松尾琴美は勇者である   作:時 司

2 / 14
正直、■■■■■■■■■だとは実際に自分の目で見るまで信じていませんでした。
それに加えて■■■■■■が想像していたよりも脅威的でした。
もっとリーダーとして頑張らなきゃ。と思いました。

大赦支部記録  須田彩葉 記
大赦書史部・巫女様 検閲済


2話 払暁

次の日、私たちは支給された予州中の制服姿あの教室に集合していた。

青野先生が9時ちょうどに教室に入ってきた。

「須田さん。号令をお願いします。」

「はい。全員起立、礼。神樹様に、拝。」

号令にあわせてまずは先生に礼。次に黒板の左上にある神棚に向けて手を合わせて一礼する。

「本日より勇者としての活動が本格的に始まります。勇者システム添付の説明には目を通した前提で話を進めていきます。何か、質問がある人はいますか。」

そういうと須田が真っ先に手をあげる。

「私たちが使う武器は刀、手甲、旋刃盤、ボウガン、鎌とありますが、鎌だけ採用理由が明記されてないのはなぜですか?」

「ああ、鎌が採用されている理由は上里様からの直接のご指示です。」

「上里様?」

「そうです。大赦の中でも格式の高い巫女様の一人です。」

上里家がなぜわざわざ武器の指定を?上里家といえば乃木家に並ぶ最上位の格式を持ってはいるが、何か考えあってのことであろうか。

「わかりました。」

須田も納得したように引き下がった。

先生は教卓に設置してあったパソコンを操作し、昨日と同じようにスクリーンに画面を映し出した。今日は映像ではなく何枚かのスライドが表示される。

「あなたたちは今後壁の内側と外側を行き来するようになりますが、西暦の時代に使用されていた樹海化システムを応用して来島大橋を架け橋として使用します。あなたたち3人の勇者の拠点は来島大橋海峡記念館、訓練場はアクティはしはまです。」

その後システムの確認を何点か行った。

「あなたたち3人は1週間後、壁の外でシステムのテストを行ってもらいます。」

話の最後、他とは違う声色で言った。座っていた八木が唐突に立ち上がる。

「私たち、ここに来たの昨日ですよ!それなのにもう壁の外に出るんですか!」

「昨日言ったでしょう、事態は急を急ぎます。勇者でない人が壁の外に出て観測を続けるには限界が来ています。先日も一人の観測官が殉職しました。だからあなた達がいる。」

先生は冷たく言い放った。

 

予州中学から徒歩数分、場所をアクティはしはまに移した。

元はゴルフコースだったのだろうか、ところどろこに砂のたまったくぼみが残っている。

「今から演習を始めます。各自手順通りにアプリの機能をアンロックしなさい。」

先生は離れた場所から拡声器を使って指示を出している。3人はそれぞれのスマホを取り出し、自分の正面に構えた。

「天地にきゆらかすはさゆらかす——。」

アプリに表示された祝詞を読み上げた。スマホの画面が祝詞の文から植物を模したマークへと変化し、身体が光に包まれた。体中の血がたぎるような感覚を覚え、体の底から力がみなぎる。数秒で光が解け、視界が戻ってくると3人の少女は映画のヒーローのような姿に変身していた。

「うぉっ、なにこれ。これが説明にあった勇者装束ってやつか!」

八木ははしゃいでジャンプした。すると八木の身体は宙を舞った。身体能力が格段に向上しているということか。

須田と私の装束も見てみるに色や形に差はなく、統一されている。頭にはバイザーが装備されていて外から顔は見えないが、内側からは視界に影響はない。顔を守るための装備ということだろうか。

「今から実際にシステムを動かして確認を行います。表示された5つの武器から好きなものを呼び出してみてください。」

先生の指示と同時に視界に5つの武器が表示された。拡張現実システム…といったところだろうか。ひとまず私は刀を使ってみようと思った。その瞬間、手に何かの重みを感じる。見ると私の右手には刀が握られていた。

(なるほど…この補助システムは考えるだけで武器を呼び出せるのか。ならば!)

「思った通りだ…。」

次は鎌を呼び出そうと思った。すると考えた通りに刀は消え、鎌が呼び出される。

1日日暮れまで武器に慣れるための演習だった。次の日も、その次の日も演習が続いた。

身のこなしと武器になれるには少々手間取った。

 

1週間後、私たちは来島大橋記念館に集合していた。今はこの一帯を大赦が管理していて一般の人は入れないようになっている。

記念館には数人の大赦職員と青野先生、そして私たちの姿だけがあった。

「今日は初めて壁の外に出ます。私個人は早すぎるとは感じていますが事態は待ってくれません。今回の目的は壁の外の土を持ち帰ることと壁外での装束のデータをとることです。」

「外の土を持ち帰るって、どうやるのさ。」

「今から説明します。焦らないでください八木さん。」

大赦職員から500mlペットボトルぐらいの筒を渡された。

「それは羅摩(かがみ)と呼ばれる耐熱性の容器でございます。壁の外の土でも採集可能となっております。どうかご健闘をお祈り致します。」

冷徹な先生に対して職員の方は異常に腰が低く、あまりいい気にならない。

「土を回収する場所に指定はありますか。」

須田は一切の不満を外に出さずに質問をした。

「いいえ、今回は壁の外ならどこで採取しても構いません。」

「わかりました。」

「壁のの内側と外側を行き来できるのは来島海峡大橋だけです。生きて帰りなさい。」

 

「生きて帰れ…ねぇ?」

八木は頭の後ろで両手を組んでぼやいている。

「それだけ過酷な環境ということでしょ。緩んでると本当に帰って来られなくなるでしょ。」

「松尾さんは真面目なこったぁ。」

「行きますよ。八木さん、松尾さん。」

「ええ、須田さん。」

演習の時に判明したのだが、須田は私と八木より1つ年上だった。身長自体は私のほうが高かったことに加えて誰に対しても敬語を使うのでてっきり同学年か1つ下かと思っていた。3人の中での最上級生ということから勇者のリーダーに抜擢されていた。

 

3つの影が大橋に映る。アプリを立ち上げ、祝詞を読み上げた。身体が光に包まれ、力が漲る。光は数秒で解け、勇者装束に変身していた。

足に力をこめて地面を蹴った。身体が宙を舞い、すぐに壁の直上へたどり着いた。

「行くよ…。」

私を先頭にして3人の勇者は壁の外に足を踏み入れた。景色が一変する。

「映像で見た通りだ…。」

大地は赤く染まり、ところどころに溶岩のような流体が流れている。空は漆黒に染まり、遠くに白い点のようなものの群れが浮かんでいる。足元の来島大橋だけが植物の根のような物体の集合体になって大地まで伸びていた。

「あつい…。装束である程度軽減してるのに…。」

須田が珍しく弱音をはいた。しかし同意だ。

橋の終点から大地に降り立った。泥のように少し水っぽいような感覚を足裏に覚える。

「土って、ここでいいのよね。」

「はい、特にどこで採取するかの指定はありませんでしたから。」

羅摩の蓋を開け、赤い土を入れ始める。

 

その瞬間、警告を示す表示が現れた。

 

「警告!?何!?」

「松尾!真上!」

八木が叫んだ。私はとっさに後ろにジャンプした。体勢を崩して地面に身体をこすりつけた。私がいた場所に目をやると数メートルはある白い球体が落下していた。あの下敷きになっていたと思うと身の毛がよだつ。

「これ、バーテックスじゃないの!?」

須田は動揺していた。学校で見た映像では白い点程度にしか見えなかったがこれほど大きいのか。

白い球体はモゾモゾと動いて地面から浮き上がった。巨大な白い塊に張り付いた口のような器官が私に向けられる。

(まさか…こっちを見てる?!)

バーテックスは何の予備動作もなく私のほうへ突撃してきた。すんでのところでそれをかわす。

「松尾さん!よけて!」

須田はそう叫ぶとボウガンを呼び出して矢を放った。その一撃は正確にバーテックスを貫き、消滅させた。しかし1体に気をとられているうちに遠くから白い点の群れが接近してくるのが見えた。

「完全に見つかったのね…。」

八木のほうを見ると腰をぬかして地面に崩れていた。ガタガタと身体を震わせている。

「八木!あなたも戦うの!ほら立って!」

「無理だよ!あんな化け物と戦うなんて!」

「松尾さん!群れが来ます!せめて松尾さんだけでも構えて!」

刀を呼び出して構えた。すぐにバーテックスの群れが降り注いだ。刀を振ってバーテックスを斬る。真っ二つに割れた個体は消滅するが次から次へと襲い掛かってくる。

「八木!八木は!?」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

叫び声がしたほうを見ると旋刃盤を盾代わりにしてバーテックスの攻撃から身を守っている彼女の姿があった。

「八木!戦いなさい!」

「八木さん戦って!」

二人の叫び声は彼女に届いていない。

(まずい…このままだと八木が殺される。)

自分に襲い掛かってくる敵を捌きながら八木のほうへと進んだ。

(確か本来はこう使うんだったよね!)

旋刃盤に持ち替えて八木を襲っている敵のほうへと投げた。弧を描いた旋刃盤は数体の個体を巻き込んだ。再び刀に持ち替えて崩れこんでいる八木へ駆け寄り、襲い掛かってくる敵を斬る。

「八木!あなたこのままだと死ぬわよ!早く立ち上がって!」

「無理だよ松尾…、力が入らない…。」

(どうにかして逃げないと…でも八木が動けない以上は逃げることもできない。彼女を見捨てて逃げるなんてしたくない。絶対後悔する。とにかく時間を稼がないと…。)

「あっ!松尾さん危ない!」

少し離れた場所で戦っていた須田が叫んだ。手甲に切り替えて迎撃するにも間に合わない。

「ちくしょぉぉぉぉぉ!」

私に突撃があたる直前で敵が消滅した。後ろを振り返ると八木は刀を呼び出してそれを突き出していた。

「ありがとう、八木。」

「ごめん松尾。やっと気持ちに整理がついた。」

そういうと彼女は立ち上がり、鎌へ持ち替えた。

「須田!八木が動けるようになった!とっとと逃げていいんじゃない?」

「わかった!全員後退!」

須田の合図で全員が一斉に架け橋目指して駆け始めた。

「しまった!」

回避に失敗して空中で突き飛ばされた。地面に叩きつけられる。

「松尾!」

八木が私のそばへ駆け寄り、敵を迎撃した。

「今度は私の番!大丈夫?」

「大丈夫、もういける。」

少し痛む左肩を押さえながら橋を目指した。すでに須田は橋へ到達し、ボウガンで支援射撃をしてくれている。

「2人ともあと少し…!」

 

 

かろうじて敵の追撃を振り切って結界の中に飛び込んだ。青い海や緑の大地が目に飛び込む。

「帰ってこれたんだ…。」

遠くから青野先生と数人の職員が駆けてくるのが見える。3人は生還したその喜びと安堵からその場に崩れ落ちた。

「3人とも大丈夫ですか。」

「松尾さんがバーテックスの突進を受けました。それ以外は大きな攻撃を受けていません。」

「わかりました。羅摩のほうはどうでしたか。」

自分の羅摩を確認する。筒はつぶれ、いびつな形に変形していた。

「私の分はだめです。」

「私はどこかに落としてる…。」

「須田さんはどうだったのですか。」

「私の羅摩は…底が溶けてる。」

「そうですか…。ひとまず松尾さんと須田さんの分はこちらで預かります。それと、3人とも病院で検査を受けてもらいます。」

私たちは職員に羅摩を渡してから用意されていた車に乗り込み、病院へと向かった。

 

一人大橋に残った青野先生は橋の向こう側を見つめていた。

 




以下に大赦支部記録原本を記す。  大赦支部職員 記


正直、壁の外が映像の通りだとは実際に自分の目で見るまで信じていませんでした。
それに加えてバーテックスが想像していたよりも脅威的でした。
もっとリーダーとして頑張らなきゃ。と思いました。

大赦支部記録  須田彩葉 記

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。