ローマ帝国を一望出来る石造りの邸宅。
人工池を取り囲む庭園の淵に、伊東 鴨太郎は脱力した肩を石柱に寄せてソラを仰ぎ見ていた。視線の先にあるものは夜空で輝く月のように見える。だが、月よりも輝く存在を知っている彼には、月の明かりを手にしても頼りないと、理不尽な比較を無機物にぶつけていた。
「流れ星でも見えんの?」
「いいや。ソラですら僕に情は零さないらしい」
返事を送った相手は坂田 銀時。
人並みから外れ、ローマで唯一と言ってもいいほどに瞬きの音が聞こえそうな場所で、真逆の性を持つ男が現れたことにため息をひとつ。
「お前も土方みてえな反応しやがる。実は仲良しだろ」
「なわけあるものか。アレの反応は闘争を燻られるものだ。僕のは憩いが一瞬で終わったことの落胆。歓迎の仕方が違う」
「どんだけ俺を
お宅ら、つまりは三桁の人数いる真選組と、たった三人の万事屋を同等の騒音と言っているのだ。どれだけ万事屋が迷惑な組織かを自白しているものだが、伊東は指摘するだけ疲れると再びため息で答える。
価値を生み出さない言葉のやり取りは生前、何度もしてきた。決まって不快感や憤慨で伊東の内側は染まり、その度に相手を同じように
だが、真選組には出来なかった。
土方 十四郎という、最も殺したかった男を。
何度といがみ合い、人生で最も無駄と価値のないと思っていたやり取りをした男に、最期は引導を渡された。
あの日、気づいた。
価値を生み出さないと思っていた土方との言葉のやり取りは、人生で最も得難い絆を育んでいたんだと。
「僕たちの世界のことを、考えたことはあるか」
「ねーな」
ふと、そしてやっと思い出せた言葉。誰かに聞こうとして、ローマの平穏を覆さんと迫る狂気と対峙するあまり問えなかった伊東の疑問を、銀時は鼻くそ交じりに即答してみせた。
「…………実は僕もだ」
「質問したってことは考えてんだろ」
「いま、ふと浮かんだ疑問だ。ずっと考えてることは別にある。
僕たちの知らない世界の危機に、何故この世界を知らない僕たちが喚ばれたのか、とかね」
「もう一週間以上も居んだろ。誰かと肩並べて寝るときにでも聞かなかったのか」
「ないよ。ここに来て一度も寝ていない」
「────どういうことだ」
冗談にしては場違いな声音で言い放つ。
伊東は冗談が似合わないとかいうイメージを抜きにしても、その目が本当だと語っていた。
「僕たちサーヴァントは寝ずに活動できる。
便利だぞ、魔力さえ供給されていれば無限に本を読めて、知略を重ねられるからな」
「そーいうことかよ。とんだブラック企業だと勘違いしたわ。…つか、ジークだって寝てんぞ。寝なくてもいいだけで、寝たほうがいいんじゃねえのやっぱ」
「当然だ。生きた年月だけ就寝してきた身に、寝ないことを強いるほうが精神的負担は大きい。剣の修行を積んでいても、睡眠欲に抗うのは僕でも難しいよ」
「一週間も寝ないヤツが言うと自慢にしか聞こえねえな。だいたい、元は部外者のお前がそこまでするほどローマやばいのか………いや、お前まさか」
寝ずに2、3日経つだけで人間の体調は悪化の一途を辿る。脳が寝ないことの悪影響は計り知れない。サーヴァントは寝ずを出来るからと実行出来るのは、普通の状況とは言えなかった。
そうまでする理由は、同じ立場の敵を注視することに他ならず。
「そう、敵がいつ襲ってくるか分からん。休むことを怖れ、暗殺に警戒し続けたよ」
「枕が変わると眠れないタイプか。ダメだろ、そんなんじゃ戦場は生き残れないよ。……あれ、違う?あっ、もしかして寂し「なにが悪いっ!」ぼっち!?」
飛び蹴り顔面1発。
風を切って飛んでいく銀時。
「おっといかん、思わず土方君のような振る舞いをしてしまった。もっと賢く生きなければ」
「今の結構効いたよ!?
俺の頭上に“クリティカル“って表示されたからね!?」
「大丈夫だ。君にはガッツが1つくらい付いていそうだ」
「マスターは画面の右上から降りられないんだよ!」
銀時の弁は、画面下に表示された『HP:1』という心許ない数字によって否定される。そもそも木刀でサーヴァントと渡り合う男に、画面右上でヌクヌクしてろと言う方が無理だ。
「ったくよぉ、お前は男のくせに考えすぎだ。
皇帝と将軍、二人のために働いてるんだ。ローマも江戸も見えてるに決まってんだろ」
怒りの矛を収めて、伊東と同じ壁に背を預ける。
同じようにソラを見ながら投げてきた言葉に、
「……そうか、そうだな。全くだ」
深く考えず、そして胸に沁み渡る言葉を受け止めた。
生前と同じことを繰り返さないか、サーヴァントとして召喚されて、定々の暴虐っぷりを知ってからは不安が渦巻いていた。それも、たった数秒で銀時は解消してしまったのだ。
まるで、土方のような不器用な言い回しで。
「やれやれ、君のことは苦手なようだ。顔を見ていると憎たらしい顔を思い出す。疲れた、あ〜疲れた。休息が必要だ」
「あ〜そうしろそうしろ。寝て忘れろ」
肩を壁から浮かして、軽くなった心とともに歩き出す。
柱の向こうに消える直前、伊東は立ち止まると。
「生きていた自覚のある者もサーヴァントとして現界している。平賀博士やお岩殿がそうだ。
この聖杯戦争は既に狂っている。用心しろ」
そう忠告して返事も聞かずに行ってしまった。
伊東の言葉は、この先が通常とは違った運命になると予感してのもの。ただ、銀時には全部が異常事態だから、なにが狂っているかの区別を付けるのは難しい話だった。
───
──
─
「それで。伊東がやっと寝静まる頃合いに暗殺を仕掛けようって魂胆ですかい、旦那?」
伊東が休憩に向かった直後、銀時は欠伸をしながら睡魔を吐き出して、壁の反対側に立つ男へと問いかける。
余裕綽々の態度に呆れながら姿を見せたのは、昼間に将軍暗殺を目論んだサーヴァント、寺田 辰五郎だった。
「────お前、なにがあった」
ただし、その姿は倒れたアルテラを連れて逃げた時の無傷とは程遠い。額から流れ出た血の痕、裂かれて焦げた服、自由には動けない足元を見て、予想外の姿に銀時は目を見張る。
「…ホラよ」
「なんだよ、これ」
辰五郎は銀時の質問には答えず、何処からか取り出していた一本の刀を柔らかく投げ渡す。
「そいつなら定々を斬れるからよ、あとは頑張って近づけ」
受け取った刀を見る。
銀時の目は、これの素材が何かを直ぐに理解した。
────この刀には、魂が宿っていると。
なぜそう思うのか。納得してしまったのか。
きっと、そう……きっと、違う形で銀時は知っている。生命の在り方は、無機物でも変わらないと知っているからだろう。
「んな説明で分かってやれるほどの仲じゃねえよ」
「はっ…頭カラっぽにして定々斬りゃいい。
コレじゃなくても殺せるけどよ。また野郎の顔を見たくねえなら、コレで殺せ」
「……………………」
馴れ馴れしい辰五郎の態度に訝しむ。
「お前、定々の味方か、俺らの味方か、どっちなんだ」
「野郎の味方なわけあるかよ。
言っただろ?俺は、正義の味方だって」
言葉の真意は見抜けない。渡された刀で定々を斬っていいのか…いや、斬る必要があると刀が訴えている気がして、それが銀時の胸中で葛藤を生む。
背を向けて離れようとする辰五郎に、なんと言って足を止めるか悩んでいるとき。「あっ!」と声を上げた辰五郎が、口元の血を拭って振り向く。
「その刀の名前は”最後の王”だ。大切に扱えよ」
「────────」
背景が何も見えないまま、辰五郎が立ち去るのを止める気は失せてしまった。
刀らしくない名前に、呆気に囚われてしまったせいかは分からない。1人の男の顔が浮かんで、辰五郎との関係性の皆無さに今度は首を捻る。
生前の関わりはないはずだ、そうすると死後…サーヴァントとしてなにかあったに違いないが。
『あれ、銀時君?なんか今、少しだけ通信が乱れたんだけど何かあったかい?』
場の雰囲気をぶち壊す声を聞いて、銀時は考えるのをやめた。
「どいつもコイツも話したがらねぇ。
ぼっちばっかじゃねぇか、ローマは」
『えっ、ぼっち?
だだ、誰がぼっちだって!?』
鼻くそをほじった人差し指で、ロマニの顔面を指差す。
面倒だから、定々を斬ったあとに辰五郎を探して聞こう。知ってるやつに聞くのが1番手っ取り早いもの。そう言い訳を並べて、睡魔に降伏した銀時は充てがわれた部屋へと戻っていった。
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