IS 灰色の向こうに   作:ズーキー

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柔道場でのやり取りから1時間。

日が傾き始めた頃、アリーナで蒼の機体が水色の少女に詰め寄っていた。

操縦者はその金髪を揺らしつつ、納得がいかない様子で斜め後方を指さす。

 

「か、簪さん!?あれは一体どういうことですの!?」

 

詰め寄られた少女───もといISスーツ姿の簪は勢いに負け引き攣った表情を浮かべた。

セシリアの指さす方には一夏と楯無がいる。

 

迫力満点のセシリアを前に何とか言葉を吐き出した。

 

「た、確か勝負に負けたからコーチしてもらう事になったって…」

 

「そ、それは分かっていますわ!問題はそちらではなく───」

 

「落ち着いてセシリアさん…」

 

簪は苦笑いを浮かべながら、彼女を宥めように努める。

ただ、押しかけるのはセシリアだけではない。

同様に簪の前に詰め寄る3つの影があった。

 

「か、簪。あの人はお前の姉なのだろう?これは一体どういう事なのだ!?」

 

「コーチするって言うのは分かるけど、あんなにベタベタしてるのはおかしいよ!」

 

「嫁も嫁だ。夫以外にデレデレと鼻の下を伸ばすとは………!」

 

それぞれ怒りや不満を露わにする少女達。

 

それもその筈。

 

いつもの調子で一夏を待っていれば、彼と共に現れたのは生徒会長(更識楯無)

彼のコーチを楯無がする事になった────と告げられ、抗議する隙もなく練習は始まる。

ここまではまだいい、納得はしていないが。

 

 

彼女らの一番の不満は楯無の行動にあった。

セシリアとシャルロットが円状制御飛翔(サークル・ロンド)を実演している最中に一夏の耳に息を吹き掛ける程くっつく。

また説明中に少し位置の高いところに座り、足を組みかえて見えそうで見えない事でからかったり。

 

練習内容こそしっかりしたもの。

効率もよく、短時間でやるべき事をしっかり分からせている。

 

それとは別に───彼女の一夏をからかう行動には彼女達も気が気でないらしい。

 

 

「あんた達、落ち着きなさいよ。簪が怯えちゃってるじゃない」

 

「り、鈴…!」

 

呆れた様子でやってきた鈴の後ろに簪は移動する。

箒はハッとなるとコホンと咳払いをし、2人に向き直る。

 

「たしかに少し取り乱し過ぎたか…。しかし、鈴も気持ちは分かるだろう?」

 

「まーね。でもあの人って普段からあんな感じらしいから慣れた方がいいかもね」

 

「心が休まらないね…それ」

 

苦笑いを浮かべるシャルロット。

彼女達の不安は大きくなるばかりだ。

 

楯無は彼女達から見ても才色兼備を絵にしたような少女である。

腕も立ち、歳上。

たった1時間程の付き合いとはいえ、愛嬌も溢れており非の打ち所がないのは思い知らされていた。

 

一夏が歳上好きなのではないか──その疑惑も不安を助長する。

 

「えっと…お姉ちゃんが迷惑かけてごめんね?」

 

「別にそういう訳ではありませんのよ?何と言うかその────」

 

「簪、実際どうなんだ?お前の姉は嫁のことが好きなのか?」

 

申し訳なさそうにする簪にセシリアは慌てて弁明する。

そんな中思っていた事をラウラはストレートに投げた。

一同の視線が簪に集まる。

鈴としても気にはなるらしい。

 

 

「お姉ちゃんからそういう話は聞かないけど、見た感じだと純粋にリアクションを楽しんでるみたい」

 

会話をよそに、2人の少年による円状制御飛翔(サークル・ロンド)が始まっている。

もう1人の少年が使用しているISは『打鉄』。

学園から暫くは彼の専用機扱いで貸し出されていた。

アサルトライフル『焔備』を手に、一夏と円を描きながら射撃と回避を行っている。

一夏の方はシャルロットから借りたスナイパーライフルを手に訓練に臨んでいる。

 

一夏の荷電粒子砲は連射が効かず、性質としてはスナイパーライフルのそれに近い。

しかし一夏の射撃能力は低く、近接で当てる用途が主になる。

故の射撃型の訓練。

 

白式についている雪麗を使わないのは、エネルギー効率面で練習に向かないからだ。

 

 

少女達はそれを休憩ついでに見守る。

 

 

「それに、お姉ちゃんはどっちかと言うと多分────」

 

「多分──?」

 

「──やっぱり何でもない。気の所為かも。お姉ちゃん、ああ見えて独占欲強いし。………とりあえず、織斑くんが好きとかはないと思う」

 

簪の言葉に鈴は微かに目を細める。

反して他の4人は安堵の息を漏らしていた。

この場は少し落ち着いたと見ていいだろう。

簪は安心して鈴の背後から前に出る。

 

 

「かーんざーしちゃん!」

 

「ひゃ!?おおお姉ちゃん!」

 

背後から突然抱き締められ、簪はビクリと肩を上下する。

鈴やセシリアといった近くにいた者もまた、楯無が現れた事に驚きを隠せずにいる。

 

「何々?皆私を見てどうしたの?おねーさんひょっとして人気者?」

 

「ある意味、ね」

 

「やっほー鈴ちゃんも少しぶりね」

 

「気配も無く寄って来ないでよ。簪だけじゃなくこっちの心臓にも悪いから」

 

「じゃないと簪ちゃんにこうやって抱きつけないでしょ?」

 

「はぁ」

 

セシリアの視線が隣の鈴へ移る。

『知り合いでしたの──?』という問い掛けを含んだそれに鈴は『まあね』と視線で返す。

全員楯無の顔と名前は知っていた。

IS学園生徒会長であり、ロシアの国家代表IS操縦者。

代表候補生とはまた一線を画した存在である。

 

 

「それで何話してたの?私も混ぜて欲しいな〜」

 

始業式の際のきっちりしたイメージとは相反して、人懐っこく話し掛けやすい雰囲気だ。

一夏をからかうときの妖艶さも何処へやら。

呆気に取られるセシリア、箒、シャルロット。

 

ラウラは、彼女の生身での実力も垣間見たせいか納得がいかない様子である。

 

 

「お、お姉ちゃん?恥ずかしいから離れて…」

 

「えー」

 

「えー、じゃない」

 

「──ちぇっ、ならりーんちゃんっ!」

 

と、楯無はいじけつつも勢いよく鈴に抱き着く。

呆れてジト目の簪とノリについていけない周囲は置いて、鈴は突然の事に声をあげる。

 

「ちょぉおっと!?何でこっちに来てるわけ!?」

 

「えーっと、見た目が妹っぽいから?」

 

「その理由によっては龍咆食らわすわよ!?」

 

楯無の視線と人形の様な扱いに耐えきれなかったのか、怒声を上げながら鈴は楯無を引き剥がす。

苦戦したようでぜぇぜぇと息を切らしながら、楯無を睨み付けていた。

全身の毛を逆立てて怒る猫を周囲は連想する。

 

 

「というか、大丈夫なんですか?更識先輩」

 

「ん?何が?」

 

「いや、アレ───」

 

シャルロットが指さす先を皆が見る。

キョトンとしたままの楯無はそちらを見ることもなく、納得したように反応を示した。

 

「ああ、そうね。思ったより持ったんじゃないかしら」

 

 

 

「────くっそぉおおおおおおっ!?」

 

 

彼女の言葉と共に叫び声が聞こえた。

悲鳴ともとれるそれを上げながら、白い機体がアリーナの壁に叩き付けられる。

 

「「「「一夏 (さん)!?」」」」

 

轟音。

 

舞い上がる砂埃と壁の破片はパラパラと周囲に降り注ぐ。

とはいえ楯無達までは距離があり、降り注ぐのは白い機体の周辺だけに留まっていた。

 

 

「痛つつ…くっそー、ここまで難しいものなのか…」

 

一夏は身体を起こしながら呟く。

心配し駆け寄る面々。

──へぇ、と楯無は一夏の様子を観察し感嘆の声を漏らす。

制御を誤り、姿勢を崩して墜落はしたものの被害は最小。

スラスター部や腕の荷電粒子砲、ライフルといった武器、それらの損傷しては支障が出る部分を庇っている。

 

 

「───気を抜くなって言ったろ、一夏」

 

 

溜息をつきながら降りてくるもう一機。

銀灰色の機体に身を包んだ流星は『焔備』を量子化する。

 

PIC制御に加えて射撃と回避に気を配らないといけない訓練。

+楯無からの要望により瞬時加速(イグニッション・ブースト)も織り交ぜている。

 

高度な操作技術が求められ、射撃に不慣れな一夏は難易度が上乗せ状態。

特に旋回軌道から直線軌道への切り替えは非常にシビアである。

 

心配で見に来た少女達に大丈夫だと伝えると、一夏は流星の方まで歩いていく。

先に楯無に言われたコツや内容、目的は頭に入っている。

後はひたすら練習あるのみだ。

 

「くそ、もう一回だ。っていうか流星はなんで『打鉄』でこれが出来るんだよ」

 

「そりゃあ何度も堕ちたからな」

 

『時雨』でだったけど、と少年は付け加える。

一夏は落下地点へ視線をやった。

 

「今の俺みたいに?」

 

「いんや、もっと酷かったな。受け身もままならなかったし、クレーターも何個出来たか…………果ては『黒時雨』でさせられた事もある」

 

「それ大丈夫……だったんだよな?」

 

「ああ、身体がバラバラになる夢を見ただけだな」

 

はははと渇いた笑みと共に流星は遠くを見る。

その虚ろな瞳を見て少し未来の自分がどういう目に遭うか、一夏は何となく分かってしまった。

 

補足として、当時の流星と今の流星の操縦技術には相当な差がある。

つまり、今の一夏よりも拙い頃の経験談。

 

────最も、だからと言って一夏が地獄を見ない訳では無い。

後日、楯無がそれを織り込んでメニューをグレードアップさせるのは別の話。

 

 

「はーい、無駄話はそこまで。──最後の方、重心が左に寄り過ぎよ一夏くん。少しでもズレてると、円周軌道を重ねた時にこうやって制御不能にまで陥るから覚えててね。それと立て直しの際は冷静にズレを知覚して、バランスを取ること。その際大きな動きは禁物だからね」

 

「はい!」

 

「いい返事ね。よし、始め!」

 

あれでちゃんと見てたのか、と楯無に対し目を丸める少女達。

それでいて指導内容も的確だ。

驚いていないのは簪だけであった。

 

練習を再開する二人。

 

1つでも何か得ようと、白い機体は全神経を集中させて練習に臨む。

 

 

「うんうん、良い感じね」

 

見上げながら楯無は扇子で口元を覆う。

彼の状態を見て、彼女は思惑通りとでも言いたげである。

 

「それで、この後はどうするんですか?更識先輩」

 

同様に視線を上空に向けながらシャルロットは呟く。

彼に必要なものを選び取り、ひたすら身体に叩き込む───本人の飲み込みも早い方でありやる気も万全───となれば多少なりとも身に付いていくはずだ。

 

見た様子だと彼の体力も限界に近い。

楯無との戦闘、基礎の反復練習、そして円状制御飛翔(サークル・ロンド)とずっと続けている。

今日はこれで切り上げるのかな?なんて思考を裏切るように、楯無は小悪魔的な笑みを浮かべてこう告げた。

 

「この後?勿論、模擬戦をして貰うわ」

 

初めての円状制御飛翔(サークル・ロンド)時、どのような疲労感襲われたかはよく覚えている。

筋肉や体力だけでなく、感覚まで酷使するのだ。

 

代表候補生達の口が引き攣る。

彼女らがどれ程の努力をして来たかは今更語るまでもない。

その上での彼女達の反応が一夏の苦難の度合いを表している。

 

 

「貴方達が自主的に始めた『不利な状況下での戦闘訓練』──結構いいと思うの。でもね、理不尽が足りない。───生身での負傷から想定しなさい。スラスターの破損は勿論、片腕が使えない状況、その上での多対1……一撃で撃墜される程のエネルギー残量……まだまだシミュレート出来るわね。一夏くんのこれからの模擬戦にはもっと盛り込んでいくわ」

 

「そ、それは───無茶苦茶ですわ!?(わたくし)達でもかなり──」

 

と、思わずセシリアは声をあげた。

彼女のやろうとしている事は、下手すると織斑一夏を壊す事になりかねないと思ったからだ。

 

 

「心配要らないわ。これに関しては彼も了承したから」

 

「え───」

 

声を発したのは誰だったか。

 

唖然とする一同、その視線の先には奮闘する一夏の姿があった。

 

 

 

 

 

そうして────案の定、彼は地獄を見た。

世の中はそう甘くない。

如何に現状を変えようと決心していても、根性だけではどうにもならない。

 

練習の後の惨状は分かりきったものだった。

───なんか最近、吐いてばっかな気がする。

夏休みの初日を思い返しつつ、懐かしさすら覚える。

正確には今朝の事すら数日前の感覚だ。

 

 

「う…気持ち悪い…」

 

「…吐くなよ。一旦どこかで休むか?」

 

「いや、いい……動けなくなりそうだし…」

 

フラフラと寮の廊下を歩く2つの影。

IS学園に2人しかいない少年達である。

 

一夏は肩を借りた状態で息も絶え絶えといった様子。

顔には今にも死にそうな悲壮感すら見られた。

 

日は暮れており、夕飯の時間もとうに過ぎている。

 

流石に無理をしすぎたらしい。

夕食を食べ終えるのに、かなり時間を掛ける事になった。

本心を言うと食べる元気すら無かったのだが、食べない方が不味いと半ば無理やり乗り切った。

そうして心配する少女達をからげんきで見送り、力尽きた───のが先刻の事である。

 

 

「悪い…流星」

 

「誠意は物で返してもらうさ」

 

ニヒルな笑みを浮かべるオレンジ髪の少年に一夏は半目で内容を理解する。

特に悪意も何も無く、思った事がそのまま口から漏れ出ていた。

 

 

「アイスか…お前わっかりやすいよなぁ……」

 

 

「───おっと、こんな事してる場合じゃ無かった」

 

「ちょっと待ってくれ!洒落にならないから…!今ここで投げ捨てられたら再起不能になる!」

 

するりと貸していた肩をずらし、一夏をその場に捨てようとする流星。

一夏は何とか彼の服の端を掴んで倒れまいとしていた。

とはいっても握力すら限界。

 

ずり落ちるように高度が下がる一夏に、ヤレヤレと流星は再度肩を貸す。

彼の状態に流星は独りため息をついた。

 

「夏休みから随分鍛錬してるみたいだけど、あんま無茶は良くないからな。『白式』の生体再生があるといっても───だ」

 

「…そう、だな」

 

「ラウラの時みたいな切羽詰まった感じじゃないからいいけど、一体どうしたんだよ?」

 

思えば夏休み辺りから彼は鍛錬への姿勢が一変した。

元々不真面目な訳でも無かったのだが、常に有事を意識したような緊張感だけが仄かに付きまとうようになっている。

 

その変化への疑問を特に考えもせずに流星は口にしていた。

───否、察しは付いている。

 

一方で一夏は愛想笑いを浮かべながら、遠くを見て呟く。

 

 

「お前にさ、勝ちたいんだ。俺」

 

「は?なんだよ、突然」

 

突拍子もない一夏の言葉に流星は困惑を露わにする。

 

「前にも言ったけど、俺は皆を守りたい。千冬姉みたいに誰かを背負って立てる人間になりたいんだ」

 

「………」

 

「だからさ、お前に勝ちたい」

 

「どうしてそうなるんだ」

 

「そりゃあ好敵手(ライバル)だって決めたし。──それに」

 

一夏は笑いかける。

多少気恥ずかしそうな面も見せながら、前を向いて意志を口にした。

 

「『皆』にはお前も入ってるからだよ」

 

「────」

 

今度こそ流星の思考は一瞬止まりかけた。

その目は本気だった。

理解の全く及ばない彼の感性に少年は返す言葉を暫し失っている。

 

 

 

「必要ない」

 

「…え?」

 

──その必要はない、そんな価値はない、そんな上等な人間ではない。

罪の意識とは違う自己評価。

先よりも強い語気で彼は一夏へ言葉を返した。

 

「オレは人でなしだ。目の前で子供が死にそうな目にあっても──そもそも『見捨てる』って感覚すらない程、ヒドいやつなんだ」

 

「、………………知ってる」

 

咄嗟に否定しようとして。

その行動の軽率さを理解した一夏は静かに肯定した。

その様子を眺めながら流星は胸中で溜息をつく。

 

「だから、お前がやれ。オレはいいから他を護れ」

 

「──!──ああ!」

 

力強く頷く一夏。

 

最も、と隣の流星は意地の悪い笑みを浮かべていた。

いつもの調子に戻っている。

 

 

「今のままじゃおんぶにだっこもいい所だけどな」

 

 

「ぐっ、耳が痛い」

 

 

指摘に対し苦虫を噛み潰したようになる一夏。

先までの一瞬の緊張感も完全に消え、雑談に移る。

 

 

 

───気付けば、一夏の部屋のすぐ手前まで帰ってきていた。

 

 

「ありがとう、もう1人で立てる──」

 

「ったく、明日からはしないからな」

 

「はは、気を付けるよ」

 

1人でフラフラと扉まで歩く一夏。

ここで倒れる可能性もある為、流星はそれを見守っていた。

 

 

鍵をあけ、一夏はドアノブに手をかける。

 

ガチャり──とドアが開く瞬間に2人の少年は予想外の光景を目の当たりにする事になった。

 

 

 

「お帰りなさ〜い!──私にする?──私にする?────それとも──わ・た・し?」

 

 

「「…………」」

 

 

バタン───とドアが自然に閉められる。

呆気に取られる一夏を置いて、額に青筋を浮かべた少年が素早くドアを閉めたからだ。

 

「え、えーっと…何だったんだ…?」

 

「…頭が痛い」

 

状況を整理する。

 

ドアの向こうに居たのは裸エプロン姿(と思われる)更識楯無(不審者)だ。

部屋番号を2人して確認する。

1025室───間違いなく一夏の部屋だ。

──待て、やっぱり、なにも、分からない。

 

 

「はは、俺思ったよりずっと疲れてたみたいだ。楯無さんの幻覚まで見るなんてさ」

 

「おーい戻ってこい。俺も見えたんだから紛うことなき現実だ」

 

「いやいや、だって俺の部屋に居る訳無いだろ。しかもあんな格好して───」

 

と現実逃避しながら一夏は再度ドアを開ける。

勿論先の少女は幻覚などではなく、現実の出来事な訳で───。

 

「私にする??それとも───わ・た・し?」

 

「───うわぁ!?なんて格好してるんですか!何考えてるんですか!?貴方は!?」

 

裸エプロンを前に一夏は顔を真っ赤にしつつ、そう告げる。

動揺を隠せず強くなる語気に、楯無から笑顔は消え瞳を潤わせる。

ショックを受けたようにしか見えない汐らしい表情に一夏は驚く。

楯無の迫真の演技を前に、傷つけてしまったかと困惑していた。

 

「特別コーチだから…寝食を共にして波長を合わせていくの…」

 

「え、あ、その……!?」

 

エプロンの肩紐部分に彼女は手をかける。

するりと肩から腕に。

一連の仕草に一夏は思わず視線を明後日の方向へ逸らす。

 

理屈として、意味が分からない等と考える余裕も一夏にはない。

彼の後方で大きな溜息が聞こえた。

 

 

「下に水着を着てるだろ」

 

「いやん、流星くんのえっち。しっかり観察して見抜いたの?」

 

「経験則だ。つーか、マニアックな格好の変態には言われたくない」

 

「「……」」

 

笑顔で睨み合う2人。

2人共にこやかな笑みだと言うのに、背景には鬼が見える。

 

───経験則って?

深く考えないようにしよう、と一夏は逃避する。

 

置いてけぼりを喰らっていた一夏だが、何とか思考力を取り戻した。

 

 

「というか、どうして楯無さんがここに?」

 

「それは勿論、ここが私の部屋だからよ?」

 

「はい?」

 

当たり前でしょう?と言いたげな楯無に一夏の顔が固まる。

ヒクヒクと口の端だけが動き、彼の心情をしっかりと表している。

対象的に流星は納得がいったようで、不可解そうだった表情からいつもの表情に戻った。

 

理由の配分としては『体調管理や指導』が4割、『警備』が3割、『愉しそうだから』が3割と見るのが妥当か。

 

「───という訳で。今日から私がルームメイトだからよろしくね」

 

「どうしてそうなるんですか!?」

 

流星はドアから数歩離れて廊下の壁に背を預ける。

未だに抗議を続ける一夏と受け流す楯無。

 

 

ご愁傷様と胸中で独りごちる流星。

暫く(・・)は一人部屋の気楽さをまったり堪能しよう──などと考えつつ、その考えの不自然な点には気が付かない本人である。

 

 

───廊下を歩く影。

人の気配を感じ視線をそちらに向けると同時、向こうも流星に気が付いた。

流星を見つけた箒が彼の方に歩み寄る。

手には何やら箱の様なものを持っていた。

 

 

「ん?今宮か?成程、一夏を送っていたのだな」

 

「そんなとこだ。ところで一夏に用か?」

 

「ああ、この前簪にお菓子作りを教えて貰ってな。少々焼き過ぎたから分けようかと───丁度良い。簡単なクッキーだが、1つどうだ?」

 

差し出される入れ物。

クッキングシートの上に並べれたクッキーからは、ふわりと甘い匂いがしている。

バターの匂いが鼻腔を通して食欲を唆る。

 

 

「良いのか?一夏用に焼いたんだろう」

 

「そ、そうでは無い!焼き過ぎたからと言っただろう!?」

 

「なら有難く」

 

ひとつを手に取り、口に運ぶ。

サクリと本人にしか聞こえない音。

口に広がる甘みも程よい、ベタついてもおらず、またバターが多いとも感じない。

 

「美味いな。これなら一夏も喜ぶぞ」

 

「そうか!────っと、余っただけだ余ったから渡すだけだ」

 

一際明るい笑顔を箒は見せる。

その表情を一夏に見せてやればいいのになぁ、とすんでのところで流星は口に出さずに抑えた。

 

箒は男子からの太鼓判に満足したのか、小走りで部屋の方へ。

 

 

「あ゛──今はやめた方が──」

 

「ん?どうし─────て─────……………」

 

「「あ」」

 

時既に遅し。

箒の視界に映ったのは、裸エプロン(にしか見えない)楯無と服を着させようと彼女の制服を持った一夏。

理解が及ばず箒は口を半開きにしたまま固まる。

 

一夏は彼女のリアクションにより、傍から見た時の絵面を把握する。

冷や汗が吹き出るのを彼は自覚した。

時間を置いてワナワナと震える箒。

彼女からにじみ出る怒りのオーラに、一夏は弁明すらままならなかった。

 

「じょ、女子を連れ込み、あまつさえ破廉恥極まりない格好をさせる等───見損なったぞ一夏!!」

 

「ま、待て!誤解だって!?」

 

「問答無用!」

 

「うわぁ!?」

 

腕を部分展開し、雨月(あまづき)を振るう。

───ただ振るわれた瞬間に金属音が聞こえた。

 

「ここで一夏くんを亡き者にされると、おねーさん困っちゃうなー」

 

同様に部分展開した楯無により、箒の攻撃はあっさり封じられた。

一夏よりも後方にいた彼女だが、あの一瞬で前に出つつ一夏を抱えていた。

 

「なっ───」

 

思わず箒は目を丸める。

今の踏み込みも一連の動作も、達人のそれだと理解したからだ。

 

気取らせぬ生身での動き。

ISの武装で防いでこそいるが展開するまでが鮮やかだ。

完全に箒の太刀筋を読み取り、最小の力で防いだ。

 

それだけではない。

あそこから箒が仕掛けるとして───1手先すらもイメージが湧かなかったのだ。

 

二度目の驚きにより我に返る。

未だに先の動きを思い出しながら、唖然としている箒。

一方で、一夏の方へ振り返りながら学園最強は改めて宣言した。

 

 

「これから暫くよろしくね!一夏くん」

 

 

面白い玩具達を見つけたと言わんばかりの笑顔に、一夏はもう言葉が出なかった。

 

織斑一夏にとって災難だらけの日々が、始まりを告げた瞬間であった。

 

 

 

 




圧倒的な強さを垣間見せる生徒会長。
箒相手に部分展開したのは狭い通路や都壁を傷付けない為。

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