一夏との模擬戦も終わり、寮の部屋へと流星は戻っていた。
シャワーも浴び、寝巻きに着替えた彼は紅茶を飲みながら模擬戦の事を楯無に一通り報告していた。
彼も別段報告する気はなかったのだが、殆ど全部聞いていた筈の楯無が念の為説明を求めたからだ。
楯無がこっそり見ていた事は流星も勘づいていたが、まさか不用心と注意されるとは思わなかったようだ。
水色の寝巻きに着替えた楯無は、流星の対面に座りながら紅茶を飲む。
すっかり日課と化した状態で、話を聞き終えた彼女は頷く。
「それで織斑先生も調べる事になったのね」
「とは言ってもあの人の事だし、既に何か知ってそうだけどな」
「そうね」
と、楯無もある程度調べが付いているのか何処か他人事だ。
あまりにも杜撰な計画、そしてその背景。
楯無は大体察しがついている様子だったが、静観を貫いている。
流星はそんな楯無へ視線を戻した。
「楯無も目処は立ってるんだろ?」
「どうかしら?」
「嘘付け、ついてなきゃ放置して無いだろ?」
「それは分からないわよ?ところで、流星くんはどういう見解なの?」
楯無に返答を求められ、流星は困った様子で頭をかく。
彼自体の持ってる情報は一夏と変わらない。
故に妄想の域を出ない予想でしかないのだが、楯無はそれを知った上で聞いている。
試されているような気もした。
「最初は慌てて送り込んだとしか思ってなかったけど」
「けど?」
「あまりにも中身が杜撰すぎるからな。だから、シャルルがバレるバレないは関係なかった…って考えてる」
あくまでも憶測以下の話でしかない、と流星は言葉を続ける。
「シャルルを送り込んだ状態にしたかった。バレても同情誘ってシャルロットとして一夏と仲良くなって貰おうと考えたのか、はたまた何かから目を逸らす為の囮か。もしくは…流石にないか」
「続けていいわよ?」
「…もしくは、純粋にシャルロットをIS学園に送り込みたかった。そうしてシャルロットをややこしい状況から遠ざけたかった。そうなるとどの道──」
「───シャルル君がシャルロットちゃんとして登校しない限り、害があるか無いか判断出来ない、ね」
楯無は頷きながら、流星の言葉を引き継ぐ。
万が一最後の理由が該当した場合、そのためにあらゆるものを巻き込んだ首謀者も口を開くことは無いだろう。
もしバレればシャルロットにまで危険が及ぶ可能性が高い。
そしてその首謀者の理由を知っている関係者もまた然り。
確認する術としては、そうなった場合のシャルロットへの対応を見るしかない。
会社として、彼女に支援を続けるのならば流星の言ったどれかに該当する事になるのだろう。
楯無が不安など見せずに静観している事も頷ける。
「点数付けるなら何点だ?楯無先生」
「私の様子で判断してる部分があるし、これはカンニングね」
「それは禁止されてなかったからセーフだ」
流星が楯無の様子も織り込んで考えていた、という事は見抜かれていた。
と流星はそこでカンニングという言葉から、楯無が遠回りに肯定している事に気がつく。
この中に楯無の予想している事が混ざっていたのだろう。
直接肯定しないと言う事は明言を避けたと取るべきか。
流星はそこまで考えると思考を中断する。
「ねぇ、流星くん。簪ちゃんと組んだって本当?」
「?そうだけど、なんだ羨ましいのか?」
「そりゃあ羨ましいわよ!学年とかの縛りが無ければ私が真っ先に簪ちゃんのパートナーになってたわ!」
「言い出す勇気も無いくせに」
「それは、そうだけど…………」
しょんぼりする楯無。
相変わらず妹の事になるとテンションの上がり下がりが激しい。
また著しくポンコツ化するのも否めない。
「聞きたいのは理由だろ?」
「ええ!そうよ!確かに簪ちゃんの腕は私が保障するわ!でも現状は専用機が完成してない中ラウラちゃんを押し退けてまで指名……まさか流星くん、簪ちゃんを狙ってるの?」
「真面目に話すのやめるぞコラ」
「いえ!簪ちゃんは可愛い!だからそうに違いないわ!そうなのね!?」
容易く暴走する楯無に流星は額に青筋を浮かべる。
別に簪が可愛いという事には同意出来る。
だが楯無のこの暴走っぷりに、先程まで真面目に話そうとしていたのが馬鹿らしくなっていた。
流星は置いていた菓子に手を伸ばす。
真面目に話す気はとっくに無くなっていた。
「仮に簪が彼氏出来たって連れて来たりでもしたら、どうするのさ」
「それは勿論、その前からリサーチして試してるわよ」
「試すって?」
「簪ちゃんにその男が相応しいかどうかよ!そうじゃなければ排除するわよ」
悪い虫が付かないようにね、と胸を張る楯無。
果たして更識楯無のお眼鏡に適う男性がこの世に何人いるのやら。
それにしても過保護だ。
姉という生き物は皆こういうものなのだろうか。
流星は楯無との会話を適当にいなしつつ考える。
直ぐに思い浮かべたのは織斑千冬だ。
人一倍弟の一夏に厳しいように見えるが、その実アレはどう見ても気にかけているのが分かる。
本人の前で言おうものなら即アイアンクローだろう。
そもそもアレはアイアンクローなのか。
脳の中身が出るかとさえ錯覚する握力──まるでゴr
辞めておこう、何故か悪寒がする。
とはいえ唯一の肉親、そうなるのは当然か。
「楯無お姉ちゃんも忙しいな」
「!」
ピクリとその言葉に楯無は身体を揺らす。
流星からすれば多少の皮肉が混じった言葉。
しかしすぐに反応は帰ってこない。
楯無の反応の遅さと少なさに違和感を持つ。
「流星くん、もう一回言ってみて」
「ん?どうしたんだよ楯無」
「いいからさっきの台詞をもう一度、ね?」
ソワソワする楯無に流星は首を傾げる。
聴き取りづらかったのかと思いつつも、同じ台詞を口にする。
「楯無お姉ちゃんも忙しいな」
「…OK、それにしても流星くんって弟っぽさがあるわよね」
「いや、ないだろ」
「いえ、自分勝手に見えて無理やり踏み込まない粗暴な弟みを感じるわ」
真面目な顔になり顎に手を当てる楯無。
かなり早口に感じるのは気の所為だと信じたい。
訝しむ流星を他所に楯無は結論を出す。
「ハッ!──つまり 流星くんは私の弟だった…?」
「お前脳になんか詰まってるのか」
そもそも歳は同じだろうに、という流星の言葉は楯無には届かない。
ドン引きして何か可哀想なものを見る目で流星は楯無を見るが効果はない。
息を荒くして楯無は何処からか扇子を取り出す。
書かれている文字は真理。
──どこがだ馬鹿野郎。
「さあ流星くん!お姉ちゃん───いえ、楯無お姉ちゃんと呼ぶのよ!」
「呼ぶ訳ないだろ!簪と上手く行かなさ過ぎておかしくなったか!?」
「そんな事言わずに」
「勝手にやってろ。…俺はもう寝るぞ」
立ち上がり、流星は歯磨きの為洗面所に向かおうとする。
ティーセットはその後にでも洗うか等と考えながら欠伸をしていると、何かに勢いよく抱き着かれた。
振り返ると楯無がしがみついている。
無理矢理振りほどこうとするが、さすがに楯無を簡単には振り解けない。
「だぁあああ!?邪魔っだっ!バカ!」
「良いでしょ!減るものじゃないし!」
「減るわ!俺のプライド的な方で!」
「そんなものない癖に!ケチ!」
「あんたにもプライドないのな!?」
楯無の豊満なものがパジャマ越しに当たっている。
それによる羞恥、楯無の行動による困惑、苛立ちが混ざって流星も満足に頭が回っていない。
だから、だろう。
再三にわたるノックに気付かずに居たのは。
「いまみー?会長?…ナニシテルノ??」
「「えっ」」
2人はその声でやっと本音の存在に気が付く。
彼女が片手に持っていた資料は思わず地面に散らばっていた。
流星はそれを見て、資料を分けてもらおうとお願いしたことを思い出す。
翌朝に受け取る約束だったが、わざわざ持ってきてくれたのだろう。
だがその思考は一瞬。
本音の放つ並々ならぬ迫力に、セシリアとの模擬戦前夜を連想する。
そして自身の今の状態を再確認する。
パジャマ姿の楯無に抱き着かれ、無理やり剥がそうとした為楯無の服がはだけている。
どう見てもまずい光景。
流星が楯無を襲っているようにも見える。
「ほ、本音。これはだな!」
火事場のクソ力で無理矢理楯無を剥がし、言葉を模索する。
剥がされる時に軽く喘ぐ楯無に流星は全力で抗議したくなったが、それどころでは無い。
「…」
「いつものやり取りの延長というかなんというか…」
「いつもの…?」
「ひっ!」
ゆっくりと歩み寄る本音に流星は冷や汗を流す。
本音の顔は見えない、少し俯いている。
「え?」
と、流星の目の前まで近付いた本音から先程までの圧が無くなった。
流星は身構えている中、それを感じ取る。
同時に本音は俯いたまま、流星の胸元にポスンと頭を預ける形で抱き着いた。
「ずるい…、私だって…」
「本音?」
消え入るような声で呟きながら体重を預ける本音。
そのまま流星の腰に手を回す。
表情は流星からは見えていないがら、羞恥心を隠すように微妙に膨れっ面だ。
ただ、耳は茹で上がったように真っ赤であった。
無論それは着ぐるみパジャマのせいで横からしか見られない。
「っ」
風呂上がりのせいか彼女の体は暖かかった。
シャンプーの香り、小さく柔らかい少女の体。
そして何より自然と押し付けられているものに、流星は嫌でも意識させられる。
想定外の本音の行動に更に流星は困惑する。
後ろで扇子を開き、口を隠しながら感嘆の声をあげる楯無に気付く余裕もない。
その扇子には青春、と書かれていた。
「…えっと本音?は、離れてくれないと困るというかなんと言うか…」
「ヤダ」
即答かよ、と流星は内心で突っ込む。
努めて冷静さを取り戻していく。
「…」
静寂。
恥ずかしさがかなりある中、流星は特に何もしない。
先程までの楯無と違い、本音は簡単に引き剥せる。
しかし、まるでここに居る事を確認するかのようにしがみついている彼女を前に引き剥がす発想は奪われた。
誰よりもおっとりしていて天然そうだが、肝心な部分はきっちり捉える少女。
それでいて何だかんだ気配りも出来る事を知っている。
普段のほほんとしている彼女も、あまり弱みは見せないタイプだと流星は心得る。
故に甘えたい時も有るのだろう──と彼はこの状況を受け入れていた。
微笑ましいと笑っている楯無は別段この状況をどうしようという気はなかった。
面白い状況ではあるのだが、本音の気持ちを尊重したのだろう。
長い数秒、後に本音は我に返り慌てて離れた。
「あ、その、えっと──っ!」
流星の顔をマトモに見れない。
本音は着ぐるみパジャマのフード部分を左手で掴み顔を隠す。
それでも恥ずかしさはとれない。
慌てた様子で屈み、残った右手で先程落とした資料を拾った。
そそくさと資料を流星に押し付けるように渡す。
「じゃ、じゃあまた明日!!」
「お、おう?」
そのまま本音は走り去るように帰っていった。
少し呆気に取られ置いてけぼりの流星。
本音も恥ずかしかったのだろうと考え、心を平静に保つ。
「青春っていいわねー」
「あのなぁ、楯無。そうやって微笑ましく見られてるとこっちもかなり…」
「別に良いじゃない。それに恥ずかしくて嫌なら本音ちゃん引き剥がせたでしょう?」
「む」
そう言われると言い返せない流星。
こればかりは流星自身もその選択をした為、反論の余地はない。
「そう言えば流星くん、これとか面白いと思わない?」
と、楯無は楽しそうに携帯の画面を流星に見せる。
それは先程の光景を撮ったもの。
流星の顔がみるみる真っ青になる。
「なっ!?いつの間に撮ったんだ!」
「ふふふ、私を見くびられちゃ困るわね!悟らせないのがプロの技よ!」
「いいから消せ!そいつが出回る事になったら、間違いなく騒ぎになる!」
自身がドギマギしている光景など、人に見せたくないのが道理。
端末を横取りしようとする流星だが、楯無に軽くいなされる。
「ふふ、消して欲しかったら──分かってるわね?」
「くっ…」
頭を抱える流星。
何を要求されるか察しは付いていたらしい。
──今日も平和に夜は過ぎて行く。
□
「簪、そこの値ってこのコードで良いのか?」
「うん。後それをこっちにも」
「OK」
整備室で2つの声。
流星と簪は本日も簪の専用機の開発に明け暮れていた。
本音はというと、何やら用事があったらしく今日は整備室に来ていない。
何やら流星の事を避けていた気もするが、気の所為だろう。
鈴も今日はまだ身体が痛むらしく、早めに寮に戻っている。
投影ディスプレイのキーボードよりあらゆるパラメータを打ち込む簪。
彼女は横目で流星を見た。
今は投影ディスプレイではなく、学園内の貸し出しの端末と睨めっこしている。
最初は任せていいか迷ったものだが、彼は勉強に勉強を重ねある程度ならこなせるようになっていた。
スムーズではないが、確実に進んでいる。
「今宮君、それ終わったら一旦休憩しよ?」
「ああ、そうする。その後はタッグマッチの練習でもするか?」
「良いけど、量産機の貸出申請が」
まだだった、と言う前に流星は不敵な笑みを浮かべた。
「──実はしてある。勿論簪の分だ」
「早い…」
こうして2人で整備室にいるのはいつ以来か。
思えば放課後はずっと流星と一緒にいる気がすると簪は内心思う。
だからなのだろう。
ここまで気軽に話せるようになったのは。
そんなことを考えつつ、作業を進める。
すぐに今日の分は終わった。
この調子だと近い内に試運転くらいは出来るようになるだろう。
当初は先が見えなかった状態からだった。
確かな手応えを感じつつ、簪はアリーナに向かう。
流星は本を図書室に返してから向かうらしく、簪1人で廊下を歩く。
廊下の端で集まっている女子達の会話を少し聞き、足を止めそうになる。
内容が、流星の悪口らしきものだったからだ。
ほんの少し気になった為、歩く速度が遅くなる。
も、ほんの数秒。
少しだけ聞くとそのまま歩き去る。
悪口の内容は幾つかあった。
どれも根拠もなくただただ気分を不快にするもの。
簪自身聞いていて嫌になったのだった。
そうやって悪口を叩かれる理由自体は察しがつく。
流星自体は織斑一夏と違い、誰にでも優しい訳では無い。
別に冷たい訳でもないのだが、基本的に無愛想だ。
その上何かを読んでいたりする頻度が高い為、既知の仲以外は益々声を掛けにくい。
更には織斑一夏が誰にでも優しく、人当たりがいい分目立ってしまうのだろう。
そう考えたあたりで簪の気分がまた沈む。
また織斑一夏か、そう一瞬考えたが暗い思考を振り払う。
そのような思考は先程の人間達と変わらないのではないか。
最も、簪は織斑一夏の専用機を優先され、自身の専用機を放ったらかしにされた過去がある。
理不尽な事であるとはいえ、良くない感情を抱くのは当然だった。
しかし、勝手な話だと簪は思う。
クラス代表戦の時は彼が観客席を守ったというのに、原因が彼だから居ない方がいいという人間もそれなりにいる。
理解できない。
それに関しては彼自身の耳に届いていてもおかしくないはずなのに、平然としている流星のことも簪は不思議でならなかった。
人の言う事など気にしていないのか、───またはそれを受け入れてしまっているのか。
思えば彼について知らない事だらけだ。
今宮流星という日本人らしい名前にも関わらず、彼は明確な国籍がない。
また、ラウラがタッグマッチの相方として声を掛けたことも気にかかる。
軍人である彼女が誘うということは恐らく何かあるのだろう。
鈴はともかく、本音は恐らく知っているのだろう。
姉の事だ、本音を監視の為彼に近付くよう仕向けた事は察しがつく。
気付かない程、簪は鈍くない。
そう考えた時、なんとも言えない寂しさを簪は覚えた。
すぐに仕方の無いことだと言い聞かせる。
程なくしてアリーナに着いた。
ISスーツに着替え、量産機を受け取りに行く。
彼が先に手続きしていた為待機状態のそれをアリーナで受け取れた。
緑の髪の教員から説明を軽く受け、サインだけする。
随分丁寧で優しそうな人だったと簪は1人思いながらラファールリヴァイヴを展開する。
軽く動き、機体の調子を見た所で背後から声を掛けられた。
「やあ、更識簪さん…だっけ?」
「えっと──」
「1組のシャルル・デュノア。こうして話すのは初めてだね、シャルルでいいよ」
にこやかに話しかけてきたシャルルもまたISを展開した状態だった。
3人目の男子に話し掛けられるとは思わず、簪も不思議そうにしている。
視線は自然とシャルルのISへ向いていた。
ラファールのカスタム機。
カラーリングはさておき、目立った変更点は見えない。
と、すぐに思考がそちらにいきかけていたのに気が付き我に返る。
「更識さんは今1人?」
「う、うん、今宮君を待ってる。デュノア君は?」
「僕も一夏待ちなんだ。その良かったらなんだけど、待ってる間に僕と模擬戦しない?」
「いいけど、どうして?」
「うん、僕も一夏と流星の模擬戦を見て思う所があってさ。後、敵情視察ってやつもあるかな?」
と少しおどけて笑うシャルル。
美形故の柔和な笑みは、恐らく女子によっては即落ちるだろう。
簪は他人事のように考えつつ、その申し出を受ける事にする。
フランス代表候補生。
その実力が気になったということもある。
それ以上に今の自分の実力がどこまで通じるか確認しておきたかった。
──結果として、模擬戦はシャルルの勝利に終わった。
終始礼儀正しかったシャルルに少しだけ違和感を覚えながらも、簪は一夏のいる方へ向かう彼を見送る。
ラファールについてはデュノア家である彼の方が理解が深い。
その上、量産機とそのカスタム機体という差。
それらがあっても、純粋な実力で負けていたと簪は内心理解していた。
前までなら凹んで居ただろう。
いや、正確にはショックは受けている。
代表候補生としてのプライドが傷つかない訳はない。
姉に追いつこうとしているのに、遠さだけ思い知らされる。
悔しかった。
同時に申し訳ない気持ちになる。
やはり今宮君は自分と組むべきでは────。
「完敗だな、簪」
背後からの声に慌てて振り返ると、そこにはISを纏った状態の流星が立っていた。
「今宮君。ごめん、その、逆に待たせる事になっちゃった…」
「いや俺も今来たとこ…って使い方違うか。──ごめん今の忘れてくれ」
「?」
首を傾げる簪に流星はコホンと咳払いして誤魔化す。
「しかし、シャルルと模擬戦か」
「見てたの…?」
「最初からじゃないけどな」
と流星が簪に記憶媒体を投げ渡す。
それは模擬戦のデータだった。
申し訳なさそうに簪は目を伏せる。
「ごめん、今宮君。負けちゃった」
「そんな事ないさ。確実に不利を背負ってるのは言うまでもない中、あれだけ戦えるのはやっぱり凄いよ」
「え、えっと…」
素直な賞賛の言葉に簪は唖然とする。
流星はシャルルに視線を移しつつ続ける。
「
───と、流星の言葉に簪は大きく目を見開いた。
シャルルとラウラ、どちらの戦闘を見た事のある者達は皆AICにばかり注目している。
そんな中、簪はシャルルと戦い
あくまで武装に対する認識など、その人の戦い方との相性によるもの。
正否などない。
ただ、その意見が学年でも少数派であろう事は理解しているつもりだった。
その中で、戦い方が全く違うはずの流星も同じ感想を持っていた事に驚いたのだ。
ひょっとして、と簪は流星が自身を選んだ理由のひとつに気がつく。
そして流星と簪は練習を開始した。
□
「なんだ、もういいのか?」
寮の食堂に1人食事をしようと訪れた流星は、トレーを持ち机に座ろうと言う所で見慣れたツインテールの少女を見つけた。
腕に包帯を巻き、首から吊るしている状態の彼女は定食を食べる手を止める。
「何よ。ずっと保健室に居ろって言うの?」
「いや、もう動いて大丈夫なのかと思ってさ」
そう言いつつ、流星は鈴の向かいに腰をかける。
時間は食事時より少し遅め。
そのため食堂は少し空いている。
「そもそも皆大袈裟だっただけよ。そんな大した怪我でもないんだし…」
「だといいけど。くれぐれも無茶は止めておけよ?」
「あんた、どの口が言ってるのよ…」
「この口だけど?」
呆れた、と鈴は流星の怪我した時を思い出し溜息をつく。
一方本人は気にした素振りは見せない。
手を合わせ、食べ始める。
「ところでセシリアは一緒じゃないのか?」
「セシリアも連絡とか色々あるみたい。そういう流星はどうして1人なのよ」
「本音は簪と一緒に部屋で映画観てる。俺も誘われたけど…断った」
「断った?用事があったの?」
断ったと聞き、理由が気になる鈴。
正確には、その瞬間歯切れ悪そうに言った流星の様子から気になったのだった。
「あー、そのなんていうか。…精神衛生上宜しくない」
流星の脳裏に浮かぶはパジャマ姿の2人。
パジャマだから仕方ない所はあるのだが、それを抜いても2人は無自覚過ぎた。
衣服がはだけようと、パジャマが故に気にしていなかったりする。
気が付きにくいのかもしれないが、流星としては居た堪れない気持ちになる。
男として見られていないのかもしれないが、目に毒なのは違いなかった。
本音については先日の件もあり顔を合わせづらいのもある。
それを聞いた鈴も流石に察しはつく。
つくのだが、自身にはない豊満なものを意識せざるを得ない。
その為鈴はジト目で流星を睨む。
「今からでも行ってきたらいいでしょ。男冥利に尽きるじゃない」
中学時代の悪友ならば泣いて喜ぶだろうと鈴は内心考えていた。
流星はバツの悪そうに目を逸らしつつ呟く。
「そう睨むなよ。俺だって何とも思わないなら行ってるさ」
「…同室の娘も美人なんでしょ?慣れてないの?」
「アレはなんと言うか、無自覚じゃないのが逆に問題というか…」
「?」
「それはそれ、これはこれってことだ」
頭を抑える流星。
彼の苦労は彼女を知らねば想像することも出来ない。
同居人に関しての以前の流星評を思い出す。
もしかすると一番の難敵は流星のルームメイトかもしれない、と鈴は1人直感する。
──それにしても、と流星は鈴へ視線を戻しつつその手元を見る。
利き手でない方で箸を持つ彼女、そして未だ多く残っている定食。
「な、何よ?」
「食べにくそうだなって思ってな。手伝おうか?」
「へ?」
流星の言葉に目をぱちくりさせる鈴。
その意味を一瞬理解出来なかったのだが、すぐに顔を真っ赤にする。
「そ、それは…」
鈴にとっては魅力的な提案。
ではあるのだが、多くはないが周りに人が居る為目立ってしまう。
しかしと鈴は内心考える。
これはあくまで食べにくいから食べさせて貰う自然な流れ。
目立とうが仕方がない、仕方がない事だ。
羞恥よりも乙女心が勝る。
「じゃ、じゃあお願い」
「人にしたことないし、期待はするなよ」
流星はそう言いつつ鈴の横へ移動する。
そのまま鈴が使っていた箸を手に取ると、彼女の皿に乗ったおかずを箸で掴む。
鈴は意を決すると気恥ずかしそうにしながらも口を開ける。
「思ったよりタイミングが難しいな」
「そ、それはその、合図とか掛け声があれば分かりやすいんじゃない?」
「合図や掛け声?『はい、あ〜ん』って奴か?」
「そ、それしか知らないならそれでいいわよ」
耳まで真っ赤になる鈴。
流星は箸で持ったおかずを鈴の口へと運んだ。
鈴はそれを口に含む──恥ずかしさと高揚で味が分からない。
一方で、流星は流星で平常心ではなかった。
食事を手伝う都合、自然と鈴との距離は近くなる。
意識こそしていなかったが、ふとした瞬間に変わるものである。
向き合い自然と食べ物を食べさせる間に、彼女の整った顔立ちを間近で見る形になる。
さらりと流れる髪、少し長い睫毛、キメ細かな肌、柔らかそうな唇。
口を開ける瞬間何故か目を閉じる鈴に微かな背徳感を感じ、流星は少し視線を逸らす。
鈴側が意識し、汐らしくなっていることも起因していた。
流星側は普段意識してないからこそ、何故か小っ恥ずかしい気もしていた。
とりあえず、深呼吸だけして切り替える。
周囲の視線が少しずつ2人に集まる。
2人しかいない男子の片割れと中国代表候補生。
注目されるのは当然だった。
当の鈴はこれ以上周りに意識を割く余裕はなく、流星は気にしていない。
彼の場合は好奇の視線に晒される事に慣れてしまったのだろう。
2人は特に焦る様子もない。
また、鈴のドギマギする様子は野次馬からしても可愛らしいものだった。
普段の勝気な彼女から一転、汐らしくも乙女な姿。
ギャップというものだと周囲は理解させられる。
その為か遠巻きに見守るギャラリーは増えていく。
「──っと、これで最後だな」
最後のひと口を名残惜しそうに食べる鈴。
しかし怪我はすぐ治る訳では無い。
一度して貰ったことを理由に次も頼もう等と密かに企んでいた所で咀嚼し終える
完全に食事を終え、彼女は周囲からの好奇の視線に気が付いた。
「流星ありが……っえっ!?」
「どうやら結構目立ってたみたいだな。なんかさっきより人が増えてるし」
「さっきよりって、あんた気付いてたなら言いなさいよ!?」
「言った所でどうするんだよ」
言い返したいが言葉に詰まる鈴。
彼が善意で食べさせてくれた事に甘えていた罪悪感もあったからだ。
うぐ、と言葉を詰まらせた後視線を逸らす。
頬は微かに紅潮していた。
「こ、こうなったら治るまで手伝って貰うから!」
こうして、鈴の腕が治るまでの間流星が食べさせる事が決まった。
こんなやり取りをギャラリーの前でしてしまった為、直ぐに学園中に知れ渡ることになる事を鈴は気付く由もなかった。