花月荘の女将さん達に礼を告げ、教師引率の状態で近くの駐車場へ流星達は来ていた。
帰りのバスに乗る為だ。
皆の顔は晴れやか。
臨海学校を惜しんでいるものこそ多いが、皆楽しんだのだろう事が窺える。
…数名を除いては。
「喉が、乾いた…」
「「「…」」」
眩しい日差しの中も尚色濃く見える黒い負のオーラ。
ぐったりした一夏の言葉を前にも、3人の女子は素知らぬ顔。
元凶でもある一夏は3人の負のオーラになど気が付かず、話し掛ける。
「すまん、誰か飲み物持ってないか?」
「知りませんわ」
「唾でも飲んでいろ」
「あるけどあげない」
セシリア、ラウラ、シャルロットの順で一夏への塩対応が見られた。
彼としても昨夜千冬に大目玉を喰らい、疲れ果ててヘトヘトという事もある。
そんなぁ、と棄てられた子犬のような表情。
横を通り掛かった箒にすかさず声を掛けるも───
「なっ、何を見ているかっ!?」
──等と水を直に顔に掛けられてしまった。
箒の耳が赤い。
大方照れ隠しなのだろう、と後方から見ていた本音は苦笑いを浮かべる。
その一連の様子を見ながら、二人目の男子はため息をつく。
理由は昨夜の騒動。
発端は聞いた感じでは、何やら一夏と箒が良い感じの雰囲気になっていたとか何とか。
直接見ていない為、にわかに信じ難いが真実らしい。
流星自身も大目玉を食らうキッカケが一夏であった為、放っておくつもりであった。
のだが、流石に可哀想になってきた。
負のオーラを出していた3人+箒もまた、同時に一夏が可哀想になってきたと各々の考えを張り巡らせる。
シャルロットは先程購入した缶ジュースを胸あたりで抱えた。
(うーん、ちょっと可哀想だったかな…?まあ昨夜は結局何も無かったんだし、そろそろ許してあげようかなぁ…。──みんなは動かないみたいだし、よしっ!)
セシリアは自前の飲み物が入った瓶を取り出す。
(さすがに冷たかったかしら…?───よくよく考えれば他の女子が非好意的なのですから優しくするチャンスだったのでは?そうと決まれば、善は急げですわ)
ラウラもまた帰路の事を考えつつ、缶ジュースを手に持った。
(さっきは別の言い方があったのでは無いか…?せっかくビーチで新しく一歩を踏み出したのだ。あそこで笑顔を見せてこそいい女というものではないだろうか?──そう…だな。どうも喉が乾いているようだし、さりげなく隣に座って渡すか。…そ、それならずっと帰りは隣に居られるな!)
続き、箒も顔を上げつつペットボトルを握り締める。
水の入ったペットボトルがひしゃげて音を立てていた。
(ああやってしまった…いかんな、私はすぐ手を出す癖がついているのではないか?よ、よし!今こそ優しさをもって接するべきか!)
よし、と4人同時に一夏の方に振り返る。
息はピッタリだった。
ただ、4人とも乙女的な思考を働かせていた事が仇となる。
「ほら一夏。水でいいならやるよ」
「おおっ!?ありがとう流星!やっぱ持つべきものは男友達だな!」
「…優しさに飢えてるのな、お前」
「「「「……」」」」
立ち尽くす女子4人。
流星が予備で持っていた水を一夏に渡していた。
一夏は先程まで冷たくされていた反動か、感極まった様子だ。
一気に半分位飲み干し、生き返ったと笑顔になる。
「代わりにサービスエリアで何か奢るぜ。何がいい?」
「いや、別に俺は構わな───」
「いまみーには甘いものがいいと思うよ。きっと好物だし」
「あ、分かるぜのほほんさん。表情に出てないけどアイスなら花月荘でも黙々と食べてたしな!」
「でしょ〜?」
流星が遠慮しようとした所に本音が割り込み、一夏もその話題にのる。
自身はそこまで意識していなかったのだが、そう捉えられていたのかと思うと少し恥ずかしい。
特に間違いという訳でも無い為、否定はしない。
「はぁ───…ならソフトクリームを頼むよ」
「おう、いいぜ。──あ、流星隣の席良いか?トランプしようぜトランプ。行きの時のリベンジマッチだ」
「あー私も参加する〜」
「2人とも元気だな…。いいさ、返り討ちだ」
ワイワイと盛り上がる3人を前に、4人は付け入る隙を見付けられずガックリと項垂れる。
あの瞬間優しくしておけば───と後悔するも、もう遅い。
そうして皆がバスに乗り込もうと並んでいると、後ろから声を掛けられた。
「織斑一夏君っているのかしら?」
「あ、はい。俺ですけど」
振り返る一夏と流星。
そこに居たのはイヤリングに長い金髪の女性だった。
見た目からして二人よりも少し上──20代前半位に見える。
言うまでもなく美人だった。
フワリとした柑橘系の香水の匂いが鼻腔をくすぐる。
「君がそうなんだ。へぇ───」
女性は顔を近付け一夏を見定めるように視線を全身へ。
急に美人に近くで見られる事もあり、ドギマギする一夏。
女性は一夏の緊張を知ってか知らずか、フレンドリーに話し掛ける。
「私はナターシャ・ファイルス。
すると、女性は一歩踏み出し一夏の頬に顔を近付ける。
一夏の頬に柔らかいものが触れた───流れるような自然な動きに彼は反応が遅れる。
──同時にピシリと、4人がいる方向から音が聞こえた気がした。
「これは暴走を止めてくれたお礼。ありがとう白い
「っ!?!??」
ナターシャはそう告げると一歩下がる。
ワナワナと彼の背後で震える4人。
一夏に飛んでくるペットボトル等を気に留める事もなく、流星は訝しむような視線をナターシャに向けていた。
ナターシャもまた、流星に向き直る。
「───となると、君が今宮流星君かな。その眼、やっぱり軍属の人間はキライ?」
「答える必要が無い。好きに捉えてくれ。──それで?軍人サマが何の用で?」
「お礼に来ただけよ。良かった、貴方が元気そうで。貴方にも感謝してるの、灰の兵士さん」
感謝の意を述べるナターシャに流星は意地の悪い笑みを浮かべた。
「感謝、ね。随分都合がいいんだな」
「本心なのに。結果として私も助けてくれたでしょう?」
意識を失っていたとはいえ、ISが稼働していた状態。
無意識下での記憶があってもおかしくない為、ナターシャは流星が彼女を殺そうとしていた事も分かっていた筈だった。
しかし、ナターシャも軍属である。
もしもを考えた時、彼女からすれば流星の存在は有難い部分もあったのだった。
そして興味本位でどんな人間かと見に来てみれば、普通の少年の様だった。
思い悩むことも無く殺しに来ていたのに、とナターシャは顎に手を当てる。
パッと見れば織斑一夏と大差ないように見えた。
──『あの子』が興味を抱き、同時に警戒する相手というのも何となくわかるわね。
都合がいい、と言われたナターシャは小悪魔的な笑みを浮かべた。
チラリと一瞬視線を後方の本音へ。
ナターシャが一夏へした事を見ていた為か、本音は警戒するようにナターシャを見ている。
一目瞭然の彼女の様子に、ナターシャはクスリと笑い人差し指を唇に当てた。
「勿論、責任はとってくれるでしょ?首筋ならともかく、女性の背中に大きな痣を作ったのだもの」
「それはお互い様だろ?こっちも身体に穴が空いたんだ」
「ふふ、なら私も責任を取らないと────これ、私のプライベートの連絡先。じゃあまたね、バーイ」
アドレスらしきものが書かれた紙を無理矢理渡され、困惑する流星。
一夏も自身も何故か気に入られている事に疑問を抱くも、理由は思い当たらない。
どちらかと言うとお国柄と素のフランクさ故のものだと彼は結論付ける。
ウインクをしながら立ち去る彼女を後目に、流星は紙を懐に直す。
──疲れた、と声を漏らし振り向いた所に本音が居た。
佇む彼女は少し疑うような視線を彼に向け、恐る恐る口を開く。
「……いまみーって実は年上好き?」
「…勘弁してくれ」
既に疲れきっていた彼は、返答より先に珍しく弱音を口にした。
それにより本音の中の新たな疑惑が補強されるのだが、彼は知る由もない。
問い詰める本音と弁解する流星の構図が出来上がる。
2人の男子を中心に騒がしくなるバス前。
背を向ける彼女に呆れた様子で声をかける者が居た。
「まったく、また余計な火種を蒔いてくれたものだ。──それより、昨日の今日でもう動いても平気なのか?」
ナターシャが声の方へ視線をやる。
そこにあったのはスーツに身を包んだ千冬の姿。
「ええ、それは問題なく。私は
「…そのようだな」
千冬はナターシャの身体へ視線をやる。
特に外傷も見られず、立ち姿にもどこかを庇っているような違和感はない。
恐らく怪我らしい怪我は、先程言っていた背中の痣くらいだろう。
ナターシャを包んでいた空気が引き締まる。
「ブリュンヒルデ、一つ伺いたい事が」
「なんだ?」
「今回の件の犯人に、心当たりは?」
「ないな」
即答だった。
心当たりが『全く』ないかと言われれば分からない。
少なくとも、疑惑程度は持ち合わせている。
ただ、確証もない上、ナターシャの立場の都合もある。
不確定な情報を態々口にする千冬ではなかった。
「そうですか…」
「…仮にあった場合はどうする気だったんだ?」
「……飛ぶ事が好きだったあの子の翼が奪われる事になった……だから、何者であっても私は許しはしない。───簡単ですよ、ブリュンヒルデ。犯人には報いを受けて貰うだけです」
ナターシャの言葉に千冬は静かに瞳を閉じた。
彼女の様子から、その覚悟とISへの想いは言うまでもなく伝わってくる。
良い操縦者も居るものだと千冬は内で感心する。
立ち去ろうとするナターシャに対し、千冬は口を開いた。
「あまり無茶はしないことだな。この後、査問会もあるんだろう?しばらくは大人しくしておくことだな」
ナターシャは言葉を受け少し振り返った。
意外そうな表情をしながら、真意を問う。
「それは忠告ですか?」
「アドバイスさ。ただのな」
「そうですか。それでは大人しくしていましょう。暫くは、ね」
風が吹き、彼女の金色の髪が揺れる。
彼女は何を思ったか、足を止め視線を背後へ。
視線の先は2人目の男子──そして、待機形態の彼のIS。
(──杞憂だと、いいけど)
胸中で1人呟き、彼女は今度こそその場を後にする。
────あの子が興味を抱き、同時に警戒したのは操縦者。
そして、何かを『危惧』していた対象は─────。
□
こうして、一同は海を後にした。
バスが学園に着く手前、少年は1人窓の外を見つめる。
車内にはいつもの騒がしさは欠けらも無かった。
1人起きている少年や教師2名を除き、乗客は皆夢の中。
周囲の座席の女子達も、静かに眠っていた。
丁度いい揺れが眠気を誘う。
真耶が大きく欠伸をする。
少しして、IS学園が見えてきた。
真耶が振り返り、皆を起こすように促そうとして面食らう。
ほぼ全員寝ているとは思わなかったのだろう。
真耶と千冬に呼びかけられ、各々目を覚ます。
そこで初めてうたた寝していた事に、一夏は気が付いた。
先まで何か夢を見ていたのか、垂らした涎を慌てて拭き取るセシリアとシャルロット。
ラウラは千冬の声に誰よりも早く反応し、目を覚ましていた。
目尻に涙を溜めながら、大きな欠伸をする本音。
後ろの座席から身を乗り出し、流星と一夏の隙間にぐでーっともたれ掛かる。
思わず強調されるものから一夏は顔を逸らす。
「いまみ〜おはよ〜…」
「…寝癖ついてるぞ」
「梳いて〜」
「…仕方ないな本音は。やった事ないからな。痛くしても知らないぞ」
渋々本音の鞄から櫛を取ってもらい、彼女の髪を梳かす流星。
流石にその反応は1組の皆からしても驚きを隠せなかった。
本音の隣に座っていた鏡ナギを含め、周囲で見ている者達はポカンと口を空けている。
「…あんなに気を許してたっけ…?」
1人呟く彼女だが、返事をするものはいない。
勿論、一夏は相変わらずであった。
仲が良いんだな程度の認識である。
バスが停車する。
彼らは伸びをしながらバスを降りた。
少しぶりのIS学園。
やけに懐かしく感じてしまうのも無理は無いだろう。
千冬や真耶による話もすぐ終わり、解散となる。
少しずつ散らばる集団。
流星や一夏達も寮に帰るべく歩き出す。
のだが…。
「ぐっ、重っ…!」
一夏が辛そうに声を漏らす。
彼の持っている荷物の数は自身のものを含め、7つ。
全身荷物で覆われたフルアーマーな一夏はゆっくりと歩を進める。
半分は帰りのトランプによる罰ゲーム。
流星と本音の分の荷物がそれだ。
残りは箒やセシリア、シャルロット、ラウラの分。
売り言葉に買い言葉。
つい負けず嫌いを発動した一夏の自業自得だった。
「一夏?もういいのだぞ?自身の物くらい自分で運ぶ」
「はは、大丈夫さ箒。これくらいなんて事な──」
強がった瞬間、背後から足音が聞こえた。
一同が視線を向けると、そこには鈴が居た。
彼女は一夏の惨状を見て察したのか、笑顔で荷物を彼の上へ。
「ほらコレ、
「ちょ、待ってくれ鈴!?これ以上は流石に…うおおおおおっ!?」
グシャリ、と一夏が潰れた。
一同は鈴を見ながら内心で、鬼が居る…と呟く。
慌ててシャルロット達が荷物を取り除いて彼を救出しにかかる。
一方でラウラは鈴に詰め寄っていた。
そこで、学園に戻ろうと歩いてきた千冬と遭遇する。
──騒がしい、と連帯責任で怒られた。
各々自分の荷物を持ち直し、寮へ。
通路で皆に別れを告げ、自室を目指す。
そうして、流星は1053室の前に辿り着いた。
ドアノブを回し、部屋に入る。
ドアを開けた瞬間、見慣れた水色の髪が視界に映った。
「おかえりなさい!私にする?───私にする?───それとも──わ・た・し?」
とりあえず、そっとドアを閉めた。
「……」
大きく溜息が出る。
待っていた少女の服装はパッと見て、裸にエプロン姿だった。
流石の彼女もそこまで馬鹿ではない筈。
下には水着あたりを着込んでいると願いたい。
重ねてあの台詞。
流星はドアの前で額に手を当てる。
──頭が痛い。
疲れとか怪我とか寝不足でもなかった。
今からこの部屋に入らなければならないと思うと憂鬱だ。
だと言うのに帰ってきた実感がかなりある。
懐かしさまで感じている始末。
最近はここまでのアクションこそ無かったが、慣れてしまっているのを自覚されられる。
かなり毒されているのかもしれない、と心の中で呟いた。
「…」
再度ドアノブに手をかけ、部屋の中へ。
「おかえりなさい!私にする?──私にする?────そ・れ・と・も──」
「…楯無以外で頼むよ」
呆れた様子で流星は楯無に言葉を投げかけた。
彼女の姿はやはり俗に言う裸エプロンという姿。
エプロンの隙間から見える白く艶のある肌に、前屈みになる事で更に強調される胸元。
目に毒なのは言うまでも無い。
男のロマンであるはずだとか何だとか、以前楯無に力説された為覚えている。
「私ね?少し待ってね?」
「待ってね、じゃねぇ馬鹿。何聞いてたんだお前」
「えっ…、そんなに待ちきれないの?──この変態」
「鏡なら洗面所にあるぞ」
待ってね?なんて言いつつエプロンの紐を緩めようとする楯無。
彼女に返答しつつも流星はその横を素通りし、部屋の奥で荷物を下ろす。
楯無は真横から彼の表情を見て、何かに気が付いたの柔らかな笑顔を浮かべた。
「──うん、前よりはずっといい表情になったわね」
「どういう意味だ…?」
「そのままの意味よ」
楯無は口元を隠すように扇子を広げる。
そこには達筆な字で『安心』と書かれていた。
───それより、と彼女は言いながら彼に歩み寄った。
イタズラ好きな笑みに表情が変わる。
「!」
そのまま自然に、流れるように彼の胸元を大きく押した。
えいっ!なんて呟いているがその実様々な技術が集約されている。
あっさりと流星は自身のベッドの上に押し倒される形になった。
「そろそろこの格好にもコメント欲しいなー。折角着たんだし」
「その格好で揚げ物を作ってくれるなら考えるかもな」
「…この格好の弱点をピンポイントで突くのはやめて欲しいわね。地味に辛いし却下するわ。──────体調はどう?」
急に真剣な声色で尋ねられ、流星は目を丸めた。
流星はベッドに横になるように仕向けられていた事にも気付き、目を逸らす。
あー…と言葉を選ぼうとして、辞めた。
身体を起こす事も辞め、力を抜く。
楯無の目は誤魔化せなかったようであった。
「楯無の想像通り…だと思う」
「怪我も勿論だけど、反動で全身が痛むのよね?『黒時雨』の性能を如何なく引き出したのだもの、無理もないわ」
と、楯無はベッドの縁に座りながら続ける。
恐らく『同調』の事も知っているのだろう。
「よくボロを出さずに居たわね。体力的にも限界近いでしょうに…簪ちゃん達に心配かけない為かしら?」
「好意的に捉えすぎだ、そんなんじゃない。オレはだな──いや、何でもない」
「どういうことかしら?言えない理由?」
「──」
口を紡ぐ流星。
平穏に執着し始めたからこそ、真っ直ぐ自室に帰りたかった──なんてホームシックもいい所だった。
意図に気が付いたのか、楯無は楽しそうにニンマリと笑って見せた。
「ふふ、案外可愛いところがあるじゃない」
「…」
流星は無言で楯無のいる方向に背を向ける。
ふて寝にも見えた。
楯無はその背に向かって言葉を投げ掛ける。
「おかえりなさい。流星くん」
返事は無かった。
代わりに聞こえてくるのは静かな寝息。
「もう、仕方ないルームメイトね」
呆れた様子で楯無は立ち上がる。
このままでは風邪を引くと布団をそっと掛けた。
エプロンから着替えながら、次の悪戯を考える。
さあ明日の朝はどうやって驚かそうか。
心を弾ませながら、彼女は着信中の携帯を取り出したのだった。
今回は銀の福音編のエピローグ…エピローグということで。
前回で銀の福音編の本筋は終わったから…ナニモオカシクナイ。
気付けば40話。
ゆっくりではありますが更新して行くつもりです。