前から何かしらの原因でストレスを感じていただろう、とも。
にやにやしながら傍にいろと伝えた直後に真面目な表情に切り替わってそんなことを言うあたり、養護教諭なりに筒井さんの状況を心配しているらしい。自分がいても心の支えになれるのかはわからないが、わかりましたと頷いて白いカーテンで仕切られた個室のうちの一つにあるベッドの側へ椅子を寄せて座る。真っ白なシーツの上には筒井さんの小柄な身体が横たわっており、彼女の顔は血色こそいまだ健康的とはいえないが、それでも穏やかな表情で眠っている。
日頃から母親について行って病院に入り浸っていたせいなのか、そして保健室という場所も相まってか、消毒液の少し鼻にツンとくるにおいを嗅ぐと気分が落ち着く。人によってはあまり好きではないという人も多いのだろうが、やはり自分はこの独特なにおいが好きだ。
仕切られた決して広くない白い空間、薬品棚の中に収められた消毒液のにおい、ベッド上に横たわる少女。これらの状況が、今もなお複合病院の看護師以外はほとんど人の来ない特別棟の一室にいるであろう時雨を連想させる。
彼女はいま何をしているのだろうか。一人で寂しくはないだろうか。そんな取り留めもないことをぼんやりと考えていた。今日は木曜日。時雨と会えるのは日中の面会時間が長くとれる土曜日か日曜日だけ。なにやら週末に逢引きしているかのような気分になり、一人苦笑いする。
そういえば、次の面会の時には何か体を動かせるようなものを持ってきてほしいと言われていた。時雨だって年頃の少女なわけだし、あまり激しい動きをするものは好ましくないだろう。となれば、一人でもできる縄跳びや、いろんな遊び方ができるボールあたりが妥当だろうか。一人で外で遊ぶということをあまりしないためか、どうにもその辺りのことには疎い。だが、まだ2日程度あるわけだしのんびりと考えてもいいだろう。クラスメイトたちに聞いてみるのも有効だ。
週末に向けて思いを馳せていると、ふと筒井さんの上にかけられているタオルケットが彼女の身体からずり落ちそうになっているのが目に入った。保健室は空調が効いていて常に過ごしやすい室温を保たれているとはいえ、何もかけることなく眠っていては風邪をひくかもしれない。そう思ってタオルケットに手を掛け、筒井さんを起こさないようにゆっくりと彼女の身体に覆い被せた。あまり大きなタオルケットではないのだが、筒井さんの身体はすっぽりと覆われており彼女のその小柄さを改めて実感する。それと共に幼さというかあどけなさというか。そういったものの残るその穏やかな表情を見ると自分までなんとも穏やかな気持ちになり、自然と口の端が上がっているのがわかった。この状況だけを見れば完全に変態だ。なにせいまだタオルケットに手を掛けたままなのだから。
今更ではあるがこれはひどい誤解を生むかもしれないと思い至り、素早くタオルケットから手を離して浮かしていた腰を椅子の上へと下ろす。これで完璧だ。なんに対してかはわからないが勝利を確信した笑みをこぼすと、その瞬間にこの部屋を仕切っていたカーテンがひとりでに開いた。いや、つい先ほどまでカーテンのあったところを見れば養護教諭が立っている。彼女が開いたのだろう。彼女はこちらを向いて筒井さんの親御さんに連絡をしたことを話す。どうやら筒井さんは今日は早退することになるようだ。自分としてもあのまま授業を受けるのは心配だったので少しほっとした。
思わず安堵の息をこぼせば、それを認めた養護教諭がなんだ、心配してたのか?などとまたにやにやしながら聞いてくる。それはそうだ。クラスメイトが、それもその可愛らしさからマスコット的存在になっている隣席の女子生徒の体調が悪ければ心配にもなる。そうはっきりと伝えれば何やらひどくつまらなそうな顔ではいはいそうですねーと言って個室から出て行きカーテンをぴしゃりと音を立てながら閉める。なんだったのだろう。自分たちの間に色恋沙汰など期待されてもそれこそ無駄なことだと思うのだが。
手持ち無沙汰となってまたぼんやりとしているうちに筒井さんの寝顔を眺めていることに気づき、見続けるのは失礼だと思い視線をそらす。
視線をそらした先の窓から見えた空には、穏やかな晴れ空が広がっていた。
そういえば、利き腕である右腕が軽く肉離れしたとかしてないとかでうまく動かないので、ちょっとパソコンのキーが打ちづらくなってます。誤字脱字などあればご遠慮なく指摘してください。特に後半は日本語がめちゃくちゃになってる気もするので。