──沖縄旅行、それも5泊6日のペア旅行。
南国に男女2人で──なんて想像は当然のもので、景品としての価値は恋する乙女達にとっては計り知れなかった。
彼女達のやる気の凄まじさはそれだけに起因するものでは無い。
勝負内容が水上障害物レースというのもある。
くじ引きやビンゴ大会、トーナメント形式の競技よりは1位が現実的だ。
故に、やる気を加速させていた。
とはいえ、
それなりのやる気とそれなりに楽しもうとしている層が殆どである。
「流星、作戦…会議…」
「え、作戦会議いるのか。これ」
静かに闘志を燃やす少女を前に少年は困り顔。
改めて2人はプールサイドでストレッチをしながら、巨大プールに目をやった。
参加者全員がストレッチをしている中、係員によるステージのアナウンスが入る。
用意されているのは巨大な浮島の数々。
基本的に足場は水中で乗り移っていく形だろう。
水中に落ちても失格にはならないらしい。
ただ、ステージの構造上最初からになってしまう。
少年は顎に手を置いて考える。
参加者もそれなりに多く、足場は限られている。
勝利条件は設置されたフラッグを取ること。
小柄で身軽な者の方が有利だろう。
邪魔者を格闘して水中に落とす戦法もあるが、女性だらけの手前、下手なトラブルに巻き込まれそうな為却下。
「俺はあんまり役に立てなさそうだが」
「弱気は駄目…。私達は優勝するの…」
「お、おう」
隣からの異様な圧に流星はたじろぐ。
簪としては何が何でも欲しい代物。
タイミングとしても完璧だった。
このペアで賞品を手に入れられれば、そのまま旅行に誘うのは自然の流れ。
南国の海、男女2人は夏の魔力によって────。
(えへ、えへへ…)
過去最高に緩んだ顔を見せそうになるも、ハッとなり持ち直す。
ギリギリ彼に見られなかったことに安堵しつつも、再度キリッとした表情に戻る。
「作戦はこう…。私が前、流星は後ろから援護お願い」
「援護って何だよ」
流星は苦言を呈する。
どうも簪の様子がおかしい。
今日の簪自体いつもとは少し違うのだが、特に今は段違いだ。
「なら全員落としながら進む…。全員落としてれば1位になれる」
「もはや作戦でも何でもないな…」
「なら流星が決めて…。ぶっちゃけ…こんな競技に作戦なんてないと思う…」
「結論出てないか…?」
暴走気味──と称するべきか。
彼の中で姉と重なって見えていた──やはり姉妹か。
それはそれで可愛らしい一面でもあるのだが──と彼は考え出したところでそれを止めた。
「こういう場合の作戦って、スピード重視とか落ちないよう安定性を取るとか、そういうのじゃないのか?あとはスタート地点の混雑をどう対処するかだな」
「じゃ、じゃあ『ガンガンいこうぜ』で」
「ああ?スピード重視ね。最初もとっとと抜ける事だけ考えるか」
「…」
少し寂しそうな顔をする簪。
今度ゲームを貸そうかな、なんて呟いていた。
そうして作戦会議も終わり、参加者全員がスタート位置につく。
『さあ、いよいよレース開始です!位置について〜〜』
水着姿の監視員が右手を下におろす。
旗は持っていないが、掌を旗に見立てているのだろう。
簪は隣の流星に声をかける。
先までよりは落ち着いていた。
「流星、頑張ろう」
「だな」
流星は足場と人数の確認ついでに周りを見渡す。
比率はやはり女性が圧倒的に多い。
チラホラ見える同性も同年代か年下がポツリポツリいるだけだ。
とはいえ、人が多過ぎる為全容は見えない。
『よ〜い、スタートっ!!』
合図と共に2人は駆け出した。
動き出す集団。しかしバランス感覚の差が露骨に出ている。
走り出すも遅い者、転けた者に道連れにされた者。
開始早々篩に掛けられ、烏合の1部はアッサリと水中へ放り出される。
開幕からの混乱。お祭りイベントとしては美味しい展開に会場は湧き上がった。
開幕走り出すも首位に出る訳では無い。
人数の都合、どうしても開始位置に差が出てしまう。
「流石に母数が多いだけあるな」
「そう、だね。運動神経良さそうな人が結構残ってる」
転んだ人間も飛び越え、2人は特にバランスを崩すこと無く次の足場へ。
隣から落とそうと飛びかかってくる女子。
簪は躱し、流星は追撃に軽く足払いしてそれらをプールへ落とす。
「流星…容赦ない…」
「こっちの方がお得だろ」
振り返りもせず、2人は走る。
───と、そこで実況が聞こえた。
『こ、これは凄い!2人は何か訓練でも受けているのでしょうか!?軽やかな身のこなしです!』
先の方が何やら騒がしい。
足場を飛び移りながら2人はそこに迫る。
どうやら曲者が居るようだが───。
先頭集団に紛れ込んだ瞬間、見慣れたツインテールが視界に映る。
女子の間を押しのけ、共に駆けるは見慣れた金髪ロールだ。
不意にその2人と流星達───4人の視線が交差する。
「「「「───え?」」」」
漏れ出た素っ頓狂な声。
全員が驚きを隠せずにいる中、鈴はいち早く言葉を発した。
「な、なんであんた達がここに居るのよ!?」
「こっちの台詞…。なんで鈴達もいるの!?まさか…後をつけて…!?」
「鈴さんはともかく、
「ちょっとセシリア!?何自分だけ弁明してるのよ!?こっちだって今知ったんだからね!?」
ぎゃあぎゃあと言い合う女子達。
話しながらも身体は襲い掛かる参加者達を捌いているあたり流石と言うべきだろう。
流星の視線は鈴とセシリアの手元へ。
──何故、他人の水着を持っているのだろうか。
一方で、鈴は簪の新しい水着と流星がいることを見て、改めて理解。
先までより、少し彼女の背後が澱んで見える。
「ふふ、ふふふ。一瞬理解が遅れたけど、2人ともここに居るってやっぱりそういう事よね。白昼夢でも何でもなく…そういう事でいいのよね!」
「そ、そういう事というか、これはその……プールデートだから…!」
「ぐ、ぐぐ…」
赤くなり真実を伝える簪。
ただ、それはそれで火に油。
プールデートなる単語は深く鈴の心に突き刺さったらしい。
「どっちでもいいわよ!迎え撃つまでよ!簪!」
「望むところ──!」
仕掛けようとする鈴を前に簪は迎え撃とうとする。
一方で嫌な予感がした流星は、簪の肩を掴み後退させた。
そのまま軽く鈴の攻撃を受け流す。
「待て、簪。迂闊に相手したら再起不能になるぞ」
「え?」
「──チッ、勘が良いわね。セシリア、先を急ぐわよ!」
「ええ!」
時間がかかると踏んだのか、鈴とセシリアは彼らに背を向けた。
ホッと胸を撫で下ろす流星に簪は分からないといった顔。
「多分見てたら分かる。とりあえず追うぞ」
「う、うん」
遅れて2人も後を追い掛ける。
追い掛けながら鈴達の快進撃を見て、流星と簪は思わず顔を引き攣らせた。
鈴とセシリアの戦法は単純だ。
格闘してプールに落とすのも手間と判断。
周りもびっくりの早業で相手の水着の紐を解き、プールに投げ捨てるというもの。
これでは流石に動けない。
赤面して蹲る女子達。
観客が盛り上がっていた理由も頷けた。
「…………えぇ…」
「うわ…、えげつねぇ…」
セシリア達のやり口に流星は口元を引くつかせる。
簪も同様──唖然としている。
戦法を知らなければアレの餌食。
流星が止めた理由にも納得し、なら──と簪は思考を切り替える。
何が何でも鈴に負ける訳には行かなかった。
「私も───」
目には目を歯には歯を──だ。
完全にスイッチの入った簪。
流星もまたそれを察して頭を抑えた。
簪もまた、襲い来る参加者を同様の方法で捌く。
代表候補生達は訓練を受けている。
要は何をやらせても優秀であった。
───タチが悪い。
鈴達同様、再起不能者を作りながら簪も進む。
浮島にそびえ立つアスレチックを前にして、2人は鈴達に追い付いた。
「追い付いた!」
「セシリア!
「ええ!承知しましたわ!」
ここから先のアスレチックの都合、振り切るのは厳しい。
そう判断した鈴とセシリアは、簪と流星を迎撃しに振り返る。
やる気に満ちた少女3人と、いまいちな1人。
1対1の流れに──鈴と簪は互いの姿しか見えていない。
簪がそうしたいなら──と火種の少年はその流れに身を任せることにした。
(簪と鈴に邪魔が入らないようにすればいいか)
他の少女達をいなしながら、流星とセシリアは向かい合う。
セシリアの方としては、迂闊に流星へ近付く愚は犯さない。
彼の近接での格闘能力の高さは訓練で身に染みて知っているからだ。
故にセシリアの目的も時間稼ぎ。
2対1にさえなれば、後は逃げるだけでいい。
「仕掛けてきてくれないのか。つれないな」
「あら?エスコートは殿方がするものですわよ」
「レディファーストだ。気が利くだろ」
意地の悪い笑みを浮かべる。
やる気がないとはいえ、鈴の邪魔をしないとも限らない。
一瞬油断すれば──とセシリアは警戒を強める。
流星としてはセシリアが自身に釘付けになるよう仕向けていた。
───簪と鈴は互いの手を躱す。
軽やかな身のこなしの鈴に翻弄されつつも、簪は鈴の背に回り込もうとする。
一方でまた鈴も簪の背に手を伸ばしている。
すんでのところで2人とも回避に。
1つ間違えれば大惨事である。
鈴と簪は取っ組み合いになりながら、顔を突き合わせた。
「賞品は絶対に渡さない…!」
「その賞品はどう使うつもり?」
「そ、それは勿論りゅ、流星と─────」
想像通り、もとい同じ考え。
鈴はそれを再認識しつつ、炎を燃やす。
「なら益々負けられないわ!!そうなるのは
「鈴だって、前にデートしてた癖に…!」
取っ組み合い最中の腕に更に力が入る。
睨み合う2人──会話の内容こそはっきり聞こえないが、迫力だけはヒシヒシと周囲へ伝わっていた。
簪に指摘され、鈴は思わずたじろぐ。
「け、結構前だからいいのよそれは!───とりあえず、こっちには勝算があるの!だから負ける訳には行かないのよ!」
「勝算…?」
「そうよ。そっちには無いでしょうけど」
ふふんと得意げな鈴。
ゴクリと息を飲みながら、簪は訝しむよう鈴を見る。
「場所さえ整えば、
鈴の勝気な発言に簪は口を尖らせる。
鈴はいつの間にか余裕を取り戻していた。
完全に鈴のペースである。
「そ、そんなの私だって同じ…!」
「甘いわ。あいつは前の時、
「──そ、それなら私なんて──!」
と、簪の声が大きくなる。
醜い取っ組み合いの中、簪の声に流星とセシリアはそちらを向いた。
目をグルグルと回しながら、半分混乱した様子の簪。
──あ、なんか嫌な予感がする──と流星が1人思う中、爆弾は投下された。
「──流星に胸を触られたんだから──!!」
「「「───」」」
周囲の空気が凍り付くのを流星は肌で感じた。
氷点下18度──真夏だというのに、さながら冷凍庫の中に居るようだ。
「…………流星さん?事実でして?」
睨み合いとなっていたセシリアがスススと彼から距離を取る。
腕で胸を隠しながら、軽蔑の眼差しを彼へと向けていた。
「……事実だが……なんと言うか、言葉のチョイスに悪意を感じる」
「事実、ですのね」
「…否定出来ない」
苦虫を噛み潰したような流星。
対称的に簪はどこか得意げだ。
感覚が麻痺しているのだろう。
その日の夜、彼女は寝る前に思い出して悶えることになるのだが──それは別の話。
「────ふふふ、やっぱり男ってそればっかり───胸胸胸ムネムネ…!」
一方で鈴の瞳から光が消えた。
──無表情のまま簪との取っ組み合いを続けている───怖い。
ユラユラとツインテールが揺れる。
「そんなに脂肪の塊が良いか───!」
魂の叫びと共に簪は突き飛ばされる。
均衡は崩れ、ふらつきながら後退する簪。
「鈴…落ち着いて…。鈴のスタイルは良いんだから、そこまで気にする事じゃ無いと思う」
「──嫌味?嫌味ね!?ぶっ倒すわ!」
簪としては鈴の腹部や脚を含めた総合的なものへの言及──もといフォローのつもりであり、悪意はない。
現に簪としては羨んでいる部分だ。
ただ、鈴にはそれは伝わらなかった。
激化する争い。
純粋な水上障害物レースの面影は無くなっていた。
鈴と簪の格闘戦が勃発──IS学園でよく見られる格闘戦の練習を彷彿とさせる緊張感である。
プール上、それも浮島の上だと言うのにそれを感じさせない。
『先までのは前座だった!?水上だというのに組手のようなものが始まりました!先の2人だけでなく、こちらのペアも何か訓練を受けているのでしょうか!?』
盛り上がる実況とギャラリー。
当の本人達は目の前に集中しており、気にしてはいない。
主に男性客が盛り上がっているのを見て、流星は少し不機嫌そうに眉を顰めていた。
その光景にセシリアは目を丸める。
(このままだと──負けるっ)
純粋な格闘戦なら鈴と簪では鈴に分がある。
身軽なのもそうだが、中国武術を鈴が身に付けているというのもあった。
独特なリズムからの強い一撃。
小柄な身体、不安定な足場だというのに防いだ簪は吹き飛ばされそうになる。
獣の如き速さで鈴は追撃に踏み込む。
普段よりも遥かに素早い。
体勢を立て直しきれていない簪は背筋を凍らせる。
もってあと二手、それも敗北がほぼ確定している。
だから、簪は賭けに出た。
「負けない!絶対に!!」
己を鼓舞し、集中する。
防御を捨てて反撃に全てを注ぎ込む。
「「!」」
見守っていたセシリアと流星は簪の判断を理解した。
外から眺めていたが故、早く気付けたのだが当事者である鈴は気付く筈もない。
トドメと踏み込む鈴。
完全にプールに突き落とすつもりの彼女に対し、簪はわざと後方へ飛んだ。
「な───っ!」
これにより簪がプールに落ちるのは確定。
しかし、簪が代わりに伸ばした腕は鈴の背に────。
「私の勝ち─────!」
水着の紐を掴んだ簪が笑みを浮かべる。対して鈴も開き直った。
「ならあんたも道連れよ!!」
簪の背に無理矢理手を伸ばし、またも水着を掴む。
もはや防ぐ事を諦めた互いの手。
音も立てず、紐はするりと解かれ──────。
「「────あ」」
そこで2人は我に返った。
布が取れ、晒される肌色。
目と鼻の先にいるのは───2人の想い人───思わず目が合ってしまった。
「「あ、あ、あああぁぁぁぁ!?」」
パクパクと口を動かしながら状況を飲み込む。
やれやれと頭を抑えるセシリア。
視線を逸らしながら走り寄ってくる少年。
───な、なんでこっちきてんのよ!?
時は数秒遡る。
簪の様子を見て、決着の様を予想した流星は思わず駆け出した。
セシリアも彼の意図を理解した為、止めることは無い。
憶測ではあるが、大勢に2人のあられも無い姿を見せたくないのであろう。
普段のリアクションからは意外な一面。
案外可愛い所もありますのね、なんて後日のセシリア談。
少年の水着は上着を羽織った二枚着状態だ。
上着を脱ぎ、それを水着の取れた鈴に被せようとしたところ─────。
「!」
簪の方もとんでもない事になっていた。
思わず視界に2人の肌色が移る───少年はそれどころではなく気にする事はない。
スローモーションに錯覚する数瞬の中、少年は機転を利かせ先に鈴を突き飛ばす。
───そのまま簪と鈴に上着が覆い被さる&身体を隠すよう彼はそれを脱ぎ捨てた。
大きな水しぶきがあがる。
観客席はポカンとしたまま顛末を眺めていた。
期待されていた光景はなく。
こうして、2人の少女のあられも無い姿が公然に晒される事もなくなった。
───ただ、1つ見落としがある。
少女達の立場からすれば──1番見られたら恥ずかしい相手に見られた訳で────。
その点に気付かないのがやはり彼らしい。
水面に浮き上がる2つの影。
頭を文字通り冷やす事になった少女達だ。
「見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた……」
「……………………」
冷静になったのか、互いに水着を返し直ぐに着直す2人。
壊れたラジオのように呟く簪と、黙りこくる鈴。
どんよりとした空気だけが伝わってきた。
自業自得ではあるのだが、流石にここでそう告げる事は無い。
「悪いな、こうするしか思い付かなかった」
どうフォローするか流星が悩んでいると、水着を着直した鈴がプールに浸かったまま口を開く。
虚ろな目で少年を見ていた。
「そこは気にしてないわよ。───ねぇ、1つ聞いてもいい?」
「あぁ…」
軽い口調に、少し身構えていた流星もホッと息を漏らす。
この手のパターンは一夏がその身をもって顛末を示してきていた──故に嫌な予感がしていたからだ。
彼の安堵も空振りに終わる。
「見たのよね?──えぇ、分かってるわ。大丈夫。方法はあるから」
「…方法?何を──」
落ち着いた口調に流星が訝しんでいると、水中から紫の装甲が突然生えてきた。
ザパァッと大きな音を立てて現れたのは
「あんたを殺して──
「なっ────!?」
「死ねぇええ────!!」
程なくしてオレンジ髪の少年は、宙を舞った。
余談ではあるが、1位になったのは鷹月静寐と谷本癒子のペア。
更には裏で色々あったのか──ウォーターランドは後日オルコットランドとしてリニューアルオープンする事になるのは、少し先の話────。
コメディ寄り回。
実はこの後にCafe
次回更新は1回お休み頂きます。別に定期更新という訳でも無いのですが一応。
シリアスが欲しい…けどまだだ、まだ堪えるんだ…。
想定としては学園祭編直後にオリジナル挟む予定です。
・追記
今回のプールでの出来事なんて知ったら
…あの姉影様…黙っていられませんね。