IS 灰色の向こうに   作:ズーキー

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流星、イーリス、ログナーの三者の情報量の差は、言うまでもなく大きかった。

───無論、現在起きている事柄に対してだ。

位置的な詳細や状況まで細かに把握している流星と、半部外者ながら国家代表としてある程度の情報は提供されているイーリス。

 

一方でロシア軍は福音のコア周りの情報を統制してしまっている。

それによりログナーは楯無が関与している事すら知らなかった。

この場にいるのも演習として駆り出されて居たからだ。

 

故にログナーは今宮流星がどんな人間であるかを知らない。

楯無と流星が同室であったことも。

彼にISの戦闘を叩き込んだのが楯無であったことも。

 

 

 

 

「──は?」

 

天井を破壊して現れた狐目の女性こと───ログナー・カリーニチェの発言に流星は思わず声を漏らした。

 

何が何だか分からない──困惑を隠せない流星だが、反して頭は冷静に状況を把握していた。

目の前の女性の機体は恐らく『モスクワの深い霧(グストーイ・トゥマン・モスクヴェ)』。

楯無の駆る『霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)』の零号機(プロトタイプ)だ。

 

つまり正式な搭乗者であれば、目の前の女性が『元』ロシア国家代表であると思い至る。

現在は代表候補生であるとはいえ、実力は折り紙付きである。

 

「────」

 

「「!」」

 

彼は唖然とするイーリスや、不審がっているログナーより速く手榴弾を放り投げた。

とはいえ二人も手榴弾を前に呆然と立ち尽くす真似はしない。

爆発の瞬間にイーリスは後方へ、ログナーは水流をもって対処にあたる。

 

爆発音と共に通路が更に砕け散り、障害物が減る。

 

 

「─────逃がすか!」

             「逃がさナイ─────!」

 

 

脱兎の如く流星はその場から動いている。

反応した二人は彼を追わんとする。

 

構わず流星は近接ブレードを展開。

壁を切り刻み、目当ての場所までの最短距離を突っ切ろうとする。

 

少しだけ広い部屋に出た。

 

 

「!」

 

ログナーが既に回り込ませていたのか。

水流が彼の眼前に突如として現れた。

逆巻く水流──アクア・ナノマシンで構成されたソレは流星へと襲い掛かる。

 

流星は慣れた様子で水流を前に盾を振るった。

受け止めるのではなく、逸らす為。

防御し切れず被弾はするが、直撃よりはマシであった。

 

その光景を見て、ログナーは険しい表情に。

イーリスよりも先に流星へと瞬時加速(イグニッション・ブースト)で詰めかかった。

 

「!」

 

振るわれるランスを流星は盾で受け止める。

重い一撃。

ログナーは追撃しながら口を開いた。

 

「この攻撃ニ慣レた動き────お姉さまと同じシャンプーの匂イ……!貴方──まさカ───!」

 

(こいつ─────さっきから訳の分からないことを───!)

 

流星は心底嫌そうに顔を顰める。

彼女の言う『お姉さま』が誰か──珍しく脳が理解を拒んでいた。

盾からナイフに持ち替え───切り弾く。

 

 

「お姉さまニ付く悪イ虫は──私ガ払う───!」

 

ログナーはランスを振るう。

感情任せの雑な攻撃に見えるが、その実──無駄のない華麗な槍捌きであった。

 

流星も負けじとそれを受け流す。

数撃切り結んだ後、彼はアサルトライフルを展開する。

引き金を即座に引いてログナーへと銃弾を見舞った。

 

 

「アタシを忘れて貰っちゃ困るな!」

 

瞬間、イーリスは流星へと迫っていた。

二段階瞬時加速(ダブル・イグニッション)を使用しての踏み込みは、彼でも対処し切れない。

直前までログナーを相手にしていたなら尚更だ。

 

「かっ──」

 

振るわれる拳。

それは的確に彼の腹部を捉え、大きく殴り飛ばした。

 

壁をぶち破り、灰の機体は更に奥へ。

追撃に迫る水刃を彼は盾で受け止めた。

体勢を即座に立て直し、同様に壁をぶち抜いて動くイーリスに応戦する。

『同調』を行う。彼の動きのキレが格段に上昇する。

 

「吹キ飛べ」

 

別段、イーリスとログナーは協力関係にある訳ではない。

──ログナーは起爆性のナノマシンを周囲にぶちまけた。

 

「チッ、問答無用かよこのスカタン────」

「─────」

 

回避の為に離脱を試みるイーリスを流星は見逃さない。

フックショットで彼女のISの腕部を絡め取り、フックショットごと引っ張る。

無論、イーリスを盾にしようという魂胆だ。

彼女も即座に狙いを察し、青筋を浮かべた。

 

「なッ───テメェ!」

 

爆発と共に二機は更に壁の向こう側へ吹き飛ぶ。

しかしイーリスは吹き飛ぶ瞬間に敢えて加速し、流星を連れ去る形で被弾を最小限に抑えた。

 

その先は空母の格納庫であった。

 

 

「「「!」」」

 

 

数回層分の吹き抜けに作られた広い格納庫。

その空中に放り出される形でイーリスと流星は格納庫に姿を現す。

 

眼下見える戦闘機や整備を行う人間、非常時という事もあり人はそれなりに居た。

 

「───」

「っ、」

 

流星はイーリスを蹴り、すぐに彼女から距離をとる。

追ってくるログナーやイーリスを前に低空飛行へと切り替えた。

 

迂回するイーリスを置いてログナーも格納庫へ。

この場で扱える武装や攻撃方法はかなり限定される。

とはいえ、彼女のナノマシンならば精密な攻撃が可能だ。

 

四本の水流が広い空間をいく。

 

流星はログナーに背を向けつつもそれらを躱してみせた。

上下左右からの波状攻撃は前進する彼の動きを阻害せんと繰り返し襲いかかる。

一筋縄ではいかない。ログナーは胸中で独りごちる。

 

 

「けド───これなら!」

 

「!」

 

突如水流が流星の真横で弾けた。

二本の水流は流星に躱された瞬間に弾け、水飛沫に。

それは即座に結び付き、ヴェールに────無理矢理地味た動きの変化で流星を捕らえんと大きく広がった。

 

ログナーのそれは勿論ブラフである。

本命はそれで閉鎖空間を擬似的に作り出し、周囲への被害を最小にした清き熱情(クリア・パッション)

 

水流のように逸らすことは出来ず、銃弾はほぼ無力。

仮に穴を開けてもそれはすぐに修復される。

榴弾は彼自身ダメージを追うことになる。

 

「─────」

 

(アレは───?)

 

ログナーは思わず目を丸めた。

彼が迷わず展開していた武器を目にして、だ。

 

ライフルでもマシンガンでも、近接武器でもないIS用の拳銃───に見える。

それを彼は水のヴェールに向けて引き金を引いた。

 

放たれる分裂弾(・・・)

一つ出た青白い光は瞬く間に分裂し、水のヴェールを吹き飛ばす。

薄かったのが災いした。

彼の眼前の水は形を失う。

 

 

第二世代である『時雨』からすれば、この武装の存在はかなり重要になってくる。

それこそ高火力という事もあり、突然叩き込むのが理想だ。

流星の事を知らなさそうなログナー相手には見せたくなかったが、と彼は眉を顰める。

 

 

水流からのヴェール、本命。

そしてフォローの為の加速による接近。

 

やはり通常の代表候補生とはモノが違った。

土壇場の数瞬、限られた状況下での動きに迷いがない。

 

振り返ってヴェールに対処していたこともあり、ログナーは即座に流星に追い付いていた。

先よりも広い空間。

槍を展開して切り合う選択肢もあるが、そうはいかない。

 

 

「ぐッ───!?」

 

側面から回り込んでいたイーリスが想定よりも速く流星へと蹴りを入れた。

後頭部を守るように腕を盾にしたが、受け止めきれるはずも無い。

 

ミシミシと音が鳴った。

下手に盾で受け止めればそのままログナーにやられてしまう。

迂闊な動きは出来ないまま、彼は格納庫の壁まで吹き飛ぶ。

 

 

「ッッ!!」

 

受け身よりも武装の展開を優先した。

全身に衝撃が走る中、展開したのはスナイパーライフル。

 

追撃に走る二人の内───ログナーを彼は狙い撃つ。

 

((──早い!))

 

流れるような動作に思わず二人は舌を巻く。

芸術的とも言える展開からの狙撃はログナーの肩部へとヒットした。

仰け反る身体、しかしログナーが反応した事で狙いは逸れている。

 

「!」

 

彼の真下から水流が逆巻く。

同時にイーリスとログナーも畳み掛けようとそれぞれスラスターを吹かしている。

先に接触するのはイーリス。

接触まで二秒足らず。足下の水流はそれより早い。

 

 

彼は用意していた手榴弾を手放した。

落ちた手榴弾は水流と接触するよりも早く爆発する。

爆風に乗じて彼は打って出た。

 

イーリスの振るうナイフを彼もまたナイフで受け止める。

打撃と突進を織り交ぜた空中の格闘戦。

ログナーからのアクア・ナノマシンによる攻撃。

 

ジリジリと追い詰められている中、彼は現在の位置と目標地点との位置関係をIS内で計算し直す。

距離はもう相当近い。

 

「───」

 

彼は機体の位置を調整。

格納庫の壁上部へと唐突にグレネードランチャーの銃口を向けた。

 

「「!」」

 

逃げ道を作る為だと二人は判断し、止めに動く。

だが、流星も残った片方の手でサブマシンガンを展開して居た。

そちらを見ずに腕を彼女らの方へ突き出す。

───背後の戦闘機や大量の機器、人。

危機感が二人を襲う。

ログナーとイーリスには回避する選択肢は無かった。

 

 

ログナーの水のヴェールが防御の為に走る。

水が広がるまでのコンマ数秒はイーリスが前に出て、盾でフォローした。

 

 

───榴弾は格納庫の壁を破壊し、更に奥の通路が姿を現す。

 

爆煙の中流星はそちらへ迷わず瞬時加速(イグニッション・ブースト)で飛び込んだ。

 

 

(しかし、さっきからアイツの動きが妙だ。何かを探している?にしてはヤケに迷いがない)

 

イーリスはログナーより先に流星の後を追う。

彼の狙いが何か、考えきるよりも先に目の前の光景を見て理解した────。

 

 

眼前にあるのは今回の演習で試験運用される弾道ミサイル──の発射装置。

正確には昇降式の床の下部────本体は空母の表面に既に出ていた。

操作は勿論管制室からだが、根幹の制御基盤はここにある。

 

 

彼はアサルトライフルで薙ぎ払うようにして、それらに銃弾を叩き込んでいた。

 

彼女が駆け付けた時には部屋は既に半壊状態。

あちこちでバチバチと火花が散る中、灰色の機体と対峙しながらイーリスは笑みを浮かべた。

逃げ切れず戦闘していると思わせて、この区画を目指していたのだ。

 

 

「狙いはそれかよ────まんまとしてやられたってワケか」

 

流星は当然それには答えない。

イーリスはアメリカ軍所属───アメリカが福音のコアを取り戻さんとしているのは流星も理解している。

だが、協力を仰ぐのは悪手。

福音のコアは何としてでも一度流星や楯無が抑えなければ意味が無い。

 

 

 

(さて、ここでの目的を果たしたはいいが───)

 

 

───彼の後方の通路をぶち破り、遅れてログナーも部屋へと入ってくる。

少なくとも片方は撒きたかったが、と流星は近接ブレードを展開した。

 

 

「「「───」」」

 

三人同時に動き出す。

この空母でのやる事は終わった。

流星は二人のIS操縦者を前に撤退すべく、戦闘に身を投じる。

 

 

 

 

 

 

時刻として、イーリスとの遭遇から十数分程。

太平洋に浮かぶロシアの航空母艦。

海の上に孤独に浮かぶ金属の塊──────その側面から、突如として爆煙が上がった。

 

 

そこから飛び出すは灰の機体。

黒い煙を突き抜けて背後へとアサルトライフルを向ける。

一方で黒煙の中から、銃弾を躱しながら二機が姿を現した。

 

「──」

 

灰の機体は即座に空母に背を向け全力で加速する。

これ以上ここに留まれば敵の増援が来る可能性が高いからだ。

 

ただ、二機が彼を逃す筈もない。

彼女らはすぐに流星の後を追う。

 

 

(やはりこうなるか───くそ……!)

 

空気を割く音と共に背後から迫るイーリスとログナー。

イーリスからはサブマシンガン、ログナーはランスの──先端についたガトリングを構え引き金を引く。

 

流星は斜め下へと進路を無理矢理とった。

海面スレスレの低空──身体を傾けて回避に移る。

 

全速力だがジリジリと距離は詰まっていく。

相手は実力者な上、流星の駆る『時雨』では第三世代ISに根本的な性能で負けている。

振り切れないのは勿論、このままでは楯無のもとへ向かう事も叶わない。

 

 

「っ!」

 

ログナーが放ったロケットランチャーが眼前に着弾した。

水柱が大きく上がり、水飛沫が雨のように降り注ぐ。

高速戦闘に於いては1秒にも満たない瞬間。

水柱を避ける軌道──更に距離が詰まる。

流星は降り注ぐ水飛沫の中、全身に悪寒が走るのを自覚した。

 

 

(不味い───っ!)

 

盾の展開も間に合わない。

彼は横方向へ無理矢理スラスターを吹かせる。

 

──直後、彼の周囲が白い煙と共に爆発した。

 

「ッ!!」

 

灰の機体は海面に叩き付けられながらも体勢を立て直す。

 

───してやられた。あのロケットランチャーの弾には使い捨てのアクア・ナノマシンが詰め込まれていたのか。

用途としては勿体ないが、海上では不意打ちに適している。

そして起爆のタイミングも絶妙だ。

 

 

流星は射撃で牽制しつつ、尚も逃走を図ろうとする。

その様子を目視しながら、イーリスはスラスターに意識を向けた。

 

「行くぜ───今宮!」

 

光が爆ぜる。

それは瞬間的に数を刻む。

 

轟音と共に少年は更に弾き飛ばされていた。

 

「───がっ……」

 

─────個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)

以前流星が使用した二段階瞬時加速(ダブル・イグニッション)よりも更に上の技術だ。

イーリス自身もこの技術の成功率は半分も満たない。それ程の代物だ。

しかし普段はともかくとして、このような実戦で成功させる部分こそ────彼女を国家IS操縦者たらしめていると言っても過言ではない。

 

海に叩き付けられ、一瞬意識が飛びかける。

 

────振り切るのは不可能か。

相当厳しいものになるが、戦闘で完全に二人を降す以外逃げる方法はない。

 

 

 

 

そう流星が考えた辺りで────秘匿回線に通信が入った。

 

 

『…─────、─────!』

 

 

「!!」

 

大きく目を丸めて流星は驚く。

反して身体はその指示に従うように動き出していた。

 

「「!」」

 

水中から飛び出した灰の機体は追撃を躱し、再び二機に背を向けた。

もはや牽制すらない純粋な逃げの一手。

イーリスとログナーはあまりの突拍子の無さに驚くも、すぐに追走する。

 

 

どの道追い付くのも時間の問題。

ただし、油断はしない。

少年が何かする前に仕掛けるべく、二人はそれぞれ動き出そうとした。

 

 

 

そこへ突如としてミサイルの雨が出現した。

 

 

「な───!」

「これハ────!?」

 

 

突然の攻撃は流星よりも先の方角から現れていた。

ミサイルの雨は彼の隣を素通りし、的確にイーリスとログナーへ。

完全な不意打ち、そして物量を前には彼女らも防御に移るしか無かった。

 

 

流星は二人へ視線を移すことも無く、旋回して目的地へ進路をとる。

 

二人は即座に体勢を立て直し、彼を追おうとする────ところへ割り込む影。

それは薄氷色の機体と白い機体。

 

 

 

現在位置はどの国も属さない公海。

即ち──ロシア国内ではない(・・・・・・・・・)

 

 

 

「あー、なるほどな。伊達に同じ『家』じゃねぇってことか」

 

イーリスは自身の座標に気が付き、納得したように頭に手をやった。

目の前に立ち塞がった更識簪(・・・)─────そして織斑一夏(・・・・)を見て、好戦的な笑みを浮かべる。

 

どうやって出撃の許可を得たかは謎だが、とイーリスは思考をやめる。

少年は逃がしてしまったがそれはそれで構わない、と正面を睨んだ。

 

もうひとり──ログナーは簪を見て、口もとを抑えた。

 

「お姉さま───?いや、違ウ───あなたハ────!!」

 

 

 

 

 

時刻は遡り、流星が学園を去ってから数時間後。

織斑一夏は整備室へとやってきていた。

第4整備室───学園の中でもあまり人が出入りしない場である。

 

ひとけのない部屋を彼は構わず進む。

どこの区画を使っているかは知っている。かつてもう一人の少年に聞いたことがあったからだ。

 

その場所を覗き込む。

散乱する資料、数多の配線で繋がれた機器と『打鉄弐式』。

投影ディスプレイを前に操作する本音、簪──機材を覗き込む鈴──3人の姿もそこにはあった。

 

人が来た事に気が付いたのか、その場にいた三人は一夏の方へと振り返る。

予想外の来訪者、と全員意外そうな表情であった。

 

「珍しいわね、一夏。どうかしたの?」

 

小首を傾げる鈴。隣の本音は作業に戻る。

簪も手を動かしながら一夏の方へと視線を向けていた。

彼は何時になく険しい表情で口を開く。

 

「朝の──流星の件だけどさ、俺にも何か出来ることはないか?」

「無いわよ…それに、千冬さんも言ってたわよね?場合によっては戦争になる─って」

 

一夏の言葉に対し、鈴は目を細める。

少年は鈴の言葉に静かに頷いた。

 

 

「……ああ。だけど、簪さんは動く気なんだろ?」

「「「!」」」

「簪さんのさっきの反応からそんな気がしたんだ。それに、学園祭で楯無さんから少し聞いたけど──その、簪さん達の家系が特殊だから何か動けるのかもって思ったのもある」

 

学園祭の襲撃後、楯無が説明していた事を一夏は思い出しつつ話す。

簪は作業の手を止め振り返った。

いつもの声色で一夏に簪は問いかける。

ジッと正面から彼を見据えるその目は、見定めているようにも見えた。

 

 

「────もし、そうだとして。……織斑くんはどうしたいの(・・・・・・)?」

 

「…俺は皆を──仲間を守りたい。───でも、今回に限ってはちょっと違ってどうしたいかなんて上等な理由じゃないんだ。……このまま待つだけなんて出来ない」

 

「─────」

 

彼の理由を聞き、簪は言葉を失った。

何もせず何も出来ずにいる無力さは彼女も知っている。

 

 

「……じゃあ織斑くんも、覚悟を決めて」

 

 

 

 

 

 

 

 

「許可するわけには行かないな」

 

IS学園地下区画。

織斑千冬は簪達を前に首を横に振った。

 

「どうしてだよ千冬姉。日本政府からの許可は出たんだろ?」

 

「……あくまで多少は目を瞑るという話のみだ。それにこの話の根幹に居るのは更識日本代表候補生だ、お前はあくまでそのついでに更識がねじ込んだに過ぎん」

 

食い下がる一夏に険しい表情で千冬は否定する。

いつもの訂正を付け加えない辺り、彼女もそれ所では無いのだろう。

如何に世界最強といえど、唯一の肉親の判断を前に平静ではいられない。

 

「じゃあ問題ないだろ。俺はあくまで国籍は日本だし、鈴達みたいに代表候補生でもない。大丈夫だ千冬姉、俺は戦争をしに行きたいんじゃない。流星達を────」

 

「やはり何も分かっていない。お前が考える程───事はそう簡単な話ではないのだぞ……!」

 

「……!」

 

千冬は感情を露わにしながら壁に拳を叩き付ける。

生徒を助けに行けず、こうして止める立場にしかなれない。

何が地上最強(ブリュンヒルデ)だ、と彼女は内心自嘲気味に呟く。

 

珍しく感情的な千冬を前に一夏は俯く。

 

──千冬姉の言う事はよく分かる。

間違いなくどの側面から見ても正論だ。

織斑一夏は今宮流星や更識楯無と違い、人と人が簡単に騙し合い殺し合う世界を知らない。

政治に強くも無ければ、裏工作が得意という訳でもない。

あくまで今まで普通に生かされてきた(・・・・・・・)に過ぎない。

 

更識簪が無理矢理政府に言うことを聞かせ、彼女自身と一夏を出撃可と認めさせたが────あくまでソレは詭弁に過ぎない。

制約も多く本当に何も出来ないかもしれない。その上で最悪が起き──巻き込まれるまでが有りうる流れ。

 

簪自身も理解した蟻の一穴というものだ。

 

加えて、織斑千冬が非情な人間でないことを一夏は知っている。

弟である自身も心配し声を荒らげている───。

 

何より彼女に迷惑がかかるなんて当たり前の話も一夏は理解していた。

 

だけど、と悩みを飲み込む。

ここで見捨てたら織斑一夏は、織斑一夏で居られない。

 

喉が渇く。かつて灰色の記憶で見た光景が脳裏を掠めた。

───あの結末がこんなのだなんて、認められない。

 

 

「──────」

 

数分の逡巡。

それは千冬か一夏、どちらのものか。あるいは双方か。

 

一夏(・・)。お前がそうやって学園を留守にしている間──学園が襲撃されたらどうする気だ?」

 

「!」

 

───卑怯な理屈だと理解しながらも、千冬はそれを口にする。

一夏もそれには即答出来なかった。

 

「それ、は……」

 

「─────ならば我々が死力を尽くします、教官」

 

「ら、ラウラ!?」

 

姉弟の会話に割って入る凛とした声。

振り返る一夏───そこにはラウラだけでなく、セシリアやシャルロットの姿もあった。

 

「──!」

 

千冬も思わず呆気に取られる。

──あのラウラが自分に反論するように力強く向き合っている。

 

 

「……、…………────────」

 

ラウラの背後に立っている代表候補生達も緊張した面持ちで千冬を見つめている。

観念したように千冬は深くため息をついた。

 

認めてはならない。

認めれば全生徒の───。

 

腹を括った。最大限根回しをして彼等を連れ戻す。

千冬の顔にいつもの覇気が帰ってきた。

 

 

「良いだろう。─────折れてやる」

 

ただし、と鋭い視線で隣の簪へ視線をやる。

 

「後で布仏姉と話をさせろ。どうせあいつら(虚と流星)の事だ。強引な着地点位は考えているのだろう?」

 

「……わ、分かりました」

 

そこへ関与させろと有無を言わさぬ千冬の視線。

簪は怯みつつも向き合う。

 

 

「よし。──次に更識、お前はどう動くつもりだ?」

 

「私達はあくまで学園側として、流星を拘束する名目で動こうと思う…」

「拘束って、流星を悪者にするのか!?」

「落ち着け織斑。更識はあくまで名目上と言ったはずだ」

「あ、ああ」

 

千冬の言葉に一夏は納得する。

ただ、どうしてその必要があるのか。

彼の疑問に答えるべく簪は彼の方へと視線を向けた。

 

「織斑くんは、どういう状況になると学園側でどうしようも無くなると思う……?」

「二人が死ぬ事か?」

「うん、それもある……。けどそれをぬいた場合の詰みは、証拠もあるけど疲弊しきった二人の身柄を抑えられること。もしそうなれば主導権は二度と学園側(こちら)で握れない。──だから第一優先は二人の身柄の確保、もしくはそれの確率を上げる援護。連れ帰りさえすれば、お姉ちゃんが確保した情報や証拠をもとに交渉までもっていける」

 

 

無論、本来ならばそうした介入すら不可能な状態であった。

簪が『更識』であろうとも来玖留やロシア軍の一部がそう出来ないように動いていた筈だからだ。

 

──しかし流星(イレギュラー)の強引な武力介入はそれらに大きな隙を生んだ。

来玖留の私兵は大打撃を受け、ロシア軍の特殊部隊も楯無と流星両名によりそれなりに打撃を受けている。

 

故の好機。

許されたのは出撃であり、ロシアへの入国は認められていない。

公海のやむを得ない戦闘でギリギリ。来玖留の潜伏先が公海まで近いのが救いか。

 

 

「なるほど────ところで簪さん。今更な話どうやって日本政府から許可を貰ったんだ?」

 

「それは勿論───何人かの政治家達を脅───政治家達と交渉したから…」

 

 

いつも通りの調子で静かに告げる簪の台詞に、一夏は言葉を失うのであった。

なんだかんだ簪もその手の家系なのだと一夏は思い知る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして一夏は簪と共に出撃した。

繰り出したのは太平洋。急遽連絡をとった虚からの情報に従い、流星を追う二機と対峙する。

ギリギリ助太刀が間に合った状態であった。

 

 

 

「─────お姉さまノ妹!」

 

ログナーが驚きの声が周囲に響いた。

相変わらずの調子にイーリスは何処か呆れた様子。

睨み合う四機───一夏もまたログナーの発言に訳が分からず首を傾げる。

対して簪はピクリと眉を動かした。

 

 

「「「!?」」」

 

 

一同は言葉に詰まる。

次の瞬間には『打鉄弐式』からミサイルが一斉に発射されていた。

 

問答無用の先手。数多のミサイルを放つは『山嵐』というマルチロックオンが可能な武装だ。

ミサイルはそれぞれの標的へと向かっていく。

 

急いでログナーも水のヴェールで防御へ。

イーリスも盾を展開しながら大きく後退する。

 

 

爆発が連続して起こった。

舞う黒煙の中、水色の少女はポツリと呟いた。

 

 

「…誰の…お姉さま──だって?」

 

不機嫌そうに簪はログナーを睨む。

ピリピリと緊張が三人の間を駆け抜けた。

 

一夏はそんな簪を見て、口もとをひくつかせる。

薄々出撃した辺りから感じてはいたが、更識簪はご立腹である。

 

(ぶ、ブチ切れてる────っ)

 

勿論理由はある。

楯無と流星、二人に相談もされず置いていかれたからであった。

 

二人に怒っていない。

そこに文句を言える程簪も子供ではない。

────こんな事しか出来ない自身へ怒り。

二人の背中を追い掛けるしか出来ないことの、なんと腹立たしいことか。

 

 

 

簪は対複合装甲用の薙刀──『夢現』を手に黒煙の中に飛び込む。

晴れる黒煙。

ランスと薙刀の双方がぶつかり合い、金属音が響き渡った。

 

水流と荷電粒子砲が互いに炸裂する。

ログナーもまた闘志を燃やし、簪は圧倒的な気迫をもって高速戦闘は始まった。

 

 

 

「で、アタシの相手はお前で良いのか?織斑一夏」

「ああ」

 

黒煙が晴れ、イーリスは一夏と相対する。

 

 

直後瞬時加速(イグニッション・ブースト)で二機は正面からぶつかり合った。

 

 

 

 

 

 

 

(────)

 

場所は再び変わり、ロシア国内。

曇天の下、灰色のISは高速で駆けていく。

海面に影が映る。

風圧で海面は波打ち、海面スレスレをいくISの速度を代わりに物語る。

 

振り返りはしなかった。

ただ少年は真っ直ぐに楯無のいる島の座標を目指す。

 

空母とはある程度距離がある。

イーリス達が追ってこない今、流星の位置を把握出来ている者は居ない。

 

 

「!」

 

 

───ただそれは現在の流星に対する追手の話。

待ち伏せし、島へ向かう者を排除する為にいる人間は別であった。

 

少年は突如放たれた青紫の閃光を辛うじて躱した。

海面へと着弾し、それは爆発を引き起こす。

 

追撃はない。

横へと回避しながら、彼は空を見上げた。

足を止め、彼はアサルトライフルを展開する。

 

───攻撃は雲の中から行われていた。

 

彼の視線に応じるように襲撃者はその姿を現す。

敵機の高度が下がり、互いを視認する。

流星は鬱陶しそうに、機械の蝶を睨むのであった。

 

 

「またお前か。害虫め────」

 

 

「さあ今度こそ殺してやろう、今宮流星─────!」

 

 

 

 




尺の都合で多分簪や一夏達の戦闘はカットします。
構成とかはあったんですけどね。
本筋とは少し離れてるし、最低2話はそれで追加されそうなので……泣く泣く……(抑えることを知らない)



この章、小競り合いを含めて戦闘が多過ぎますね……。
今後オリジナルの章をやる時は考えます。





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