ファヴニールの脅威から守ってみせたヴォークルールの街は、瞬く間に焚き火台の松明と化した。
銀時たちにとって幸いなことは一般人が避難していること、それのみ。やがて安寧を取り戻すであろう建物は炎に焼かれ、積もる灰の嗤い声が逃げ場を奪った。
「ふふ、苦しそうね?
まだ死ねない頑丈な身体を呪うといいわ」
竜の魔女───ジャンヌ・ダルク・オルタの剣が乱雑に銀時の頭上へと振り下ろされる。隙が大きい、命取りのひと振り。
「ヅ…クソがァ‼︎」
気道を焦がす呼吸で取り逃し、真正面から受け止めてしまう。膝が落ちかける銀時だが、ひと呼吸耐えるうちにジークの剣が間に合った。
「鈍いのよ、クソ英雄!」
銀時を蹴り飛ばし、反対側から走るジークの剣を叩き返す。雑な剣舞が炎のなかで輝く。憤怒を纏うオルタだけに許された自由。
「動くだけで身体が焼ける…!」
動作1つ1つに自傷を伴う。フィジカルで勝るものが奪われて、2対1でも銀時たちの状況は刻一刻と悪化していく。
「あはははは!動いても止まっても焼けるわよ?
勿論、宝具で抗っても丸焼き!さあ、どうする!?」
笑い声に反応して、炎がオルタの足元から
速度は普通自動車道の法定速度上限と変わらない。見てからでも躱せるものがオルタを中心にして八方に放たれた。
魔力を使用すれば焼かれる世界。ゆえに身体能力でのみ応戦が許されるなか、銀時にとっては軽度の枷でしかない。
「バンバン燃やしやがって…。ちったあ節電に協力しやがれってんだ!」
「バカなの?節電なんて概念ここにはないわよ!」
迫る炎の中心を紙一重でかわす。
肌に当たる熱を感じて、自然のものと違う威力と知る。感情を温度に変えるほどの霊気、これはただ振り払えばいいほど薄くはない。
数度の打ち合いを経て、技量自体はジークにも届かないことは把握している。身体の使い方もまだ未熟だ。
(勝機は十分にある)
(距離を詰めるぞ)
ジークと視線が合い、同じ結論に至っていると分かった。
意思疎通を終え、同時にオルタに駆け寄る。
「速っ!?」
線から点へ。吸い込まれるように迫る2人に驚いて炎を量産する。
暴れる炎の数々を上回る速さで通り抜けた。
(炎に飛び込む虫ね)
オルタは右手を軽く上げる。
その炎はこれまでのものと違い、自身の周囲を覆いながら広がる炎。剣を振るだけで払えるほど優しくはない。一瞬でファヴニールに届く距離を焦土と化した。
最大火力で放った。戦闘始まって序盤に決めに行くことで意表を突いたと確信する。
「どうだ!」
「驕ったな、竜の魔女」
灰色の世界でたった2人、炎に染まらない男たちがいるとは思わずに。
煌めく竜殺しの剣。オルタの宝具による焼き付けを耐えて、一瞬の魔力放出で炎に風穴を空ける。
「先に意識が飛ぶでしょうがっ」
「そんだけ負けたくないってことだ!」
オルタの想像を越える痛みで活路を拓き、銀時の木刀が叩き落とされた。
脳天から真下に加速する頭蓋。仰いだ視線が闇を纏い、己の油断に苛立ちが湧き上がる。
この激情を即座に発散しなければ、敗北から抜け出せないとオルタは知っている。だから木刀を掴んで振り抜かせない。
「抜けねぇっ」
「負けたくないのはこっちもなのよ」
倒れかけた身体を捻り、左拳を銀時の脇腹に打ち込む。憤怒に血を這わせて、痛みを力に変えた一撃。直撃した左拳に悶絶の表情に満ちて、銀時は真横の建物に叩き込まれた。
「マスター!?」
「アハハハハ!どう、これがバスターの威力よ!」
ジークからの追撃は来ない。
魔力放出に反応した宝具が身体を焼いたのだ。直ぐに立てるほど温くはない。
(……その筈なんだけど)
焼け焦げているのにまだ死なないのだ。
その執念はオルタ自身と通じるものがある。
嫌な予感を払拭するため、銀時が倒れている建物に火柱を放つ。
「念を入れておいた。
やり過ぎって言葉は似合わなさそうだもの」
「マスター…!」
容赦なく建物は灰塵へ。
逃げる隙すら与えない、ジークが反応できない早さでの驕り精算。
燃え盛る街の最中、まるで沈火したような静寂がオルタとジークの間に流れる。
ひと呼吸ごとに疲弊するジーク。
片や優位な立場で剣を握るオルタ。
十中八九、オルタが周囲に炎を撒き散らすだけでジークは敗北する。
「ねぇ、竜殺し。アナタのマスターは私が殺した」
「…死んでいない」
「かもね。なら死体を確認したら、私に降りなさい」
それを、オルタはあろうことか寝返りを提案した。
余裕はない。だからこそ戦力が欲しいとジークに強要する。受け入れるなどはなから考えてはいない。どうすれば我が者に出来るのか。
「俺はルーラーを裏切らない。君に手を貸すことはないし、目的を容認することもない」
「姫を守る騎士みたいね。いいわよ、アナタの都合なんて踏み潰すから。真っ向から歯向かうヤツを従わせてこそ、この復讐の価値が出るもの」
少しでも糧になるものを探して、果てなく手を伸ばす。復讐を完遂するため、経験を積むための時間を楽しむ。
「復讐は連鎖する。君が母国を憎むように。
復讐を手放さなければならないのはアナタだ」
「…えぇ、そうね。
復讐者である私が誰よりも理解している」
だから、ジークの言葉が正しいかもしれないと思う。
それを否定して、自分になにが待ち受けるのか。
「だから復讐劇は私で終わらせる。世界の不始末全てを私が燃やし尽くすわ!
こちとら部下が減って人手が足りないの。嫌でも従わせるから、廃人になるんじゃないわよ」
オルタはきっと、心のどこかで理解しているのだ。復讐者の末路は哀しく、歩く道に花は咲かない。
覚悟の言葉を聞いて、ジークは口を閉じた。
自分でも、これほど想いを語るのは珍しいと驚いたから。アヴェンジャーの顔を見て、ルーラーとは似ても似つかないのに手を伸ばしている。
何故だろう。
アヴェンジャーの姿を生前に見たことがあると思い出す。
「どれだけ汚れても、想ったことは否定したくない」
聖杯大戦で出会った宿敵、天草四郎時貞。
彼の計画を止めると決めた時と考えは似ている。
だからオルタは彼に寄っていると思った。
(でも、殺したいというわけじゃない…)
マスターが炎に包まれて、ルーラーたちの安否は不明。
天草の時と違うことは、ルーラーがまだ生きていて、マスターがまだ生きているかもしれないところ。不思議と分かるのだ、彼らなら大丈夫だと。
なら、これは…。
(あぁ、違う。真逆だからだ。
一周回って隣り合ったから、2人が重なって見えるんだ。うん、なら寄っていると思ったのも納得だ)
人類の救済と人類への復讐。
真逆の感情がゆえに、天草四郎時貞が果てにまで至った思想がいまなら理解出来そうだ。
なんて……絶対、未来永劫あり得ないことを思うと、不思議なことに負けん気で剣を握れる。
「だからぶつかって、1ミリだけでも進む。
越えて、倒して、地面に落ちたもの全部を持って俺たちは未来を取り戻す」
「剣一本を持つのすら危ういのに?」
「そうだ。決めたことは守る」
本当は剣を握るのも辛い。
神話級の魔力放出と比べれば格段に劣る宝具だ。然し、ジークの身体である以上は普通の身体強化すら持続して使えない。ジークフリートへ変身しようものなら、きっと途中で燃え尽きる。
でも、ルーラーがいるから投げ出さない。
目の前で間違った道に行こうとする者を見過ごせるはずがない。
「それが────」
なによりも、犬歯を剥き出しに笑う侍がまだ戦っている。
「
「バカな!?」
灰と化した建物、その奥から一気に飛び出す銀時。存在に気づくのが遅れたオルタは迫る木刀を防げなかった。
居合い斬りで打たれて身体が硬直する。
「復讐に振り回されるのは終わりにしよう」
「かはっ…」
その瞬間、ジークは剣を突き出して踏み込んだ。
切っ先はオルタの胸を貫き、霊格を砕く。貫いた剣を握り、反撃しようとした指先が力なく垂れて、勝負はこれで決した。
剣を引き抜いたジークはアヴェンジャーを抱き留めて、ゆっくりと地面に寝かせる。
「…終わったか」
「あぁ。ルーラーを待たずに終わったのは少しだけ名残りだが…。マスター、心配したぞ。あの炎、どうやって凌いだんだ?」
「吹っ飛ばされた勢いで壁に穴開けた」
「成る程、それで後ろの民家に逃げたのか」
焼かれて身体中が炭塗れの顔を見てお互いに笑う。
「ジーク君!銀時、無事でしたか!?」
「街が黒焦げだ…けど、2人は大丈夫そうだね!」
「先輩、よく見たら2人とも火傷があります。急いで治療をしないと!」
遠くから走ってくる影。
ジャンヌと、マシュにお姫様抱っこされる立香。
「普通は逆じゃない?」
「強さ的には合ってるよ」
「確かに。うちの女どもと同じだ」
立香の見解に銀時は頷くしかなかった。
「…竜の魔女は敗れましたか」
「あぁ。まだ辛うじて息はある。いまのうちに話すといい」
「はい、そうしますね。
あ、ジーク君。お疲れさまでした」
「ふふ、ルーラーもな」
ジークは手当てを受けながら、ことの成り行きをジャンヌに話した。もう殆ど動かないアヴェンジャーを見て、少しでも話す時間をと治療もほどほどにしてもらった。
ゆっくりと向かうジャンヌを見送って、騒がしいマスターの元に行く。
『うわっ!2人とも凄い炭!炭鉱で作業したあとみたいだよ』
「おいこらテメー、なに呑気なこと言ってやがんだ。デタラメ言ってくれたおかげで死ぬかと思ったんだぞ!」
揉め事の内容はライダー奇襲のときの話だ。
” 大丈夫、奇襲は彼女たちだけみたいだ!”
ロマニがそう言った直後、次々と敵が襲撃してきた。腹を立てるのも仕方がないだろう。
『いやその話ね!?違う、それ僕じゃないんだって!』
「がっつりテメーの顔が見えてんだぞこっちは!よそ見してパフェ食べてたんじゃねえだろうな?」
『その直前までパフェ食べてたんだけどね』
『やめてくれレオナルド!話がややこしくなる!』
やいのやいの揉める間にジークが入って、ようやく落ち着いて事情を聞けることになった。
『朝のミーティングまでは確かに繋がってたんだ。けど、ライダーの奇襲と同時に切断されてしまってね。次に繋がったのはヴォークルールの壁外で戦闘中だったってわけ』
『タイミング的に、敵はジャミングもしていたんだと思う。不思議なのはライダーとの戦闘中に回線が復帰したことなんだ』
『藤丸君には繋がるけど、銀時君とはダメでね。あれ、けどいまは銀時君の通信機も繋がってる』
「………………」
皆んなが首を傾げるなか。
銀時だけは視線が上がっていく。その先はこの場にいないジャンヌのもとへ。
もう別れる2人のジャンヌ・ダルクを哀れに思ってか。
…違う。
”見ろ、俺が
どうして地雷亜のセリフを思い出したのか。
あの月、という言葉。てっきり月詠のことだと思っていた銀時だが。
なぜ、恐る恐るジャンヌ・ダルクに視線を向けたのか。
「………おい」
そこに、ふらりと戻っていた地雷亜の前で、ジャンヌが水分を口から噴いて倒れていたからだ。
瑞々しい音に反応して3人も気づく。
ちゃぽん、ぱちゃり。雨上がりの水たまりを踏むように、横たわるジャンヌの身体が痙攣して、下に溜まった赤いものと戯れる。
地雷亜は慈しむ瞳で彼女を眺めていた。後ろ姿は保護者のようで、あまりにも平穏な表情だから。ジークたちの理解が追いつくまでに数秒の時間を要した。
「本物は1人でいい。だからお前さんは用済みだ」
頬に付着した赤い液体が垂れる。
真昼の月を見下ろして、剥がれた本性が全面に浮かぶ。
細い、細い蜘蛛糸のように。