IS 灰色の向こうに   作:ズーキー

52 / 97
やっと二学期です。


二学期の始まり
-50-


 

「あれ?怪我してるみたいだけどどうしたの?流星君」

 

「──げ」

 

思わず、少年の口から声が漏れでた。

言葉にはなっていない音。

直訳すると、面倒なのに出くわした──である。

 

場所は整備室。

灰色の機体を前に、右手1本で作業していた少年の前に現れたのは黛薫子。

片腕にギプスを嵌めているのを見るや否や、そそくさと近付いてきた。

───迂闊だった。

口外禁止の中、よりにもよって新聞部部長の彼女と出くわすのは非常に宜しくない。

地味に勘が鋭いあたり、厄介であった。

 

整備に苦戦し、気が回らなかったとはいえ本当に迂闊だ。

表情には出さずどう切り抜けるか考えていると、薫子は何かを察したのか笑顔で再度話し出す。

 

「多分言えない感じかな?大丈夫。流石に個人に迷惑がかかるだけの事は記事にしないよ。あ、そんな顔しない。この前のインタビュー面白おかしく書いたのは謝るからさー」

 

「もっと悪びれて言ってください」

 

「そりゃあ私達は新聞部だから、真実を面白おかしく書かないと行けない時も有るし」

 

「新聞じゃなくてゴシップ誌の方が向いてますよ」

 

「褒め言葉ありがとう。それにしても、随分苦戦してる様子だったみたいだけど?」

 

薫子の視線が灰色の機体へ移る。

流星としては本筋から逸れて嬉しいのだが、『時雨』のこの状態もまた事件の確固たる証拠な訳で─────。

 

──いや、と彼は内心否定した。

先程の彼女の発言を信用し、ひとまず今悩んでいた事だけ打ち明けることにした。

 

「『時雨』の自己修復における内部処理でどうにもエラーが出てるみたいです。生体補助なんかはまともに機能しているんですけど、自己修復が進まなくて」

 

「自己修復で?ちょっと見てもいい?」

 

「先輩が良いのなら是非」

 

彼女は確か整備科でもかなり優秀と聞く。

流星は場所を彼女に譲り、デバイスを渡す。

 

薫子は慣れた手つきでそれを操作し、機体の状態を確認する。

次々と現れる見慣れないパラメータ。

 

「んーこれでもないなぁ」

 

呟きながら作業を進める薫子。

流星はその様子を背後から見ながら思わず目を見開いていた。

整備等は慣れたものと思っていたが、まだまだ奥が深いようだ。

 

 

「ありゃ、これは久々に見たなぁ」

 

「理由が分かったんですか?」

 

「うん。ここを見て」

 

「一部の数値上で、この部分だけ自己修復が完了している?でも強度はパラメータ上低い……まさか」

 

「うんうん、簪さんと整備室籠ってただけはあるね。整備科に欲しい位!───っと、本題に戻るけどここのフレームに限界が来たみたい」

 

滅多に起こらない事なんだけどねーと薫子は言いつつ、他の部位も調べていく。

普通ならばISの機体フレーム、もとい装甲等はこまめに新しいものに取り替えられている。

自己修復こそあるが、第二世代でも古い方になると金属そのものの限界を迎える事がある為だそうだ。

 

とはいえ、それも理論上の話。

基本的に大破クラスの攻撃を受けたり、実戦を重ねない限りはまず起きないとの事。

 

理由を聞き、流星は顔を引き攣らせた。

思い当たる節しかない。

大破クラスの攻撃───つまりは臨海学校での戦闘。

後者も同じくそれに該当し、加えて今回の件。

 

少し前になるが、クラス対抗戦やタッグトーナメントでの襲撃も無関係では無いだろう。

 

(…『黒時雨』の影響もあるのかもな)

 

色々とオーバースペックな換装形態を思い出しつつ、溜息をつく。

そんな彼に振り返りつつ、薫子は言葉を投げかける。

 

「『時雨』って作った企業ももう無いんだっけー?」

 

 

「ええ。そうらしいです。だから基本的に武装は学園経由で量産機のものを使ってます」

 

「そっかー、なら暫くはお預けだね」

 

残念そうな表情で振り返った薫子が流星に何かを手渡す。

それは待機形態となった『時雨』であった。

あっさりと告げられた言葉と先の話を脳内で反芻しつつ、彼も察する。

 

───暫くは『時雨』で戦えない。

機体そのものへの負荷を考えると無理をさせるのは良くないだろう。

部分展開も安易にしていれば致命的な欠陥になる可能性がある。

 

早めにフレームを発注し、学園内にて調整して取り付ける作業が必要だ。

待機形態での生体補助は機能しているが、展開出来ないとなれば色々と問題だろう。

 

「流石に君が専用機を展開出来ないのは危険よね。たっちゃん経由で訓練機でも貸し出して貰う?」

 

「そうするつもりです。…助かりました。黛先輩が居なかったら分からなかったかも知れません。整備科のエースは伊達じゃないですね」

 

「あはは、煽てても何も出ないよ?記者は持ちつ持たれつが基本だから、また今度に期待してるよ」

 

「…お手柔らかに頼みます」

 

顎に手を当てキラリと鋭く目を光らせる薫子。

流星は呆れた様子で周囲の道具を片付け始めた。

 

そこは出来る女子、黛薫子。

恩を売るべく、そつなく片付けを手伝う。

 

黙々と進められる片付け。

粗方デバイスやディスプレイといった電子機器を片付け終えた辺りで、流星の方から彼女に振り返った。

 

 

───そう言えば───と思い出したように口を開く。

 

 

「以前、楯無と遠慮なく言い合える人は貴重──みたいに言ってましたけど、他に誰か居なかったんですか?」

 

 

手元でコードを回収しつつ尋ねる流星を前に、工具を集めていた薫子の手はピタリと止まった。

一瞬の静止に首を傾げる流星だが、薫子はすぐにニヤついて彼に切り返す。

 

 

「それは…たっちゃんの事が気になるのかな〜?」

「違います」

 

キッパリと否定する流星。

背景にNOと文字が浮かぶ程の即答であったが、薫子はニヤついたまま。

 

「流星くんって、たっちゃんの事になると意地になるよね」

 

「………どういう意味ですか」

 

訝しむような視線を流星は薫子に向ける。

薫子の方は片手をヒラヒラさせ、彼を宥める。

 

そして、急に真剣な表情に戻り質問への回答を口にした。

 

 

「気にしない気にしない。──そうだね、一人居たんだよ(・・・・・)

 

「───」

 

彼女の発言に流星の手もピタリと止まる。

薫子は逆に作業を再開しながら彼に背を向ける。

手を動かしながら淡々と事実だけを口にしていた。

 

「正確にはライバルみたいな人が居たの。成績も優秀で運動も出来て、IS操縦技術も優秀なね」

 

「黛先輩は違うんですか?」

 

流星の疑問に薫子は人差し指を立てくるくると回す。

随分直球だなぁ、と軽く呟きつつ続ける。

 

「私は確かに親友だと思うけど、そういうのと違うかな。たっちゃんのお家の事とかはよく把握してないし」

 

「──その人は楯無の家の事を知っていたんですか?」

 

「そうみたい。その人も特別な家系出身らしいんだけど、学校辞めちゃったみたいだし、もう確かめようがないかなぁ」

 

薫子はそう言いながら、懐かしむように遠くを見る。

他人事のように呟く薫子だが、様子からして彼女もそこそこ交流があったらしい。

少年からは薫子の表情が見えない。

 

 

 

「……それ、俺に言って良かったんですか?」

 

「聞きたがったのは流星君だよ。伝えてた方が良い気がしたからね」

 

「……」

 

沈黙も一瞬。

不審がる流星に薫子は笑顔で振り向く。

 

 

「───と・こ・ろ・で!」

 

 

彼女は彼の肩を強く叩きつつ、先までと一転した様子で詰め寄る。

いつの間にかメモ帳とペンを片手に用意していた。

 

 

「臨海学校から一部女子と仲が良いって噂だけど、詳しく聞かせてもらっていいかな!」

 

 

「──やっぱそういうの企んでやがったな、畜生っ」

 

 

 

 

 

 

そうして、夏休みは終わり二学期に入る。

始業式も無事に終え、二学期2日目のこと。

 

 

「だ〜れだ♪」

 

「!?」

 

背後から女子の声が聞こえた。

視界が突如暗くなり、顔に指が触れる。

不意の目隠しにもだが、急に現れた気配に思わず一夏は驚いた。

 

彼の驚きも無理はない。

場所は男子更衣室──朝練もとい模擬戦を終え、着替えに来たところである。

真面目に考えたが思い当たる人物は居ない。

 

 

「えっ、だ、誰だ!?」

 

「ほらほら、ちゃんと考えてよ」

 

「えーっと…」

 

「はい時間切れ。アハっ、引っかかった」

 

目を覆っていた指が離れ、一夏は振り返る。

彼の頬に畳まれた扇子が当たる。

振り向いた時に人差し指で頬をつつくイタズラだ。

 

頬をつつかれながらも一夏は背後の人物の顔を見る。

水色の髪──4組の更識簪が一瞬彼の脳裏でチラつくが、容姿も声も何より行動からしても別人だ。

髪色も彼女に比べて薄く、毛先がほんのり赤みがかっている。

胸元のネクタイは黄色──つまりは2年生だろう。

 

「誰…?いや、貴方は…前に会ったことあるような───」

 

彼は首を傾げながら困惑を隠せず、呟く。

対して水色の少女は彼に背を向けて歩き出していた。

 

「ほらほら、君も急がないと織斑先生に怒られるよ〜?」

 

からかう様な、悪戯好きな笑みを浮かべた少女の視線は近くの時計へ。

表示された時刻を目の当たりにして、一夏は雷に打たれたような衝撃を受けた。

 

 

「───あぁあっ!?マズイ!?」

 

顔が真っ青になり、冷や汗が出る。

時刻からして今すぐ更衣室から出てギリギリだ。

しかし、未だ彼はISスーツのまま。

遅刻の2文字が脳裏に浮かぶ。

 

一夏は慌てて着替え始めた。

 

 

 

 

 

急いだ所で現実は非情である。

 

 

 

 

鳴り響くチャイムの中、肩で息をする彼を出迎えたのは実の姉であった。

 

「ほう、遅刻するとはいい度胸だな」

 

「いや、その、あのですね。見知ぬ女生徒が──」

 

「そうか。お前は初対面の女子との会話を優先して授業に遅れたのか」

 

「ち、違います」

 

一夏の言おうとした事を読んだ上で千冬はそう告げた。

有無を言わせぬ迫力。

出席簿を警戒して一夏は1歩後ずさる。

 

 

──ふと彼の視界に呆れた様相の少年が映った。

流星を見て何か思いだしたのか、一夏は意識はそちらに向けられる。

あっ、と一夏の口蓋から声が漏れる。

 

「思い出した!そういや以前流星と居た人だ!」

 

「あのさ、俺巻き込むのやめてくれない?」

 

周囲の視線が流星に向けられる。

見知らぬ女生徒の存在を聞き、心中穏やかではない1組内の代表候補生達───彼女らの目は据わっていた。

 

「(ねぇ、心当たりはあるの?)」

 

「(今の情報だけ分かるならエスパーだ。…ない訳ではないけど)」

 

小声で囁くように尋ねてくる清香。

代表候補生達とはまた違う理由で彼女も興味を持っていた。

 

千冬は溜息をついた。

 

「織斑、話はそこまでか?」

 

千冬は視線を一夏から座席の方へ向ける。

 

「デュノア。高速切替(ラピッド・スイッチ)の実演をしろ」

 

実質的一夏への宣告が下る。

サーっと彼の顔から血の気が引く。

指名されたシャルロットは彼の前に出る。

 

「あ、あのシャルロット?」

「何かな?織斑くん(・・・・)

 

あ、これ終わった──彼の内心を代弁するならそれに尽きるだろう。

疾風の再誕(ラファール・リヴァイブ)を展開し、ニッコリと笑顔を浮かべるシャルロット。

 

 

 

一夏の絶叫が教室に響き渡った。

 

 

 

 

 

「それで、あれは誰なんだ?」

 

授業も終わり放課後。

至る所煤けた汚れが目立つ一夏は廊下を歩きながら、隣の少年にそう問いかけた。

今朝に出会った少女──それについて改めて聞こうとしている。

 

放課後になるまで聞けなかったのは単に流星が面倒を避けて答えようとしなかったからだ。

周りの代表候補生達を刺激しまいという意図もある。

 

2人は放課後の練習の為にアリーナに向かっていた。

 

「水色の髪の2年生ね。あー、ハイハイ」

 

「何で呆れてるんだ?」

 

「この学園で知らない人の方が少ない人間だからな」

 

「え?有名なのか?」

 

「始業式に出て無かったのか?」

 

「始業式…。出てたぞ、出てたけど覚えてるもんか?普通」

 

一夏は腕を組んで考えつつ、始業式の光景を思い出そうとする。

ぼんやりと誰か生徒が前で話していた記憶はある。

しかし、欠伸をしながら話の大半を聞き逃していた為、顔までは思い出せなかった。

 

「でも皆の前で話すって、なんか凄い人なのか?成績首席とか?」

 

「あながち間違いでも無いな。大体何でも出来るし」

 

「へー、なんか人懐っこい猫みたいなイメージだったけど意外だ」

 

「…」

 

「───流星、今凄い顔してるぞ」

 

ギョッとするオレンジ髪の少年に一夏は指摘する。

猫という一夏の言葉に引き摺られ、不意に猫のコスプレをした少女が流星の脳裏を過ぎる。

 

彼の趣味や妄想──という訳ではない。

以前、彼をからかう為に少女自らが自室で着ていた過去があったからだ。

頭を抑えながら流星はそれを振り払う。

首を傾げている一夏を横目で見ると、彼は再度口を開いた。

 

「気にしないでくれ。まず名前からだな。名前は───」

 

彼の説明が始まる。

だがその言葉が最後まで紡がれる事は無かった。

 

目の前に歩み寄ってくる人影。

2人は正面へ視線を戻す。

そこに居た少女は、勢いよくパシリと扇子を閉じ彼の言葉から続けた。

 

 

「──更識楯無。この学園の生徒会長よ」

 

 

水色の少女──もとい楯無を見た一夏はぽかんと口を開いている。

噂をすればなんとやら。

まさかこのタイミングで再開するのが意外だったのだろう。

 

「生徒会長…?あっ!確か前に流星が悪口言って連れて行かれた時の───!」

 

「思い出さなくていいんだよ、そこは」

 

手のひらを拳で叩いて納得する一夏。

隣の少年は彼をジト目で睨む。

 

楯無は笑顔で一夏に近付き、観察するように彼を見ていた。

何気なくではあったものの気取らせない動き。

一夏は驚き、身体を仰け反らせる。

 

 

「ふむふむ、成程ね〜。休み中もちゃんと鍛錬してたみたいね」

 

「分かるんですか?」

 

「当然よ。だって私は生徒会長だもの」

 

「??」

 

一夏は意味が分からないと言った顔。

いまいち生徒会長である事と、見抜いた事の繋がりが見えない。

 

「ふふ、理由が分からないって顔ね」

 

纏った雰囲気も独特だ。

堂々とした佇まいの癖にお淑やか。

窓から射し込む午後の陽光が彼女の水色の髪を明るく照らしている。

歳は1つ違うだけだというのに、凛々しい大人の女性らしさも感じる。

だが、笑顔は少女のもの───それが何とも形容し難い。

 

「っ!」

 

「覚悟っ!!!」

 

不意に大きな声と共に彼の背後から飛び出す影。

思わずビクリと肩を上下する一夏の体は隣に引き寄せられていた。

隣の少年が彼の襟を掴んで無造作に引き寄せたからだ。

 

少年の足下に尻もちをつくように一夏は倒れ込む。

そうして状況を飲み込むよりも早く、一夏は一連の流れを目撃する。

 

飛びかかった道着の少女を、楯無は殆ど動くこと無く受け流していた。

仕掛けた少女の動きもそれなりのもの。

素早く正確な一撃は標的を捉えず。

 

───楯無の背後には更にもう1人の影。

今度は竹刀を持った剣道着の少女。

 

「覚えておくと良いわ。一夏くん」

 

「ちょっ!?危な───」

 

仕掛ける2人の少女に目もくれず、楯無は彼に告げる。

 

 

「IS学園の生徒会長はね、ある一つのことを意味するの」

 

 

背後からの蹴りを軽く屈んで避け、彼女は身体を反転させた。

回避と同時に仕掛けてきた楯無に驚く空手少女。

楯無は少女の襟を掴むとそのまま綺麗に投げ技を決めた。

勿論、力加減も完璧であるがそれは余談である。

 

 

「全ての生徒の長たる者───最強であれ」

 

 

続く竹刀に対しては、先端スレスレで躱してみせ懐に潜り込む。

そのまま手を取る──少女は一人でに床に転がっていった。

 

いつの間にか楯無の手には剣道少女が握っていた竹刀がある。

 

ポカンと開いた口が塞がらない一夏。

そのリアクションを見てご満悦なのか、笑顔で楯無は頷く。

 

そのまま楯無は何かを察知したのか、隣の少年に竹刀を投げた。

 

「あ、流星くんこれあげる」

 

「覚えとけよ」

 

忌々しそうに流星は竹刀を手に取る。

 

振り返ると同時に竹刀が軋む音が聞こえた。

叩き込まれる数発の拳を彼は竹刀で受けきる。

襲いかかって来たのはボクシンググローブを嵌めた少女。

 

追撃より先に彼に足を払われ、無理やりカウンターに放った拳はアッサリ回避される。

コツンと額を竹刀で小突かれ、彼女は意識を手放す。

 

瞬く間に起きた出来事に一夏は言葉が出なかった。

 

襲撃者は4名(・・)

流星に竹刀を渡した直後の一瞬で、楯無は最後の1人を迎撃していた。

 

 

「立てる?一夏くん」

 

「は、はい。今のは?」

 

「大方、学園祭で勝ち目が無いから私を倒して報酬を操作しようって魂胆かな?」

 

「報酬?操作?」

 

「アハハ、気にしなくても大丈夫よ?その内発表するから」

 

只者ではない。

一夏は楯無の足運びを思い返しながら、彼女の手を取る。

楯無は扇子を開いていた。

扇子には最強と書かれている。

疑問だらけでどこから聞いていいか分からない中、彼は思っていた事を捻り出した。

 

 

「それで、その生徒会長が俺に何の用ですか?」

 

「固いな〜。楯無さんでも良いわよ?」

 

おちゃらけた様子の彼女だが、態度も作ったものとは感じない。

警戒する程の実力者なのだろうが、不思議とそんな気は湧かなかった。

後にそれが彼女の人たらし故の特徴であると思い知る事になる。

 

「率直に言うとね。君のコーチをしようと思ってきたの」

 

「悪いですけど、コーチなら間に合ってます。───どうして突然そんなことを…?」

 

「そんなの簡単だよ。君が弱いから」

 

ムッと一夏の顔が不満に染まる。

楯無は乗ってきた、と内心でガッツポーズ。

透けて見えるのか流星は壁に背を預け、気だるそうに見守っていた。

 

「それなりに弱くも、ないつもりです」

 

「弱いよ。滅茶苦茶弱い。私が流星くんのコーチ放っぽり出して、君を鍛えようとする位には弱い」

 

声色は先よりも重く鋭い。

挑発だと分かっているが、一夏は流す事も出来なかった。

簡単な話、彼も男として引けないものがある。

 

「お断りします」

 

「未熟なのに頑固ね。弱いままでいいのかしら?」

 

「未熟なのは認めます。けど、だからって会ったばかりの人に弱いって言われて『はいそうです』は違うと思うんです」

 

一夏は思った事をそのまま吐露した。

弱さの自覚は当然。

言葉の裏には自身の弱さ故に仲間が傷付いてしまった臨海学校の存在があった。

複雑な思いが混じる彼の言葉を受け、楯無は目を丸めた。

すぐに口元を隠すように扇子を開く。

 

「ふふ、それなら良いわ。勝負しましょう」

 

「勝負?」

 

「そ。互いが勝った方の言う事を聞く。簡単で良いでしょう?」

 

扇子には『必勝』と書かれていた。

舐められていると理解した一夏の表情は険しいものになる。

 

 

「分かりました。それでいいです」

 

 

───彼は勝負に乗ることにした。

 

 

 

一緒に居た少年も連れ、場は柔道場へと移る。

素早く着替えも済ませ、互いに柔道着で向かいあっていた。

 

少年は面倒臭そうに端で壁にもたれかかっている。

 

なぜこの場所にこの格好なのか、は少年も大方予想がついていた。

楯無の挑発的な指摘、獲物も何も無い生身での勝負。

 

目的は純粋な戦力差を思い知らせる為だ。

男女差も彼の練習も何も関係ない。

 

楯無は対面する一夏に向かって、口を開いた。

 

 

「ルールは簡単、一度でも私を床に倒せたら君の勝ち。逆に君が続行不能になったら私の勝ち──それでいいかな?」

 

「それは──」

 

楯無の言葉に一夏は困惑した表情を見せた。

時間制限もなく、一夏が圧倒的有利な勝利条件。

目の前の相手が強い事は分かっているが、一夏もここまで何もして来なかった訳では無い。

軍人のラウラにも生身での鍛錬はさせられたことがあり、しぶとさには自信がある。

 

勝負としてあまりにも成り立っていないと感じる一夏を前に、楯無は鼻で笑う事すらしない。

 

 

「大丈夫。私が勝つから」

 

冷たく静かに言い放った言葉に、一夏のスイッチが切り替わった。

何がなんでも勝つ。

細かい思考はよそに、彼はジリジリと距離を詰め出した。

 

基本的にはすり足。

一歩一歩を慎重に進める。

相手の挙動に意識を置く───こちらは相手を床に倒すだけで良い、下手に欲張るのは避けろ─────!

 

(意外と、悪くない。今年から鍛錬し始めたにしては出来過ぎな位かな?)

 

楯無は一夏の姿勢や近寄り方を観察しながら、胸中呟く。

 

間合い管理や体幹等未熟な部分を挙げ出せばキリがない。

しかし、あくまで半年前まではただ普通に過ごして来た少年である点を考慮するなら、感動すら覚える成長だ。

 

(けど、それ止まりね)

 

二人の間合いが詰まる。

仕掛けたのは一夏、楯無はギリギリまで一夏の行動を吟味する。

 

彼女の襟を掴まんと一夏は大きく踏み込んだ。

楯無が誘うように微かに重心をずらした瞬間を狙っている。

 

楯無は彼の土壇場で見せるポテンシャルの高さも知っている。

真っ当な動機も。

その上で楯無は辛い評価を下した。

 

「一夏くん、そんなのじゃ掴まえることすら出来ないわよ?」

 

「っ!?」

 

楯無の声と共に視界が反転するのを一夏は理解した。

一瞬の浮遊感と見慣れない光景。

遅れてやってくる衝撃に投げられたと彼は知覚した。

 

 

──反射的に受け身だけ成立している。

辛うじて、という言葉が入るが何も無く床に叩きつけられるよりは遥かにマシだ。

とはいえ、衝撃が勢いに反して少ない。

手加減された上でこれだと、彼は理解した。

 

「どうする?まだ続ける?」

 

楯無は追撃せず、倒れた彼を前に一歩引いて立っている。

 

「当然っ!」

 

すぐに起き上がり、一夏は構えた。

 

そのまま仕掛けようと相手を見る。

だが、起き上がった一夏は思わず動きを止めた。

 

 

先まで見えた欠片の隙も見当たらない。

 

 

「来ないの?──じゃあこっちから行くわね」

 

 

キョトンとした顔で首を傾げる楯無。

一夏の状況を理解しているのか、小悪魔的な笑みだけ浮かべ彼女は動き出した────。

 

 

 

十数分経過した。

 

 

唯一の観客である少年の目に映るのは、何とか身体を起こしている一夏とそれを待つように眺めている楯無の姿。

 

 

結果は分かりきったものであった。

 

 

「くそっ」

 

一夏はふらつきつつも、膝を抑えながら立ち上がる。

何度投げられたか、もうわからない。

ふらつく足下。

加減されているとはいえ、休みなくダメージが蓄積すれば当然こうなる。

 

──身体が重い。

楯無に向かっていくのも、躱そうと避けるのも全力だ。

息も切らしていた。

 

「どう?降参する気になった?」

 

見上げるように自身を見ている一夏に楯無は問いかける。

彼女の息が乱れていないのはもちろんとして、衣服の乱れすら見られなかった。

『学園最強』──その言葉が一夏の脳裏に浮かぶ。

 

痛感せざるを得ない。

自身のよく知る代表候補生達ではここまで差を見せ付けられる事は無いだろう。

 

「まだまだ!」

 

「うん。頑張る男の子は好きよ?」

 

ふらつく身体を気合いだけで起こす。

勝利は現実的ではない。

あれ程有利な条件でもそう感じる位には楯無は強い。

 

だからといって引く事はしない。

今出来るだけのものを出し切って勝ちを取りにいくだけ────。

 

「!」

 

渾身の踏み込みに楯無は目を丸めた。

窮地の彼が見せるただならぬ集中。

瞬発的なものであるが、目を見張るものがそこにはある。

 

(これは、鍛えがいがありそうね)

 

思わず手癖で扇子を開きたくなる。

もしここで扇子を持っていたならば『有望』と書かれていただろう。

 

拙さはひとまず。

掴みかかった一夏に対して、楯無は笑みを浮かべたまま何もしなかった。

 

 

(好機(チャンス)!)

 

 

一夏の手が楯無の襟を掴む。

これだけの数投げられて初めて楯無に触れた。

逃せば後はないと一夏は力を入れ──────

 

 

 

「あら?」

 

 

「ぶっ!?」

 

 

肌色が大きく視界に映った。

綺麗な肌色──そして白の布。

さらけ出された豊満なものに一夏の集中力は弾け飛ぶ。

はだけた道着、そこから顔をのぞかせるのは水色の少女の──。

 

 

「うわあぁっ!?」

 

「きゃあ!一夏くんのエッチ!」

 

わざとらしい悲鳴をあげながら楯無はうずくまる。

顔を真っ赤にしながら一夏は飛び退いた。

疲弊した身体からは想像も出来ない瞬発力である。

 

見慣れた(・・・・)観客の少年なら、一連の流れから全て演技だと分かる。

 

しかし、楯無の迫真の演技を前には大抵の者は違和感すら覚えない。

 

やってしまったと焦る一夏を前に楯無はフラリと立ち上がる。

 

 

───補足するなら、楯無としても下着までは見せる気は無かった。

 

 

「ふふ、ふふふ。ねぇ、一夏くん」

 

 

普段からからかう為に際どい格好をしたりもするが、不意に見られるのは何か違う。

見られた、確実にあの少年にも見られた──モヤモヤしたものは隠せず。

 

微かに黒いものを纏いながら、楯無は握り拳を作った。

 

 

「──おねーさんの下着姿は高いわよ?」

 

 

一夏の弁明を待たず水色の少女は動き出す。

───本日二度目となる一夏の悲鳴が辺りに響き渡った。

 

 

 

「さて」

 

 

崩れ落ちる少年。

少女はその横でニッコリと笑顔で振り返る。

もう1人の少年は苦虫を噛み潰したよう。

少女は微かに首を傾けながら、静かな調子で口を開いた。

 

 

 

「見たわよね?」

 

「何をだ?」

 

「見 た わ よ ね ?」

 

「…………」

 

有無を言わさぬ迫力で飛びかかる水色の影。

 

───この後、柔道場で激戦が繰り広げられたとか、られなかったとか。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。