fate/銀時も行くオーダー   作:ひとりのリク

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魔女は剣を取る

竜の魔女は独り、久方ぶりの眠りに着いていた。

 

ぽとり、可愛らしい音を鳴らして剣が手から落ちる。

羽毛のベッドにうつ伏せとなってから数時間。投げ出した手に持つ剣がついに主人のもとを離れた。心許ない手のひらの感触によって、陽の暮れた部屋で起床を果たす。

 

「………最っっっ悪」

 

一言目がそれ。

二言目に呪詛を吐いて、窓の外を眺めている男に剣を投げつけた。

 

「普通に死ぬよ?おじさん、強くないからね」

「どうせ使い道なんて肉壁くらいでしょ。ここで私の憂さ晴らしで死んでも変わらないわよ」

 

自責など湧いて吐き捨てた。愚かな采配は百も承知だ。

 

意識を落とす最中で見たものは、ジャンヌ・ダルクを語る者の情景。旗を振る力強さに集まる愚か者たち。吐き気のする熱意によって蒸発するファヴニール。

邪竜は堕ちる直前、竜の魔女に視線を向けた。無能な采配を憎むのでも、死に怯えもせずに、彼らを屠ってくれると信じて。

 

「…手下のくせに、生意気な」

「だから悔しがってんじゃないのか」

 

心を見透かすように言う男を睨む。今すぐに殺してやろうと剣を手に取ったとき。

 

「向き合い方が分からないなら付いてきな。おじさんの肉壁以外の使い方を知るチャンスだぜ」

 

竜の魔女には知識が必要だった。

人生の経験が足りなかった。

この無能な男はそれを知っていると言う。激情に身を任せるのはそのあとでいいと思ったから。

 

「……チッ。ジル、私はこのクズと出かけます。城は任せました」

「えぇ、承知しました。どうかお気をつけください」

 

濁った言葉を残してさっさと部屋を出て行く。

タバコに火をつけ、マダオは誰もいない部屋を振り返ることなくあとにした。

 

 

───

 

──

 

 

 

マダオは歪な存在だった。

戦闘能力はなく、魔術による援護すら出来ない。ハズレサーヴァントにも程があると竜の魔女は呆れていた。

 

「悲しいこと言わないでくれ。俺だってどうしてサーヴァントになったか意味不明なんだってば」

 

適当にも程がある独り言だ。

自分の死も自覚していない男など、どうせロクな存在ではない。

 

「俺、世界を救う側に行くと思ったんだけどな」

「笑わせないで。アンタには鍋のアクでも掬ってればいいのよ」

「そんなの上の接待で掬いまくったよ。鍋料理という鍋料理から感謝されるくらいさ。な、悪いことは言わないから復讐は…」

「うるさい、アンタなんてリソースの無駄よ。バーサークも付与できない非戦闘サーヴァント。知らないの?リソースは有限なんだから」

「人のことサンドバックにしといて酷くない!?」

 

だが、こうしてこき下ろせば良く響く。

竜の魔女のストレスを和らげるには適した英霊。社会最底辺のサーヴァント、本領発揮であった。

 

「格好良く地の文書けばいいもんじゃないよね?」

 

彼女を宥める者として。

 

そして、()()()()()としてここにいる。

 

「褒めてあげる。こうして、カルデアのマスターに会えたのですからね」

「竜の魔女…!」

 

連れ出された先のヴォークルール、敵陣にて。

竜の魔女は藤丸 立香と対面していた。

 

マダオは遠くの物陰でライターに手を置いて、主人の声に耳を傾けていた。

 

 

 

 

用を足しに来た立香は気づくと人の気配がない空間にいた。

歩いたのは数十メートルの距離。だというのに、街の景観は城の庭へと早変わりしていたのだ。

 

「竜の魔女…!」

「騒げば殺す。一分一秒でも呼吸していたいなら、大人しく舌を動かすことね」

 

忌避出来た事態を悔やんで唇を噛む。迂闊な行動を恥じる姿に、魔女はくつりと湧いた愉悦感を直ぐに押し殺した。

 

「……いつ瞬間移動なんて覚えたんでしょうね、俺は」

「バカね、特別な認識阻害の魔術を施してただけです。

助けに期待するだけ無駄よ」

 

状況は分かった。

丁寧に説明してくれる辺り、余程の自信があると見た。そして立香は自嘲する。種が分かったところで自力で脱出する方法が無いのだ。

喉に溜まる唾を押し留めて、渇きを悟られないように命を繋ぐ。

 

「どうして…オルレアンを焼き払うの?」

 

問いかける瞳に涙はない。ひび割れたようにこぼれ出る命の音に、魔女が見たものはまだ燃えないという結果だった。

 

「歴史を繰り返さないためよ」

「…えっ」

「愚か者を見つけた。だから殺す。

死んで気づいた。だから塵芥にする。

簡単じゃない、だから憎悪を奮うのよ」

 

湿気ていては燃えないという常識は精神には通じない。

憎悪、恐怖、歓喜、悲哀。押し殺せば大人しくなり、殻を被った人間は静かすぎる。竜の魔女が期待しているものは敵を殺すことだけではないのだ。

 

「私がここに来たのはお前たち最後のマスターと話すため。もう負けないためにね」

 

心を悪意に叩きつけ、敗北の前で洗いざらい中身を喰らう。魔女の探究心はいま、敗北を許されない者への興味で埋め尽くされていた。

 

「なぜ逃げないの。昼間のときもそう。勇敢に前を見ていたけど、目は怯えていた」

 

魔女の微笑が立香の鼓膜を震わせる。発音だけではここまで揺れることはなかった。1秒後、魔女の気まぐれを逸脱したら死ぬことを理解した恐怖で体が震えている。

然し、魔女の機嫌を取れる技など知らない。自分の誇れるもの、魔女の琴線に触れても後悔しない言葉を出そうと思った。

 

「マシュが前にいる。だから俺は諦めない」

 

世界で最も大きな背中を返事にした。

閉じた殻の奥から、剥き出しの勇気が飛び出す。

 

「盾もいつか割れる」

「…え?」

 

竜の魔女は剣を突き立てない。

立香の言葉を聞いて、信頼を粉々に砕くと決めたからだ。

 

「目の前に現れた障害物をどうやって退ける?壊すか、燃やすか、裂くか、食らうか。手段は十人十色、趣向は星の数。盾に引きこもって、盾を押しつけて勝てるとでも?」

 

現れるもの全てを復讐の糧にする。

守る手順を嗤う魔女の在り方が牙を剥く。

 

「お前を殺せば盾は壊れる。

所詮は他人。盾は勝手にお前を守ってはくれない」

「確かにここじゃ俺は赤子と変わらない」

 

真っ直ぐな瞳で盾突く立香が気に入らず、膝で蹴り上げる。

 

「ゲァッ」

「なに、開き直って。恐怖で頭がイカれた?」

 

鳴り出した警告音。

歯向かうための心ごと壊しにきたことを立香は察する。

単純作業だ、サーヴァントの身体能力で暴力を振るえばものの数発で達成する。そこを魔女は、

 

「オラ、この有様をどうするつもり?」

 

暴力の数を重ねる。

 

「お前の無様さで盾が穢されるの」

 

手を抜いて、肉体に染み込ませる。

どうせ殺す。なら意味はないかもしれない。さっさと殺せば1つ陥落する。それでも、人類最後のマスターがなにを思うのか、魔女は聞いてみたかった。

 

「穢され、ない…」

「は、なに?なんて?」

「穢してるのは、アナタ自身…」

 

苦痛から捻り出る声に耳を寄せる。

口から滲む血、赤く晴れた顔。惨めな敗者の顔が見えるように、這いつくばる視線に高さを合わせていた。

 

「────あ、れ」

 

舌が回らない。よく見れば視界が定まらない。

悶え苦しむ男の口元が笑ったのを見て理解する。

 

(こいつ、蹴られながら呪いを、この私にッ!?)

 

足下にガンドが撃ち込まれた。

身体を蹴り上げた瞬間を狙って。

 

「マシュは、相手に歩み寄れる、思いやりのある子だ」

「こ、の…ゴミがっ!」

 

鼠に噛まれた猫の気持ちを知るのも束の間。

硬直は一瞬、それで満足したかと剣を握りしめた。

 

「先輩は!私の背中を押してくれる!」

 

魔女の憎悪が晴れることはなかった。

剣を押し返した清漣な声。認識阻害の魔術を通り抜けたマシュが魔女の問いに答える。

 

「優しい心の持ち主です!」

「な、にっ!?」

 

剣と盾がぶつかり、魔女は反応も虚しく吹き飛ばされた。

なぜここがバレたのかは魔女にとって問題ではない。どう見ても弱く、実際に中身も魔術師以下の雑魚を仕留められなかった。

 

「────」

 

指揮する者の差を見せつけられていると理解する。

なら次にどうするか。何騎ものサーヴァントを殺してきた剣で挽回すればいい。それだけのことなのに魔女の身体は項垂れたまま。

魔女自身、直ぐに動かない身体が劉理解出来なかった。仕留められないことに絶望し、ここに来た意味が霧散していくことに恐怖する。

 

マスターとして負けた。

そして今、殺し合いで負けた。

盾を壊せないことに絶望を抱く。

 

(なぜ、どうして負けた?)

 

「憎悪に縋って足元を掬われたんだ」

「…!」

 

俯いていたから表情を読めないはずが立香は答えた。

 

返答を頭のなかで噛み砕いて十秒。

ゆっくりと、柳のように立ち上がる魔女。

 

前髪の奥から人類最後のマスターを睨みつける。

理解できない。血に濡れない真っ直ぐな瞳に頬が歪む。

 

「おぼえてなさい」

 

変化した口元が憎悪なのか、魔女は理解できなかった。ただ、敵に塩を送らて腹立たしいと思う反面、新しい感情を知った気がした。

 

後ろに跳ぶ。もう用はなくなったから。

追いかけようとするマシュは次の瞬間、慌てて盾を構えていた。時代に合わない近代兵器の鐘とともに、鉛玉が盾に着弾する。

 

「なぜ銃が!?」

「おい、いまの銃声は!?」

 

マシュが軌道を確認するも、すでに魔女の姿すらない。

すぐに駆けつけた銀時たちは立香の姿に血相を変える。

 

「ありがとう、マシュ……」

「ど、どういたしまして。…それどころではありません!先輩、先輩!!ごめんなさい、私が───」

「くそ、待ってろ直ぐに手当てを────」

「落ち着いてください、私に任せ────」

 

仲間たちの顔が夜空の手前に現れて、緊張が一気に解けていく。立香の意識はここで落ちた。

 

 

 

 

 

 

のどかな草っ原を黒塗りの車が駆け抜ける。

2度目の敗走後、竜の魔女はマダオの準備した車で帰路についていた。

 

「下手くそ。どうせなら頭割るくらいしたら?」

「無茶言うな。俺は正規のサーヴァントじゃないんだぞ」

 

撤退時の補佐に悪態を吐きながらも、雰囲気は綿あめのように優しい。最後のマスターとのやり取り思い返して、憎悪に裏切られた気分なのに魔女自身が不思議だった。

 

「それで、聞こうじゃない。認識阻害の魔術を解除した理由を」

「必要ない。俺から言っても蛇足になるだけだ」

「ふん、キモいこと言ってんじゃないわよ」

 

軽口を叩きながら景色を眺める。

 

「あんなガキに負けたら笑うしかないじゃない。

逆に清々したわ。自分の浅はかさを思い知れたもの」

 

マダオは答えない。

分かりきった答えを聞いて、ようやく安心したと薄く笑みをこぼした。

 

「アンタは用済みよ。逃げるなり、肉壁になるなり、鍋のアクを掬うなり好きにしなさい」

「いや選択肢が限りなく底辺なんだけど!?俺だけなにも進めてないよ、ただ鍋将軍やってるだけだよね!?」

 

マダオの抗議にせせら笑いで答える。

 

「用済みだけど、カスじゃなかったわ。ゴミもカスも私はもう出さない。そんな余裕、今晩でなくなるもの」

「…そりゃ、良かった」

 

魔女は懐からタバコを取り出して、手を鳴らして火を付ける。マダオの口に乱暴に放り込んで、もう一本を取り出すと自分も吸い始めた。

 

再び窓の外に向いた視線はもう戻らない。

2人とも納得した答えを出せたからだ。

 

無言のまま居城まで送り届けたマダオは、ソラの果てへ消えたという。

 

 

 

 

 

 

 

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