IS 灰色の向こうに   作:ズーキー

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──夢を、見る。

いつもそれは、灰色の世界。

建物の隙間から見る空は、いつも灰色だった。

どす黒い煙や灰色の粉塵が視界を汚す。

色を失っているような錯覚さえ覚えた。

ただ、赤色は消えることはない。

 

身体を奥まで震わせる爆発音。

降り注ぐ何かの破片。

舞い上がる煙。

慌ただしい何かの機械の駆動音。

騒音の中聞こえる銃声。

人の倒れる音なんて聞こえるわけが無い。

人が死ぬ時は無音だ。

死はいつだって真後ろまで迫っている。

次に肩を叩かれるのは果たして誰か。

 

 

背景にあるのは独裁国家vs隣国の支援を受けた革命軍の紛争。

オレ自身は寝床と食事を確保する為にテロ集団のようなものに所属していた。

正確に言うなら今回は、だ。

貧困者も多く見られる地域柄、こうでもしないと生きていけなかった。

 

 

途中までは、悪くなかった。

味方数人と共にオレ達は工作部隊として、ある建物に乗り込んだ。

 

簡素な作りの小型爆弾で錠を破壊し、敵狙撃手が居る部屋へ。

入ると同時に貴重な手榴弾見舞い、柱の影へ転がり込む。

窓は東側だけの広い部屋。

建物自体もボロボロの小さなビルということもあり、遮蔽物は多い。

 

 

簡単なサインを出し合い、オレは背後から回り込むべく煙の中を柱から柱へ移動する。

子供故の小さな身体を最大限に活かし、無事に気付かれず背後へ。

そこからは一方的だった。

この場所に関しては情報戦で既に有利を取れていた。

相手が対応すら出来ないのも当然だ。

煙が晴れる手前から銃声。

 

注意を味方が引き付けている内に背後から迫る。

ホルスターからナイフを引き抜き、飛びつく。

男の口を片手で防ぎ喉元を裂いた。

溢れ出るものなんて目もくれない。

見慣れたものだ、手が汚れないようにだけ気を付ける。

 

隣に居た敵がオレに気がついた──だが先にこちらが引き金を引く。

背後からの奇襲も流石に子供にやられるなんて思ってもいなかったのだろう

残り2人居た敵兵も間もなく肉塊となる。

 

とりあえず、部屋の制圧は完了。

他の場所の敵も殺すべくその場を後にしようとする。

 

 

 

────直後、窓際を確認していた1人が吹き飛んだ。

爆音が身体を叩き、天井からパラパラと破片が落ちる。

完全に爆心地だった。

安否を確認する必要もない。

追撃が来る前に残りの味方と共に部屋を出る。

 

 

 

 

 

「──はっ─────はっ……!」

 

息を切らさない事の方が珍しい。

目まぐるしい変化、情報の海。

瞬間瞬間の選択肢が生か死の二択。

基本的に負傷で済むとかそんな考えはない。

どこか欠損すればその時点で終わり。

慎重になるに超したことはない。

 

 

臆病であっても事態は好転しない。

勇猛であれば悪化しやすいというだけ。

 

 

思考自体は至って冷静。

ただ必死に最良を選択しようとして動き続ける。

 

 

「──はっ…はっ─────」

 

肺が裂けそうだ。

ライフルを背負い、瓦礫を乗り越え走る。

狙撃や鉢合わせるのを避ける為、身を隠しながら移動する。

廃墟と化した建物と建物を経由する。

視界が悪いのは好都合だった。

 

 

あれから、どれくらい経ったか。

状況は最悪に近かった。

紛争地域に突如投入された兵器の数々。

それは人と人が殺し合うだけの状況からただの殺戮へと変貌させる。

恐らく敵側の政府がとうとう本腰でコチラを潰しにかかったのだろう。

 

機関銃付きの装甲車何てものもあった。

強力な兵器というにはそいつは他に比べ物足りない気もする。

一見するとそう感じるが、実際はそれすらも脅威だった。

大口径の機関銃の掃射。

それは人を貫くだけに留まらず、四肢程度なら吹き飛ばす。

味方だった手や脚が地面に転がっていた。

操縦者を何とか狙撃し、事なきを得る。

 

ただ戦車や自律式のドローンまで飛ばされたら手の付けようがない。

 

 

人が機械に勝てる道理もない。

逃げる以外道はなかった。

倒そうとしている連中も居たが、おそらく無事ではないだろう。

 

 

「っ…っ…」

 

走りに走り、ようやく音が減る。

ばったり敵と出くわす事はない。

向こうは完全に兵器任せになったのだろう。

 

廃墟を渡り歩く。

簡易式の地雷は見当たらない。

全くないということも無いだろう。

誰かだったものが転がっている。

バラバラと言える程綺麗な形でもない。

 

肉片の痕が床にこびり付いている。

焦げている部分とズタズタになった部分が入り交じった右脚。

左脚は見当たらない。

上半身は微かに焦げていた。

嫌な臭いだ。

 

──死因はそれではない。

後頭部あたりから赤いものが飛び散っている。

焼け爛れた腕付近にはひしゃげた銃があった。

 

懐を即座に漁り、携帯食だけ見付ける。

栄養価は大してない。

極小量だがないよりマシだ。

宝石の様なものもあった。

それもとりあえず自身の懐へ。

 

即座にその場を離れる。

通りの表は死体だらけ。

市街地というのにお構い無しだ。

ただ、逃げるには好都合。

混乱に乗じて逃げ出すのが一番か。

 

とりあえず目指すは更に南。

もっと人口が多い方へ逃げるしかない。

 

土地勘がある場所だったのが幸いだ。

 

──足音が聞こえる。

ホルスターからナイフを抜き、右手に。

部屋の入り口から正面に死体が見えるようになっている。

死角から奇襲するべく入り口の柱に隠れる。

足音は1つ。

警戒の色はなかった。

入り口から構えられた状態の銃が見えた。

服も味方の物ではない。

反射的に振り向く前に、死角から首へナイフを滑り込ませるように振るう。

左手は銃口を逸らすべく、銃を上から抑えていた。

 

ナイフに赤い液体が付く。

呻き声も相手は挙げられず、喉元へ手を当てる。

藻掻くようにしているが、もう手遅れ。

間もなく崩れ落ちるようにして相手は倒れた。

 

装備には統一性が無い事に気が付く。

持っている銃も傷だらけであった。

ブカブカのヘルメットが床に倒れ伏すと同時に、剥がれ落ちる。

 

 

その日初めて───俺は同年代位の女の子を殺した。

 

 

 

場所は暗転する。

何度も見る灰色の夢。

その記憶はひとつに留まらない。

 

見たくない別の記憶が再生される。

出てくる赤色だけがやけに鮮やかで。

 

──オレは再び、初めて人を殺した時の夢を見る。

 

 

 

「──────はっ……!っ……!!」

 

流星が目を覚ますと、まだ部屋は真っ暗だった。

布団からはね起きる。

夢を見ていたと自覚し時計を見た。

深夜2時を回ったところ。

 

動悸が止まらない。

頭痛も酷かった。

気分は最悪。

込み上げるものを感じ、すぐにトイレへ。

胃の中のものが尽きても、暫くは嘔吐が止まらなかった。

 

初めて人を殺した時の夢。

10歳にして頭のおかしい男に慰みものにされ────。

 

「っ…!」

 

吐くのが止まらない。

あの時に喰いちぎった喉仏の味が、感触が鮮明に浮かぶ。

痛みにのたうちまる男を必死に奪ったで刃物で────。

 

「ぁっ…」

 

それを見るのは何度目か。

殆ど鮮明に覚えていない記憶の方が多い中、たまにこうやってフラッシュバックする。

 

ただ、ここ数年は見る事はなかった。

IS学園に住む以前も日常に溶け込み、完全に忘却したと安心しきっていた。

 

──何故、今になってまた────。

 

流星は吐き終えるとトイレの水を流す。

 

そのまま、洗面所へ移動。

とりあえず口を濯ぐ。

 

理由など1つしかない。

あの少女との戦闘、殺し合いが引き金だ。

無人機の時も命の危機だったが、結局のところ人ではない。

楯無と共にいた時の襲撃は、楯無が居たということが大きい。

油断していた。

油断しなくてもどうにもなるものでは無いが、油断していた。

 

こんなにあっさり引き戻されるなど、流星は思ってもいなかった。

スイッチのオンオフがもしあるのなら、半分オンに切り替えられてしまった状態だろう。

 

 

「くそっ…」

 

悪態を付きながら洗面所を出て部屋に戻る。

すると、部屋の電気がついていた。

 

水色の髪の少女がベッドに腰をかけている。

 

「随分、うなされてたみたいね」

 

「起きてたのか」

 

流星の瞳が楯無を捉える。

いつになく無機質な流星の瞳。

纏う雰囲気もいつもと全く違った。

真っ当な状態ではないのは言うまでもない。

楯無に返事をしたあたりで、少年の雰囲気がまた急速に変わり始めた。

 

「オレの事ならもう大丈夫だ、楯無」

 

「…本当に?」

 

「ああ、俺も疲れてたみたいだ。心配かけたみたいだな、悪い」

 

はにかむように笑う。

彼は自身のベッドに戻ると、布団をかけ寝転んだ。

確かに持ち直してはいる。

 

しかしながら、楯無は責任を感じずにはいられない。

あの少女の侵入を許したが為の結果と楯無は捉えていた。

彼の状態への認識を楯無は改める。

 

「っ」

 

深く踏み込む事は彼女も出来なかった。

不用意にそれをしてはならない。

下手に踏み込めば取り返しが付かなくなってしまいそうだった。

 

だから、彼女に出来ることは一つだけ。

いつも通りにイタズラ好き笑みを顔に張り付かせて。

 

彼はおやすみとは言わなかった。

恐らくすぐには寝られないのだろう。

なら少しくらい考える余裕を奪ってやろう。

 

こっそり隣のベッドへ。

考え事をしている流星の布団へ入る。

 

流星は特に反応を返さなかった。

目論見は失敗。

だが構うものかと楯無は彼に話し掛け続ける。

他愛ない話に、曖昧な返事をするだけの流星。

 

 

───気付けば彼も楯無も深い眠りについていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────ツーマンセルトーナメント翌日。

 

天気は晴天。

だというのに、気分はイマイチ晴れない。

 

それでも、昨夜よりは気分はかなりマシになった。

 

 

 

朝から相変わらず1組の教室は賑やかだった。

正確には特に騒がしい、という言葉が相応しいだろう。

 

要因は大きくわけて2つ。

シャルロットの転入とラウラの行動。

 

シャルルではなくシャルロットとして、この学園に留まる事を決めたシャルロットは女生徒の姿で登校。

これによりルームメイトの一夏に注目が集まる。

そんな中飛び出る昨夜大浴場が男子用に開かれたという話。

女子の全員は一緒に入ったのかと疑いの目を向ける。

咄嗟に一夏は否定出来ず、シャルロットも満更ではない表情をする。

それが答えだった。

 

────嘘だろ、何してるんだよアイツら。

俺は入ってないとだけ、訝しむ本音にすぐに否定していたので難を逃れる。

セシリアと箒が一夏への制裁に乗り出す。

織斑先生が居ればどうなっている事やら、なんて考えながらも当然静観を決め込む。

参考書を開き一息。

平和だ、ああ平和だ。

 

飛び交う木刀やビット兵装。

それらは正確に一夏を狙っており、攻撃は彼を捉えたかに思えた。

 

そこに2つ目の要因が飛来する。

AICにより、攻撃は止まる。

ラウラが一夏を守ったことに思わず俺も驚き、顔を上げる。

一番困惑している一夏。

そんな彼にラウラはキスをした。

男前過ぎる一連の流れの後、少し恥じらいながらも告げる。

貴様を嫁にする!だなんて、もう俺にはついていけない。

吹っ切れた表情なのは見て取れたが、それ以上に意味が分からない。

 

全員が呆気に取られ、後にゆっくり状況を咀嚼する。

妙に声色の揃った驚く声が響き渡った。

 

……一夏にやられた時に頭でも打ったか、あの軍人サマ。

 

 

閑話休題。

 

シャルロットは咎められる事もなく無事に転入。

ラウラもまた当初からのギャップか、クラスに受け入れられる事になった。

楯無が何も語らなかったのは恐らく水面下で何らかの形に落ち着いたからだろう。

一夏も平然としているという事は、織斑千冬の方も同じ感じなのかもしれない。

そうなれば、何も出来ない俺が気にする必要もない。

 

つまり、シャルロットのこの選択は正解だったと見るべきか。

 

 

そのまま時間は経過し、昼休み。

屋上で皆で食べようなんて一夏に誘われた。

──嫌な予感がする。

とりあえず購買でパンを買い、遅れて屋上へ。

IS学園という事もあり、屋上には1部芝生が生えているエリアがある。

そこで皆座り込んでいた。

 

面子は一夏と俺を合わせ、8人の大所帯。

妙にソワソワしている箒、セシリア、シャルロットを前に一夏が俺に気が付く。

 

「突然で悪いな、流星」

 

「いやいいよ。偶にはこういうのも悪くない」

 

俺も一夏の横に腰を下ろす。

簪もセシリアや本音に誘われたのか、同席している。

一夏より俺の方が位置的に近いため視線を自然とそちらにやる。

簪は心配そうにに俺を見ていた。

そういえば昨夜あれから会ってなかった。

鈴と本音には今朝会った時に心配されている。

箝口令を敷かれている為ちゃんと説明出来ないのはもどかしかった。

 

各々弁当を開く。

俺はパンの袋をあけ、ジュース片手に食事を始める。

 

「ふっ、嫁との食事か。これが寝食を共にするということだな」

 

「………なんで居る」

 

「?普通に嫁に誘われたからだが?」

 

斜め前にラウラが居ることに気が付く。

話を聞けば一夏が最後に誘ったらしい。

一夏も昨日の今日でラウラに対する敵対心は消えている。

何があったのか分からないが、少なくともラウラの攻撃的な態度が変わった以上、一夏も普通に仲良くしたいというスタンスだろうか。

当の本人はシャルロットの件の弁明をしている。

さすがに関わるまい。

 

「なぁ軍人サマ」

 

「ラウラでいい。私も流星と呼ぶからな」

 

「……なぁラウラ。その嫁っていうのは何だ」

 

やりづらい。

以前からの切り替えの早さがこんな場所でも発揮されている。

それはそれ、これはこれという思考は優秀ではあるのだが吹っ切れるとこうも違うのか。

俺に対する態度まで柔らかいものになっている。

こっちが素なのか?

 

「日本では気に入った者を『俺の嫁にする』というのだろう?」

 

「え、そんな文化あったのか…?」

 

初耳である。

しかし、俺は鈴の言っていた味噌汁の話も知らなかった例がある。

もしかするとそういう変わったものもあるのかもしれない。

 

「いや、無いわよ」

 

困惑した表情の鈴のツッコミが入る。

流石にそのような文化はないらしい。

簪が何か言いたそうにしていたが、話し出すには至らなかった。

どうやら言うほどの事でもないと判断したらしい。

 

「お、箒の唐揚げ美味そうだな!自分で作ったのか!?」

 

一夏が箒の弁当に気が付いたらしい。

箒も気付いて貰うのを待っていたのか、嬉しそうに笑う。

 

「そ、そうなんだ!たまたま朝早起きして時間が余ってな!作り過ぎてしまった」

 

良かったら1つどうだ?なんて言いながら箒は箸で唐揚げを掴む。

唐揚げではないのだが──なんてポツリと漏らしていたのは一夏の耳には届かない。

そのまま箒は一夏の口へ唐揚げを持っていく。

 

「おお美味いな!」

 

「そ、そうか!それは良かった!!」

 

今まで見た事も無い程満面の笑みの箒。

傍から見るとカップルの微笑ましいやり取りに見える。

それが気に食わないのか、セシリアとシャルロットの背に黒いオーラが見えた。

関わらないでおこう。

そう思って俺が顔を正面に戻すと、そこには鈴が居た。

 

「ほら、口開けなさいよ」

 

「いや、俺は───」

 

「いいから、ほら!」

 

断る前に口に何かを入れられる。

食べさせ合いっこのような状態。

恥ずかしさはある筈なのだが、鈴の強引な行動の手前困惑の方が大きかった。

食べた物の美味しさに普通に感動したというのもある。

 

「酢豚か。美味いな…」

 

弁当こそ素っ気ない入れ物の鈴だが、中身の酢豚はかなり美味しかった。

程よい酸味もだが何よりも衣や肉のバランスも良い。

細かく表現出来ないのが惜しまれる。

あまりそっちに明るくない為断言出来ないが、この酢豚は店で出せるだろう。

 

「どう?見直したでしょ?」

 

「驚いた。こんな美味しいとは思わなかったよ」

 

「そ、そう?ほ、欲しいならまだ有るわよ」

 

2個目の酢豚を箸で掴む。

俺が箸を持ってないとはいえ、また食べさせられるのか。

酢豚は嬉しいがこれは小っ恥ずかしいような──。

 

「───いまみー?」

 

「…本音、怒ってるのか?」

 

「違うよ〜」

 

すぐ横で少しだけ黒いオーラを放つ本音。

簪が隣でオロオロしているのが癒しだったりする。

と、すぐに本音は手に持っていた惣菜パンを差し出す。

どうやら俺の持っているのとは全く別のパンだ。

そこはかとなく圧力を感じる。

意図はすぐに読めた。

 

「成程、食べかけでいいならだけど…ほら、一口」

 

「気にしないよー、いまみーもほら」

 

本音を纏っていた空気が一気に柔らかくなった。

 

互いに差し出したパンを齧る。

何かすっごい鈴にジト目で睨まれている気がする。

気の所為…だと思いたい。

本音は露骨に視線を合わせようとしない。

やった後に恥ずかしくなったのだろうか。

 

「やるわね、本音」

 

「りんりんもね」

 

バチりと火花が散った気がした。

笑みを浮かべている2人だが、背後には虎とか龍っぽいものが見える。

…とりあえず、離れるか。

静かに場所を移動しようとすると、即座に肩を掴まれた。

 

「どこ行くのよ」

 

「まだ昼ご飯は終わってないよ?」

 

両肩を掴まれ振り向けない。

その事にすぐ気が付いた2人が互いに向き合い火花を散らす。

 

「本音。食べさせ合いならもう終わったでしょ?」

 

「りんりんこそ、もう酢豚食べて貰ったでしょ?」

 

「えっと、2人とも…その、仲良く…?」

 

簪が頑張って仲裁に入ろうとしているが、あの様子では無理そうだ。

 

自然と解放された俺は静かに一夏の隣へ。

あの二人には下手に発言しても薮蛇だろう。

無心でパンに齧り付く。

 

隣の一夏は何やらサンドイッチを手にしている。

俺の視線に気が付いたセシリアが笑顔でバスケットに入ったサンドイッチを差し出す。

見た目は完璧。

かなり美味しそうなサンドイッチだ。

失礼な話だけど、セシリアって料理出来たのか。

 

「宜しければ流星さんもどうぞ」

 

勧められ手を伸ばす。

──嫌な予感がする。

何故かは分からないが猛烈に嫌な予感がする。

 

視線を一夏の方へ戻す。

 

彼はサンドイッチを1口食べた所だった。

みるみる内に顔が真っ青になり、冷や汗が吹き出しているように見える。

 

「い、一夏…?」

 

「一夏さん、如何でしたか?」

 

「あ、うん。ありがとうセシリア」

 

虚ろな目でサンドイッチを食べる一夏。

震える手を必死に抑え、平然と振舞おうとする努力に感動すら覚える。

作ってくれたセシリアの手前、不味いとは言えないんだろう。

それでも美味しいの一言を捻り出せないのは、彼の名誉の為に突っ込まないでおく。

 

サンドイッチへ伸ばした手をゆっくりと引こうとする。

 

「あら?流星さんも遠慮なさらなくても良いのですわよ?」

 

「え?」

 

断る言葉が思い付かず、逃げ場を失う。

諦めてサンドイッチを手に取り、眺める。

至って普通の見た目──というよりは美味しそうだ。

 

変なものを食べたことなら幾らでもある為、正直一夏よりは大丈夫だろう。

口にはいるなら何でも食べるしか無かった頃がそれなりにあった。

思い出すのもはばかられるが、あの時は美味い不味いなど二の次だった。

比べるのが失礼だが、そう思うと不味いだけの料理なら余裕だろう。

 

そう思い、1口齧る。

 

───………………。

 

1,2秒程思考が飛んだ。

 

ワケが分からない。

脳が理解を拒む。

何の食材が入ってるか一切分からなくなる。

独特な風味と酸味と辛味の不協和音。

辛いとかそういう類で吹っ切れてはいない。

居ないのだが、それよりも遥かに威力が凄まじい。

当然涙が出る訳ではない、が身体が震えそうになる。

後になって甘味がやってくる。

嘔吐く程ではないが、甘味料丸々入れたような普通じゃない味わいに寒気がする。

糊のような味がする部分もあった。

 

 

 

「こ、これは…」

 

1口で完全に手が止まった。

全身がこれ以上この物体を摂取しないように訴えている。

冷や汗がようやく出た。

 

得体の知れないとはまさにこの事。

紅茶の淹れ方を教えてくれたセシリアと同一人物とはとても思えない。

サンドイッチをどう弄ったらこうなるのか、教えて欲しい。

残りを無理矢理胃に詰め込む。

今度は記憶が5,6秒程飛んだ。

舌が痺れている。

早めに胃薬を飲まないと胃が壊れそうだ。

 

「如何でしょうか?」

 

キラキラした笑顔で聞いてくるセシリア。

一夏の方はまだ頑張って食べている最中だ。

無言で必死に食べている姿で察して欲しかった。

その自信はどこから湧いてくるのか。

 

仕方がない。

ここは苦肉の策だが、自身で味わって貰おう。

一夏がこのままでは死んでしまう。

 

「そうだな。レビューに自信はないから、セシリアも食べて貰っていいか?それからなら伝わりやすいだろ?」

 

「成程、でしたら────」

 

セシリアがサンドイッチを手に取る。

一同は一夏と俺のリアクションで察して居たのか、一歩引いた場所から眺めている。

ゴクリ、と誰かの喉の音。

セシリアが味見をした上でこのサンドイッチをOKとしたのか、これで分かる。

もし彼女が味見をしてこれならば、そのうち周囲で死人が出るだろう。

 

一夏以外の全員が固唾を飲んで見守る中、セシリアは自身のサンドイッチを口に含む。

結果は言うまでもなかった。

唐突に目を回し、セシリアは崩れ落ちる。

座っていたとはいえ咄嗟に一夏はセシリアを支える。

そのままセシリアの様子を覗き見て、俺の方へ視線を向ける。

 

首を横に振る。

完全に気を失ったらしい。

 

一夏はセシリアを壁に持たれ掛けれさせると、お腹を抑えながら口を開く。

 

「た、助かった…?のか?」

 

「みたいだな」

 

一口のセシリアがこうなった事を考えれば、あのまま何個も食べればどうなるかなど明白。

命の危機を想像し顔を引き攣らせる。

 

 

「いや、なんであんた達は平気なのよ」

 

呆れた様子で鈴が呟く。

 

返事をしようと口を開く。

そこで一夏に限界が来た。

顔からみるみる血の気が引いていく。

鈴への返答につまる一夏を疑問に思った箒が尋ねる。

 

一夏が箒の方を向いた。

目の焦点が合っていない。

 

 

「…それ、は…だな──」

 

「?どうしたんだ一夏?先程よりも顔色が悪く───」

 

「一夏っーーーー!?」

 

遅かった。

倒れる一夏に声をあげる箒。

シャルロットも駆け寄り、彼を心配する。

完全に気を失っていた。

 

唖然と口を開け皆がサンドイッチを見る。

サンドイッチからはみ出した具から微かに煙が出ている──気がした。

 

一同の中である結論が出る。

全員が全員、昼食がこのような惨状を招くなど想像していなかった。

 

そしてこうなれば次は誰がどうなるか想像が着く。

視線が俺に向けられた。

タイミングは同時だった。

 

 

「流石に、これ…は───っ!」

 

俺自身の視界もぐらりと傾く。

脚に思うように力が入らない。

平衡感覚もあやふやだった。

 

「ま、まさかいまみーも────!」

 

朦朧とする意識。

何とか気力で持たせようとし、壁に寄りかかる。

吐こうにも男子トイレはかなり遠い。

 

屋上の芝生の上にゆっくりと倒れた。

 

最後に視界の端に映ったのはラウラの姿。

顎に手を当て、俺達の様子を見ながら冷静に呟く。

 

「成程、2人が食べた方は遅効性の毒だったか」

 

そして俺は10分程、意識を失った。

 

 

 

 

 




流星の内面に触れるタイミングはまだ先です。

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