勝負の日、当日。
第3アリーナの中央で戦う、2つの機体があった。
片や灰色の小柄な機体、もう一つは薄水色の機体。
上空を飛びながら、それぞれ武器を構える。
『時雨』を駆る流星はサブマシンガン2丁、『打鉄弍式』を駆る簪はアサルトライフルと盾をそれぞれ手にしている。
流星は近距離を旋回しながら引き金を引く。
「───っ!」
銃弾の雨が簪を襲う。
簪はそれを盾で防ぎつつ、横に移動──反撃にアサルトライフルの引き金を引く。
流星は進行方向を切り返し躱す。
攻撃の手は緩めずそのままである。
簪の弾道予測に舌を巻きながら、流星は様子見にサブマシンガンの弾を撃ち尽くす。
機動性は明らかに簪に分があった。
それもその筈、通常時の『時雨』の機動性はそう大したものではない。
第三世代として簪達が作り上げた『打鉄弍式』との差は大きい。
加えて簪は日本の代表候補生。
『打鉄弍式』がまだ本調子といかないとはいえ、その操作技術を持って乗りこなしている。
「負けないっ──!絶対に───!」
簪の根底にあるのは姉と自身の関係を簡単に済まされた事への反抗心。
流星に撤回させる。
その一心で彼女は撃ちあいをつづける。
流星はサブマシンガンからアサルトライフルに持ち替える。
牽制の隙間に弾丸をねじ込む。
確実に簪に着弾しているが、彼女が盾で地道に凌ぎ続けている為殆どダメージはない。
「──」
彼女は流星と組んだ事もあり、無意識の隙をつこうとする流星の対策も当然一番理解していた。
流星の行動パターンを常に並列して考え、弾を当ててくる。
常に持っている盾は保険。
純粋な飛行技術ならば積み上げたものが多い代表候補生の方がはるかに分がある。
対して流星は相変わらず淡々としていた。
簪の対処の仕方、普段の起点となる2つの武装が無い状態でどうするか考える。
すぐに流星は両手の武器を仕舞いスナイパーライフルを展開。
「!」
それを警戒していた簪が盾を全面に押し出しつつ、攻撃を仕掛ける。
流星は一気に減速。
姿勢をわざと崩す。
簪の弾丸は虚空を通過する。
簪との位置関係も一瞬だが大きくズレる。
「え────」
驚きと同時に盾を意識した。
ただ、流星が減速し姿勢を崩した一瞬で生まれた隙間までは守れない。
「っ」
気付いた時には衝撃が走っていた。
シールドエネルギーが減る。
撃たれたのは脚部スラスター。
損傷度合いは大した事はないが、一瞬の的確な狙撃に簪は冷や汗をかく。
動きが鈍った簪を流星は見逃さない。
警戒されているスナイパーライフルからアサルトライフルとグレネードランチャーへ持ち替える。
後者は特に回避軌道を止めた今が狙い目だ。
流星は簪へ向かうように移動しつつ、引き金を引く。
(防ぎ、きれない──!)
盾でそれを受ける簪。
グレネードランチャーの弾は受け止めた盾で炸裂。
爆発までは凌ぎきれず、機体ごと簪は後方へ投げ出される。
簪は瞬時に姿勢を立て直し、畳み掛けてくる流星へ逆に踏み込む。
アサルトライフルを撃ち、一気に加速。
次弾は斜めに飛びつつ回避。
盾を前面に半ば特攻するように
流星のグレネードランチャーにより、簪のシールドエネルギーはジワジワと削られていく。
彼女が狙うは装填の瞬間。
流星も理解していた。
グレネードランチャーの弾が切れたと同時に量子化───
「!」
「!!」
───同時に近接ブレードで斬りかかる簪に流星は盾を展開して受け流す。
「──これなら!」
身体を反転させるようにして、簪は強引にその身をねじ込む。
片手に握られて居たのはグレネードランチャー。
特に驚くことも無く、流星は弾丸を盾で受け止めた
「これは──!」
炸裂───したのは爆発ではなく、電撃。
対IS用電撃弾とはいえ、威力はよく使われる榴弾などに比べると遥かに乏しい。
用途は基本的に電気系統の一時的妨害程度。
一発目は盾で受け止めた為、眩い光を放った程度で特に支障はない。
────成程、狙いは目くらましか。
流星は右手に近接ブレードを展開し、迎撃に走る。
目くらましを食らってなお初動は流星の方が早い。
「──早いっ!?けど!」
しかし、簪はグレネードランチャーを再度構え直し引き金を引いた。
近接ブレードは簪を斬り付け、彼女のシールドエネルギーを大きく減らす。
ただ同時に彼女は数度引き金を引いた。
右手に弾が直撃───炸裂したのは爆発でも電撃でもなく─────。
「冷凍弾────っ」
簪は斬り付けられながらも、その反動で離脱する。
簪が流星の上をとる形になった。
流星の右手は近接ブレードを握ったまま、氷で固められていた。
近接ブレードは量子化すれば収納出来るが、これでは銃器の引き金を引けない。
冷凍弾もまた、普段倉庫で埃を被っているような代物だ。
対IS同士の戦闘では基本的には役に立たない。
理由は簡単だ、細部を狙う事は基本的には難しくその為だけに近距離で撃つなどリスキーでしかない。
盾で防がれて仕舞えばなんの意味もなく、凍らせるにも1発程度では簡単に氷を剥がされてしまう。
そもそも凍らせて意味のある箇所も限られていた──そんなもので簪が狙ったのは流星の右手。
近接ブレードを展開させ、それを握らせたまま右手を凍らせ手数を封じる。
流星の戦い方を考えると、かなりの痛手。
スナイパーライフルも扱うのがかなり難しくなる。
封じたようなものだった。
そのために犠牲にしたシールドエネルギーからすれば割に合わない気もするが、それでも簪はそこまですべき相手だと流星を認識していた。
「してやられたな───」
弾の存在は勿論流星も知っていた。
ただ、倉庫で埃を被っているようなものまでは事細かに把握し切れていなかったということもある。
もし、あれが榴弾だった場合数度の爆発を自爆の形で受けた簪が一気に配色濃厚になる為、このようにはならない。
簪の自身への対策ととれる戦法に流星は純粋に感心していた。
───だとしても。
と、流星の表情は崩れない。
その目が見据える先は簪の姿。
一切負けを感じさせない視線に、簪は背筋に冷たいものを感じる。
あの襲撃者相手のものとは違うもの。
命のやり取りに見せる冷たいものではない。
だというのに、気を抜けば何かに固執すれば容赦なくやられてしまうという危機感を覚える。
「畳み掛ける!」
簪が取り出したのは25mmのガトリング砲。
本来ならラファールの追加武装として学園側に用意されているものの1門に過ぎない。
ただ、それだけならば大した調整は要らず流用できた。
機体が違う事もあり、内部パラメータを管理しながらの使用が必要になってしまうが簪にとっては簡単な事だった。
銃口が流星に向けられる。
彼は構わず────左手の盾を投げ出した。
同時に、右へ流星は飛び退く。
盾は簪の方へ──ただ簪に当たる軌道でもない。
外した──とは考えにくい。
恐らく警戒して撃たせ、掃射の隙を作る為のもの。
盾は簪から外れ、上空へ。
構わない、と簪は照準を合わせ直す。
彼の軌道を予測し置くように掃射を始める。
方向を切り返して流星はそれを躱す。
とはいえ躱しきれるはずも無く、数発が辺り衝撃が彼を襲う。
吹き飛ぶようによろけつつ、彼は左手にサブマシンガンを展開し引き金を引く。
武器の特性上あまり動けない簪にヒット、しかしこうなれば武器上流星の方がダメージは遥かに大きく意味は無い。
直ぐに彼はグレネードランチャーに切り替える。
数発撃つも、掃射し続けている簪には届かない。
簪へ届く前に、銃弾の雨で撃ち落とされる。
「────」
流星は近接ブレードを敢えて量子化する。
そして左手にスナイパーライフルを展開───右手の都合もあり狙いを定める為には完全に静止しなくてはならない。
構える流星。
いつもほどスムーズとはいかない。
更には正面から撃ち合ったところで、簪には弾が届かないのは言うまでも無い。
簪はこれで決める為、流星に意識を集中させる。
「────」
迫る銃弾の雨。
止まろうとする機体。
コンマ数秒にして、流星の引き金は引かれる。
銃口の先は簪ではなかった。
「───え」
声は簪の物だった。
彼の銃弾は外れた、そう思った瞬間に衝撃が背中から彼女襲う。
目前に表示される損傷のポップアップ。
被弾した箇所は右背中の1スラスター部分。
撃ち抜かれ、身体が揺れる。
流星は銃弾の雨に少し晒される程度で済み、大ダメージを受けることは無かった。
簪のシールドエネルギーが減る中、ハイパーセンサーが捉えたのは落ちていく盾。
「まさか──」
「───流石に背中の何処か、しか狙ってなかったが上手くいったか」
跳弾。
その言葉が簪の脳内を駆け巡るが、休んでいる暇などない。
呟きながらも一気に距離を詰める流星に対処しようと、ガトリング砲に手を伸ばす。
────同時に、榴弾がガトリング砲を撃ち抜いた。
既に言葉を発したタイミングで撃っていたと見るべきか───。
考える暇を与えることもなく、流星は迫る。
近接ブレードを警戒し、簪は近接ブレードを手に迎撃に出た。
それを前に流星は身を翻してそれを避ける。
続けて横に振るおうとすると、凍った右手首で殴り付けるようにそれをいなされた。
「っっ!!」
カチャリ、と突き付けられた銃を見て簪は言葉を失った。
彼の左手にはショットガンが握られている。
必死に次の手を考えようとするも、最早それは間に合わなかった。
──────大きな音と共に、シールドエネルギーがゼロになる。
アリーナの遥か上空で、簪はその意味を理解する。
互いに武装が量子化される中、簪はフラリと流星から離れた。
「負け、た─────」
目の前が真っ暗になりそうになる。
プライドを賭けて臨んだ一戦。
これ迄の苦悩も否定されたくがない一心で流星を倒そうとしていたが、それも叶わなかった。
姉との差をまた、理解する。
こんなものでは。
こんなままでは、一生───。
────追いつけない。
「簪」
「今宮、君?」
「話せるか?」
「う、うん」
気分は当然、晴れない。
気持ちのいい負け、の筈なのだが何よりも無力感が勝り平常心とはいかない。
ただ、戦う前よりは会話は自然と出来ていた。
流星は簪の状態を確認すると、正面から彼女を見すえる。
「───前の発言、取り消すよ」
「え…?」
唐突な流星の発言に簪は困惑する。
それは簪が勝った際に送られる言葉の筈だ。
怪訝そうな顔をする簪に流星は続けた。
「そんな顔しないでくれ。分かってるつもりなだけ───その通りだよ。簪の苦悩は簪だけの物だ。だから、謝らせてくれ。────すまなかった」
「…」
真摯に頭を下げる流星に、簪は口をぽかんとする。
薄々感じてはいた。
流星はこの勝負に話を持ち込む為、見え透いた挑発をしていたのだと。
彼の思惑もこの3日間の内に理解していた。
嘘を付いているようには見えない。
簪の思考も多少冷静になっていた。
ただ、彼の言葉を受けある疑問が顔を覗かせる。
「───どうして、そこまで?」
「それはだな───」
刹那、簪の目前に警告のポップアップが表示される。
───左背部のスラスターが、いきなり火を吹いた。
小規模の爆発。
「────っ!」
「!」
一気に落ち始める簪の身体。
他の部分のスラスターでバランスを取ろうとするも、制御が上手くいかない。
左背部のスラスターは簪の意図とは別に出力を上げる。
一瞬の出来事だった。
スラスターから音がしたと思った瞬間、簪は加速しながら落下を始める。
「っ!!!?」
「簪!」
流星はすぐに簪を追う。
───だが、このままでは簪が落ちる方が微かに早い。
「なら──」
「!」
制御しようと足掻いていた簪は、何かが右腕に巻き付いたと理解した。
右腕を見る──付いているのはフックショットだ。
「今宮君!?ダメ────!」
この武装では止められない。
それどころか流星を振り回したまま、地面に叩き付ける事になってしまうのは明らか。
「それを離すなよ───!」
流星はそう言いながら右手でフックショットを掴む。
ワイヤー部分を引っ張り、『時雨』のスラスターを噴射。
引っ張って止める為では無く下に向かって突き進む。
振り回されながらも一気に距離を詰めた。
迷いの一切見られない行動。
フックショットで掴んだ瞬間、一気に振り回されていたというのに彼は気にも留めていなかった。
真っ直ぐな視線。
その瞳に今映っているのは、簪だけ。
「──────」
その様子に、簪は心奪われる。
襲撃者の際彼に感じた恐怖や、違和感はハッキリと残っていた。
今宮流星は恐らく、ヒーローという柄ではないのは確かだ。
理由は、口では上手く言い表せない。
確信はあった。
──手を伸ばす。
右手でギュッとワイヤー部分を握り締め、不安定な状態ながら彼の方へと手を伸ばす。
ヒーローの条件なんてわからない。
彼が気難しい事も知っている。
何を抱え、何を考えているかなんて事も予想は付かない。
だけど、と唇を噛んだ。
こうやって助けに来てくれる。
あの時も、今も。
───彼は私を私として見てくれている。
最初から、ずっと。
だから彼がどんな人間であろうともう、関係がなかった。
伸ばした手が彼に触れる。
自然と頬が綻ぶのがわかった。
アリーナに轟音が鳴り響いた。
アリーナの地面を砕き、横に引き摺るように跡を作っていく。
飛び散る機体の破片───それは『時雨』の一部。
「っ!」
横から簪を捕まえた流星はそのまま簪を抱き抱え、背中から地面へ落下する事になった。
完全に静止した所で、スピーカーから何やら教師の声が聞こえる。
流星には何を言っているか聞き取れなかった。
何やら心配しているのだろう、とだけ。
幸いアリーナには人が居なかった。
他のアリーナに人が行くよう楯無に工面させたというのがここで活きている。
「っはっ、!?───ぁっ!」
「───い、今宮君!?」
肺の空気が完全に吐き出され、一瞬呼吸が出来なくなる。
シールドエネルギーは完全に尽きた、絶対防御が発動した為だろう。
すぐに呼吸ができるようになる。
心配する簪を前に流星は安堵したように笑みを見せた。
「怪我、無さそうだな」
「今宮君は!?怪我はっ!?」
「多分、大丈夫」
あっさりと返す流星に、簪は心配で堪らなくなる。
余りにも淡々としていた。
まるで自分の身など心配はしていないかのように。
「───どうして、ここまでしてくれるの?」
泣きそうな顔で尋ねる簪に、流星は困った様子だった。
「その、言いたい事があったからさ」
「───え?」
「抹茶のカップケーキ、美味しかった。それを本人に伝えられないっていうのは、何か嫌だろ?」
「───────、」
簪自身、自分が今どんな顔をしているか分からなかった。
自分にとってはその程度としか思えない理由。
だけど、彼にとっては今回のこの行動に繋がる程のもの。
簪は呆けることしか出来なかった。
ゆっくりと内容を咀嚼し、考える。
───なぜだが、彼らしいと思ってしまった。
同時に、あの踏み潰された後のカップケーキを彼が食べた事を思い返す。
「……えっ!?食べたの!?アレを!?」
「?ああ、食べたけど?待て、そんなビックリしなくてもいいだろ」
「お腹、壊さなかった?」
「何だ?セシリア料理と比べたら腹を壊すなんて────悪い悪かった、だから叩くな」
「〜〜〜〜っ!ばかっ!今宮君のばかっ!自分の体くらい気を遣って!」
ポカポカとISを解除した状態の簪が流星を叩く。
何だか色々気恥ずかしくて顔を見れない、その照れ隠しだったのだがそれが伝わる事は無い。
「二人とも無事!?」
「かんちゃん!いまみー!怪我はない!?」
飛び出してきた2人に視線が行く。
流星に馬乗りになっていた事に気が付いた簪は顔を真っ赤にしながら飛び退く。
一方で流星もISを解除すると、身体を起こした。
慌てて出てきた2人にも大丈夫とだけ告げ、放送室に教師にも通信で知らせる。
幾つかの書類の提出を求められ、流星は渋い顔をしながら立ち上がった。
「それで、約束だけど───」
「か、かかか簪ちゃん!大丈夫!?怪我は無かった!?」
「え?う、うん?」
約束の件について話し出した瞬間に現れた楯無に、一同は言葉を失った。
あまりにも素早く簪の全身を見て回ると、やっと安心したのか安堵の息を漏らす。
簪自身もキョトンとしたまま反応出来ずに居た。
流星は顔に手を当てながら、言葉を捻り出す。
「約束通り姉妹で話し合ってくれ。───楯無から言いたい事があるそうだから、簪も最後まで聞くように」
「あっ!?えっ!?流星くん!?」
「い、今宮君それは…」
静止する2人を置いて流星は鈴と本音の方まで歩く。
アレを放置して大丈夫なのだろうか?と心配する2人に流星は面倒臭そうに見てればいいと呟く。
改めて向き合う楯無と簪。
緊張の為か互いに黙り込んでしまう。
「「……」」
そんな中、先手を取ったのは楯無だった。
意を決して口を開く。
「きょ、今日はいい天気ね!」
「……………う、うん」
「「「…………」」」
皆が沈黙する。
同じく緊張して真面目に返事する簪。
ソワソワしながら見守る本音。
不安で仕方がない鈴。
そして、呆れる流星。
見る限り、楯無も簪もお互い話そうとタイミングを探している。
互いに歩み寄ろうとしているあたり、大きな進歩に見えた。
最後に助け舟だけ出す事にした。
「──簪、それがお前の姉だよ」
「今宮君…」
「過保護でストーカー気質で、傍迷惑なお節介焼いて、いい所見せようと妹の前では完璧な素振りを特に徹底する。──その癖妹と向き合う勇気がないバカだ」
「流星くん、後で覚えてなさい」
「だからきっと心配するような事なんてないさ。俺が保証するよ」
それだけ告げると、流星は背を向けた。
鈴と本音の背中を押し、姉妹2人を残しアリーナを去っていく。
不思議と緊張は解けていた。
「…簪ちゃん、あのね────」
ゆっくりと話し始める楯無。
よく覗き見していた事が今回の発端であること。
簪の事が気になって仕方が無かったという事が動機だったこと。
良いところを見せたい一心で、妹の前では特に完璧な素振りを徹底していたこと。
妹の為にと影でこっそり支援しようとした事もあったこと。
カップケーキを台無しにしてしまったこと。
ポツリポツリと伝えたい事、伝える事をしっかり考えた上で言葉を紡ぐ。
器用にいつも通りとはいかない、簪も真摯に姉の言葉に耳を傾ける。
理路整然としたどんな言葉よりも待ち望んだものだった。
「───ごめんなさい。私、簪ちゃんの気持ちをちゃんと考えられて無かった。いつも勝手なことばかりで何も……。信じて見守るなんて簡単なことすら出来ていなかったの。────お姉ちゃん失格、よね」
「……それは、私も同じ………。お姉ちゃんみたいになりたくて、対抗意識を持って……距離を置くだけ置いて………その、お姉ちゃんの気持ちを、考えられて無かった…」
「え─────?」
「だから……その…私も妹失格…だから……!」
真っ赤になって言う簪。
一瞬の沈黙が二人の間に流れる。
互いの言葉を受け、安堵の息がどちらからとなく漏れる。
二人同時に笑みが零れた。
「──ぷっ、アハハ」
「ふふっ」
───お互い様。
どちらも結局、不器用だっただけだった。
これ以上関係が悪化するのを恐れて空回りしていただけ。
それを改めて知るとなんだがおかしくて、自然と2人は笑いあっていた。
少し笑いあって、2人は改めて向き合った。
安心と嬉しさと可笑しさでごちゃごちゃになっていた感情を整理しながらも、笑顔で言葉を発した。
「今までごめんね、お姉ちゃん」
「ううん、私の方こそごめんなさい」
改めて謝りあう。
昔のように完全に元通り───とまではすぐにはいかない。
ただ、ぎこちなさは時間が解決してくれるだろう。
二人共その確信を胸に。
漸く普通の姉妹として話し始めるのだった。
□
「その、今更になるけど、掴みかかって悪かったわね…」
「別に、気にしてない」
「…あんたねぇ、言い方ってものが…」
「何だ、怒って欲しかったのか?」
流星の言葉に、鈴は出かかった言葉を呑み込んだ。
罪悪感が彼女の中にあるのだろう。
だが、流星が特に触れようともしなかった事に彼女も諦める。
──アリーナを後にした流星達は教師に改めて注意を受け、保健室に来ていた。
放課後になり暫く経ってい為、校舎内に残っている生徒は少ない。
保健室に居た保険医も流星を診ると、戻ってくるまで暫く様子を見るように言い保健室を後にした。
診察結果は打撲と捻挫。
様子を診る為保健室に置いていかれたあたり大した怪我でないのは明白だった。
暇になったと流星は横になる。
暑かったのか、上着を脱ぎ捨てシャツだけで寝転んでいた。
鈴と本音は無事仲直り出来たのかということに意識がいっている。
不安に思っていると言うよりは、純粋に心配している様子だった。
───そうこうしていると、保健室の扉が開く。
ベッドのカーテンを閉めていない為、流星達からも入口は丸見えだった。
入ってきたのは簪。
「かんちゃん!」
本音が椅子から立ち上がり、彼女に駆け寄る。
そのまま抱き着く。
簪は少し困った様子だったが、特に抵抗もしない。
慣れた様子だった。
「その顔、無事お姉さんと仲直り出来たのね」
「うん」
満面の笑みで頷く。
それが何よりの答えだった。
「その、心配してくれて、ありがとう…2人共」
「心配するのは当然でしょ。──と、友達なんだし…」
「いひひ〜りんりん照れてるでしょ〜」
「う、うるさいわね」
「りんりん可愛い〜。ごふぇんごふぇんふぁふぁい〜、ふぁふぇて〜」
本音に弄られ鈴も本音へ武力行使に移った。
とはいっても特に物騒なものは無い。
頬っぺを好きに弄られ本音は少しだけ痛そうだが、流星は静観を貫いた。
簪は二人の様子を微笑ましく見た後、視線を流星に移す。
「い───」
言葉を発しようとする。
──も、何かに詰まる。
顔はいつの間にか真っ赤だった。
再度、意を決したように口を開く。
「りゅ、流星…も、その、ありがとう」
「──ふぇ?」
「──ん?」
呟くように小さな声だった。
だが、乙女センサーが反応したのか本音と鈴は直ぐに振り返る。
──、もしやと2人は互いに顔を合わせていた。
当の流星は簪の礼を受け、上半身を起こす。
名前で呼ばれた事には特に興味を示していなかった。
礼に対し、気まずそうにだけ苦笑いを浮かべる。
彼自身罪悪感はあった──主に写真の件。
当然、口が裂けても彼が言うことはない。
「礼に関しては相殺というか…あんまり意識しないでくれる方が助かる。──簪、ホントに怪我はないのか?」
「え、あ、──う、うん!」
「視線、逸らしまくってるわね…」
「逸らしまくってるねー」
呆れ顔で見守る2人。
簪本人は流星の前に居るだけで緊張しているのか、見られている事に気が付かない。
だからこそ、簪は行動を起こそうと麻痺した判断力に身を任せた。
「りゅ、───流星っ!」
「ん?」
「なっ────!」
「えっ───!」
バクバクと騒がしい鼓動に簪の緊張感は最高潮に達する。
耳まで真っ赤になっているのが自身でも分かった。
頭がロクに回っておらず、混乱している。
だとしてもこの瞬間の衝動に全て委ねようと簪は1歩踏み出す。
並々ならぬ様子に鈴と本音も驚きの声をあげた。
これから簪が言わんとしている事が、同じ想いを持つ彼女達には分かってしまったからだ。
モジモジと体の前で遊ばせていた両手はギュッと握られている。
体も震えて居た。
呼吸も少し荒い中、視線だけは無理矢理流星に固定している。
「だ、大─────」
「──────流星くんー!簪ちゃん来てないー!?」
「────っ!?」
───沈黙が、一気にその場を包み込んだ。
保健室の扉が勢いよく開かれ、入ってきたのは楯無。
簪と仲直りした直後という事もあり、すこぶるご機嫌な彼女は心配で手付かずだった生徒会の仕事を終わらせ爆速でここに駆け付けたのだった。
仲直りしたばかり、妹と沢山話せると意気揚々と乗り込んできた──何とも微笑ましい状態だったのだが、あまりにもタイミングが悪かった。
出鼻をくじかれ、簪は完全に勢いを失う。
羞恥と期を失ったショックにより、固まってしまっていた。
「…」
「「…」」
「?」
余りの出来事に鈴と本音も言葉を失う。
小首を傾げているのは流星だけだった。
ただ、空気が非常に宜しくない事は全員理解していた。
冷めきった空気の中、耐えきれず楯無が言葉を漏らす。
「え、何この空気…」
「───の──か」
「か、簪ちゃん?」
フルフルと震えながら、俯いていた簪が口を開く。
「──お姉ちゃんの──」
何か悪い事をしてしまったと直感した楯無は、焦りながら簪に声を掛ける。
視線で周りに助けを求めようとした。
鈴は顔に手を当てて呆れつつ、数歩引いていた。
本音は私は何も見てませんという体で顔を背ける。
流星はそっとカーテンを閉めた。
「え、ちょっと皆!?」
「お姉ちゃんの────!」
孤立無援となった楯無に涙目の簪の怒声が浴びせられる事になった。
「───お姉ちゃんのっ!ばか───っ!!」
……楯無がその夜また凹んでいたのは、言うまでもない。