-25-
ある部屋の中。
赤い絨毯に暖色の照明。
照明には金の装飾が施され、置かれている棚もまた年季を感じさせる木製のものだ。
豪華なホテルの一室にも見えるその部屋に、少女は居た。
長い黒髪をなびかせながら少女は椅子に座る女性に近付く。
「ただいま!オータム」
「なんだ?もう戻ってきたのか」
「あのシステムはちゃんととってきたから、しごとはかんりょうだよ!」
「
「くくるはつまんないもの。やるきもなかったし、べつにいいの」
少女の姿を一瞥すると、女性は触っていた端末を机に置く。
澱んだ瞳のまま見せる無邪気な笑顔。
何かいい事があったのか?──なんて女性は尋ねることは無かった。
内心思った瞬間に、少女は待ってましたと言わんばかりに応じる。
「きになるひとができたの!」
「…………はぁ?」
呆気に取られる女性。
それはそうだろう。
任務に向かった少女が何やらご機嫌かと思えば、このような話が飛び出すなど想像出来ない。
「だからね、オータムにアドバイスほしいなぁって!ほら、スコールとオータムってくわしそうだから!」
「なっ──まあ、そうだがよ」
まんざらでもない様子で応じる女性。
少女は女性に対し、気を許している。
女性もまた素っ気なく見えるがきちんと相手をしていた。
過去に構ってくれとうるさい少女に折れたのが要因だ。
また、自身の恋人が可愛がっている事もあり無下には出来かったというのもある。
少女が普通ではない事など女性は心得ている。
ただ自身に敵意もなく害もない相手故女性が気にする事はない。
「肝心の相手は?」
「りゅうせいっていうんだよ」
「──へぇ」
名前を聞き、女性の口角が上がる。
「アイツのどの部分が気に入ったんだよ?」
「むじゅんだらけなところよ。よわいのにつよくて、きれいなのによごれていて、ひどいのにまとも。かんじょうてきにみえて──」
「──機械のように冷静、だろ?」
「そうよ!さすがオータム。───ねぇ、わたしってあいくるしいみためでしょ?」
「は?」
突然の問いに女性は呆ける。
言いたい事は分からないでもないが、反応が遅れてしまうのは仕方の無い事だった。
少女は少しふくれっ面で女性の肩を叩く。
本気でショックを受けているようだった。
「もう、オータムのばか!───それでね」
「切り替え早えーなおい。中身は物騒そのものだが、まあ確かに見た目はちんちくりんの餓鬼だな」
「あいくるしいの!それなのに、さいしょからかくじつにころしにきてたの────ゾクゾクしちゃった」
両手を頬に当て、大きな笑みを浮かべる少女。
頬は何処か紅く、顔は完全に緩みきっている。
理解出来ない。
女性は半目で相槌だけ打ちつつ、少女の会話を聞く。
いい加減テンションの高さにうんざりしてきた中、女性は視線を逸らしながら呟くように告げる。
「それは普通じゃねえのか?」
敵に対し即非情になり殺しにかかる。
そこに見た目は関係ない。
別に少年に限った話ではないような気もした。
「ううん、ふつうじゃないよ?」
「どうして?」
「だってりゅうせい、
「ああ、成程な。アレは確かに───」
と女性は少女の意図を理解しつつ、言葉を呑み込む。
態々言葉にする必要も無いと感じたからだ。
怪しげに嗤う少女の顔には妖艶さすら垣間見えた。
「あとね───」
「まだあるのかよ」
話を続ける少女。
声色は更に弾む。
机に両手をつき、ぴょんぴょんと年相応の動き。
それらは、少女の内心を代わりに物語っていた。
女性は溜息を着く。
まだまだ話は長くなりそうだった────。
□
放課後の整備室。
幾つもの配線を前に、ぼーっと虚空を見つめる簪の姿があった。
「あれ?簪、手が止まってるけど大丈夫?」
「だ、大丈夫。ありがとう鈴」
鈴の指摘により、我に返る簪。
目の前の作業に戻る。
とはいえ考え事はついついしてしまうものだ。
脳裏に思い浮かぶは先日の出来事。
そして、何よりもその際守ってくれた流星だった。
命を狙ってきた少女も恐ろしかったが、何より簪が気になっていたのは別のことだ。
あの時の流星にそこはかとない違和感を覚えた。
明確なものはなく、未だはっきり確信もない。
以前の襲撃の際とは全く違うことだけはわかる。
───流星が助けに来た瞬間はヒーロー像を重ねそうになった。
抱えられたことも合わせ、つい口元が緩む。
別に恋心を抱いているとかそういう事ではない。
憧れのシュチュエーションというのは、不謹慎であってもつい嬉しくなってしまう。
そういうものだ。
「簪?なんかにやけてない?」
「え、うん!?大丈夫!」
鈴が何か訝しむような視線を向けている。
いけないと思い、思考に区切りを付けようとした所で再度違和感を思い出す。
ツーマンセルトーナメントで自身を流星が選んだ理由を、簪は2つ知っている。
1つは情報分析による流星の行動の予測。
並列思考能力も込みでらしい。
別段簪だけの特技と、簪は感じていない。
しかしこれらは流星が練習の時に簪に伝えていた事であり、それを活かすことで流星と簪自身の連携が円滑に進んでいた。
2つ目は、推測でしかない。
純粋に思考回路が他の操縦者よりも流星寄りだったという事。
の筈だったのだが、あの襲撃でその考えは吹き飛んだ。
──余りにも冷たい視線。
相手の意識の隙間をつこうとする普段の流星の戦い方が恐ろしく感じた。
『ねぇ、りゅうせい。あなたはそうなるまで───いったいなんにんころしたの?』
少女の言葉を思い出す。
流星の瞬間的な狙撃精度も、ナイフや銃器に手馴れていた事も。
息をするように少女の急所を狙っていた事も。
それを簡単に裏付ける。
今宮流星は、余りにも殺し慣れていた。
拳銃を持っていた事に関してはもはや簪は気に留めてもいない。
護身用か何か、あの状況が為に麻痺した思考がそれを肯定する。
失礼な話だが、彼に対する恐怖は勿論あった。
重ねようとしていたヒーロー像がいとも容易く崩れ落ちる。
ダークヒーローとかそういう物ですらない。
アレはどちらかと言えば、あの少女側の────。
だが、それよりも簪は流星の事がどうしてか心配になった。
「…」
あれからまともに流星と話せていない。
お礼もまだちゃんと言えてなかった。
「…何か悩みがあるなら聞くわよ?」
「だ、大丈夫だから!?」
また顔に出ていたのだろうか?と簪は今度こそ思考に区切りをつける。
とりあえず、日頃のことも込めて抹茶のカップケーキでも作って礼を言いに行こう。
他に特に渡せる品も無かった。
そう決めると、スラスター部の調整に精を出すのであった。
時間は更に経過し、今日の分は終わり。
これなら早ければ明日には試運転が叶うだろう。
鈴に礼を告げ、整備室を後にする。
鈴は鈴で自身の機体の調整があったらしい。
手伝うといったのだが、どうやらすぐ済むから問題ないとの事。
もう少し気を使うべきだったかもしれない、なんて反省しながら廊下を歩く。
とりあえず、鈴や本音にはバレないようにしよう。
別段やましい事がある訳でもないが、ややこしくなる気がしたからだ。
今、鈴が1人調整している状態はいいタイミングだった。
簪は早めに部屋に戻る。
幸い、材料は揃っていた。
時間としては18時前。
作ってから流星に渡しにいっても問題ないだろう。
急いで調理に取り掛かる。
──何故かルームメイトに生暖かい目で見守られていた。
そんなに料理が出来ないイメージだったのだろうか?
小首を傾げているとルームメイトは首を横に振りながら溜息をつく。
…よく分からないが菓子作りを続ける。
久々に作った抹茶のカップケーキは、思ったよりも上手く作れた。
作った数は3個。
流星とそのルームメイトの分が2個。
彼のルームメイトが誰かは知らないが、わざわざ部屋に赴くのだ。
あった方が何かと良いだろう。
味見用の小さな1つは自身のルームメイトと分け合って食べた。
──うん、大丈夫。
簪は出来を確信する。
これなら後日、本音や鈴へも作ってあげられそうだ。
日頃の礼と言うならば彼女達に渡すのも当然だろう。
口元が少し綻ぶ。
こうやって誰かに物を作るのは悪くない。
こんな充実感はいつぶりだろうか。
カップケーキを包装し、袋に入れる。
派手なものは無い、変に感じられるようなものは無いだろうと1人納得する。
早めに渡してしまおう。
簪は抹茶のカップケーキが入った袋を手に部屋を出る。
廊下に出て数秒。
───そう言えば、彼は抹茶は好きなのだろうか。
ハッとなり考える。
得意だからと作ったのはいいが、浅慮だったと一人反省する。
引き返すべきかと考えたが、それはやめた。
彼が以前アイスの盛り合わせを頼んでいた時、抹茶も混ざっていたような気もする。
大丈夫、きっと大丈夫。
渡す際もこの前のお礼とそのまま言えばいいのだし、問題ない。
ちょっと緊張。
思えば男性に菓子を作って渡すなど初めてで───。
「〜〜〜!」
不味い、ちょっと不味い。
自身のルームメイトの視線の意味をようやく理解した。
恥ずかしさが込み上げて来る中、廊下を歩く。
違う、そういうのでは無い。
だから意識するな、意識しては緊張するだけだと自身に言い聞かせる。
言葉を噛みでもしたら更に恥ずかしい事になるだろう。
だからこそ簪は歩きながら深呼吸して、平静を保つ。
そうこうしているうちに、1053室──流星の部屋の前に辿り着く。
もう一度深呼吸。
────部屋のドアにノックしようとした瞬間だった。
部屋の中から、声が聞こえた。
『やっぱり流星くんが居ると書類仕事が楽でいいわよね!』
「っ」
聞き慣れた声。
思わず、身体が強ばった。
間違えるはずがない。
その声の主は自身の姉の──────。
──どうして?
部屋を間違えた?
悪い方向へ思考が働き出す。
気付けば聞き耳を立てていた。
『書類仕事ほぼ俺に押し付けてるだけだろ、お前』
続けて聞こえてくる流星の声。
その口調は呆れた様子のもの。
明らかな親しい様子に簪は真っ当な思考力が奪われていく。
浮かぶ1つの疑問。
そう言えば、今宮流星は何故こうも手伝ってくれていたのか。
納得してしまう理由が1つ。
良くない思考が導いた酷くしっくり来てしまう答え。
色々と麻痺していく中、残った理性が否定する。
──違う、今宮君はお姉ちゃんは関与していないと言った。
彼が嘘を付いているとは思えない。
──本当に?
仮に姉が手伝いとして彼を送り込んだとすれば、行動全てに納得が行く。
完璧な姉の遠回しな援助、だろう。
それは簪だけでは無理だと、このままでは完成出来ないが故に下した判断だと受け取るしか無かった。
そこはまだ良かった。
簪にとって、一番ショックだったのは全て姉の掌の上だったという事。
姉が嫌いな訳ではない。
それでも、色々劣等感を感じる程優秀な姉との差を思い知らされ心が折れそうになる。
この充実感も何も姉が創り出した状況なのだから。
「っ、!」
真偽を確認する証拠など何処にもない。
気付けば呼吸が乱れていた。
ただ、疑心の方に完全に傾いていないのは彼女なりの成長あっての事。
「っ」
ゴクリと唾を飲み込む。
直接流星に聴けば、余計な事を考える必要もなくなる。
答えが怖い。
もしもはいそうですなどと肯定されれば立ち直れないかもしれない。
それでもこのまま立ち尽くしているよりはマシだと、簪はドアにノックした──。
『────ところで!簪ちゃんの専用機はそろそろ完成し────あら?』
聞こえた内容を頭の中で反芻する余裕もない。
力を失った手から、抹茶のカップケーキが入った袋が落ちる。
今度こそ、完全に思考が真っ白になった。
□
「───あら?」
突然のノックに楯無が気が付いた。
ベッドに腰をかけていた流星も遅れて顔を上げる。
「ん?誰か来たのか?」
やけに力のないノックだった。
少し待っても声も聞こえない為、気の所為かと考える。
小首を傾げている流星に対し、楯無は席を立った。
彼女の方がドアに近かった。
「私にも聞こえてたし誰か来たのでしょう?私が出るわよ」
「任せた」
「はいはいー、どちらさ…ま………」
楯無はそのまま部屋のドアを開き、訪問者を見て少し固まった。
疑問に思い、流星も立ち上がってドアの方を見る。
そこに居たのは呆然と立ち尽くす簪であった。
先に再起動したのは楯無。
かなり驚いた様子で声を上げる。
「か、簪ちゃん!?」
声が少し上ずっている。
流石の楯無もこれは想定外だったのだろう。
動揺が手に取るように伝わってくる。
簪の視点からすれば、それは悪い意味でしか伝わらない動揺だった。
「お姉、ちゃん?どうして、今宮君と…?それに、私の専用機の話を────」
簪自身も上手く言葉が紡げないでいる。
楯無は簪の言葉から、誤解を招いている事を理解する。
しかし、彼女もまた上手く言葉が紡げないでいる。
互いを目の前に、2人は明確に余裕が無かった。
簪が一歩下がる。
楯無は慌てて弁解しようと、簪の方へ一歩踏み出した。
「違うの!簪ちゃん!これはその────」
「ばっ!楯無、足下!」
「────え?」
気付いた時には遅かった。
ぐしゃり、と楯無の1歩踏み出した足は床に落ちていた袋を踏む。
やってしまった。
そう楯無が判断するよりも先に簪の視線は踏み潰された袋へ向けられる。
それが決め手だった。
「───らい」
「──え?」
堰を切ったように熱いものが簪の目元まで込み上げる。
もう何も考えられなかった。
簪は身体を震わせながら、楯無を睨む。
「嫌い。お姉ちゃんなんかっ───お姉ちゃん、なんてっ───嫌いっ!大っ嫌い!!」
感情のままに叫んだ拒絶の言葉。
楯無は反応すら出来ず手を伸ばしたまま固まっていた。
見兼ねて流星が部屋から飛び出し声をかける。
簪はそんな流星を涙を溜めた目で睨んだ。
「簪!ちょっと待──」
「今宮君もっ!二度と話し掛けないでっ!!」
それだけ告げると、走るようにしてその場を立ち去る。
我慢出来ずにボロボロと涙を流していた。
どうしてこうなったのか。
どうしてこうなってしまうのか。
上手くいっていた筈の日常は、嘘だらけだった。
──そう思うだけで滑稽で、果てしなく悲しかった。
「…」
走り去る簪を見ながら、流星はこめかみを押さえる。
状況自体は大体理解出来ていた。
簪が用があったのは恐らく自身の方。
訪ねた際に楯無との会話を聞かれ、誤解を招いた。
楯無が簪の専用機の進捗を細かく知っていた事が大きな要因だろう。
流星は簪の専用機の話題を基本楯無の前で出さない。
だというのに楯無が専用機の事を事細かに知っているのは妹が心配で、基本こっそり覗いている為であった。
───空回り、ここに極まれり。
流星にも落ち度はある。
言う必要がないと思い、楯無がルームメイトである事を伝えていなかった。
少なくともそれを伝えていればこのような誤解は招かなかった。
「──」
弁解に行くべきなのだろう。
あんな状態の簪を放置するのは問題だ。
今すぐ誤解を解くために彼女の部屋を尋ねたい所だが────。
流星は簪が目に涙を溜めて睨んできた表情を思い出す。
まともに話が出来る状態ではなさそうだった。
それに、流星1人の誤解を解いたところで解決しない。
肝心の姉が話せる状態でないと意味が無い。
そう思い、楯無の方へ視線をやる。
彼女の視線はそのまま簪が居た場所に向けられたまま。
やっと状況を飲み込めたのかヘナヘナと力なくその場に座り込んだ。
「大嫌いって……、お姉ちゃんのこと、大嫌い…って…簪ちゃん私の事大嫌いって…………大嫌い…大嫌い…」
重症だった。
先程の簪の言葉を反芻しながら、壊れた玩具のようにひたすら呟いている。
ひとまず、部屋の中に移動させよう。
廊下で騒いだこともあり、皆何事かと確認しに顔を出すかもしれない。
流石にこの状態の楯無を廊下に出したままというのは気が引けた。
「楯無、とりあえず部屋に…楯無?おーい、楯無。………仕方ないか」
背後から抱きかかえるように部屋に引きずり入れる。
そして残された袋を拾い上げ、ドアを閉めた。
袋の中身を確認する。
中身は完全に潰れたカップケーキ?らしきもの。
色からするに抹茶だろう。
流星は思わず顔に手を当てる。
昼休みソワソワしていた簪を思い出す。
自惚れでなければ、先日の礼と受け取るのが妥当だろう。
ちゃんと2つあるあたり、ルームメイトの分も用意している。
何とも、間が悪い。
こればかりは流星自身の責任だった。
「どうしたものか」
思わず言葉を漏らす。
姉妹間の問題に首を突っ込む気などサラサラ無かった。
だが、自身が発端の今回ばかりは無視する事は出来ない。
流星も誰かと仲違いした事や喧嘩したこと等それなりにある。
暴力沙汰になるのが殆どだったが。
ただ、このように拒絶された経験は無かった。
どのようにすればいいのか、一切わからない。
────オレがわざわざ簪との仲を戻す必要があるのだろうか。
良くない思考。
それは先日からの影響か。
内からふつふつと湧き上がる声は流星自身のもの。
──結局は姉妹の問題だ、オレには関係ない。
─────そもそもオレが誰かと仲良くなっている事が間違いだろう─────。
「っ」
真っ当ではない思考。
顔覗かせるそれを振り払う。
また、簪の拒絶の言葉を前に何処か安堵している自分が居た。
簪と離れたかったからか。
簪を引き離したかったからか。
───はたまた、拒絶されて少しだけ傷付いた自分自身への安堵か。
「…」
本当に自分勝手だ。
こんな時にも自分の事を考えている。
あまりにも、下らない。
自己嫌悪に苛まれながら流星は椅子に腰をかける。
良くない思考はすぐには振り切れない。
だが、このままでもいけないと顔をあげた。
「…」
流星は袋から完全に潰れた抹茶のカップケーキを取り出した。
完全に潰れている。
思わず苦笑いを浮かべる。
迷わず口に入れる。
踏み潰されている以上、食感も恐らく本来のものでは無い。
味も恐らく損なわれているのだろう。
ゆっくりと咀嚼し味わう。
「…美味いな」
ぽつりと呟いた。
改めて、視線を呆然とする楯無へ戻す。
「ふふ、ふふふ。終わった。完全に嫌われた。簪ちゃんに嫌われた。お姉ちゃんなんて大嫌い。大嫌い……大嫌い…大嫌い……」
ダメだ、完全に壊れている。
いつもの優秀な姿はどこへ行ったのか。
まだ床に座り込んで落ち込んでいた。
「楯無、大丈夫か?」
「………」
「おい、楯無」
「…………………」
ブツブツと1人呟きながら何も無い空間を見ている。
して数秒。
流星の呼びかけにやっと気がついたのか、虚ろな目が彼を捉えた。
「何?流星くん…?」
「いや、何じゃねえよ。いつまでそうしてる気だよ」
「…簪ちゃんに嫌われた私なんてもうミジンコ以下だもの。ずっとこうしてるのがお似合いなの…」
完全に卑屈になっている。
かつて無い負のオーラを放つ楯無に流星は顔を強ばらせる。
突然、楯無が顔を上げた。
頭の上に電球が見えた気がした。
「───いや、これは夢よ夢。簪ちゃんがあんなこと言うはずがないわ!」
「──『お姉ちゃんなんかお姉ちゃんなんて』」
「かはっ…!?」
目を輝かせ、現実逃避に走る楯無に追撃が入った。
彼女はすぐに顔を引き攣らせ、固まる。
可哀想だが、まずこの現状を理解して貰わないといけなかった。
流星は呆れながらも簪の言葉を繰り返す。
台詞に抑揚は無かった。
「──『嫌い、大っ嫌い』」
「うぅ、ううう。流星くんが虐めるぅ〜」
「…やっと帰ってきたか」
不貞腐れてベッドに転がる楯無。
表情は相変わらず暗い。
やっと少し話せるようになったとはいえ、彼女の頭の大半は未だ簪の台詞で埋め尽くされていた。
彼女なりに持ち直そうとしているのか、流星を見ながら悪態をついた。
「普通、こういう時は優しい言葉をかけるものじゃないの?」
いつものように会話を始める。
これからどうするか等分からないが、ひとまず落ち着く為だった。
楯無の空元気に流星は付き合うことにした。
「優しい言葉って言われてもな」
「…それと流星くん、私を部屋に入れる時変なとこ触ったでしょ?」
わざとらしく恥じらうように胸に手を当てる。
いつも通りからかおうとしているのは分かっている。
流星は一切取り合わず本気で心配そうに返した。
「───大丈夫か、楯無。頭を打ったなら保健室にでも」
「違うのー!優しいけどそれは違うのっ!」
駄々を捏ねるように楯無言う。
対して流星は本当に面倒臭そうに溜息を付いた。
「優しい言葉なんて思いつかねえよ、馬鹿」
「──鈴ちゃんがフラれて凹んでる時は優しかった癖に」
ジト目で流星を睨む楯無。
流星がピタリと止まる。
楯無が言った台詞に引っかかるものがあった。
「待て、何で楯無が知ってる」
「………あ、……今の忘れていいわよ」
「そういう所だぞ。仕事かもしれないから俺はともかく、簪に対してもそんな事してるから──」
「そう、よね──だから、嫌われちゃった……」
「…」
一気に沈む空気。
流星は今のは失言だったと口を抑える。
どうにも、互いに本調子とは行かなかった。
「「……」」
重い空気の中、1人暗いオーラを再度纏い出す楯無。
今度は空元気を見せることもままならなかった。
そっとしておくしかない。
ただ、目の端に少し涙を溜め、まるで子供のように堪えている。
見ていられなかった。
流星は机の上に視線を戻す。
置かれているのは抹茶のカップケーキ。
それはルームメイトへの分と簪が用意した2つ目。
そのひとつに手をとる。
迷わずそれも口の中へ入れた。
「やるだけ、やってみるか」
投げやりに呟いて。
明日からどうするか考えつつ、ひとまずシャワーを浴びに彼は浴室へと向かった。
謎の女性、割と常識人なとこある気がします(小並感
生徒会長さんのキャラ崩壊が進みます。