爆音は空気を伝いビリビリと建物を振動させていた。
舞う爆煙──中心から勢いよく2つの物体が飛び出す。
間髪入れず轟音が聞こえた。
二箇所から砂塵が舞い上がる。
───広間の床に灰の機体が叩き落とされた。
一方で青の蝶は壁を突き破り、2階で身体を起こしている。
「っ、決めきれないか…」
灰の機体が身体を起こしながら、眉を顰める。
それも最大出力────だというのにエムは未だ健在。
だが、咄嗟に左腕で胴体を庇った代償か。
エムの左腕の装甲も中破していた。
勿論、それだけでは無くシールド・ビット一基も大破。
全身の装甲も亀裂が入っている。
ビットを自爆させ、攻撃を逸らした上で咄嗟に左腕で庇ったのだ。
流星の方もまた背部の装甲が砕けていた。
スラスターから直撃は逸らしたが、破損は目立つ。
エムは2階の床の縁から彼を見下ろす。
だらりと下がった左腕。
怪我をしているが、彼女に弱った様子は見られなかった。
「──貴様の強さの根幹は、戦い方と経験則か。それよりも常に敵を殺す状況を作りに来ている。加えて狙撃とナイフは1級。くく、悪くないな。精密過ぎる機動には何か─────いや、ISとの繋がりが強くなっていると見た」
愉しそうに告げる少女。
彼女の周りに集まって行くシールド・ビットを見つつ、流星は舌打ちする。
勘がいいとは思っていたが、まさか『同調』にまで勘づくのはデタラメである。
ただ、流星の意識はそちらに無い。
敵を倒す事に向いているのは当然として、捨て置けない物を目撃してしまったからだ。
少女の舌打ちと共に、ピシリと周囲に音が響く。
音の源はひび割れた少女のバイザー。
──先のダメージが影響してか、その左半分が砕け落ちた。
「っ!」
「!!」
思わず目を丸める流星。
その下から現れた顔は、よく見知った顔だったからだ。
バイザーの下から現れたのは
顔立ちは幼いが、見間違う筈もない。
(…偶然な訳が無い、か)
先の推測が確信に変わる。
目の前の少女は、間違いなくラウラのように人道に背いた出自だ。
問題は織斑千冬から生み出されたのか──はたまた織斑千冬もその1人なのか───。
詳しい事は分からないが、彼女も何らかの形で関係していると見るのが道理か。
────そう言えば、と一夏達の両親の事情を思い出す。
(…証拠は何一つ無い。考えるだけ無駄だな)
深く考えている暇は無い為、彼は思考を中断する。
ズキリと頭の奥が傷んだ。何かが引っ掛かる。
ISを通じて再度ドロりとした何かが流れ込んでくる。
「回避が甘かったか…」
一方で少女は砕けたバイザーに触れ、不満げに呟いていた。
彼女としてもバイザーが砕けたのは想定外だったらしい。
左側のバイザーが完全に崩れた状態。
左手で顔に触れ、頬に傷が付いていた事に気が付いた。
1本の赤い線。
「!」
破片で切ったのだろう。
浅い切り傷ではあるが、手に付いた微かな血を見てすぐ流星を睨む。
明確に怒りを露にする相手に違和感を覚えつつも、流星は右手にスナイパーライフルを展開した。
双方共損傷度合いはそれなり。
戦闘を続けられる状態を維持しているのも辛うじてに近い。
「怒るなよ、かすり傷だろ」
「──黙れ」
「
「…言葉には気を付けろ。さもなくば──」
ピリピリとした緊張が二人の間に走る。
叩き付けられる少女の凄まじい殺意を前に、少年はいつも通り意地の悪い笑みを浮かべる。
互いの意識が自身の武器に向けられる─────も、戦闘が再開されることは無かった。
「───そこまでよ、エム」
「「!」」
声と同時に、流星はその場を飛び退いた。
彼のいた場所は、瞬く間に炎に包まれる。
火球らしきものが叩き込まれた、と彼は冷静に分析しつつ攻撃が来た方向へ視線をやる。
「…増援か」
そこに居たのは金色のIS。
尾が生えており、両腕には何やら球体らしきものが備わっている。
また腕と球体を挟むように、小さな尾のようなものが付いていた。
ヒレや角にも取れなくはない。
エムが最初に空けた大穴から、二人を見下ろすように空中に浮かんでいた。
顔全体をバイザーで覆われている為、顔は確認出来ない。
操縦者は長身で金色の髪の女性。
佇まいだけでも相応の実力者であることは理解出来た。
「邪魔をするな…!」
忌々しげに金色のISを睨み付けるエム。
鋭い殺気が向けられる中、金色のISはやれやれと呆れたように肩を竦めてみせる。
隙は見当たらない。
厄介だと少年は1人悪態をつく。
金色のISはエムに対し、何かの情報を送り付けた。
不意にエムの眼前に現れるディスプレイ。
内容を見て、エムは舌打ちする。
「───
「…ッ…!」
「ふふ、物分りのいい子は好きよ」
渋々引き下がるエム。
その視線を女性は平然と受け止めつつ、撤収を促す。
「次は殺してやる。お前が生きていれば──だがな」
不穏な言葉を残しつつ、少女は天井の穴から離脱する。
追撃したいところではあるが、それは金色のISの背後にあたる。
少女と金色のIS、どちらにも隙がなく撤退を選んでいる以上、流星が無理に手出しする必要もない。
少女が去るのを見送り、場に残されたのは金色のISと灰色のIS。
そのまま立ち去るのかと思いきや、金色のISはまじまじと流星を眺めていた。
その様子を訝しむ流星。
エムと流星の戦闘は全てでは無いが移動中モニタリングしていた。
ぶつけられる刹那のやり取り、エム相手に引かない立ち回り。
初見の
戦闘技量と判断力、ナイフの扱いや狙撃の腕。
それらは元から彼が兼ね備えたもの───操縦技術がそれに追い付きつつある今なら、エムと渡り合っても何らおかしくはない。
ただ、所々何かツギハギのように感じた。
途中から急速に戦闘の安定性は上がっている──そんな感覚を金色のISは覚えている。
───成程、エムの言っている事が正解と見るべきね。
金色のISはひと通り観察し終えたのか、あっさりと背を向けた。
「今度はお話ししましょう。今宮流星」
立ち去る金色のIS。
最後まで隙は見せず、屋外に出ると高速で何処かに飛び去っていく。
広間は激しい戦闘の爪痕を残し、建物は半壊していた。
パラパラと瓦礫の破片が周囲を転がる。
天井の穴から射し込む陽光が辺りを眩しく照らしていた。
ついさっきまでと一転して、静寂が帰ってくる。
脅威が無くなったのを確認すると、流星はISを解除する。
左腕から血が滴り落ちる。
ハンカチを巻き付け止血し、彼も早急にその場を立ち去る事にした。
警備の薄さ、2人目の襲撃者の様子からして
ここは政治的にも向こうが有利な空間。
IS学園にひとまず戻る事を彼は選択するのだった。
□
そうして本音に連絡を取り、無事を確認し合流。
ナターシャがひと役買ってくれた甲斐あってか、スムーズに建物から抜け出せた。
建物から出てしまえば、後はこちらのもの。
後は警戒だけ緩めず、移動するだけであった。
──襲撃から2時間半。
こうして、彼らはIS学園に戻ってきた。
「兎も角、2人とも無事で何よりだわ」
水色の少女──更識楯無はそう呟き、ベッドの正面にある椅子に腰を下ろした。
口元を隠すように扇子を広げる。
扇子には安堵と書いてあった。
保健室の一角。
流星はベッドに座り、本音はベッドの隣の椅子に腰を掛けている。
虚は少し離れたソファで何やら端末で情報をやり取りしている。
───真っ直ぐと保健室へ向かった流星達を出迎えたのは、楯無達であった。
処置を終え、常駐している医者が席を外すと保健室の奥へ移動。
個室へと移った流星はあった出来事について報告した。
───ただ一点、襲撃者の素顔についてだけ、伏せて────。
隠し事をしたつもりもない。
だが直感的に言うべきではないと珍しい判断がそこにあった。
信用や信頼の話ではない。
混乱を避けたかったというのもあるが、何かが引っ掛かっている。
頭の奥で微かに痛みが走る。
「かなりの実力者2人の襲撃……加えて強奪された機体…厄介ね。接敵したのが流星くんだったことは不幸中の幸いだわ。実力を疑う訳では無いけど、他の1年だったら…とは考えたく無いわね」
「…俺も無事とは言えないけどな」
流星は左腕に視線を落とす。
ギプスに包帯、鎮痛剤こそ打っているが未だ熱を多少感じる。
そこまで深くないとはいえ、ざっくり切れていたのだ。
全体的な怪我の度合いは、あのエムと呼ばれた少女と同等ではある。
最新鋭の治療なら治るまでそうかからない。
「アイツら相手にその程度で済むのは貴方だからよ。これは…うかうかしてられないわね。少しでも手を打たないと手遅れになる」
「…奴らは何なんだ、知ってるのか?」
ええ、と楯無は頷く。
何処まで話すか考え、すぐに話し始めた。
「───
「ISを持ったテロリスト集団か。報道されないのは何となく察しがつくな」
呆れた様子でため息をつく流星。
楯無も彼の言わんとしていることを察し、額に手を当てながら話を続ける。
「多分考えているとおりよ。長い組織ってのはそこも厄介なの。奴らは各国の政府と裏で繋がってる。だから今回の件も純粋に彼らが殴り込んで来た───って訳じゃないのよね。──襲撃後に抜け出してきたのは本当に英断よ?」
「それで、アイツらの今回の目的は何だったんだ?」
「福音のコアよ。強奪されたみたいね」
アッサリと告げる楯無の言葉に流星は眉をひそめた。
笑えない、とあっさり最高機密を奪い去る戦力と、裏への繋がりの強さを実感する。
貴重な男性IS操縦者が今年から増えた上、第四世代ISまで存在している。
楯無が深刻そうな表情で考え込んでいるのも納得だ。
一筋縄で行く相手ではない。
理解した流星は再度先の楯無の言葉を思い出す。
「手を打つって言ってたけど、何か対策でも出来るものなのか?」
「そうね。とは言っても、出来ることなんて限られてるんだケド。君は兎も角、他にももっと強くなってもらわないと不味いの。特に1人──」
「…一夏か」
「そ。数日後には二学期が始まるから、彼のコーチをしようと思うの。暫くは朝練が自主練になっちゃうけど、大丈夫?」
「問題ないさ。どうせやる事は沢山あるしな」
頷く流星。
その様子をジト目で見ながら、本音は口を開く。
微かに黒いオーラを放ちながら、である。
「いまみー。わかってると思うけど怪我が治るまではダメだからね?」
「わ、分かってるって。今更だけど、本音は本当に怪我は無いのか?一応診てもらっても良いと思うけど」
「…いまみーに言われたくないもん。怪我してる癖に」
「俺は慣れてるからな。マズイかどうかも分かるから────オイ、怪我人を小突くな、オイ」
淡々と返す流星に対し、不満に思ったのか本音はポコポコと彼の右肩を叩く。
少ししてその手を止めると、ポツリと言葉を漏らした。
「───もっと弱音を言ってくれても良いのに…」
彼にも届かない程小さな声。
いじける様な言葉は少女の口もとで溶けて消える。
小首を傾げる流星と俯く本音。
楯無は呆れた様子で溜息をつくと、口を開いた。
「流星くん、後で一応精密検査を受けておきなさい。ISと同調してる以上、用心するに越したことはないの」
「…分かったよ」
「あと、今回の件だけど口外禁止。学園側は恐らく『貴方はあの場に居なかった』形で国側と話をつけるだろうから」
楯無は口元を隠すように扇子を再度開く。
書かれている文字は先とは違い、交渉と達筆で書かれている。
「それで引き下がってくれるのか?」
「福音のコアが強奪された事も公にしたくないでしょうし、何とかってところね。───流石に、流星くんもそろそろどこかに帰属しないと厳しいかも…」
目を伏せ、呟くように告げる楯無。
不安そうに本音は彼を見る。
何処かの国や企業に帰属する──というのは、簡単ではない。
元からその国に住んでいたり、国籍を持っていれば問題は無いのだが彼にはそれが無かった。
紛争地域に居た手前、行政はまともに機能せず彼は死亡扱い。
国としても名前が変わってしまっていた。
当然、国籍が無ければ企業との契約も厳しいだろう。
貴重な男性IS操縦者であるからこそ、厄介事はついて回る。
何処かに何となく帰属となれば、奪い合いが国で発生するだろう。
しかも、帰属した国側も彼をそのままにしておくとは思えない。
このままでもいけないのだが…と楯無は額に手をやる。
流星は楯無が考える事じゃないだろう、とあっさり告げた。
ムッと口を尖らせる楯無だが、彼側に悪意が無いのは知っている。
不満を込めて畳んだ扇子を流星の頭にぽすりと乗せる。
勢いは無いが叩かれた形だ。
流星は歯牙にもかけず、視線を楯無に向けたまま。
そう言えば、と彼は話題を切り替えた。
「で、一夏を指導するのは良いとして。今いるコーチ達はどうするんだ?」
今いるコーチ達──というのも一夏に想いを寄せる代表候補生達のことだ。
楯無も勿論把握している。
「そりゃあもう、納得して譲って貰うつもりよ?先に彼から説得するし」
一転して楽しげに話す楯無に流星は苦笑い。
この先の一夏の苦労を察したようだった。
「からかうのも程々にしてやれよ」
「嫌よ。面白そうだもの」
あっけらかんとして言ってのける楯無を前に、彼は溜息を漏らす。
他のコーチ達に詰め寄られる一夏を想像し、額に手をやる。
ニコニコとからかう方法を考えて居た楯無は時計を見てハッとする。
「───っと、生徒会の仕事まだ残ってたんだった!はいコレ!」
そそくさと立ち上がりながら、彼女は何処からともなく書類の山を取り出した。
ドサリと流星の膝の上に置かれる書類の山。
崩れそうになるそれを右手で受け止めつつ、流星は顔を強ばらせた。
「これは…?」
短い言葉に反抗心が見え隠れする。
微かに声色に表れる不満すら楯無は笑顔で
言葉通りに受け取り返事をした。
「何って、流星くんの分の書類だけど?またやることが増えたのよねー」
「怪我してるのに渡してくんな」
「あら?右手も怪我してたかしら。大丈夫よ!目を通して承認するものが大半だから!」
まともに取り合う気がない楯無に、流星は口の端を引くつかせる。
「思いやりは無いのか。怪我人に鞭打つ仕打ちには反対だ」
「飴と鞭は使いこなすものよ」
「飴要素はどこだ」
彼の言葉に楯無はキョトンとした顔に。
人差し指を顎にあてつつ少し考え──ニッコリと笑顔に戻った。
「──人間、甘やかし過ぎてもダメなのよね」
「おいコラ待て。逃げるな楯無、オイ!」
電光石火。
駆け出すように楯無はその場を立ち去る。
手を伸ばし抗議する流星であるが、彼はベッドに座ったままだ。
一応怪我をしており、咄嗟に追いかけられず彼の手は虚空を掴む。
ポカンと一連の流れを見ていた本音は視線を扉から彼の手元へ向ける。
残された書類。
崩れかけているその山を眺めつつ、彼女は苦笑いを浮かべる。
「え、えーっと。手伝うよいまみー」
優しさが身に染みる、と少年は苦笑するのであった。
気付いたら1年経ってた。
これからもよろしくお願いします。