IS 灰色の向こうに   作:ズーキー

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「───というのが、あの後の出来事よ」

 

半壊したアリーナの地下室で、楯無の声が静けさを破った。

一夏は神妙な面持ちでそれを聞く。

彼の頭は楯無による応急処置が行われた後である。

フラフラではあるものの、特に異常はなく消毒と包帯で今はやり過ごしている。

ISの生体再生もある為、今すぐ診てもらう──必要も無いようだ。

 

楯無が話していたのは、来玖留が去った後の事と他の場所で起きていた仔細であった。

建物的被害は多々あれど、結果として全員無事。

弾が関与していた事には一夏も驚いたが、怪我ひとつない+流星と合流していると聞き安堵する。

 

そして楯無の口から亡国機業(ファントム・タスク)について大まかな説明が入った。

内容としては流星にしたものと大差ない。

夏休みの間に流星が遭遇した事件も、彼女は隠さずに話した。

一夏は納得したように頷く。

『時雨』が使えなかった理由の全容をやっと知ることが出来たからだ。

 

と、ここまでの話を聞きつつ一夏はある疑問を抱く。

 

「楯無さんは一体何者なんですか?」

 

「私?私はただの頼りになる可愛いおねーさんよ?」

 

「そういうんじゃなくてです」

 

真剣な表情で問い掛ける一夏に、楯無は扇子で口もとを隠す。

彼の様子は襲撃前とは違い、実戦を知った戦士の面持ちになっている。

まだまだ未熟な部分は多いが、これならば以前ほど過保護になる必要は無いだろう。

 

 

「更識家はね、代々この手の裏工作が得意なの。簡潔に言うと──対暗部用暗部。想像はつくかしら?」

 

閉じていた扇子が開かれ、常在戦場の文字が現れる。

一夏はそれを呆れつつも、楯無の発言をゆっくりと咀嚼する。

非現実的な言葉──しかし、納得せざるを得ない説得力があった。

来玖留の言葉を思い返しつつ、一夏は口を開く。

 

「想像ぐらいなら、はい。楯無さんはその当主ってことですか?」

 

「ええ。私は十七代目『楯無』──つまりは更識家の現当主よ」

 

「…だからあんなに強かったんですね」

 

現役軍人のラウラを圧倒し、ISに於いては国家代表候補生達をもあっさり凌駕する。

頭の回転も早く、人付き合いも抜かりない。

文武両道、才色兼備──只者ではない理由が垣間見えた気がした。

 

「同室になったのも俺の警備の為ですね。…ちゃんと言ってくれれば良かったんじゃないですか」

 

「言って実感が湧かないでしょう?対暗部用暗部なんて信じる?鍛えるっていうのも事実だったんだし、丁度良かったの」

 

「それはそうですけど」

 

「ここまでの戦力投入は当分ないでしょうね。一先ずの危機は去ったと見ていいわ。一夏くん、大手柄よ」

 

ニッコリと満足気に笑みを浮かべる楯無。

一夏は思わず不意打ちの笑顔にドキリとしてしまう。

特殊な立場故か大人びてる少女の、歳相応の笑顔は心臓に悪い。

 

「俺は、大した事は…」

 

ともあれ、彼は知っている。

楯無が来玖留と戦う際──一夏側の戦闘に影響を及ぼさないように立ち回っていた事を。

衝撃の余波すら、最小限に押しトドメていた。

本来ならもっと混戦になるはずの状況を阻止していたのだ。

 

「そう暗い顔しないの。あなたは正面から格上の敵機を完全撃破した。初めての戦場で──明確にやる事を理解していた。これは誇る事よ」

 

「…」

 

「もう同室の必要も無いわ。おねーさんも少し肩の荷が下りた気分よ」

 

──と、つらつらと話しつつ楯無がどこからか取り出したのは王冠。

先の劇で一夏が身に付けていたものであった。

 

「──あ」

 

それを見て一夏は慌てて身構える。

服装は制服であるが、反射的に電撃を警戒してしまった。

 

「あ、あれ?」

 

「一夏くん、今制服よ?───これで王冠を手に入れたのは私になった。いつでもそっちに遊びに行けるようになったわね」

 

「───?」

 

景品の件を知らない一夏は首を傾げる。

楯無はふふふと愉しげな声を漏らすと、一転──少し小声で呟く。

一夏には聞こえない声で──微笑ましげな顔であった。

 

 

「一夏くんと流星くん、二人が居れば──学園は大丈夫そうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園祭襲撃から二時間後。

保健室で布仏虚は静かに目を覚ました。

 

「ここ、は───?っ!」

 

ゆっくりと目を覚ましたところで、痛みが意識を無理矢理覚醒させた。

頭に違和感──手を当てて包帯が巻かれていることを察する。

同時に怪我をした瞬間の記憶が蘇った。

確か階段で突き落とされて───そのまま────。

 

 

「お姉ちゃん──!」

 

「本音────?」

 

慌てて辺りを見回そうと虚が身体を起こした瞬間、彼女に飛びつく影があった。

彼女の胸に飛び込むように抱きつく本音。

目もとが赤くなっているのを隠すように彼女は顔を俯けていた。

 

驚きのあまりキョトンとした顔で固まった虚だが、様子から状況を理解する。

本音も怪我等は無さそうだ。

良かったと安堵している妹の頭に手をやりつつ、虚もホッと息を漏らした。

 

抱き着いて暫くして、本音もハッとなり飛び退く。

目を覚ました事に嬉しくなって抱き着いたはいいものの、相手は怪我人であることを思い出したのだ。

処置が済んだ後ではあるが、軽率な行動だったのだろうか。

 

「──!だ、大丈夫だよね!?頭が痛んだりする!?」

「ふふ、ちょっと痛いけどもう大丈夫。ごめんなさい、心配をかけたわね」

「〜〜」

 

 

 

そんな姉妹のやり取りを外で聞きながら、流星は1人溜息をついた。

そそくさと立ち去ろうとする弾に対して半ば呆れ気味に声を掛ける。

 

「いいのか?会っていかなくて」

 

突然声を掛けられて驚いたのか弾はビクリと肩を上下した。

現在保健室は関係者以外立ち入り禁止。

弾は虚の容態が気になっていた為、流星が連れて来てカーテンの外で待っていたのだった。

 

虚が目を覚まし、隣の席にいた本音の声が聞こえた辺りで弾は胸を撫で下ろしていた。

弾側からもことの顛末を聞いていた流星は、挨拶位はしていくものと考えていたが、本人にそのつもりは無かったらしい。

振り返る弾。

余談であるが、流星もまた身体の至るところにガーゼや包帯が処置されている状態である。

 

 

「こんな時に会ってどうするんだよ。俺らを助けたのは流星だし、本人が起きてない時の事を恩着せがましく言うのも、カッコ悪いだろ」

 

「お前が居なきゃ間に合わなかったのに何言ってるんだか。───弾は虚さんのこと、気になってるんじゃ無かったのか?」

 

半目で睨まれ、弾は口の端を引くつかせる。

ほんの少し頬を赤くしながら『まぁ──うん…』とそれを肯定した。

 

「でも今は姉妹水入らず…俺は邪魔でしかねーよ。──何よりストーカーとか思われる方が心にくる。蘭も心配だし、このまま戻るわ」

 

弾の話を聞き、流星は小首を傾げる。

一夏と同じくお人好しなのは分かるが、損をするタイプなのは間違いなく弾の方だろう。

後半は詭弁も入っている。

ちょっと後ろ髪引かれる自分を言い聞かせている部分もあるように流星は感じた。

───なんというか。

 

 

「面倒くさい奴なんだな、お前」

 

「───お前には言われたかねーよっ!?」

 

 

引き気味のオレンジ髪に、赤い髪はムキになって声をあげる。

"保健室では静かに"

近くで待機していた教師に彼らは怒られる事になった。

 

 

 

 

 

 

 

───そうして、劇に襲撃にと忙しかった学園祭も終わりを告げた。

 

正確には二日目もあったのだが、それは学園の人間のみで行う小規模なもの。

大半の催しは午後三時過ぎに終わり、片付けに入る。

1年1組のご奉仕喫茶は相も変わらず大盛況────忙しさのあまり男子二人は休憩をゆっくり取れなかった。

一日目のあの後を治療で消費した罪滅しがないと言えば嘘になる。

双方きっちりと最新の医療設備で処置を受けた為だ。

 

男子二人は怪我を事情を知るもの達の協力───化粧で誤魔化し、無理のないレベルで仕事に取り組んだ。

激務ということもあり、流石にキツかったと一夏の言。

余談だが、終始不機嫌そうな顔をしたオレンジ髪の執事が居たとか居なかったとか。

 

そうして午後4時半。

織斑一夏争奪戦の結果───もとい最も投票された催し物の発表が体育館で行われた。

 

結果は言うまでもなく生徒会主催の観客参加型劇『シンデレラ』である。

 

自分達こそ、と期待に胸を膨らませていた各種部活の女子達は一斉に声を上げた。

寄せられる抗議の声。

しかし『シンデレラ』参加の条件が生徒会への投票という、巧妙な手口だった事を改めて告げられ今度は自身達の軽率さを理解する。

 

同時に不満が顔を覗かせる。

理屈(ルール)上、生徒会は姑息であっても反則は使っていない。

 

少年は溜息をつく。

ぶっちゃけ反則な気もするが────差し置いても不正は働いていない。

頭で分かっていても感情的には納得いかないのが道理、それを読んでいたかのように水色の少女は次の政策を発表した。

 

織斑一夏は結果に則り、生徒会に所属。

代わりに各部活動への貸出及び派遣を行うというものだ。

 

勝ち目の無かった部活のメンバーからは歓声があがる。

多少自信があったところも一夏所属のややこしさを客観的に再確認し、仕方ないと納得した。

 

機会の均等化、アメと鞭、キッチリと配慮も出来ているのがタチが悪い。

最も一夏自身への配慮があるかは別である。それが一番火種を生まないのは分かっているが──一夏としては空いた口が塞がらない状態だ。

 

 

「……」

 

「元気出せよ。生徒会庶務」

 

流星は隣の一夏へと慰めの言葉をかける。

不満げにそちらに視線を向け、一夏は流星の様子に気が付く。

彼の方もまた物憂げであった。

 

「どうしてお前まで嫌そうな顔してるんだ、生徒会副会長(・・・)

 

一夏の返答には少しの棘が含まれていた。

どうしてそっちは景品にならないのか、恨めしげな一夏の視線を流星は軽く受け流す。

彼は一夏の生徒会所属に伴い、庶務から副会長へと役職が変わったのだった。

 

「…仕事が増えるのが確定してるからな。今の話聞いてただろ?一夏を各部活に派遣するのに色々申請させる気だ。そっちの仕事も増えるんだろうな」

 

「あー、そういや忙しそうにしてたなぁ」

 

「もう他人事じゃないだろ。───あと副会長になるって事は俺の仕事量も多分跳ね上がる」

 

「?人数が増えるから負担が減るんじゃ無いのか?」

 

一夏は首を傾げる。

事情を知らない彼からすれば無理もない。

 

「確かに人数が増えるのはありがたいさ。けど今まで後回しにされてた仕事もあるし、加えて生徒会の仕事も増える時期なんだよ」

 

「そうなのか。……なあ流星、もしかして俺がこのタイミングで生徒会に所属したのって────」

 

「はは、気付くのが早いな。流石一夏だ」

 

一夏の言葉が発されるより早く、流星は頷く。

反応の早さは肯定の度合いを表していた。

要は一夏の生徒会所属は、彼を労働力としても酷使する魂胆であった。

一夏はガックリと肩を落とす。

場は既に部活のアピール合戦の舞台となっていたのは言うまでもない。

 

 

 

 

────集会も終わり少年ら二人は体育館の外に出る。

片付けの残りを手伝うべく1組に向かう中、不意に一夏は足を止めた。

 

 

「───なあ、流星は気にならないのか?」

 

流星も足を止めつつ振り返る。

一夏の声色からして真面目な話──先の襲撃に関してだと少年は察した。

少年は廊下の人通りを確認し、彼は渡り廊下の先を指さしスタスタと歩き出す。

意図を理解し、一夏もあとについていく。

行先は一般開放されて居なかった校舎。

故に片付けとも無縁である。

 

そこの廊下で彼は足を止め、再度振り返った。

 

 

「あの青髪の女のことか」

 

流星は視線を窓にやりながら敵の少女を思い出す。

一夏はこくりと頷き、考えを口にする。

 

「IS学園の制服を着てたし、楯無さんの知り合いぽかった──いや、あの瞬間の楯無さんも相当驚いてたから、ただの知り合いでも無いと思う」

 

「だろうな。というか、昨日何も聞かなかったのか?今同室だろ?」

 

「昨日は楯無さん帰ってくるのが遅かったんだ。だから聞くタイミングを逃した…」

 

「成程」

 

最も怪我や疲れも相まって待つ前に眠ってしまったというのもある。

──どの道流星は聞くつもりも無かった事。

彼は窓へと視線を移す。

 

「向こうから説明されなかった時点で、特別俺達が首を突っ込むことじゃない。不要な情報っていう判断だろうしな」

 

「……」

 

興味なさげに言い放つ流星に対し、一夏は顔を伏せる。

あくまで楯無の問題であるという流星のスタンスに少し納得がいかなかったからだ。

一夏も下手に踏み込んで楯無を傷付ける事は本意ではない。

しかし、流星のそれもまた違うと考える。

 

そこに関しては互いの感性が違い過ぎた。

反対の言葉を発しなかったのは一夏なりの配慮である。

流星もまたそこで会話を終わらせる事を良しとしない。

彼なりに一夏の話に付き合うつもりだ。

 

「分かってることから整理しよう。ネクタイの色は黄色──楯無と同じ学年だった筈だ。会話から察するに友人だろうな」

 

「それも仲が良かったって感じがした。あと、かなり強かったと思う」

 

「───」

 

「どうしたんだ?流星」

 

突然考え込む流星に一夏は問いかける。

彼は確認するようにあった出来事を呟いた。

 

「楯無とあの女に何があったかは兎も角。仲のいい同級生──だけなら楯無へあそこまで敵意を向ける理由が分からない」

 

「それだけの出来事がこの学園であったってことじゃないのか?」

 

「だとしてもだ。女性主義者(ミサンドリー)を唆して虚さんと本音を襲わせる───これは更識家の存在を知っていなければ説明が付かない」

 

流星が制圧した際に判明したことだが、きっちり標的に本音まで入っていた。

虚と楯無の仲が良く──それを知って──なら本音まで入るのはおかしい。

 

 

「……亡国機業(ファントム・タスク)で知ったって可能性は……低いよな?」

 

「俺もそう思う。虚さんと本音の存在は確かに学園内で機能する。けど亡国機業(ファントム・タスク)が把握する機会も必要も薄いポジションだ」

 

「つまり最初から知っていた(・・・・・・・・・)?」

 

一夏は顎に手を当てながら考えられうる答えを呟く。

楯無と同級生かつ更識家を知り、彼女への強い敵意を持っている者。

 

謎が深まるばかりであるが、情報が足りない。

これ以上は考えるだけ無駄と流星は判断した。

 

「行くぞ一夏」

 

背を向け歩き出す流星。

考え込んでいた一夏は慌てて後を追うようについていく。

 

「どこに行くんだ?楯無さんのところか?」

「いや、本人に聞いてもはぐらかされる可能性もあるからな。まず学園でのあの女を知ってそうな人に聞こう」

「誰だ?」

「お前も知ってる人だ」

 

気は進まないが──と呟く流星に一夏は困り顔。

咄嗟には思い浮かばなかったらしい。

流星は呆れた様にため息をついた。

 

「──我らが新聞部部長、黛先輩だよ」

 

 

日も暮れて暫く、夜が深まる頃───。

片付けも終わったのか、騒がしかった学園からも人が消えていた。

学園祭の空気もすっかりどこへやら、静けさが包む廊下を歩く人影があった。

水色の髪の少女──更識楯無は学長室の前で足を止める。

ノックをし、重厚なドアを開く。

前時代的なドアノブを回し──彼女は学長室の中に足を踏み入れた。

 

「失礼します」

 

彼女の視線の先には、白髪の初老の男性が座っている。

高そうな机に組んだ腕を置き、座る男性の名は轡木十蔵。

普段は校務員として働く男性だが、実質的な学園の運営を行っている人物だ。

妻に学園長を任せているのはIS学園という特殊な環境というのもあった。

 

「更識くん、ちょうどよかった。今回の件について話を聞きたいと思っていたところだったんです」

 

学長室という格式ばった場所に関わらず、十蔵の纏う穏やかな空気がそれを塗り潰す。

柔和な笑み───十蔵の人柄がそのまま現れているようだった。

 

十蔵の言葉を受け、楯無は彼の机の上に資料と情報端末を置く。

 

「先にこれを。今回の件について纏めたので詳細はこちらでお願いします」

 

「ほほう。相変わらず仕事が早いですな」

 

「ありがとうございます。こちらとしても、外向けの対応を早めにして下さって助かりました。下手を打てば各国に文句を付けられますから」

 

「いやいや、これくらいしか出来ないのが情けないものです。更識くんにはいつも迷惑をかけてしまう」

 

十蔵は資料を受け取りながら、そう告げた。

とはいえ、政治的にもややこしい立場にある学園をこの状態で保つ事の難しさは言うまでもない。

 

──楯無は口頭での報告に移る。

資料の情報、その要点を彼女は口にする。

今回の襲撃の件、一夏の成長具合、そして────。

 

「ふぅむ、今宮くん()を生徒会副会長にした、と」

 

「はい。彼自体は別に更識とも関係がある訳ではありませんが、こと実戦に於いては申し分ありません。頭も回りますし、更識関係者が連携を取れば情報も十分。彼等だけでも学園は心配ないと考えています」

 

楯無の発言に十蔵は少し眉を寄せる。

彼女の発言は卒業後を想定するに少し早い気もした。

 

「彼等だけで、ですか。まるで更識くんが居なくなるような言い方と感じますが────何か動くのですか?」

 

「────はい」

 

楯無は真っ直ぐと見つめてくる十蔵に視線を返した。

十蔵はその瞳を見て、彼女の考えを理解する。

 

 

「──井神くんですか」

 

こくりと楯無は無言で頷く。

 

「これは、学園での問題ではなく──楯無(わたし)の問題です。だから、私がどうにかします」

 

「………どう言っても、君は止まらないのでしょうな。くれぐれも言っておきますが、無理はしないで下さい。更識以前に君は──」

 

「はい。ありがとうございます。でも、私は大丈夫です。───私は、更識楯無ですから」

 

「───…」

 

迷いもなく告げた楯無の言葉を十蔵は静かに聞いていた。

教育者として、大人として発言しても────更識楯無には今一歩響かないだろう。

 

彼女の抱える物、それは他の人間ならば容易く押し潰される程の重責だ。

対暗部組織の長───『楯無』の名───それを抱えてしまえる彼女。

努力も才能も──彼女の強さ(・・)の一部に過ぎないのだと、改めて実感する。

誰かに心配されても、一人で立ててしまう。

どんなに辛くとも乗り越えてしまう───。

 

それのなんともどかしいものか。

それのなんと───残酷な事か。

 

 

「──それでは、暫くだけ学園を空けさせて貰います」

 

 

一礼をして学長室を後にする楯無。

十蔵はそれを見送りながら、ただ物憂げな表情を浮かべていた。

 

 

 

 

──────そうして、文化祭終了と同日。

更識楯無は────IS学園から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──エム、てめぇ剥離剤(リムーバー)の効果を知ってて渡しやがったな!」

 

オータムの怒号が、ホテルの最上階で響き渡った。

赤色のカーペットが目立つ、煌びやかな装飾の室内。

彼女の手は黒髪の少女の胸倉を掴む。

 

「──」

 

冷ややかな視線で黙り込むエム。

その口の端は微かに上がっている。

貶されているとオータムは理解し、そのまま彼女を壁に押し付けた。

 

エムは動じることなく、薄ら笑いを浮かべる。

 

「…ISが全損した割に元気だな」

「っ!なんだと……!」

 

ギリ、と歯軋りが聞こえてきそうだ。

険しい表情でオータムはエムを睨み付け、片手は懐のナイフへ伸びていた。

それすらエムは涼しい顔で見ていた。

 

「……効果がどうあれ、織斑一夏(やつ)が気付く前に殺してしまえば良かった筈だ」

 

「知ってれば動きも違ったさ。あんな欠陥品使わせやがって……!」

 

オータムの手もとから鈍い輝き──彼女はナイフを取り出していた。

現在ISを所持していないオータムだが、それはエムも同じ。

彼女も一時的にISを所持していない状態であった。

 

「やめなさい。オータム」

 

「っ、スコール!」

 

バスルームから出てきた金髪の女性がオータムを静止する。

オータムはエムから手を離し、ナイフを仕舞うとスコールの方へと向き直った。

 

「お前は知っていたのか?あれのデメリットを」

 

「ええ」

 

即答するスコールを前に、オータムは目を丸める。

彼女の纏っていた怒りは困惑へと姿を変えていた。

 

「どうして私に言わなかったんだ?私……お前の……!」

 

「分かってるわオータム。あなたは私の大切な恋人──だからこそ、あなたの回収の為だけにエムを送り込んだのだもの」

 

結果は違ったけどね、とスコールは付け足した。

 

「スコール……」

 

頬を赤く染めてホッと安堵の息を吐くオータム。

さながら少女のような姿にスコールは微笑む。

 

「支度してらっしゃい、オータム。髪を洗ってあげる」

 

「あ、ああ!」

 

先までの一発触発の空気から様変わりしていた。

オータムは早足で支度を済ませるべく、フロアの奥に向かう。

それを横目で見ながら、エムは下らないと溜息をついた。

 

 

一方でスコールは腕を組んでドアの方を見る。

 

「──覗き見はあまり趣味が良いとは言えないわよ、来玖留」

 

「バレてた?流石実働部隊のリーダーってとこかな?」

 

ひょっこりと青い髪が顔を覗かせる。

愉しげに笑いながら、来玖留は部屋に入ってきた。

相も変わらずIS学園の制服を身に纏っており、高層ビルの派手な装飾の中では浮いて見える。

 

「なにか用かしら?」

 

ごく自然に尋ねるスコールだが、彼女の視線は先よりも鋭い。

エムを宥める時やリタを制御する時とも違う。

──スコールにとって幹部会から派遣された(・・・・・・・・・・)来玖留は、油断ならない存在であった。

対暗部用暗部を抜け、幹部会にどう取り入ったかは分からないが現在軍用機も手に入れ自身らと行動を共にしている。

目的はハッキリしている点は楽であるが───。

 

 

「用も何も。挨拶しに来ただけだよスコール。──そろそろ(ウチ)、別行動取るから」

 

「そう。いよいよなのね」

 

来玖留の言葉を受け、スコールは軽くそう返した。

互いへの警戒こそあれど、両者の間に真っ当な関心などあるはずもない。

 

一応スコールからすれば、これからの来玖留の行動は成功すれば利になる。

ただ、あくまで来玖留の動機は私怨───リスクリターンを度外視した彼女に合わせる気にはなれなかった。

 

 

「念の為言っとくけど、邪魔はしないでよね」

 

「まさか。わざわざ面倒なだけの場に関与する気はないわ」

 

「ならいいや。じゃあね♪スコール、あとマドカちゃん。──別にその顔見たいワケじゃないけど───また今度ね」

 

「…」

 

わざとらしく舌を出し、ウインク。

そのまま来玖留は笑顔で部屋を後にした。

かなり機嫌が良い状態──スコールは冷静にその様子を見つつ、無言で彼女を送り出す。

 

 

「興味無いって顔ね、エム」

 

「──」

 

パタンとドアが閉まるのを見ると、スコールは壁に背を預けているエムに話し掛けた。

エムは特に反応を示さず、スコールに背を向けてその場を去る。

──下らない。エムが胸中で呟いた言葉が聞こえてくるようだった。

 

 

入れ替わるような慌ただしい足音。

それを聞いてスコールの表情が明確に柔らかいものへと変化する。

リタの負傷、『王蜘蛛(アラクネ)』の全損、問題は山積みであるが────今は。

 

「ま、待たせたなスコール」

 

「──そうでもないわ、オータム」

 

先までの剣呑とした空気もなくなり、恋人をスコールは笑顔で出迎えた。

 

───結末だけ見届けさせて貰うわよ、来玖留。

 

 

 

 

 




片付いたようで片付いてない学園祭ですが、これでひとまず終了です。原作でもどちらかと言えばこれが始まりみたいな終わり方してるから仕方がないよね!……よね?

いや、長かった。見れば3ヶ月はやってますね……長すぎた。
読んで下さる方々には、お付き合い頂き感謝しかありません。

次の行事までの間にオリジナル章を少々挟みます。
展開はサクサク進むようにしたいと考えてますが、ががが。

……話の流れ自体はもう決まってるんでそこは御安心を。
















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