IS 灰色の向こうに   作:ズーキー

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───見上げた空はもう雲に覆われていた。

ぽつり、と雨が降り始める。

あの日と同じ空模様────最悪。

 

母親は(ウチ)が幼い頃に病気で死んだ。

残った父親も馬鹿な事を企てて友達に殺された。

 

怪我の感じからして(ウチ)も助からない。

 

抵抗したせいでか、即死はしなかった。

…まぁ、致命傷には違いないケド。

 

横っ腹が吹き飛び、感覚もない。

左腕も肘から下が無かった──当たり前。

 

ここまできて失敗とか───ないわ。

せめて更識楯無は殺したかったのに。

 

 

 

「……、……」

 

 

朦朧とする意識。とはいえすぐに死ねそうにない。

そんな(ウチ)の前に現れたのは、更識楯無だった。

その手には拳銃が握られている。

多分、今宮流星(あいつ)のものだろう。

 

 

「……何か言い残す事はある?」

 

静かに問い掛ける更識。

恨み言が山ほど浮かんでは消えていく。

もはやさっきまでの激情もどこかへと去っている。

 

憎いはずの相手を前にこうも感情の起こりがないのは、驚きかな。

 

「───ある訳、ないじゃん」

 

パクパクと口を動かす。

声を発しているかも自分では分からない。

まあでも唇の動きで目の前の女は読んでくるでしょ。

 

「そう……」

 

短く返事をする更識楯無。

淡白な様子と変化のない表情、相変わらず何を考えてるか分からない。

 

そもそもさ、こっちはそんな相手もう居ないから。

最後の肉親を殺したのは他でもないアンタじゃん。

 

聞くだけ無駄でしょ。

 

 

「そういうとこ……ホント、嫌い」

 

 

その本心だけは変わらなかった。

 

─────対暗部の当主にそんな感傷は不要でしょ。

 

完璧なら完璧なロボットで居てよ。

なら仕方がないって(ウチ)も割り切れたし。

 

IS学園に入ってからも、ずっと(ウチ)にどこか遠慮していたの気付いてた。

そこは多分薫子ちゃんも気付いてる。

 

 

一人で背負い込んで、平気なフリをして。

傷付きながらも、苦しみながらも進み続けられる。

嫌い(わからない)、本当に嫌い(わからない)

その名前も意味も─────認めたくない。

 

 

「「……」」

 

背負った更識楯無と引き摺った井神来玖留(ウチ)

違いがどこにあるのかは分からない。

 

 

更識楯無は(ウチ)の言葉に沈黙している。

 

銃口を此方に向けたまま眉ひとつ動かさなかった。

 

……(ウチ)の事も自分でケリを付ける気なんだろう。

せめて泣き叫ぶところでも拝みたかったんだけど、叶いそうもない。

 

 

「「……」」

 

改めて楯無ちゃんの拳銃を握る手に力が籠る。

向こうも余裕はない。

冷たい液体が体を打つ中、思わず笑みが零れた。

 

 

父親と同様───更識『楯無』に殺されて終わり。

────冗談じゃない。

更識楯無に殺される───それだけは有り得ない。

 

 

「ハ────」

 

「!」

 

声が漏れる。

楯無ちゃんは警戒を緩めず(ウチ)に拳銃を向けたまま。

だけど──(ウチ)が拳銃を取り出したのを見て、思わず固まっていた。

 

本来なら迷わず撃ち殺す状況。

それをしなかったのは(ウチ)が楯無ちゃんを撃ち抜く気がない事に気付いていたからだ。

 

取り出したなんて事ない拳銃──それを(ウチ)は迷いなく自分の脳天へと突き付けた。

 

「アンタに、殺されるなんて───死んでもゴメンだから」

 

「────!」

 

目を丸める楯無ちゃん。

叩き付ける最上級の拒絶。

 

──ああ、いい表情するじゃん。

(ウチ)が選んだ道、(ウチ)の人生だ。

最期も、自分で決める。

 

引き金を引く。

衝撃と揺れ、視界、暗転。

音が聞こえたか──判断は付かなかった。

 

全部が暗くて───しずかに─────いたみも───なにも────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……楯無」

 

雨が本格的に降り始める中、流星は立ち尽くす楯無へと言葉を投げかけた。

冷たくなった来玖留の体を見つめていた楯無も一度目を伏せた後、すぐに切り替える。

 

「大丈夫。──こうなる気は、してたから」

 

力なく笑う彼女に流星は溜息をつく。

──なんというか、ほんの少しだけ──来玖留の気持ちが分かった気がした。

 

 

流星は待機状態──指輪形態の『雷の修道女(グローム・モナヒーニャ)』を回収する。

そして、彼は虚へとあらかじめ用意していたメッセージを送った。

 

 

「ッ……」

 

「流星くん……!?ッ───……!」

 

「馬鹿。お前も人の心配してる場合じゃないだろ」

 

ふらつく二人。

二人とも怪我は大きく、普通ならば激痛で動くこともままならないはずの状態。

会話こそ真っ当に出来ているが、流星も楯無も今すぐ倒れてもおかしくなかった。

 

 

だが、ゆっくりはしていられない。

 

「……応急手当だけしたらすぐ島から出るぞ。ここも安全じゃない」

 

「そう、ね……」

 

楯無は頷き、二人して木の影へもたれ掛かる。

 

「っ」

 

油断すれば意識を手放す。

気付け薬でそれを回避しつつ、そのまま最低限の処置だけ済ませる。

増長された痛覚で五感が麻痺しつつある流星は、携帯式の注射器で鎮痛剤を打ち込んだ。

───これでまだ動く。

 

楯無も自身の腹部や腕部に処置を施し、痛々しい姿ながらも動けるようになった。

グルグルに巻かれた包帯が気持ち程度だが患部を保護している。

彼女も鎮痛剤を打ち込んだ。

 

 

互いの包帯に滲む赤色。

手の自由がきかず、口を使って強引に締めあげられていた。

 

 

 

 

 

ボロボロの灰の機体は楯無を抱え、飛翔する。

 

実験場となっていた島を出て──海面スレスレを飛行する。

 

速度は遅い。

『黒時雨』後でもあり推進翼(スラスター)も出力が低下している。

エネルギー残量も僅か。戦闘が起これば敗北は必至だ。

 

主犯がいなくなったとしても、警戒する対象は多い。

ロシア軍、アメリカ軍、そして亡国機業(ファントム・タスク)

特にロシア軍は特殊部隊を派遣した前例がある。

何事もなく──とはいかないだろう。

 

太平洋の海上を楯無を抱えた灰の機体が駆ける。

IS学園を目指したいところだが、距離は遠い。

 

一夏や簪が居たことを考えれば、公海まで出られるかが勝負になる。

───後は虚と流星が考えた策がどう作用するか。

 

あれだけあらゆる障害を排除し、帰還に向けて動き出した今でも尚まだまだ厳しい。

 

「!」

「────!」

 

背後からの銃弾に気付いた流星はそれを躱す。

とはいえ何とか躱せた───という状態。

彼の眼前に映し出される投影ディスプレイには、三機のISが映っていた。

 

「……ロシア軍ね……それも非公式の部隊」

「もう再編してきたのか────、っ……不味いな……」

 

もはや牽制程度の射撃すら避けるのがやっとだ。

相手は此方の怪我を見て尚、念入りに倒そうと動いている。

 

一人が牽制しその内に包囲するように移動している。

機動力で振り払うのは不可能。防戦も出来るはずがない。

 

「!」

 

前方に回り込んだISから、眼前の海面へ威嚇射撃が入る。

向こうも『雷の修道女(グローム・モナヒーニャ)』を回収───あわよくば流星達も生け捕りにしたいのだろう。

流星は止まらざるを得なかった。

 

 

「今宮流星に更識楯無。大人しく投降しろ」

 

 

アサルトライフルを構える正面の敵機。

側面の二機はガトリング砲の銃口を流星達に向けている。

 

 

「───!」

 

 

楯無と流星共に警戒しつつ、眉を顰める。

──────しかし、すぐに状況は一変した。

 

「何────!?」

 

同時に───突如として空から降る銀色の光弾(・・・・・)

それは的確に三機のISの周囲に叩き込まれ───大きな水飛沫が上がった。

驚いた敵機はそれぞれ防御に移る。

 

 

(これは……)

 

この武装を流星は目にした事がある。

以前臨海学校で苦戦を強いられた『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』のものだ────。

 

(福音の──姉妹機───……)

 

楯無もまた目を見開く中、二人の目の前に銀色の機体が降り立つ。

まるで──流星達を守るように立ったその機体はすぐに振り返る。

 

 

「ハァイ、少しぶりね流星くん。それと数ヶ月ぶり位かしら──更識楯無さん?」

 

「ナターシャ・ファイルス───!どうしてここに───」

 

「それはね───」

 

揺れるウェーブがかった金髪。

ナターシャは楯無に対して微笑む中、正面の敵機が引き金を引いた。

 

 

「───!」

 

数発の銃弾をナターシャは小型の盾で弾き、正面へと視線を戻す。

正面の敵機は訝しむような視線をナターシャに向けつつ、口を開いた。

 

「何のつもりだ」

 

「見れば分かるでしょう?助けに来たのよ」

 

「──それが何のつもりかと聞いている。ここはロシアの領海だ───アメリカ軍所属の貴様が何の許可もなく踏み入れて戦闘────分からないと言わせないぞ!」

 

これは国際問題だ、と敵機は烈火のごとく捲し立てる。

他二人が待機している様子からして、恐らく彼女が隊長格なのだろう。

 

敵機に対してナターシャは小首を傾げた。

 

「現在は合同軍事演習中。一定の区域内でのアメリカ軍のISの展開は許可されている筈よ?」

 

「屁理屈だ。貴様がそいつらを庇う大義名分はどこにもないと言っている!」

 

 

「いいえ、あるわよ。何故なら────ついさっきをもって今宮流星は自由国籍が認められ(・・・・・・・・・)───同時にアメリカ国家代表IS操縦者……その候補生に任命されたもの───」

 

「なに───!?」

「「!?」」

 

隊長格だけでなく、残り二機も一斉に驚きを露わにする。

ここに来て希少な男性IS操縦者の帰属が決まったというのだろうか。

国際IS委員会で揉めていたその内容が、あっさり決まるとは思えなかった。

 

(なるほどね……)

 

一方で楯無は納得した様子である。

介入に伴い今宮流星が見据えていた着地点──それを理解したからだ。

自身を取引材料のひとつにしている事に色々と文句を言いたいところではあるが────。

 

 

「っ、戯言を。───だが貴様一人ならば──」

 

その二人は守り切れない───、と強行突破を企てる隊長格。

目的のものを回収さえ出来ればどうとでもなる。

 

彼女が右手を振るう。

合図を受けた二機はガトリング砲の引き金を引こうと────。

 

 

「そうは──!!」

「させねぇ─────!!」

 

「「!!」」

 

───割り込む二機────簪と一夏がガトリング砲が放たれるよりも早く、攻撃を叩き込む。

『春雷』と『雪羅』、それぞれの荷電粒子砲がガトリング砲を貫いた。

 

「一夏───!」

「簪ちゃん───!?」

 

これには流石に流星も驚きを隠せない。

幾ら流星と楯無が切り札(福音のコア)を手に入れたからと言って、一夏達が此処に来られるようにするのは相当難しい問題の筈だ。

そこは───彼も預かり知らぬところ───千冬や学園の関与が大きかった。

 

ナタルが現場に向かう際、公海で出会った彼らに援護を要請した形式だ。

 

流星と楯無を庇うように二人は彼らの正面へ。

 

「───くっ……!!」

 

隊長格の顔が歪む。

ナターシャは静かに問いかけた。

 

 

 

「これで三対三。───さて、どうするの────?」

 

 

 

 

 

 

「───これだと流石に手出しが出来ないわね」

 

更にそれより数十kmの海上。

エムを仲間に引き渡し、姿を現したスコールが目にしたのは───渋々引き下がるロシア軍部隊と対峙する三機のISであった。

 

来玖留からの前払い分の情報こそ受け取り、エムを貸し出した。

しかしそのエムも敗れ、来玖留は死亡。

それにより残りの情報を受け取る機会が消滅した。

 

だが来玖留の死は用意周到な目の上のタンコブが消えた事も同義。

あわよくば流星らを襲撃し漁夫の利を─────とも考えたがそれも厳しいだろう。

 

更識家の一員になり、行動。

非合法な相手に対し同様に純粋な武力で応じつつも、着地点は自由国籍をとり、アメリカの国家代表候補生になる。

 

男性IS操縦者の希少価値を武器にしたのだろう。

日本政府が本来なら黙っていない筈だが、稼働データを共有する云々で話を付けた可能性が高い。

 

 

 

アメリカ側もそこは強かだ。

来玖留に流星らが負ければ、アメリカ軍は彼らを切り捨てて行動。

彼らが勝って福音のコアを確保すれば、受け入れる───戦争になるリスクも抑えられ───最終的にコアも返ってくる。

 

 

(やっぱり頭は回るみたいね。いえ、流石に色んなものが噛み合った状況というべきなのかしら?)

 

突破口を開いたのは無論、来玖留の計画を介入して潰して回った流星。

だが楯無を含めあらゆる人間が関与し、漸くこの結末に辿り着いたのは言うまでもない。

 

それ程までに来玖留の執念は凄まじかった。

 

スコールは目を伏せる。

短い付き合いだったが認めるべき部分は彼女も認めていた。

 

(……仕方ないわね。前払い分の情報と今宮流星の戦闘データが確保出来たことを良しとしましょう)

 

尤も──今回でロシア政府側の情報もある程度得ている。

 

非公式部隊やそのISの情報も部下を通して筒抜けであった。

来玖留もそこは知って放置していた───そこまでなら許すという暗黙の了解だったのだ。

 

 

スコールは流星らのいる方角に背を向けた。

ここにいる理由は無いと金色のISは迷いなくその場を飛び去る────。

 

 

「じゃあね来玖留。貴方のその情動は嫌いじゃ無かったわ」

 

 

最後にちらりと無人島の方角を見ながら、追悼代わりに彼女はそう呟くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……────」

 

消毒液とガーゼの匂い。

更識楯無の目覚めはあまりいい気分のものでは無かった。

 

(───)

 

全身が鉛のように重く、自由がきかない。

痛みはないがその分感覚も鈍い、意識の方もついボーッとしてしまう。

視界はある。

入ってきた光に目が慣れると天井が映る。

次いで周囲の景色の把握へ───点滴や繋がれたコードの数々、仰々しいまでの医療機器。

 

遅れてそこがIS学園の一区画────医療室だと楯無は気が付いた。

 

徐々に覚醒していく意識。

目が覚めたところで隣からガタリと物音が聞こえた。

 

 

「お姉ちゃん───目が覚めたの!?」

「あ───簪──ちゃん────」

 

目にした水色の髪───よく知る人物を前にして急速に意識がハッキリとする。

視線を横の簪へと楯無は向けた。

 

「そっか。学園に着いた瞬間に倒れたんだっけ……」

 

「うん。お姉ちゃんも流星も皆が出迎えた瞬間に意識を失って──あの時は本当に死んじゃったかと思った……」

 

「ふふ、大丈夫よ。お姉ちゃんは不死身なんだから」

 

「……そんな冗談は、嫌い」

 

「……ごめんなさい。心配かけちゃったわね」

 

不満そうに睨む簪に楯無は微笑む。

頭を撫でようと手を伸ばそうとした辺りで、右手にギプスが嵌められていることに気が付く。

 

そこで楯無は簪が助けに来てくれた事を思い出した。

一夏や簪があの場に来れた経緯や、そもそもの流れは帰還の際に聞いている。

もう守られるだけの妹でも無いのだと───喜びと寂しさが入り交じる。

 

 

簪の口から楯無はあの後について聞いた。

 

 

楯無の揃えていた情報や福音のコア、戦闘記録(ログ)

それらを武器に『更識』はロシア政府やアメリカ政府と交渉────主犯のロシア軍上層部の一派が罪を問われる事になり、更識楯無や今宮流星の行動は不問となった。

 

当初楯無が想定していた筋書き通りの交渉。

流星側の内容と混ざりはしたが────問題なし。

これであの一派による学園襲撃についても無くなったと見ていいだろう。

 

 

「──!流星くんは───」

 

「きゅ、急に動いちゃダメ……!傷が……」

 

「──っ、それで流星くんは無事?」

 

ハッとなり無理矢理身体を起こそうとする楯無。

だが直ぐに限界がきてうずくまった。

慌てて駆け寄り心配する簪に楯無は左手で止め、大丈夫とアピールする。

脂汗を滲ませつつ彼女は呼吸を整える。

 

ゆっくりと身体を起こす楯無に簪は答えた。

 

 

「流星なら地下の医療室にいる……。命に別状は無いらしいけど…まだ……」

 

「そう。まだ目覚めないのね」

 

楯無は納得したように口に出す。

自身を助けに来てくれた人物──その安否を心配しつつも、結局出た反応は当主としての冷静な(かお)であった。

 

……つくづく自分に嫌気が指す。

楯無の一瞬見せた物憂げな顔に簪は目を伏せた。

 

 

「────なーんて、皆無事で良かったわ!簪ちゃん達のお陰で万事解決!完全勝利ってね!」

 

 

楯無はすぐにケロリと笑顔を見せた。

いつも通りに扇子を開くような動きだけ手でしつつ、上機嫌そうにそう口にする。

きっと扇子があればそこには勝利──と書かれていただろう。

 

(────)

 

簪はそこに踏み込む事が出来なかった。

正確にはそこに踏み込んで────姉を傷付けない方法を知らない。

 

大まかな事情は簪も今回で知った。

 

『楯無』の意味も覚悟も知らされ、自分はまるで姉の事を分かっていなかったと後悔した。

姉妹故に、楯無は簪の前では『裏』の弱音は絶対に吐かない。

幼馴染の虚の前でも同様だ。

もどかしいと簪は胸元で拳を握る。

 

楯無は簪の泣き出しそうな表情を見て、困ったような表情を浮かべた。

 

「……ありがとう、簪ちゃん」

 

礼を言い、楯無は左手で彼女の頭を撫でる。

力のない笑顔に簪はどう言葉をかけていいか、分からなかった。

 

 

 

 

 

今宮流星が目覚めたのは、更識楯無が目覚めてから──半日後の事だった。

場所はIS学園地下特別区画の一部屋である。

機能としてはIS学園内の医療室と基本は変わらない。

最新鋭の機器にナノマシンとあらゆる物が揃っている。

 

ただ見映えは悪い。

病的なまでに真っ白な部屋にポツンとあるベッド、広々とした部屋。

居心地としては最悪だと中の人物は呟いていた。

 

流星が楯無と違いここで治療された理由は分かっている。

彼も起きた直後に千冬と虚から、事情を聞かされたからだ。

 

学園側が名目上『今宮流星の拘束及び保護』を掲げ動いていたことに尽きる。

ロシアからテロ行為の容疑も掛けられた中、学園は彼がテロリストと戦闘しそのまま追う形で学園を後にした───と捏造。

しかし彼が不法入国した事実は変わらず、更識による水面下での決着がつくまではここに隔離───今に至る。

 

決着はついており、彼の病室も明日には医療室の方へと移る予定だ。

 

 

────時刻は23時。

 

 

皆が寝静まる中、寝ていた流星はパチりと目を覚ました。

 

「っ」

 

痛みで目を覚ました彼は静かに身を起こす。

安静にしているべきなのだろうが、ISの生体補助もあり動けはする。

 

(夜風にでも当たるか)

 

ベッド脇に置かれていた制服に袖を通す。

患者服から羽織う形、彼はそのままフラフラと通路を歩く。

 

────念の為に借りている認証パスをかざして外部への扉を開いた。

 

 

 

風にあたりに出た流星の足は、自然と屋上へと向かっていた。

まだ目覚めたばかりの身体。

重傷を負っているその体には厳しいものがある。

 

「───っ、何馬鹿な事をしてるんだか……」

 

自身の状態は熟知している。

ただ何となく───帰ってきた場所を一望したかったのだ。

 

やっとの思いで階段を上りきる。

屋上の扉を認証パスで開け────屋上へ。

 

そこには先客がいた。

 

「!」

 

「────流星くん…?」

 

ベンチに腰を掛けていた水色の少女は、空いた屋上の扉へ振り返る。

息を切らしながら現れた少年は、包帯だらけの姿であった。

首に巻かれた包帯、手足、腹部、極めつけは額にまで。

羽織っただけの制服の隙間から見えるそれを見て、楯無は言葉を失う。

少なくともあの火傷は──最新の医療を駆使しても痕が残るだろう。

 

「───っ」

 

改めて突き付けられたような気がした。

自身の選んだ道。

そこに巻き込んでしまった結果が眼前にある。

 

 

「それで──体調の方はどう?」

 

瞬時に考えを胸の奥底へ仕舞い、流星へと問い掛ける。

 

「……、良くはないな。寝れないし。だから夜風に当たりに来た」

 

流星は楯無にゆっくりと歩み寄りながら答える。

視線はじっと水色の少女を捉えたままである。

 

「そっちは?」

「私もそんなところ。流星くんよりは怪我は少ないから、少しはマシだけど」

 

と、力なく笑みを浮かべる楯無。

流星は楯無の表情を前に眉を寄せた。

 

「浮かない顔だな」

「それは───……」

 

問い掛けにどう答えるべきか迷う。

昼間、あの後皆にみせたから元気も今は出て来なかった。

少年は立っていることに疲れたのか、楯無の背後のベンチに腰をかける。

 

「…言っておくけど、オレは巻き込まれた訳じゃない。お前の意思も全部無視して首を突っ込んだだけだ」

 

「……だとしても、あなたはボロボロじゃない。私は『楯無』よ?守る対象がそんなになるなんて──笑っちゃうわよ」

 

自嘲的な言葉。

ほんの少しの皮肉。

 

もしもとは考えてしまう。

来玖留と和解出来る道を諦めずにいれば、何かが変わったかもしれない。

早々にそれを切り捨てた自分は───間違った選択をしてしまったのか。

 

「───」

 

少年は少女の様子に眉を顰める。

 

 

きっとここで少年が何も言わなくとも、彼女は明日からは元通りだろう。

 

その強さが彼女にはあった。

割り切るのを善しはせず、背負う物を増やして、奥底に傷を増やしながら。

 

──自分を赦せず、苦しくとも進めてしまう人間だ────嗚呼、どこかにも居たな。

 

尤も彼女は真っ当な人間で、壊れてもいない。

筋違いかと内心で片付けつつ、少年は空を見上げる。

 

ここにはあの曇天はない。

灰の雲はない、満天の星空だ。

 

「苦しい時くらい、苦しいって言えばいいだろ」

 

「───……それ、貴方が言う?」

 

「オレは良いんだよ」

 

その資格は無いからな、と続く筈の言葉を彼は飲み込む。

相変わらずね、と楯無も口に出さず───ひとつだけ問いかけた。

 

 

「───私は『楯無』になるべきじゃなかったのかしら───?」

 

「…さあな」

 

放り投げるようなひと言に、楯無は不満顔。

口を尖らせた。

 

「……ここって慰めるか助言をする場面だと思うけど……」

 

「そうしたところでお前は納得しないだろ───結局それを決めるのはお前自身だ。オレがとやかく言えることじゃない」

 

「そうだけど……」

 

言葉を濁す楯無。

肯定も否定も意味をなさない事は楯無も理解している。

 

答えの出ない問題、その答えがわかるのはあまりにも先のことだ。

果てで孤独な自分を想像して───ゾッとする。

 

そんな少女の背で少年は意地の悪い笑みを浮かべ、とんでもない事を口にした。

 

 

「───いっそ全部捨てるか?」

「へ───?」

 

とんでもない流星の発言に楯無は思わず間抜けな声を出した。

 

「その通りの意味だよ。お前がもしその方がいいって思ったなら、そういう選択肢もあるってことだ」

 

「───そんな、こと」

 

許されるはずがない。

そうなれば残された皆はどうなる。

簪はどうなる?

 

「出来るわけないでしょう。『楯無』の名は軽くないの」

「だったらどうして独りでそれを持とうとするんだよ、馬鹿」

「────」

 

少年の言葉は楯無の心の奥の何かを溶かした。

『更識』に入ってまで助けに来た少年──それは一緒に重荷を背負うという意思もあったのだ。

 

孤独ではない───実感が楯無の内を駆け巡る。

 

そして──つい、聞いてしまった。

 

 

「……例えばの話よ?もし私が───全部放り出して逃げるって言ったら、あなたは付いてきてくれる?」

 

 

それは口にはしないが、少女に新たに芽生えたものの発露。

意地悪な話だ。

少年が楯無の選択肢としてあげた話──その責任を問うようなもの。

彼の答えは分かっている。絶対に否定されない。

でもその言葉を彼女は、どうしても聞いておきたかったのだ。

 

「───驚いた」

 

今度は少年が豆鉄砲を食らったかのよう。

流星としてはそのような問いが来るとは思わなかったからだ。

てっきり告白でもされたのかと思った、なんて流石に茶化すのは止めた少年である。

 

 

「言った責任もあるしな。その時はオレで良ければお供するよ」

 

 

互いの表情は見えない。

少年が今どんな表情をしているのか、楯無は見てみたくて仕方無かった。

きっと優しい声色通りの表情をしているのだろうか、だなんて考えながら口もとが緩む。

 

「ありがとう流星くん。目が覚めたかも」

 

誰かを真の意味で頼る。

ごく当たり前の事を思い出す───彼女から迷いが消えた。

『楯無』として生きていく事に変わりは無い。

来玖留の件も、結局彼女の中に傷として残り続けるだろう。

しかし、楯無は独りではないと気付いている。

 

 

「そうか。なら───良かった」

 

振り返ることは無く流星はそう返す。

スッキリした様子で告げた楯無にどこか安堵した様子であった。

 

 

 

 

──風が吹き始め、肌寒くなってきた。

少年はベンチから立ち上がり、背後の楯無の方へと向く。

 

「肌寒くなって来たな。そろそろ戻ろう楯無」

 

「……」

 

「楯無?」

 

突然黙りこくる彼女に流星は小首を傾げる。

何かあったのかと考え込む流星。

 

───そんな彼の様子を見守りつつ、楯無は意を決したように大きく息を吸い込んだ。

 

 

 

「更識──刀奈(かたな)。楯無じゃなくて、刀奈」

 

 

楯無の目は、いつになく真剣な眼差しで流星を見ていた。

ほんのちょっぴりだけ頬を紅潮させて、珍しく緊張した面持ちで流星を見つめている。

演技ではなさそうだった。

 

 

 

「刀奈────それが本当の名前……か」

 

 

 

聞いてよかったのかと内心考える流星だが、楯無の真剣な眼差しを前にそんな考えは吹き飛んだ。

信頼の証と彼は受け取る。

 

 

 

「そう、私の本当の名前。……でも秘密だから二人きりの時だけそう読んで欲しいかな?」

 

 

そうどこか気恥ずかしそうに告げる楯無の姿は、普段の楯無からは想像も付かないしおらしいものだった。

流星は自然とその名前を受け入れ、だがどこか流星も気恥ずかしそうにその名前を呼ぶ。

 

 

「わかったよ、刀奈」

 

 

「───!よろしい」

 

 

嬉しそうに自然な笑みを零す楯無───刀奈を前に、流星は目をそらす。

そんな流星の反応を見て、また彼女は楽しそうに笑いかけるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……不味い、本音から滅茶苦茶連絡来てた……」

 

「え───!?あ、私も虚から──────!」

 

 

遅れて携帯端末を見て気付く二人。

 

───この後物凄く怒られた。

 

 

 






この章終わる?
多分あと一話続くんじゃよ。多分、きっと。



ナタルと一夏達が駆け付けたのに、彼らと戦ってたイーリス達が居ないのはここと次話でサラッとだけ補足します。(同内容)
大まかにな流れとしてはナタルが一夏達の戦闘に割って入り、彼らを連れて迎えに行った形。

イーリス達は帰投命令に従い戻り、残った一夏達をナタルが連れて移動。

流星達がコアを確保したので、ここまで来れば確実に男性操縦者を迎えたいアメリカ側も千冬の要求を飲んで援護要請を行った形。

省いたのはナターシャの登場を流星達の詰みに持って来たかった&誰か来る→その場面終わりパターンを避けたかったからですね。




>来玖留について
難解な精神構造してるけど、要は更識『楯無』が嫌い。『楯無』のことで自身に遠慮する『刀奈』を見てバグった感じです。(来玖留も名前は知らない)












>刀奈
────や っ と で す(二年経過)

タグ後で追加しときます。



本音が様子見に行ったら、流星居なくて。
そして一応姉がたっちゃんを見に行ってたら、たっちゃんもいない。
そりゃ怒られる。

ん?23時過ぎてるのに見に行くのおかしくない?
───本音のヒロインパート、どこ行った。
勘のいいガキは嫌いだよ。
















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