茂茂のひと声によって、お忍び放浪の護衛を任命されたカルデア一行。
「護衛任務を仰せつかって着いてきたけど……」
「なんで云百年前に温泉スパリゾートがあんだよ」
「噴水の町というだけのことはあるな」
かぽーん。
風呂桶の音が鳴り響くローマの大浴場。
茂茂が真っ直ぐ向かったのはローマ市民が集う大衆浴場。
「ここは皇帝たちの趣向が蓄積されてきた。民が最も見てきたローマの歴史博物館ともいえよう」
茂茂の言葉を聞いて、改めて浴場内を見渡す。
壁面に造られた数々の石像。床に敷かれるタイルは海景や丘山、ローマにまつわる歴史が刻まれている。建物の支柱一本に至るまで芸術家たちの手が振るわれていた。
一部………というよりもシャワーや蛇口、ドアといった節々に現代の技術が注がれている。石像や彫刻の時系列は分からない銀時や立香でも、現代の技術が源外たちによる影響だとすぐに見抜いた。
「あいつら時代に馴染めてなさすぎるだろ」
「きっとヒートアップしちゃったんだろうね…」
『分かる、分かるよ。競い合う者、理解してくれる者が傍にいるとき!人は己の欲にどんどん忠実になる。
男の浪漫を止めることは誰にも出来ないのさ!』
モニター越しの熱弁に頷くのは銀時。目を輝かせるジークだが、立香は苦笑いで誤魔化した。
そのまま何気なく髪を洗おうと蛇口を捻ると。
「銀さん、蛇口から醤油出てきたんだけど!?」
「あいつ温泉でTKG作る気だったのかよ!」
「ダ・ヴィンチ。これはどんな浪漫だろうか」
『えっ、醤油が蛇口から?頭大丈夫??』
『1ミリも理解しようとしてないな!?』
全身、九州醤油塗れになった立香を見て、ダ・ヴィンチは無慈悲に数秒前の自分を切り捨てた。
『それにしても、風呂のど真ん中にオベリスクか!』
ロマニの興味は大浴場の彫刻に戻る。
「オベリスク?」
「簡単に解説すると日時計になります。太陽の光を利用して物の影から現時刻を計る、
お湯に揺蕩う銀時と立香の間から、花のような声音で解説が施される。
「へぇ、随分と詳しいなマシュ」
うんうんと頷いて数秒後。
「…………え、マシュ?」
「あぁ、マシュだな」
違和感を覚えて振り向くと、マシュが目を輝かせて大浴場を観察しているではないか。ジークたちは冷静で一瞬戸惑うも、立香は慌ててタオルを巻き直した。
「時計という概念がなかった時代、人々は世界各地で晷針を利用して生活していたとされているんです!あ、恐らくですがこの銭湯に設置しているオベリスクは古代エジプトから輸入したもの…ないしマルス広場に設置されたオベリスクを元に作成されたものと思われ────」
「うんうん、すごいね。ところでさ、マシュ」
「えっ、あっすみません。
つい生オベリスクを見て興奮してしまいました!」
「いやぁ、良いと思うよ、銀さんは。夢中になれることがあって。でもね、立香が言いたいのはそこじゃないんだな」
銀時の指摘に心当たりがないマシュは首をかしげる。
「ここ、男湯!」
「……………あ。す、すみません!女湯の内装が素晴らしかったので、男湯も気になってつい。
失礼しましたーー!」
状況にやっと追いついたマシュ。
立香の下腹部を少しだけ見つめたあと、全力疾走で男湯を退出した。
『あ〜、君のは普通だと思うよ?』
『なんの慰めにもなってないよ…』
放心状態の立香を置いて、銀時は1つの彫像に近寄る。
それは柱の如く目立っていた。力強く『Y』の字を身体全身で表現。人間の肌に迫る色塗りはどう施したのか検討もつかない。というより、人間にしか見えないから銀時は手であちこち触れ始めた。
「しっかし、よくもまあ野郎の彫像を置いたもんだな。おいおい、これなんか肌艶まで再現してるよ」
「これも彫刻なのか?驚いた…俺にも人皮にしか見えない。…被ってるわけでもなさそうだ」
「なんなのこれ。『Y』の字で直立不動の彫像って。
作者の意図がまるで分からねえよ。なに始めるつもりだ」
「無論、ローマである」
「ギャアアアアアア!しゃ、喋ったアアアア!?」
股間を掴んだ銀時に反応して動いたソレ。
大樹の如く逞しい肉体から銀時は飛び退いた。
『うん?ちょっと待った。彼はサーヴァントだな』
『あっ、本当だ!反応が微弱すぎて気づかなかった!』
カルデアの貧弱センサーに文句を言いたそうにするが、この大男に敵意が全くない。ジークの警戒心も薄かった。なによりも…。
「オベリスク……それもまたローマだ」
「え、なにこの大男。なんで彫刻に扮してんの!?」
「おお、ここにいたか友よ」
「友!?友って……」
茂茂が呑気に近づいたかと思うと、大男と握手を交わしたのだ。これでは警戒もあったものではない。
「紹介しよう。彼はロムルス。ブリーフをこよなく愛する、大浴場の常連客だ」
「これ即ちローマである」
『ろ、ロムルスウウウウウムグゥッ!?』
『あ、バカ!……ちょっと切るね!!!』
「騒いだり通信切ったり忙しいな」
「………」
ロムルス。つまり真名ということになる。
この場で彼の名前を知っているのは立香だけだ。それも、ローマを建国した偉人として、レイシフトする前に話を聞いた程度のもの。
(あれ。歴代ローマ皇帝は敵のはずじゃ…)
伊東から聞いた話を思い返して、ロムルスがローマ帝国にいる現状に疑問が浮かぶ。
「皇帝。良いのか、こう訪れては正体がばれかねんぞ」
「抜かりはない。頭だけでなく、余の
「それ被せてるっていうか被ってるだけだろ。忍べてるのブリーフのなかだけじゃん」
だが、立香はロムルスに警戒心を抱けなかった。
地雷亜の件があったにも関わらず、相手を疑うまでに至れない。自分の目ならまだ疑惑に変わるのだが、茂茂と銀時の仲を見てしまうと……。
「敵とは思えない」
「……ジークもそう思う?」
「根拠はないが、疑えないんだ」
「あ〜、分かる」
「あれがビッグダディというものか?」
「それは違うよ」
これでロムルスが敵
もし本当に裏切られたら、立香はサーヴァント不信になる自信があった。
───
──
─
ロムルスとの仲を深め、気づけば夜になっていた。
マシュはロムルスの話に興奮して、ローマのポーズを会得。その後、通信を復活させたロマニたちが事情を聞こうとするも、何処かに消えてしまった。
仕方なく帰路に着き、茂茂に案内されるまま、客室に通されて夕飯を終えたカルデア一行。
「いやぁ、良い風呂だったなあ」
「だねぇ。日本以外で銭湯に入れるとは思わなかったよ」
「初めての体験だったが、また入りたい。
きっとジャンヌたちも気にいるはずだ」
「おー、いいんじゃねーの。カルデアに大浴場作ろうぜ。ダ・ヴィンチ、俺らが帰るまでに支度頼むわ」
皆、パジャマを着てベッドに潜り準備万端だ。
こうして、ローマ1日目は無事に終了となる。
「「「それじゃあ、おやすみなさーい」」」
『じゃないでしょオオオオ!!』
ドン!と机を叩く音がモニター越しに響き渡る。
ロマニの顔面ドアップに銀時が青筋を立てた。
「ちょ、うるさいロマン。
もう夜だよ、良い子は寝るんだ。そっちも寝ろよ」
『なんで僕が悪いみたいになってんの?
ジーク君、あざとい欠伸をしてもダメだから。今日なにも進んでないんだけど!?』
「とは言っても、もう夜も遅いですし…。
明日から連合帝国の調査をしてはダメでしょうか」
別室からマシュがやっくる。
こちらもパジャマのため立香の眼球が見開かれた。
『それもそうだけど!?
いやそうじゃなくって…この特異点は皇帝の暗殺合戦をしてたんだ。見張りも付けずに寝るのは得策じゃないって話だ…ん?
あ、マギ☆マリからメールだ!え〜、なになに』
”夜中に大声出すな。口にブリーフ詰め込まれたいのか”
『辛辣ッッッ⁉︎最近のマギ☆マリから罵詈雑言しか飛んでこないんだけど‼︎レオナルド、マギ☆マリのプログラムに細工しただろ‼︎』
『ウィルスにでも感染したんじゃない?
お前たまに茶菓子食べながらプログラムしてるだろ』
「なんでAIが騒音気にしてんだよ。
…ったく、しゃーねぇなあ。ジーク、立香、マシュ。
ちょっとそこいら散歩して暗殺者確認してこいよ」
「お、おぉ。サボりは見過ごせないが……こう堂々としていると逆に逞しさを感じる。これがカリギュラ効果か」
「ジークさん、それは違いますね…」
「ほら、バカ言ってないで銀さんも行くよ!」
人をパシろうとする銀時を引きずって、カルデア一行は安全確認に乗り出すこととなった。
「こういうのは隣室が怪しいもんだ」
という銀時のひと声により、隣室へと足を運んで立香の頬が引きつる。そのドアノブには赤黒いお札が貼られており、扉全体には似たような禍々しいものが無数に列を成していた。
「という訳でちょっと失礼しますね〜」
「銀さんンンン!表の札が見えないんですか!?」
半分寝ている銀時の腕を掴む。
「これ?あれだろ、ローマの芸術とかそんなの」
「俺にはピッコ○封印してるように見えるんですけど。軽い気持ちで破ったらダメなやつですって!」
「ばっかお前、そんな封印が渡り廊下に堂々とあるわきゃねーだろ?こういうのは見かけ倒しなんだって。本命は地下とか、ごっつい施錠された扉の向こうにあるんだよ。
記憶とか、深海の奥深くとか」
「アナ○ンみたいな世界観と一緒にすんな」
「…………というか、立香」
「どうしたの、ジーク」
「それ、掴んでるのは……」
「え?これ銀さんの腕だよ」
ジークが青ざめながら指差した意味が分からずに答える。すると、次に青ざめたのは銀時だった。
「おい立香……お前なんでドアノブ掴んでんの」
「あ、あれ………おかしいなァ……。
確かに銀さんの腕、掴んだつもりなのに……」
「い、いや……銀さんの腕も、掴まれてるよ」
「…………………誰のでしょうか、この腕は」
この場にいる全員が銀時の腕に注目する。
そこには、闇の向こうから伸びてくる、白い腕が一本。
「────────」
一同、白目を剥いて言葉を失う。
そして、腕が歩み寄り…。
「皇帝家は代々、深夜アニメで臣下と交流するのだ」
「将軍かよオオオオオオ!」
腕の正体は深夜アニメのお誘いに来た茂茂だった。
絶叫とともにガチャリと音が鳴る。全員の視線は、ドアノブを開けてしまった立香へ。
「あ、気が緩んで開けちゃった……てへ」
そして、ドアの向こうから────
「「『ギャアアアア‼︎出たアアアアアア‼︎』」」
カルデア一行は走って逃げ出した。
感情の機微に乏しいジークでさえ、両肘を肩の位置まで上げる全力っぷりである。
「い、今のなに!?」
「ききき、きっとサンタだ!サンタの悪霊が化けて出たんだ!」
「なんでサンタ!?」
「赤いからな!それにほら、クリスマスカラーの変わった鍵の部屋だから」
「だからあれは呪符かなんかでしょ‼︎悪霊封じ込めるやつだよ‼︎思いっきり魑魅魍魎の主の封印破っちゃったよ、どうしよう‼︎」
「おおお落ち着けマスター。ここは俺が魑魅魍魎を
「落ち着くのはジークさんですよ⁉︎そんなことしたら漏れなくローマ壊滅、特異点修復が不可能になってしまいます!
先ずは私が宝具で部屋を塞きます。その間に先輩たちはサンタを倒すサーヴァントを召喚してください」
『マシュも落ち着いて!?
サンドバッグに龍脈通ってるから召喚は出来るけど、まだアレがサンタと決まったわけじゃないから!』
『まあローマだしサンタっていうのは良いセンスだと思うよ。けど倒すってなるとね〜……うん、サタンでも呼ぶか』
『適当すぎないか!?』
「つか、将軍居ねえぞ。置いてきたか?」
「え、全然見てなかった。
てっきり一緒に来てるものとばかり…」
走る銀時の肩に手が置かれる。
見覚えのない、やや半透明の手の甲を見て違和感を覚えれば良かった。
「ん?なんだ、そこに居たか──」
「うらめしやあ」
だが、振り向くまで予想外のことすぎたのだ。
白装束の黒髪女が、まさか存在していたなんて。
「「「「………」」」」
『『…………』』
カルデア一行が意識を落とし。
カルデアではロマニとダ・ヴィンチが気を失う。
「あれ………あの、皆さん?」
声をかけた本人すらも戸惑うほど、彼らの気絶っぷりは気持ちのいいものだったとか。
こうして、カルデアの旅は幕を閉じたのであった。
-完-