IS 灰色の向こうに   作:ズーキー

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更識楯無と今宮流星が意識を取り戻した翌朝。

カーテンの隙間から射し込む陽光を頼りに、楯無は目を覚ました。

 

まだ本調子でないのか、微睡みの中瞼を擦る。

隙だらけの仕草───世の男性なら魅了される愛嬌がそこにはあった。

 

「……」

 

見慣れない天井。

ゆっくりと身体を起こし正面のカーテンへ視線が移る。

ふと昨夜の少年とのやり取りを思い出し、胸を温かいものが占めた。

 

「─────えへへ」

 

ついついニヤけてしまう。

あの声色とオレンジの髪の少年の姿を思い出し───いつの間にか枕を抱きかかえていた。

完全無欠、才色兼備───学園最強の生徒会長のだらしない表情。

 

そんな誰にも見せられない一面を間近で見ている者が居た。

 

 

 

「──お姉ちゃん…?」

 

 

────様子を見に来ていた更識簪は、困惑を露わにする。

昨日の調子から姉を心配して見に来た───のだが、明らかに異様な光景だった。

 

「───か、簪ちゃん!?おはよう!」

「…おはよう。お姉ちゃん」

 

漸く簪に気がついた楯無は驚きつつそちらに振り向く。

簪は先程の姉の表情を一旦忘れ、普段通りに反応した。

 

余談であるが昨夜の出来事を簪は知らない。

知っているのは布仏姉妹のみ───ただ、内容までは彼女らも知らなかった。

 

「体は…大丈夫?」

 

「ええ。治療もあって傷口はほぼ塞がったみたい。完治はまだまだ先だけど、普通の生活には今日の診察次第ですぐ戻れるかも」

 

楯無はそう言いつつ自身の体に視線を落とす。

ナノマシン医療や万能細胞移植、生体癒着フィルムによって傷口自体は塞がっている。

尤も楯無や流星の怪我は相当なもの。

これらの最新医療を駆使しても、完治までは時間がかかる。

次の行事までには間に合うのが救いか─────。

 

「良かった。けど無理は駄目だから…もし困ったことがあったらいつでも言って」

 

「そうね。何か困った事があったらお願いするわ」

 

楯無は笑顔で頷く。

別段昨日と変わった様子はない──普通の人間から見れば。

 

(これは…)

 

簪からすれば天と地の差だ。

昨日までのから元気は完全に消え去り、いつもの調子───いや、いつもより良い。

しかも、今の言葉も明らかに本心から頼ろうとしているものだ。

抱え込んでいた感じが消えている。

 

(い、一体なにが…)

 

困惑する簪。

いい事ではあるのだが、この変化に動揺しない者は居ない。

極めつけは先程の表情だ。

────…気になる。

 

「…なにかあったの?」

「えっ」

「お姉ちゃん、昨日よりすっきりした顔になってる」

「な──なな何も無かったけど?」

「なにかあったんだ」

 

簪は確信を持つ。

一方で楯無は内心冷や汗をかいていた。

 

(い、言うべきかしら──簪ちゃん、心配してくれてたし…────け、けど恥ずかしいというか、秘密にしたいというか───)

 

あのやり取りを自分達だけのものにしておきたい──なんていう乙女心。

知られたくない恥ずかしさもあるのだが、今はそちらの割合の方が大きい。

 

(あ────)

 

そこで楯無は初めて自身の発言を思い返す。

自身の本当の名前──それは家族以外に(・・・・・)教えてはならない(・・・・・・・・)

 

(こ、ここ、こうなったら、か、か家族になってもらうしかないわよねっ!)

 

何段階かすっ飛ばした思考が彼女の頭に浮かぶ。

しかしそれは別に不可能な話ではない。

今の少年は『更識』の一員。

──私のものになりなさい!なんて当主命令をすれば一発だ。

公私混同ではあるが、一般的な企業や組織と違い通用してしまうのが恐ろしい。

 

 

 

「…」

 

一人で顔を赤くする楯無を簪はジーッと見つめる。

視線は早く吐けと訴えていた。

冷静に考えずとも、言える訳がない。

 

「「!」」

 

どう切り抜けるか楯無が考えていたところ、扉が開く音が聞こえた。

思わぬ助け舟に彼女はホッと安堵の息を漏らす。

 

カーテンを開けて現れたのは千冬であった。

 

 

「更識、調子はどうだ────、更識妹も来ていたか」

 

 

話の最中だったか──と千冬は視線で問いかける。

対して簪は首を横に振って問題ないと返した。

楯無は自身の身体を見直す。

 

「お陰様で傷口もほぼ塞がってます。可能なら明日からでも学園に復帰しようかと」

 

「分かった。そう担任にも伝えておこう。───しかし、ほう───?」

 

千冬は楯無の顔を見てニヤリと笑みを浮かべた。

 

「随分と良い顔になったな。昨夜ここを抜け出した意味はあったようだ」

 

「な、なな────っ!」

 

「どうした?夜風に当たりに出ただけだろう?」

 

わざとらしくそう告げる千冬に楯無は顔を再度真っ赤にする。

千冬の視線は『知っているぞ』と告げていた。

屋上での気配は無かったことから、恐らくあの場には居なかっただろう。

話の内容は聞かれていない────。

 

 

「そ、それより!なにか用件があるんじゃないですか!?」

 

(話を逸らした…)

 

(逸らしたな)

 

慌てて尋ねる楯無に簪と千冬は目を細める。

簪としては色々と気になるところ──後で本音に知らないか聞いてみよう、と一人考えている。

 

千冬は呆れたようにため息をついた。

 

 

「悪いが午後から来客がある、今から診察でも構わないな?」

 

「来客ですか?」

 

「ロシア政府の人間───今回の件について改めて確認しに来たようだ。悪いな。出来れば怪我が完治するまで延期したかったが───」

 

「いえ、十分です織斑先生。ありがとうございます。でももう私なら大丈夫です」

 

真っ直ぐな視線を返す楯無に千冬は頷く。

 

「そうか。ならばすぐ手配しよう───」

 

その声には幾分かの安堵が混ざっていた。

 

 

 

 

 

楯無が起床してから一時間後。

目を覚ました少年の視界に移ったのは、一人の少女であった。

 

「───?」

 

普段の調子が出ない少年はまだ微睡みの中。

目と鼻の先にはすーすーと寝息をたてる布仏本音の顔。

まだあどけなさの残るその寝顔だが、年相応の艶やかさが見て取れた。

 

向き合っている顔と顔。

ゆっくりと浮上する意識。

流星は思わず呟くのであった。

 

「…どういうことだ…」

 

──状況を整理する。

ここはIS学園地下特別区画の医療室。

基本的に一般生徒の立ち入りは不可──どころか存在すら知らされていない。

 

ただ目の前にいるのは更識関係者の布仏本音───なるほど一般生徒ではない。

よって、ここに入れるのはおかしくない。

 

 

彼女が寝巻きである点と、何故か隣で寝ている点について考える。

──なるほどここで睡眠をとったのだろう、問題は無い。

 

「……」

 

──いや何を考えているのか、問題しかない。

着ぐるみのような寝巻きは実に愛くるしい───ではなく。

 

こんな光景を見られたらどうなるか。

流星の脳裏にパターンが幾つか浮かんだ辺りで、眼前の少女の体が揺れた。

 

「ぅ〜ん…?───」

 

もぞもぞと体を丸める少女。

少し顔の距離が近づいたところで、本音は目を覚ました。

 

「…────あ……おはよ〜、いまみ〜」

「ああ、おはよう」

 

パァッと明るい笑顔で挨拶をする本音。

まだ眠いのか声の抑揚はあまりない。

流星も律儀に挨拶を返した。

 

 

「それで、これはどういう状況だ?」

 

「いひひ、驚いた〜?これはねー、たっちゃんさんの真似だよ〜」

 

楽しそうに本音はそう告げる。

流星としては反応に困ってしまう。

楯無が相手ならベッドから蹴り落とすのだが、本音相手は気が引けるからだ。

なんにせよ、ラウラの真似で無くて助かったと彼は内心呟く。

 

 

「そうだな。心臓に悪いから止めてくれ。というか、悪影響受けるな」

 

そう言いつつ、彼は本音の侵入に一切気付けなかった事実に着眼する。

どうやら思っていたよりも体にガタが来ているようだ。

 

 

「ねぇ、いまみー」

 

声のトーンが変わる。

先までの明るい調子とは違い、静かなものだった。

蹲るようにして彼の胸元へと顔を寄せる。

身を預けるような姿勢で俯いたまま呟いた。

 

「無茶はダメだよ?私も──いまみーが帰ってこなくなるのは、ヤダ」

 

「…悪い、心配をかけた」

 

観念したように溜息をつく流星。

もう無茶はしない、その言葉が少年から出てこない事は少女も知っていた。

あくまで本音は戦力にはなれない。

信じて待っている事くらいしか出来ない事が殆どだ。

だから、彼女もそれ以上追及しなかった。

 

 

 

「いまみー、手を貸して」

 

「?こうか」

 

本音に言われ、流星は右手を差し出す。

本音はそれを手に取ると自身の頬へと持っていった。

 

自身より大きくゴツゴツとした少年の掌の感触。

古傷や所々に包帯が巻かれたそれはとても触り心地がいいとは言えない。

だが、本音は少年の手を頬に当て満面の笑みを見せた。

 

「やっぱりいまみーの手は安心する」

 

「──────」

 

もちもちとした頬の感触が彼の掌に伝わる。

手首は微かに柔らかな唇の端に触れていた。

 

───くすぐったい。

流星は何とも言えない羞恥に教われつつも、その状態を受け入れる。

本音にそれだけ心配をさせたのだと、彼は思い知らされていた。

無論、負い目だけでもない。

少女のペースに呑まれていたのも事実である。

 

暫く少年の手を堪能する本音。

着ぐるみパジャマで隠れた彼女の耳は、しっかりと赤みを帯びていた。

 

 

 

穏やかな朝の時間はここまで。

そんなのほほんとした地下の医療室──その扉が開いた。

 

 

「流星──あんた起きて───……………………」

 

「…………」

 

「あ、りんりん。おはよ〜」

 

ピシリ、と音を立てて固まる鈴と流星の両名。

いきなり立ち止まった反動でツインテールが大きく揺れる。

慌てて流星は手を振りほどき、身体を起こした。

 

少年は既視感のある鈴の反応に冷や汗を流していた。

現在、彼はまともにISを展開出来る状態ではない。

加えてあの時と違い隣にいるのは本音だ。

 

 

「「────」」

 

沈黙が周囲を包み込む。

固まったままの鈴の笑顔がこの上なく恐ろしかった。

 

「とりあえず、退いてくれ本音」

「ヤダ」

 

ブチィッ!と何かがちぎれる音。

展開される龍咆と双天牙月を眺めながら、流星は諦めの声を漏らすのであった。

 

「あー、ちなみに弁明の余地は──?」

「安心しなさい。地獄で聞くわ────」

「聞く耳ないな───っ!」

 

少年は死を悟る。

今あんなものを受けたら、間違いなく挽肉になる。

龍咆が放たれようとしたところで、扉が再度開いた。

 

 

「そこまでにしておけ。ここを殺人現場にする気か」

 

 

現れたのは簪達を含めた数人。

先頭に立っていた千冬は腕を組んだまま、溜息をつく。

 

鈴は渋々ISを解除する。

助かった、と胸を撫で下ろす少年。

千冬は彼等の前に移動すると本音の首根っこを掴んで流星から引き剥がした。

 

「布仏妹は後で反省文を提出するように。期限は午前中だ、いいな?」

 

「…は、は〜い…」

 

有無を言わさぬ千冬の迫力を前に本音はしょんぼりと項垂れる。

千冬は本音をベッドの脇に下ろすと、今度は流星へと視線を戻した。

 

「それと今宮、後で指導室に来い」

 

「はい…」

 

反論も諦め、力なく流星は返事をする。

何を言われるのだろうかと頭が痛くなる少年。

 

遅れて部屋に入ってきた簪と視線が合う───プイッと少女はそっぽを向いた。

 

「流星の節操無し…」

 

いじけたようにポツリと呟く。

親友の少女を引き剥がす事も出来た筈なのに、彼はそれをしなかった。

モヤモヤとした感情が彼女の内に湧き上がる。

それが嫉妬だと簪も理解していた。彼に殆ど非がない事も。

ただ、頭で理解していても心はそうはいかない。

 

一方で乙女心への理解が乏しい少年はそんな簪を目で追う。

 

(そういや、後で礼を言わないとな)

 

目覚めた時に、簪に礼を言い損ねた事を少年はふと思い出す。

とはいえ今はそれを話せそうでは無い。

 

 

 

「それで、体はどうなのよ」

 

 

鈴は腕を組んだ状態で彼の前へと歩み寄ってくる。

呆れたような言い方なのは先程までの不満も残っているからだ。

 

「生体補助もあって悪くない。普通に歩くくらいなら問題無いだろ」

「ふ〜ん、そうなんだ?」

 

鈴は意地悪そうな笑みを浮かべ、彼の肩を小突く。

すぐに少年の全身に衝撃が走った。

流石の少年も激痛を前に一瞬息が止まる。

 

「っ──、鬼かお前は」

「致命傷一歩手前で帰ってきて生意気言うからよ。ったく、今度無茶したらベッドに縛り付けるから」

「冗談に聞こえないんだけど」

「当然、本気(マジ)よ」

 

ふふふ、と据わった目で告げる鈴に流星は戦慄する。

──その内監禁されるんじゃないだろうか。

何故か本音も笑顔で頷いていた。

 

 

 

「あれ、皆もう来てたのか。早いな」

 

 

 

遅れて現れる一夏、箒、セシリア、シャルロットとラウラの5人。

ベッドで身を起こしている流星を見て、一夏は真っ直ぐと歩いてくる。

残りの専用機持ち達は、鈴達のオーラを察して一歩距離を置いていた。

 

「ほら、流星これ。安物だけどとりあえず着替え買ってきたぞ。医療室も校舎の方に移るんだろ?」

「ああ、助かる。そういやお前の方は怪我とか無いのか?」

「あるけど、かすり傷と軽い打撲くらいかなぁ。それより、イーリスさん…無茶苦茶だったぞ」

 

───彼女とイーリスの戦闘は苛烈を極めたのだが、そこにナターシャが介入。

流星の立場の変化、イーリスとログナー両名への帰投命令の伝達──それらにより、一夏達とイーリス達双方は大した被害もなく済んだ。

 

しかし、イーリスの国家代表IS操縦者たる戦闘能力と荒々しい戦闘スタイルを味わうには十分。

 

戦闘中の事を思い出し、一夏はげんなりとしていた。

 

「だろうな。ありゃ脳みその中筋肉で出来てるぞ。空母の中を平気で破壊しながら突き進んで来るし……ぶっちゃけもう関わりたくない」

 

とはいえ、少年はもはや関わらざるを得ない立場になっている。

一夏はごほんと咳払いし、話題を変えた。

 

「というか人の怪我心配してる場合かよ。傷口は塞がっても体の中はボロボロだろ」

 

「ぐぬ」

 

「それにさ、大怪我してるのに夜出歩くのも良くないぜ?そんな事してるから、虚さん達にも心配かけて怒られるんだろ」

 

 

「な────」

「は────?」

「え──────」

 

一夏の言葉にピクリと流星、鈴、簪の三名が固まった。

 

思わぬ暴露に冷や汗をかく少年。

聞いていないと眉を顰める鈴。

そして───色々と自身の中で繋がった簪。

 

「ば───馬鹿何言って───」

「ん?それで怒られてるんじゃなかったのか?」

 

キョトンと首を傾げる一夏。

彼は本音が流星探索時に連絡を入れたため、流星が地下の医療室から抜け出していたのを知っていたのだった。

 

余談であるが、本音は楯無が屋上にいた事を知らない。

つまりあの密会の存在を察する事が出来たのはただ一人───。

 

 

「──流星、ちょっと聞きたいことが…ある…」

 

 

ガシリと彼の首根っこを簪が掴んだ。

音もない踏み込み。

流星だけでなく、近くにいた鈴と一夏も思わず言葉を失う。

更識で鍛えられた足運び。

遠目で見ていた箒もその技術には度肝を抜かれていた。

 

「か、簪────?」

「大丈夫、幾つか聞きたいだけだから…」

「は───!?」

 

引き摺られながら困惑を露わにする少年。

有無を言わさず簪は彼を隣室へと連れていく。

 

「な、なんだったんだ?」

「さ、さあ?」

 

唖然とする一同。

彼らは訳も分からず、連れられていく流星を見送るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

それから二時間後。

指導室に訪れた少年は千冬から幾つかの注意を受け、そのまま応接室へと行くように命じられた。

制服に身を包み、ボロボロの体を引き摺りながらも彼は応接室へと移動する。

休日ということもあり、すれ違う生徒も少なかった。

 

やってきた応接室の扉をノックした後に開ける。

机とソファ、絨毯といった落ち着きと高級さを内包した部屋が彼を迎え入れる。

待っていたのは三人の女性────。

 

 

「───げ、脳筋女」

 

思わず嫌そうな声を漏らす少年。

その視線の先にいたイーリス・コーリングであった。

 

「───思ったより元気そうじゃねーか。しかし、喧嘩売ってるなら買うぜ?今宮」

「お陰様で元気ですよ。それよりどうしてここに居るんですか、先輩方(・・・)

「それはな──」

 

少年は半目でイーリスを見る。

対してニタリと笑みを浮かべるイーリス。

彼女を他所にナターシャ・ファイルスがその後を続けた。

 

「色々と渡すものがあったからよ。代表候補生としての契約書類の写しと自由国籍に伴う通知、後は代表候補生として必要な規定とかその他諸々についての書籍ね」

「────」

 

ドサリ、と机の上に積み上げられる書類を見て少年は絶句した。

やけに大きな荷物を持っていると思ったが、まさかそれらのほぼ全てが自身への書類だとは想定外である。

 

積み上げられた山は立っている流星の肩程までの高さ。

 

固まる少年を見てイーリスは楽しそうに口を開く。

 

「ハッ、お前でもそんな顔すんだな」

 

「これを前にノーリアクションはないだろ。……なんか武装のカタログまで入ってないか?」

 

少年は不可解といった様子でそれを山から取り出す。

一応察しは付いているのだが、流星は疑問を口にした。

 

「そりゃあお前はウチの候補生だろ?じゃあこっちの武装使うのは普通だしな。なんなら専用機を作るかどうかなんて話も出てたぞ」

 

「まあそこは流星くん次第ね。一応『時雨』は今どこかの企業に属しているものでもないし、珍しい換装形態まである───所属と汎用武装さえアメリカにするなら、『時雨』のままでも問題はない筈よ」

 

「分かってたけど、色々と手間だな」

 

流星は肩を落とす。

ただ『時雨』のままでも良いと言われている点はかなり有難い。

 

問題があるとすれば、目の前の書籍や書類の山。

ISに関係がない法律関係の書籍まである───地獄だ。

 

「ああ、分かってると思うけど一応試験もあるから頑張ってね?」

 

「───」

 

ウインクをしながらエールを送るナターシャ。

実技は免除だけど…と彼女は付け加える。

 

流星は生徒会やそこに加わる更識関係の書類も思い出し─────とりあえず、後で考えることにした。

 

「──今更になるけど、ありがとう流星くん。貴方のおかげで、あの子を無事取り戻す事が出来た」

 

ナターシャは微笑みながら、改めて礼を言う。

彼は書籍の山から本を手に取りつつ、なんでもない様子で返した。

 

「今回も結果論だ。アメリカに渡したのだって、そうした方が都合が良かっただけ───だからその礼も間違ってる」

 

「ええ、確かにそうね。でも事実でしょう?」

 

「…」

 

心底嬉しそうなナターシャに流星は言葉を詰まらせる。

やりづらい──そう少年が感じるのを見透かしたように、イーリスはニヤニヤとしていた。

 

「くくく、素直じゃねぇーのなお前」

 

「話が通じてなくて驚いてるんだよ」

 

「そう照れんなって。ナタルみたいな美人相手なら別に恥ずかしがるのも普通だろ」

 

「後で覚えてろよ」

 

「いいね。こっちは織斑一夏やお前との戦いも途中で終わって不完全燃焼なんだ──なんなら今からでも──」

「やめなさい、イーリ。相手は怪我人よ。それにここで騒ぎを起こしたら織斑千冬(ブリュンヒルデ)に怒られるわよ?」

 

「───はいはい。ったく冗談だって」

 

「貴方のは冗談に聞こえないのよ」

 

「…」

 

ふぅ、と溜息をつくナターシャと不満げなイーリス。

普段の二人のやり取りが目に浮かぶようだと少年は独りごちる。

 

同時にある人物を思い出しながら、流星は安堵の息を吐いていた。

 

ナターシャだけでなく、イーリスもいる───つまりは他国ではあるが、今回の一件の関係者ということで、ある人物(・・・・)も学園内にいる可能性があったからだ。

 

ただし、現在この応接室にその人物は見当たらない。

 

杞憂だったと流星が考えたあたりで、応接室の扉が勢いよく開かれる。

 

 

そうして────少年の表情は再度凍りつくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「───!」」

 

そうして日が傾き出した頃。

仕事を終えた私は生徒会室へと向かう最中、ある人物と鉢合わせた。

 

丁度廊下の曲がり角だ。

その顔を見て一瞬言葉が出なかった。

後ろで留めた髪に眼鏡、同じ二年生を表す黄色のリボン。

 

「──薫子ちゃん」

「たっちゃん、帰って来てたんだ───」

 

ホッと安堵したような薫子ちゃんが私へと歩み寄る。

 

包帯は制服で見えない部分。怪我も外見からは判断できない状態。

とはいえ今回の出来事は国家機密───改めて細心の注意を払いながら応じた。

 

「ええ、今日帰ってきたところよ。忙しくて今まで顔を出せなくてね」

 

「そうなんだ。たっちゃんは相変わらず忙しいんだね。あ、でも織斑くんも入ったし、少しは楽になったり?」

 

自然な動きで私の隣を薫子ちゃんは歩く。

二人して生徒会室目指して足を進めていた。

 

「そうなれば良いけど、仕事が増えたの。今からも溜まった仕事を片付けに行くところなのよねぇ」

 

「うわー、帰ってきたところなのにお疲れ様」

 

「ふふ、ありがとう。けどこんなの慣れっこよ。今ならたまに簪ちゃんの差し入れもあるし、問題ないわ」

 

「仲直り様々かな?──頼もしいけど、たっちゃんってワーカーホリックにいつの間にかなってそうだから気を付けなよ?」

 

「否定出来ないのがなんだかなぁ。…この歳からなりたくないわね…」

 

つい書類の山を思い出して、どこか遠いところを見る。

 

他愛のない話を続けながらひとけのない廊下を行く。

黛薫子は更識楯無という人間にとって貴重な、気の置けない友人。

──それは言うまでもなく、来玖留にとっても同じこと。

 

 

「来玖留のこと、聞かないの?」

 

私は思い切って、薫子ちゃんの前でその話題に触れた。

恐らく薫子ちゃんは学園祭で来玖留に会っている。

更に流星くん達が彼女のことを聞きに行ったのもあって、何かあったと悟っているだろう。

 

薫子ちゃんは歩きながら少し窓の方へ寄る。

ちょっとだけ考え込むような仕草だけ取りながら、はにかんだ。

 

「うん、いいの。…だってもう会えないのは分かってたし──」

 

「薫子ちゃん──」

 

「当然知りたいのもあるよ。新聞部部長としてはここで引き下がるべきじゃ無いんだろうけど、今回はその気がしないかな?」

 

そう告げる薫子ちゃん。

きっと本心としては知りたいのだろう。

ヒシヒシとそれは伝わってくるけど、同時にそこに踏み込んだら私を傷付ける事にも気が付いてる。

 

だから、薫子ちゃんは敢えて踏み込まなかった。

 

私や流星くんが学園から消え、そして帰ってきた。

直前に来玖留が学園に来ていた事実も合わさり、全部済んだのだと察している。

 

「相変わらず優しいわね。薫子ちゃんは」

 

───こういう部分をきっとあの子も気に入ってたのね。

普段の調子からは想像も付かない薫子ちゃんの側面。

なら私もこれ以上この話題を振るべきじゃない。

 

薫子ちゃんはすかさずにしし、と笑って見せた

 

「褒めるなら新聞部を優遇してくれてもいいよ〜?具体的には部費アップとか、織斑くん貸出順序とか?」

 

「油断も隙もないわね。そうしてあげたいけど、駄目なものは駄目よ。生徒会は公平だもの」

 

「えぇー」

 

「えぇーじゃない」

 

すぐにいつもの調子に戻る私達。

私がいない間の出来事や、部活の話と雑談に戻る。

 

 

気付けば生徒会室の前に着いていた。

 

 

「じゃあ私は部室に戻るねー」

 

「ええ、また明日」

 

軽くそう交わし、薫子ちゃんは部室の方へと歩いていく。

───そのまま階段へと向かうかと思いきや、薫子ちゃんは突然私の方に振り返った。

 

「───たっちゃんは、何も言わずに消えたら駄目だよ?」

 

その言葉に私はつい笑みが零れた。

 

「勿論よ。そもそも私以外に生徒会長が務まると思う?」

「確かにそうだね。──じゃあね!」

 

いつも通りに扇子を開く。

答えに満足したのか、そのまま彼女は去っていった。

私もまた思わず口角が緩んでいるのを自覚する。

薫子ちゃんを見送り、改めて生徒会室に向き直った。

 

「さて、と」

 

 

ドアを開け部屋の中へ。

意外な事に───既に皆揃っていた。

 

真っ先に目に飛び込んで来たのは片っ端から書類の山を横に置いた虚と流星くん。

次に写ったのはくたびれながらも仕事を続ける本音ちゃんと、黙々と書類整理をする一夏くんだった。

 

「……皆働き者過ぎないかしら?」

 

思わず思ったことが口に出る。

皆の視線が一斉に私に集まっていた。

 

「……全く、流星くんもお嬢様もこんな時まで……」

「二人とも休んでたらいいのにー」

 

呆れたように虚がため息をつく。

本音ちゃんも苦笑いを浮かべていた。

 

「大丈夫ですよ虚さん。身体的には何も問題ないので」

 

「いや問題あるだろ」

 

一夏くんは流星くんに怪訝な目を向ける。

副会長席は経理と向き合うような配置にして、庶務の隣。

彼は一夏くんの言葉にニヤリと笑うと、書類の山の一部を一夏くんの机に置いた。

『じゃあ任せた』『極端だな!?』なんてやり取りが続く中、私は真っ直ぐと生徒会長席へと移動する。

 

 

「お嬢様、いえ──会長。おかえりなさい」

 

仕事をしながら呟く虚に私は満面の笑みで応じるのだった。

 

「ただいま!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






エピローグ、という事で今回は日常回とも少し違う感じです。
次回からはキャノンボール・ファスト編に入ります。
日常回かけたらいいなぁと思いつつ、シリアス漬けのせいで感覚が……。


さあ、ポンコツ化のお時間だ。








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