実は九月中には完成していて、ただただサブタイトルが決まらなかっただけというのは秘密だったりする。
”妖精さん”と呼ばれる存在がいる。
艦娘の用いる艤装の補助をする”装備妖精”や工廠において装備の開発や適性をもった少女たちを艦娘として
彼女らとの意思疎通は困難を極め、正確な意思疎通ができる人間は即座に海軍の引き抜きによりどこかの鎮守府に配属されるとまでいわれている。逆に言えば、妖精さんとの意思疎通さえ可能であれば将来は約束されたも同然だと言えるのだ。(とはいえ、鎮守府配属というのは第一線に身を置くのと同義なのだが)
そんな妖精さんとのコミュニケーション取り方は、実をいえばマニュアル化されている。しかしマニュアル化されていても妖精さんの基準で最良とされるそのボディランゲージがなかなか正確な意図をくみ取れないのだ。それは彼女らの動きが複雑だということもあるが、それ以上にその動きを”なんとなく”理解できる人間が少ないためである。自分たち整備科の間で語り継がれる偉大な先輩である人物の残した名言「彼女らの動きは理屈ではない。考えるな、感じろ」とはよく言ったもので、同じ動きをしても妖精さん自身のその時の気分や体調によって意味合いが変わることがあり、あまり表情の動かない彼女らを見て上機嫌だとか怒っているだとかを直感的に判断できる能力が求められる。この直感的判断ができなければ意思疎通はできない、というわけである。
ではどうやってその直感を磨くのかといえば、端的に言って”慣れ”である。理屈じゃないのだから回数をこなして雰囲気をつかむしかないのだ。そしてその直感を磨くための時間を授業として取り入れる特殊な学科――この学校はどの学科も特殊なのだが――が”艦娘兵装開発・整備科”、通称整備科だ。主に鎮守府の工廠において資材管理や妖精さんのお世話、妖精さんへの新装備の提案などを行う工廠関係者の職に就くための勉強をする学科である。
さて、なぜそのようなことをたらたらと考えているのかいうと、全身から感じる重みから逃避するためだ。具体的には自身へと乗っかってきている二頭身の人型生命体……妖精さんがあまりにも多く、その重さに耐えきれずに校内に存在する工廠のひんやりとした床にうつ伏せとなって倒れているこの状況から少しでも目を逸らしたかったためである。じゃれついてくるのは一向に構わないが、できればそういうことは少人数で行ってほしい。主に周囲からの好奇の目が痛いから。
「髪を引っ張るのはダメ。痛い。そこ、肩甲骨の上の妖精さんは飛び跳ねない。それもめちゃくちゃ痛いんだぞ」
「うわあ……またやってる……」
現実逃避をやめて体に乗っかる妖精さんたちをちぎっては投げ、ちぎっては投げとしていたら(もちろん比喩表現であり、実際には近くのマットに転がしているだけだ)、近くのマットの上で別の妖精さんと戯れていたクラスメイトからなにやらドン引きですとでも言いたげな声が聞こえた。解せぬ。何をと思って彼女に妖精さんを一人ふわりと投げてみれば、その妖精さんは自身が飛んでくるのを見てわたわたと慌てる彼女の頭の上にびしっとポーズを決めながら乗っかった。両手を大きく斜め上に広げてご満悦のようだ。十点をあげよう。
危ないじゃない、と文句を飛ばしてくる彼女は周囲から注目されていることに頬を赤くしつつも、自身の頭の上を走り回る妖精さんを捕まえようとすることに躍起になっていて、周囲の笑いを誘っていた。
彼女も妖精さんからなかなかに好かれているが、自分には遠く及ばないな、とおかしなところで勝利を確信しながら顔面にとびかかってきた妖精さんをひっぺがしては投げる午後となった。
ぼんやりとしながら、一人寂しくから揚げをつつく。今日は母が夜勤のために家には自分以外にだれもおらず、そのために学校帰りにある弁当屋でから揚げ弁当を買って帰ってきた。すでに時刻は二十時を回っており、テレビもつけずに静かにご飯を食べている。リビングの明かりはつけているが、キッチンの明かりをつけていないために部屋は少し薄暗く、正直に言えば結構怖い。もともと変に想像力が働くタイプの人間なためか、どうにも辺りが暗いと昔に姉と見た心霊現象を特集したテレビ番組が思い出されて心が落ち着かなくなる。小さな子供じゃあるまいしそんなに怖がらなくてもと自分でも思うのだが、こればかりは治しようのない根っからの気質であるために仕方がない。
考え出してしまえば止まらない想像だか妄想だかから思考を逸らすために視線をさまよわせていれば、ふとカレンダーが目に留まった。明日は土曜日。つまり時雨に会うために複合病院まで行く日である。先週末に彼女から頼まれていた運動に使えるものを持ってきてほしいというリクエストは、大小数種類のボールを持っていくということで自分の中では結論が出た。集団での遊びや一人遊び、果てには身体機能回復のリハビリにまで使えるボールという道具はまさに万能。定番にして定石だが、だからこそ問題が起きないものでもある。
我ながら完璧だと一人でにやにやと笑っている現状に気持ちの悪さを覚えてすぐさま笑みをひっこめる。自分でこう言ってしまうのもなんだが、傍から見れば今の自分は相当に気持ち悪かっただろう。自分でもそう思うのだから、そうに違いない。おかしな形に緩んでしまった頬をぺちぺちと叩いて気を取り直す。えらく優しい音しかしないのは痛いのが嫌いだから。へたれだとか言われそうだが、痛いのを我慢するくらいならそんな言葉は甘んじて受け入れる。
我慢は良くないからな、と誰に聞かせるわけでもなく呟いた後、もう中身の残っていないから揚げ弁当の空容器を持って椅子から立ち上がる。そのままゴミ箱へと容器を捨てるためにベランダに出たところで、ひんやりとした空気に身を震わせる。もう十月も中旬なのだから、生地の薄い部屋着で外に出れば肌寒く感じるのは当然のことだった。ベランダに出た目的を果たすべく大きめの可燃ごみ用ゴミ箱へと空の容器を投げ入れて蓋をぱたりと閉じる。これで任務完了だ。肌寒い場所にいる必要もなくなったのでいそいそと室内に戻り、ベランダへと通じる大きな窓を閉じて鍵を閉める。カーテンを閉めてお風呂に入ろうかと思っていたが、なんとなく夜空を見上げてみると雲がほとんどないのか煌々と輝く月が見えた。満月だ。
今までだって何度でも見たただの満月であるはずなのに、背筋にぞわりと悪寒が走り、視線はずっと惹きつけられたまま。なにか、いやなことが起きる。そんな気がして
えりちかをWordソフトで描き終るまではそっちにかかりっきりになりそうなので、またえらく長いことお待たせすることになるかもです。今回も短いのに申し訳ない。
お詫びに言葉の勉強でも
lunacy : 狂気。精神異常。ラテン語で月を意味する"Luna"を語源とした英単語。派生した単語として"精神異常者"、"変人"といった意味を持つ"Lunatic"が存在する。
月は"憑く"という概念の象徴でもあり、賭け事やギャンブルにおける"ツキがある""ツイている"といった表現は"神がかり的な""神霊の憑いた"という側面の意味も持つ。