マシュの盾が騎士王の宝具解放より先に霊気に届いた。
その終わり、潔い表情を残して魔力の粒子となった。
「終わった、んですよね…」
騎士王が消えたあと。光の粒子の水晶体…特異点の原因を見ながら、現実を確かめるようにマシュが立香たちに尋ねた。
「やったぞマシュ!おめでとう!」
「やれば出来る子だって知ってたわよ!!」
「きゃっ!?」
喜びに溢れた立香とオルガマリーがマシュに飛びつく。
初陣で騎士王と対峙、撃破という偉業を達成したのだ。その緊張感から解き放たれた彼らの喜びは上限値を突破していた。
『キャスターでも引き出せなかった宝具がここで使えるようになったんだ!あの
モニター越しのロマニもお祭り騒ぎのように興奮している。そして、誰かに鎮められていた。
「それで、宝具の名前ってあるの?」
「えっと、分かりません」
「そう…ま、そんなことだろうとは思った」
「はい、すみません…」
オルガマリーは「違う、そうじゃなくて」と口ごもりながら、ボソッと言葉を続ける。
「…じゃあ、”
「え?」
「アナタ、英霊の真名が分からないんでしょ。だから仮で、ロード・カルデアスって名付けたらどう?って提案したの!気に食わないなら自分で考えなさい!」
見事な早口。顔は真っ赤。表情は落ち着かず。視線はどこか別の場所を見て。両腕を組みながら。プイッと頬を膨らませて。
「所長…」
1秒の時間に詰め込まれる数々の動作に周りが感嘆するなか。
「こ、こんなとき所長は素早い判断を求められるの。
考えておけば直ぐにでも使えるじゃない!悪い!?」
雰囲気に耐えきれず更に口調が早くなる。
銀時たちはニヤリと笑い、視線を交わすと。
「所長、ツンデレの安売りですね」
「CV.釘○さんか?」
『これはもう歩くツンデレだよ』
こんなにも遊び甲斐のある所長もこの先なかなか拝めないだろう、と。全力で弄る方向に舵を切った。
「死ねっ!」
青筋が切れたオルガマリーが魔弾を放ち、銀時たちを追いかけ回す。
彼らを他所に、大空洞にキャスターが現れる。
「よォ、終わったみてえだな」
「無事で良かった。どうやらそちらも終わったようだ」
「くそー、色々言いたいが解決したから愚痴はなしにしといてやる。あの騎士王を倒したんだ、俺もご覧の通り退去するしな」
ジークが彼の足元を見れば、聖杯戦争が終わった証となる英霊の座への退去が始まっていた。
「キャスター、なぜあの映像を所長に観せたんだ」
「あん?そりゃあ”時系列がゴチャゴチャ”してるからな。ま、騎士王がどうして特異点の原因かとか、謎は謎のまんまだったけどな!」
「そうか。やはり、全て解決したわけではないのだな」
「あぁ。んじゃ、俺はここまでだ。あとのことは任せる。
次に会うなら、ランサーのクラスででも召喚してやってくれ」
冬木の聖杯戦争、最後のサーヴァント、キャスターも退去した。
ジークが振り返れば、落ち着いたオルガマリーがキャスターのセリフから疑問を拾っていた。
「あとのこと、ね。随分と大雑把だけど、これで修復は完了じゃない」
『こちらでも異常の見落としを探していますが、特別なものはなにも。キャスターの杞憂だと思いたいですね。
こちらで退去の準備をしているので、もう暫くお待ちください』
「おう、早くしてくれよ。帰ったらお前の隠し持ってるスイーツ食べてやっから」
「ドクター、またイチゴのショートケーキを余分に横領したんですか!?」
『うえぇ!?どうしてキミがそのことを知って……あ、その顔!鎌を掛けたな!あぁ違うんだマシュ、お願いだから盾を置いて!?』
「あはは、ドクターって意外とやるんだね」
「ふふ、良いじゃないか。俺も着いていけるようだ、カルデアでの生活が楽しみだよ」
笑顔ではしゃぐ銀時たちを見ながら、オルガマリーは微笑みながら一筋の涙を流す。
「……そう、もう終わりかぁ」
誰にも見られないよう、顔を逸らして拭う。
目の前で楽しく騒いでいるあの空間に、まだ立っていたいと思ったから。やっと馴染めて、人の輪に入ることを知ったから。オルガマリーの胸の内に、生きたい理由が増えてしまったから。
なぜ、それらの理由に”から”と付け足すのか。
それは──────。
「良く耐えた。サンキューな、オルガマリー」
「っ!?」
思考が先を続ける前に、銀時の手のひらが頭を撫でた。
孤独に震える心に染み込む温もり。
肌も、言葉も。いまオルガマリーが欲しかったもの全てを、銀時は知ってか知らずか選んでいた。なにか隠し事があるという勘に任せて。
「な、なに撫でてるの!
誰も許可してないし、子供扱いしないで!」
「頑張ったやつには労いの1つ言うもんだろーが。
オメーの開き直りがなきゃ、マシュも立香も無事じゃなかった。これからもその調子で頼むぜ?」
ニッと笑うさまに、オルガマリーは目を逸らす。
カルデアで罵詈雑言を浴びせ、邪魔者として追い出したにも関わらず。しっかりとオルガマリー・アニムスフィアと向き合える、坂田 銀時の人間性に申し訳なさが心の中から溢れてしまうのだ。すでに少なくない信頼を寄せているんだと、このとき自覚した。
「…………………………………あのね」
黙っていようとしたことを、彼にだけは打ち明けておこうと口を開いた。
「やぁ、さっきぶりだね。カルデアの諸君」
オルガマリーの声を、あり得ざる存在が打ち消した。
勢いよく反応する。
銀時は似た声帯が印象に残っているから。
オルガマリーにとっては、最も信頼できる人だから。
両者が声のするほうに振り向いたとき、彼の手元には特異点の原因とされた水晶が握られていた。
「水晶が、レ…レフ教授の手元に…」
「彼は死んだはずじゃ!?」
「マシュ、まさか騎士王を倒すとはね。シバを生み出したときの達成感を上回る驚きすらしたよ。
それに、一般候補のマスター2人がここまで番狂わせをしてくれるとは……」
カルデアで見せていた表情が化けの皮と知るに時間は要らない。忌々しく、苛立ちを込めて見下ろす瞳が語る。私は敵だ、と。
「レフ……レフ!」
「…………あいつ」
銀時の眼光が鋭くなるのを他所に、オルガマリーは盲目的にレフに歩み寄っていく。前例のないことが連鎖し、彼女のストレスはピークに達していた。レフは、オルガマリーに降りかかる困難を共に乗り越えた人間。届く声が低温であろうと、さぞ心地の良い眠り歌に聞こえるだろう。
「どいつもこいつも、私の慈悲で生かしておけば許容外のことばかり引き起こす。実に不愉快な生き物だよ、君たち人間は」
それをレフは知っている。
もう棺桶に沈んでいることを解っている。
「ダメだ所長!」
「それ以上近づかないでください!いま近づいたら…」
飛び出そうとする立香を引き止めるマシュ。
もし間に合うのなら一緒に行こうとした。
だが、マシュの勘が言うのだ。レフの手は、既にオルガマリーの首に伸びていると。
「マシュ、人ならざる力を得た君なら分かるだろう。そこの盲目的な女とは違ってな」
「ぐっ…」
立香も、マシュも、ロマニでさえも彼女の意識を惹くに値しない。オルガマリーの芯を理解して、脊髄を殴り倒すような一声でもなければ三半規管は震わせられない。
「だけどねオルガ、君の存在で愉しませてもらった。
生前にあれだけ欲していたレイシフト適正を、”肉体を失う”ことで獲得したのだからね」
『…………くそっ、やはりか』
「ふん、生きていたかロマニ。諸共消し飛ばしてやろうという慈悲を無駄にしたか。ところで、賢しいお前は本当は気づいていたのではないかな、オルガの肉体は既に”死んでいる”と。
ふーっ、いけないな。事実は正確に伝えるべきだよ。生きているかもなどという希望的観測なんて、茶番劇よりも可笑しいだけだ」
くつくつと粘りつく笑みを浮かべる。
「オルガの足元に爆弾を設置したよ。あの瞬間、管制室にいた彼女は誰よりも粉微塵になった。そして、レイシフト適正を欲した彼女の願いを、トリスメギストスが掬ったに過ぎない」
「そんな!?」
「お前………」
立香やマシュにも見せずに流した涙。
オルガマリーはその身が無いことを知っていたから流れたもの。自らが死んだ瞬間を自覚しているからこそ、彼らと生きられないことを悔やんだ。
「カルデアに戻れば、オルガの意識は消失────」
数分前のことも忘れて。
泣きながら近づくオルガマリー。
彼女に哀れみの視線を向けるレフよりも先に。
銀色の風が、大気を震わせて言葉を中断させた。
「───なによ、アンタは黙って……」
坂田 銀時の叫びが、遂にオルガマリーの意識を鷲掴みにする。
「やった、所長が振り向いた!」
「けど…所長はもうあの男の範囲内です…」
全霊の声が届いたとして、次は助ける手段がない。
令呪を使おうものならレフの魔の手が先に彼女を殺すだろう。例え意識が向いたとして、依存している彼女が簡単に離れるとは考えにくい。
『あと少し間に合わなかったか!』
成す術無しと、ロマニがモニターの向こうでデスクを叩く。立香もマシュも、その悔しさが痛いほど分かる。
「大丈夫、しっかりと俺たちの想いは伝えてある」
「………どういうこと?」
銀時はそんな2人の背中を叩き、背筋を伸ばさせる。
まぁ見てろ、と。淀みなくオルガマリーに信頼を注ぐ銀時の視線の先。
感動の再会を邪魔されて腹立たしそうに睨むオルガマリー。怒号を放った銀時を一瞥して、レフのもとに再び歩み寄ろうとした矢先。
”オルガマリー、俺たちを信じろ”
「っ!?」
オルガマリーと呼ぶ声が、数時間前の言葉を記憶の奥底から引きずり出てきた。
「ふん、無駄な足掻きを。そうやって吠えて、無力な己を呪いながら見ていろ」
「な、んで…」
”こんな局面で後から死んだやつが現れても、きっとロクなもんじゃねえさ”
「私には、レフが………レフしか………」
”これからもその調子で頼むぜ?”
「……………──────ッ」
次々と、短時間で言葉を交わした侍の信頼を浴びる。
長年培ってきた理解者への依存と、短時間で何度も信頼を預けてきた男。こんなものを比べるほうが可笑しい話だ。
レフはオルガマリーの疲れ果てた心に寄り添い、いつも窮地から助けるために力を貸してくれた。
それに対して、銀時は生意気な態度を取るしお互いを支え合うために自分の過去を勝手に話すし仲間を1人で行かせはしなかった。
「くく、さあオルガ。最期に君の宝物に触れさせてあげよう。聖杯を使い、カルデアスと時空を繋げておいた。もう果てた哀れな少女に相応しい──────」
大きく深呼吸。
さまざまな記憶を思い返して、2人の違いを見つけた。
漸く、オルガマリーの聴覚は現実を聞き入れる。
「んなこと知ってるわよ、ばーか」
言い放つや、レフに右腕を構えて至近距離から魔弾を連射した。
「ぐっ!?」
「所長!!」
「やった!」
反応が遅れたレフは穴だらけになる。
そんなものは知るか、と。オルガマリーは全速力でかつて依存していた悪魔のもとから自ら離れた。
「レフ、貴方のおかげでカルデアの所長として威厳は取り繕えてたと思うわ。そこは本当にありがとう。
けどね、貴方に助けられて安堵はしたけど、あの馬鹿どもみたいに心が暖かくなることはなかった。だって、次も1人で矢面に立つことは変わらなかったんだもの」
「オルガマリィ…」
悲しさに目を閉じて、銀時のもとへ走る。
彼女の足に迷いはもうなかった。そこには、共に前線に立ってくれる人たちがいるから。
「騎士王との戦いから思っていたが、キミの魔弾はこんなに強力だったかな…。まぁいい、こんなものは些事だ」
「きゃあっ!?」
だが、いつの間にか元通りのレフが腕を振るうと、掴んでもいないオルガマリーの身体がふわりと浮かぶ。
「貴様が死ぬことに変わりはない、もう手遅れだ!」
怒り塗れの罵声。
力任せの情緒で、命無き少女を太陽と遜色のない情緒体のなかへ投げ飛ばした。
「手遅れだとッ!?そりゃ、人間には通用しないぜッ」
「なにを……アンタ、一緒に死にたいの!?」
ガシリと、吹き飛ぶはずのオルガマリーを地面に引き止めたのは銀時。両腕で彼女を抱きしめて、全力で歯を食いしばり、綱引きのように身体を寝かせて、地獄へと向かう少女を離さない。
「現にこいつはテメーの呪縛から解き放たれた。その意思を手遅れなんて決めつけんな!!!」
「………馬鹿じゃないの、ほんとに」
あと数秒で銀時の身体は限界を越える。
「急げマシュ!!俺たちも加勢するんだ!」
「先に失礼します!」
抱き留めるのを見るなり駆け出した立香、そしてマシュの脚力でも、あと僅かに間に合わない。もっと強く、圧倒的な爆発力でもない限り。
「転身──────終了」
必死に足掻く銀時を嗤い、彼の想いを無駄にしたくないと駆ける少年少女の頭上に、その影は突如として現れた。
大空洞を揺らす物量、敵味方の距離を無かったことにする全長、なによりもレフの想像を越える存在の発生。
ジーク。
その身、邪竜ファヴニールの端末である。
彼の宝具、その身を在るべき姿に転身すること。
即ち、大空洞に現れたのはファヴニール。
レフの意識が逸れた瞬間に転身を始め、見事に眼前での変化を果たしたのだ。逃れる余裕は与えず、隙も無く。ファヴニールは一息にレフを消し炭にせんと息を吸い込んで。
「ブェックション!!!」
レフの髪の毛が鼻をくすぐり、全力でくしゃみした。
「ちょ、あぶ──────!?」
瞬間最大風速を測ることがバカバカしくなる。
下手をすれば竜の息吹を上回る風速で、レフの身体は吹き飛ばされ、自らが繋げたカルデアスに頭から突っ込んでいった。
「……………あ」
『あっ』
「レフ、カルデアスに沈んだアアアアアアアアア!?」
立香の驚愕が大空洞に轟いた。