IS 灰色の向こうに   作:ズーキー

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「篠ノ之、束───」

 

俺は目の前の女性が告げた名前をただ反芻した。

静かな空間。

言葉は静かに波の音に溶けていく。

 

知らない筈が無かった。

ISの開発者にして世紀の大天才。

世界中が手掛かりひとつ見付けられず、血眼になって探している存在。

あまりにもあっさりと目の前に現れた。

何故気付かなかったのか、疑問が頭を過ぎる。

写真なら見た事がある筈だ。

今まであらゆる資料を見ている。

だというのに今の今まで分からなかった。

違和感は依然として残っている。

だけど、俺にはそちらを考えている余裕なんてなかった。

 

「人気の無い場所に1人でくるなんて随分と迂闊だね」

 

スっと見透かすような視線。

博士の瞳は冷たく、鋭いもの。

貼り付けたような笑顔がある分、騙される人間も居るのだろう。

 

「…」

 

迂闊には近付かない。

この距離の時点で意味はないのだろう。

一目で理解した。

目の前の女性は、恐らく肉体面も規格外だ。

立っている姿勢から、重心の位置から体幹から思い知らされる。

 

俺と彼女との圧倒的な差。

…出し抜く事も適わないだろう。

戦力分析を終え、溜息をつく。

 

「迂闊も何も。考え出したら身動き取れないですよ俺」

「ぎこちなくて虫酸が走るから、敬語はなしでいいよ」

「…、──それに、篠ノ之束博士は──」

「博士なんて呼ばないでくれる?」

「…束さんは」

「呼んでいいって許可して無いけど?」

「……」

 

やりづらい。

どうにも突き放すように話す博士。

感情を剥き出しているように見えるが、その瞳は俺を観察していた。

いや、観察しているのはお互い様か。

 

「───アンタは、この瞬間は俺をどうにかする気は無いだろ」

 

思いっきり睨まれた。

アンタなんて呼べばそりゃあそうだろう。

しかし開き直る。

取り繕われるのも嫌いだろう。

発言に根拠はあった。

博士の瞳の奥に少なくとも攻撃の色は感じられない。

となれば、この態度は素か。

 

「君の都合のいい推測だったら?天才の束さんの思考を読もうなんておこがましいよ?」

「ああ、確かに。天才とか以前に、あんたの思考はあんたのものだからな。俺が出来るのは精々都合のいい推測くらいだよ」

「───……」

 

…その言葉に博士はジッと改めてこちらを見た。

表情に変化はない。

依然として視線も冷たいもの。

だけど、珍しいものを見ているようだと思ってしまった。

理由はわからない。

 

「まあいいや。そういう事にしてあげよう」

 

博士はそう言うと近くの岩に腰を下ろす。

先よりは少し明るく───まるで気でも変わったかのように話し出した。

 

「一つだけ、何か質問しても良いよ」

 

…突然の許可に反応は出来なかった。

その言葉の価値が計り知れないことは考えるまでもない。

ざっと思い浮かぶだけで幾つかある。

慎重に選ぶべきだろう。

こんな機会もう二度とない。

なのに俺はすぐに口を開いていた。

 

────どうしてISを作ったのか。

 

我ながら今更過ぎると感じた。

恐らく一番始めに質問されたであろうもの。

もはや世界中に出回っており、質問するべきものでは無い。

ISの説明が書いてあるものなら絶対書いてる事だ。

 

──そんな事で良いの?

 

頷く。

その名前に込められた意味を、願いを改めて知りたかった。

 

「────」

 

…結果は同じ。

どこかの質問と同じように名前の意味と用途を告げられ質問は終わる。

 

意味はあったのか。

万人がそう聞くだろう。

けど後悔はなかった。

 

「束さんからもひとつ質問いいかな?」

 

予想外の言葉に困惑する。

博士が知りたいような事なんて俺は知らない筈だ。

 

再度冷たい視線。

殺意すら感じさせられる薄ら寒いもの。

博士は淡々と告げた。

 

「もしそこの岩陰に、有象無象の死体が転がってるとしたら君はどう思うのかな」

 

 

 

 

 

「おお!流石IS学園!豪華だ」

 

並べられた料理を見て一夏は目を輝かせた。

並ぶ色とりどりの食材。

それらは主に新鮮な海の幸で構成されており、量もそれなりである。

時間は夕暮れ。

海で遊んだ生徒達の食欲は、空腹という追加のスパイスにより掻き立てられている。

見た目だけでもそれなりに値段のするものと理解出来た。

 

戴きますと合掌し食事を始める。

 

「美味い!刺身食べてみろよ、流星!」

「ホントだ。…幾らするんだろうな、コレ」

「そういう話は無粋ですわよ。この釜飯というのは初めてですわね」

「でも確かに器からして豪華だよね。IS学園って凄いなぁ」

「美味しいねー」

 

席は座敷と椅子で分けられていた。

一夏達が座っているのは座敷。

彼の両隣はセシリアとシャルロット、対面は流星が座っている状態だ。

流星の隣には本音が座っている。

クラス事にある程度は纏まって座らされている為、鈴や簪は周囲には見られない。

皆旅館の浴衣を着ている。

 

「うん、美味い。流石本わさだ」

「本わさ?」

 

シャルロットが首を傾げる。

視線が向けられた先は器の端に乗せられた緑色の物体。

美味しいという一夏の言葉を聞き、自然に塊を口へ運ぶ。

一夏はシャルロットが咀嚼する瞬間に気付く。

 

「っ〜!?」

「ちょっ!?シャル大丈夫かよ!?」

「だ、大丈夫。っ〜〜ふふぁみがふぁって(風味があって)いいね」

「解答が優等生過ぎる!ほら、水飲めよシャル」

 

涙目で口を抑えながらもそう答えるシャルロット。

普段の山葵よりはマシだろうと流星は彼女を見ながら箸を進める。

一夏も食事を再開する。

 

「あれ?流星、鮪は食べないのか?美味しいぞ?」

「ああ、良くない事なのはわかってるけど苦手なんだ」

「鮪だけ苦手って珍しいな。というか流星苦手な食べ物とかあったんだ」

「赤色の生肉っぽいのが苦手というか何と言うか…軟骨とかも得意じゃないな」

「へぇ、意外だ」

 

言葉を濁す流星に一夏は薄い反応を返す。

ただ、ちゃっかり覚えておこうと頭の片隅に置いてはいた。

友人の好き嫌いなどもちゃんと記憶しようとするのは彼の人の良さ故であろう。

薄い反応なのも気遣いあってのもの。

 

「無理するなよ。食事は美味しく食べるのが1番だしさ」

「そう言ってくれると助かるよ。一夏、食べるか?どうせお前腹ペコだろ?」

「おっ、なら遠慮なく」

「あー、私が貰おうと思ってたのにー」

 

流星は一夏に自身の皿を渡し、空の皿と入れ替えた。

マナーとしては宜しくないだろうが仕方がない。

残念そうに隣でつぶやく本音に流星は呆れた様子で溜息をつく。

 

「さっきお菓子食べてたのによく入るな」

「おやつは別腹ってやつだからね」

「摂取してる事に違いないと思うんだけど」

「うわーんおりむー!やっぱりいまみーにはデリカシーがないよ〜」

 

わざとらしい泣き真似で一夏に話題を振る本音。

うーん誰に学んだんだろうか、なんて流星は流しつつ釜飯の蓋を開ける。

実は懐柔されて一緒にお菓子を食べていたシャルロットは、気まずそうにチラチラ目を逸らしていた。

 

「のほほんさん食べ過ぎは太るぜ?」

「もっと無かった!?」

「一夏らしいね…」

 

と、そこで一同はセシリアが異様に静かな事に気が付く。

別に普通に食事をしているだけかも知れないが、こうも会話に入ってこないのは不思議だった。

視線をこっそりセシリアに。

彼女は食べながらも何か辛そうだ。

一夏はすぐに理由に気がつく。

 

「セシリア、正座が辛いならテーブル席もあるんだぞ?」

「い、いえそういう訳では!?」

 

この席を獲得する労力を無駄にする訳には───!

セシリアは心のうちで叫びながら堪える。

一夏は何か名案が浮かんだという表情になった。

 

「食べさせてやろうか?それなら姿勢も楽に出来るし、箸もあんまり慣れないだろうから良いだろ」

「そ、それは───!」

「あ、でもこれじゃあセシリアが恥ずかしいよな。すまん忘れ」

「いいえ、是非それでお願いしますわ!」

「お、おう。なら良かった」

 

食い気味で提案にのるセシリアに一夏は驚きながら、セシリアの箸を手に取る。

足を少し崩し一夏の方へ向くセシリア。

刺身に少し山葵を付け、醤油を少し付けてセシリアの口へ。

刺身と幸福感を噛み締めるセシリアは緩み切った表情をしていた。

 

「良いなぁ、セシリア」

「シャルロットもして貰えば良いじゃないか」

「便乗するのは一夏の善意を利用してるみたいでちょっとね」

「あんまり考えなくていいと思うんだが」

 

集まる視線。

あんな恥ずかしい事を以前したのかと流星は思い返す。

次は私も!なんてわざとらしく姿勢を崩そうとする周囲の女子達。

困惑する一夏に流星は再度溜息を漏らす。

わざとらしく隣でソワソワしていた本音だが、流星は気付かない。

 

ある程度騒ぎになってきた。

皆臨海学校という事もありテンションはいつもの3割増しである。

 

そして、騒ぎ過ぎた為か千冬が降臨し収束する。

原因故に一夏がお叱りを受けた。

 

 

食事を終え、一段落。

各々は部屋に戻り寛ぐ時間。

皆それぞれ温泉へ意気揚々と向かう。

一夏は楽しみだったのか見るからに嬉しそうだった。

流星は大浴場が解放された時の彼の表情を思い出す。

風呂というものがそもそも好きなのだろう。

別に流星も嫌いではない。

 

貸切状態の花月荘。

広々とした露天風呂を前に彼らは身体を洗う。

それぞれのタイミングで洗い終え、湯に浸かる。

贅沢、そんな言葉が2人の脳裏に浮かんだ。

 

「はー生き返る。極楽極楽」

 

「ああ」

 

浸かりながら岩にもたれ空を見上げる。

完全に日は沈み見えるのは夜空だった。

月と立ち上る湯気が四角に区切られた空を装飾する。

 

 

言葉はなく互いに無言で満喫していた。

特に互いに考え事をしている様子もない。

そんな中、ふと思い出したかのように一夏が呟いた。

 

 

「そういや、さ。前々から気になってたんだけど」

 

「なんだよ?」

 

「────流星のその身体の傷って、どうしたんだ?」

 

「!」

 

「ごめん無神経だった。言いたくないなら言わなくて良いんだ。そのさ、ISスーツに着替える時とかはハッキリ見えてなかったんだけど、思ったより色んな傷が見えたからさ」

 

互いに空を見上げながらの言葉。

声のトーンは普段より少し真面目なもの。

一夏が改めてそんなことを聞いた理由を流星は察する。

 

「銃痕が見えたんだろ?」

 

「──、ああ」

 

「切り傷も多々有るし疑問に思うよな。悪いな、傷痕なんて気分の悪いものだろ?」

 

「いや、そんなことはないぞ」

 

一夏はキッパリと否定する。

対して流星はいつも通りの落ち着いた様子。

言葉を選ぶように軽く考え、すぐに結論から口にした。

 

「兵士してたんだよ、俺。軍人のラウラみたいな上等なものでも無い、半端なもんさ」

 

「…兵士……」

 

傷痕が有無を言わさなかった。

一夏は言葉を理解するよりも先にそれを現実として受け止める。

どうしてそうなったか。

疑問をすぐに察した流星は続ける。

 

「俺に国籍がないのも、中東の紛争地域に居たからだ。住んでた国の隣に流れ着いてそのまま───雇われをやってた。えっと場所は確か───」

 

「っ───」

 

言葉が出なかった。

ある程度予想は立てて聞いたつもりだったが、普段の流星の様子からは一切想像が付かない事だったからだ。

すごい奴だとは思っている。

ただ、あくまで一般的な少年と認識していた相手はそうではなかった。

 

彼が居た場所もテレビや新聞、ネットなどの媒体でしか知らないがとても真っ当な場所ではない事ぐらいは知っていた。

ISが生まれてからの数年間はそういった地域は特に新たな武器の試す場所として大国に振り回されていた事も、一夏が知ってる程有名な噂だ。

それも氷山の一角だろう。

 

 

そんな場所に居た。

そんな場所で、兵士をしていた。

一夏の中に募るは友人への心配。

……恐らく、たくさんの人を殺してきたのだろう。

…見たくないものも多く見てきたのだろう。

 

だと言うのに、流星は今普通の少年として自身と話している。

今までの行動もやり取りも至っておかしな部分は無い。

ない、筈だ。

 

一夏は彼に強烈な違和感を覚えて仕方がなかった。

 

「そんな暗い顔するなよ。って暗い話をしてるのは俺の方だったか。折角の臨海学校なんだ、勿体ないぞ」

 

「……ああ、そうだな」

 

一夏は違和感を胸の奥にしまう。

彼の提案で2人は別の風呂へ移動した。

 

良くも悪くも互いに温泉を満喫し、無言で湯に浸かる。

 

気まずいという程でもない。

ただ交わす言葉が見付けられず、一夏は状況に甘んじていた。

不意に何か思いついたように流星が一夏の方を見る。

 

ニタリと不敵な笑み。

簪や本音が居たならば誰かを想起していただろう。

 

「ところで、一夏の好みの女性って年上って事でいいのか?ちなみに、山田先生と織斑先生ならどっちになる」

 

「ッ!?なっ───それは!?」

 

慌てて湯船内でひっくり返る一夏の姿がそこにはあった。

 

 

 

 

「ん?簪か」

 

ばったりと廊下の角で出くわす。

何かを探すようにウロウロしていた簪は流星の声に驚いたように肩を上下させた。

 

「あ、あれ?流星!?部屋にいるんじゃ──」

「ああ、マッサージチェアってやつ?気になってな。っていうか、簪こそどうして俺が部屋にいるはずって知ってたんだ?」

「そ、それはその部屋に戻っていったって聞いたから…」

 

慌てながら弁明する簪に流星はふーんと軽い返事をする。

簪も彼の部屋に行く機会を伺っていたとは言えない。

 

「用は特に無いのか?俺は部屋に戻るつもりなんだけど、良かったら来るか?」

「え、ええっ」

「ま、織斑先生や一夏が居るからそれでよければになるけどな」

「うっ…でも、い、行く!」

 

多少の抵抗はあったがそれでも簪は即決した。

特に進展があるようなイベントは起きないだろう。

ただそれでも好きな人と臨海学校を過ごしたい。

簪は流星と共に彼の部屋に向かう。

 

「ん?何してんだアイツら」

「聞き耳を立ててる?」

 

「しー、静かに」

 

部屋の前で聞き耳を立てていた女子達に2人は小首を傾げる。

部屋の前に居たのは箒、セシリア、シャルロット、ラウラ、鈴、本音。

唇の前で人差し指を立てつつも聞き耳を立てるシャルロットに流星は訪ねようとした。

しかし、すぐに本音に引き寄せられとりあえず静かにするように促される。

流されるまま流星と簪は皆と共に耳を傾ける。

 

聞こえてくるのは千冬と一夏の声。

思わず普段聞けない声を漏らす千冬と優しく声をかける一夏。

簪の顔はみるみる赤く染まる。

 

「えっ!?これって──」

 

極小の声で驚きつつ周りに視線を向ける。

皆が頬を微かに赤らめつつ、疑惑の視線を部屋に向けていた。

状況を飲み込んだ流星はどうしたものかと溜息をつく。

鈴は腕を組みながら思い返すように話す。

 

「そう言えばやけ千冬さんにベッタリだったけど、まさかこういう事だったとは思わなかったわ」

 

「そ、そそそんなことありませんわ。(わたくし)は部屋に呼ばれた筈。成程、一夏さんは(わたくし)を試していますのね!?」

 

「ま、まさか一夏の奴に限ってそんなことはな──!って待てセシリア。部屋に呼ばれていただと?」

 

「ふふふ、一夏は何をしているのかな?僕よく分かんないなぁ」

 

「シャルロット、まだ入っては駄目なのか?」

 

比較的冷静な鈴や本音とその他暴走する女子達。

簪は顔を赤らめ俯いたままだった。

本音はオチに気付いた上で一緒に面白がっているのだろう。

 

「なあ流星、皆は何故部屋に入ってはダメと言う?2人が何をしているというんだ?」

 

「あー、入っても問題ないぞ多分。マッサージしてるだけだし」

 

「まっ、マッサージだなんて流星さん!?ざっくり言いすぎでは!?」

 

「そ、そうだよ!?ラウラは何も知らないからってその表現は!?」

 

真っ赤な顔で止める金髪コンビ。

冷静な思考など出来ていない(セシリア)(シャルロット)、あと箒。

流星の言葉を聞き納得した鈴と元から冷静な本音は苦笑いをうかべている。

暴走する彼女らを擁護するとすれば、臨海学校ならではのロマンスを期待したが為である。

 

「水風呂にぶち込んだ方がいいな、コレ」

 

彼のつぶやきとともに襖が開く。

中から出てきた千冬は部屋の前に居る面子を一望すると困惑の色を浮かべた。

 

「…何の騒ぎだこれは」

 

 

 

 

 

「全く。とんだ勘違いもあったものだ」

 

「「「「ご、ごめんなさい」」」」

 

色々と察して呆れる千冬を前に、大きく勘違いしていた4人が項垂れる。

途中で気付いた鈴は気まずそうに視線を逸らしていた。

ラウラは未だ分からないと言った様子。

簪はまだ妄想の世界に片足を突っ込んでいるのかほのかに頬が赤い。

 

全員千冬の前で正座して向き合う形でいた。

一人暇そうにしている流星に一夏は尋ねる。

 

「?勘違いって皆何を勘違いしていたんだ?」

 

「さあな。鈴にでも聞いてみろよ」

 

「なっ!?ちょっとあんたなんて事言わせようと!?」

 

「駄目か?なら簪、説明してくれ」

 

「あうっ…!?」

 

説明が面倒になったのか放り投げる流星。

それに回答出来ず赤くなる2人を見て、一夏は益々分からないと首を傾げる。

何とも年頃には厳しい話であった。

疎すぎる一夏やそれを知って鈴や簪で遊んでいる流星も問題である。

千冬は1人愉しんでいる流星に視線をやり、釘を刺す。

 

「今宮、余計な騒ぎを起こす気なら───」

 

「部屋から追い出されるんですか?その方が羽伸ばせる気がするんですけど」

 

「簀巻きにして押し入れに叩き込む」

 

「……」

 

流星は思わず顔を引き攣らせた。

隣に居た一夏もそれを想像し同じ表情。

千冬は少し考え、財布を一夏に投げ渡し廊下を指さした。

 

「織斑、皆の分の菓子を買ってきてくれ。私では何がいいか判断出来んからな。今宮は手伝いだ」

 

「分かった。流星行こうぜ」

 

「はいよ。一夏、俺達の分のアイスも買おう。なるだけ高いやつ」

 

「せめて千冬姉のいない所で言ってくれ!?」

 

男子二人が部屋を出ていく。

舐めているというよりは、今はオフの千冬に接している様子だった。

 

2人が部屋をあとにしてすぐ千冬は冷蔵庫から飲み物を取り出す。

事前に用意してたのかきっちり人数分。

全員に行き渡らせると飲むように指示した。

ゴクリと一口。

 

「よし、飲んだな?」

 

見届けた千冬はニヤリと笑い、缶ビールを取り出した。

迷いなく開け、勢いよく飲む。

声を出して余韻を楽しみ、全員と向き直った。

明確なオンとオフの切り替え。

残っていた女子達全員が唖然とする。

 

「それで、お前達はアイツらの何処に惚れたんだ?」

 

『!?』

 

まさかの話題に驚く。

千冬からその手の話題が出るとは誰も思わなかったようだ。

 

「ああ、楽にしていいし敬語もいらない。今は教師と生徒では無いからな。───それでどうだ?」

 

端から理由を尋ねる千冬。

各々が恥ずかしがりながらも思い返し、理由を告げる。

千冬はビールを飲みながら耳を傾ける。

千冬と向かいあい緊張する面々、何時になくラフな千冬と珍しい光景だった。

 

「贔屓目に見ても、一夏の奴は家事も得意で気が利く。今宮の奴も勤勉で色々と器用だ。アイツらと付き合える奴は得だろうな」

 

「きょ、教官!いえ、織斑先生!嫁を頂けないでしょうか?」

「あっ!ラウラ!?ちょっと抜けがけはダメだよ!?」

 

「やるか馬鹿。女なら好きな男位奪うつもりで来るんだな」

 

楽しそうに言う千冬。

そんなぁと千冬という強大な壁を意識する箒達。

彼女としてはラウラがこのような話に参加している事自体が微笑ましかった。

感傷を胸に仕舞いつつ、グイッと1本早速飲み干す。

冷蔵庫から2本目を取り出し、開けた。

完全に肴にしていると本音は内心つぶやく。

良くも悪くも一同の千冬に対する意識は変わった。

依然として厳しく怖い教師というイメージは残っている。

 

恋バナに花を咲かせて少し。

千冬が引き出した事もあり、ちょっとしたエピソードが暴露され騒々しくなる。

盛り上がってきたあたりで男子二人が帰還した。

話している最中だったシャルロットがひっくり返る。

 

「お、おかえり!?2人共!?特に何も無かった!?」

 

「どうしたんだ?シャル?何も無かったけどさ」

 

「な、なら良かった!?アハハハハ!?」

 

「?」

 

一夏は買ってきたものを袋から出し、千冬に財布を返す。

流星は片手にアイスを持ったまま、部屋の奥の椅子に腰を掛けようと歩いていく。

千冬は流星が片手に持ったままのビニール袋を見て尋ねた。

 

「おい今宮。そのアイスは何本目だ」

 

「3本目ですね。でも、その代わりちゃんとツマミ選んで来ましたよ」

 

「ほう、悪くない。良いセンスだ。アイスの件は不問にしよう」

 

「有り難き幸せ」

 

ラフなやり取りに一夏は目をぱちくりさせる。

目からウロコ。

ポロリと落としていそうなそんな呆けた顔の一夏の横で、鈴もウンウンと頷く。

 

「何か仲良いのよね。アイツ千冬さんにやけに遠慮がないし」

 

「そうなんだよな。てっきり流星は千冬姉が苦手だと思ってたからさ。意外だ」

 

思い過ごしで良かったと呟く一夏。

 

強烈な既視感もまた、そこにはあった。

千冬が誰かを相手にしていた時を思い出させるそんな感覚。

 

近くに居た箒は無言で流星を見ていた。

 

一夏の横から本音が顔を覗かせる。

まだ少し困惑の色を残した彼を見て、本音は顎に手を当てニヤリと笑って見せた。

 

「おりむー、じぇらしぃー感じてる?」

 

「どうしてそうなるんだ!?」

 

一夏は思わず声をあげる。

それを引き金にセシリア達が一夏に詰め寄る。

 

騒ぎ過ぎて千冬に怒られるまで後───。

 

 

 

 

 

 

 




不穏な空気。
黒い?束さん。
設定上も色々考えているのですが、暫くは読めない人でしょう。
暫く…?かなり先まで…かも…。



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