街道から城に至るまで石造りに拘った文化、ローマ帝国。
『西暦333年から1000年続いた、西洋史でも長い歴史のある国だ。
くぅ…僕も”永遠の都 ローマ”を生で見たかったなぁ』
立香たちがレイシフトした場所はローマ帝国からやや離れた丘の下。
空を見上げれば目では捉えきれないほど大きな円環がある。もう疑いようがないほど、人理焼却に関係する存在なのだろう。オルレアンと同じものということは直ぐに判明したが、内容については引き続き調査をするとのこと。
「俺たちは遊びに来たんじゃねーよ。
人理を元に戻してさっさとファミレスに行きたいんだ。
分かったならこの時代の甘味処にさっさと案内しやがれ」
『今から行くつもりだよね、
『戦禍という戦禍がないし、案外とローマ帝国は落ち着いているかもしれない。
着いたら聞き取りがてら寄るといいさ』
円環以外では異常を感知しないとのことで、ロマンたちと通信がてら呑気にローマへ向けて一行は歩いていた。
「食事ではありませんが…時間があったらパラティーノの丘を登ってみたいですね。”7つの丘”を見渡せる、軍事と商業に恵まれた景色は是非見ておきたいです」
『あっ、生で見るなら”フォロ・ロマーノ”だよ!
ローマ建国後にローマの中心として栄えた場所さ!』
『おおぉ!確かに西暦60年ならローマのシンボルとしてしっかり遺っているだろうね!ナイスだロマニ、私たちでローマの全てを独占しよう!』
「ちょ、顔が悪い!ローマ侵略する側の考えだよ!?」
マシュやロマニがローマについて語り合って程なく。
1キロメートルの距離をあっという間に歩いた一行。地平の彼方まで続きそうな平原を歩くひと時は、ローマ帝国が丘の向こうに見えたことで終わりを迎えた。
「えっ!?壁が穴だらけだ!?」
…いや、笑い声が一変したのはそんな理由ではない。
領土を主張し、外敵から民草を守る石の壁はだらしなく内側を覗かせている。一見すれば敗北間近、もしくはそれ以上の痕跡が壁面に描かれていた。
トラクターでも突っ切らないとあの大きさの穴は開かないぞ!?
「隕石でも降ったみてぇな痕だな。防空壕ネロの異名は伊達じゃねえってことか」
『暴君ネロ、ね。けど、本当に空襲でもあったような町の崩壊っぷりだ。中心部は大丈夫そうなところを見るに、まだ攻め落とされたわけじゃなさそうだけど…』
『壁の向こうから人々が行き交う気配を探知した。町は健在のようだね。いまは戦闘行為も確認されない………これはっ!〜〜〜〜!……………』
ダ・ヴィンチちゃんの声がなにかに気づいたかと思えば、通信が鋭利な刃物で断たれたように途切れる。緊張感を後押しするような状況になった。
「なんだ、また通信切れたのか?」
「いまの切断は第三者の意図的なものを感じます」
カルデアに通信を飛ばしても応答はない。
周りを見ても目ぼしいものは……。
「止まれ、そこの一団!」
いた。飛んできた怒号によって彼らを見つける。
赤い盾と無骨な剣。荒々しい防具はフランス兵よりも軽装…というよりも短パンのようで、走ることに注視したものと思う。盾と剣、そして筋骨を魅せる姿を見れば、ローマ兵というイメージがぴったりと重なった。
「タイミングとしては合いすぎているな」
「うん。それにすごい警戒されてるね」
十数人が既に剣を抜いてこちらを囲み始めている。
「その服装、この時代のものではないな!貴様らはサーヴァントか?」
「いやまあ、半分くらい?」
「銀さん、返事が適当すぎる」
もっと突くべきことがあるよね。
彼らはサーヴァントのことを知っている。少なくとも、ローマの地にも厄介なサーヴァントがいるんだ。
「やはりか。というより、身の丈を凌ぐ盾を普通の少女が軽々と持てるわけがない!」
「ちょ、ちょっと待ってください!私たちに敵対の意思はありません。いまのローマ帝国についてお話しを聞けないかと…」
誤解を解こうとマシュが両手を上げる。真似て俺たちも両手を上げるが、ローマ帝国の人たちには全く通じない。これがジェネレーションギャップだろうか…?
横では銀さんとジークが既に武器を掴もうとしている。
会話が出来ないのなら、こっちも抵抗するぞ…。
「ならば丁度いい。僕が相談に乗ろう」
話が並行を進むなか、聡い声音が迫る足を止める。
荒唐な集団が隙間を開けて、1人の男性が歩いてきた。
(この人、どこにいたんだ)
アイボリー色の短髪、メガネを掛けた男性。
服装は黒を基調として、前を走る黄色の線が目立つ。この特徴、銀さんの話のなかにあった組織の制服と似ている。
「お前は……
「こいつらが敵かどうか、僕の剣で見定める。
ローマ真選組よ、ことの委細を見届けるのだ」
「承知しました、セイバー殿!!!」
そう、真名は。
「伊東 鴨太郎……だったか」
「うん。治安維持組織、真選組の人だ」
ジークの言葉に頷く。
同時に空気が1つ重みを増した。
彼の話を思い出す。真選組を乗っ取るため、局長たちの暗殺を画策した人物だ。最期は更生したって聞いているけど、地雷亜の例がある。
「1対1の真剣試合を申し込む。
そこの侍か、赤目の剣士。盾の少女でも構わない。
敵ならば斬る。無論、弱くとも情けはかけん」
伊東の提案、どういうつもりか分からない。
真剣勝負に見せた不意打ちを考えてしまう。
「カルデアとの通信を遮断したのは貴方ですね。こちらに真剣勝負を挑むのに、用意周到すぎませんか」
「はっ、なに考えてるか探ろうってか?
こっちこそお前がなんのつもりか見てやんよ」
警戒心を尖らせる。
彼のことを知っている銀さんが応じるなら心強い。
「待ってください、銀時」
木刀を抜く肩に手を置いて、マシュが力強く前に出る。
「マシュ・キリエライトが受けて立ちます!」
「マ、マシュ!?」
「おい、大丈夫なのか。あいつ、腕は確かだぞ」
「理由は分かりません。だけど、人選から既に見られている気がして。私が行くべきだと思ったんです」
それは直感に従って動いたということ。
根拠のない自信なら止めるべきだ。
真剣勝負と言った以上、マスターでも手は出せない。退かせるなら…ここが最後だ。
息を吸い込む。返事1つで未来が大きく変わる自覚がある。だから、いまの俺に出来ること。
「マシュ、頼んだ」
「はい!先輩、任せてください!」
そんなもの、マシュの決意に即答することだけだ。
本当は怖いけど……マシュが進む限り未来は途絶えない。負けるつもりが毛頭ないんだ、言った以上は信じるのみ。
「宜しくお願いします」
マシュは気を落ち着かせるためにお辞儀する。
立香たちは見ているのに、自分1人で現地のサーヴァントに立ち向かうことは初めての経験だ。
ここに魔術的な制約はなくとも、言葉で交わした真剣勝負を破ることは叶わない。きっと、真名のある大盾を穢してしまうから。
「礼儀は満点だ」
向かい、対峙する2人。
マシュの礼に伊東が静かに返し終えて────。
「はぁーーー‼︎」
大砲に着火した瞬間の勢いの如く、マシュは遠慮なく先制を取りにいく。
自信満々に踏み込んだのは銀時との稽古を重ねているからだ。侍との実践を想定し、マシュとジークは銀時と数十回もの戦闘を繰り返している。
対侍においての経験値が最も高いと言えた。
「武とは礼にあり。組織は肩にある」
振り下ろす大盾を伊東は暖簾をくぐるように躱す。
空振りした大盾の隅っこで、マシュは伊東の動きを捉えていた。
「武を力で示す者は三流だ。
相手に一瞬先を視せてこそ、
耳に届いた教えをなぞるように、居合いの構えを終える。マシュにはいま、くっきりとイメージが見えていた。自らの首に触れる刀の切っ先を。防ぐには、力任せに大盾を戻しては間に合わない。
「────っ!」
そして、洗礼の一太刀は閃く。
8の字を描くように戻した大盾へと。
「すごい、防いだ!!」
紙一重で大盾が間に合った。然し、マシュの体勢は後ろに逸れてしまっている。これでは踏ん張りが利かない。
マシュは押し返せないことを理解した。不利な体勢ならば、利用すればいい。このまま後ろに流して反撃するんだと思った矢先。
「盾を守るうちは組織を担っているとは言えん。
支え合いとは肩を並べることだ。当たり前のことを見逃してはいけない」
「それは、この英霊の────あわっ!?」
伊東の剣が盾を引っかけて、真横へと振り抜いた。流そうとする力を逆手に取られたのだ。
「分からなくてもいいが…先ずは席に座れ。
いつかどこかで、その力を発揮できる」
マシュが身体を起こしたとき、伊東は既に背後で剣を鞘に納めていた。その音で漸くマシュが目標の位置を知ったけど、どう見ても間に合わない…!
(居合い斬りだ。まずい…)
止めようと思ったとき、銀さんが肩に手を置いてきた。
彼の瞳に目を向けて。
「大丈夫。マシュを送り出した自分を信じろ」
「────っ、はい」
真っ直ぐな自信に応えることにした。
(伊東さんは私の中の英霊を知っている?
どうして?……いや、いま考えることは)
あっという間に詰められた状況下、マシュは考える。
伊東が投げかけてきた言葉の意味は1割程度しか受け取れていない。彼があまりにも殺意なく渡してくるものだから、無意識に肩肘を張っていたことに今更になって気づいた。
初対面でここまで親切にしてくれるのは不思議だ。けど、自分の中の英霊に投げかけていたら、少しだけ頷ける。
(盾を守る、席に座る………。
分からないことばかりの私にはピッタリな言葉です)
だから叱責しているんだ。
真名を告げなかったことを。
だけど違う。あの時は時間が無かった。この不備はマシュ・キリエライトの責任なのだ。
誤解を解く必要がある。なによりも、私自身がこの力をもっと許容出来なければいけない。理解していても出来ないのは…大盾の真名を穢さないように努めているからだろう。
そこで気づいた。まだ、藤丸 立香の前に立てていないことを。分からない真名に拘ろうとして、順序が逆転していたんだと。
(この盾は……先輩のために!)
マシュの背後で神童の刀が斬り払われる。
飛び散る火花。大盾を持つ少女は、大盾を利用して伊東の頭上に飛び出た。
「盾を飛び台にした!?」
「肩の力が抜けたな」
初めて見せる伊東の無防備な背中。
完全な死角から、大盾を背中目掛けて振り下ろした。
「発想は悪くない。だが、経験値不足だ」
────はずが。
マシュは地面に落とされ、大盾が宙に投げ出されている。
「マシュ!!」
自分が体術で組み伏せられたことを理解する間も無く。
(これが達人との差………)
見上げる伊東の剣が煌く光景を眺めていた。
「待て伊東オオオ‼︎」
銀時の静止の声をあっさりと断ち、剣は振り下ろされた。
「筋が良い。頭も回る。なによりも理解している」
「……っ。……え」
「大盾の少女、貴様は武士として潔かった。
だが、カルデアのマスター。なぜ割り込んだ」
マシュと剣の間に割って入る者。
藤丸 立香の鼻先で剣が止まる。
問答に誤れば即落とされる。
すぐに位置を入れ替えようとするマシュを押さえつけて、立香は剣圧に耐える。
「僕は真剣勝負と言ったはずだ。彼女の決意に泥を塗るつもりか」
「マシュは…盾じゃない。俺の後輩です…。
先輩と呼ばれたからには…俺が彼女の盾だ!」
震える奥歯を噛み、立香は伊東の瞳を睨み返した。
「ローマ真選組諸君、彼らを”連合帝国”だと思うか?」
「いいえ!少年の行動で敵ではないと確信しました!」
「えっ」
「──ビビらせやがって」
伊東とローマ真選組の問答で、場の雰囲気が一気に緩まっていく。
アホ面のカルデア一行は銀時を除いて置いてけぼりだ。
「見ての通りだ。彼女の盾が体を表し、少年の行動で組織が見えた。これより彼女たち”カルデア一行”をネロ皇帝への客人とみなす」
「はっ!承知しました!」
「えっ、あの……どゆこと?」
「まずは現状の説明から始める必要があるな」
そう言いながら指を鳴らす伊東。すると、
『あっ、繋がった!?
やっと繋がったぞロマニ!』
『マシュ!マシュウウウウウ!
無事かいマシュウウウウウウウウウウ!』
『うるさい!』『りえりっ!?』
混乱気味のロマンをしばくダ・ヴィンチの姿がモニターに映し出された。
「君の組織は騒がしいようだ。あっちと同じだね」
「お前は陰湿過ぎるだろ。あと何重に罠張ってんの」
「まあ警戒しないでくれ。
すまないね、カルデアの諸君。僕は伊東 鴨太郎。セイバーのサーヴァントとして召喚された。
さて、皇帝謁見の道すがら、この特異点について説明させてもらおう」
───
──
─
「じゃあ、なんですか。ローマ帝国と敵対する”連合帝国”との暗殺合戦が続いたせいで、あんなややこしい潔白証明をやらせてるの!?」
「サーヴァントは特に厳しく調査している。これでも五騎は密偵未遂で始末してきた。
顔見知りとはいえ味方とは限らないからね」
「それお前がいう?それお前がやる?」
伊東の説明を聞き終えた一行。
銀時の鋭利なツッコミを華麗にスルーする伊東。
「俺、なんなの………恥ずかしいだけじゃん。
伊東さん本気にしか見えなかったし…………」
「先輩!私、すごく嬉しかったです。とても男性らしい、堂々とした振る舞い。やはり先輩です!
……伊東さんに殺意がないのは知っていたのですが」
マシュの言葉がトドメとなり、立香は白目を剥いて思考を閉ざした。
『然し、驚いた。あのネロ皇帝が女性だったとは』
『歴代ローマ皇帝が敵になって……いまはひと段落したと。それもこれも、アルテラという英霊が割り込んだせいとは。
なぜ歴代皇帝がわざわざ人理焼却に加担する?』
「ヤツらとはロクに話せていない。どいつもこいつも狂化されたように話が通じん。
恐らくは召喚のおり、霊気に細工でもされたのだろう」
『オルレアンでも聖女マルタたちに付与されていた前例がある。今回も正規の英霊を陥れる者がいても不思議じゃないか』
「それについては目星がついている。
銀時君を引き入れればヤツも多少は怖気付くだろうさ」
「ヤツ?」
「徳川 定々。この特異点の首魁の真名だ」
「────!」
一瞬だけ引き絞られた雰囲気に皆は気づきながらも、聞き返すことはせず。ローマ帝国の賑わうブリーフのなか、皇帝のもとへと歩いていった。
▼
「鴨太郎から話は聞いている。
其方たちがカルデア……人理を想う同士だと」
そして、カルデア一行は混乱を極めていた。
皇帝の座の前に毅然と笑い、優しく声をかける男性の姿に理解を拒んでいたからだ。
「余はネロ・クラウディウス。いまは記憶を失くしてしまったが、ローマ帝国の危機を救わんとする立場は同じだ」
その男は筋肉質の肉体美を余すことなく晒した姿で。
民を率いるに値するまげが特徴的な英霊。
「カルデアの遣いたち、どうか我らが国を共に守ってはいただけないだろうか」
「思いっきり知ってる顔なんですけどオオオ!?」
坂田 銀時の絶叫は、もっさりブリーフへ向けられていた。