なんか最初の方は普通にかけてたはずなんですけれど、2000文字越えたあたりからなんだかテンションがおかしくなって気づけば変な方向性に。
誤字脱字や批評などありましたら言ってくだされば幸いです
ちなみに今回の作業BGMは秋イベント海域BGMことさんま漁のテーマでした。
「……そんなにムキにならなくてもいいんじゃないかなあ。ん、ちょっとくすぐったいよ」
「ごめん、優しすぎたか……でもほら、なんかこう、やり返さないとすっきりしないっていうか」
「気持ちはわかるけれど、そのくらいのことで女の子相手にムキになるのはかっこよくないよ。あ、それちょうどいい……そのままお願い」
「はいはいお姫様、了解しましたよ。そう言われてしまえば反論はできないかなあ」
「お姫様なんて呼び方はやめてよ。もう、祷は変なところで子供っぽいんだから」
二人で談笑しながら、目の前で揺れ動く時雨の長く艶やかな後ろ髪を木製の櫛で梳いていく。病室の簡易なベッドに斜めを向きつつ腰掛ける時雨は、同じく斜めを向いてその後ろに腰掛ける自分に軽くもたれかかるようにしている。視界の端に映るクローゼットの横には今日自分が家から持ってきた数個のボールが置かれ、うち一つは手持無沙汰となった時雨の手の中でひょいひょいともてあそばれていた。
穏やかな時間が流れる。たまに櫛を通す加減を間違えては時雨に指摘され、言われたように修正してしばらくするとまた加減を間違いまた同じようにやんわりと指摘される。そんなことをかれこれ三十分もの間続けていた。五分おきくらいにそろそろいいかなーなどと考えていれば、まるで心でも読んだかのようなタイミングでまだまだ足りないよと言わんばかりに後頭部をこすり付けてくる。なんだこの可愛い生き物。初めこそこすりつけられたときはどうしたんだ、と口からこぼれたが、それに対してぼそり、と「……もっと」なんて呟かれればもうこれは続行しないわけにはいかないだろう。そしてそれが何度も続けばさすがに自分だって学習する。このなんとも穏やかで静かな時間を終わらせたくはないし、ずっと続けばいいのに、と。あわよくば、時雨も自分と同じように思ってくれていればいいのに、なんて考えてしまう。
そのまましばらく同じようなことを続けていればもう大丈夫だよ、と時雨が一言。少し上を見上げてこちらを見るその顔からするとどうやら満足したらしい。
「ありがとう、祷。やっぱり誰かにやってもらうと自分でするよりも丁寧でいいね」
「どういたしまして。俺は髪を伸ばしてないし、あんまり髪を梳く苦労っていうのはわからないかなあ……伸ばすつもりもないし」
「結構長い間この長さだからもう慣れたんだけどね。それでも自分でやると後ろの方は手が届きづらいから」
「ああ、なるほど。確かに後ろは難しいな……このあとはいつもどおりの三つ編みにするの?」
「うん。そのつもりだけど……祷もやってみる?」
女の子の髪の手入れは難しいものだと実感しているとふと気になって髪型をどうするのか聞いてみる。時雨は普段から会うときには必ず後ろ髪をひとまとめにした三つ編みにして、その先端を赤い髪留めでとめている。知り合いに三つ編みの髪型の人物がいないために、もはや自分の中では三つ編みは時雨のトレードマークとなっている髪型だ。今日もそのとおりにするのかと聞けば予想通りの答えが返ってきた。ように思えたが返答の後に自分もやってみるかとお誘いが来た。はて、自分は三つ編みなんてできるほどに髪は長くないはずだが……いや、たとえその長さであったとしてもはいやりますと言ったとは到底思えないのだけれど。
そんなことを考えていればなにがおかしいのかわずかに梳いたばかりの長い黒髪を揺らしながらくすくすと笑う時雨の声が聞こえてきた。揺れる髪が肩から腕の辺りに当たって少しくすぐったい。
「ふふっ……もう、別に祷の髪を三つ編みにするわけじゃないからそんな変な顔しないでよ」
自分の髪が対象ではないと聞いて一安心すると同時に変な顔といわれたことが少し引っかかる。そんな顔してた?と聞いてみれば、してたしてたと言わんばかりにこくこくと首を上下に振る。そうか、変な顔だったのか。まあ彼女が楽しそうだしその程度のことは気にしないでもいいだろう。
さて、三つ編みにするのが自分ではないということは先、ほどのやってみる?という発言は君に僕の髪を三つ編みにさせてあげようか?という意味合いなのだろう。なんだか時雨が嫌みったらしいことを言っているかのような解釈をしてしまったがきっと本人にそんな意図はまったくない。……はずだ。まあなんであれこの幸せな時間が続くというのならばその提案に乗らない手はない。やってみることにした。
「まず髪を均等に三つの束に分けて、そのあと端っこの一房と真ん中の一房を交差させるようにして……」
といっても周囲に三つ編みの人物がいないことからも察せられるように、三つ編みなんて今まで一度もやったことがないわけで。時雨の指示に従いつつゆっくりと、ほんの少しずつではあるものの彼女の髪を丁寧にまとめていく。三房すべてを一度ずつ交差させるのが終わったら今度はしっかりと編みこみを引っ張って緩まないようにしなさい、とのことだが、この作業がもっともプレッシャーのかかるものだった。
髪の毛というものは当然ながら頭から直接生えているものであり、髪のみを切ったり軽く引っ張ったりしても痛みを感じないものだがこの引っ張るという動作が頭皮に根付く髪の毛全体に影響を及ぼしてしまえば話は変わる。髪の毛は生えているものであるために、何かしらの動作が加われば頭皮に刺激がいってしまうものだ。そしてその刺激が強くなってしまうと痛みを感じる。つまりこの編みこみを作った後にしっかりと髪を引っ張って纏め上げるという動作はなれない人間である自分にはどうしようもなく不安に思えてしまうのである。
強く引っ張りすぎてはいないだろうか。もし痛かったらすぐに言ってくれとは伝えてあるけれども、もしかして多少の痛みを我慢しているのではないだろうか。そんなことばかりで頭の中が埋め尽くされ、プレッシャーに負けてしまった緊張が表に出始めたのかだんだんと手が震えてくる。こんなことではいけない。彼女の髪が傷ついてしまうかもしれない。頭の中がぐちゃぐちゃになる。指先から感覚がなくなり、温度も感じられなくなって、そしてまた足元から地面がなくなったかのような浮遊感が襲って――
「大丈夫」
不意に耳元から聞こえた一言で、突然熱を感じた首元と右頬で。視界が開ける。体の前面から彼女の暖かさを感じる。
「大丈夫だよ、祷。僕は今ここにいる。君もちゃんとここにいるんだ。大丈夫」
耳元でささやかれる落ち着いた声音の言葉。首元と、それから頬に伝わる感覚から彼女の手が触れているのだとわかった。視界がはっきりしてきて、なにか黒い糸のようなものが見える。全身で、彼女から伝わる熱を、体温を感じる。
「だから、ね? いつもどおりにのんびりとしよう。一緒にお話ししよう」
ああ、またやってしまったのか、と。大きな後悔が胸の中で渦巻きつつもありがとう、と一言声に出す。今できることはそれが精一杯だった。だからこのすぐそばから聞こえる落ち着く声も。全身を包み込む熱も。視界にかかっている長い黒髪も。
「今はゆっくり休んで。ね?」
もうすこしだけ、このままで。