IS 灰色の向こうに   作:ズーキー

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明日はおやすみします


-16-

『知識とは栄養だ。だから勉強という食事を摂らなくちゃ十分な思考は出来ない。あと、常に身体にあたる思考は働かせないといけない。肥えて身動きが取りにくくなるからね』

 

男は黒板に見立てた板の前で、そう淡々と告げる。

発する言葉の調子は柔らかく、それでいて何処か説得力がある。

柔和な笑みを浮かべながら、男は授業ごっこを続ける。

 

相変わらず胡散臭い。

 

誰かが手を挙げた。

どうしてこんな事をする必要があるのか。

それに対する回答が今の言葉だった。

 

日差しを辛うじて塞ぐだけの布、黒板代わりの板、今にも砕けそうな粗悪なおんぼろ椅子。

屋内とも屋外とも言えない空間で授業ごっこは行われていた。

老若男女様々な人間がここにはいる。

 

大半が学がなく、その日を生きるのに精一杯だったりする。

俺のように少年兵として扱き使われてる連中や、傭兵崩れ、怪我人、地域住民。

 

立場など問わず、男は人を集めた。

自身も明日どうなるかわからない1兵士でしか無いのに、だ。

 

俺は暇潰しも兼ねて、それに参加していた。

特に娯楽もない、腹も減る、戦場への不安もある。

それらを放棄して他のことを集中したかった、というのが主だった。

 

男は、様々な分野を教えていた。

元はどこかの学者だったらしいが、何とも追われる身になったとか何とか。

そこから不幸にもこういう場所に居座る羽目になったようだ。

 

どうでもいい、どうせ俺には関係ないのだから。

授業ごっこはほぼ毎日開かれていた。

大きな作戦もない時期は、欠員もないし授業ごっこが中止になることもない。

 

ただ、確実に日を追う事に参加者は減っていく。

死ぬだけでなく、来なくなるものも多かった。

 

ある者が言った。

知るだけ知っても無駄だと。

この授業ごっこは無駄に期待をさせるだけだと。

 

ある意味正しかった。

ここに居るのは殆ど自由など無い連中。

平和な日常等知りたくもないし、ここから出ることを無駄に期待するのも辛かった。

同じ意見を持つ者は多かった。

途中まで目を輝かせて聞いていた奴らが少しずつ減っていく。

半数減った所で、こんな質問が飛び出た。

 

人は分かり合えるのか?

 

男は一瞬キョトンとした後、いつも通り柔和な笑みで答える。

『それは不可能だ。推測は得られても解答は得られない。結局は分からないままを許すしかない』と。

だけど、男は続ける。

『真の意味で人は分かり合えないけど、思いやる事は出来る』

哲学は専門外だから受け売りだけどね、とだけ付け加えて───。

 

──相変わらず、胡散臭い。

俺は溜息だけついて、板に書かれた数式を目で追う。

 

 

男はその視線に気付き、満足気に授業ごっこを進めるのだった───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…朝か」

 

身体を起こし、時計を見つめる。

時刻は5時過ぎをいったところか。

何か嫌な夢でも見ていたのか、憂鬱な気分だった。

 

「嫌な夢でも見た?」

 

楯無が隣のベッドに寝転んだまま問い掛けてくる。

いつの間に起きたのか疑問に思いながら、流星は答える。

 

「覚えてない。それより、なんで分かる」

 

「顔に書いてあるもん」

 

楯無の洞察力が凄いのか、そこまで顔に出やすいのかは流星にはわからない。

流星はベッドから降りると洗面所に向かう。

一通り朝の仕度を終えると、制服に着替えた。

 

楯無は流星の後に洗面所に入っていった。

流星は身体を軽く動かし、調子を確認する。

身体に多少疲れは残っているが、特に昨日から引きずるものはない。

流石はブリュンヒルデ、そういう加減は絶妙だ。

 

 

楯無も用意を終え、2人して朝食を摂る。

間に挟む他愛ない話はいつもと同じような感じ。

流星の淹れる紅茶は日々上達しているが、本人曰く虚の淹れた紅茶には敵わないとのこと。

虚レベルになったら毎日専属で淹れて貰おうかしら、などと楯無の言葉。

既にほぼ毎日淹れているという流星の反論。

すぐに話は生徒会の業務へ。

忙しいらしいが、少しは落ち着いたらしく本日流星は出なくても良いらしい。

 

今日のこれからの事を考えて言っているのだろう。

流星は苦虫を噛み潰したような顔でこの後の事を考える。

 

食事を終え、2人は部屋を出る。

楯無は何か言いたげだったが、遂にはそれを口にしなかった。

 

恐らく、妹の事だろう。

流星は下手に口出しせず、彼女と共にアリーナへと足を運ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「準備はいいわよ。何時でも来なさい」

 

霧纏の淑女( ミステリアス・ レイディ)を展開した楯無は、アリーナの中心でそう告げた。

片手に蒼流旋というランスを持っており、至って自然体だ。

 

「ああ、わかった」

 

対する流星は『時雨』を展開しており、緊張した様子であった。

深呼吸をして、落ち着かせる。

そのまま意識を集中させると、彼の周囲に紅い雷が走り始める。

 

少しずつ増す紅い雷は、流星を纏うように球状になっていく。

程なくして無数の紅い雷が彼の身体を機体ごと包み込んだ。

完全に流星の姿は見えなくなり、紅い雷の球体だけが楯無の眼前にある。

 

 

─────楯無が見守る中、球体が弾け飛ぶ。

 

そこから現れたのは、全く先程までのISとは見た目の違う『黒時雨』を展開した流星。

真っ黒な装甲に大きな翼型スラスター。

そして、『時雨』の時より小型化している印象を楯無は受けた。

スラスターより漏れる微かな紅い光は神秘的だった。

 

紅いバイザーの奥にある流星の瞳が楯無へ向けられる。

展開時間は1分半程と限られている。

 

 

流星は片手に黒い槍を展開した。

 

 

 

「行くぞ」

 

 

 

刹那、流星の姿が消えたと楯無は錯覚する。

 

そう錯覚する程の速度で、彼は楯無の眼前に迫っていた。

 

 

 

 

(───速いっ!!!)

 

 

超高速で迫る一撃。

楯無は咄嗟に蒼流旋を──ランスを振るった。

 

───横に一閃。

受け流された黒い閃光が、楯無の横の地面に着弾する。

 

轟音、ともに凄まじい砂埃が舞い上がりそれは地面を抉り進む。

その光景は先の速度の異常さを語っていた。

 

壁に衝撃が走り、一部分が崩壊する。

楯無は反射的に流星が壁を蹴りつけ、飛び掛ってきたと理解する。

 

二回目の衝突。

今度は黒い槍が楯無の機体を掠めるだけに終わる。

そう思ったのも束の間、撃ち込まれる弾丸の雨。

楯無は先程振るったランスの勢いをそのまま利用し回転、薙ぐように振るい華麗に防ぎ切る。

 

 

───その隙間に、精密な狙撃が入る。

 

「!」

 

水のヴェールが盾となり、軌道を咄嗟に逸らす。

楯無はそのまま攻めに転じた。

アクアナノマシンである水と共に、流星に迫る。

 

攻めと防御を変幻自在にこなす特殊な武装。

流星はグレネードランチャーを展開し、引き金を引いた。

もちろん、これが本命ではないことは楯無も理解していた。

 

次に流星がとる行動を考え、ランスを正面に構えた。

楯無のランスである蒼流旋には、4つのガトリングの砲門がついている。

楯無はガトリングを撃ち、水のヴェールを周囲に待機させた。

 

グレネードの弾が撃ち落とされ炸裂する。

爆風は双方の間でどちらにも当たることはない。

 

今の『黒時雨』状態ならば、この間合いを一瞬で詰めてこられる。

読み通り、流星は楯無の眼前に突っ込み槍を振るう。

 

ほんの数撃切り結んだところで、流星は左手を前に突き出した。

楯無は咄嗟に1歩飛び退く。

そのまま流星の左腕装甲部から射出されるフックショットを、楯無は片手で掴んだ。

それを横へ引っ張り流星の姿勢を崩そうとする。

そこで楯無は大きく目を見開く事になった。

 

 

(これは──!)

 

 

 

同時に、流星は槍を仕舞っていた。

崩れる体勢、自由のきかない腕、しかしその眼差しに楯無は寒気を感じた。

 

 

───なにか来る。

楯無のそれは直感に近い。

気を許せば喉元に喰らい付いて来るとさえ錯覚する。

瞬きすら許されない刹那に楯無も意識を集中させる。

 

 

『黒時雨』のスラスター部分に溜まっていた赤いエネルギー。

───それがその一瞬で炸裂した。

 

 

「っ!!」

 

 

ここで楯無の顔に初めて驚きの色が浮かんだ。

水のヴェールを纏い、衝撃を殺そうとする。

しかし、そんな最速の判断も間に合わなかった。

 

 

一発、出力に身を任せた蹴りが入る。

───再びアリーナの地面が大きく唸り声をあげた。

 

 

ここで鳴るブザー。

 

勝者は圧倒的にシールドエネルギーを余らせた、更識楯無。

流星側の時間切れではなく、楯無の攻撃によるシールドエネルギー切れ。

 

 

蹴り飛ばされる際に、流星の腹部にガトリング砲を接射、同時にアクアナノマシンを半ば自爆気味に水蒸気爆発させていたからだ。

 

 

 

時間にして1分にも満たなかった高速戦闘。

それはあまりにもあっけない幕切れであった。

 

 

 

流星はISが解除され、そのまま崩れ落ちる。

楯無はISを解除し、すぐに流星の傍に駆け寄った。

 

 

「具合はどう?流星くん」

 

「─────っ、身体に力が入らねぇ」

 

何とか仰向けになり、流星は楯無の方へ視線を向ける。

手すら満足には動かせず、立ち上がることは困難だ。

 

 

「純粋な出力だけであの機動力は見た事がないわよ?──とは言ってもシールドエネルギーの有無関係無しに、1分半経ったら機体と流星君が持たなくなって、通常の『時雨』に戻る。しかも出力ガタ落ちで……本当、ピーキーね」

 

 

「まだ朝だぞ、今日一日持つのか…?」

 

 

自身無さげに呟く流星。

彼はすぐ近くに歩み寄る足音が聞こえた為首を動かそうとする。

もちろん、動かすこともままならなかったが。

 

 

「試運転しておきたいと言い出したのはお前だぞ今宮。授業中は寝るなよ?」

 

「朝って指定したのは織斑先生ですけど…」

 

足音の主は千冬だった。

その傍には真耶もいる。

 

事の発端は昨日朝。

アリーナの貸出申請を求めた所、流星は千冬に呼び出しを喰らった。

曰く、『黒時雨』の運用ならば初回は教師同席でないと認めないとの事。

ピーキーで未知数な部分もある『黒時雨』の試運転。

しかも初回など何が起きるか分からない為の判断だった。

 

そして、他の生徒が万が一巻き込まれる事と教師である2人が空いている時間を考慮してこの時間になったのだった。

 

 

「何を言う。このアリーナの荒れ具合を見ろ。この時間にして正解だったな」

 

「………」

 

バツの悪そうな顔をする流星。

千冬は呆れながら『それに』と続ける。

 

 

「今回の相手が更識で無ければ、相手側の怪我も有り得た。機動力に振り回され過ぎだ」

 

「すいません…」

 

「その形態はやはり危険だな。使うべきではないと私は考えている。更識、お前はどうだ?」

 

千冬は楯無に向き直りながら、感想を求める。

楯無は少し考え込んだ後、周囲の光景を見渡しながら答えた。

 

 

「大体は織斑先生と同じです。危険という認識もあまり使うべきでないといつことも。ただ使いこなせるようになれば、彼の切り札になると思っています」

 

「───試合では使えないものがか?」

 

千冬は眉をひそめる。

楯無の言う切り札とはつまり試合ではなく、有事の際のこと。

生徒に身を守る対策させるのは賛成だが、この形態を使用させるのはそれこそ生徒自ら危険に晒させる可能性の方が高い。

 

そんな千冬の意図を知りつつも、楯無は正面から千冬の視線を受け止める。

 

 

 

「────はい。超高速においても彼は普段のように思考戦闘を織り交ぜていました。それがこの性能を使いこなせた上で発揮されるのであれば──」

 

「───まあ、良いだろう。許可してやる」

 

「──え?」

 

溜息をつきながら告げられた言葉に、楯無は目をぱちくりさせた。

流石の楯無も千冬があっさり認めるのは予想外だったらしい。

千冬は驚く楯無に不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「どうした?禁止して欲しかったのか生徒会長?その形態の練習を制限付きだが認めると言っている」

 

「ありがとうございます、織斑先生」

 

ペコリとお辞儀をする楯無。

流星としては正直どちらが良いのかは分からない。

使いこなせる自信もなかった。

 

真耶は礼を告げた後の楯無に一歩歩み寄ると、笑顔で話しかける。

 

 

「そう言えば、初撃を防いだのは流石でした。流石は生徒会長と言った所ですね。最後の動きも冷静に対処出来ていました」

 

「ありがとうございます。山田先生にそう言って貰えると光栄です。彼の方はどうでしたか?」

 

「そうですね、今宮君の方は織斑先生も言った通り機動力に振り回され過ぎな所が見られます。でも、いつものスタイルをこの戦闘に挟めている点は良いと思いました。ですから、以前から求められていた機動周りの技術がもっと求められるようになったということですね」

 

「機動周り…ですか。やっぱりそこが課題になりますね」

 

「山田先生、それってどういう?」

 

流星の問いかけに、真耶はきっちりと彼に振り向きしゃがみこんで話し掛ける。

目線の高さを近くするというさり気ない行為が、真耶の教師としての真摯さを表していた。

 

「今宮君は武装と機動性の確立は出来ているので、純粋な機動としての訓練を徹底すべきですね。主に旋回技術や制御です。そこら辺、更識さんはしっかり理解していると思うのでどういう訓練にするかは彼女と打ち合わせして下さい。分からないところがあれば何時でも聞きに来てくださいね?」

 

「はい。そうさせてもらいます」

 

ニコニコと笑顔で言う真耶。

流星は少しばかり回復したのか、返事をしながらゆっくりと身体を起こす。

身体を起こすくらいなら出来た為、そのままゆっくりと立ち上がろうとする。

だが、途中で脚の力が抜けるのを流星自身理解した。

 

「っ」

 

姿勢を崩し、踏み止まることもままならず前に倒れる。

目の前の真耶を押し倒す形で。

 

「きゃ、きゃあ!?い、今宮君!?」

 

「っ…すいません。力が入らなくて」

 

「だ、駄目ですよ!?私達先生と生徒なんですから!?」

 

「…はい?」

 

流星はそこで初めて、自身が顔を埋めている物に気が付いた。

勿論、感覚に意識を割く余裕もなく両手で身体を起こす事も咄嗟に出来ない。

リアクションをとる前に、殺気を感じ取った。

急激に冷や汗だけが流れる。

 

 

「今宮、教師に何をしている?」

 

「えー、えーっとですね。これは事故で」

 

「ほう。前に布仏相手にもなっていた気がするが、気のせいか?」

 

「……流星くん?」

 

千冬がどこか楽しそうに笑みを浮かべながら言った言葉に、楯無が反応を示した。

笑顔だが、恐怖を感じた。

ダラダラと冷や汗が流れる中、流星は何とか真耶から離れる。

当の真耶本人は顔を赤らめながら、妄想の世界に1人耽っている。

正直、詰みだった。

 

 

「…おい楯無アレはだな…!」

 

 

「──大丈夫よ流星くん。少しお話しましょう?」

 

 

ガシッと首根っこを流星は掴まれた。

千冬は楽しそうに笑みを浮かべたまま、楯無の行動を止めずにいた。

絶対に楽しんでいる、と千冬に驚きを隠せないまま流星は楯無に引きづられて連れられていく。

 

──心の中で流星は本音や一夏達に助けを求める事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、何でまた流星の奴死んでるんだ?」

 

 

不思議そうに尋ねる一夏。

彼は鞄を肩にかけるように持ち、振り返った。

終礼の終わった教室で、机に倒れ伏して動かない流星が視線の先にいる。

その問いに答えるのはすぐ近くで荷物を片付けていた本音だ。

 

 

「いまみー、今日朝練したっぽいよー?」

 

「朝練?IS使って傷開いたりしてないか?大丈夫なのか」

 

「違うよおりむー。『黒時雨』形態を使って模擬戦したみたい」

 

模擬戦、と聞いて相手が気になった一夏だが聞いていた内容を反芻して驚く。

 

「『黒時雨』って慣れるよう訓練しないとヤバいくらい負荷で疲れるっていう…」

 

「うん、だからアレはそういう訓練の結果だね」

 

「だから今日ずっと動きがぎこちなかったのか」

 

体力はかなりあるハズのあの流星が──と一夏は顔を引き攣らせた。

荷物を纏め、近寄ってきたシャルルや箒、セシリアも視線を流星に向ける。

 

 

「あれはそういう事だったんだね。僕はその『黒時雨』っていうのを見た事ないからどんなものなのか分からないけど、相当な負荷なんだね」

 

(わたくし)達も実は見てませんわ。流星さんと合流した時にはその形態ではありませんでしたし」

 

「見たのは、のほほんさんとデータ解析した千冬姉か山田先生くらいじゃないのか?」

 

そう言っていた所で、教室の入口のドアが開いた。

結構な数の生徒が先に出ていっており、教室には一夏達しかいない。

当然、一同の視線はそちらへ向けられる。

 

「えーっと、今宮いるー?」

 

ドアを開けた主は鈴であった。

彼女の後ろに誰か見えた気がしたが、一夏と視線があった瞬間に背後にいた人物は廊下に隠れてしまった。

本音が微かに反応を示したが、誰もその様子には気付かない。

 

鈴は流星を見つけると気にせず入ってくる。

 

「何よ居るじゃない。って一夏これどういう状況?」

 

「朝練で『黒時雨』使ってこうなったらしい」

 

「ふーん、まあいいわ。関係ないし。起きなさい今宮、整備室行くわよ」

 

自業自得、知ったこっちゃないな勢いで鈴は流星の机の前に立ち起こす。

無理矢理起こされた流星は不機嫌そうに顔を上げた。

周囲の状況と鈴が目前にいる事から、用件を把握する。

 

「悪いな。すぐ行く」

 

フラつきながらも立ち上がり、流星は鈴の元へ歩いていく。

流石にそこまでフラフラなのは想定外だったのか、鈴は口元を引くつかせる。

 

 

「あ、あんた大丈夫?」

 

「大丈夫、だと思う。結構時間経ったからかなりマシにはなった。今試合や運動するのはキツイがそれ以外なら問題ない」

 

「本当に大丈夫?」

 

「くどい。とりあえず行こう。じゃあな皆、お先」

 

鈴と共に廊下に出る流星。

そこでふと廊下で待っていた影に気が付いた。

 

 

「身体、大丈夫…?」

 

「あー、作業には支障をきたすことはないから安心してくれ。しかし簪も迎えに来てくれてたのか。整備室で待っててくれても良かったのに」

 

「それは鈴に呼ばれたから」

 

「強引に連れ出されたのか」

 

純粋に身体のことを心配したことがあっさりと流され、ほんの少しだけ不機嫌になる簪。

流星はそんな事を気にもとめず、足を動かす。

3人並んで整備室に向かいだしたその時だった。

不意に流星が何かに気付き、振り向く。

そのまま簪の肩に流星は手を置いた。

 

 

「かんちゃん」

 

「本音…?」

 

簪が振り返ると、そこには本音が居た。

表情には不安の色が見え、何時になく緊張した面持ちである。

鈴が何か発しようとしたが、何かを察した流星は手をあげて静止を促した。

簪に向き合い、本音は問い掛ける。

 

 

「私も手伝っちゃ、ダメ?」

 

「それは…」

 

困った、というような表情の簪。

 

簪の心情としては、本音は身内であるが故──『更識』に関わりある故に手伝って貰いたくないというものがあった。

逆に、手伝って貰えたらどんなに心強いかという思いもある。

 

本音の事はもちろん、大事な親友として認識していた。

 

しかし、こればかりは譲れないと今まで断ってきている。

 

一人で作り上げる──それが理由だったが、今は流星達がいる手前その理由も消え去った。

ならば、手伝って貰うことにもはや躊躇いなどないはずなのに。

 

今更手伝って等と言えるのか?

悩みが簪の胸中を渦巻く。

 

変に拗れるのは簪も避けたい。

そうだ、2人の意見はどうだろうか?

簪は困ったような視線を流星達に向ける。

 

 

「簪の機体のことだ。冷たいけど、簪自身が決めないと意味が無い」

 

流星はそれだけ言うと口を閉ざす。

その言葉にハッとなり、簪は自分で決めようと自身を奮い立たせる。

 

 

再び本音に向き合う。

とはいえ、悩んでいるのは変わらない。

自身の中で悩み、言葉を発せずにいる。

 

 

それを見ていた鈴が口を開いた。

 

 

「──簪、あんたはどうしたいの?」

 

「鈴…」

 

「正直簪の事情なんてあんまり知らないから偉そうには言えないけど、手伝って欲しいなら欲しいって言いなさいよ?今まで断ってきたから今更…なんて考えるだけ無駄無駄」

 

それに、と鈴は本音へ視線を向ける。

 

「本音が手伝いたいって言ってるんだし、その手の遠慮なんて気にする必要ないわ。逆に必要ないなら必要ないで、きっぱり断るだけじゃない?────『優秀な中国代表候補生』と『数合わせの馬鹿』がいるから手は足りてるってね?」

 

鈴は自信満々で自身の胸を叩きつつ、そう告げた。

キョトンとする簪と本音を前に、流星は不満げに鈴を睨む。

 

「おい、数合わせの馬鹿ってのは俺の事か大馬鹿」

 

「何よ、今いい所なんだから黙ってなさいよ超馬鹿」

 

睨み合う2人。

ここ最近よく見るやり取りを前に彼女は吹っ切れた。

簪は本音に一歩歩み寄る。

 

 

「本音、良かったら手伝って欲しい」

 

「いいの?かんちゃん!?」

 

「本音がいれば、百人力だから」

 

力強く告げられた言葉に、本音は満面の笑みで応じる。

本音は簪のこの短期間での変化を感じ取る。

その元凶たる2人へ視線を移すが、何やら言い合っているようだった。

 

「じゃあ本音、整備室に行こう」

 

「え?でもいまみー達は」

 

「ほっといても大丈夫。どうせすぐ来るし、このまま居てもうるさいだけ…」

 

「アハハ…」

 

 

親友がこうやって毒を吐けるようになったのも、いい変化だと本音は自身に言い聞かせるのであった。

 

 

 

 

「準備はいい?一夏」

 

「ああ。いつでもいいぜ」

 

ラファール・リヴァイヴ・カスタムIIを展開したシャルルと白式を展開した一夏が空中で向かい合う。

場所は第2アリーナ。

一夏は本日の補習という名の詰め込みを終え、アリーナに合流。

そこでシャルルと約束していた模擬戦を始める事になった。

何故か第3アリーナは本日使えないらしい。

 

雪片弐型を構えながら、意識を正面のシャルルに集中させる。

 

汎用性の高い第2世代型ISのカスタム機。

真耶の戦闘を見たからこそ、オールレンジ対応の万能型機体であると予想はついていた。

 

 

「じゃあ、行くよ!」

 

「おう!」

 

シャルルはスナイパーライフルを展開し、即座に構えた。

一夏もそれと同時に動き出す。

当然、引き金を引くだけのシャルルの方が初撃は早い。

 

 

「そういうのはセシリアに散々喰らわされたからな!」

 

「!」

 

加速して横に移動。

弾を躱しシャルルの方へ向かう。

 

「!!」

 

──と、そこでシャルルが既に両手に持っているのはアサルトライフル。

いつの間に展開したのか、一夏が回避に移るも照準は既に合わされていた。

 

弾丸を受けつつも、軌道を斜め下に取り距離を縮める事を優先する。

少しずつ軌道を逸らすように弧を描くが、何故か交わすことが叶わない。

 

(読まれている?)

 

ジリジリと減るシールドエネルギー。

零落白夜を発動していないとはいえ、近付ける気配が一向にない。

セシリアのように弾幕を貼っている状況は本体が止まっているわけではなく、鈴のように弾の連射が効かない訳でもない。

1発1発こそ軽いが、確実にシールドエネルギーは削られている。

 

純粋に距離をとりながら行う射撃戦が上手い、と一夏は舌を巻く。

同時にこのままでは、という考えが早くも脳裏を過ぎった。

 

(なら!)

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)を素直にただ突撃に使ったのでは、少し距離を詰めて終わるだけなのは明白。

一夏は突然上昇するように瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使用した。

 

 

「行くぜ!シャルル!!」

 

正確にはシャルルの斜め上。

補足されていた照準を振り切り、零落白夜を発動させる。

雪片弐型から白い光の刃が顔を覗かせる。

 

「何をする気か知らないけど──甘いよ!」

 

だが、シャルルは即座に標準を一夏に戻す。

瞬間、一夏は減速しくるりと身を翻すように反転した。

 

今度はそのまま加速をかけ、シャルルに接近する。

シャルルは再び銃口を一夏に向け直し、アサルトライフルを掃射する。

 

多少の被弾は覚悟の上。

一夏はそこで再び瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使用し、間合いへと踏み込んだ。

 

「!」

 

「うおおおお!」

 

そのまま雪片弐型を振るう。

アサルトライフルを持っているシャルルには、防ぐ術はない。

そう思い、全力の一刀を振るう。

 

 

「なっ!」

 

しかし、それはなにかによって防がれた。

それが盾である事を一夏が理解した時には、衝撃で吹き飛ばされていた。

 

 

「ショットガン!?いつの間に!?」

 

もう片方の手に握られていたショットガンに至近距離で撃ち抜かれ、一夏はシールドエネルギーを一気に削られる事になった。

 

 

姿勢を建て直す一夏に対し、シャルルは再びアサルトライフルによる弾幕で応戦する。

 

 

攻めあぐね続ける一夏に、それをひたすら捌き続けるシャルル。

その光景を見上げるように眺めながら、箒の横にいるセシリアはポツリと呟いた。

 

「あれが高速切替(ラピッド・スイッチ)…」

 

「セシリア、それは何なのだ?」

 

「武装展開と戦闘を並列思考で両立させ、戦闘中の武装展開を一瞬で行う技能ですわ。まさかこんな所で見られるなんて…」

 

となれば、一夏にはアレを突破する術は今はない。

先程のシャルルの反撃を凌げればチャンスはあったかもしれないが、高速切替(ラピッド・スイッチ)の存在も知らなかった一夏では、どうしようもない。

 

 

程なくして、決着は着いた。

 

 

セシリアの予想通り、一夏はあの後近づく事もままならず、シールドエネルギーを削り切られ敗北した。

 

 

 




胡散臭いオリキャラ。
流星が少年兵や傭兵をしていたのに教養や一般的な知識がある理由。


補足
『黒時雨』の初展開後に流星がすぐ倒れなかったのは、初回はフルパワー出してなかったのが大きい。







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