誰かに呼ばれた気がして、意識が落ちていく。
ゆっくり、ゆっくりと階段を降りるように。
暗い世界を、目に見えない階段に足を丁寧に乗せて下へ。
徐々に意識が沈んでいき、その刻は数時間にも感じられた。
そのあいだ、考える余裕はない。
何故だろうと考えて…それすらも考えることが出来なくて理解した。私には、なにかを考える器官が無いのだ。
いまを感じることしかできない。
彷徨っているなかで、楽しいと感じる。
なぜだろう。私には、そんな暇がないはずなのに。
このままでいたいと、どこかで思っている。
「もし、お嬢さん」
そんなとき、外側から声が聞こえる。
優しくて、全てを抱擁してくれるような甘い声。
深い眠りからも覚めてしまう匂い。
意識がゆっくりと浮上した。
「う、あ………?」
目蓋を開ける。
ぼんやりとした思考のままだったせいで、空がどんな色かもよく分からない。だから、知らない女性を頼るくらいにはとろけていた。
上半身を起こして声の主を見る。
「起きましたね、おはようございます。
貴女が誰だか、分かりますか?」
「オルガ…マリー」
眠気を引きずりながら、女性の顔を見る。
膝まで覆う黒いマントを羽織り、顔はフードで見えにくい。それでもフードよりも長い紫髪と180を超える身長が特徴的だ。
黒いフードを被りながらも、その奥に見える顔は驚くほどに綺麗だ。そのなかではっきりと見える口元がゆっくりと動き、落ち着かせるように微笑む。
「オルガマリー、いい名前です。それに、貴女の目はとても美しい。傍にいてほしいと思うほど愛おしく感じる」
「あ、え……!?」
その言葉がオルガマリーの心臓を跳ね上げた。
周りの景色が気にならないくらいに女性の瞳に惹かれる。
言葉通りの意味で捉え、魔術師同士で行われる水面下の陰湿な探り合いを忘れていく。いまは休息のひとときであると、脳が簡単に認めてしまった。
女性が伸ばす腕に身を引くこともせず、頬に触れることをじっと受け入れる。
「なんて柔らかい頬でしょうか。私の手は滑るのに潤っています。あぁ、凛とした瞳と相まって美しい」
「そ、そんな大袈裟な…!えぇ、でも…えへへ」
ストレスの激減。
オルガマリーの苛立ちや不安、産まれ落ちて取り除かれることのない疲れがほぐれていく。女性の甘言には、それだけの安心感が満ちている。
(あ〜、すごい気持ちいい。
女性と話して褒められることがこんなに良いなんて。
えへ、うへへ……)
満ちていく。
満たされる。
瞳から、耳から、肌から安心を注がれる。
オルガマリーがヨダレを垂らしそうなほどに頬を緩ませた。瞬間、女性は笑顔の種類が変わった。
「貴女を食べてしまいたいほどに、ね」
「えへへ……………………………へ?」
恐慌を孕む艶やかな微笑み。
美食に頬を緩ませる健啖家。
「いただきます」
蛇が笑い、獲物が身を硬らせる。
いま、オルガマリーは餌として認識し、有頂天から地獄への失墜で意識を失った。
───
──
─
「なあ、おい」
次に目が覚めたのは、頬を叩く音。
そして男性の気怠げな呼び声を聞いてだ。
「嬢ちゃん、なあって」
凄まじい倦怠感が残る身体をゆっくと起こす。
少しだけ視線を上げると、そこには青い短髪の男性が欠伸をかきながらヤンキー座りをしていた。
状況が飲み込めないなか、男性が持つ杖が目に入る。
ただの杖ではないと察し、次に男性の正体に目を向けたとき。男性は杖を持ち上げて、杖の先を向けてきた。殺気があるというのに、こちらを避けさせる暇もなく杖は突き出された。
「せめて胸を揉ませ───」
直後、背後で聞き覚えのある女性の声が聞こえる。
杖は頬の横を通り過ぎ、恐る恐る後ろを振り返る。
「アヂイイイイイイ!!!」
「ギャアアアアアア!!!」
背後には、メラメラと燃え上がる女性の面影。
脳天に杖が刺さりながらも手を伸ばす執念にオルガマリーは絶叫した。
間もなく女性は消え去り、オルガマリーは呼吸を整える。
消えた女性然り、女性にトドメを刺した男性然り。彼らの正体にたどり着いたからだ。
(サーヴァント……!)
敵か、味方か。
燃え盛る都市はなんなのか。
溢れんばかりの疑問をぶつけようと口を開きかけ、またも男性の行動が先をいく。
「これ観た?FGOの新オープニング。
めっちゃイかすぜ、とくに俺とか、俺とか!」
懐から取り出した通信機器、携帯電話の画面を見せてくる。そこに映し出される映像を最初から黙々と観て、ゆっくりと深呼吸する。
そして、黒い空を見上げた。
「いやこれ私どうなってんのよオオオオオ!」
オルガマリーの絶叫は、メドューサによるストレス発散をも上回ったとか、なんとか。
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