IS 灰色の向こうに   作:ズーキー

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簪と楯無の仲直りが終わった週末。

鈴は一人、駅中の大時計前で人を待っていた。

服装は白のブラウスにベージュのショートパンツというシンプルなもの。

当然ブラウスはノースリーブの夏仕様。

味気ないように見えるが、本人のスラリとした体型と肌のキメ細かさを内包した彼女らしい活発な少女のイメージで仕上がっている。

腕には勿論、甲龍が待機形態のブレスレットとして身に付けられていた。

悩みに悩んだ末、いつものように行こうと決めた彼女の葛藤は誰も知らない。

 

「──」

 

ソワソワと彼女は背後の時計と正面の改札を見る。

集合時間まで後20分。

自身が来てから10分過ぎただろうか。

思えば早く来すぎてしまった。

当の待ち合わせ相手は生徒会の仕事を終わらせてから来るらしい。

 

(い、いや。アイツがもっと早く来るべきなのよっ!)

 

静かに思い返す。

簪との一件が終わった次の日、サラリと誘われた。

デートの誘いかと舞い上がりそうになったが、はやる気持ちを抑え尋ねた。

どうやら、水着もとい濡れても構わない服を買いに行きたいようだ。

なんとも身体中傷痕が絶えない為、あまり胴体部分を晒しておきたくないらしい。

隠すというよりは痛々しい傷を見せるのは好まないという気遣いだろう。

 

鈴に白羽の矢が立ったのは、彼が戦場にいた事を知っているから。

 

…改めて考えると意識しているのは自分ばかりのような気がしてきた。

鈴は悪態を内心つきながら彼を待つ。

ただ、これはどんな形であれデートに違いない。

自然と口元が緩む。

 

「なんだ、もう来てたのか」

 

「っ〜〜〜!」

 

「睨むなって。待たせて悪かった」

 

鈴は緩みきった表情を誤魔化すように睨み付ける。

それを別の意味で受け取った流星は申し訳なさそうに謝る。

鈴としても別に謝罪を求めていた訳ではなかった。

逆に気不味くなりながらも、彼に視線を移す。

 

「…何よ。普通の服持ってたのね」

 

「この前買ったやつだよ。ひょっとして、変な服がお好みか?」

 

「着てきたら置いていくわよ」

 

いつもの様子で返す鈴だが、その胸中は穏やかではない。

この前というのは1人で買いに行ったのだろうか。

彼自身のセンスの有無は分からないが、特別服装に拘るタイプにも見えない。

彼女の中では、流星が誰かと一緒に行った説がやはり濃厚だった。

候補は本音や簪だが、服装を見る感じ彼女達の趣向とは違うと直感する。

鈴の脳裏に浮かぶはあの簪の姉にして流星のルームメイト──生徒会長こと更識楯無。

 

「ちょっと早いけど向かうか」

 

「え、ええ」

 

鈴の胸中など知らず、流星はそう促す。

遅れて反応しつつも鈴は流星の隣へ。

2人並んで歩き出し、その場を後にする。

 

 

「……行ったね」

「行った…」

 

コソコソとそれらを追う2つの影。

私服姿の本音と簪は柱などに身を隠しつつ、様子を伺う。

 

「まさかりんりんといまみーがこっそりデートしてるなんて…」

「今朝の鈴の様子がおかしかったのはこういうこと…」

「りんりん、食堂でもコソコソしてたし、時計もチラチラ見てたからねー」

「確かに、ちょっとおかしかった」

 

2人の脳裏に浮かぶは今朝の鈴。

朝食を食べる時点でも何かと挙動不審だった。

ソワソワしているというか落ち着きがないというか。

それでいて時折ニヤケている時があった。

明らかに何かあると踏んだ2人はそんな鈴を追ってこの場にいる。

本音の生徒会の仕事は実は流星がサラリとこなしている。

 

 

談笑しながら歩く流星と鈴。

本音と簪は特に何も考えていない。

羨ましくはあるが邪魔しようという発想はない。

 

「鈴、近い」

「ちょっとずつ間詰めてるねー」

「ずるい。鈴ずるい」

 

簪がぷくーっと頬を膨らませる。

何とも可愛らしい仕草なのだが、ほんのり滲み出る黒いオーラがそれを打ち消す。

これは偵察。

あくまで2人の仲がどこまでのものか見極める為のもの。

そう内心言い聞かせつつ、本音と簪は後に続く。

 

 

「ん?」

 

「?どうしたのよ」

 

「見られてる気がしたけど…気の所為か」

 

何かを察知したように振り返る流星。

しかし特に何も見当たらなかった。

人混みの中視線を自身に向けている者は見当たらない。

 

「…」

 

「どうしたのよ?急に振り向いて」

 

「何でもない。さっさと行こう」

 

「え、ちょっと何よ────ってうぇぇっ!?」

 

気の所為だと頷きつつ、流星は鈴を連れて早く目的地に向かおうと決めた。

躊躇う事もなく鈴の手を取り、少し早足で進む。

鈴は突然の事に思考がショートしそうになった。

握られた左手に意識がいく。

大きく力強い右手はしっかりと自身の左手を握っていた。

直に伝わる体温。

心臓はそれを認識すればする程高鳴っていく。

顔が真っ赤になっていくのが自覚出来た。

辛うじて握り返す。

 

 

「あー!手を繋いでるー!」

「手、繋いでるね。…よし」

「かんちゃん!?出ていくのはダメだよ!?」

「え?わ、私そんな気は!?」

 

一瞬だけ目が据わっていたとは本音は口に出さない。

そうこうしているうちに2人が着いたのは巨大ショッピングモールレゾナンス。

何を買いに来たのだろうなどと考えている内に、鈴と流星はアパレルショップに入っていった。

 

「追うよ、本音」

「がってんしょうちー」

 

簪と本音はこの状況を楽しんでもいた。

 

店に入ると、流星は急ぎ足を止め手を離す。

一瞬惜しむように手を伸ばしたところで鈴は我に返った。

すぐに手を引っ込める。

 

程なくして、目的の男性ものの水着コーナーに辿り着く。

羞恥は多少あるがそれよりも先程のせいで鈴の感覚は麻痺していた。

いつも通りの感じで鈴は流星に水着を見繕う。

 

「──これなんかどうよ?普通のパーカーっぽいけど、水着の短パンにあう感じよ?」

 

「暑くないか?それ。2枚あるのより俺はこの1枚のやつの方がいいと思うんだけど」

 

「いいのよ。色が薄い方が楽だし泳ぐ時は下の1枚になればいいだけだし」

 

「なら下の1枚だけで良くないか?」

 

「女子しか居ないし、シンプル過ぎても違和感凄いわよ。砂浜に居る時は羽織ってワンポイント出さないとどうしても目立つから」

 

「もう目立つのは諦めてるんだけどな」

 

「これ以上悪目立ちしたいの?」

 

「…好んでしないさ。アドバイス通りにするよ」

 

ふふん、と楽しそうに笑う鈴。

流星も鈴の選んだものを手に取る。

彼も気に入ったのか納得した様子だった。

彼はそのまま鈴を見ると振り返り、向こう側を指さす。

 

「じゃあ次は鈴のやつだな」

 

「えっ!?──えっっ!?」

 

「どうして2回驚くんだよ。誘った時に私も水着買わないとだから!って言ってたのお前だろ」

 

「ま、まあそうだけど」

 

誘われた際に何がなんでも約束をこじつける為言ったことを思い出す。

自身の身体に視線を落とす。

何処がとは言わない、自信は無かった。

本音や簪のものを想像し、少し凹みそうになる。

言ってしまった手前断る事も出来ない。

ただこういうシュチュエーションはやはり乙女的に悪いものでもない。

相手に異性として認識させるチャンスでもある。

 

そうと決まればと意を決して鈴は女性用の水着コーナーへ。

近くの試着室へ視線をチラチラ移しつつ、鈴は流星に尋ねる。

 

「こっ、この中だとどれがいいと思う?」

 

「…」

 

静かに考える流星。

鈴が持っているのはほんの少し柄が入ったビキニ。

オレンジ、白、青、黒と色合いや装飾、布面積が多少違う。

 

「白かオレンジ…だと思う」

 

「白…意外ね。これは選ぶと思わなかったのに」

 

「オレンジは思ってたのか?」

 

「ええ、ほらなんか似合う気がしてたし」

 

呟きつつ鈴は白の水着へ視線を移す。

少し柄が入っているオレンジとは違い、色としては白1色だ。

小さなフリルがついている正統派なもの。

良いとは感じていた。

似合うかの自信はないのだが、と鈴は胸中でひとりごちる。

らしくない、らしくないのだ。

しかし、こうなれば実際に着てみるしかない。

 

「鈴本人がそう感じるならオレンジで決まりじゃないか?」

 

「…い、いや、そのっ!」

 

「?」

 

「着てみないと分からないからっ!」

 

「試着室か。なら俺はコーナーの外で待って───」

 

「あんたも来るのよ」

 

「は!?」

 

普通の服とは訳が違うと言いたげな流星を無理矢理引き連れ、鈴は試着室へ移動する。

彼を試着室の前に立たせ、鈴は白の水着を片手にカーテンを閉じた。

 

やけに静かだった。

店内の音楽も小さいのかこのコーナーまでは届いてきていないようだ。

 

肌と衣服の擦れる音が聞こえ、衣服が床に落ちる。

足下が見えているのが何とも言えない。

申し訳ない気がした為、彼は試着室に背を向けて待つ事にした。

 

「着替えた…わよ」

 

「ああ、どうだった────っ」

 

流石に反応が遅れた。

流星はあくまで鈴が決めるものだとばかり考えていた。

水着とはいっても女性の下着と露出面積は変わらない。

男性に見せて決めてもらうといった可能性は鈴の性格も相まってないと思っていたのだった。

故に、それは不意打ちだった。

 

「───」

 

鈴の小柄な身体に白のビキニ、フリルもあり印象が違って感じられた。

オレンジであれば活発そうなイメージで固められただろう事は想像がつく。

恥じらいのせいか、本人は視線を逸らし続けていた。

顔だけでなく、耳まで真っ赤だった。

それが汐らしくなっている彼女と水着姿に妙にマッチした。

彼女の少女らしい部分が押し出されているようにも思える。

何時にも増して可愛らしく見えた。

 

 

「──良いと、思う」

 

「〜〜〜っ!?」

 

咄嗟に良い言葉が浮かばず、そう告げる流星。

その言葉と様子を見て、鈴の頭は混乱した。

明確に鈴を意識した上での一言。

彼自身も少しの恥じらいが見られた。

思わぬ反応に、改めて状況を認識する。

 

「そ、そう!なら良かった!」

 

鈴は慌ててカーテンを閉めた。

小さくガッツポーズ、してやったりと喜びを噛み締める。

私服に着替える。

 

 

 

その様子を見ていた二人はワナワナと体を震わせていた。

 

「…」

 

簪は1人静かに自身の胸部へ視線を落とす。

──勝ってる、鈴には勝っている。

視線が隣の本音の胸部へ。

ダボダボの私服とはいえ、たわわと実ったものが凶悪なまでに主張している。

別に自分が小さい訳では無い、純粋に周りが大き過ぎるだけ。

本音や姉のその部分に言いしれないジェラシーを感じた。

そんな時にある可能性が脳裏に浮かぶ。

 

「ねぇ本音。りゅ、流星って…小さい方が好きなのかな…?」

「────」

 

本音は即座に否定しようとしたが、会長に絡まれても平然としてる彼を思い出す。

また以前膝枕をした際の淡々とした反応も本音は思い出した。

アレは事故を未然に防いでいたのだが本音は気付かない。

ピキーンと本音に何か走る。

そんなまさか──と何時になく真面目な表情で呟く。

 

「…有り得るかも」

「え」

「会長のいつもの絡みにあれだけ冷静なのは、もしかしたら───」

 

「……本音、────その話詳しく聞かせて?」

 

「…へ?」

 

簪の目から光が完全に消えた。

不味いと本音が思った頃には遅い。

姉の所業について簪に根掘り葉掘り尋ねられるのであった。

追っていた2人のことは完全に頭から抜け落ちていた。

 

 

 

流星は再度試着室に背を向けて待っていた。

 

───同時に向かいの試着室に何やら見知った人影が入っていったことに気が付く。

 

「ん?」

 

「お待たせ。?どうしたのよ小難しい顔して」

 

「いやその、向かいの試着室に見た事あるヤツらが入っていった気がしたんだが…」

 

「クラスメイトとか?でも向かいの試着室の片方空いてるじゃない」

 

試着室を出て流星の横で鈴はキョトンと首を傾げる。

流星は呆れたように頭を抑えつつ、答える。

 

「1つに2人で入っていったんだよ。…一夏とシャルロットが」

 

「へぇ〜だから1つしか埋まってな───うえっ!?」

 

実際に見える足の数で2人が入っているのが丸わかりだった。

その発想はなかったと鈴はシャルロットの大胆さに驚く。

自分もすれば良かった──なんて思っても結局恥ずかしくて無理と直ぐに結論に至る。

 

「なにやってんだ…アイツら。一夏の声が聞こえて来るんだけど…」

 

「これ動揺の声よね。待ってあれ絶対中でシャルロット着替えてるわよ」

 

「嘘だろ…」

 

見なかった事にしよう。

そう思い離れようとした所で2人はばったりと2人の女性に出くわした。

またも見慣れた2人──千冬と真耶だ。

世間は狭いなと痛感させられる。

 

「今宮くん、凰さん!2人も来ていたんですね?」

 

「ええ、水着を買いに。山田先生と織斑先生も?」

 

「そんな所だ。こうもばったりと出くわすと世間は狭いと感じざるを得ないな」

 

「千冬さ──織斑先生はどんな水着買ったんですか?」

 

「今はオフだ。千冬さんでいい。2つまで絞ったのだが決め兼ねていてな、そんな時に見知った声が聞こえた気がしたのだが────」

 

と千冬が周囲を見回す。

流星はそれで察しが付いたのかボソリと一言。

 

「ブラコ─────っ痛っぁ!?」

 

「おっと、手が滑ったようだ」

 

頭を抑えしゃがみこむ流星。

彼と苦笑いの真耶や鈴を置いて千冬は周囲を一瞥する。

直ぐに視線は対面の試着室を捉えた。

 

ツカツカと近付き、カーテンを開ける。

 

「…!」

「…!?」

 

驚きのあまり固まる一夏と密着している水着姿のシャルロット──そして。

 

「ふ、2人とも!?そんな所で一体ななな何を───!?」

 

顔を真っ赤にして悲鳴を挙げそうになる真耶。

直後に教師モードに戻った真耶に一夏達は説教を受けるのだった。

 

 

 

 

「なんか、ドッと疲れた気がする」

 

「私も…」

 

その場を離れ、レジに向かった2人は項垂れながら歩いていた。

本音や簪は既に2人を見失い各々でショッピングを楽しんでいるのだが、流星達は知る由もない。

一夏達やそれを追っていたセシリアやラウラ、そして千冬達とのやり取り。

いつも通りではあるのだが、何故だか疲れた気がした。

 

「ちょっとその、待ってて」

 

と鈴はその場を後にした。

恐らくオレンジの水着を戻すのを忘れていた為だろう事はすぐに分かった。

流星は1人その場で鈴を待つ事にする。

 

 

「ちょっとそこの貴方」

 

声を掛けられた気がした。

が、流星は興味無しといった様子で婦人には振り向かない。

痺れを切らした婦人が流星の袖を掴んだ。

 

「貴方よ!貴方!ちょっとこれ直してきてくれない?」

 

「───」

 

一瞬冷たい視線に切り替わった。

怒りはない、煩わしいという視線でもなかった。

ただただ興味のないという視線。

──になるも直ぐにいつも通りに戻る流星。

流星は淡々と返す。

 

「御自分でされては?」

「はぁ?何よ、別にいいじゃないそれくらい」

「知らない人と関わるなって防犯指導とかでもありますので」

「男の癖に逆らうの?仕方ないわね──警備員さ───!」

 

女尊男卑に染まった今、このような輩は別段珍しいという程でもない。

警備員に何か言いつける気だろう。

流星に何かされたとでも言えば、それが通ってしまう。

 

いつの時代も、場所も変わらない。

自分は偉いと勘違いする環境とその行動がまかり通ってしまう世論。

これらの組み合わせは目の前にいるような輩を助長させる。

女尊男卑に限った話ではない。

 

別に戻しに行くのが嫌だとか扱き使われるのが嫌だとかそう言う話ではなかった。

鈴が戻ってきた時に探す手間を取らせるという発想。

──どうでもいい存在の為にそのような事は好ましくない。

 

婦人が警備員を呼ぼうとした所で、流星が端末を取り出した。

パシャリ、と写真だけ撮って婦人に見せつける。

 

「呼ばない方がいいと思いますよ?ほら」

「なっ──」

「流石に現行犯で証拠写真も撮られちゃ不味いよな」

 

写真を見る。

その中の婦人の持っている鞄からは商品の衣類が見え隠れしていた。

ご丁寧にタグがはみ出ており、万引き現行犯である事は火を見るよりも明らかで───。

 

「っ!?」

 

バッと婦人は自身の鞄に視線を落とす。

それはすぐ隣の棚にある商品だった。

婦人と流星の距離は近い。

思い当たるのは警備員を呼ぼうと視線を大きく逸らした瞬間だ。

監視カメラを探すがちょうどここには無い。

わざとらしく流星が自身のハンカチを畳んでいた、指紋も期待出来ない。

そう思った瞬間に2枚目を撮られていた。

それは鞄の中の商品を覗き込んでいる自身の姿。

 

──しまった、と婦人は顔を真っ青にする。

 

同時に鈴が戻ってきた。

 

 

「お待たせーってアレ?どうかしたの?」

「さあ?どうもしてないぞ」

 

流星は婦人の様子を一瞥すると、鈴を連れて歩き出した。

 

「ふと思ったんだけど、『知らない人に関わるな』って的を射てるよなぁ」

 

「唐突に何よ?それを言うなら『付いていくな』じゃないの?」

 

「そうなのか。勘違いしてた」

 

しまったと頭に手をやる流星。

どうでもいい話をしながら、2人はレジへ向かった。

 

 

会計を済まし、店を出る。

やけに微笑ましく見てくる店員のせいで鈴は頬が少し紅潮していた。

 

 

時間を見て昼食を忘れていたと気付く。

すぐに2人は近くの飲食店へ。

店は中華料理店だった。

清掃が行き届いており、高級店でこそないがそれっぽい雰囲気はある。

 

昼時を少し過ぎていた。

特に待つこともなく、店内へ通される。

 

料理も雑談をしていると直ぐに来た。

2人でテーブルを囲んで食事を始める。

ふと、鈴は思い出したようにポツリと呟く。

 

「そのさ、なんか思い出すのよね」

 

「…そう言えば鈴の親父が店やってたんだっけ」

 

「うん。離婚しなければこうやって日本で店を続けてたのかな」

 

思い返すように言う鈴。

その表情は悲しいというより寂しいというもの。

鈴も流星を見てすぐにハッとなる。

恐らく死別しているであろう流星を前に配慮がなかったと思ったのだろう。

 

「あ、ごめんねこんな話。その──」

 

「謝る理由がないだろ。それにさ、鈴は寂しいって思ってるんだろ?」

 

「…うん」

 

「それは真っ当なものなんだから、こうやって誰かに吐露するものだと俺は思う」

 

はにかむ流星。

微かな違和感、しかし鈴が感じたのはそこまで。

 

──それにしても、と流星は話題を切り替える。

 

「中華ってやっぱり良いな」

「分かるけど、学園でも食べられるじゃない」

「ほら、学園のやつも美味しいけど身体に気を遣ってるからさ」

「物足りない?」

「そんな感じ」

 

鈴の言葉に人差し指を上に向け肯定する。

鈴は思い付いたある事を提案したりした。

 

食事は和やかに進む。

全て食べ終わり会計を済ませ、店の外へ。

 

用事も済んでおり、食事も終えた。

 

どうしようかなどと考えた所で近くのゲームセンターへ鈴に連れられ寄る。

何もかも初めてだった流星には新鮮だった。

唯一苦戦があまりなかったのはガンシューティングゲーム。

最初のステージこそボロボロだったが、センサの位置やズレを認識すると瞬く間に無駄が無くなった。

ホラー要素には驚かない。

 

 

一番悪戦苦闘したのはクレーンゲームだった。

惜しい所まではいった。

試行すること10回。

やっと景品を掴み、少し運んだところでポロリと落ちた。

何とも悔しそうに断念する彼が忘れられなかった鈴である。

鈴はお菓子を2個獲得するに至っている。

 

 

そして夕方まであと少しといった時間。

2人は帰ろうと駅まで歩く。

その中でふと視界の端にクレープの屋台が目に入った。

それだけならあまり気にしないのだが、行列が出来ている。

 

「美味しいのかしら?」

「じゃないと並ばないだろう。食べるか?」

「ええ」

 

並ぼうとした所で流星は自分達の荷物の多さに気が付いた。

重くはないが持ったまま並ぶには邪魔だ。

近くの角にあるベンチもあった。

 

「俺が買ってくるよ。荷物を持ったまま並ぶのは疲れるから、荷物番頼めないか?ベンチもそこにあるしさ」

 

と、流星は近くの角に見えるベンチを指さす。

鈴も納得してそうすることにした。

流星と同じものとだけメニューをリクエストし、ベンチに座る。

流星は1人クレープの行列に並び出した。

 

1人ボーッと待つ鈴。

緊張などもあった為か、疲れがここに来て一気に現れる。

大きな欠伸をし、身体を伸ばす。

…ああ、アイツ分かってたのかなぁなんて心の内で呟く。

 

 

「──ねぇ、おねえさん」

 

正面にいつの間にか少女がいた。

黒く長い髪に華奢な身体。

白い帽子───女優帽と呼ばれるような、つばの大きな帽子を被っており顔はハッキリ見えない。

微かに見える緋色の瞳。

人形のような可愛さだと鈴は感じた。

 

「えっと、(あたし)?」

 

「ええ。えいがかん?までのみちをたずねたいのだけど、いいかしら?」

 

「映画館ね?それならこの通路を真っ直ぐ行って────」

 

先程地図を見た為、鈴も覚えていた。

口頭で最短ルートを伝える。

少女も困っていたのか、鈴から道を教えて貰うと笑顔になる。

無邪気な笑顔が眩しかった。

 

「ありがとう!あなたいいひとね。おなまえをきかせて?」

 

「凰鈴音、鈴でいいわよ」

 

「りん。おぼえたわ!ありがとう!」

 

「どういたしまして」

 

「──ところでさっきいっしょにいたのはカレシさん?」

 

「ぶはっ────!?」

 

唐突な質問に鈴は噴き出す。

その反応を見て少女は一瞬キョトンとするも、直ぐに愉しそうに話し出す。

 

「ふふ、りんってばかわいい」

 

「何よもう…」

 

普段なら色々言うところだが、相手は小さな少女。

言い返す事も出来ず、不貞腐れるしか出来なかった。

 

「──ねぇ、りん」

 

一瞬だが、少女の雰囲気が変わった。

年齢にそぐわない妖しげなもの。

あまりにも一瞬の為、それは違和感として鈴に伝わった。

少しの緊張感が場を支配する。

 

「すきなあいてがゆがんでいても、あなたは愛せる?」

 

「え?」

 

「ひとでなしだったとしても、あなたは好きでいられる?」

 

唐突な質問に鈴は固まった。

ただ、冷や汗が流れるのを自覚する。

──まるで特定の誰かを指しているような問いかけ。

ふざけているとも思えなかった。

脳裏に浮かぶ疑問や疑念。

 

少女の瞳は鈴を捉えて離さない。

真面目に答えるべきだと直感する。

 

「───そんなの、分からないわよ」

 

鈴の答えは無責任なものではなかった。

いずれ向き合うつもりだからこその答え。

少女はゆっくりとその言葉を咀嚼する。

少女の纏っていた雰囲気が再び無邪気な明るいものへと変質した。

 

「ふふ、いじわるなこときいてごめんね?りん」

 

満足したのか、少女はスキップしながら映画館の方へ。

鼻歌を歌いながらやけに楽しそうだった。

 

「───また会いましょう、りん」

 

と、だけ告げて少女は立ち去る。

不思議な少女を鈴は見送りながら、ホッと安堵の息を漏らす。

とりあえず少女が普通ではないだろうことは分かる。

 

 

「鈴?大丈夫か?顔色が悪いぞ」

 

「あ、え、ええ。大丈夫よ。なんでもない」

 

戻ってきた流星に声をかけられ、鈴は思わずそう返した。

相談すべきかと思ったが、事実としては不思議な少女がいたというだけ。

全て気の所為である可能性も否定できなかった。

 

「…それなら良いけどさ。ほら、クレープ」

「ありがとう」

 

流星は鈴にクレープを渡しつつ、彼女の隣に腰をかける。

2人してそれぞれのクレープに齧り付いた。

行列が並んでいただけの事はある。

美味しかった。

鈴はちらりと隣を見る。

クレープを楽しむ流星の姿。

そこにあるのはいつも通りのごく普通の少年の様だ。

 

あっという間に食べ終えた。

2人は立ち上がり、それぞれの荷物を持つ。

時間的にもそろそろ帰るべきだろう。

 

「それじゃあ帰るか」

 

「ええ」

 

2人きりの時間はもう終わる。

学園に帰ればいつも通りの日常にまた戻るだけ。

彼女にとってある種の非日常。

もう少し、と鈴は惜しみながらもそれを胸の奥にしまった。

 

「流星」

 

「ん?」

 

「その、ほら!く、来る時にしたんだから最後まで責任もってやりなさいよ」

 

手を差し出す鈴の意図を流星は察する。

少し困った表情ながらも彼女の手を握った。

 

「そうだな。責任もってエスコートさせて貰うよ」

 

「〜〜っ」

 

手を繋ぎ駅に向かう。

相変わらずバクバクとうるさい心臓。

それが手を通して伝わってしまわないか不安になる。

 

「お嬢様。行先はIS学園で?」

「…台無し」

「何だよ」

「こっちの話よ」

 

不貞腐れる鈴。

こんな時間も悪くない。

少年がそう思っていた事を少女は知る由もない。

 

IS学園の手前で本音や簪に出くわし、咄嗟に振りほどくまでそれは続く。

 

訝しむような2人の視線に顔を赤くしながらも必死に反論する鈴の姿がそこにはあった。

 

 

 




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