セシリア、一夏との試合前日。
流星はIS学園から少し離れた街に日用品を買いに行く事を予定していたため、護衛と称する楯無との待ち合わせ場所で1人暇そうに佇んでいた。
待ち合わせ場所は所謂、噴水の広場前。
休日であるためか他にも待ち合わせ場所にしている人は多かった。
楯無と何故寮から共に向かわなかったのかというと、楯無側が朝早くから何やら用事があるとのことで先に外に出ていたためだ。
「お待たせ〜」
聞き慣れた声に流星は顔を上げる。
「……誰だ、アンタ」
「酷いわね、わかっててやってるでしょう流星くん」
「いや、一瞬本当にわかんなかったよ」
そこにはキャスケットと呼ばれる帽子を被り、色の薄いサングラスをかけた楯無の姿があった。
服装自体は普段の制服姿からは連想出来ないベージュ色のセーターに黒のミニスカートといったような少しだけ冷える春用に備えた春先ファッションである。
また髪も茶色く染めており、流星が一瞬分からなかったのも仕方がなかった。
「どう?似合ってる?」
自身の姿をまわって見せつける楯無に流星は困ったような顔をする。
楯無のことだ、素直に褒めるとからかわれそうでどう言い表していいかわからなかった。
だが、そこは流星も男。
決断は早く、観念した様子で言い繕うことを辞めた。
「似合ってるよ。美人なのは今更だけど、こういう可愛い系も着こなせるとは思ってなかった。後、いつもの綺麗な水色だけじゃなく茶髪も似合うんだな」
「そ、そうね。りゅ、流星くんもわかってるじゃない!」
思わぬ直球での褒め殺しに逆に困惑する楯無。
織斑一夏だけでなくこの男も天然ではないだろうか?などと推測しつつ目を逸らす。
「しかしこう新鮮な姿を見るに、お忍びで遊びに行く芸能人みたいだな」
流星の恥ずかしさを誤魔化す発言に楯無はすかさず喰らいつく。
怪しい笑みを浮かべ、流星の右腕に自身の両手を絡ませた。
勿論、柔らかなものが流星に当たっている。
「あら?これはお忍びデートじゃないのかしら?」
その行動に警戒する流星の内心の困惑を楽しみつつ、楯無は流星を連れて歩き出した。
「護衛の話はどこに行ったんだよ……」
「嬉しい癖に」
「勝手に言っとけ」
「照れ隠しが下手ね流星くん。そんなんじゃこの先が心配ね」
反論したい流星だが、ここは堪えた。
楯無──いや、女子にこの手の分野で勝てる気がしないからだ。
楯無の言う通り照れ隠しな面も確かにあるだろう。
大いに不服だが、と流星は内心呟きつつ受け入れることにする。
と、ここで流星達は日用品も売っている大型のモールに辿り着く。
雑談をかわしつつ、目当てのものを見つけ、普通にショッピングを楽しむ。
こっちがいいだの、あっちの方が安いだの、こんな機能があるなど。
男女関係なく、このようなショッピングに憧れて居たのか、流星はどこか満足気だった。
楯無もそれを横目に安心したような笑みを浮かべる。
それを流星に悟らせず、服屋に足を運んだ。
「流星くんこんなのどうかしら?」
「いや、俺は」
楯無が見せ付けるのは流星に着せようとする服の候補。
思わず流星は『遠慮しておく』と言おうとする。
「そんなんじゃ来た意味無いでしょ?私がコーディネートしてあげるんだから付き合いなさい」
半ば無理やり何セットか渡され、試着室に押し込まれた。
仕方ないのでそれに付き合う形で何セットか楯無の出した組み合わせを着る流星。
基本まともな感じのコーディネートだったが、いくつか完全におふざけが目立つものもあった。
「おい、楯無これって…」
「ぷ、ぷっくくっ、似合ってるわよ流星くん」
所謂常夏のどこかのリゾート地にいそうなファッション。
春先だというのにカラフルなシャツに短パン、帽子、南国風サングラスという姿。
それをバッチり着こなすオレンジ髪の少年に楯無は声を漏らしながら笑う。
「……楯無、覚えとけよ」
流星もある程度わかっていて着たが、それでも屈辱感はかなりあったようで少々御機嫌を斜めにしつつ、元の服に着替えるためカーテンを締める。
それを見た楯無はイタズラ好きな笑みを浮かべ、そろりと試着室に向かって踏み出した。
片手にはいつの間にかどこからか選んできた自身の水着がある。
後一歩でカーテンをあけて入れる、その距離まで来た時に試着室の中の流星から呆れたような声で釘を刺された。
「言っておくけど楯無、そこを動くなよ?」
「一応聞くけど、どうして?」
「嫌な予感がしたからだ!」
無駄に勘のいいやつー!などと楯無は内心叫びつつもその笑みを崩すことは無い。
バレたところでもう既に遅い!と入り込もうとした瞬間、カーテンの中から流星の右手が楯無の顔面を鷲掴みにした。
「させる訳ないだろ。こっちが持たないって」
流星は右手に力を入れ、楯無を押しのけて試着室から出る。
少し冷や汗をかきつつホッと安心した。
一方楯無は流星のアイアンクローからサラリと脱出する。
痛がっている様子も見られない。
「持たないってどういう事かしら?襲っちゃう?いやん流星くんのえっち」
「はいはい楯無様は魅力的ですよ…。じゃあ俺は会計してくるから待っててくれ」
「えー?私の試着見ていかないの?」
「どうせロクなこと考えて無いだろ、お前」
そう言いつつ、流星は会計をしにレジへ向かった。
何だかんだ言いつつ楯無のまともに選んだ服は気に入ったらしく、ふざけた組み合わせ以外は全部買うらしい。
その様子を見つつ楯無は素直じゃないわね、などと得意気になる。
さて、と楯無はそこで自身の持っていた水着を見た。
かなり際どいタイプ、もはやただの紐かと疑うほどのもの。
一応彼からは見えないように隠し持っていたのだが、からかおうとしていた魂胆は見抜かれていたらしい。
チラリと流星の方を見る。
少し離れたレジに並ぶ流星の前にはそれなりに長い列があった。
時間はそれなりにあるようだ。
(じゃあ少し真面目に選ぼうかしら?)
などと思いつつ、楯無はフラリと水着コーナーの方へ足を運んだ。
それから暫くして、流星がレジで会計を終え戻ってくると楯無がレジの列に並んでいる事に気が付いた。
楯無も近付いてくる流星に気が付く。
「私もちょっと買う物あるから少し服でも見て待っててくれる?」
「わかった。じゃあ少し見て回ってから入口の外で待ってるよ」
そう言いつつ、流星はしばらく店内を見て周り、店を出る。
春先であるため、気温は少し冷える程度で寒いほどでもなく過ごしやすいものだった。
ぼーっとしつつ、空を見上げる。
文句のない快晴だ、などと当たり前のことを思いつつ自身の待機形態であるISに触れる。
唯一、流星に応えたIS。
どうして流星が乗れるのか、未だ謎のままである。
「お待たせ!さぁ行きましょう!」
楯無の声に流星は現実に引き戻される。
考えるだけその場で答えは出ない。
そう考えに終止符をうち、楯無とともにその場を離れた。
時刻は午後3時半過ぎ。
おやつ時であるため、今日1人でも行こうと目星を付けていた店に向かい足を進める流星。
密かに楽しみにしていたのもあって日頃からは見られないようなワクワクした様子だった。
「流星くんが前に本音ちゃんと話していた場所よね?」
「そうなんだよ。美味しいって評判でさ。少し歩くことになるけどいいか?」
「私が体力あるの知ってるでしょう?」
うげ、と苦虫を潰したような顔をする流星。
特訓やトレーニングでそれは嫌という程思い知らされているからだ。
2人は歩きつつ他愛のない会話を続けた。
少しモールから離れている場所を目指しているため、場所はビル街に移る。
とは言っても今日は休日、こちらの区画の人通りはほとんどないに等しいものだった。
流星が目指している店には隣駅から行く人間が殆どであるからだろう。
「──待って流星くん」
──不意に、楯無が真剣な声色で流星を呼び止めた。
そのまま流星の腕に両腕を絡ませるようにして自然な動作で近付き、視線だけ周囲に向ける。
「何人かがさっきから付いてきている」
「…IS学園が安全を確認したって話じゃなかったか?」
「一応ね。けど嫌な動きをしそうな気配があったのよね。念の為付いてきて正解だったわ」
楯無のその言葉に申し訳なく思う流星。
楯無が髪色を変えてきた時点で心のどこかでこういう可能性を孕んでいることに気付いていた。
自身はあくまで貴重な2人目の男性IS操縦者。
悲観する気はないが、苛立ちはあった。
どうして、この楽しい一時を邪魔してくるのか。
楯無を巻き込みたくない一方で今楯無がいることに頼もしく感じている。
情けないな、と自己評価を下しながら状況を尋ねる。
二人とも足は止めずにいた。
「数はわかるか?」
「わからない。でも相手の裏にそれなりの立場の人間がいるのは硬いと見ていいわ。更識家とIS学園が事前に警備を配置していたはず。それを抜けてきただけでなく、最低限レベルだけどある程度統率も取れているもの」
「付けられているのはついさっきからであってるな?あと、相手の裏がそうなるとISは使わない方が良いのか?」
「そうね。心当たりはいくつかあるけど証拠もないし、こっちが市街地でISを使ったってイチャモン付けられたらたまったものじゃないわね」
しかし、と楯無は強い意志を秘めた瞳で流星に言い放つ。
「もしもの時は私がISを使う。私ならいくらでも手札はあるし、流星くんは心配しなくていいわ」
「だが楯無」
だって、と楯無は微笑んでみせる。
「私は生徒会長よ?生徒を守るのは当然でしょ?」
と、そこで流星は諦めたように溜息をついた。
楯無は迷いなくあっけらかんとそう言ってのける。
簪が楯無を敬遠するのもどこかわかる気がした。
偉大過ぎるし、眩し過ぎる。
そう流星は楯無を評価した。
だが、流星も荒事に慣れていないわけではない。
「楯無、でもそれはもしもの時だろ?」
と、極めて冷静に告げる流星。
それに、と言葉を続ける。
「お前が俺を守るって言うのなら、俺もお前を守る」
流星の言葉に楯無は意外だったのか、目をぱちくりとしていた。
更識家を継いで、楯無となってから自身についてくるものや敬意を表するもの、味方するものは居れど正面から守るなどと言われたことは一度たりともなかった。
ましてや、同年代の男子になど。
(……)
ふざけてはいないだろうことはわかるが、内容を飲み込むのに少々時間を要した。
どこか嬉しそうな表情のまま楯無は流星に返事をする。
「学園最強を守るとは大きく出たわね。──じゃあ私も甘えちゃおうかしら?騎士様?」
早速プレッシャーを掛けてくる楯無の軽口に流星はいつも通りの態度で応対する。
「さて作戦はどうするんだ?お嬢様?」
「部下にもう連絡はしてあるの。相手の総数がわからない以上今いる追手を撒いてから合流してIS学園に戻るわよ」
楯無に方針を立ててもらい、やるべき事を把握する。
流星と楯無は同時にピタリと足を止めた。
視線だけで楯無にこれからの進路を伝える。
「方針は了解した。じゃあ早速──」
「─そうね!」
瞬間、二人同時に真横の路地に駆け込む。
実にわざとらしく、足音を立てて逃げるように見せ付ける。
同時に後方から複数の駆ける音が聞こえた。
突然の逃走には流石に相手も驚いたとみえる。
二人は走りながら後方と周囲を見渡す。
「狙撃手はいないと見る」
「そうね、さっきの通りも見る限り、ビルにもそれらしきものは居なかったわね」
「─なら、人数増やされて囲まれる前にコイツらを片付ける」
足音が増えている、そう感じた流星は楯無と共に路地裏に入る。
相手の動員数がわからない以上、下手に逃げ回っても包囲される可能性が万が一にもある。
ならば頭数を減らせる時に減らすべきだ。
幸い今の追ってきている数は5人。
流星は振り向き、自身が曲がったばかりの角に向かって転がっていたペットボトルを蹴り飛ばした。
するとすぐに流星達を追って曲がって来た1人に直撃、怯んだ隙を見逃さず流星は渾身の蹴りを顔面に叩き込む。
さらにその隙を見逃さず、楯無はすぐに来た2人目の溝に拳を叩き込み、流れるように背負い投げでコンクリートの地面に叩き付け昏倒させる。
──まず2人、とすぐに流星達は後ろに距離を取る。
倒れたのは私服姿の男2人。
街に溶け込むようにするためか、それぞれ普通の格好だ。
「貴様ら!」
後続の男3人が流星達と相対する。
倒れた2人を見ての発言。
男達は懐から何か棒状の物を取り出した。
「!」
ホルダーや入れ物を取り去り、銀色の部分が見える。
それは刃渡り15センチほどのナイフだった。
男達はナイフを構えながらジリジリと詰め寄ってくる。
流星は周囲へ警戒しながら問いかける。
「お前ら、何が目的だ?」
問いは当然のもの。
何か意図があり流星を殺そうとしているのか、それとも手段を選ばず生け捕りにして研究したいのか、はたまた私怨か。
「答えると思うのか?」
「じゃあ相手にする理由はないな」
答える気は無いという男の言葉に流星は楯無の手を引いて後方へと走り出す。
楯無はその行動を流星の目を見て理解し、慌てることなくそれに合わせる。
「!?」
「逃がすか!」
「追え!」
慌てて追いかける3人を前に、今度は楯無が振り向き仕掛けた。
3人のうちの1人の懐に楯無は潜り込む。
「なっ!?!」
そのまま鮮やかに掌底が相手の顎に入り、目を回している間に流星がその男の足を払う。
男の視界は上下左右に揺れながら、しばしの浮遊感の後ブラックアウトした。
地面に叩き付けられた衝撃がトドメになった。
「くそっ!?」
楯無に向かって振るわれるナイフ。
当然、彼女からすれば取るに足らない攻撃。
彼女自身もそれに気付いていたし、躱すことも受け止める事も造作ない。
だが、そもそもの攻撃は阻止された。
すぐ傍にいる男の存在によって。
「──らァっ!」
ナイフを振りかぶる2人目の腹部に、流れるように蹴りを入れる。
2人目が大きく仰け反り、ナイフを手放すのを流星は確認する。
「野郎!」
「私を忘れてるわよ!」
「!?!」
流星に飛びかかろうとした最後の一人を、楯無は後頭部への回し蹴りで意識を刈りとる。
「がっ!?」
流星もそのまま目前の相手の腕をとり地面に投げ、叩き付ける形で意識を奪った。
──これで、合計5人。
とりあえずの追手はこれで全員。
見事な連携だった事に楯無は舌を巻きつつ、流星の方を見る。
彼は相手の懐などに身分を証明するものがないかまさぐっていたが、特にこれと言ったものは出てこなかった。
耳につけていた小型の通信機、くらいか。
とりあえずそれらを破壊しておく。
この路地裏に入った情報こそ相手側に伝わっている可能性はあるが、この区画は幸い出口が多い。
故に流星達の正確な位置は見失ったと見ていいだろう。
楯無は自身の端末で連絡を入れると、流星の近くに歩み寄った。
「迎えを路地の出口の近くに用意したわ。そこへ向かいましょう」
流星は角を曲がった瞬間に壁に立て掛ける形で置いていた荷物を拾うと楯無の分を本人に渡す。
「わかった。じゃあナビゲート頼むよ楯無」
「任せなさい。それと気を抜かないようにね?流星くん。デートは帰るまでがデートなんだから」
「……」
かくして、流星のIS学園入学後初めての外出はこのような事件に見舞われた。
誰が、何を企んで仕込んで居たかはわからず、また残り何人潜伏しているのかはわからない。
とりあえず流星と楯無はIS学園に無事戻り、相手の襲撃は完全に失敗となった。
更識家の人間は流星達が倒した5人とその他潜伏していた何名かを拘束することに成功。
下っ端が何か重要な情報を持っているかは今後調査するらしい。
また、流星の身の安全という名目で世界がどう動いてくるかわからない。
そのため、おおっぴろげに公表出来ない。
流星はこの一連のことに関してIS学園の寮の部屋で一通りの説明を受けた。
「…こりゃあ暫くは外出出来ないな」
溜息をつきつつ、流星は呆れた様子でそう呟いた。
その心境にはどこか諦めを感じさせたが、悲観した様子は特に感じられなかった。
楯無はどこか平気そうな流星のその様子に疑問を感じ、尋ねる。
「平気そうね。こんな状況がいつまで続くかわからないのに」
どこか苛立ちを孕んだ自身の言葉。
何故そこまで苛立っているのかは楯無本人にもわからない。
「そうだな、不思議と平気だ。そりゃ外に迂闊に出られないのは色々と面倒だ」
──だけど、と流星は続ける。
「此処にはお前も皆もいるだろ?なら俺はそれでいい」
嘘偽りない本心からの言葉。
その言葉が意味するところを楯無はすぐに察した。
──この少年には、何も無いのだろう。
肉親を失い、戦場の後楯無ですら知りえない空白期間を過ごした少年にはおそらく帰る場所も身内もいないのだ。
いや、再び居場所を作ろうとしたところをIS適性の発見により奪われたのかもしれない。
やり切れない感情が楯無を支配した。
「───」
彼女はそれを流星には悟らせない。
帽子を脱ぎ捨て、サングラスを取りヤケクソ気味にベッドに投げ捨てる。
せめて、せめてこの学園では。
生徒会長としてでもなく、更識家としてでもなく更識楯無個人としての願い。
いや、決意に近かった。
───彼の居場所を、守ろう。
そう心に決めた楯無はいつものようなイタズラ好きな笑みを浮かべる。
「そういえば流星くんと私、二人ともシャワーはまだだったわね」
時間は8時をさしている。
そういえば移動に手続きに調査の報告にと時間を取られ、気付けばこの時間になっていた、と流星は気が付く。
「そうだな、ならお先にどうぞ。俺は後で浴びるよ」
「私はどうせ髪の色落としたり、シャワー浴びてもやる事があるから流星くん先でいいわよ?」
「わかった。じゃあお先に───」
と、流星が着替えを用意しバスルームに向かう。
その最中に流星は後方で何か衣類が床に落ちる音が聞こえた。
同時に現在進行形で衣類が肌と擦れる音が聞こえる。
非常に、何故か嫌な予感がする─────!!!
一気に血の気が引くのが分かる。
直感ともとれるそれに従い、流星は脱衣所に駆け込もうと駆け出そうとした。
「残念、逃がさないわよ?」
楯無の声。
嫌な予感は確信に変わり、急いで流星は脱衣所の扉に手をかけた。
扉を開き中に逃げ込もうとした所で失策に気が付く。
「なっ!」
次の瞬間、流星は押し込まれる形で脱衣所に押し込まれた。
「楯無!お前何考えて───!??」
堪らず楯無に文句を言おうと振り向いたところで流星の言葉が止まる。
そこには殆ど紐と形容出来るレベルで際どい水着を着た状態の楯無が倒れ込んでいる流星にもたれ掛かる姿勢でいた。
艶やかな肌に、目と鼻の先にある豊満な胸。
身体に触れている部分は柔らかく、女性の身体つきを嫌でも意識させられた。
またそのような距離であるためかほのかな香水の香りが思考を乱す。
「流星くん、脱衣所にこんな格好と姿勢で連れ込んで……どうする気かしら?」
「─!?っ!!!」
どう見ても後ろから押し倒される形で連れ込まれたのは流星だが、そう突っ込む余裕もない。
だがそこはあらゆる極限状況を超えてきた流星、一瞬の困惑の後思考を回復させる。
「どう?似合うでしょう?水着はもう1つ買ったんだけど──」
「ばっ馬鹿だろお前!もはやただの紐じゃねえか!」
「そう?なら脱いだ方がいいかしら?」
胸の部分の紐に人差し指をかける楯無。
その行動に流星は楯無の肩を押して自身から引き剥がす。
「なに考えてんだテメェ!?もう大人しくシャワー浴びさせてくれ!」
「疲れてるんでしょう?背中流して上げるわよ?」
「楯無にされても気が休まらねぇよ!?」
その言葉にどこからかカチッという音が鳴ったのが流星には聞こえた気がした。
楯無のどこかでスイッチが入ったのだろう。
「さぁ入るわよ?」
その言葉と共に流星に向かって手を伸ばす楯無。
完全にムキになっている、理由はわからないがムキになっていると流星は気がつく。
悪足掻きと崩した姿勢のまま抵抗する流星。
それにより、再び押し倒す楯無と押し倒される流星の構図が生まれた。
『いまみー?会長ー?入るよー』
────と、そこに聞こえるのは本音の声と彼女が寮の部屋に入ってくる音。
ガチャリと部屋の鍵を空けて入ってくる音と共に2人の動きも止まる。
この部屋の鍵に関しては、楯無と流星だけでなく生徒会権限により本音と虚も持っているのだ。
主に更識家関連の報告等に関わる部分も多いからなのだが……。
「──よし、とりあえず出ていけ。この状況が不味いことだけは理解出来るだろう!?」
「そうね、でもこれ出ていった瞬間にバレるわよ」
「「……」」
2人の間に一瞬の沈黙が訪れた。
しかし、流星は思い付いたように打開策を打ち出す。
「よし、やっぱり楯無出てけ。俺はシャワールームに行くから」
「嫌よ!?どうして本音ちゃんの前に一人こんな姿をしてるとこ見せなきゃ行けないのよ!?」
「今更言う!?アンタそれ今更言うの!?頭大丈夫!?」
「だって1人こんな格好してるとかそれこそ変じゃない!?」
「自業自得って言うんだよそれ!!」
ギャーギャーと言い合う2人の声。
それは部屋に入ってきた本音に聞こえたようで脱衣所の扉の方まで歩きながら本音が不思議そうな声で尋ねた。
『いまみー?会長どこにいるか知らない?』
「し、知らないな。そこに居ないのならどこか外に行ってるんじゃないのか?」
必死に本音が立ち去ることを祈りつつ、嘘をつく。
しかし、彼女は腐っても更識家の関係者。
すぐに部屋に脱ぎ捨てられた楯無の服を見付け、視線を脱衣所の扉に向けた。
『会長の脱ぎ捨てた服があるよ?』
「…………」
静かに流星は楯無を睨む。
楯無はどこか知らぬ顔で視線を逸らした。
まるで、頼りに、ならない。
「じゃあ知らん。どこかに行ったんじゃないのか?俺には関係な──」
『──あと、ここからさっき会長の声が聞こえた気がしたんだ〜』
──バレてるじゃねぇか!
いつになく威圧感を扉越しに放っている本音に困惑しつつ、流星は最悪の状況は避けようと楯無を押し退けようとする。
『……あけるよー?』
「待っ」
だが、そうは問屋がおろさなかった。
脱衣所の扉が開かれる。
そして、すぐに本音の目に飛び込んだ光景は、押し倒す楯無と押し倒される流星。
しかも楯無はもはやただの紐にしか見えない際どい水着姿である。
「違うんだ本音これはその楯無の馬鹿が……」
「いまみー?」
「勘違い……なんだが!」
「いまみー???」
「……くっ」
有無を言わさぬ本音の迫力に流星は反論出来なくなった。
何故こうなってしまったか、──正直思い返すほどに自身に非が無い気がするがもう諦めてしまおうと悟った。
「本音ちゃん、これはええっとね」
「会長?」
「……ごめんなさい」
楯無も何か弁明をはかるが、それは本音の圧力によって黙らされてしまうことになった。
自然と本音の前で正座する2人。
いつになく怒っている本音の怖さを2人は、そのあとのお説教によって思い知らされることになった。
※補足として
流星は更識家の庇護下にある訳ではなく、生徒会長として更識楯無が1生徒の安全を確保しようとしている状態です。
勿論それだと限界がありますが…。
あと、楯無の流星に対する好感度はLIKEです。