「──これは、どういう事だ?」
とあるホテルの一室で、疑問の声が静寂を破った。
言葉を発したのはオレンジの長い髪の女性。
短パンにタンクトップと身軽な格好だ。
気の強さを主張するような目付きと格好が合わさり、美女というよりは美人と形容するのが適切である。
彼女の視線の先にあるのは、1つの記録映像。
空中に投影されており、部屋の全員がその映像を眺めていた。
「そうね、オータム。貴女もそう思うわよね」
投影された映像の横にいた女性が頷く。
毛先や一部が赤みがかった特徴的な長い金髪に、赤いドレス姿。
彼女の声は落ち着いた呟きは静かながらも、響く。
オータム、と呼ばれた女性は視線をその女性に移した。
「機動性が飛躍的に上がっているのも、動きが最適化されてるのも、いきなり未知の武装が出てくるのも気になる所だが────」
と、オータムは映像に視線を戻す。
そこを翔けるは『黒の機体』。
銀の機体に攻撃するソレを睨むようにしながら、彼女は呟く。
「──余りにも似てやがる。あの『邪魔者』に。───スラスター部分も使っている拳銃も、瓜二つなんてレベルじゃねぇ。お前はどう見てるんだ?スコール」
スコール、と呼ばれた女性はふむ、と口元に手を当てる。
ほんの少しだけ考えるような仕草の後に考えを口にした。
「同一と見ても良いでしょうね。───彼が行方不明になった時期と、『アレ』の出没開始時期もピッタリ合うの。でもね、奇妙な点もあるの。今彼が乗っている機体の所在を洗ったのだけど、ここ2年は確実に
「……、ならコアの方か────?」
「それこそ、意味も意図も分からないわ。仮にすり替えられていたとして、ああやって以前の機体の特性が出る保証もない。……奇妙な話ね」
「…」
溜息と共にオータムは考える事をやめた。
幾ら考えても答えが分からない以上、その必要がないと思ったのだろう。
──と、そんな彼女の隣で小首を傾げる黒髪の少女。
彼女は会話の内容が分かっていないのか、純朴な瞳をオータムに向ける。
「ねぇ、オータム。その『邪魔者』ってなぁに?」
「あー…お前らは居なかったから知らないのか。──あれは、確か約2年前からだ。私らの任務の時によ、丁度獲物を横取りしたり、こっちを利用してくる正体不明のISが現れる事が何度かだけあったんだ」
その時を思い出したのか、オータムは不機嫌そうに眉を顰める。
何度思い返しても忌々しい、と拳に力が篭もる。
反して、少女は納得したように笑顔で応じた。
「ソレのとくちょうと、りゅうせいのISがにてるのね!」
「物分かりが良くて何よりだ。突然桁外れに強くなってる点も考えりゃ、アイツに何かあるって見て正解だろうな」
オータムの説明に少女は手挙げてわかったーと返事をする。
オータムってやっぱり優しいのね、なんて少女の言葉を無視する彼女。
スコールはその様子を見つつ、頷いた。
「えぇ、だから今後彼をIS学園の特記戦力とするわ。各自頭にその事だけ入れて置いて。エム達は何か気が付いた事がある?」
スコールは1人離れた位置で立っている少女に言葉を投げかけた。
少女は暗がりの中、壁に背を預け立っている。
少女はスコールを一瞥すると、壁から背を離す。
「興味が無い───戦闘能力は評価するが、それだけだ。どうせコイツの相手はそこの餓鬼がするだろう」
む、とオータムの隣にいた少女は眉を逆八の字に。
明らかに文句があると言った様子で反論を口にした。
「わたしは
「ハッ、駄々を捏ねるな。教育がいるならその身に刻んでやるが、どうする?」
「ふふふ、マドカおねえちゃんはやさしいのね。わたしにはちゅうこくなんていらないのに」
「貴様に姉と呼ばれると、虫唾が走る」
一瞬、部屋を凍てつくような殺意が支配した。
マドカと呼ばれた少女とリタの視線がぶつかり合う。
妖艶な笑みを浮かべるリタに対し、マドカもまた好戦的な笑みを浮かべる。
何処までも澱んだ瞳と冷徹な瞳。
共通点があるとすれば、互いに隙を窺っているという事。
一発触発。
何度目か分からない状況に、スコールはやれやれと呆れた様子だった。
オータムはスコールの表情を見てか、隣に居る幼い少女──リタの肩に手を置く。
リタはオータムの手に気が付くと、ケロッと雰囲気を変えた。
幼い顔立ちに似合う可愛らしさで、少しだけ不満そうに口を尖らせた。
「はぁーい。わかったわよ、オータム」
「…ふん」
一方、マドカは興が削がれたと言わんばかりに自室へ戻る。
部屋に残ったのはスコールとオータムとリタと────もう1人。
「オイオイオイ、オータムチャンよぉ。ガキの世話とは苦労してんなぁオイ」
「譲ってやろうか?
長く、青い髪の少女が容姿に似合わぬ粗暴な座り方で椅子に座っている。
態度こそ粗暴だが、気品の高そうなオータムとはまた逆の雰囲気を放っていた。
「カッ、誰が好き好んでするか。それはそうと、あの『邪魔者』ってのを随分警戒してるご様子だがビビってるのかい?」
「舐めてかかって漁夫の利を逃したやつよりはマシだろ。それとも何だ?弱い奴ほどよく吠えるってのか?」
「…喧嘩を売ってるのか?」
「売ってるのは
険悪な空気を前に、スコールは反応を示さなかった。
ある種、オータムが来玖留と呼ばれた少女を相手にする気がない事が見て取れたからだ。
「まぁ、1人目とか2人目とかどうでも良い。そりゃあ両方ムカついちゃいるが、
吐き捨てながら部屋を後にする来玖留の背に、冷ややかな視線を向けるのはリタ。
彼女はオータムに甘えるようにその腕に抱き着きながら、恐ろしく冷たい声色で呟いた。
「───ほんと、つまらないひと」
そして、と再度視線を彼女は映像に戻す。
復讐など何だの、実に滑稽極まりない。
自分が求めているものとは、余りにも対極に位置している。
「───ああ、はやく逢いたいわ。りゅうせい」
□
『1053室事変』から、一週間が経過した。
本日は期末テスト最終日───も、期末テスト自体はもう終わったのだが。
ザワつく教室。
テストどうだった〜なんて各々の声が教室内のあちこちで聞こえた。
長かったテスト期間も終わり、学生なら浮き足立つ頃。
テスト期間という試練は消えた。
結果はどうあれ、目前の夏休みを前に心を弾ませるのも無理はない。
クラス内を見渡し、疲れきった表情で一夏は天井を見上げた。
椅子にもたれ掛かり、首まで完全に預ける。
今年は例年より小テストが少なくなっていた為、期末テストは難しく作られていた。
襲撃やタッグマッチトーナメント、臨海学校等イレギュラーが積み重なった結果だ。
事前に告知はされたものの、立場上学園に入らざるを得なかった一夏や箒、流星の3人には厳しいものだった。
IS関連の教科があるだけでなく、この学園自体のレベルが高いのもある。
告知した時の愉しそうな姉と、心底嫌そうだった流星の表情が頭から離れない。
勉強はそれなりにしていた筈だが、まるで分からなかった部分も多々あった。
あの問題どうだったかな?と思案するも過去の話。
彼を現実に連れ戻すかのように、金髪の少女が歩み寄る。
「お疲れ様ですわ、一夏さん」
「セシリアの方もお疲れ様。その様子だと、手応えありって感じか?」
「ええ、勿論。これで首位は
「──それは、良かったな」
無愛想に返したのは一夏の目前にやってきた箒だった。
テストの難易度や手応えにより、1位は取れないと悟っているためか少々不機嫌だ。
テストが終わった安心感もあるのだが、負けず嫌いも先行している様子だった。
「ふふふ、箒さんの努力も認めますが、この
「はいはい。セシリア、あんまり勝った気でいると案外足下掬われちゃうよ?」
終礼も終わっており、各々帰り始めている。
そんな中一夏の座席の周りにシャルロットも鞄を持ってやってきた。
待たせるのもいけないと思ったのか一夏も鞄に筆記用具を突っ込む。
夏休み内の注意事項含め、プリント類も鞄に入れ終えた彼はゆっくりと立ち上がった。
チラリともう1人の男子の座席へ視線をやる。
彼は前の座席の少女───清香と話していた。
清香の方が振り返り、彼に話し掛けている状態だった。
流星の方はいつも通りの淡々とした調子だが、清香の方は誰の目から見ても楽しげだ。
その様子を眺めつつ、苦笑いを浮かべたのはシャルロットだった。
大体この後の誰かさんの膨れっ面が想像出来た彼女は、本音の席の方へ視線をやる。
「──あれ?」
そこで初めてシャルロットはある事に気が付いた。
彼女の視線を追い、遅れて一夏達もある事に気が付く。
別段おかしな事でもないのだが───、ほんの少し珍しい状況をシャルロットは口にした。
「布仏さんがいない────?」
────場所は変わり学生寮、1053室。
楯無と流星の部屋にして、まだ嫌な思い出が鮮明なこの場所に
流星のベッドに腰をかける楯無、それと向き合うように椅子に座った鈴と本音、楯無のベッドにちょこんと座り込んでいる簪という構図だ。
空気は少し引き締まっている。
楯無以外の3人は緊張した面持ちであった。
どういう類いの話かある程度想像が付いていたのだろう。
「それで、集まってもらった理由だけど────」
と、楯無はあっさりと切り出す。
ここに3人がいるのは、予め楯無がセッティングしていた為だった。
大事な話があるから、と場所と時間を指定し今に至る。
「流星の話…だよね?」
「ええ。一応はね」
簪の言葉に楯無は素っ気なく答えた。
姉としてではなく、生徒会長───引いては───鈴は知る由もないが『更識家当主』としての彼女の顔。
表情としてはいつもと変わらない筈が、冷たく感じる。
「単刀直入に聞くわ。貴女達はどこまで見たの────?」
ジッと彼女の視線が、正面に座っていた鈴に向けられる。
言い逃れなど許さない鋭い視線を前に、鈴は何とか言葉を返す。
「質問の意味が分からないんだけど…」
「それもそうね、鈴ちゃん。じゃあ聞き方を変えましょう───貴女達が見た記憶の中に、ここ2年間は含まれていたのかしら?」
楯無の言葉を受け、考え込む一同。
楯無はその様子を一瞥し、既に答えを得ていた。
答えるのを渋っている──というのもあるが、どちらかと言えばどう答えて良いか分からないという表情。
対暗部組織の長である彼女には一目瞭然だった。
簪はそれを悟り口を開く。
言って良い事なのかどうなのか
「そのね、お姉ちゃん。細かい時期は分からないけど……流星の記憶は日本に来る手前から、つい最近まで……」
カチリと頭の中でピースがハマる。
先の沈黙は言葉よりも雄弁であった。
楯無は何処からか取り出した扇子を取り出し、口元を隠すように開く。
「成程、彼の記憶の中でも空白があったのね」
「「「!」」」
「あら?当たってた?」
開かれた扇子に書かれていた言葉は『的中』。
目を見開く3人に楯無はいつも通りのイタズラ好きな笑顔を浮かべた。
嵌められた、と渋い顔の3人。
ただ、緊張は緩和した。
場を彼女が絶妙な加減でコントロールしているのは言うまでもない。
「それで、その、簪のお姉さん?はどうしてそんなことを聞くのよ?」
「もう、焦れったい呼び方は駄目よ、鈴ちゃん。楯無さんでも生徒会長でもたっちゃんでも可よ。──理由はまず、臨海学校の直後に学園側に依頼されたから──かしら?細かいクライアントまでは話せないけど。別に、彼をどうこうしようとか思ってる訳では無いわよ?」
「依頼ー?」
小首を傾げる本音に楯無はええ、と肯定する。
本音のように首を傾げてこそいないが、鈴も簪も依頼の意図を図り損ねていた。
記憶にあった空白。
そこに至るまでの記憶に押し潰されて、表に出てこなかっただけ──無意識にそう考えていた。
「順を追って振り返るわね。新しい発見が無きにしも非ずだし」
彼女はそう言いながら、指先で虚空を指さす。
空中に投影されるディスプレイ。
ISを介し、映し出された情報に視線が集まる。
その中に、癖毛の青年と紅い髪の女性の写真があった。
「まずは出自からよ。名前から分かるけど、生まれは日本。父親の名前は今宮
「普通…」
楯無の言葉に思わず簪は俯く。
本音も鈴も目を伏せる。
あんな事が無ければ、と考えてしまうのも無理はなかった。
楯無は気にする素振りも見せず、続ける。
ディスプレイに投影された情報が切り替わる。
「彼が8歳の頃、父親の転勤に付いていく形で中東へ…。当時はまだ内戦も何も起きていない地域だったから、別におかしな事でも無いわ。給料もそれなりにあったみたいだし、治安も別に悪くはなかった」
───だけど、と楯無の声のトーンが少し下がる。
「激化した兵器開発の競走──その実験場として、紛争は拡大した。彼が10歳の頃に──両親は巻き込まれて帰らぬ人になった。家ごと攻撃に巻き込まれて、彼だけが生き残った………」
映し出されるのは当時の新聞や地域の写真。
ハッキリした死体こそ映っていないが、荒れ果てた街や廃墟と化した家々は確認出来る。
3人の中で、灰色の記憶と合致した。
フラッシュバックする光景に、本人でない3人が吐き気を催す。
資料を通して改めて背景も理解した。
ISの兵器転用や打倒ISを諦めきれない者達による運用試験。
大国の皺寄せを食らった小国。
形ばかりのアラスカ条約に、付け足される事項が増えようともイタチごっこに過ぎない。
彼の悲劇の根幹にはISの存在があった。
彼女達の胸中には複雑な思いが渦巻く。
楯無は視線を3人に戻す。
視線は『大丈夫?』と問いかける。
3人は別々に頷き、続けるよう促した。
「ここから先は、貴女達の方が詳しいと思うわ。地元警察の資料に奇跡的に残ってたのだと───彼はその直後に大男に襲われて、そいつを殺害。他に監禁されてた子供達の証言の記録から、彼と判断出来たのに過ぎないけど…………合ってるみたいね」
こくりと頷く本音。
楯無はあくまであった事実と概要だけを並べていた。
勿論、ある程度の内容は楯無も知っている。
ただ、態々その事件の中身まで語る気は楯無も起きなかった。
凄惨な死体の写真もここには載せていない。
出来ることなら、妹に
勝手な自身に嫌気がさす。
実に、気が進まない。
「その後は、彼が色んな所を転々としていた事しか分からないの。両親が死んだ段階で、国側からは死亡者扱いされてたのよ。あと紛争が激化して、基本的に国が把握しきれなくなっていたというのもあるわ。彼が少年兵として動いていたのも…その頃からのおおよそ4年間ね」
「…私達が見たのも殆どそこだと思う。色んな記憶を見てその……最初の…現場の記憶に戻っていったし…。ここ最近らしいのは全然無かった筈。少しだけど、幼少期の記憶もあったのに。そうだよね?鈴」
「ええ。簪の言う通りよ。でも、ひとつだけ気になる光景があったわ。最後の方、いきなり装備が綺麗なのになったのよ。でも一瞬だったし、暗がりが多かったから何とも…。そこから気付いたら日本にいる記憶だったような……」
「りんりんの言ってる部分私も気になったー。こっちに来たのも普通に来た訳じゃないと思うけど……」
と、3人の話に耳を傾けながら楯無は顎に手を当てる。
ここまで話した情報と彼女達の様子からして、この情報の成否は見て取れた。
「成程ね。ありがとう。やっぱり日本に来た経緯は不明みたいね」
楯無の中の仮説は補強される。
依頼者の出した情報や調査して出てきた情報と合わせれば、ある程度は予想出来る。
言うべきか、言わぬべきか。
楯無は己の中で吟味した後、核心部分は言うべきではないと判断した。
混乱を避ける目的もあるが、何より直感的な部分が大きい。
ただ、真剣に答えてもらった手前、ある程度は伝えておこうと決めていた。
「──これは、憶測でしかないけど」
目前に投影したディスプレイを閉じ、彼女は今一度深く座り直す。
「彼、この期間にもISに乗ってたんじゃないかしら──────?」
場を包み込む沈黙。
楯無の言葉を前に、目を見開く3人の姿があった。
言っても問題ない根拠を話し出す楯無。
聞き入る3人。
………奇しくも。
タイミングを同じくして───ある組織と、少女達は同じ答えに近付きつつあった─────。
□
「っくしゅん…」
生徒会室で、静寂を破るように小さな声が響いた。
俺は咄嗟に背けた顔を正面に戻し、此方に視線を向けた少女の方へ向ける。
眼鏡を掛けた少女──もとい、虚さんは心配そうな表情をしていた。
作業の手を珍しく止め、キョトンとした様子。
その様子が何とも本音にそっくりで、姉妹なのだと実感する。
「風邪…ですか?」
「ただのくしゃみです。集中してたのにすいません」
「丁度キリのいい所でしたから問題ありませんよ。どうせなら、休憩にしましょう。紅茶で良ければ淹れますが」
実に魅力的な提案。
虚さんの淹れる紅茶は、至高のひと言に尽きる。
生徒会に入って1番嬉しかったことはなにか、そう聞かれたら虚さんの紅茶が飲める事だと即答する程だ。
セシリアに教えてもらい、多少の心得こそ俺にもある。
ただ、それでも虚さんの紅茶には敵わない。
「なら、お言葉に甘えて。お茶請けってまだ有りましたっけ?」
「流星君達が買ってきたお土産も残っていた筈。本音も流星君も買ってきたから、大量にあったような───」
「あー…、あの饅頭ですか…。紅茶に饅頭ってどうなんでしょうね」
あまり拘らない俺には分からない話題。
特別気にしてもいないのか、虚さんも軽く考えるようだった。
「どうでしょう。ベストでは無いかもしれませんが、美味しいと思いますよ」
「なら饅頭にします。虚さんも食べますか?」
「はい、私も戴きます」
虚さんに紅茶の準備を任せ、俺は棚を漁る。
…なんか、補充されてる。
前よりも大量に菓子が追加されていた。
ちなみにスナック菓子は少ない。
誰が置いたかは言うまでもなかった。
「菓子、凄い増えてますね」
「本音ね……。あの子食べてばかりで大丈夫なのかしら」
ため息をつく虚さん。
姉として、妹を気にかけるのはごく当たり前の事だ。
確かに、大丈夫かどうか気になりはする。
ただ、本人があの様子なら問題は無いのだろう。
「大丈夫なんじゃないですか?」
「だといいけど」
資料を横に避け、饅頭を自身と虚さんの机の上に。
そして、虚さんに淹れて貰った紅茶を片手にひと息ついた。
特に、これといった会話はない。
気まずくはない。
互いにまったりしているというだけだ。
こうして虚さんと2人だけというのは初めてだったりする。
餡の甘さが疲れた脳に染み込むようだ。
カチャリ、とティーカップが持ち上げられる。
口に含んだ紅茶の温かさが全身を伝わっていく。
「──期末試験はどうでしたか?」
「何とも。やれるだけの事はやりましたけど、結果は微妙かと」
「流星君の事ですから、悪い結果にはならないと思いますよ?」
「だといいですけど、一応皆で勝負してるんですよ」
「勝負?」
「勝ったやつが、負けたヤツを1日好きに出来るんです。多分、一夏を自由にする詭弁でしょうし、誰も俺を指定するとも限りませんが」
成程、と頷く虚さん。
どことなく呆れてるように見えるのは気のせいか。
「流星君は、勝ったらどうするつもりだったんですか?」
「───」
虚さんの言葉に思わず目を見開く。
目から鱗だ。
勝つ勢いで臨んでこそいたが、そんな事を欠片も考えて居なかった。
顎に手を当て考える。
誰かをどうこう、というのは思い付かない。
饅頭の残りを口に放り込む。
虚さんは眉間に皺を寄せながら俺を見ていた。
「流星君は誰かと…なんて望むことは無いんですか?」
「無いわけではないんですけどね」
溜息をつきながら近くの資料を手に取った。
休憩ではあるが、書類の山の中に気になる物を見つけたからだ。
片手で紅茶を飲み干しながら、文字を目で追う。
「誰かをどうこうで思い出しましたけど、これどうするんですか?」
「…織斑君の所属の事ね。それで何件目かしらね」
「そろそろ運動部は制覇しますよ…。一夏を部活に所属させろーだなんて、パンダですか?アイツ」
「言いたくありませんけど、物珍しさならパンダより希少ですよ。貴方達は」
改めてゲンナリする事実に俺は苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。
虚さんが紅茶を入れてくれる───ありがたい。
一学期の半ばから急激に増えた部活の所属問題。
希少な男子を我が部活に───と声を上げる女子達。
殆どは一夏を指名しているものだ。
俺が指名されないのは、既に生徒会に所属しているのもあるからだろう。
何よりの理由は、彼の人あたりの良さが広まっているのもある。
再度紅茶に口をつける。
ともあれ、人気な分にマシだと考えるか。
この学園内に限った事ではないらしいが、
一部、過激思考の生徒達も存在するようだが、何かあったのか今は大人しい。
察せない程おめでたい人間ではない。
楯無には俺が気付いているよりも、ずっと世話になっているみたいだ。
夏休み明けの学園祭位は、色々と手伝って楽をさせてやりたい─────。
「お嬢様──会長が策を考えるらしいですよ。『大丈夫!私に任せてたら楽しくなるわよ!』とも言ってましたね」
────気もしたが、やめよう。
脳裏にVサインでおちゃめな笑顔の誰かが思い浮かぶ。
どこかのキャンディの包装紙に写ってそうな、舌を出してデフォルメされた生徒会長。
確実に面倒なことになる。
一夏だけでなく俺も含めて、だ。
「…頑張って下さい」
俺の表情を見て察したのか、虚さんはティーセットを片付け始めた。
流石に片付けまでやって貰うのは申し訳ない。
資料を置いて立ち上がり、彼女に歩み寄る。
「片付け、やりますよ。紅茶を淹れて貰いましたし」
「ありがとう。貴方は本音と違ってマメね」
「部屋では俺が淹れる側なんで、慣れてるだけです」
アイツ注文多いんで、とひと言多めに呟きつつ片付ける。
流石に何もしないのは落ち着かないのか、虚さんは手早くテーブルを拭いていた。
「そう言えばだけど───」
────ふと、思いついたように虚さんは振り返る。
何気ない疑問口にするように。
すぐ近くの虚空へ視線を移しながら、彼女は呟いた。
「────貴方は、お嬢様をどう思ってるの─────?」