IS 灰色の向こうに   作:ズーキー

72 / 97
-70-

 

「へぇ、あれが二人目か──」

 

流星とフォルテが訓練を始めて少し後。

第2アリーナのひと気が少ない観客席で金髪の少女は独り呟いた。

雨が降っているとはいえ観客席側には天井があり濡れることは無い。

 

うなじで束ねた金髪(ホーステール)に高身長と特徴的な彼女は、柵に肘を置いて二人の様子を眺めていた。

整った顔に張り付いた、自信に満ちている男勝りな表情。

身体つきも含めば中性的とは程遠い。

『兄貴分のお姉様』とは言い得て妙な言葉である。

 

そんな少女──ダリル・ケイシーは少年の方へと視線を向ける。

指導しているのは自身の恋人フォルテ・サファイアだ。

 

(しかし、『ゼロ・シフト』の習得だなんて無茶な事を生徒会長も言うもんだ)

 

思わず溜息をつく。

少年が習得しようとしている技能は、ISの技能の中でも相当な難度のもの。

その上実戦で扱うとなれば難易度は跳ね上がる。

 

(しかし、あの生徒会長がただ無茶を言うとは思えない)

 

となれば、彼はそれを使いこなすだけのものを持っているのか。

無人機、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)、エム、リタとの戦闘──実戦の回数を重ねる度にその質は上がっていると聞く(・・)

生身の戦闘能力がどうかは知らないが、あの環境で生き残った人間が半端とも思えなかった。

 

更識楯無がフォルテ・サファイアにコーチを任せた理由は簡単だ。

第三世代兵器としての射程、慣れ、汎用性。

そして何より一年生達よりもIS操縦者として熟達している部分にある。

 

(問題はオレがいるのにサファイアに頼んだってとこか)

 

思考だけそちらへ切り替える。

フォルテがコーチするということは自然とダリル・ケイシーとも関わる可能性が跳ね上がる。

更識楯無に警戒されていない可能性も考えるダリルだが、織り込み済みの可能性も存在する。

どの道その分野で彼女を出し抜く事は困難。織り込み済みと考えて動く方が利口であった。

 

(さて、じゃあ大人しくデータを取らせて貰いますか)

 

──と、改めて少年を見だしたところで視線の先に変化があった。

 

「───」

「!!」

 

少年が戦闘中に此方へ視線を向ける。

不意に合う視線。思わずダリルも驚かざるを得なかった。

 

一方で戦闘中の不自然な流星の行動に、フォルテは違和感を覚える。

釣られるように視線の先を見て漸くその存在に気が付いた。

 

 

 

「あ、来てたんスね」

 

 

 

それから更に少しして、訓練を終えフォルテは流星を連れ観客席へ。

フォルテの行動を察していたダリルは特に移動すること無く、その場で待っていた。

 

「紹介するっス。この如何にも粗暴そうな人が三年のダリル・ケイシーっス」

「おいフォルテ、説明の仕方が雑過ぎんぞ」

「えー、他にどう説明するんスか。お堅い説明より気楽な説明の方が後輩も尻込みしないっスよ?」

「コイツがそんなタマかよ。それに織斑一夏にしたって目上相手でもハッキリ意見は言うみたいだし、必要ない配慮だろ」

 

ダリルは呆れた様子でそう告げ、1歩前へ。

 

「オレはダリル・ケイシー。アメリカの国家代表候補生だ」

「アメリカの──」

「なんだお前。嫌そうな顔だな」

「むしろその情報で俺が喜ぶと思ってるんですか」

「そりゃあ良くは思わねぇな。正直なのは気に入ったぜ、色男」

 

不満げな流星の背をダリルは楽しそうに笑いながら叩く。

 

「で、そのダリル先輩がどうしてここに?」

「フォルテがコーチするって言うんで見に来たんだ」

 

成程───と流星はフォルテへ視線をやる。

彼女とダリルの関係は学園でもそれなりに有名である。

とは言っても彼がそれを知っているのは彼女らのコンビネーション『イージス』に付いてきた話だからだ。

 

──先程の探るような視線は気の所為だろうか。

 

 

「心配されなくてもちゃんとコーチしてるっスよ」

「みたいで安心したぜ、フォルテ。…ん?どうした女誑し、オレの顔になんか付いてるか?」

「いえ、なんでもないですよ───というか、女誑しってダリル先輩に言われたくないんですが」

「へぇ、オレの事知ってるのか。生徒会長(・・・・)にでも聞いたか?」

 

なんでもない質問をダリルは様子見に投げ掛ける。

先ほどの視線が合った瞬間から、目の前の少年に対しての認識を改めていた。

暗部の人間ではないとはいえ、戦場を駆け抜けた人間───加えて生きてきた場所が場所だ。

悪意や敵意に対しての直感や嗅覚は馬鹿にならない。

観察眼もずば抜けているとのこと。

 

「まさか。コーチしてくれるフォルテ先輩の事すら聞いて無かったんですよ。知ってたのは先輩が有名人だからですよ。色んな意味で」

 

彼女は流星に何も話していない。彼も嘘はついて無さそうだ。

──更識楯無は恐らく彼の性質を理解している。

模擬戦と称してなら彼の戦闘データを直接取る事が可能だが──彼相手の場合こちらの手札を晒す方がマイナスになるだろう。

ならば、普通に接し普通に仲良くなるしかない。

 

「───今宮、ダリル先輩が女誑しってとこ詳しく聞かせるっス」

 

黒いオーラを放ちながらガシリと少年の肩を掴むフォルテ。

流星は引き攣った表情でダリルの方へ助けを求める。

ダリルも察したのかフォルテを引っ張って抱き寄せた。

 

「お前が後輩に圧かけてどうするんだよフォルテ。どうせオレの行動に周りが勝手に舞い上がってるだけだろ?安心しな、オレの本命は──」

「──後輩の前で何言おうとしてんスか。……恥ずかしいからやめるっス」

「そう照れるなよ。妬いてたんだろ?」

 

紅くなるフォルテにダリルはくつくつと笑う。

二人のやり取りを受け流しつつ、流星は溜息をついた。

実に熱々である。湯を沸かすにもポッドは不要そうだ。

立ち去ろうかとも考え出す流星だが、そこへダリルが思い出したかのように言葉をかけた。

 

 

「今宮、一つ気になってたんだけどよ。──お前、生徒会長とデキてんのか?」

 

「───は?」

 

完全な不意打ちなのか、流星は渋い顔で声を漏らした。

更識楯無との関係性。

ダリルとしては興味本位も兼ねているが、重要な話に違いない。

 

「あ、それ私も気になるっス」

 

気だるそうではあるが、フォルテも好奇心を隠せていない。

なんだかんだ彼女らも噂好きな女子高生であった。

ダリルに関しては揶揄おうとしている面が大きい。

 

「ただルームメイトだったってだけですよ」

「面白くねぇな。じゃあ中国の代表候補生───それとも妹の方か?」

「もしくは生徒会の人っスね。あ、ただのクラスメイトって線もあるっス!」

 

盛り上がる二人を前に流星はどうしたものかと考える。

別にどうこう言われるのは構わないのだが、面白い回答が出るまで食い下がられるのがオチだろう。

 

「!」

 

抜け出す方法を考えている中、アリーナに現れる影。

この学園に二人しか居ない男子のもう片割れ、織斑一夏であった。

 

「先輩すいません。あいつに用があるんで先に失礼します」

「あ」

「え?」

 

油断した、と手を伸ばす二人からそそくさと離れ流星は一夏の方へ。

 

「あれ?流星、ここで訓練してたのか」

「ああ、うん。よし丁度いい所に来た。お前に用があったんだ」

「すっげぇ棒読みだけどどうしたん──」

「ほら、行くぞ」

 

駆け寄ってから一切止まることなく、彼は一夏の背中を押してアリーナを出ていく。

こうして──面倒臭いスイッチが入った先輩二人から逃走を流星は成し遂げる。

ひとまず一夏には待ってもらい、彼はサッとシャワーを浴び制服へと着替え直す。

一夏は特にやる事も無かった為、手に持っていた資料を読み耽っていた。

 

「悪い、待たせたな。ん?何読んでるんだ?」

「ああ、これか。楯無さんが用意したらしい練習メニュー。山田先生に偶に監督して貰って軌道修正入れていく流れらしいんだ」

「じゃあさっきは山田先生を探しに来たのか。誰に貰ったんだ?それ」

「虚さんだよ。預かってたんだって」

 

へぇ、と生返事を返しつつ流星は資料を受け取って目を通す。

書いてある事は課題やそれに対する練習メニュー。彼の癖を記したもの。

分かりやすいように纏められたソレは明らかに長期想定(・・・・)のものであった。

なにもおかしいことでは無い。───のだが、彼の違和感は既に確信へと変わっている。

 

流星は表情に出さないようにしつつ、一夏へと資料を返す。

一夏は資料をファイルに入れながら流星の方へ振り返る。

 

「それで、さっきはどうしたんだよ?いきなりで驚いたぞ」

「端的に言うと先輩が面倒臭くなってさ」

「随分とぶっちゃけたな」

 

困惑する一夏に少年は素知らぬ顔。

二人は山田先生を探してもう一度職員室に向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

ロシア連邦国立IS総合研究所。

モスクワ郊外にあるそれは名前の通りISの開発や研究に携わる国立の機関だ。

基本的な装甲の作成は別の施設が担当している。

その為ここはコア研究やOS──新機体の開発と第三世代兵器の調整が主となっていた。

 

周囲にひと気が無くなったタイミングを見計らい楯無は搬入口から動く。

ダミーのセキュリティカードは作成済み。

予め用意していた衣類を纏い、念の為の変装も済ませている。

 

窓は少なく、シミひとつない綺麗な廊下。

真っ白な天井と床、等間隔に天井に植え付けられた直方体の照明。

監視カメラの死角を楯無は移動した。

途中どうしても監視カメラを抜けられない場所に関しては、研究員を模した水の分身を作り、その影を利用する。

 

設備自体が最新であっても、第三世代兵器の特異性には対処し切れない。

部屋の中の構造をドアの隙間からアクア・ナノマシンを散布して把握し、先に進む。

 

エレベーターを発見した彼女は同様に探知する。

何階層まで下が存在するのか、を確認し彼女は眉を顰めた。

 

(───地下三階まであるわね)

 

以前この施設を訪れた際の話だ。

楯無はここの施設の人間に『地下は二階まである』と説明を受けていた。

 

現にエレベーターの表示も地下二階までしかない。

 

(……)

 

疑惑が確信に変わりつつある。

エレベーターに入る前に監視カメラにクラッキングをかけ、ダミーの映像を流し込んだ。

 

そうして彼女はエレベーターに乗り込む。

やはり──地下三階を示すボタンは存在しない。

彼女が着眼したのはセキュリティカードの認証部分。

一般的にこれを翳して初めてエレベーターが利用できる仕組みである。

 

(このエレベーター自体は地下三階まで繋がっている。だとするとセキュリティカードの種類で行けるようになるのかしらね)

 

彼女はエレベーター点検用の出口を見つけた。

巧妙に照明で隠されていたが、構造上やはりあったらしい。

そこから箱の外へ出て、地下三階へ。

 

扉の向こう側に人がいない事を確認して、彼女は再度水を操る。

扉の隙間から推し広がる水は扉を強引に開けた。

地下三階も通路の様子に変化はない。

ただ、各部屋の広さや物々しさは増していた。

研究施設というよりは軍事施設の印象の方が大きい。

 

エレベーターのセキュリティを解析──やっつけではあるが偽装IDを獲得。

予想通り(・・・・)、軍事関係者のもので何とかなった。

欺ける期限は1時間と短いが十分だ。

淡々と行えているのはひとえに関係者による準備が出来ていたが故であった。

 

彼女は慎重に探索を続け──そして──そのデータに行き着く。

 

 

「─────!」

 

端末を操作していた手が思わず止まった。

目当ての『雷の修道女(グローム・モナヒーニャ)』についての情報。

内容に関しては────『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』のコアによって銀雷(セレブロ)使用エネルギー効率の激的改善が見られたというもの。

 

更に実験データも見つかった。

これらは間違いなく福音のコアを機体に組み込み、稼働した上で測定したものだ。

予想通りではあるが、半ば当たって欲しくなかった予想でもある。

こうも直球(ストレート)な案件は、最悪戦争に発展する。

 

以前から怪しいと感じていた軍上層部の人物が脳裏に浮かんだ。

 

(ここにこれがあるってことは、間違いなく軍上層部に来玖留達と繋がってる奴がいる。こんな事をしそうなのは─────)

 

 

──と、楯無はデータのバックアップだけ確保し別の場所へ。

来玖留に関する情報も得るべく、別の区画のデータも漁り出したところで更に気になる資料が目に付いた。

 

 

(コアによる親和性の検証。強力なレーザー兵器を使用していたコアは独自進化で他のコアより軍用機の出力に相性が良い可能性────?)

 

問題はそこでは無く、これからの実験の候補として挙げられるコアだ。

基本的にこのパラメータに該当するコアはない筈──と候補に目をやる。

 

そこに記載されていたのは無人機(・・・)のコアであった。

 

 

(───っ!?)

 

 

これには楯無も驚きを隠せない。

無人機の存在やIS学園がそのコアを秘密裏に所有している事実を知っていることはそこまでおかしくはない。

 

ただ、IS学園以外で無人機のコアを所持しているという情報は無かった。

なのに、ここに記載されている。

つまり──遠くない内に学園のものを奪うつもりか。

 

 

今暴走しているのはロシア軍の一部の派閥。

それが亡国機業(ファントム・タスク)と繋がる事で軍事的な改革を進めようとしている。

IS学園も標的となっているのは言うまでもない。

それだけでなく、福音のコアの存在が明るみに出るのも時間の問題と来た。

 

手持ちのデータは交渉用の材料としても不十分である。

 

(想像してたよりずっと不味い。───これは一刻も早く暴走を止めないと────)

 

「───最悪戦争が起きるかも…でしょ。楯無ちゃん」

 

「!」

 

声に反応して楯無は即座に振り返る。

部屋の扉の前にいつの間にか来玖留は佇んでいた。

 

「───来玖留」

 

「驚いた。(ウチ)より先にここに来てるなんて、流石楯無ちゃんじゃん。前々からある程度の目星はついてたってこと?」

 

薄らとした笑みを浮かべる来玖留。

空いた手はその青い髪の毛先を弄っている。

 

楯無は端末を仕舞い、彼女を警戒する。

鋭い視線で睨まれ、来玖留は肩を竦めてみせた。

 

「その様子だと色々分かっちゃったかな。けどもう遅いよ。コアはもう(ウチ)の手の中。お馬鹿なタカ派の上層部もまだ事の深刻さに気が付いてないし」

「唆したのは貴方でしょう」

「手を差し伸べたの間違いっしょ。(ウチ)は研究が破綻して責任問われそうになってる人達に道を提示してやっただけだし」

 

日常会話でもするような気楽さで来玖留はそう告げる。

彼女から感じ取れるのはあくまで気にしていないということのみ。

 

楯無は扇子で口もとを隠しながら問い掛けた。

 

 

「来玖留、目的は何?」

「変わんないよ。あんたを殺すこと」

 

 

声のトーンが変化する。

先までの抑揚に飛んだものから一気に冷たなものへと変化した。

ニタリと口もとを歪ませ、彼女は周囲へ視線をやる。

 

「さて問題。楯無ちゃん────いや、更識。現在OFFになってる銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)のコアの信号──ソレをONにしたらどうなると思う」

 

「───ッ!」

 

楯無の表情が驚愕に染まる。

 

完全に初期化しない限り変化はないコアの識別信号。

ISのコアの強奪が武力的問題を抜いても難しい、とされる理由のひとつでもある。

初期化及びにOFFに切り替える処置を行わなければ、場所が特定されて終わりなのだから。

それを一瞬でもONにする。

当然アメリカ側はこの情報を察知して──。

 

来玖留はISの右腕を部分展開する。

緑色の装甲。掌を掲げて視線を下へ向けた。

 

「そこまでして貴方は……っ!」

「──これでいよいよアンタは(ウチ)を倒す以外無くなる。追って来なよ更識。舞台は整えてやっからさぁ!!」

 

バチりと来玖留の右手に銀色の光が集まる。

楯無もまたISを展開し蒼流旋を構えた。

 

「来玖留─────!」

 

振り下ろされる来玖留の腕。

圧倒的出力の銀雷(セレブロ)の狙いは楯無ではなく───来玖留自身の足下であった。

 

炸裂する銀色の光は右腕に留まらず、装甲の隙間からも周囲へと拡散した。

眩いまでの光がフロア全体を包み込み、融解───電子機器をショートさせ、誘爆を引き起こす。

 

融解を免れた天井や壁にも亀裂が走っていった。

 

「!!」

 

楯無は迷わず防御を選択。

アクア・クリスタルから出た水流は彼女を覆うように四重の壁を作り出す。

敢えて床と天井を蒼流旋で砕き、瓦礫を更に盾とした。

 

 

水と雷撃。誘爆と崩壊。

凄まじい衝撃は建物全体を瞬く間に駆け抜けていく。

 

 

────光とともに外壁の一部が崩落し、施設周囲まで巻き込むような爆発がモスクワ郊外で炸裂した。

 

 

 

 

 

 

 

 

──その報せを目にしたのは、偶然だった。

IS学園、寮の食堂。

各々の生徒が朝食をとっている中、ソレは放送された。

 

『先日ロシアのモスクワ郊外で─────』

「────」

 

天気予報以外あまり気に留められないニュース番組。

食堂に備え付けられた大きなモニターにでかでかとテロップと映像が映し出されていた。

オレンジ髪の少年はだし巻き定食を食べる手を思わず止める。

ピタリと動かなくなる箸。隣にいた鈴もまた視線をモニターに向けた。

 

「これって…ISの施設よね?」

「ああ──」

 

静かに頷きつつ眉を顰める流星。

中継されているのはロシアの研究施設であった。

ほんの数刻前に事故で吹き飛んだとのこと。

爆発の瞬間の映像こそ無いが、凄まじい爆発だったらしく建物も半壊状態。

地下に到ってはほぼ廃墟と化しているようであった。

 

(……)

 

ヘリによる遠目からの様子が映される。

爆心地と思われる地下付近は、床や壁が融解していた。

 

それはまだ記憶に新しい(・・・・・・)光景だ。

確定的かと言えばそうでは無い。

しかし、場所はロシア──該当するあの機体もその軍用機だった。

連想するなという方が無理がある。

 

「──悪い鈴、それ片付けといてくれ」

「ちょ──」

 

戸惑う鈴を置いて彼はそそくさと立ち上がる。

脳裏を過ぎる来玖留の存在。楯無がロシアに居るというのも無関係とは思えない。

 

少年は食堂を後にする。

 

行先は勿論生徒会室。朝ということもあり生徒会室付近の廊下はひと気がなかった。

 

一夏は朝練、本音は恐らくもう教室に向かったのだろう。

都合が良いと流星は生徒会室に入っていった。

 

「!流星君」

 

そこに目当ての人物は居た。

布仏虚。更識家に仕える人間にして、楯無の幼馴染み。

彼女は流星の方を見るや否や、その雰囲気から彼の目的を察した。

 

 

 

「ひとまず紅茶でも如何ですか?」

「…いただきます」

 

虚の目線から意図を汲み取り、流星は生徒会室のドアに鍵をかける。

あらかじめ準備していたのかすぐに少年の前へ紅茶が用意された。

彼はゆっくりと口を付ける。

ひとくち飲むと彼は机へそれを置き、虚の方を見た。

 

「楯無が機体調整を目的にこの学園を出ている──ってのは嘘ですね」

 

彼女もまたカップから口を離しつつ流星を見る。

 

「…どうしてそのように?」

「今さっき放送されたIS研究施設の爆発事故。その跡が学園祭で見たものとそっくりでした」

 

それに、と流星は生徒会長の席へと視線をやる。

 

「期間の明かされないロシア滞在。会長不在でも成り立つように調整された書類。フォルテ先輩へのコーチ役の譲渡。一夏の指導用メニューが長期想定のものだったこと。何より──虚さん、あなたの持っている警備周りの資料──これから先楯無が居ない場合を想定したものなんじゃないですか?」

 

「───」

 

流星の言葉に虚は静かに目を伏せる。

彼の発言や手もとに確たる証拠がある訳では無い。

否定してしまえば早い話である。しかし、と虚はため息をついた。

ここまで気付いているのであればそれも無意味である。

 

 

「ええ、あなたの言う通りよ。会長──お嬢様の本当の目的は機体整備ではなく──」

「──井神来玖留…ですね」

「──」

 

流星の返答に虚は沈黙で肯定した。

構わず流星は続ける。

 

「黛先輩に少しだけ聞きました。楯無や黛先輩と仲が良かったっていうのも。そして───特殊な家柄だったって事も」

「…意外でした。織斑君ならともかく、流星君が他人をそこまで気にするなんて。…お嬢様も予想していなかったのに」

「…」

 

再度紅茶に口をつけながら虚も視線を生徒会長席へ。

少し逡巡したかと思ったが、彼女は流星へと視線を戻した。

 

 

「──先刻、お嬢様はあの施設に潜入しました」

 

「!!」

 

「仔細を省いて話しますが、ロシア連邦軍上層部の一派閥と亡国機業(ファントム・タスク)に繋がりがあったようです。軍用機開発にも深く関わっていると」

 

「──!」

 

「お嬢様はこれらについての情報を本家に送った後、消息不明に───。解析されたデータによると福音のコアの存在が根幹にあるようです」

 

消息不明という言葉を淡々と告げる虚。

冷静な口調とは裏腹に表情は不安を隠せないでいる。

流星もピクリとだけその単語に反応を示しつつ、もうひとつの単語に眉を顰めた。

銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)のコア。そんなものが関与しているとなれば──状況は良くない。

 

「……」

 

紅茶を飲み終え、流星はカップをソーサーに戻し改めて机に置く。

どうするべきか─それは流星自身にも分からなかった。

本人にも理解できない苛立ちがそこにはある。

 

そんな流星の表情を見て、虚の表情は険しいものになった。

 

 

「流星君なら、もう分かっている筈です。もしこの件の関わるのであれば、それはもうこれからも暗部に関わる道しかない」

「──」

 

虚は今一度正面から流星を見据える。

 

恐らく首謀者達も躍起になって証拠を潰しに来るはずだ。

大国同士、仮に大事にならなかったとしても水面下での抗争は起きる。

これはもう一個人が関わっていい領分を超えていた。

踏み込むのならばそれこそ───暗部組織に身を置くしかない。

 

────それを誰よりも更識楯無は望まないだろう。

 

 

虚は冷たく突き放すように続きを口にする。

 

 

 

「──お嬢様の為に、全てを棄てられますか──?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「オータム、あなたは来玖留についてどう感じたのかしら?」

 

あるホテルの一室で、薄い金色の髪を持つ女性はそう尋ねた。

背後には綺麗な夜景──グラスに入ったワインを揺らしながら、対面に居る女性の方へ向く。

 

「どうしてこんな時に来玖留の話なんだよ」

 

「気を悪くしたかしら?ごめんなさいねオータム。──でも、あなたは学園祭手前までの少しの間、行動を一緒にしていたでしょう?」

 

不機嫌そうに口を尖らせるオータムに、金髪の女性───スコールはクスリと笑う。

折角の恋人との会食の時──とオータムのもっともな不満が伝わってきたからでもあった。

 

「ひと言で表すなら破滅的な奴って感じだ。戦闘や諜報、組織相手の本命のぼかし方とかは一流なのに、報酬なんて二の次で利用する事しか考えてねぇ。しかもそのあとのリスクリターンを理解した上でかき乱そうとするから最悪だ」

 

肉を切り分けつつオータムはそう評する。

確かに、とスコールは納得しつつワインを口に含む。

一瞬風味堪能したあと、スコールはワイングラスをテーブルに置いた。

 

「私も大体同じ感想ね。付け加えるなら、彼女──それなのにその瞬間を切り抜ける手札(カード)だけは絶対に持っているって事かしら」

「こういう世界ならそうでもしないと生きていけねぇんじゃねぇか」

「ええ、当たり前の事よ。でもさっき言ってたでしょう?破滅的な奴…って。ああやってかき乱すけど、その分敵の数だけ手札があるのよ」

 

言われてみればとオータムは彼女のことを思い返す。

あれだけ好きにして幹部会に始末されないのもそれなら頷ける。

 

「あとね、破滅的っていうのもひとつの手札(カード)なの。誰も破滅したくないもの、本来ならそんな爆弾みたいな人間は皆に狙われて終わりだけど──彼女のせいで既にかき乱されてるから、そうもならないのよね」

 

「益々関わり合いなりたくねぇな」

 

うげ、と苦々しい表情でオータムは呆れる。

同時に安堵の息をもらしていた。

 

「しかし、実働部隊はもうあいつとの関わりはねぇんだろ?」

「そうね。けど一つ───気にならないかしらオータム」

「…幹部会の情報だな。あいつの幹部会に対する手札(カード)ってやつか」

「彼女ならそれが私達への交渉材料になる事も理解している筈よ」

「──!」

 

とスコールが告げたあたりでオータムは気が付く。

スコールも来玖留も互いの事情に一切関心は無いが、利用するつもりではあったようだ。

今回の件にスコールは深く関わるつもりは無く、静観の姿勢だ。

ただ、来玖留側からアクションがあれば───その限りでは無かった。

 

エムを現在出撃可能な状態で待機させている理由をオータムは理解する。

 

 

「ところでオータム。あなたはこのワインを飲まないの──?とっても美味しいわよ?」

 

先の妖しげな様子から一転してスコールはオータムにワインを勧める。

オータムもまたワイングラスへ手を伸ばすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。