室内に静けさが帰ってきた。
倒れ伏す武装集団。散乱したままの家具や硝子の破片。
一人立ち尽くす少年は改めて周囲を確認し、ひと息ついた。
「終わりましたよ」
近くの物陰から1人の女性が姿を現す。
纏められた金髪に碧眼、上部にフレームがない眼鏡、スラリとしたスーツ姿。
一般的なしっかり者のビジネスウーマン。
そんな印象の女性は眼前の光景に目を丸める。
「これは…」
倒れているのは井神来玖留の用意した私兵部隊。
軍のような規模の大きな装備はないとはいえ、一人一人の強さは言うまでもない。
この少年が1人でやったのか。
事態が飲み込めずにいる。
更識楯無から退避命令が出てそれなりに時間が経過した。
当主が多くの注意を引いている間にと関係者達は離脱を図ったが、それを井神来玖留は逃そうとはしなかった。追手を放っていたのである。
そして、いよいよ殺されるかといったところでこの少年が来て──今に到る。
敵か味方か。
物陰から出てきたのは、逃げられないと本能が告げていたからだ。
しかし───と冷静に彼女の思考が戻ってくる。
井神来玖留の勢力やロシア軍とは違い、敵と考えるには不自然だ。
「助かりました。貴方は一体…」
「ああ、暗がりだから顔がよく見えないのか」
と、流星はものぐさそうに呟きつつ数歩前に出た。
照明は殆どが壊れている中、残った微かな灯りにその髪色が照らされる。
その顔を見て『更識』である女性は理解した。
彼はIS学園に二人しか居ない男子の1人───。
「──なるほど、味方という認識で良いのですね?」
「はい。詳しい事は後で内海?ってやつや虚さんに聞いて下さい」
流星は先刻会ったばかりの強面の男を思い出しつつ、手持ちの武器の整備を済ます。
ヤのつく家業にしか見えないあのサングラスの男──しかし、楯無の有能な部下だと言うのだから、見た目とは頼りにならない。
相手の使えそうな武器も探りながら本題に入る。
「それで──今はどういう状況ですか?流石に現地単位の情報は無かったんでここには虱潰しで来たんです。教えてくれませんか」
「ええ、構いません。ですが念の為に本人かどうかだけ確認させて下さい」
「ならこれで」
流星は片腕だけ部分展開して女性に見せる。
万が一という事もあった為、本物か確認しようという考えは彼も理解していた。
手っ取り早く的確な証明。便利だと彼は一人考える。
「ありがとうございます。…それでは、これを───」
渡される小型の電子記憶媒体。
軽く手持ちの端末でスキャン───本物かつ破損も無さそうだ。
流星はそれを受け取りつつ、女性を連れてその場から離脱した。
──ひとまずこの場に居座るよりは良いという判断だ。
倒れている者達の端末もサラリとくすねておく。
『更識』である女性とはその場で別れた。
あくまで彼女も裏側の人間。
井神来玖留による邪魔が入らぬ限りは問題なく離脱可能だ。
更に情報は流星に渡している。最悪捕まっても問題ないと女性は口に出さずにその場を後にした。
流星が移動した先はある公園。
噴水の傍らで彼は腰を下ろす。
すぐに彼は手持ちの端末にて情報の中身を確認した。
ズラリと投影ディスプレイに並ぶ文字列。
論文さながらの情報量を彼は淡々と読み進めていく。
書かれていたのはここ数時間でのロシア軍と井神来玖留の私兵の動き。
この事件の核たる軍用機の詳細。
そして───米露合同軍事演習。
行われることは知っていた流星だが、まさかこの状況下でも決行するとは驚きである。
「!」
───そこである情報が流星の目にとまる。
井神来玖留の潜伏場所──それは合同演習の海上から更に北の無人島だという情報だ。
(────)
太平洋北のロシア国境内の無人島。
…なるほど、それならば邪魔は入らない。
流星は顎に手を当てて頷きつつそれぞれの地点の座標を読み込んでいく。
予想通り更識楯無の現在位置は不明のまま。
ただ、彼女の最終目標地点が知れたのは大きかった。
(…何か引っ掛かるな。ロシア軍側の動きもまだ余裕があるように思える)
彼は端末を仕舞いつつ目を伏せる。
今のモスクワの静けさや警戒態勢を見るに、ロシア軍側の追手が楯無へと向けられているのは確かだ。
だとしても余裕があるように感じられる。地方で大規模な戦闘の情報はない。
今のところは情報統制をギリギリで行える規模、または場所に限定しているのだろう。
にしても余裕がある。直感的な判断もあるが──と流星は考える。
井神来玖留の勝ちを確信しているのか──または楯無をどうにかする算段があるのだろうか。
(さて───)
顔を上げ周囲を見渡す。
入国から少し。
更識に対し過敏になっているロシア軍や井神来玖留勢力なら、そろそろ
先程やこれまで潰した部隊の端末から情報を覗き見る。
IS頼りの手法───専門の人間よりは遥かに拙い。
得られた情報は相手側の部隊数とロシア軍の主な指示。
楯無の追撃に関して今はロシア軍に任せているようだ。
余計な衝突だけは避けるべく、一定の情報は共有しているらしい。
(好都合だ。井神来玖留の私兵部隊を一掃しつつ、情報を得る)
そうと決まればと少年は次の場所に移る。
渡り歩く場所は惨状そのもの──あっさりと殺された屍の数々。
変色した赤色の水溜まりを前に彼は眉をピクリとも動かなさない。
────既に幾つかの部隊が潰された事が分かっていたのか待ち伏せされていた。
物陰からの火花に対し、彼は姿勢を低くし駆ける。
重なる僅かな足音、向けられる銃口の数。
薄暗い中を彼は刹那で把握して、拳銃の引き金を引いた。
配置が鮮明に頭の中に浮かぶ。
銃はAR。膠着すれば押し負ける。
少年は近くの物陰へと滑り込んだ───ホルスターからナイフを抜く。
無駄が省かれた鮮やかな動き。
逃げ場のない銃撃には敵の1人を盾に一瞬を稼ぐ。
相手の戦力を見誤ったと気付いた敵は、待機している者にも指示を出した。
(挟撃───)
流星は倒れた男の装備からARを奪い、廊下の角へと飛び込んだ。
彼の影を追うように銃痕が壁や床に刻まれていく。
コンクリートが欠けることにより微かに粉塵が舞った。
非常階段からの足音。
挟撃を許せば不利になる。
彼は先に非常階段への扉を開けた。
力任せに開けた為、重い金属扉が大きく音を立てる。
「──」
ドンピシャの鉢合わせるタイミング。
不意に対応しようと動く相手よりも速く───引き金を引いた。
小さな呻き声が聞こえる。
畳み掛けるように接近戦を仕掛け、残った者達も崩れ落ちていく。
向けられる銃口に怯むことなく懐へ。
反応してナイフを引き抜いた者も、気付けば天井を仰ぎながら床に叩き付けられていた。
挟撃を無事阻止した彼は、そのまま別のフロアから回り込む。
────制圧に十分も掛からなかった。
付近を確認しながら、流星はARをその場に投げ捨てる。
その服に汚れは一切付着していない。
如何に訓練を積んでいようと、如何に統率されていようと──戦況が雪崩のように動き出せば彼の独壇場であった。
(──)
流星は倒れている男の持ち物を物色する。
その男は先程指示を出していた──部隊長か何かだろう。
電子端末を拾い上げ、確認する。
作戦会議用の小型投影ディスプレイだ。
地図などの情報を空間に投影し、視覚的にも分かりやすく共有する為のものである。
「!」
そこに記されていたのは、私兵部隊の位置だけではない。
現在のロシア軍特殊部隊───ひいては楯無を追っている連中の所在だ。
つまり、その先に更識楯無がいる。
「…見付けた」
1人呟きながら、彼は端末を仕舞う。
示された座標は遥か東───。
想定より遥かに目的地近くまで進んでいた。
「───」
───彼は即座に支度し、その場を後にした。
□
「………」
所かわりIS学園の第3アリーナ。
その中心には1人の小柄な少女が立っていた。
ISスーツ姿で仁王立ち状態。
相変わらずの猫背ではある──腕を組み、人差し指がトントンと二の腕を叩く。
彼女の顔には『The 不機嫌』と書かれているようであった。
誰かを待っているが、その人物は一向に現れない。
彼が休学である情報を二年生の彼女は知る由もない。
また、一年の専用機持ちにしか千冬が説明していなかったことが起因している。
「遅いっス…」
苛立ち混じりに呟くフォルテ。
ダウナー気質な彼女もここばかりはプンスカと怒りを露わにしている。
「──どうした?あいつはいねえのか?」
声の方へフォルテは視線をやる。
そこに居たのは金髪オレ様系美少女、ダリル・ケイシーだ。
「そうっス!折角こっちが準備済ませて待ってるのに、一向に来ないんスよ!?どこで道草食ってるんスか
「連絡とか来なかったのか?」
「それが全然。更にはこっちから連絡しても繋がらないっス」
フォルテの言葉にダリルは意外そうな表情を浮かべた。
少年について、そういう部分は律儀な人間である───と認識していたからだ。
「なにかあったのかもな」
生徒会長不在の件を思い返しながら、ダリルは頭を搔く。
不用意に探れば勘づかれる事もあり、彼女も流星が学園に居ない事を知らなかった。
休学に関しては公の情報であるものの、特別告知された訳でもない。
また理由に関しては一年生専用機持ち達以外には知らされていなかった。
「それならそれで連絡位欲しいんスけど」
「とりあえず聞いてみるか」
ダリルはフォルテと共にアリーナから移動する。
その際すれ違った一年生達に二人は流星の行方を聞いた。
────聞いた話によると、休学しているらしい。
今朝から突然のことだったと語られる。
「休学ってどういう事っスか」
「さあな。ISの整備先を探しに幾つかの施設に訪問……っても──」
「随分と急っス」
フォルテの返しにダリルも頷く。
ロシアの研究施設の件はフォルテの耳にも入っていたが、それと流星が結び付かないのも無理はなかった。
──何よりそれならそれで少しくらい連絡を入れろ、と怒りを再燃させている。
一方でダリルの方はフォルテと普通に会話しながら、確信を持つ。
今宮流星は間違いなく更識楯無の件に関与している。
(流石にこりゃあ叔母さんに知らせた方が良さそうだな)
□
「───、部隊が潰された?」
ところかわりロシアのある無人島。
正確にはその一角にある実験施設で井神来玖留は不満げに声を出した。
廃棄された施設を改築したからか、内装は外観に比べ豪華──高級ホテルさながらであった。
『───』
報告を聞きながら、彼女は眼前に投影ディスプレイを展開する。
映し出される被害状況や現場の状態。
その様からするに、他組織の動きと言うより個人による介入だ。
とはいえ自身が手配した部隊がそう簡単にやられるとは思えなかった。
詳細を聞き、情報を照らし合わせる。
最後にやられた部隊は辛うじて更なる増援を要請しようとしていた。
それも叶わなかったようだ。
(状況を見るに畳み掛けるまでが早い。純粋な銃撃戦もだけど、複数相手にこうも立ち回れるのは────)
少なくとも、今の更識には居ない。
手練はいてもここまでの実戦───生身での銃撃戦への慣れは、早々培えるものではない。
────彼女のISの回線に通信が入った。
私兵部隊へは一定の指示を送り、即座に其方へ折り返す。
すぐに女性の声が聞こえてきた。
『調子はどうかしら?来玖留』
「…スコール」
声の主に対し、来玖留は眉を顰める。
このタイミングでの連絡──相手の意図を来玖留は察していた。
「順調だよ。更識楯無は消耗しながらこっちに向かってるし、『更識』自体も動けない状態。殆ど
『殆ど…ね。なにか想定外の事でもあったの?』
「知ってるのにとぼけちゃって。今更探り合う必要なんてないでしょ。──ハッキリ言えよスコール」
来玖留は語気を強める。
先までの温和な様子から一転──表に出る元対暗部組織の貌。
空気がピリつく中、端末の向こうでスコールはクスリと笑っていた。
じゃあ遠慮なく──と前置きを入れスコールは告げる。
『貴方、このままだと失敗するわよ?』
「───へぇ、理由は?」
『数時間以上前にIS学園から1人の男性IS操縦者が姿を消した。後は分かるでしょう?』
「──!」
スコールの発言に来玖留は目を丸めた。
同時に納得する。
「それで?教える為だけに連絡を寄越した訳じゃないでしょ?」
『そうね。話が早くて助かるわ。関与する気はないと言ったけど、交渉次第で手を貸す位ならしてあげる』
「…幹部会の情報を報酬にってワケ。都合が良いじゃん」
『どうせ貴方も私達への
と、スコールの言葉に来玖留は口角を上げた。
彼女の言う通りこのような事態への保険として、来玖留はそれを隠し持っていた。
どの道遅かれ早かれ──ではあるが、態々向こうから話を持ちかけて来たのだ。
「そんなに情報が欲しかったんだ。そうだよねー、大変だもんね?スコール・ミューゼル」
『ふふ、貴方程じゃないわよ』
端末越しに互いの殺気が伝わってくる。
来玖留は薄ら笑いを崩さず、椅子から立ち上がった。
「いいよ、情報をあげる。但し前払い分だけだからそこんとこヨロシク」
『ええ、構わないわ。流石に前払いで全部くれる程太っ腹ではないでしょうし』
「ウケる。今の状況でそれする奴はただの間抜けでしょ」
『それもそうね』
先までの張り詰めた空気もいつの間にか消えていた。
飄々とした様子で会話する二人の女性。
来玖留はデータを準備しつつ、再度端末の向こうに問いかけた。
「それで、念の為聞いとくけど誰を寄越してくれるの?」
『──────エムを貸し出してあげる』
□
──ロシア東部。
今宮流星は突如入った通信に気が付いた───。
(!)
タイミングとしては、楯無へ差し向けられていた追手を制圧した直後。
相手にしてたのはロシア軍の秘蔵部隊。IS操縦者も混ざっては居たが──楯無との戦闘により消耗していたのか、不意打ちからあっさりと持っていけた。
そもそも向こう側としても、追手が背後から奇襲される事を想定していなかったらしい。
制圧した部屋の中で流星は端末を取り出す。
───連絡元は布仏虚。
基本的に探知される事を避ける為、極力連絡をとる事は避けていた。
そんな中の連絡。流星は迷わず端末を手に取った。
「…虚さん?」
「流星君、無事ですか?」
「はい」
確認に対し、返事をする。
虚としても安堵したのかすかさず本題に入った。
傍受されないように細工しているとはいえ、それも僅かな時間のみである。
それは流星も承知していた。
「…なにか問題があったんですか」
『お嬢様の向かっている場所に、ミサイルが撃ち込まれると情報がありました』
「っ!」
突然の情報に流星も驚きを隠せなかった。
楯無の向かっている先──それは井神来玖留の潜伏場所でもある。
そして、現在ミサイルを撃つ環境が整っている場といえば────。
「合同軍事演習ですね…」
『はい。どうやらその一環として、ロシア領旧軍事実験場を爆撃するとの事です』
「ISはそんなものじゃ倒せない───となると、井神来玖留と戦って疲弊しきったところを狙う気か───」
流星は舌打ちする。
そもそも首謀者の一人である井神来玖留がその事実を知らないわけがない。
となると、これは自身が倒された時の保険だろう。
ここまでで楯無は間違いなく消耗している。
その上、井神来玖留との戦闘───勝敗がどうなれど、余力が残るかは怪しかった。
少なくとも、その脅威も排除しなければならない。
「───虚さん」
流星の声色の変化に虚は言葉に詰まった。
彼のやろうとしていることを理解し、しかしそうするしかない現状に唇を噛む。
『分かりました。現状判明しているデータを送ります。──目標は軍事演習で使用される対艦弾道ミサイルの破壊もしくは機能の停止。…勝手を承知だけど……くれぐれも無茶は───』
「──なるべくしませんよ。ありがとうございます」
礼を告げ、流星は通信を切る。
遅れて送られてくるデータを彼は確認した。
軍事演習はあくまで公的な側面が殆である。
故に一定の情報はあらかじめ開示されており、これまでに得たデータよりは遥かに充実している。
これなら、と流星は視線を海の方へと向けた。
更識楯無はじき井神来玖留のもとへ辿り着くだろう。
ゆっくりはしていられない。
──────そうして、同時刻。
「やっと、追い付いたわよ。井神来玖留」
「───なんだ、元気そうじゃん。お茶でもする?」
水色と蒼。
廃棄された実験場にて、二つの影が相対していた───。