成績もそこそこよかったし、日々の修行だって真剣に取り組んでいた。
でも、なぜ私だったのだろうか。
なぜ■■■■はあのようになったのだろうか。
大赦支部記録 松尾琴美 記
大赦書史部・巫女様 検閲済
1話 暁
梅が咲き誇る2月中旬、私は自宅の座敷で母親と正対していた。朝食を済ませたときに大事な話がある。とだけ伝えられていた。学校では別に問題を起こしたわけでもないし修行をサボったわけでもない、
「お母様、今日はいかがなされましたか。」
恐る恐る様子をうかがう。彼女はいつも厳格であるが今日はより一層である。まるで心のそこまで見透かされているような気分だ。
「あなたは勇者に選ばれました。」
一瞬、何を言われたのかがわからなかった。考えがまとまらないまま口を開いた。
「あの…勇者というのはあの勇者様のことでしょうか。」
「そうです。あなたも修行する中で乃木家のことは知っていると思います。乃木家のご先祖様である乃木様、高嶋様、土井様、伊予島様と同じ勇者としてあなたが選ばれたのです。」
勇者が何をしたかは詳しくはわからないが、神樹様を危機から守り抜いた英雄であると聞いたことがある。ということはまた神樹様に危機が迫っているということだろうか。
「私は何をすればよいのですか。」
「大赦本部からの指示であなたは愛媛県のへ転校することとなりました。そこでお役目に就くことになっています。」
「お役目…ですか。」
「不安もあるでしょうがこれは神樹様のお導きでもあるのです。あなたはそれを果たす責務がある。」
「わかっています。でも実感が沸かなくて…。」
「あなたにこの話を伝える時が来たのですね。」
「話…ですか。」
「この松尾家には勇者にまつわる伝承が語り継がれています。」
そう言って母親は座敷に飾られている折れた薙刀へと目を向けた。昔あの薙刀を傷つけそうになってかなりきつく怒られたのを覚えている。
「あの薙刀は野田という勇者が使っていたものだと伝えられています。」
「野田…、勇者様は乃木様、高嶋様、土井様、伊予島様だけではないのですか?」
「四国で神樹様を守った勇者様は4名です。しかしそれ以外にも勇者がいたのです。松尾家は西暦の時代は福岡という地で大社に勤めていたと伝わっています。そしてこの四国へと流れ着く際、勇者に助けられた。と。」
勇者様が四国以外にいたということだけでも驚きなのにご先祖様は勇者に仕えていた?
「あなたが勇者に選ばれたというのも何かの因縁あってのことかもしれません。勇者となる以上は神樹様のために戦いなさい。」
「わかりました。」
あれから数週間後、私は予州中学校の職員室にいた。
「あなたが
「よろしくお願いします。」
「早速だけれどもついてきなさい。」
青野と名乗った女性の教師は背が高く、無表情のまま私を迎え入れた。今は春休み期間で職員室にも廊下にも人通りがほとんどない。
彼女はすたすたと歩いていき、入り口の開いた教室の前で止まり、私に先に入るように促した。教室のカーテンは廊下側も校庭側も閉ざされ、蛍光灯が室内を照らしていた。私と同じぐらいに見える少女2人が用意された席についている。2人とも別々の制服を着ているところを見るに私と同じように勇者として転校してきたのだろう。私が席に着くと先生は教卓に準備しておいたパソコンを立ち上げた。黒板にセットされたスクリーンに画面が映る。
「今からあなた達のお役目について説明します。」
そういうと先生はパソコンを操作した。スクリーンに映像が映し出される。
大地は真っ赤に染まりマグマのような物が所々で流れ、空は深夜の曇り空のように漆黒に包まれていた。さらに何かが空中でうごめいている…。
何の映像だ。映画なのか?わざわざ勇者になる少女を集めて映画を見せるというのはどういうことなのだろうか。そんなことを考えていると先生がおもむろに口を開いた。
「今映し出されている映像はこの世界の本当の姿です。」
私を含む3人は先生のほうを向いて固まっていた。
(何を急にいいだすの?この人は。)
「四国を囲む壁があるでしょう。この映像はそれの外側の映像です。」
「壁の外?壁の向こう側にはこんな景色は広がっていないと思うのですが。」
私の2つとなりに座っている長髪の少女が疑問の声を上げた。
「それに、壁の外はウイルスが蔓延してるとは習ったけど、ウイルスって大地とか空とかをあんなふうに変化させるの?」
「加えて、あのうごめいていた何かは何なんですか。」
私と私の隣に座っていた短髪の少女も質問に加わる。
「あなた達3人の質問は至極まっとうな物です。…今から話すことは他言しないようにしてください。」
そういうと先生は世界がなぜこの映像のようになったのかを話し始めた。
西暦の時代、人類が致死性のウイルスで滅亡しかけてこの壁の内側。すなわち神樹様に守られるようになった。というのは偽りの歴史であり、実際は『バーテックス』と呼ばれる化け物が出現して神樹様の結界内に追い詰められたことが本当の歴史である。と。
先生が話し終わってからしばし沈黙が教室全体を支配した。
「私たちが勇者として集められたということは神樹様が危ないということなのですか?」
長髪の少女が先生に質問した。
「はい、映像にあったようなバーテックスが去年の暮れほどから出現するようになりました。バーテックスは西暦の奉火祭という儀式以降ほとんど観測されていませんでした。しかしそれが出現したということは異常事態です。そして神樹様のご神託もあり、あなた達が集められました。」
「じゃああの化け物と戦うの?怖いのはいやだなぁ。」
今度は短髪の少女が声を上げた。こちらは質問というよりは感想である。
「敵は、バーテックスは攻めてくるんですか?」
「いいえ、まだその兆候は現れていません。しかし攻め込まれた時の対策を事前に打っておかなければなりません。」
「対策…?」
先生は教卓に置いてあったアタッシュケースを開けて中からスマートフォンを取り出し、私たちの前に1台づつ置いた。
「このスマートフォンの中には勇者システムと呼ばれる唯一人類がバーテックスに対抗できるシステムが入っています。しかし誰もが使えるわけではなく、神樹様に選ばれた数少ない人類にしか扱うことができないのです。西暦の時代にも勇者様はこのシステムを使って神樹様、そして人類をお守りになりました。それを改良したものをインストールしています。」
「攻めてこないのに戦う必要があるのですか?」
長髪の少女が再び問いを投げかける。
「直接神樹様を守るということではありません。あなた方3名にはこの改良型勇者システムの実践データ収集と壁の外の調査を行ってもらうだけです。」
「実験のための捨て駒ということですか。」
「そう思うのは松尾さん。あなたの勝手でしょう。私は神樹様のお役に立てること自体が名誉なことであると思いますがね。特に、神官の家系であるあなたならば特に。」
私は頬の裏を噛んだ。確かに母親からも、儀式の作法を教えてくれていた神官の大人たちも神樹様のためにと私へ教え込んでいた。私もそうあるべきだと思っていた。でもあんな火の海に飛び込むことが勇者であると言われるのは気に食わなかった。
「以上でよろしいですか。システムの説明もスマートフォンに同封されています。それを読む時間などもありますでしょうし、荷物の確認もあるでしょう。明日の9時、この教室集合です。担当の職員が宿舎に送り届けるので来るまでこの教室で待機しておきなさい。」
そう言い残すと先生はパソコンの電源を切って教室を出ていった。
「あの先生、なんかかったいなぁ。そう思わない?松尾さん。だっけ?」
唐突に短髪の少女がつぶやいた。急に名前を呼ばれて動揺した。
「…え、ええ。」
「やっぱそうだよな!なんか氷の女、みたいな。」
「それより、あなた…誰?」
「私か、名乗ってなかったね。私はヤギイユキだ。八本の木に伊予中の伊に雪で八木伊雪、よろしくな!そういえば松尾の下の名前は?」
八木はそう自己紹介をした。かなり快活な印象ですでに圧倒されてる。なんというか、緊張感に欠ける…というか…。
「私は松尾琴美、琴に美しいで琴美。」
「琴美さんですか。いい名前ですね。私はスダアヤハ、彩りに葉っぱと書いて彩葉です。よろしくおねがいしますね。」
長髪の少女は落ち着いた様子で自己紹介をした。
ちょうどその時教室の扉が開いた。一瞬さっきの陰口を先生に聞かれたと思って体が跳ねそうになったがそこにいたのは神官服を着た男性だった。
「大赦の者です。勇者様方をお迎えに参りました。どうぞこちらへ。」
私たちは案内されるがまま車に乗り込んだ。
「宿舎へお送りいたします。3名様は同じ宿舎で暮らしていただき、親睦を深めていただくようになっております。」
しばらく走った後。運転手の男はある建物の前で車を止め、鍵を渡して言った。
3人はお礼を言って車を降りた。
「2人とも改めてよろしくね。」
八木は右手をさしだした。しかし私と須田はその手を握ることはしなかった。
神世紀270年3月。これは可憐に日の下で咲く花々の物語りではない。悲哀のうちに咲く影の勇者達の物語りである。
以下に大赦支部記録原本を記す。 大赦支部職員 記
私は普通の学生だった。
成績もそこそこよかったし、日々の修行だって真剣に取り組んでいた。
でも、なぜ私だったのだろうか。
なぜ壁の外側はあのようになったのだろうか。
大赦支部記録 松尾琴美 記