IS 灰色の向こうに   作:ズーキー

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福音にやられた傷から、血が滴り落ちる。

 

 

「…ぁ………っ」

 

 

もう身体は動かなかった。

腹部の傷は、どう怪我しているか感覚もない。

足も腕も火傷が酷かった。

特に酷いのは、恐らく出血。

ISがそれを防ごうとしている状態。

 

効果は以前よりは多少強い、理由は分からない。

けどそれもジリ貧で、持たないのは明白だった。

ただ、このまま意識を失えばそれこそ失血死まっしぐらで…。

 

 

 

 

そんな中、迷い込んだ場所。

いつも見る、灰色の夢。

場所はどこかの廃墟。

正確には民家だったものだが、正確な原型など記憶にない。

夢の中だと言うのに痛みは微かに残っていた。

 

自身の身体を確認する。

傷も何も無く、ISも纏っていなかった。

走馬灯だと自嘲気味に笑う。

 

 

「!」

 

 

ふと気付く。

 

 

目前の柱。

そこにナニカある。

───否、人のようなものがそこにはあった。

 

「…」

 

柱にもたれ掛かるように、ナニカが息絶えていた。

 

 

足下にまで広がってくる赤い血溜まり。

死因は考えるまでもない。

腹部の半分が爆ぜていた。

 

 

───ソレは、IS学園の制服を着ていた。

見慣れた華奢な身体。

髪型はツインテール、結っているのは黄色のリボン。

 

知っている。

オレはこの人物をよく知っている。

 

「…」

 

近付いて顔を見る。

目の焦点はあっていない。

口からは血が垂れていた。

顔に生気は見られない。

髪も少し乱れていた。

両腕は力なく床に置かれている。

片腕だけ、ISの部分展開──それは、甲龍のもの。

 

「…」

 

夢だと思えない程精巧だった。

流れている血も、髪の毛も、手も、瞳も、全部本物と思えるほどのもの。

 

だと言うのに、何も無い。

込み上げる悲しみも絶望感もない。

ショックを受けるということも無かった。

───むしろ、キツイのは。

 

 

「久しいですね、今宮流星」

 

「───『時雨』…」

 

突然、背後から声を掛けられた。

驚いて振り返る。

そこにいたのは黒い服の少女───『時雨』。

彼女は寂しそうに、オレの顔を覗き込んでいた。

少しだが以前よりも、彼女の髪が伸びている。

 

 

「やはり、何も感じられないのですね」

 

「……ああ」

 

静かに肯定する。

目の前の死体に再度視線を移す。

その事実を改めて突きつけられる。

親愛も友情も絆も全部無意味と思わされてしまう。

手の届かないものだと、オレには一生真に理解できないものだと改めて思い知らされる。

 

鈴を庇ったのも結局、何も感じない自分を思い知らされたくないからだ。

 

───。

 

 

「出口は……何処だ。いや、どうすれば目覚められる?」

「このまま、あの暗がりに進んでいけば出られます。ですが……」

「……出られるなら、行かないと」

 

弱弱しくも、はっきりと呟く。

今更だと吐き捨て、その死体に背を向けた。

 

「起きて、どうするのです?福音は貴方では倒せない。起きた所で───」

「無策じゃない。ここに来た時に、アンタの顔を見た時にひとつ思い付いた」

「私が分からないとでも?とても策とは言えません。許可しかねます」

「……けど、このまま倒れているよりはマシだ」

 

抑揚のない声色の『時雨』。

相変わらず機械的に感じる。

ただ、感情というものを学習し取り込んでいるように見えた。

 

彼女の方がよっぽど人間らしく思えて仕方ない。

 

1歩、進んだ所でノイズが走る。

 

 

 

「っ!」

 

記憶の奥底に封じ込めていたものが顔を覗かせる。

生き残った事に、特に意味は無い。

 

分かっている。

強かったから生き残った訳じゃない。

たまたま運が良かったから。

多くの屍を見て。

それを踏み越えて。

 

そのせいで代わりに何人死んだのか。

その価値が、オレにあるのか。

 

 

 

───混濁した意識。

この空間の存在を、オレはようやく理解した。

 

自身の無意識が殺しに来ている。

積み重ねた嫌悪、それがこの空間だ。

 

足を進める事に、身体が重くなる。

 

様々な記憶や感触が、脳裏を過ぎる。

中には、記憶以外のものも存在した。

 

 

 

「───」

 

 

 

息が詰まる。

 

 

 

娘と再開する父親。

勝利を祝い会う戦友。

夢を語る少年。

貧しいながらもささやかに過ごす老夫婦。

胡散臭い授業を続けるエセ教師。

 

有り得ない未来を幻視する。

輝かしいそれは紛れもなく、はかり知れない価値のものだろう。

訪れない。

それは絶対に訪れる事は無い。

 

 

「……」

 

足を進める。

水場を歩いているように上手く足が動かせない。

 

 

──生き残ったのがオレで無ければ。

何度そんな状況があったか。

何度思ったか。

失った数も、奪った数も、オレでは釣り合わない。

見合う価値があるとは思えなかった。

 

だからこそ生き延びて証明しなければ、と考えた。

だけどそれはイタズラにそれらの数を増やすだけ。

 

その行為が簡単だったことも起因する。

引き金を引く。

先に当ててしまえば相手は動かなくなる。

喉を裂けば、頭を撃てば、爆発物を当てれば、銃床で殴り付ければ、完全にモノに成り果てる。

腹部を狙撃するだけでも簡単に奪いされた。

赤いものが撒き散らされる。

爆発で四肢が飛び散り、もう何であったか分からない。

 

だというのに、生き残るオレは何も感じない。

その事実と奪う行為だけが積み重なっていく。

間違いだ。

そんなものが生き残るのは間違っている。

 

──楽になってしまえばいい。

それも、ダメだと否定する。

 

逃げるだけの死は許されない。

ただ、何か意味がなくては、と。

そうでなくては許されない。

 

だから過程に何かを見出そうとする。

まともな感性を模倣し擬態する。

 

でも無意味だ。

どんなに取り繕おうと変わる事はない。

────なぜなら今宮流星は両親を失った時点でそう成ったのだから。

 

それは途中からではなく一番最初から。

生命について何も感じない。

人を亡くしても痛みはない。

奪っても感じない。

亡くなった者を想えない。

誰かの為に泣く事も出来ない。

そこに知人も友人も敵も味方も関係ない。

 

 

「……」

 

──そんな人間が、失ったものの意味を求めるなどあまりにも滑稽だった。

その為に生き延びるなど、中身の無い空っぽの贖罪でしか無かった。

 

勿論、そんなものも一部に過ぎない。

焦がれていた筈の平穏な日常も、残酷にそれを思い知らせるだけだった。

全てが眩しくて、でも真に理解は出来ない。

 

身に余るものだった。

オレで無ければ──オレで無ければ───きっとこの平穏も───。

 

 

 

「──────」

 

 

折れそうになりながらも、足を進める。

ほんの少しずつしか進めない。

身体にかかる力が更に強くなり、まともに立つことすらままならなくなった。

あと数歩だというのに、倒れ伏す。

 

 

「っ……ぁ……」

 

 

いつの間にか、現実と同じ怪我を負っていた。

腹部の怪我のせいで呼吸が上手くできない。

手も足も、満足に動かせなかった。

 

───それでも、這いずるように前に進む。

激痛と共に傷が更に開いた。

鋭利なもので裂かれたように更に切り裂かれる。

 

ボトり、と臓腑が零れ落ちた。

左手首に風穴が空く───当然、もう動かせない。

 

 

まるで他人事のように関心は無かった。

 

 

 

「正気、ですか?」

 

 

その光景を見た『時雨』が初めて困惑を顕わにした。

答える余裕はない。

正気かどうか、それはオレ自身が聞きたいくらいだった。

 

「一番最初の理由すら思い出せないのに……。もう眠ってしまった方が、楽かも知れないのですよ?」

 

知っている。

そんな当たり前の事、頭では痛い程分かっている。

 

「分かっていて、何故……?」

 

彼女の疑問は最もだった。

過去を振り払う強さも、自身を受け入れる度量もない。

真っ当に向き合うことすら出来ていない。

 

命に執着が無くなった直後だというのに、あの男を殺してでも生きようとした。

『時雨』の言う最初の理由、動機(・・・・・・・・)

それすらも今は思い出せなかった。

 

 

オレは自分を受け入れられない半端者だ。

赦す気もない。

答えはでない。

価値なんてまるでない。

 

それでも、前に進むと決めたのだ。

その死に何も感じられないのなら。

その未来を奪って哀しむこともままならないのなら。

苦しくても、生きて、生きて、生きて─────。

 

 

 

 

 

────なにが、したかった、んだったっけ?

 

 

 

 

「───」

 

次第に音も遠くなる。

ただ苦しかった。

痛みも麻痺しているのに、何故か苦しい。

呼吸も浅い。

猛烈な眠気も感じた。

このまま眠ってしまえば、生体補助を切ってしまえば、きっと楽になれるだろう。

苦しむ事も、もう無くなる。

 

 

前に伸ばしていた右手の感覚も無くなる。

痛覚すらまともに機能せず、何も無い空間に取り残されているとさえ錯覚した。

もはや、どちらが前かすら────。

 

「っ……くっ……」

 

最後に残っていた意識まで遠のいている。

抗う術は無かった。

 

───徒労に終わる。

やはりお前に価値は無いのだと。

ここまでは全て無駄であったと。

 

他でもない、オレ自身が告げていた。

 

 

 

 

「……」

 

静かだった。

そこは妙に、息苦しくて。

でも、心地が良くて……。

 

 

不意に、瞼の裏に映る。

 

それは泣いている少女の姿だった。

 

 

─────、唐突に沈みかかっていた意識が浮上する。

 

 

 

「─────っ」

 

 

────少女が、泣いていた。

 

 

朧気な意識、誰だか分からない。

しかも、直感的で説明できないもの。

些末な問題だった。

 

 

断片とはいえ、今宮流星の過去を知って、歪さを知って、なお涙を流した。

 

涙の真意や想いは分からずとも、たったひとつだけ思い知らされる。

こんなオレの為に泣いてくれる誰かがいるのだと。

この平穏には、きっとそれたらしめる価値があったのだ。

 

 

─────同時に、この平穏を惜しむ自分に気が付いた。

 

 

 

「─────!」

 

燃料はたったそれだけ。

冷たい心に灯る微かな火。

 

焼け付くような衝動が、感覚を呼び戻す。

 

 

唸るように声を上げる。

消えてしまいそうで頼りない火でも、十分だった。

 

眩しくても、真に理解出来なくても、惜しんで居た。

 

 

同居人との騒がしい日々も。

マイペースな少女とのささやかな瞬間も。

水色の少女と努力した時間も。

小柄な少女とのやり取りも。

 

 

力が籠る。

抑え込んで居たものを強引に引き剥がす。

 

重かった身体が、ゆっくりと持ち上がった。

 

 

更に数歩進む。

片脚は動かず、引き摺るようだが進むことは出来た。

 

そこへ辿り着く。

 

 

置かれていたのは、一丁の『拳銃』。

 

 

「──相変わらず、ですね」

 

呆れたような声。

振り向くと、彼女はそこに居た。

何処と無く嬉しそうだった。

初めて平穏に執着しようとするオレに、安堵しているように見える。

 

 

彼女の背後に見える深淵。

底がなく、彼女すら包みこもうとする何か。

霧状だった。

蝕んでいた。

微かに手が見えた。

無数の眼が見えた。

そんなものを背に彼女は平然としていた。

 

多分、真っ当なら不安を持つべき場面なのだろう。

 

『時雨』が本当はどんなISなのかは知らない。

この目の前の拳銃も正体不明。

オレが今から行おうとしている事は、彼女との繋がりを強くするだろう。

 

不安はなかった。

彼女が悪いものでは無い事は、オレが誰よりも分かっている。

 

 

茶化すように、我ながら意地の悪い笑みをいつも通り(・・・・・)の調子で浮かべた。

 

 

「アンタ、変わってるよな」

「それはお互い様ですよ」

「それもそうか」

 

 

 

 

正面に向き直る。

惜しんだものには気付けた。

答えは出ずとも、苦悩は終わらなくとも。

 

惜しんだものを掴み直すため、離さないために。

 

 

オレは手を伸ばした。

 

 

 

「さあ、行こうか『時雨』」

 

 

 

 

迷わず、拳銃を手に取った────『時雨』の姿も、死体も、記憶の蓋から漏れ出ていた光景も、何処かに消える。

 

 

 

 

気付けば場所はいつの間にか、叩きつけられた岩礁の上へと戻っていた。

 

───無理矢理体を起こしていた様だ。

臓物は落ちておらず、左手首の風穴もない。

感触として残っていただけに違和感がある。

 

 

片手に握られているのは見た事もない『拳銃』。

見た目は一般的な自動式(オートマチック)と同一、サイズ的にIS用というだけ。

 

 

口の中に溜まった血を吐き捨て、空を見上げる。

 

 

空中ではまだ、戦いが続いていた。

鈴が、簪が、皆が戦っている。

 

このままでは、足りない。

オレ如きが戦闘に復帰しても状況は何も変えられないだろう。

 

そもそもの話、今の生体補助ではどの道死を待つだけだ。

 

 

口元を拭いながら、静かに息を整えた。

 

 

 

 

「…」

 

 

目の前に投影ディスプレイを表示させ、調整する。

 

そもそも、IS展開時の操縦者は五感の一部をISによって拡張されている状態にある。

ハイパーセンサーと総称されるものがそれだ。

パワードスーツらしく、外付けで人の機能を拡張している。

 

 

着目したのは外付け部分と全てを含めたISからの情報量。

IS側で調整されるそれらの安全機構を外し無理矢理引き上げる─────操縦者とISの垣根を弄る事は許されていない。

 

ISの適性も何も無視した強制的な『同調』。

試合において認められていないという話ではない。

危険だからだ。

 

夥しい量の情報は脳だけではなく、精神にも莫大な負荷をかける。

身体にかかる負荷はIS側で軽減出来る為、先に限界が来るのは当然後者。

 

過去にはそれによって廃人になった事例が殆どと聞く。

 

故の禁止事項(タブー)

 

 

それを、破る。

 

─────【警告】─────

─────【警告】─────

─────【警告】─────

 

表示される警告。

当然、無視する。

 

防御面は最低限、代わりにISから送られてくる情報量を引き上げた。

同時に迫り来る目まぐるしい情報量に目眩がした。

 

 

「っ、あっ………かっ………!」

 

 

爆音が頭蓋を叩く。

だというのに、鼓膜は無事。

凄まじい音量だというのに、その中で細かな足音まで聴き分けられる。

視界は鮮明──目を凝らす必要もなくなるまでに細かく見える。

眩しさは感じない、明暗はもはや関係ない。

無論、それらだけではない

五感全てが強制的に引き上げられIS内で観測された熱源情報も全て流れ込んできた。

 

頭の中が直にかき混ぜられ続けている気がした。

IS内の情報を知覚出来るようになる──余りにも慣れない。

 

 

痛覚も当然増した。

麻痺している部分もあるとはいえ、痛みと形容出来ない衝撃が身体を襲う。

全身が内側からバラバラになるのを幻視する。

 

 

 

「っぁ……!!」

 

気を失いそうになるも、踏みとどまる。

 

ここに来てISの生体補助が実感として分かった。

ISとの結び付きが強くなっている為、効果は以前よりもしっかりとしたもの。

自滅も有り得た。

必死に手綱を握る。

 

 

「思った、より…、厳しいな…っ」

 

気分は先程よりも悪い。

───凄まじい情報量に精神が押し潰されるはずが、その程度で済んでいた。

 

こうなる確信があったとはいえ、嫌でも思い知らされる。

自身の状態を。

 

…今は考えない事にする。

 

 

状態が安定した。

 

 

準備は出来た。

再度意識を空へ。

 

捉えるのは銀の機体。

銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)

 

無理矢理暴走させられ、更には改造を施されたであろう福音。

それは中の搭乗者を守るべく外敵全てを倒さんとしていた。

ただそれも何者かによって悪用された。

もはや今は凶悪な武装を撒き散らす存在でしかない。

 

一夏のように皆を助ける等とは言わない。

別段敵対する事も市街地に被害が出る事も構わない。

──ただ、平穏脅かすならば排除する。

 

 

「──────」

 

拳銃を一旦量子化する。

拡張領域も同調による影響か、理由は分からないが増えていた。

 

福音が皆から大きく距離を取る───大きな攻撃を繰り出す気だ。

撃墜された者はいない、が満身創痍なのは明らか。

 

「……」

 

スナイパーライフルを展開し、即座に引き金を引いた。

 

機動性を活かし動き回る福音だとしても無警戒の状態。

加えて今のオレならば捉えきれる。

 

狙撃は腹部へ。

福音がよろけるのを確認する前に、空中へ飛び立つ。

 

 

ボロボロの簪や鈴と福音の間に割って入った。

 

驚きの声を漏らす二人。

皆も満身創痍の状態なのは言うまでもない。

 

 

「後は任せてくれ。───敵は、オレが倒す」

 

「っ──流星!?」

 

「!?あんたッ、そんな身体で!?」

 

返事はしなかった。

簪と鈴を置いたまま、福音の方へ。

 

 

 

『La』

 

改めて福音がオレを外敵と認識した。

掃射されるエネルギー弾。

それは全員に向けてでは無く、オレ個人に対してだ。

相変わらず、オレに対して手厳しい。

何が彼女をそうさせているかは分からない。

 

避けられる筈のない銀の雨。

 

 

「─────」

 

それを避ける。

後方へ緩やかに加速しつつ、他上下左右前方へ緩急を付けるようにスラスターを吹かす。

背中のスラスターまで自分の体のように完璧に知覚できていた。

銀色の雨を最小の距離で抜け、アサルトライフルで反撃に出る。

 

 

「嘘…」

 

「一体、何が…」

 

セシリアとシャルロットの驚きの声。

戦闘中だというのにやけに鮮明に聴こえた。

驚きは当然だ。

先程までとは動きの精密さが明らかに違う。

 

脳内で絶えず吹き荒れる情報の嵐。

活かされるのは今までの経験則、もとい取捨選択。

完全に自身の身体のようになったのだ、武器を扱うのも随分自然体になった。

目まぐるしい情報量に対し、必要なものを何とか選び取る。

 

アサルトライフルで胴体目掛け牽制し、福音の攻撃間隔をズラす。

精密に動けるようになり、多少の機動性が上がったとはいえ軍用機との性能差は歴然。

 

追い付くのは至難の業。

だが距離を空けては勝てない。

福音を自由にさせては倒せない。

やる事はいつも通り。

もはや機械が相手だろうと変わらない。

空いていた左手に手榴弾を持つ。

 

『─────!』

 

福音が警戒を示す。

あくまで奴は基本的に武装の特性に応じて動きを変える。

───その動きの初動。

エネルギー翼の角度、光量。

機体の向き、姿勢。

拡張された情報量と動体視力をもって、軌道だけを読む。

とはいえ現状は幾らでも逃げ場がある。

アサルトライフルを置くように連射し、手榴弾を投擲した。

 

『──』

 

当然、手榴弾は当たるはずがない。

圧倒的に速度が違う。

だがこれはあくまで陽動。

福音は爆破物を撃ち落とさんとエネルギー翼を羽ばたかせる。

 

その隙を突くように撃ちながら距離を詰める。

逃げる方向を制限。

射線により誘導。

敵機の攻撃も対応も今なら見てから対処が出来る。

 

 

縮まる距離。

 

「っ、」

 

苦痛に思わず顔を歪ませる。

身体が悲鳴を上げていた。

短時間での無茶苦茶な軌道、反応。

全身にかかる負荷、血も減った事があり酸素が圧倒的に足りない。

 

「────」

 

無視しろ。

平穏に手を伸ばしたいなら、バラバラになろうと戦え。

お前に出来ることはそれだけだろう。

敵を排除しろ。

 

 

 

「!」

 

福音が逆に前へ出た。

距離を取るのではなく、強襲するように音速で向かってくる。

 

即座に武装を切り替えながら、オレも加速した。

 

右手に展開したのは先の拳銃────眼前のポップアップ曰く特殊兵装『シリウス』。

見た目に派手な装飾は無く、ただのIS用の拳銃に見える。

 

だが中身は違う。

扱うのは実弾では無く、福音と同じエネルギー弾。

その為スライドを引く必要はない。

福音が何かするよりも早く、引き金を引いた。

 

 

「ちっ…」

 

思わず舌打ち。

青白い弾丸は、初撃は、虚空に消える。

 

流石に実弾以外がいきなり使いこなせるとは思っていない。

福音が身体を捻ったのもあるが、それでも慣れていないという事が大きかった。

だが、一発だけで感覚は掴めた。

 

 

右の手刀を躱し、同時に振り返る。

 

やけに手に馴染む。

一瞬にも満たない間で銃口を福音へ向け直す。

福音もまた、左の掌を突き出した。

掌の銃口が光を発さんとする。

 

 

一瞬、オレの方が早い。

 

青白い弾丸が掌の銃口へ。

 

 

──────眩い光と共に、爆発が起きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ、何が、起きている?」

 

遥か上空で行われる戦闘を目にしながら、ラウラは思わず呟いた。

ひたすら戦い続けていた代表候補生と箒達だったが、簪と鈴が戻るまでに半壊状態に。

2人が合流した後は戦闘が一時有利までは食らいついたものの、全員が満身創痍にまで追い詰められていた。

諦めはなく、全員が福音を止めようと全力だったところに灰の機体が割り込んできた。

 

 

復帰してきたこと自体驚きなのだが、それだけに留まらない。

そこからの戦闘は正直ラウラだけでなく皆も目を疑った。

 

正面から福音に肉薄している────機体性能は負けている中、福音の広範囲攻撃を捌きながら単身距離を詰めている。

 

福音が掌の高火力兵装を見せた所で、全員が思わず身を乗り出そうとした。

 

────刹那、眩い光と共に爆発が起きた。

 

衝撃を受け流す為か、福音が後方へ。

彼も下手に踏み込まず、下へ旋回するように離脱した。

福音の左の掌から黒い煙が上がっている。

左掌の銃口がひしゃげている────原因は流星の右手に握られている『拳銃』だろう。

特殊な兵装だろう、何故あんなものを持っているのかも分からない。

 

「何、あの武装……」

 

一番『時雨』のメンテナンスも見ていた簪が声を漏らす。

エネルギー弾を放つような武装、『時雨』には無かったはずだ。

そもそも拡張領域(バススロット)の都合、そんな武装を詰め込む余裕も無い。

しかし、彼は今見た事もない武装を使っていた。

可能性としては2つ。

自己進化で獲得したか、はたまた把握しきれて居なかったか。

どちらにしても不可思議な現象、簪は思考を切り替える。

 

 

戦闘は続く。

 

やはり、彼の動きのキレが上がっている。

特に、スラスターの扱い方が異様に上手くなっていた。

福音と同様、空中を泳いでいると錯覚してしまう。

 

「本当に流星さん、でして?」

「動きが別人だよ」

 

セシリアとシャルロットも立て直しながら呟いた。

射撃行動中のPIC制御も何もかもが見違えた。

少なくとも機動周りを戦い方で補っていたとはとても思えない。

 

箒はハッと我に返りながら、慌てた様子で声をあげる。

 

「援護をしなければ、一人では危険だ──!」

「待て、箒。我々のシールドエネルギーは残り少ない。下手に加勢すればかえって邪魔になる」

「し、しかし……!」

「今出来ることを…考えるしかない…」

 

ラウラの言葉にもどかしい思いを露わにする箒。

勝手に飛び出すような真似はしないが、それでも先の一夏がやられた手前不安を隠しきれない。

そこへ前へ来るように声を掛けたのは簪だ。

彼女もまた心配でいっぱいなのは考えるまでもない。

箒は視線をそのまま手前の鈴へ。

彼女は今にも泣き出しそうな表情で、戦う灰の機体を見つめていた。

強く握り締められる拳と震える肩。

 

深呼吸すると、彼女は箒の方に振り向いた。

 

「箒、あんたはまだ戦う覚悟がある?」

「?……ああ、勿論だ。もう私は迷わない。───いや、迷っても己を見失うつもりはない」

「そ、らしいわよ。ラウラ」

 

「やはり、それしかないか。皆はそれで異論はないな?」

「異論はない、かな」

(わたくし)もですわ」

「僕もだね」

 

「何を…?」

 

分からないと首を傾げる箒の前にシャルロットが降り立つ。

シャルロットもまた装甲のいたるところがボロボロだ。

彼女は武装を量子化すると、片手にコードを持つ。

 

「!」

 

以前見た事のある箒はそこで意図を理解した。

簪も同様にコードを紅椿に繋ぎながら、何やらデータを調整している。

 

「知っての通り、僕達のエネルギーは全員殆どない。仮に僕1人の分をあげてもちょっとしか足しにならない」

「だから、皆の分を集める…。戦闘には参加出来ないけど、ISは辛うじて展開出来るギリギリ残して残りを箒に…」

 

即興でこんな事が出来るのは勿論シャルロットと簪のみ。

ISを開発していただけあって、簪は自身だけでなく残りの皆の分のコア・バイパスも紅椿に繋いでいる。

 

「他に、適任がいるのでは無いか?」

 

ポツリと不安が顔を出す。

理屈はわかる。

現在最も機体的被害が少なく、かつ紅椿という未知数の存在に乗っている自分が最適である。

 

ただ、客観的に見て素人の自分が代表候補生に適うわけが無い。

恐怖以上に、自信が無いというのが本音だった。

セシリアが箒の肩を叩く。

 

「機体性能も加味して出た話というのは否定しませんわ。ですけど、箒さんが紅椿をちゃんと使えている事は皆が理解しています」

「セシリア……」

 

──それに、と隣からラウラが口を開く。

 

「力に溺れた事がある者同士だからこそ、私はお前に託したい」

「…タッグトーナメントの時は、こう言われる日が来るとは思わなかったな…」

「そ、それは言わない約束だっ!」

「ふふ、冗談だ」

 

赤面するラウラに箒は自然と顔が綻ぶ。

緊張はいい感じにほぐれていた。

エネルギー供給が終わり、コードが外れた。

 

 

「行くぞ、紅椿───!」

 

 

最低限のエネルギーのみを残した代表候補生達を横目に、箒は戦いの場である遥か上空へ飛び立つ。

 

 

 

 

 

一気に加速し、瞬く間に紅い機体は上空へ駆け付けた。

 

 

 

───エネルギー刃が真横から福音に振るわれる。

福音が難なくそれを躱す中、流星は驚くこと無くアサルトライフルで追撃する。

福音は羽ばたく事でエネルギー弾を放ち、彼の攻撃を相殺していた。

 

紅椿が眼前へ。

互いに動きながらも回線を通じて言葉を交わす。

 

「すまない、遅くなった」

 

「早いくらいだ。エネルギーはどれくらいある?」

 

「5割程だ。今宮は?」

 

「3割切る位だ。お互い、そう余裕はないか」

 

いつもの様子で応じる流星。

箒の視線は彼の腹部に。

出血はかなり収まっているように見える。

ただ依然として傷はそのまま残っていた。

顔色も良くない。

 

箒は心配する言葉を飲み込む。

 

「来るぞ」

「!」

 

『La──』

 

相手の攻撃よりも少しだけ先に流星が告げる。

箒はその声を聞いて左へ飛んだ。

そのまま福音の背後に回るよう箒は旋回する。

流星もまた挟み撃ちになるように反対側へ。

 

螺旋状に軌道を取りながら、弾幕を形成。

振り払うような動きで離脱を測る福音に箒は機動力で、流星は牽制と反応速度を活かして立ち回る。

 

『──』

 

竜巻状に撒き散らされる銀のエネルギー弾。

先程から少しずつ弾の軌道が直線一辺倒ではなくなり始めていた。

──益々のんびりしてはいられない。

 

銀の竜巻の中心へと2人は踏み込むように回避する。

竜巻を抜け、視界が晴れる。

箒は中心に出たと同時に加速し斬りかかった。

合わせるように流星も接近を試みる。

先の高火力兵装はもはや右手のみ。

 

彼は『拳銃(シリウス)』を展開。

特性は把握しかけている。

射程は余りなく、近距離向けの兵装、連射

弾丸はエネルギー弾、セシリアの武器のような圧倒的速さはない。

 

そして、この拳銃と同時に拡張領域(バススロット)に現れた謎のマガジンが1つ。

 

 

箒の攻撃を福音が躱す。

交差する2機。

 

「くっ!?」

「箒、左へ逸れろ」

 

マガジンを展開、現在のものと取り替えた。

左手にナイフを展開。

箒と入れ替わるように流星は福音に切りかかる。

 

『!』

 

叩き付けるように振るわれる翼。

彼はそれを紙一重で躱す──────ナイフは虚空を切る。

 

拳銃の銃口は既に福音に向けられている。

 

引き金が引かれた。

 

出てきたエネルギー弾は先と形が違い、球状。

サイズも少し大きかった。

銃口から射出された瞬間、それは分裂した。

 

分裂した弾もさらに枝分かれする様に分裂し、増えていく。

 

 

回避を取ろうとする福音も至近距離でそれは避けられなかった。

突然の出来事に箒は内心驚きを隠せずにいる。

 

(分裂弾!?あのような武装まであったのか…!?)

 

複数の弾が直撃し、福音が大きく吹き飛ぶ。

竜巻の外側へ。

 

(射程は先より更に短い……威力も下か)

 

流星は弾の性質が変化する仕様も完全に理解する。

箒と共に追撃しに消えていく竜巻の外側へ出た。

箒は展開装甲を用いて一気に詰める。

 

流星は追わずにスナイパーライフルで援護する。

 

 

 

 

───目まぐるしく動き回る3機。

距離を起きながらもそれを見守る影が5つ。

箒にエネルギーの殆どを託した代表候補生達は固唾を飲む。

状況としては流星達が押していた。

このままいけば、恐らく福音は倒せるだろう。

全員がそう思いながらも、一抹の不安を隠しきれない。

特に、簪は福音の対応の仕方を見ながらその不安を積もらせる。

 

福音はずっと敵の行動や武装を学習しながら戦っていた。

戦い方に大きな変化がある訳ではないが、対策はしっかり講じている。

また、武装の使い方もかなり幅が広がっていた。

先の竜巻のようにエネルギー弾を放つ事なんて無かった。

 

「……」

 

彼等を信じていない訳では無い。

恐らく、どのような事になろうとも福音を倒すだろう。

 

問題は結末だ。

このまま難なく倒せるのが一番だが、そうはいかないという予感があった。

 

更なる重傷、相討ち、福音のパイロットの死亡…このままいけばいずれかに辿り着く。

限界は近い。

一番被害が少ない結末が福音のパイロットの死亡───それも当然望む結末では────完全勝利とは言えない。

 

祈るように見守る簪。

代表候補生全員が感じている事を、彼女は独り口に出した。

 

「……あと、一手…足りない」

 

 

 

 

 

 

 

 

「────っ!今宮!」

 

「無事だ。とはいえ、これは想定外だな」

 

福音を連携し捉え続けていた2人が、回避の為に一気に距離を取った。

眼前の福音がエネルギー翼を広げ、踊るように回転しながら動いたからだ。

横軸に撒き散らされるエネルギー弾。

回転しながらということもあり、弾速は微かに速くなっている。

また軌道も直線ではない。

 

「これでは、近付いても2人纏めて迎撃されるだけだ!」

 

「迂闊に近寄れない、か。厄介だな」

 

被弾しないように避ける事なら可能だ。

ただ、そうなると福音も逃げながらの為、機動力の差で一定の距離から詰められない。

更に薙ぎ払うような弾幕に弾も消されてしまう。

拳銃(シリウス)は射程外。

盾も壊れている為、無理矢理突破も厳しい。

 

「───」

 

ジリ貧だった。

完全に2人を警戒し守りに徹する福音。

明らかにこちら側の消耗を見越してだろう。

せめてあと1人いれば、と箒が眉を顰める。

 

流星はその状況を前にしても淡々と戦闘を続ける。

ヤケになっている訳でもなく、ただその時を待っているかのようだった。

箒からは、彼が戦闘中に何かを察知したようにも見えた。

 

銀の雨をただ躱し、ギリギリの射撃戦を続けている。

あの回転攻撃を誘発しているようにも見えた。

 

──────そして、その時は訪れる。

 

 

 

一閃。

 

 

何かが福音のエネルギー翼を切り裂いた。

 

 

 

 

「え─────」

 

 

箒が声を漏らす。

有り得ないものを見たように口蓋も開けて思わず立ち止まりそうになる。

 

『!?』

 

強襲に対し、福音は反応し回避行動を取っていた。

ただ、この状況下の不意打ちには、エネルギー翼を切り裂く異質な攻撃には流石に対応し切れなかったのだろう。

 

 

「悪い、遅くなった」

 

眼前に降り立つ白の機体。

この土壇場で、この状況下で、聞き慣れた声はあまりにも心強かった。

溢れるものを抑える箒を後目に、白の機体は手に持っている武器を構えた。

 

 

「仲間は、皆は、───俺が守る!」

 

 

『あと一手』が現れた瞬間。

ここに役者は揃った。

 

 

──────最終ラウンド、開始。

 

 

 

 

 

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