皆城椿は虚無の申し子である   作:仙儒

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思い

 目覚めた世界で奇跡が起こった。

 

 この世界そのものに充分驚いたつもりで居たが、それ以上に驚くことがあるとは。

 

 そして、世界の悪意を知った。

 

 あれ程会いたいと願った母親たちの一人に再会できた。

 

 それは確かに叶ったが、俺の願った再会では無かった。

 

 上里ひなた……。

 

 俺の母さんの一人。

 

 再会したたひなた母さんはどこの時間軸から来たのかは不明だが、俺の知り得るひなた母さんよりも若く、幼い印象を受ける姿だった。

 

 まぁ、俺が神世紀297年に飛ばされる前の時点で20代後半だったので、若いのは若いのだが……。

 

 母さんは俺を知らなかった。

 

 取り乱しそうになったが、何とか冷静に対処できた…………筈だ。

 

 咄嗟に自分の事を言おうとしたが、寸でのところでこらえることができた。

 

 どの位ここで過ごすのかはわからないが、今後のことを考えると俺が息子ということは伏せていた方が円滑に進む。

 

 なりふり構わず縋り付いて泣き叫びたい衝動を堪え、普段通りを演じる。

 

 ひなた母さんは巫女としての能力故か、生まれ持った才能か。育った環境がそうさせたのかはわからないが、人の感情と言うものにとても敏感だ。

 

 おそらく、こちらが動揺しているのはバレているだろう。

 

 園子がこちらを心配そうな様子でチラチラとこちらを見ているが、そちらに対応する余裕は無かった。

 

 幸いにも、ひなた母さんはその事について指摘、追求することはしなかった。

 

 一刻も早くこの場から離れたい一心で、体調がすぐれないから帰る旨を伝える。

 

 病み上がりと言うこともあり皆が気を利かせてくれた。友奈が看病すると声をあげたことによりひなた母さんを除く全員が付いてきそうだったのを、何とかそれらしい事を言って誤魔化す。

 

 

 ―――今は、独りになりたかった。

 

 

 心の中で願ったそれが通じたのか、皆は不服そうではあるが下がってくれた。

 

 その代わりに、具合が悪化したら直ぐに皆に伝えるように何度か念を押された。

 

 

 

 大赦の用意したマンションに帰る。

 

 一年ぶりに帰った時は、埃だらけだろうから掃除をしなければと思っていたが、塵一つ無かった。

 

 どうやら、俺が昏睡状態の間大赦の人が掃除しておいてくれたらしい。

 

 正直助かりはしたが、素直に感謝する気にはなれなかった。だって、大赦だし。痛くもないが、腹を探られていい気分になる奴はいないだろう。

 

 ベッドに身を投げ出し、大きく息をつく。

 

 隠してある板を横にずらすと、写真が何枚か置いてあるだけのスペースが出て来る。

 

 何故か、ニヒトに収納されていたそれぞれの母さん達との写真が一枚ずつ。面倒を見てくれた近所の姉さん達との写真が一枚ずつ。

 

 全員の集合写真が一枚。

 

 そして―――、

 

 かつての存在と思われる存在(おそらく父さん)と若い母さん達と、姉さん達の集合写真が一枚。

 

 皆、楽しそうに、そして幸せそうに笑っている。

 

 ああ、恐らくひなた母さんは俺の容姿がかつての存在(父さん)にそっくりだから動揺したのだろう。

 

 俺も友奈の顔を見た時はとても驚いた覚えがある。

 

 

 やはり、言わなくて、思いとどまれて正解だった。

 

 父親と思われる人物の集合写真の中に写る若き母親たちとそう変わらない容姿なのを再確認して思う。

 

 この胸の痛みと、言葉にできない思いにを我慢すれば全てが丸く収まる。

 

 なに、常に我慢する必要はない。

 

 母さんと、勇者達と会わない時間にこの思いを消化できればいい。

 

 

 痛みは、生きるためには必要不可欠で、俺と言う存在を語るには無くては成らないものだ。

 

「う゛う゛ぅ」

 

 色々頭の中で言い訳を並べて、涙を流す。

 

 良かった。何とかみんなの前では我慢できた。

 

 堰を切ったように次々と流れ続ける涙。

 

「ツッキー……先輩?」

 

 不意に聞き覚えのある。しかし、今聞こえる筈のない声に心臓が鷲掴みにされた様な感覚になり、急いで涙を拭いつつ、持っている写真を戻して振り返りながら板を戻す。

 

「園子、どうやって入って来たんだ」

 

 少し鼻声になってしまうが、普段通りに話せていると思う。

 

 園子は何も言葉を発さず、ベッドに上がってくる。

 

「お、おい。そのk」

 

 最後まで言い終わる前に園子の胸に抱きしめられる。

 

 離すように言おうともがくが、抱きしめる力が強くなる一方だ。

 

 ………困ったな。

 

 俺は園子が苦手なのだ。

 

 それは、園子に落ち度があるわけではない。俺の個人的且つ、幼稚な理由からだ。

 

 俺の母さん達の一人。その中でも一番発言権を持つ乃木若葉に良く似ている……と言う理由が一つ。

 

 性格面こそひなた母さんに似ているが、ふとした拍子に見せる仕草が母さんと同じなのだ。

 

 そう言った意味では、今はひなた母さん以上に会いたくない人物でもある。

 

 考えてみて欲しい。

 

 勇者部のメンバーには言っていないことだが、俺は園子の先祖に当たる存在だ。それが、子孫の……それも女の子に宥めてもらうと言うのは気が引ける。

 しかも、理由が母の面影を求めてとか、情けなさすぎるだろう。

 

 下らない意地を張り続けなければ、全てが崩れてしまいそうな恐怖。

 

 それは、抑圧されていた時間が長ければ長い程制御が利かなくなる。

 

 俺としては“()”に対する覚悟、或いは折り合いを付けたかった。

 

 そのための残りの3年間であった筈なのだが、予想外のことで1年を無駄に浪費してしまった。

 

 大赦から説明されたこの世界での御役目も聞かされている。

 

 必然的に戦わなくてはならない。同化現象は戦う時間が長ければ長いほど進行する。

 

 その為の感情整理の時間が欲しかった。

 

 最早余命2年はこちらの希望的観測に希望的数値を含めた時間でしかない。

 

 1年半生きられれば充分長生きしたと言える。

 

 

 このままで居たら、その理不尽の全てを園子にぶつけてしまいそうで怖い。

 

 それだけは一人の人間としてやってはいけない。結果的に彼女達は治りはしたが、彼女は違った意味で2年間と言う時間、恐怖に震え、涙し、世界を呪い、あの薄暗い寂しい部屋で泣き続けた少女の一人である。

 

 ベクトルこそ違えど、世界の理不尽を叫び、恐怖し、怒りを抱いたこの同じ胸の痛みと激情をぶつけることだけはしてはならない。

 

 必死に激情を抑え込むことにのみ全神経を集中する。

 

 皆城総士の天才症候群がここで役に立つとは………。

 

 

 園子は何かを聞き出そうとすることは無く、唯々優しく。けれど決して離さないように抱きしめながら、撫で続ける。

 

 

 久しく感じていなかったぬくもりに安堵の思い。

 

 

 病院で目が覚めてから検査を数日して退院したが、余り眠れなかった。

 

 眠れば、再び目覚める保証は無かった。

 

 自分にも まだ 明日があることをただ祈っている毎日。

 

 少なくとも、患者に処方できる一番強い睡眠導入剤を飲んで一時間ウトウトしたか? と言うくらいには精神的不安が大きい。

 

 

 そう言えば、小さい頃は母さん達は俺を抱き枕にして寝ることが当たり前だった。

 

 こちらとしても、恥ずかしさこそあったものの、嬉しかったのも事実だ。

 

 ………監禁状態でなければ、と枕詞が付くが。

 

 

 懐かしい感覚にいつの間にか意識は無くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 穏やか……であればどれだけ良かったことか。

 

 園子は大人しくなった最愛の人の寝顔を見る。

 

 眉間に深く刻まれた皺を見て、言い表すこととのできない怒りと空しさ。

 

 

 微かに震えている体に、死人のように温かさを失った彼。

 

 

 その事実に悲しさと無力感で涙が出た。

 

 

 彼と言う存在は乃木園子と言う存在にとっての救いであり、神そのものだ。

 

 一番最初にできた年上だけど初めてのお友達。

 

 乃木の娘ではなく、園子と言う一人の少女を見つめてくれた。

 

 それは、今まで体験したことのない新鮮な感覚で、テンションが振り切れて、途中から雑な扱いをされることですら私にとって嬉しいことだった。

 対等で気負いなく言葉や態度を交わすそれは、乃木園子の中では御伽噺(物語)の世界でしか無かったから。

 

 二人の得難い親友も彼を通して得た。それは御役目がらみだったけど、わっしーもミノさんもとても良い娘だった。

 皆が彼に好意を向けているのは少しモヤモヤしたけど、それだけ彼が魅力的だからだと納得をした。

 

 一緒に樹海で戦うこともしているため、その苦楽と恐怖を理解できる存在であったのも大きい。

 

 そして、大橋での戦い。

 

 常に彼の戦いの足を引っ張っている感が否めない状況での勇者システムのアップデート。それに伴う新しいシステム”満開”が追加された事で喜んでいた。これで彼に近づけると。

 

 彼の使わない方が良いと言う助言を聞かず、皆で使ってしまった。

 

 今までにないくらいの力を発揮して、戦いを圧倒的有利に事が運んだ後、満開が解除された時に悲劇が起こった。

 

 わっしーが「ここはどこ? あなたたちは誰? ……ですか?」と困惑気味に聞いてきた。

 

 ミノさんも私も体の異常を感じたところで意識を失い、薄気味悪い部屋で目覚めた。

 

 ツッキー先輩が目覚めた私達に説明してくれた。満開の代償、散華の事を。わっしーのことも。

 

 唯々悲しかった。辛かった。その怒りを、不満を、不安を、恐怖を私達は彼にぶつけてしまった。

 

 ―――”その事について、言い訳するつもりはない”。

 

 超然とした態度でいることに更に怒りが爆発してしまった。

 

 来る日も来る日も、酷いことを言ってしまった。母親も父親すらも来てくれないこの牢獄の中ではそれしか出来なかった。

 

 そして、何時ものように彼は見舞いの花とケーキを持って来た。それを払いのけた時に事は起きた。

 

 彼は大量の血を吐いて倒れた。私達の目の前で。

 

 流石に驚いて、直ぐに大赦の人をナースコールで呼び出した。

 

 駆け付けた大赦の人たちが慌ただしく彼を運んでいくのを見ているしかできなくて。

 

 安芸先生が残って状況を説明してくれた。

 

 予測の域を出ないが、私達とは別に何かしらの代償を支払っている可能性が高い、と。

 

 頭に冷水をかけられた感覚だった。血の気が一気に引き、体が震えた。夥しく床を染める命の色は、明らかに異常な量だ。

 

 相当の代価を支払っている、と言うのはそれだけで嫌と言うほどわかってしまう。それこそ、命にかかわる程の物を。

 

 そして、彼には命を守ってくれる精霊が付いていないことも。

 

 彼も辛いのに、私達は彼に辛く当たってしまった。悔やんでも悔み切れない。

 

 

 それから、彼は暫く私達の前に姿を現さなかった。精霊を使って、夢に呼び出そうにも、彼だけはどうやっても呼び出すことが出来なかった。

 

 そのことが、私の後悔と罪悪感を加速させた。

 

 彼に謝りたかった。彼をわかった気でいた私自身が恥ずかしかった。彼の優しさと寛容さに甘んじる己の浅ましさに嫌気がさした。

 

 最愛の人の苦しむ姿に、自分と言う存在は何も役に立たない。

 

 彼の役に立ちたかった。

 

 あの日からずっと考えていた。どうすれば彼の役に立てるかを。

 

 彼はあの時、自分が責められるように動いていた。自分だって辛いのに、そんなこと一切私達に悟られること無く、何も落度もない彼は私達の酷いことを全てを受け止めていた。

 

 ならば、今度はその立ち位置に私が成るべきだろう。

 

 勇者部のメンバーとひなタンに噓を付いて彼の後を付けてきた。

 

 部室を出る際、ミノさんが凄く小さい声で「無理だけはするなよ」と呟いたのを私は聞き逃さなかった。

 

 彼の周りにきな臭い奴らがたむろしていることにも起因する焦りがあった。

 

 そいつらに()()()してツッキー先輩から遠ざけたけど、未だ奴らの目的が何なのかつかめていない。

 

 それでも諦め悪く、大赦の連中がツッキー先輩の家にちょくちょく隠しカメラや盗聴器の類を仕掛けていることも気掛かりだ。

 

 そんなことを考えながら、勝手に作った合鍵で玄関を開ける。

 

 

 彼の家は相変わらず、必要最低限の物に届いているのかも怪しい物の少なさ。

 

 生活感をほぼ感じさせない光景を焦る気持ちで眺めていると、すすり泣くような声がした。

 

 

 宥めて眠ってしまった彼の頭をもう一度撫でる。

 

 少し、残念に思う自分が居る。

 この思いが報われることは無いことを。それでも、身勝手だと理解しているけど、私の胸に秘めたる思いは既に私をバケモノへと変化させてしまっていた。

 

 彼の一番になる資格も権利も、二年前の私が破棄してしまった。

 

 だから、一番になれないのはわかってる。けど、彼の中から私が消されるのは、繋がりを絶たれるのは何を犠牲にしても何を差出しても避けたい。

 

 その繋がりが、自分の思い描く物では無い、憎しみや怒りだとしても。

 

 都合のいい女で良いから、彼との繋がりを保ち続けたかった。何なら、今日この場で純潔を彼に捧げるつもりでいた。

 

 世間一般で言う宥めックスを期待していた自分の浅ましさに再び自傷気味に笑いつつ、頭を切り替える。

 

 結局、事はわからず仕舞い。ただ、これ程まで彼が何かに追い詰められているのは確かだった。

 

 彼の医療カルテやデータは既に私を通して、銘家側が圧力をかけて手に入れている。

 

 が、それが全てのデータだと思うほど大赦の連中を信じてもいなければ、頭の中がお花畑でもない。

 

 ちょっとでも情報が欲しくて、彼の家の中を漁る。

 

 薬の類が多い。

 

 殆どが痛み止めの類。

 

 新しく貰ったと思われる薬には、睡眠導入剤に抗うつ薬が多い。

 

 薬の説明書を読み、一応、スマホで写真を撮って安芸先生に送る。

 

 

 ―――ふと、

 

 

 髪の毛の長い綺麗な女の子がこちらを見つめているのに気が付いた。

 

 気配すら感じず、訝しむ。

 

 目の前の少女が人間で無いことを直感で理解した。

 

 

 ―――あなたは、あの子を何で祝福するの?

 

 小学生くらいの小さな少女。

 その少女に差し出された手をまじまじと見つめる。

 

「……祝福って何? 何を知ってるのかな?」

 

 自分の口から出た言葉が思いの外低くて、自分でもビックリする。

 

 

 ―――言葉のままの意味だよ。あなたたちがあの子に押し付けた痛み。それをあの子が受け止めたのは、かつてのこあの子が痛みにより自我を確立したから。

 

 背を向けて言葉を続ける目の前の少女。

 

 ―――罪悪感で歩みを止めるのは構わないけど、その自己満足にあの子を巻き込むのはダメ。それは、あの子の存在(行い)を冒涜する行為。それだけは許さない。

 

 振り返る少女の顔は優しい笑みを浮かべているが、目が笑っていない。

 

「……何処まで、知ってるの?」

 

 自然と言葉に敵意を含ませてしまう。強く睨んでいるのも自覚している。

 

 最初に問いかけた言葉と重複してしまう。

 

 

 ―――それはどっちの意味? まぁ、どっちも知ってるんだけどね。貴女のことも、あの子の事も。改めて、何が知りたい? ああ、そうそう。忘れるところだった。私の名前は皆城乙姫(つばき)。かつてのあの子の妹であり、今は叔母に当たる存在だよ。

 

「つ…ばき?」

 

 ―――そう、乙姫。

 

 それが、彼女との初めての対面だった。

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