「早く、戻らないとッ!!」
宙空に弾き飛ばされたマシュ。ヴォークルールの外壁に手を伸ばすが、盾2つ分の距離に成す術なく時間を稼がれてしまう。
さらに2つ、外壁を越える影。違う方向へとジャンヌ・ダルク、彼女を追う巨竜…確かタラスクと言った怪物の姿がある。
(いまのジャンヌさんの霊気じゃ……。それに)
たったいま燃え始めたヴォークルールの街を見て、藤丸 立香の顔が過ぎる。着地までがもどかしい、早くと心だけが街に向かうなか。
「あれは」
着地地点を目視して、待ち人がいることに気づく。
昨日見た秀麗な騎士、セイバーだ。
「悪いね、盾のお嬢さん。同じ守る者として手を抜くわけにはいかないんだ」
気の籠もった瞳を見て肌が震えた。
狂気の奥に信念がある。冬木のセイバーと同じもの…なぜ敵であるかを疑問に思うほど、騎士は綺麗に剣をとった。
盾を構えながら、セイバーの美しい立ち姿に意識が集中する。
凛々しい足先、細く力強い四肢、女性でも見惚れる身軀。そして輝く素顔を見て、神経が甘いものへ変換されるように力が抜けていく。
(…ダメ、見過ぎではいけない)
視覚に入れれば手を抜いてしまう。
それがセイバーの霊気なのだと理解して、マシュは盾を普段の倍の力で振るった。
「これは、驚いた」
着地の瞬間、盾の側面に回り込むセイバーを大振りで迎え撃つ。セイバーにも信念があるように、マシュの攻撃性が予想を上回った速さで剣に衝突する。
「まだ足りない…」
反省を促すように呟く。
いま、自分で手を抜いた…否、力が抜けた感覚を自覚していた。心が未熟だから惑わされた。
背後では聖女が巨竜を相手に苦戦している。
打開策がないと消耗の果てに死ぬ。なにか…!
『よし、やっと繋がった!って、えぇ!?なんでいきなり戦闘!?』
「ドクター?アナタ、本当に本物ですか!?」
『本物もなにも僕だよ、僕!
もしかして忘れちゃったのかい!?』
先程、銀時たちに嘘の情報を伝えたドクターは偽物だった。誰が作り出したものかは分かっていない。オレオレ詐欺のような返答をする彼を信じるか迷ってしまう。
『なんだかややこしくなってるね。どれ、見せてみな?』
次に出てきたのはダ・ヴィンチちゃん。本物にしか聞こえない声も疑ってしまう。
『うん、なるほど。状況は大体分かった。
マシュ、ここを乗り切るしか道はない。大丈夫、君が失敗しても所長に呪われるのは銀時の役目さ』
笑いながら語る彼女に、ようやく気が揉まれた。
所長が銀時を呪うなんて、あの場にいる人たちにしか分からない言葉だから。
「……ふぅ。ありがとうございます、ダ・ヴィンチちゃん」
敗北ですすり泣くロマニの声で本物だと確信する。
覚悟は決めた。
自分の力だけじゃ足りない。
なら、狙うは────。
「マシュ・キリエライト、行きます!」
「セイバー、シュヴァリエ・デオン、いざ!」
勝機が来ると信じて、揺れる心を盾で握り締めた。
▼
ヴォークルールの壁を突き破り、力勝負で呆気なく押し切られている。
相手は宝具とはいえ、フランスを守るために旗を握る者が晒していい姿とはいえない。
「聖女とはいえ、限度はあるでしょうに」
巨竜タラスクの猛威に苦戦するジャンヌを見ながら、ライダーは冷えた独り言を漏らす。
ジャンヌ・ダルクは特別な力を授かったわけではない。サーヴァントとしての機能は欠落し、生前は田舎娘として生まれたのだ。ただ神の声が聞こえるからと、世界から憎まれてまでなぜ戦うのか。
「……なぜ、貴女から魔女が生まれたの」
狂った思考で常識を探ろうとする。
聖女であるこの身で問うべきだ。…やはり、1秒で無理だと分かる。狂化を抑え込むことが出来そうにない。抗うには元より狂った素質で注ぎ落とす必要がある。
ライダーには不可能な業だ。故に、自分の行いを目に焼き付けて、いつか罪を償うときを待ち続ける。
聖女の未来を憂いながら、清くあった杖を手に取る。
───
──
─
巨竜と少女、この差を埋めるからこそのサーヴァントであるものの、少女はサーヴァントとしても欠点を抱えている。ゆえに力の差は歴然だった。
ヴォークルールの外壁を破壊した巨竜。宙から迫る巨体をかわし、脇腹を旗で叩きつけた。
「く…!」
だが跳ね返されてしまう。
力が足りない。能力も不完全。欠落したものを補うタイミングを掴み損ねた。
無いものを欲しても、巨竜の攻勢が止まることはない。人ならざる生命から繰り出される一撃、その進撃は人よりも先が読みにくい。
ただ闇雲に巨大をぶつけることはしてこない。筋肉の使い方の差だろうか、予備動作というものがないのだ。反射速度による対抗が必要となるなか。
「ああっ!?」
無防備な横っ腹に一撃。
サーヴァントでなければ肉片になっていた。自己回復も、
(まずい、いまの私に倒せる手段がありません。どうすれば…)
巨竜の想像を越える速さから辛うじて逃げながら、反撃の手立てを探し続ける。
「考える余裕なんてあげませんよ」
「ガッ、アァ!?」
腹部を抉る熱意。
一気に爆発する吐き気に世界が白く剥ける。
拳のように硬い魔弾が腹部に直撃していた。
起き上がる瞬間、巨竜のなぎ払いを躱す余裕はなく。硬い前足に襲われて、乾いた土のうえをバッタのように跳ねていく。
「ジャンヌさん!」
「よそ見なんて暇はない、だろ!」
駆け寄ろうとするマシュに剣舞が閃く。
余計な気を遣わせたことを申し訳なく思いつつ、個体の差を思い知らされて息を止めたくなった。
2対1。
相手は宝具にバーサーク化による身体能力の強化。
こちらは宝具使用不可、身体能力の低下並びに対魔力は無いに等しい。
街は火の海。
見るからに熱い。竜の魔女の宝具だろうか。街はもう住めないだろう。ジークくんや地雷亜はともかく、銀時や立香には耐えがたい世界のはずだ。
(不甲斐ない…)
彼らは大丈夫だろうか、と。
自身に迫り来る巨竜の殺意から目を背けて、2人のマスターのことを考えてながら視線を門に向けて。
「……………うそ」
思わず、小さな悲鳴が喉から溢れていた。
火の海のなか、1人の青年が外壁に向かって歩いている。顔を両腕で隠し、半ば脚を引きずるようにして歩行速度を落とさずに進んでいる。その身体は視認しただけでも火傷が顔や手にあり、身体の内側はもっと酷いことになっているはず。
それでも立ち止まらずに藤丸 立香はここまで来た。
なぜ銀時たちから離れたのか。理由はきっと…自分のサーヴァントのため。
(………止まった?)
地獄からあと少しで這い出るところで、立香は立ち止まる。彼はジャンヌ・ダルクの窮地を察して、朽ちそうな身体を笑って誤魔化す。ジャンヌにだけ見える位置から、立香は右手を胸に掲げる。手の甲、令呪をこちらに見せて、行くも退くも自由だと私に意志を尋ねている。
そこまでして、なにを気遣うのです。
「────私、は」
空を見上げた。異常の輪に塗り替えられた故郷のうえ。
応えなければ、ジャンヌ・ダルクでなくなる。
(期待を裏切るために来たんじゃ、ない!)
巨竜の右前足がジャンヌを容赦なく踏みつけた。
「…残念ね」
跳ね上がる土塊を見ながら、ライダーは聖女に哀れみの言葉を放つ。セイバーに加勢するために踵を翻しながら、胸に渦巻く懸念を無視した。きっと、人類の敗北を目の当たりにしたからだと、現実から目を逸らしたのだ。
「告げる」
憎悪で立ち上がる宝具から走り抜け、立香は契約の詠唱を開始した。
「カルデアのマスター!?」
立香は巨竜へ向かって走る。ライダーは自殺行為でしかないと目を見開いて、タラスクへと視線を戻す。そして、
「ぬ、がーーーーーー!!」
タラスクの踏みつけを両腕で持った旗で押し留める、ジャンヌの姿を目撃した。
「なぜタラスクの踏みつけを耐えられるの!?」
立香は聴覚が硝煙に阻害されるなか、マシュの懸命な叫び声を聞いた気がした。近くにいると信じる。だから突っ走って、無謀な契約に乗り出せる。
「…バカね。物陰で隠れてるなら見逃すけど、出てこられたら理性のほうが保たないのよ!」
ライダーの杖が振るわれる。ジャンヌに駆け寄る立香の周囲に魔弾が発生した。
(これは賭けだ)
マシュが意図を理解しなければ死。
マシュがいなければ元の木阿弥。
「先輩っ」
ジャンヌが耐えなければ終わり。
ジャンヌが応えなければ…。
「────ならばこの命運」
「彼女は最高の盾ですよ、立香」
なにより、妨害を受ければ自分の死。
生と死の狭間を走り、詠唱を続ける。差し出す右手で己を鼓舞する。
ライダーの杖が標的を定め終えた。この瞬間、立香の賭けは失敗へと進路を変える。
「ごはっ!?」
ならば、進路を戻せば良いだけの話。そう言わんばかりにマシュの盾がライダーの背中に直撃していた。悶絶する悲鳴とともに、ライダーは大きく吹き飛ばされていく。
『ええええええええ!?』
『た、盾を投げた!?
どこでそんなことを覚えたんだ!?』
モニターの向こうから驚きの声が重なる。
「自分が丸裸だぞ、愚か者!」
ライダーに視線すら向けず、盾を後ろ投げしたマシュ。
気付かなかったことで機会を逃したが、目前に次の機会が現れた。無論、これを逃すデオンではない。
軽やかに、消え入るほど鮮やかな踏み込み。体勢が整っていないマシュに起き上がる隙など与えない。見切られることのないよう、速さに振って剣を突いた。
「せいやっ!」
柔らかい掛け声とともに、マシュはバク転しながら剣を蹴り上げる。一直線に走る剣を手首から蹴り飛ばし、そして踊るようにマシュの身体が弧を描き、蹴りを二撃、三撃と見舞った。
骨と肉が混じり合う音が響く。体重が乗ったところを狙った蹴り。仕留めに来るこの一瞬をマシュは狙い続けて、意識外からの反撃は成功した。
剣を持つ右の腕、華奢な左脇腹の骨を折った手応えがある。
「
だが、堪える。
白百合の剣舞は血を噛み締めて、止まることなく宝具を解放した。
咲き開く花弁がマシュの脳髄に侵食する。デオンの生涯を描く宝具の最中、百合の花が照らされる光景を見た。胸を締めつける惑わしは強くなり、中心を飾るデオンはマシュの目に尊く映っていた。
「すみません、先輩が待っていますので!」
「それは、釣れないなぁ…」
必殺の剣撃に合わせて、マシュの右拳が駆け抜ける。
デオンは自分の剣がかわされたことを納得していた。彼女の目には、自分よりも美しく、輝く人物がいたのだ。
「あぁ、僕が忘れていたものだ…」
胸部に打ち込まれた右ストレート。
デオンの身体は宙を漂って、やがて静かに地面に転がった。
「はは…技なら負ける気はしないのに。いや、これも会話を怠った者の末路、か……」
「セイバー…くっ、そ」
一瞬の出来事にライダーの理解が追いついたとき、もう1つの賭けが達成された。
「我が命運、汝が旗に預けよう‼︎」
窮地のなかで細い希望を紡ぐ青年。
神の声に差を押され、民を導いた己に出来ること。誰か1人でも未来を望むのなら、理不尽に置かれた立ち入り禁止の表示を蹴破る。
「その誓いを受けます‼︎」
ここに主従契約は完了し、ジャンヌ・ダルクの魔力が否応にも存在意義を突き動かす。
両腕で耐えていた踏みつけを気合いの声とともに押し返した。掲げる旗はタラスクの頭上を越えて、一息のうちに脳天へと叩きつける。あっという間に巨竜の頭部が地面を抉っていた。
「…流石、ルーラーのクラスね」
タラスクは一時的に沈黙した。
倒そうなどとは考えていない。まともに戦えば何時間必要か分かったものではないからだ。
「お覚悟を、ライダー」
弾けるように跳んでライダーに旗を振りかざす。
「舐めないで!」
ライダーは杖を上げて追撃に入った。
今度の詠唱は立香に放ったものより速く、手心は一切省かれていた。
「効かない…!そうか、対魔力ね!?」
ジャンヌの身体に魔術を届かせるのは困難を極める。彼女との相性に気づいたとき、旗はライダーの腹部を貫いていた。
「……竜の魔女は」
身体が光の粒子に変わっていくのを見ながら、狂化が解けるのを感じる。
「成長したわ。気をつけなさい」
だからライダーは迷惑をかけたお詫びに忠告する。どれほどの意味があるかは瞳を見つめ返すジャンヌを見れば良く分かった。
「はい、話して確かめてきます」
「…それと」
「ッ…!?」
「負けたら、殴ってやる、から」
負けたことがちょっと悔しくて、悪戯な笑みを残した。
自分の顎の下で止まった右拳を見送って、ジャンヌは小さく深呼吸した。
───
──
─
立香の火傷は軽度よりではあったため、ジャンヌの治療で重症化は避けられた。
「今度はマシュが投げちゃったか」
「はい、咄嗟に身体が動きました。ジャンヌさんの前例がなければ、どうしていたか分かりません」
軽口を叩く立香に、ジャンヌは視線を合わせる。
「今回も上手く行きましたし、お陰で乗り切ることが出来たのは事実です。しかし立香、自分の命の価値を低く考えてはいけませんよ」
「うん、ごめん。けど見てるだけは出来なかった。あとで怒られようと思って」
「そう言われると言いにくいではありませんか…」
「やらずに死ぬより、やって死んでから考える!」
『勘弁してくれ!
こっちは心臓止まるかと思ったんだぞ!?』
「あ、偽物のドクター!さっきはよくも──」
『またこの流れ!?』
『あーもー、落ち着いた』
散らかっていく話をダ・ヴィンチとマシュが纏める。
休むように立香に伝えるも、最後まで戦う意志を曲げないことで全員の意見は全員突撃で一致した。
「兎も角、急いで戻りましょう。竜の魔女とジーク君たちはまだ戦闘中みたいです」
「はい。銀さんたちが心配で仕方ないですから」
「その前に」
ジャンヌは2人の前で両手を合わせる。
すると淡い光が身体を包み込んだ。
「熱は凌げませんが、ないよりはマシかと思います」
「ありがとうございます!」
暖かい光に包まれて、力が湧き出るのを感じる。
分断されたヴォークルール壁外での戦闘を終えて、3人は竜の魔女がいる場所へ駆けていった。
▼
「ここだ────」
物干し竿を一閃。
瘴気に包まれる獣はそれで首を断たれた。
都度百度、佐々木 小次郎の長刀物干し竿は振るわれた。
その全てが黒い男の首を断ち、そして再生した。
「なんと面妖な男だ」
「Ooooooo!!」
小次郎の身体は男の太刀筋を見切っている。
例え小次郎の体力が尽きたとしても、その身を捉えることは不可能だ。
「嬉しいぞ、無名の侍たち。
その悪、尽きるまで付き合ってもらおう」
小次郎はこの侍の正体に気づいている。だが名前は知らず、この特異点に存在する理由も分からない。
ただ分かることがある。この世界の決着の刻まで、飽きることのない勝負に興じられるという使命を課せられている、と。
契約の詠唱は全部入れていました。
あとで読み返すと冗長でテンポ悪かったので省略しています。