大好きが咲いている   作:一角超獣

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止まらないよ、止まらないよ、溢れそうな想い(性癖)が


私の理想のヒロイン

 婚姻色、と言う性質を持つ生物が何種類か存在する。

 繁殖期に体色や模様に変化が現れる・・・・・・つまりは恋がその生物の性質を変えるのだ。

 

 そして私は今、それと似たような状況にある。

 

 勿論身体の色が変わったとかそんな訳じゃない。もしそうなら病気だ病気。

 

 けどまあ・・・、ある意味病気、と言うのも間違っていないのかもしれない。

 実際こういう状況を˝病んでる˝とか言うのだろうから。

 

「はぁ・・・・・・」

 

 何遍も脳裏に浮かぶ笑顔と声に深くため息をつく。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・しずくちゃんが、可愛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花という言葉があるが、今舞台上にいる彼女にはピッタリの言葉だろう。

 

「どうして・・・私ばかりこんな目に・・・・・・」

 

 照明に照らされた、少し埃臭い舞台に立つ少女を恍惚とした表情で眺める変態が一人。勿論私だ。

 

 もはや恋とも呼んでいいくらいに熱の籠った視線で見つめる先にいるのは桜坂しずくちゃん。私の後輩。

 

 女優っていう夢のために努力を怠らない健気な子だけど、実はちょっと抜けてたりしててかわいい。

 

 落ち着いた佇まいや長く伸びた繊細な長髪が大人びた雰囲気を醸しつつも、まだ幼い顔立ちや時折見せる年相応の姿がかわいい。

 

 一言で言い表すなら正統派ヒロインって感じだ。

 

要約するとめっっっっっっちゃ可愛い。

 

 

 そう。この通り今私が狂おしい程にメロメロなのがこのしずくちゃん、最近はもう寝ても覚めても彼女の事ばかり考えてる気がする。

 

 まだ知り合って、先輩と後輩と言う間柄になって数ヶ月も経っていないというのに、どうして彼女の事がこんなにも愛おしく思えてしまうのか。

 

 ましてや私は女、しずくちゃんと同性だ。そんな生物学的な恋の定義から脱線していると自覚してもなお彼女が愛おしく思えてしまう理由は何なのか。私は、その正体に気が付いている。

 

 

 

 

 しずくちゃんを・・・・・・虐めたい。

 

 

 

 

 いや、本当。他にも理由はあるが大半はこれ。

 

 始めて彼女と出会った時は可愛い後輩だな、とその程度にしか思っていなかった。

 だがある活動を通して彼女と触れ合ううちに私は気が付いてしまったのだ。しずくちゃんの持つある可能性に。

 

 女優と言う夢や一度やり遂げると決めたものにはどこまでも熱心に、一生懸命に向き合う姿勢。自分の好きなものに誇りを持つその心。

 そして彼女の類稀なる表現力と感受性。

 

 幸か不幸か、それを理解してからと言うもの私は自分の妄想に歯止めが利かなくなっている。

 

 

 

「すみません先輩。お待たせしてしまって」

 

「ううん。見たいって言ったのは私だし」

 

 練習終わりのしずくちゃんと並んで歩く。

 辺りは既に暗く、お台場の校舎から見渡す東京の夜景は今日も変わらない。星の海かのように瞬いていた。

 

 ・・・・・・とまあ詩的なセンセーションに浸ってみたものの、やはり私の中の小宇宙はそんなものでは収まらないようで。

 むしろ欲望の対象を目の前にしてひっっじょうにヤバイ事になってる。ダレカタスケテ―。

 

「それで、何かイメージは浮かんだでしょうか?」

 

「大体固まってはきたよ。毎日しずくちゃんの素敵な演劇見てきたからかな?」

 

 私がほぼ毎日演劇部の練習に入り浸っていたのは曲作りのため。詳しくは控えるが今度のイベントでしずくちゃんが歌う曲を書く必要があり、一番彼女らしい彼女の姿をそのまま歌詞にしようと思った次第だ。

 

 いやまあ、それ以外にも理由はあるけど。半分くらいしずくちゃん目当てだけど。

 

「・・・でもなんかこう、しずくちゃんはあの役でいいの?」

 

「・・・まあ、経験のない役ではありますけどね」

 

 今回しずくちゃんが演じるのは仕えてる先の家で虐められる女の子・・・・・・まあ所謂シンデレラのような役だ。

 この描写がまあ結構リアルと言うか生々しく、演じてるしずくちゃんや先輩の演技力もあって、正直力の入れ所間違ってるんじゃないかってくらいアレ。

 

 まあ私としては興奮するので問題ないしむしろウェルカムなんですけどね!

 

「でも、こうやって色々な役を演じるのもいい経験になると思うんです。それに一度任された役を途中で投げ出すのは私の信条に反しますから」

 

 屈託のない顔でそう言う。本当に真剣なのが伝わってきた。

 

 もしそんな彼女の積み上げてきた努力を、好きへの誇りを踏み躙るような事をすれば彼女はどんな顔をするのか。

 

 そしてその瞬間彼女は何を思い、どんな表情で何を言ってくるのか。

 

 

 私はそれが見たくてたまらない。

 

 狂ってるとは自分でも思う。けど溢れ出る衝動と大好きが止められないのだ。

 

 

 例えばどうだろう。今舞台上で気丈な女の子のキャラクターを演じる彼女に、目尻に涙を溜めたまま睨まれ―――、

 

―――『最っ・・・・・・低です・・・・・・!』

 

 とでも言われた日には。

 

 

 例えばどうだろう。何か屈辱的な役となり、恥辱や苦痛に苛まれながらも自ら人としての尊厳を削って演技を全うする彼女を見た日には―――、

 

 

 ぶしゅ。

 

 

「先輩ッ!?」

 

「ああ、ゴメン。大丈夫大丈夫・・・・・・」

 

ああヤバイ。想像するだけで濡れてきた。とりあえず今晩のオカズはこれにしよう。

 そんな決意と共に溢れ出してきた大好き(鼻血)を止めつつ、再び舞台上のしずくちゃんを見やる。

 

 かわいい、超かわいい。虐めたいし蔑まれたい。

 

 そんな膨れ上がっていく私の妄想と欲求は、もはやそれを成し遂げる事でしか止められはしないのだろう。

 

 

――――しずくちゃんを、˝私の理想のヒロイン˝に・・・・・・!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とは言え、その実現は困難と言ってもよかった。何故なら無関係ではいられない人達が少なくとも八人はいるから。

 

「ワンツースリーフォー、ワンツースリーフォー・・・・・・そこでターン!」

 

 一定のテンポで刻まれる手拍子に合わせ、複数の靴音が乱れなく床を叩く。

 ジャージなどのスポーツウェアを着込んだ少女達に混じってステップやダンスをこなすしずくちゃんにムラムラしつつ、私は思考を巡らせていた。

 

 ここはスクールアイドル同好会。私としずくちゃんが所属する、私達が出会ったきかっけとなった部活動。

 

 元々廃部寸前だった同好会を幼馴染や元メンバー、それまで交流のなかった人達を巻き込んで復活させたのは私だし、スクールアイドルも皆の事も大好きなのは今も変わりない。

 

だがことしずくちゃんを虐めたいという私の欲望を叶えるにはこの部活がネックだ。

 

 一応部長と言う立場を務めさせている以上迂闊な真似は出来ない。もしそれでせっかく上がりつつある同好会の勢いや人気を落とせばそれこそ皆の迷惑になる。殆どなし崩し的に集まったとはいえ皆もうスクールアイドルが大好きなのだ。

 

 だから同好会の活動や他のメンバーには影響を及ぼさないようにしずくちゃんだけを追い詰める必要がある。

 

 何かいい手はないものだろうか・・・・・・、

 

「せーんぱい! なにか考え事ですかぁ~?」

 

 思索する私の思考に入り込んでくる一つの声。

 言ってしまえば思考を遮られた訳だが、それは雑音と呼ぶにはあまりにも透き通っていて、可愛らしい響きを含んだものだった。

 

「もしかしてー、またかすみんの事考えてましたぁ?」

 

 中須かすみちゃん。しずくちゃんと同じ一年生でこのスクールアイドル同好会での後輩。

 何故かは知らないが出会った時から私に懐いてくれてる可愛らしい子だ。

 

「先輩は仕方ないですねー、もっとかすみんのこと見て、和んでくれちゃっていいんですよー?」

 

 この子は自分が可愛いと自覚してるタイプだが実際可愛いのでヨシ。自己主張はむしろあざといくらいだがそこもまた彼女の愛嬌だ。ああ腹パンしたい。

 

 なんかこう、かすみちゃんにも凄く嗜虐心を擽られる。

 何と言うかこの子の惨めな姿を見たいのだ。困惑して涙を溜めながら怯える姿とか超見たい。

 

 あざとさ全開で可愛いアピールしてる時に腹パンしてやりたいし有頂天になって自分の可愛さをアピールしてる時にも腹パンしたい。要するに腹パンしたい!

 

 ここに中須かすみ腹パン推奨委員会の設立を宣言する!!

 

「それじゃあ根本的な解決には至らないんだよかすみちゃん」

 

 とまあ私の妄想はこの辺にして。

 流石に各方面に発情していては身も心も持たない。いずれかすみちゃんにも手は伸ばすとしてとりあえず今はしずくちゃんだ。

 

「彼方さん! 練習中に寝ないでください!」

 

「むにゃ~」

 

 気付けば視線がしずくちゃんを追っている。タイト気味な練習着に程よくかいた汗が高校一年生とは思えない煽情的な雰囲気を醸しだす彼女。

 

 ダメだ。見つめているほど欲望が湧き上がってくる。

 

 独り占めしたいだなんて言わない。

 私だけのものにしたいだなんて言わない。

 

 

 ただ一度、彼女の屈辱に満ちた姿が見れればそれで・・・・・・、

 

 

「先輩? せーんぱい! どうしたんですか急に黙り込んで」

 

「・・・どうすれば大好きを咲かせられるのか考えてた」

 

「・・・・・・せつ菜先輩みたいなこと言いますね・・・」

 

「呼びましたか!? かすみさん!」

 

 呆れ気味に呟いたかすみちゃんに反応し、ギリギリ不快に感じないくらいのビッグボイスを発してまた一人私の所へ来る。

 

「呼んでないです! 今かすみんが先輩の話聞いてるんですから邪魔しないでくださいー!」

 

「そうなんですか? 何か悩み事なら私も話を聞きますよ!」

 

 今度は私と同級生の優木せつ菜ちゃん。

校内でその姿を見た者はいないとまで言われる程に謎を秘めた人気スクールアイドル・・・・・・という話だったが、最近その正体が元生徒会長の中川菜々ちゃんだと判明した、ある意味フィクションめいていた我が部の最強戦力。

 

 それにしても都市伝説級のミステリアス、表と裏の顔、芸名、最強戦力、低身長、巨乳、メガネ、元生徒会長、おまけに美人・・・・・・属性盛り過ぎかこの女(スクスタ参照)。

 

「いやまあ、悩みってほどのものじゃないし完全な私情なんだけどね。ちょっとやりたい事があるんだけど、まるで叶えられそうになくてさ」

 

「なるほど・・・」

 

 ちなみにだが、私の天帝の眼(エンペラーアイ)はせつ菜ちゃんも結構受け(と言う名の私の性癖対象)の素質があると睨んでいる。

 

 きっかけはつい最近、生徒会長立候補者の演説会の事だ。

 

 当人が凄く落ち込んでいた手前こんな事を考えるのは少し申し訳ないが、あの三船栞子とか言う新生徒会長に壇上でボコボコにされている姿は正直興奮したし、あの日の夜は大層ハッスルさせてもらいましたご馳走様です。

 

「ちなみにそのやりたい事とは何なのでしょう!?」

 

「あ、えっと・・・・・・ごめんちょっと言えなくて・・・・・・」

 

 しずくちゃんを虐めたい・・・・・・とは流石に言えない。もし言ったらエマさんですらグーで殴ってくると思うしこの部での私の居場所がなくなる。

 

「ふぅむ・・・なら仕方ありませんね!」

 

 せつ菜ちゃんが聞き分けのいい子で助かった。

 それにしても常にビッグボイスと集中線纏わないと死んじゃうのかなこの娘。マグロか何か?

 

「そのやりたい事と言うのの詳細が分からないので詳しいことは言えませんが、もし過去に似たような事例があるようならばそれを参考にしてみればいいと思います!」

 

「ああ・・・・・・そう言えば丁度今スクールアイドルフェスティバル開催の件で似たような事やってたね」

 

「はい! こんな時こそ先人の知恵です! スクールアイドルフェスティバルもあなたの大好きも、絶対に成功させましょう!」

 

 せつ菜ちゃんの笑顔が眩しく輝く反面、私の欲望はどこまでもどす黒く膨れ上がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません先輩・・・・・・まさかこんな事になるなんて・・・」

 

「こうなっちゃったものは仕方ないよ。とりあえず、乗り切ろう」

 

 垂幕の向こうからざわざわと声が聞こえる。自分で決めた事とは言えやっぱり緊張するなぁ・・・。

 普段はまず着ないような中世貴族のような衣装の窮屈さも相まって余計に身体の強張りを増長させる。

 

「ごめんさない。役が役なので私は先輩をリード出来なくて・・・」

 

「気にしないで、誰が悪い訳じゃないんだから・・・・・・」

 

 そう。この事に関して演劇部に落ち度はない。何故なら私が悪役でこうなった黒幕だから。

 

 一応経緯だけ説明しておくと、元々今日舞台に出るはずだった先輩が突然体調を崩して、その犯人が私という事。

 

 先日せつ菜ちゃんの助言を受けて何か死なない程度に苦しめられるヤバめのものをしずくちゃんに摂取させられないかと調べていた時に思いついた。今の時代ネットで検索かければ劇薬の作り方の一つや二つ簡単に出てくる。科学の力ってスゲー。

 

 で、まあそれを何やかんやでその先輩に摂取させ今に至る。あの人は今頃トイレの便座とお友達だろう。

 

 先輩の離脱により急遽代理を立てなくてはいけなくなったが、他の部員もそれぞれの役割があるため簡単には舞台に立てない。そこでしずくちゃんと関わりが深いかつ頻繁に練習に顔を出していた私が任命されたのだった。ちなみにここまで、計算通り。

 

 立派な犯罪? 何をおっしゃるやら。

 ここには私の犯行を指摘するメガネの小学生はいやしない。バレなきゃ犯罪じゃないんですよ。

 

 

 

 

 

「うえぇぇ・・・、緊張した・・・・・・」

 

 冒頭のシーンを終えて舞台裏に戻った途端にどっと汗が噴き出してくる。覚悟はしていたがここまでか。

 

「凄いですよ先輩! とても初めての演技とは思えませんでした!」

 

「あはは・・・・・・ありがと。でもそれは全部終わってから言って欲しいな」

 

 最も部隊が終わる頃にまだしずくちゃんの精神が無事であれば、の話だが。

 

 とりあえず肝門は乗り越えた。中世の恋する令嬢の役なのは聞いていたがどっかの天パ侍でも拒むレベルの甘い台詞を言わされる羽目に遭うとは・・・・・・鋼のメンタルが無ければ即死だった。

 

 ともあれ、これでやっとだ。

 ここからが私のバトルフェイズだ。

 

「先輩なら大丈夫ですよ! この調子でこの後も楽しみましょう!」

 

 今から奪われるであろう笑顔が私の眼前で揺れた。

 

 一瞬ちくりと胸が痛むような感覚がしたが、もはや止まることはできなかった。

 

「ねえ、しずくちゃん。実はしずくちゃんの役を虐めるシーンにどうしても私じゃ出来ないところがあるからって、そこだけアドリブ任されててさ」

 

「そうなんですか? ああでも、確かにあそこは・・・・・・けど先輩、大丈夫ですか?」

 

「やれるだけやってみるよ・・・・・・とりあえずさ」

 

 さあ――――祭りの時間だ。

 

「これ、付けてくれない?」

 

「え・・・・・・?」

 

 私がそれを取り出した途端、目の前の笑顔と空気が凍り付いたのを肌で感じた。

 しずくちゃんは私が何を言ったのか分からないと言った様子で目を白黒させている。

 

「・・・先輩、これは・・・・・・?」

 

「うん。首輪」

 

 笑顔で返した私に、しずくちゃんの動揺の色が濃くなる。

 理解が出来ない。言葉にはなっていないがそう思っているのは分かった。

 

 なら、分かるように説明してあげるのが先輩の務めだろう。

 

「私がリード引きながら色々指示出すからさ。しずくちゃんは四つん這いになって犬の真似してくれるだけでいいよ」

 

「・・・せ、先輩? 私何か気に障るような事でも・・・・・・?」

 

 雑多な感情に飲み込まれた彼女は震えながら蒼白になっていく一方。

 

「ほら、進行が遅れちゃうよ」

 

「・・・・・・そんな事、出来な――――」

 

「一度任された役を途中で投げ出すのは信条に反するんじゃなかったの?」

 

 いよいよ有無を言わさない私の圧に恐怖を覚えたのか、涙を滲ませたしずくちゃんが一歩後ずさりする。

 

「どうしちゃったんですか先輩・・・・・・何かしたなら謝りますからこんな事やめ・・・・・・許してください・・・!」

 

 命乞いでもするように犯してもいない罪を詫び入るしずくちゃん。

 

 状況は理解しても感情がそれに追いつかない。と言うよりは理解を拒んでいるのだろう。

 信頼していた先輩が突然訳の分からない事を言い、信じられないような行為を強要してくる。そんな異常事態にただただ動揺し怯えるしかない。

 

 前までならこの姿だけで気絶するほど絶頂していたろうが、もはや際限なく広がりつつある私の欲望はこんなものじゃ満足できなかった。

 

「いいから、早く」

 

「ひっ・・・?」

 

 沸き立つすべてに突き動かされた私はしずくちゃんの小柄な身体を抑えこみ、遂にペット用の青い首輪を彼女の首に巻き付ける。

 助けを呼んでも誰も来ないし、そもそも彼女は大声を上げたり抵抗すらしないだろう。

 

 舞台裏・・・と言ってもここはセットの真後ろ。下手に抵抗し暴れたりすればセットを倒し劇そのものを崩壊させかねない。しずくちゃんの性格上、それを知っている限り絶対に抵抗出来はしないだろう。

 

 おまけに今このセット裏にはここから登場する予定の私達しかいない。つまり声を上げない限り助けは来ないが、同様の理由でしずくちゃんはそれをしない。

 

 自分よりも舞台を案じるなんて、しずくちゃんは本当に根っからの˝女優˝なんだね。

 

 私は、そんなしずくちゃんが大好きだから。

 

 だから、女優として一皮剥かせてあげるよ・・・・・・!

 

「さ、いこっか」

 

 普段と何ひとつ変わらない笑みを浮かべながらリードを引き、首輪に繋がれたしずくちゃんを引き摺って照明の下へと出る。

 これでもう勝ちだ。舞台にさえ出てしまえば、もうしずくちゃんに選択肢は無くなる。

 

「・・・本当に可愛げのない子だとこと。いっそ犬にでもなれば少しでも愛着が湧くかしら?」

 

 私はただの嫌味な令嬢。皆今この瞬間に起きている事を演劇のワンシーンだと信じて疑っていないし、実際その通りだ。

 だからこそしずくちゃんはもう、演じるしかないのだ。

 

「ほら、少しは鳴いてみたらどう? ワン・・・・・・って」

 

 役柄に乗せてそう促す私を、しずくちゃんは今まで見た事もないような剣幕で睨みつけてきた。だがもう、それすらも無駄。

 どんなに屈辱的であろうとも、例え人としての尊厳を磨り潰す事であろうとも、彼女は自らそうするしかないのだ。

 

 だってしずくちゃんは・・・・・・女優だから。

 

「・・・・・・わ・・・・・・ん・・・」

 

 四つん這いのまましずくちゃんの発したギリギリ観客席にまで聞こえるか聞こえないかの鳴き声が私の勝利を決定付けた。

 

 勿論ここで観客達に私の非行を訴えるなりすれば一発で終わりだが、彼女にそれは出来ない。繰り返すがしずくちゃんにこの劇を壊す事など出来ないから。

 

 この劇に携わってきたのはしずくちゃんだけじゃない。他の演劇部員や裏方や照明の人、様々な人の努力があってこそ今この瞬間の舞台は成り立っている。これは関わった全ての人の想いの結晶なのだ。

 

 それを私に壊されるなど・・・・・・自分で壊すなど彼女に耐えられるはずがないから。

 

「ちょっと、ふざけてるの? 私は犬みたいに鳴きなさいって言ったんだけど?」

 

「・・・・・・ワン・・・!」

 

 令嬢の面を被った私が足蹴にすれば、また悲鳴混じりにワンと鳴く。

 しずくちゃんの一挙一動の度に背筋に走る痺れるような感覚が私を満たしていった。

 

 おまけに今日は同好会の何人かが見に来ているのも知っている。部活の仲間の前で虐めだと認識させずにその後輩を虐める・・・・・・背徳感が半端ではない。

 

 事の後始末? 関係の修復?

 そんなものはどうでもいい。

 

 今はただこのゾクゾクを味わう事だけ考えていたい。

 

「いたっ・・・!」

 

「喋っていいなんて誰が言った?」

 

 歩き出した私にリード越しに引っ張られ転倒したしずくちゃんに冷淡に一言。よろよろとまた四つん這いの姿勢に戻った彼女から零れた雫が床を打った。

 だが心が耐えきれずに流したれも私の興奮と観客に演劇のリアリティを植え付けるスパイスに過ぎない。

 

「あはは・・・! お似合いじゃない・・・・・・もう一回鳴いてみて?」

 

「わん・・・・・・!」

 

 ああ、可愛い。大好きだよしずくちゃん。これが私の理想のヒロイン・・・・・・もっと可愛いところを私に見せて。

 お手やお回りの芸をさせるでもいいし、餌を食べるような仕草をさせるでもいい。この舞台上は何をやっても自由。今だけは私の独壇場だ。

 

 

 もっと、もっと・・・・・・大好きを咲かせるんだ。

 

 




ネタが思いつくか気分次第で他のキャラも書くかもしれません

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