『サーヴァント、アサシン。名を鳶田 段蔵』
江戸伝説のお庭番が召喚されたのは、特異点が発生して間もなくだった。
『ほう…空想上の?ふむ、宜しい。私には、貴方のような者を招く定めでもあるのでしょう』
マスターであるジル・ド・レェはこの時点で間違えた。彼を自害させることで原点を辿ることが出来たはずだ。
然し、暗殺、諜報、近接戦に長けたアサシン。これ程の逸材を引き当てるのは奇跡と言っていい。その真名に疑問を抱きながらも、生い立ちは奇人を上回る者。ジルは病人であることを理由に段蔵をサーヴァントとして受け入れた。
『私はオルレアンに復讐する。我が願いと共に』
『願いと言いますと…』
少し経って、ジルは1つの願いを完成させる。
竜の魔女、ジャンヌ・ダルクを。
『これは…!』
『そう、聖杯から生み出した。無論、感情がある。自らを火刑にしたこの国に復讐する、我らの聖女の誕生です』
聖杯を取り込んで、宙空で肉体を形作っていく。バーサークを付与されている段蔵ですら、この意味が分かるほどの奇跡。いや、理解出来てしまった時点で
『ば、バカなッ!?令呪があるはずッ』
ジルの胸を貫通する短刀。
背後からの一刺し、そして振り向く前にクナイで砕け散る霊格。
『いま、俺が遣えるべき相手を定めた。それだけさ』
ジャンヌ・ダルク。その有り様を見たら、彼が我慢できるはずがない。
バーサーク化により理性を剥がされ、狂気に揉まれながら浮上した側面。地雷亜の暴走により、オルレアンという特異点は早々に首魁が入れ替わった。
『お前の魔術、俺が活用してやろう。なあに、俺も鬼じゃない。バーサークの借りを返すのさ』
ジルの霊格を掴み、完成間近のジャンヌ・ダルクに埋め込む。同時に、ジルの魔導を地雷亜は手にした。魔術は知らないが、ジルのソレは地雷亜の性質と相性が良いらしい。多少の無理をすれば半分程度は扱えるようになった。
『ジル・ド・レェの
間もなく、竜の魔女は生まれる。
復讐心から生まれた魔女。聖杯を心に秘めた英霊。そして、産みの親を自らの精神に宿した者として。
───
──
─
『そ、んな……!わたしの、声は……』
血を吐きながら、胸に刺さる剣を抜く。しかし、もう手遅れだ。霊気は砕かれてしまった。
ランサー、エリザベート・バートリーは己の未来を倒すこと叶わず退去していった。
『貴女の故郷を、なぜ壊すのですか』
聖人、ゲオルギウスは最期に問いただす。
血塗れの身体を抱えながら、魔女の答えに嘆いた。
『あぁ、悲しいわ。貴女、自信がないのね。
どうか後ろを見て。手を取ってくれる人を待って』
王妃、マリー・アントワネットは道を射した。
まだ戻れると信じた輝きは間もなく散る。
『嘘ではない…。しかし、自分自身の答えでもない』
焼け落ちた炎とともに、清姫は魔女を責める。
聖女を語る者の正体に気づけずに目を閉じて。
「あぁ、知らないのねアナタ達は。人間の醜さを死の間際で見なかったんだ。権威は死ね、羨望は呪いよ。こんなものが蔓延る場所は全て燃やす」
魔女は与えられた餌と対峙する。
ただ殺すだけではない。会話をして見聞を深め、復讐と孤独で強くなれと己を高めてきた。
竜の魔女として生まれ、餌を食べてジャンヌ・ダルクとして畏れられる。生前の慈しみは消えたからと、オルタを名前に付け足した。
心はジル・ド・レェが導いた。
生きてほしい、その一心で竜の魔女を諭し、褒めて歪な大地に路を造った。地雷亜という存在を認識することなく、魔女だけに見えるジルはこうして完成した。
英霊を召喚し、餌場に誘導する。
『二……いや、三綺か…!』
竜殺し、ジークフリートの背中を裂いたクナイ。
彼女には、竜殺しを殺したのはジルであるように見えていた。その実、地雷亜がドドメを刺したと気づいたのはジークフリートのみ。
このとき、自分の実力を凌ぐ相手に、不意の一刺しがどれほどの威力になるかを知る。魔女は味わい、これを食す。残酷な味が自分の舌に合うことを深く理解する。
こうして勝機を生んだ。敗走の道を潰した。
特異点が完成を迎え、じきに地雷亜の目的も果たされる目前。竜の魔女は完封なきまでの敗北を喫した。
カルデア一行により、地盤は敢えなく崩れてしまった。
『チェックメイトだ』
地雷亜による一刺し。
転移の魔術が込められたクナイによってオルレアンに戻った魔女。
そこで、歪な事実に合致がいった。
地雷亜の人生が頭に流れ、彼の目的も読めた。だが理解が追いつかない。全てのことに怒りが噴き出して、寝て。マダオに連れ出されたあと、自室のベッドに寝転んで呟く。
「────そう。ジル、貴方はどこにも居ないのですね」
精神上のジル・ド・レェはアヴェンジャーの成長を見届けて、幻想の向こうに消えていった。
これが全てではないオルレアンの前日譚。
原点と異なる復讐劇の一幕である。
▼
焦げて変わり果てたヴォークルールの中心。
虫の息となった竜の魔女のもとへやってきたジャンヌ。耳が聞こえているかも怪しい容態だが、このまま逝かせてはきっと復讐劇は終わらない。顔を覗き込んで声を掛けると、薄く開かれた瞳と視線が合った。
「……………は」
笑った。いま、確実に、勝利を確信して笑った。
死に際の魔女に思わず慄いたとき、背中に異物が差し込まれていた。
「あ、ぁ、、、」
声が出ない。思考が回らない。
毒か、それとも技か。ただ手遅れなことは間違いない。
「地、、、ッ、らい、、、亜……!」
どこかに倒れて、視界に映る男の名を呼ぶ。
どうして気づかなかったのか。
疑問は解決しない。何故なら、誰にも分からないほど隠蔽に長けた者。それが地雷亜であるからだ。
まだ終わっていない。
竜の魔女もきっと立ち上がれる。
分かっているのに、伝える手段は閉ざされてしまった。痙攣する意識のまま、これから起こる現実を傍観することしか出来ない事実にジャンヌは震えた。
───
──
─
朱に染まる月明かり。
容易く行われた裏切りに銀時も動くことが出来ない。まだ辛うじて生きているジャンヌを見て、地雷亜の意図が読めないせいだった。
「お前、なにをしてるんだ!!!!」
迷った刹那、背後から怒号とともにジークが飛び出していた。
頭に血が上った彼を止めようとして伸ばした手が空振る。アヴェンジャーの宝具に縛られたときと違い、身体強化を全力で使えるいまの速さは倍以上だ。
建物の損害は考えていない。ジャンヌを引き離すこと、一点に集中していた。早急に手当てをするため魔力放出が威力を倍増させる。そして剣を地雷亜に振り抜いて、横に一閃。
「があああーーーーーぁ!!」
地雷亜の背後から突き出された剣によって、ジークは腹部を貫かれた。立て続けざま、引き抜きながら炎が傷口を焼き焦がす。
噴き出す血飛沫は一瞬で止まった。
傷口が炎で塞がった証拠だ。
「ジーク!!!」
瞬間に注ぎ込まれる痛覚で気絶する。乱雑に放り捨てて、刺した当人が笑った。
「さっきのお返しよ、竜殺し」
『ば、馬鹿な!?確かに霊格を砕いたのは確認した。
なぜ竜の魔女が無傷で立っているんだ!?』
「彼が貫いたのは俺の元マスターの霊格だ」
『なんて恐ろしいことを考えるんだ。それほど人類が憎いのか、殺してでも手にしたかったのか…』
「ジークさんにジャンヌさんが…」
「どうして竜の魔女の味方をするんですか!
ドン・レミで少女を助けたんでしょう!?」
「下ごしらえさ。餌を太らせて
「テメェ、ハナからこうする気だったのか」
「まさか。俺の予定なら3日後だった。オルタの成長がここまで早いとは、嬉しい誤算だったよ」
喉を鳴らして笑う地雷亜。
銀時は怒りで木刀を握る右手に力が入る。
「放任主義も大概にしろ。月詠から学んだことを忘れた、なんて言うつもりじゃねえだろうな」
「忘れやしないさ。ただな、バーサークというものは恐ろしい。このシステムを考えた者は異常者だ。俺のような外道に与えては……そりゃあ、心もイカれる」
銀時は心のなかで舌打ちした。
地雷亜の生前を話しておけば違った結果になったかもしれないのに。
そんな後悔が一瞬過ぎって、地雷亜の変貌ぶりに胸が痛くなる想いをする。
月詠に執着して、最期は本望のなかで眠った男だ。死後とはいえ、月詠との思い出を忘れたとは思えない。
バーサーク。バーサーカーとも。サーヴァントに付与される、理性を失う代わりにステータスを上げるクラススキルだと聞いている。
(生前のテメェを破っちまうほどなのかよ)
つまり彼は元から正常な思考はしていなかった。
元マスターの魔術によって、溶けていく自我を保っていたに過ぎない。あの顔の皮膚、メイクが剥がれているのもそのせいか。
「仕上げよ」
「しまっ────」
邪悪な笑みを掲げて剣を抜いたアヴェンジャー。
「
地獄は再来し、一方的な鎖が銀時たちを未来から突き放す。
「さあ、決着の刻よ!」
復活したアヴェンジャー。
彼女を裏で支えてきた地雷亜。
最悪最凶の師弟、ここに並ぶ。
オルレアン最終決戦、開始。