-14-
クラス代表戦から一夜明け、場所はIS学園廊下。
朝から日差しが差し込む中、廊下を彷徨く一人の少女がいた。
背丈はそう高くなく、その茶色い髪はキメ細かで手入れも行き届いている。
特徴的なツインテールは、そんな髪を持ちながらも活発なイメージの少女に実に馴染んでいた。
泣き腫らしていた目元はもう普通になっている。
そんな少女は、一人何処へ行くかも決めていない足取りで廊下を行く。
時間は早朝。
SHRまでまだまだ時間はあった。
──はっきり言って少女──凰鈴音は悩んでいた。
「あー!もうイライラする!」
その顔は紅潮しており、日差しが差し込んでいない場所でもよくわかる状態であった。
目の下にはクマがあり、寝不足なのも伺える。
事の顛末は昨夜に遡る。
一応、立ち直る事は成功した。
だが問題は発生した。
寝る前にふと、流星の事を思い出したのが始まりだ。
ココ最近全てのやり取りや、無理矢理抱き寄せられ助けられた瞬間、昨夜の事を思い出すと顔が一瞬で茹で上がりそうな程真っ赤になった。
そのまま、以前まで一夏で想像していたシュチュエーションが丸々流星に置き換えられて考えられる。
──すぐに、真っ赤になる自身の顔が理解出来た。
確かに、流星は中学生の悪友と似たような関係にあった。
仲は良かったのだが、まさかここまでしっかり異性として認識している自分がいると思わなかったのだ。
自分はフラれたところであり、自身に言い聞かせるように執着していたことを抜いても一夏が好きだったはずだ。
だとすれば、この感情は何なのか。
鈴はどこか後ろめたさを感じていた。
(浮気…?浮気症…ってやつ?)
正確にはどちらと付き合っているわけでもなく、ましてやフラれている。
また、異性である以上それを意識するのは仕方の無いことであるが、鈴はそれが許せなかった。
もやもやは加速する。
あの後、部屋で寝れずに考えていたが答えは出なかったのだ。
もはやどうしようも無いことは自身でも理解していた。
ならば直接、流星に会って確かめよう。
そんなことを考えながら、ズンズンと保健室に向かって足を進める。
と、そこで背後から声が聞こえた。
「ってあれ?りんりんだー」
「りんりん…?もしかして
「そうだよ〜?もしかしてりんりんもいまみーのお見舞い?」
振り返るとそこに居たのはのほほんとした雰囲気の少女だった。
袖までぶかぶかの制服はそののほほんとしたイメージを後押ししている。
どう見ても朝に弱そうなその少女に対し、鈴は驚きながらも記憶を辿る。
確かそう、今宮と一緒にいた──。
「一組の…」
「布仏本音。本音でいいよー」
「本音、ね。そうね、今から今宮の所に行くところ」
「なら一緒に行こ〜」
「う、うん。一緒に行きましょうか」
おっとりした少女に、何故か自身の今の悩みが見抜かれる気がした鈴だが気の所為だろう。
1人で行くつもりだっただけに、鈴の心中は少し複雑だった。
別に本音が邪魔というわけではない。
しかし、昨夜の事もあってか第三者がいるのは少し頂けなかった。
「っ、らしくないわよ
「りんりんどうしたの?」
「な、なんでもないわよ!?アハハ…」
鈴の様子に少し首を傾げる本音。
誤魔化すように、鈴は片手に持っていた缶ジュースを口に含む。
廊下を歩いている中、唐突にある事を思い出したように口を開いた。
「そういえばいまみー、りんりんが好きなタイプって言ってたよね?」
「ブハッ」
盛大に噴き出す鈴。
そのままむせ返りそうになるが、なんとか耐えた。
「どどどうせアレはそういう意味じゃないしょ!」
その時の状況を思い出しつつ、鈴は顔を真っ赤にする。
それを見て何かを察した本音は、愉しそうに笑みを浮かべた。
「本当?でもりんりんといまみー、仲良いよねー」
「そ、そう?」
「もしかして本当に好みだったりして──」
「そ、そんなわけないわよ…多分…」
何とか話題を自身から逸らそうと、鈴は考えを張り巡らせる。
すぐに口が開いていた。
「そう言えば、本音ってアイツとよく一緒に居るけど──実際ど、どうなのよ?」
鈴の言葉に本音は少しだけ驚いたように目を丸める。
先程までの空気とは一転して、顎に指を当て真剣に考えている様子だった。
「──わからない、かな」
ポツリと出る言葉。
その声色からして、誤魔化している様子はなかった。
鈴はその様子を意外に感じながら、尋ねる。
「わからないってどういうことよ?」
「いまみーの事は確かに大切に思ってるけど……」
「それがどういったものかわからない…と?」
「うん、そうだよー?りんりんよくわかったね〜」
本音の思いを聞き、鈴は溜息をつくと頭を抱えた。
なんて事だ。
自分と近い状況ではないか、などと内心呟く。
「それで、本音はどう仲良くなったのよ?」
「いつの間にかそこに居るのが普通になってた、かな?いまみーほっとくとすぐ無茶するから…」
「確かにそうよね。ほっとくと倒れるまで無茶しそう」
ボロボロの姿でも、鈴の前に出ていた姿を思い出す。
それだけでなく、普段もひたすら無茶を続けているらしかった。
と、そんな話をしていると2人は保健室の前に着いた。
会話を中断し、中に入る。
そして、流星が寝かされているベッドの付近まで来たところで声が聞こえた。
「ちょっ!?お前!誰か来たらどうするんだ馬鹿」
「大丈夫よ。こんな時間に来ないわよ?そんなことよりお姉さんもう少し感想欲しいな〜」
「傷が開くわ、降りろ!」
「いやん、そんなとこ触るなんてエッチ」
「いいからどけ馬鹿!」
本音は声と流星の反応で犯人を察したのか、どこか諦めたような声を漏らしていた。
一方、鈴は無言で仕切りのカーテンまで近付くと勢いよくそれを開いた。
「「あ」」
目に入ってきた光景を前に、鈴の思考が止まった。
上半身裸の流星と、それに馬乗りになっているナース姿の水色の髪の少女。
ナース姿の少女の胸元は大きく開けており、そこからは豊満なものが顔を大きく覗かせていた。
口を半開きにして驚く2人を前に、鈴の思考は停止から一転──即座に行動に移った。
「殺そう!」
甲龍の腕だけを部分展開。
「トドメ刺しに来たのかよ!?」
流星のツッコミなど聞かずに、その拳を握り締め振るった。
「ここで流星くんにトドメ刺されるとお姉さん困っちゃうなー」
だがそれはナース服の少女──楯無によって阻止された。
あっさりと潜り込み、いつの間にか鈴の首筋に扇子をあてている。
「っ!?」
部分展開を解除する鈴。
楯無はそれを見ると笑顔を浮かべ、扇子を自身の口元で開く。
扇子には素直と書かれていた。
「うんうん、話のわかる子は好きよ?流星くん、これ貸しだからね?」
「そうだな。発端お前だからこれは俺からの貸しだ、ツケといてやるから今すぐ帰れ」
「仕方ないわね。こうなったら身体で払うしか」
「脱がなくていい。脱ぐな!また同じこと繰り返す気か!」
「ちぇっ、仕方ない」
流星の言葉に楯無は口を尖らせながらベッドから降りる。
「じゃあねー、ごゆっくり」
そのまま背を向け、満足したのか愉しげに去っていった。
楯無が去ったのを確認すると、流星は患者服をしっかりと着直した。
「何かどっと疲れたわね…。あれ何者よ?」
「この学園の秩序」
流星の言葉に鈴は意味がわからないと首を傾げた。
むしろアレは乱す側だろう、と心の中で呟く。
流星も本音も鈴の胸中を察したのか、苦笑いを浮かべるだけだった。
「ところでいまみー、身体は大丈夫?」
「あぁ、鎮痛剤の効果もあって痛みはほぼない。最先端技術の医療用ナノマシン?とかを使ってるから治りは早いらしい。今のところは多少力が入らないのと傷の都合で絶対安静ってだけだな」
「だけって……駄目だよいまみー。暫く特訓禁止ー」
「流石に今日はしないって」
「今日は?今日はって言ったわよねこのバカ。本音、コイツここに縛り付けといた方が良いんじゃない?」
「その方が良いかもね〜」
謎の威圧感を放つ本音に流星は顔を引き攣らせた。
2人して何かこそこそ話し合っている。
まさか、本当に縛り上げる気か。
一方で鈴が普段通りに話していることに気付き、流星は内心安心する。
「ん?何よ人の顔じっと見て」
「あー、いやなんでもない」
首を傾げる鈴。
流星も下手に言及する事は避けたかったのか、何でもない様子で話を切り出す。
「とりあえずSHRには間に合わないけど、1時間目の授業からは出るから…」
「いまみー?」
「──大丈夫、身体に関しては絶対安静にする。だから怒るな怒るな」
「はあ、あんた今日ぐらい休んだらいいのに。一時間目って確か1組と2組の合同演習よね?」
「そうだよー」
「俺は見学だけどな」
「当然でしょ馬鹿」
そこまで言葉をかわすと、鈴と本音は時間を見て顔を見合わせた。
流星も時間を察し、二人に教室へ戻るよう促す。
その言葉をうけて保健室を2人は去っていった。
鈴は当初の目的など、完全に頭から抜けていた。
流星は去っていく2人を見送ると、後ろに振り向かずに声だけ投げかけた。
「鈴なら行ったぞ」
「お、おう」
後ろの仕切りのカーテンをめくり、現れたのは制服姿の織斑一夏。
彼は流星と違い昨日のうちに普通に寮に戻っていた。
どこか気まずそうな顔をしている一夏を見て、流星は困ったように尋ねる。
「お前がそうしたんだろ」
「いや、そのほらやっぱり顔合わせづらくてな。って流星知ってたのか?」
「耳は早くてね。で──?どうしてフッたんだお前」
「…違うと、思ったんだ」
「違う?何が」
「俺自身そういう気持ちがわからないから偉そうには言えないんだけど、鈴のあれは何か変わらないことに執着してるだけに感じたんだ」
「…」
「だからその好意は、何か違うんだよ。鈴がそれに囚われてる気もして…ごめん、他にいい言葉が見つからない」
「それは鈴にも言ったのか?」
「あ、ああ」
流星は一夏の言葉を聞いて、少しだけ納得する。
あの鈴の反応もあの言葉も。
ここで、脳裏に別の事が浮かぶ。
だとすれば、篠ノ之箒はどうなるのだろうか。
変わらないものなどないが、変わらなかったものである可能性は無きにしも非ず。
彼女のアレもただの執着にも見えるが果たして──。
そこまで考えたところで、流星は箒の事など殆ど知らないからと考えることを止めた。
ふと思い出したようにだけ、流星は口を開く。
わざとらしく。
鈴を泣かせた一夏へのちょっとした意地悪。
「────そういや、お前。時間大丈夫なのか」
──次の瞬間、保健室を爆速で飛び出す影があった。
□
「ほう?お前は見舞いを言い訳にする訳か」
「い、いやその言い訳にするつもりは無くてだな…!」
「教師には敬語を使え馬鹿者」
朝から凄まじい音と共に振るわれる出席簿。
その一撃を受けた一夏はフラフラとした足取りで自身の席へ着席する。
千冬のファンが多い一組と言えど、あの凄まじい出席簿を前にはその様子に無駄口を挟める人物はいなかった。
真耶により着実に進められていくSHR。
──相変わらず基本は山田先生に任せっきりだなぁ千冬姉。
などと一夏はお知らせなどの話を聞きながら1人考える。
──家事は丸っきしダメだったが、今は大丈夫だろうか。
──部屋とか散らかってないかな。
自身の姉の生活態度について考えていた一夏は完全に自分の世界に入ってしまっていた。
だが、真耶の次の言葉で現実に引き戻されることになる。
「──それでは転入生のお二人に入ってきて貰いますね」
──転入生!?
と、そこで微かに教室がザワついていることにも気が付いた。
気になるのも仕方がないと思ったのか、千冬もそれは許容しているようだった。
教室の前の扉が開く。
入ってきた2人は金髪と銀髪コンビ。
片方の制服は男物の…──男!?
「シャルル・デュノアです。僕と同じ境遇の人が居ると聞いてやって来ました。これからよろしくお願いします」
男!?金髪美少年!?
などと、一瞬にしてクラス中が湧き上がる。
千冬は少し頭を抑え呆れていたが、すぐに注意すると静まり返った。
視線を銀髪の小柄な少女に向け、指示を送る。
「ボーデヴィッヒ。挨拶をしろ」
「はい。教官」
眼帯をしたその少女は千冬の言葉を受けると、姿勢を正す。
まるで軍の号令をかけられたかのように見事な『気を付け』をした後、少女は厳格な様子で告げる。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
(…随分あっさりだなぁ。ん?千冬姉を教官って言ってたってことは…)
自身の座席に向かう転入生2人。
一夏がラウラの放った教官というワードに気を取られている中、気付けば当の本人であるラウラは一夏の目の前に立っていた。
「貴様がっ…!」
何か用かと尋ねようと考えた一夏の考えは一瞬で消えてなくなった。
ハッキリとわかるような怒りを向けられていると、ラウラの表情を見て一夏は理解した。
──その瞬間、一夏は頬をぶたれていた。
「認めん。貴様が教官の弟である事など認めん!」
それは、先程までのラウラのイメージから掛け離れた剥き出しの感情そのものだった。
□
場所は変わり、グラウンド。
一組と二組の合同演習のため、一夏達は着替え終え整列して指示を待っていた。
シャルル・デュノアを連れて更衣室に向かう最中、転校生の噂を聞きつけ女子が待ち伏せしていて大変だった等、一夏の苦労は絶えなかった。
そんな中、流星は一人制服姿で壁に寄りかかって見学していた。
片手には松葉杖を持っており、そんな姿勢が許されている理由も納得出来る。
前に呼び出される鈴とセシリア。
どうやら2人を使って模擬戦を行うようで、他の生徒は各自散らばって見学という事になった。
最初やる気が無さそうだった2人だが、千冬に何か囁かれると一転してノリノリになっている。
流星はそれを見つつ、真耶が居ないことに気がついた。
同時に、空から何か落ちてくる。
それはラファールを纏った真耶であり、真下に居た一夏の驚きの声が上がった。
そして発生する不慮の事故、もといお約束。
真耶の豊満なものに包まれた一夏はそれを押しのけようと触れてしまう。
真耶も満更ではないようで、照れているだけであり強く拒絶はしなかった。
それを見たセシリアと箒が黒い嫉妬の炎を燃やす。
飛び交うレーザー、投擲される武器。
鈴も吹っ切れてはいるが、昨日の今日ではやはり気分のいいものではなかったらしく、不機嫌そうだ。
そんな諸々からの一夏への攻撃をあっさりと真耶は防ぎきった。
一夏の命が失われずに済んだ瞬間である。
その高い技量を垣間見た流星は目を丸める。
そこで流星は思い出した。
真耶は千冬が国家代表の時の国家代表候補生であった事に。
そうとは気付かず、鈴とセシリアはまんまと千冬の口車に乗せられ真耶と戦うことになった。
空中で2対1の模擬戦が始まろうとする中、一夏が観戦を共にしようと考えたのかこちらへやってくる。
「そんな身体の時くらい、休めばいいのに」
呆れたような声色でそう話す一夏に、流星は両手を広げて見せる。
「休んでるだろ?この通り」
「そういう所だぞ、のほほんさんに怒られるの」
「何故本音の名前がそこで出てくる」
と、会話しているうちに模擬戦が始まり2人の意識は上空に向けられた。
開始の合図と共に颯爽と空中を駆る3人。
鈴とセシリアは開幕から己の力をぶつけるべく、速攻をしかけた。
「どっちが勝つと思う?」
「山田先生。賭けるか?」
「よし!昼ご飯をだ!」
「威勢が良いな。なら俺はデザートもレイズだ」
「…やっぱりやめとく」
流星はこっそりとISを部分展開し、真耶の立ち回りや視線の向け方を調べていた。
扱っている機体はラファール。
フランスのデュノア社の第2世代型量産機。
その機体については千冬が現在進行形でシャルルに説明させているが、流星は気にもとめていない。
真耶の洗練された戦闘は見事と言う他なかった。
セシリアのビットや狙撃を誘発しながら、鈴との間合いをコントロールしている。
鈴に近付かせるタイミングとセシリアの援護、そのリズムを的確に崩し自分のものにしつつ射撃と近接戦闘を上手く捌いていた。
圧倒的に劣るはずの手数や特殊な武装持たずして、逆に2人を圧倒していた。
バカスカ龍砲を放つ鈴、誘導されているセシリア。
徐々に冷静さを失い、また完全に立ち回りを崩された2人は空中で激突した。
真耶はその隙を見逃さず、追撃を加える。
激しい爆発が起こった。
同時に鈴とセシリアは2人仲良くグラウンドに叩き付けられる。
短い決着だったのは言うまでもなかった。
2人とも怪我はないらしく、グラウンドに出来たクレーターの中で2人仲良く喧嘩している。
負けず嫌いが悪い方向で作用しているようだが、放置しておくに限るだろう。
他の生徒は真耶の実力を前に、呆然としていた。
かくいう一夏も例外ではなく、ぽかんと間抜けな表情で固まっていた。
「山田先生は元代表候補生だ。諸君らもこれで教員の実力を理解しただろう。これからはより一層敬うように!」
「とはいっても代表候補生止まりでしたけどね」
自虐気味にそう言いつつ、真耶は苦笑いを浮かべる。
あれ程の技量を持ってしても驕った様子は見られない。
それほど千冬がとんでもないレベルだったのか、それともそういう性格であるだけなのかは流星はわからなかった。
そうしている内に、千冬の指示が聞こえた。
専用機持ちを中心に、各訓練機を使用する実習のようだ。
互いに理解を深める為、効率よく進めるための双方だろう。
流星の横に居た一夏も呼び出され、前に出ていった。
我関せずな態度で壁にもたれかかっていた流星の方へ千冬は声をかける。
「そこでISのセンサーを部分展開している馬鹿も来い」
「はい?」
「どうせ見学はするのだろう?なら教えるくらい参加しても問題あるまい」
「…おかしいな、俺怪我人のはずなんだけど」
無断でISを部分展開していたのは事実、流星は諦めた様子で前に出ていった。
内心、千冬がどう見破ったのか考えていたが結局答えは出なかった。
「それでは各自均等に別れろ」
千冬の声と共に生徒が散らばる。
殆どの生徒が一夏と流星の下に最初は来たが、千冬の注意でそれは散り散りになる。
元々上昇志向の強い生徒達や各々の仲良しの生徒達は専用機持ちに集まり、その他は珍しい男性操縦者の方へ集まっているようだ。
特にシャルルはその双方を兼ね備えており、集まった生徒の数はダントツだった。
専用機持ちの各々が教え始める中、流星は訓練機である『打鉄』に触れる。
そのまま一通りの確認を行い、仕様や安全性を確認すると離れた。
「問題なさそうだし、とっとと始めよう。そうだな、まずは───」
「はいはーい!出席番号1番、相川清香!ハンドボール部所属、趣味はスポーツ観戦とジョギングです!よろしくお願いしまーす!」
「……一体なんのよろしくお願いしますなんだ」
唐突なショートの髪の少女からの自己紹介と握手に流星は頭を抱えた。
その健康的な体と明るそうな雰囲気通り活発なタイプのようだ。
流星はそのまま指導する形で相川をISへ搭乗させる。
「歩行は…そうだな、最初は目を瞑ろうか」
「え?目を瞑るの?」
「立ってる感覚をはっきりと覚えて」
流星の言葉通り、相川は目を瞑った。
5秒ほど待った後、流星は再び声をかける。
「よし、次は歩くイメージをしてくれ。目を瞑ったままだぞ」
「わ、わかった!」
「──じゃあ歩いてくれ。目は開けるなよ」
「えっ!?このまま!?こけない?」
「平坦だから大丈夫だ。それに止まる時は合図するから」
「や、やってみる!」
恐る恐る歩き出す相川。
流星はそれを見ながら彼女に賛辞を送った。
2歩目からは緊張が解けたのか、淡々と数歩歩いてみせる。
「上手いな。じゃあ交代しよう。このペースなら2周目も行けそうだ」
「今宮くんありがとう!ここに並んでよかったぁ!」
「待て待て、降り方なんだけど───そのまま降りちゃったか」
降り方を指導しようとした流星だが、相川はそれを待たずにすぐに降りてしまった。
訓練機の場合、屈んでから降りないと次に乗る時に登る必要が出てくる。
すぐに声が聞こえ、流星が振り返ると一夏の班でも同様の現象が起きていた。
流星の班が始めたタイミングが遅かった事もあり、他の班の何人目かが終わったタイミングと重なったようだ。
一夏は大人しくISでお姫様抱っこして次の人間を乗せているらしく、その光景に歓声が上がる。
順番的に次点は箒だったらしく、満更でもない表情でどこか嬉しそうに運ばれる箒を見て流星は苦笑いを浮かべる。
「いまみー、こっちもお願いー」
「怪我人に何要求してんだテメェ」
振り返るとそこには笑みを浮かべた状態の本音がISスーツの状態で立っていた。
普段はダボダボの服や、着ぐるみパジャマなどで隠れているものの主張が激しい。
普段とのギャップに目を逸らしたくなる流星だが、視線を外そうとしたところで遠くの千冬と目が合う。
視線が全て物語っていた────いいから早くやれ、と。
「確かに運ぶ程度平気だが…」
「いまみーはどうせ何かする気だったでしょ?」
「そんな訳ないだろ」
「IS展開して調子確認ぐらいはする気だったでしょ?」
「はいはい。運べばいいんだろお嬢様」
流星は渋々ISを展開すると本音を抱き上げ、打鉄に乗せた。
本音の言葉を要約するなら、この機会に軽い確認ぐらいはしておけということらしい。
パラメータだけこっそりバイザーに投影し、自身の機体の稼働状況だけ目を通す。
特に異常は見られなかった。
何か凄まじい敵意を向けられている気がしたが、流星は気のせいだと自身に言い聞かせた。
「今度はしっかり手順踏んで降りるようにな。やらなかったらよじ登らせるぞ」
流星の言葉に色々企んでいた女子達は不満そうに返事をする。
少し不満が出ていたが、松葉杖を強調すると流石に皆諦めたようだ。
そのまま順調に演習は続き、気が付くと何処の班よりも早く2周目に入っていた。
疑問に思った流星はチラリとドイツ軍から来たというラウラの方を見る。
「うわぁ…」
思わず声が洩れた。
どうやらスパルタ仕様らしく、全員が既に疲弊していたたからだ。
順番待ちの間にもメニューを与えており、演習の趣旨とは少し離れたものになっていた。
ただ罵倒しようとスパルタであろうと、やる気のありそうな者には不器用であろうともきっちり向き合っていることだけはわかる。
悪い奴ではなさそうだが、と流星は渋い顔をする。
──何故か、ラウラは何処と無くイライラしているようにも見える。
触らぬ神に祟りなし。
流星は自身の班へ視線を戻した。
順調に授業は進み、特に何事もなく演習は無事終了する。
1人制服姿の流星を除き、皆は次の授業までに着替えようと足早にグラウンドを去っていく。
もちろん、更衣室の位置の都合で特に急がねばならない一夏とシャルルは既に居ない。
特に着替える必要もない流星は、松葉杖をつきながらゆっくりとグラウンドを後にしようとした。
「お前が、今宮流星だな?」
背後から声をかけられ、振り返るとそこに居たのは銀髪の小柄な少女だ。
「ああ、合ってる…。えーっと、そっちは確かドイツの軍人様…だったよな?」
「ラウラでいい…。少年兵や傭兵をやっていたことがあるらしいな?」
こちらを見定めるようにしながら、そう尋ねてくるラウラ。
流星は困った様子で返す。
「……まあそうだけど、俺に何の用だ?」
「なに、戦場を知っているお前がどういう人間か気になっただけだ」
「…俺?」
流星はラウラの言葉に首を傾げる。
ラウラはその力強い瞳で流星を見る。
「あの地域の戦場を生き残ったというからこそ、期待していたが…少し違ったな」
「期待外れか?」
「いや?期待していたものでは無いが、兵士としては目を見張るものがある。どうだ?我がドイツ軍に来ないか?」
仏頂面のまま淡々と話を続けるラウラを前に、流星は頭をかく。
どうもやりづらいといった様子で流星は応じていた。
「唐突だな。俺に声をかけるってドイツの軍人サマは頭でも打ったのか?」
「ほう、その物言い。やはり軍人は嫌いか」
「ああ、大嫌いだ」
嫌悪感を表に出す流星にラウラは特に驚いた様子は見られなかった。
その程度の調査は済んでいたのだろう、流星もそう理解する。
少し冷静になると、いつもの様子で続ける。
「───それに、もう戦場やそういう荒事に自分から首を突っ込む気は無いんだ」
「ならばその怪我はどういう事だ?」
ラウラは不思議そうに流星の身体を指さす。
当然、先日の無人機の件も知っているのだろう。
「…自衛の為なら戦うしかないだろ。痛くても怖くても」
「随分と弱気な発言だな。強い者が吐く言葉ではない」
「…強者なもんか。俺は弱者だからここにいる」
流星とラウラはどちらからともなく、歩き始めた。
向かう先は勿論教室。
2人並んでグランドを歩きながら、会話を続ける。
「で、何であんな不機嫌だったんだ?」
流星は疑問に思っていた事を口に出す。
ラウラの表情が険しいものになる。
「ここに居る者達は気に食わん。大半がISをファッションか何かと勘違いしている」
「ISは兵器だって言いたいのか?」
「無論だ」
「いいじゃないか、平和で」
兵器なんて、あんなもの知らなくてもいい。そう考える流星。
確かにISを兵器として使おうと各国が陰で動いている。
ISの開発競走もまた一種の戦争なのだろう。
だが、わざわざそれを理解する必要は無い。
IS学園に通う生徒も、戦闘員になる為に来た訳ではないのだから。
いつかその意味も風化して仕舞えばいい、なんて楽観的な考えだ。
一方でラウラはそう考えていない。
下らないと吐き捨てる。
話が平行線になるのは必然だった。
「───ふん、怪我が無ければ貴様のその性根を叩き直せたのだがな」
「───へぇ、怪我も考慮してくれるとは優しいな、軍人サマ」
その言葉に、ラウラは好戦的な笑みを浮かべる。
赤色の瞳が流星を捉える。
唐突にラウラは足を止めた。
「ほう、ここで叩きのめして欲しいか」
二人の間に険悪な空気が流れる。
ラウラは仕掛ける気で居ると流星も理解している為か、場はピリピリと緊張感が支配していた。
「───そこまでだ、そこから喧嘩してみろ。どうなるかわかっているな?」
「!織斑先生」
「!教官」
そんな一発触発の状態にわって入ったのは織斑千冬だった。
教官と呼んでいる千冬ということもあってか、ラウラはあっさりと引き下がる。
流星はその様子を見ながら理解した。
この少女の価値観には、織斑千冬が関係している。
「ボーデヴィッヒ、怪我人相手に何をしようとしていた?それに、そもそもお前達はクラスメイトだ。そのような喧嘩の仕方をするものではない」
「はっ!」
「今宮、お前も無闇に煽るな。良いな?」
「…わかりました」
千冬は渋々と返事した流星に向き直ると、溜息をついた。
「まあいい。私は今宮に用があって探していた。ボーデヴィッヒ、先に教室に戻っておけ」
「わかりました教官。では失礼します」
「…ここでは織斑先生だ」
千冬の言葉を受け、ラウラは即座に教室に戻るよう動き出す。
さっきまでとはスイッチが切り替わったように動くラウラに驚きつつ、流星は千冬に問いかける。
「用って言うのは?」
「その前に身体の調子はどうだ?」
「悪くないですね。治療技術が高いのと傷口がそう動かさない場所なんで楽です」
「ふむ、ならばなにか違和感は?」
改めて尋ねられた質問に流星は眉を顰める。
おそらく、用というのは何かしら流星の身体に関係あるのだろうか。
「強いて言うなら、──楽すぎる、ですかね。こうやって怪我中にある程度動くのは慣れてるはずなのに体調が安定している気がします」
流星の言葉に千冬は納得したように頷く。
「なるほどな。用というのはそれに関与した事だ。───お前のISが一時的に生体補助機能のような物を獲得し発動していると解析の結果分かった」
「生体…補助」
「怪我の治りや体調が良くなるようIS側が調整している、というくらいの認識でいい」
「理由は分かりましたけど、それってどれくらい信用出来るものなんですか?」
脳裏に浮かぶは白い髪の少女。
おそらく、あの戦闘を経て何かしらの機能を得ているのかもしれない。
改めて、ISの異質さを流星は認識する。
「緊急時は気休め程度、治療を受けた後に治りが早くなる方が恩恵としては意識出来るだろう。今現在は苦痛を和らげているというのが正しいところだ」
「…色々と納得出来た気がします」
「なら良い。だがくれぐれも安静にしろ。万が一があってはこちらが困る」
呆れ返った様子で千冬は肩を竦めている。
「休む時は休むべきとお前自身が一番分かっているだろうに───いや、そのギリギリのラインを熟知しているからこそこうなる、か」
「?」
「まあいい。これを機に無駄な時間を少しだけ増やしてみることだな。お前はどこか生き急いでいる部分がある」
「…十分休んでますし、特になにもしてない時間もありますよ?」
流星は少し不快そうな声色で返す。
千冬は教師で、善意で流星を気にかけているのもわかっている。
しかし、その見透かしたような発言はあまり得意ではない。
何処か休憩らしい休憩とばかりにセシリアに紅茶の淹れ方を教わったりしているのも千冬は知っている。
別にそれは何事にも勤勉なだけと評価する部分の筈だ。
だが千冬には、それに隠れた何かが気になって仕方がない。
欲から来るものというよりは、何かに引き摺られている印象を受ける。
まるで『停滞する』ことを拒むような。
何かここに居る意味を求めているような。
言葉にしようとしたが、千冬はそれを飲み込む。
極偶に見せる興味や、楽しいものをもっと覚えるべきなのだろうことも。
「…そうだな。私の勘違いだったようだ」
「…先に教室に戻ってます」
「ああ」
千冬はあっさりと自身の言葉を訂正しつつ、教室へ戻る流星の背に視線を戻す。
溜息をつきつつ、その後ろ姿を自身の銀髪の生徒と重ねてみていた。
「全く、手のかかる生徒ばかりだ」
呟きは誰にも聞こえず、空気に溶けていくようだった。
生体補助機能を獲得している時雨。
しかし白式程のものでも無く、本当に些細なもの。
学園の生徒に対する考えはラウラの方が現実的。
流星はラウラが嫌いなのではなく、軍人というものが好かないだけ。