IS 灰色の向こうに   作:ズーキー

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「────お嬢様の様子がおかしい…?」

 

早朝の生徒会室。

怪訝な表情で虚はそう聞き返すのであった。

周囲に人はおらず、彼女の目の前にオレンジ髪の少年が一人困った様子で頷く。

 

「はい。楯無のやつ、ここのところ話し掛けても反応が薄い時が多いというか、慌てる事が多いというか…」

 

「…今朝は普通に話せていませんでしたか?」

 

はて、と首を傾げる虚。

朝方の記憶が正しければ普通に話していたように見えるが────。

 

「多分、皆が居たからじゃないですか?」

 

確証はないですけど──と付け加えつつ、流星はそう口にする。

虚はその情報を聞きつつ顎に手を当て考える。

前回のようにまた一人で動こうとしている訳では無いだろう。

 

 

「前回の件で、俺が怪我した事に責任を感じてる?」

 

呆れ気味に可能性を呟く少年。

彼の中で楯無が自身に抱いている想いなど欠片も浮かんでこないらしい。

 

虚は改めて流星の発言を受け取りつつ、思い返す。

確かに露骨に二人きりは避けていた────&生徒会室に入ってくる時、挙動不審な場面が多々あった。

 

 

 

虚の脳裏にひとつの仮説が浮かび上がる。

 

 

 

「流石にそれは違うと思いますが…」

 

「でもそれ以外特に思い付かなくて…。気付かない内にアイツに迷惑を掛けた可能性もありますけど、ちょっとお願いしてもいいですか?」

 

お願い───とは言うまでもなく楯無の様子を確認する事だろう。

こうやって遠回しに楯無の幼馴染である虚に言うあたり、彼なりに心配している事が窺える。

 

相変わらず変なところは鋭いものであった。

そこに人の好意──主に恋愛感情周りをインプット出来たなら、非の打ち所がないのだが───と虚は言葉を飲み込む。

 

ただ、推測でしか無かった彼女の仮説は楯無の行動を思い返す程に説得力を増していく。

まさか───という否定と、やはり───という肯定が混在していた。

 

「分かりました。一応私の方から探っておきます」

 

資料を再び手に取り、彼女は業務に戻る。

流星もお願いしますとだけ告げ、やるべき事に戻っていく。

 

どうオブラートに包んで尋ねるか虚は静かに考え─────。

 

 

 

 

「───という事なんですが、まさか流星君の事を意識されているのですか?」

 

 

 

「な、なぁ────っ!?」

 

その日の放課後。

虚の配慮を捨て去った問い掛けに更識楯無は面食らった。

 

「ど、どうしてそう思うのよ!?」

 

顔を真っ赤にして狼狽える楯無。

机に置かれた書類の事など忘れ、慌てて立ち上がる。

───あ、これは図星ですね。

確信を持ちつつ虚はティーカップに手をかけた。

 

「落ち着いて下さい。書類が机から落ちてますよ」

 

「───!そうね」

 

楯無は資料を拾い、机に座り直す。

楯無はなんでもないような顔をする中、虚は紅茶を啜りつつ半目で彼女を見つめる。

 

数秒の静寂、そして。

 

「…」

「──」

 

次第に楯無の方が耐え切れなくなったのか、観念したように机に突っ伏した。

 

 

 

「…私って普段どんな顔で流星くんと話してたっけ…」

 

「────は?」

 

思わず従者として有るまじき言葉を虚は口にしてしまった。

無理もない。

 

対暗部組織の長にして国家代表IS操縦者、学園最強の少女の反応とは思えなかったのだ。

 

固まる虚を前に楯無は顔を上げる。

頬を膨らまし───睨んでいた。

 

「ちょっと、私も真面目に話してるんだけど」

 

「…すいません、あまりにもびっくりして。話を戻しますが───皆がいる時の対応と同じようにすれば良いのでは?」

 

「出来ればしてるわよ。…彼を前に二人きりになると、こう──胸が苦しくなって目も合わせにくく───虚?」

 

「あ───いえ、お構いなく」

 

思わず頭を抱える虚を前に楯無は首を傾げる。

本人はきっと真面目な分たちが悪い。

聞いているこちらが参ってしまいそうである。

 

 

「…対暗部の教育で色々知っていたけど…こんな気持ちは……初めてだし────どうすればいいのよ───」

 

 

再度机に突っ伏す楯無。

声も段々小さくなり、耳は赤みを帯びていた。

 

虚はカップを置き、改めて楯無に向き合う。

 

「───事情は分かりました。ですがお嬢様、このままでいいのですか?」

 

じっと見つめる虚に楯無は半ばヤケクソ気味に返す。

 

「そ、そんな訳ないでしょう。だから困ってるのよ───!」

 

「なら、暫くは出来る限り二人きりにならないようにしましょうか?」

 

「──それはダメよ!折角の二人きりの時間を潰すなんてそんな───」

 

「では慣れて貰うしかありませんね。なるべく二人きりになって貰って──というかお嬢様、寮は彼と同室ですよね?今すぐにでも織斑君の部屋からそちらに戻れば早いのでは?」

 

「それもダメっ!心の準備がまだだし…」

 

「…」

 

じゃあどうしろと────。

 

虚は言葉を飲み込み、解決策へと思考を張り巡らす。

実に出来た従者であった。

 

「そもそも、お嬢様はどう動かれるつもりなのですか?」

 

「…どうって…」

 

のそのそと体を起こして楯無は考え込む。

 

「外堀りから埋めるとか?例えば──お母様やお父様達に紹介して──」

 

「初手から色々飛ばし過ぎです。確かにその内更識の家には連れて行きますが、用件が違いますし……もっとこう正攻法で───」

 

「部屋に手料理を作って置いておくとか、どう?」

 

「帰ってきて身に覚えのない料理が置かれてたら、それはもう恐怖でしかありませんよ」

 

「なら、ひとまずは生徒会長権限で私と同じクラスに────」

 

 

「──どうしてそう絶妙にしっとりした方法しか思い付かないんですか……!?」

 

 

虚が珍しく声をあげて立ち上がる。

意外だったのかビクリと楯無も驚いてみせる。

音を立てて机の上のティーセットも揺れるのであった。

 

 

 

 

 

人は理解できない事を目の当たりにすると、頭の中が真っ白になる。

 

俺─────織斑一夏は改めてそれを理解した。

 

 

カチャり、と持っていた箸がトレーの上に転がった。

 

 

「おう、お前が織斑か」

 

 

IS学園──食堂。

突然現れたスーツ姿にサングラスの男は、俺に近寄って来るなりそう告げたのだった。

 

「は、はあ、そうですけど───」

 

生返事に男は周囲を見渡す。

仕方のない事だと思う、俺の意識は今目の前の男の風貌に意識が完全に向いていた。

 

横に細いサングラスに屈強なガタイ、その奥に見える眼光はやけに鋭い。

そして首や顔に付いた傷痕の数々─────どう見ても目の前の男はドラマとかで出てきそうな─────。

 

 

(や、ヤ〇ザだ──────っ!!!)

 

 

声に出しそうになるのを抑え込む。

男は微動だにしない俺を前に小首を傾げていた。

純粋に不思議がっているんだろうけど、威圧してるようにしか見えない。

 

「おう、なら少し(ツラ)ァを貸せ。お前にも話がある」

 

そこで漸く会話できるだけの余裕が帰ってくる。

──いや、まだ全然分かんねぇけどさ!

──ここ、IS学園だよな!?女子校だよな!?どうしてヤ〇ザがいるんだ!?

疑問だらけの中で深呼吸する。

 

こういう時こそ平常心だ。

IS学園で色々鍛えられたのを実感する。

 

 

「あの、そもそもどちら様ですか?」

 

「あぁ、悪いな自己紹介が遅れた。俺ァ──内海だ」

 

得意げに胸を張り、ニヤリと男は笑う。

凶悪犯と言われても納得出来る邪悪なものだった。

──なるほど!分からん!

 

「内海さん…?話ってここじゃダメなんですか?」

 

「ああ───そりゃあ機密だからな。(あね)さんからお前と小僧にも話しとけって言われてんだわ」

 

「き、機密?というか(あね)さんって?」

 

「ああそうか、俺の事をなんにも聞いてねぇのか。(あね)さんってのは……生徒会長だ」

 

「────!」

 

機密、楯無さん───その二つから話が『更識』関連だと理解した。

となるとこの人は楯無さんの部下か何かか?

どう見てもヤ〇ザだけど……。

 

俺は視線を自身の秋刀魚定食に落とす。

すぐにかき込んで話を聞かないと────。

 

「駄目だ、後にしろ。俺の方も時間がねぇんだ」

 

「はい?」

 

ヒョイっという表現が的確だろう。

男は片手で俺の襟首を掴むとそのまま俵を担ぐように俺を肩に乗せた。

あまりにも軽々とそうされた為、リアクションが遅れた。

こ、この人ガタイ以上に力があるぞ!?

 

「あの、普通に歩きますけど。そもそもこの絵面はマズイですって───!」

 

俺が拉致されているようにしか見えないんです!

男───内海さんは疑問を口にしながらもすぐに状況を理解した。

 

「不味い?何が─────ほう!」

 

「嫁を離せ、悪漢め──!」

 

凄まじい打撃音が聞こえた。

飛び掛ってきたラウラの首への蹴りを内海さんは片腕で止めた。

 

「いい蹴りだぜ嬢ちゃん。だが手加減とは優しいな───!」

 

(こいつ…)

 

ビクともしない内海さんにラウラは舌打ちする。

只者じゃないことは俺でも分かった。

 

「ラウラ!この人はその──楯無さんの命令で来た人だ──」

 

「…あの女の関係者だと?このヤ〇ザ紛いがか?」

 

「ちょ───ラウラ──!?」

 

「───あ゛?」

 

青筋を立てながら内海さんがガンを飛ばす。

怖過ぎる…どうしてラウラも正面からそれを受け止めて睨み返してるんだよ!

ヤ〇ザ紛いなんていうから!

 

(あね)さんをあの女呼ばわりたァ、太ぇのもいるもんだなぁ───オイコラ」

 

────そっち?

構えるラウラと腰を落として迎え撃とうとする内海さん。

ピリピリとした空気、あまりにも不毛な争いが起きようとしているところに────救世主が現れた。

 

 

「ゲ───やっぱりお前か!騒ぎになるからもっと変装してこい内海!!」

 

「───んだと遅れやがって、ぶち〇すぞ小僧ォ!」

 

 

流星に怒声をあげる内海さん。

食堂に人が殆どいなくて本当に良かった。

 

とりあえず───おろしてくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、改めて自己紹介といくか───」

 

 

場所はかわり応接室。

机を挟んで俺と対面に座る内海さんは、明るくそう切り出した。

ちなみに流星は俺の隣に座っている。

ここに来るまでに判明したのが、この人と流星の仲は良いとは言えないらしい。

 

 

「俺は内海龍治(うつみりゅうじ)。宜しくな織斑ァ」

 

「…織斑一夏です。宜しく…?お願いします」

 

気さくな感じの内海さん、実に距離感が分からない。

というか名前以外まだ殆ど分からねぇぞ!

 

見かねた流星が溜息をついて横から助け舟を出してくれた。

 

「一夏、こいつは更識楯無の右腕────先代とか抜いたら実質ナンバー2だ。腕っ節だけじゃなく、システム面や諜報も出来るとかなんとか」

 

「へ?」

 

驚く俺を他所に流星はうんうんと頷く。

気持ちは分かると言いたげだ。

一方で内海さんは流星を睨んでいた。

流星は構わず疑問を口にする。

 

「というか、どうしてアンタがここにいる?」

 

「今回は調べた情報を持ってきた。因みにSPって事で度々出入りしてんのさ。前の布仏嬢達の件があったからよ」

 

「…人選も配役も間違ってるだろ。目立つし噂になるぞ。ヤ〇ザが構内にいるって」

 

「んだと小僧。俺をあんなんと一緒にするんじゃねぇ。どっからどう見てもスーパーエージェントサマだろぉが!」

 

「目が腐ってるのか───というか、待て──────アンタさてはシンデレラ(あの狂った劇)の脚本に関与してたな!?」

 

頭を抑える流星。

 

……俺はもう考えるのをやめた。

一人静かに手前にあるお茶を啜る。

あ、美味しいなこれ。

 

 

ひと息ついたところで、内海さんの雰囲気が変わった。

 

 

「お前ら、消える能力を持ったISと戦っただろ?」

 

 

「消えるIS…あの亡国機業(ファントム・タスク)の奴か」

 

「ああ。そういえば名乗ってたな。確か名前はリタ・イグレシアス───」

 

「ああ、ソイツについてだ。っても、結論から言うと殆ど何も分からなかったがな」

 

内海さんは姿勢を崩し、どっかりと椅子に座り直す。

そして一瞬天井を仰ぐと、言葉を続けた。

 

「イグレシアスってのは教会って意味を持つ姓だ。スペイン語圏…───幅広く分布する特に珍しくねぇもんだが……当然、特徴的に該当する人物は居ねぇ」

 

「やっぱり偽名じゃないんですか?」

 

「ああ、俺もそう思ってよ?諦め半分で過去の事件も漁ってみたら───こんなのが見付かった」

 

はあ、と疲れたようにソファに身を預ける内海さん。

内海さんは懐から何やら端末を取り出し、机の上に置く。

端末から投影されるディスプレイ。

そして映る幾つもの資料と───数枚の写真。

 

「これは…教会?それに子供が沢山いる──」

 

「…孤児院か。なるほど、きな臭い話になって来たな」

 

「!」

 

 

「恐らく(イグレシアス)も後付けだろうなぁ、この孤児院に関する記録はあったが、どう調べても他の孤児院と子供の情報に違和感がある。近くに国家機密の研究施設が多かったのも、偶然にしちゃ出来すぎだ」

 

「っ……!」

 

尋常じゃない反応速度と軽快な動きを思い出す。

あれはどちらかと言うと、ラウラを連想するようなずば抜けた身体能力を駆使した動きだった。

もしかすると、あの子も何かしらの都合で────。

 

何があったか結局は分からないけど、想像してしまう。

身勝手な都合で、人の命を…なんだと思ってるんだ。

 

 

「それだけじゃねぇ。こんな情報なんてな、時間も経ってる今は普通じゃ集められなかった筈なんだよ」

 

「え?じゃあどうして───」

 

言い終える前に、俺は投影された資料に目がいった。

スペイン語は読めないけど、新聞記事らしきものもある。

 

 

「───これは…」

 

「例のガキが養子として貰われた後に起こした事件だ。貰われた先の親だけじゃねえ、孤児院の人間まで皆殺しだ。そりゃあ政府も事件を隠し切れねぇさ」

 

「虐待の痕も見られた───か」

 

流星が翻訳された資料を眺めながら呟く。

そこに同情も怒りも何も見られなかった。

 

「…」

 

驚愕すべき凄惨な事件。

だけど、彼女に関する情報は逮捕を皮切りに少しずつ表舞台から姿を消していった。

裏で亡国機業(ファントム・タスク)が彼女を確保したのか。

無意識で膝の上に置いていた拳を強く握りしめていた。

 

「───」

 

内海さんと一瞬視線が合う。

何か言いたげだった。

 

「…ま、こんなとこだから孤児院に居た時と事件に関してしか情報は残ってなかった。まだ漁るが───時間がかかる。しかし出自がマトモじゃない事とこのガキがイカれてる事は明らかだ。分かってると思うが、油断すんじゃねぇぞ」

 

(あね)さんに迷惑掛けたら〇すからな──と付け加えて、内海さんは端末をしまって立ち上がった。

流星と内海さんが数言交わす。

内海さんはどうやらまだ調べるつもりのようだ。

そのまま部屋を出ていくかと思ったところ、内海さんはドアの前で思い出したように此方に振り返る。

 

 

「ああ、特に役には立たねぇが言っておくか。奴の本名は─────」

 

 

 

 

 

「探したわよ?」

 

青白い照明が連なる廊下で、金髪の女性───スコールは歩いてきた少女に声を掛けた。

長く黒い髪に緋色の瞳。

フラフラと歩いてきた少女は漸くスコールの存在に気が付いたのか、その瞳を彼女へ向けた。

 

───いつになく、生気のない眼差しは深く澱んで見える。

 

「ああ。今はそっち(・・・)なのね。調子はどうかしら?」

 

「調子?もう問題ないわ。普通に体も動くんだもの」

 

と、少女は纏っている服の袖を捲って右腕を見せた。

生々しい傷痕が多少見られるが、ズタズタになった事を考えれば安いものだろう。

口調にはいつもの幼さは見られない。

 

「そう、なら良かったわ。次の作戦の時に貴方の力が必要なの」

 

「エムお姉ちゃんやスコールがいるのに?…権利団体からも人を調達するって話でしょう?」

 

「先の来玖留の件の際に、今宮流星はエムを単独撃破してる。今度の作戦の都合恐らく彼がどうこう出来る事は無いでしょうけど、念には念を入れたいの。…私は更識楯無への牽制があるし」

 

「!」

 

スコールの話に少女は目を見開く。

あの少年がエムを打ち破った───その事実に大きく口角が吊り上がる。

 

「へぇ────流星は強いけど、それは想定外だったかも」

 

「そうね、私もこの結果には驚くしか無かった。だからこそ足止めしておきたいの」

 

「ふーん」

 

スコールの言葉に少女は体の後ろに両手を回す。

顔を覗き込むような仕草でスコールを見つめていた。

 

「いいけど…エムお姉ちゃんがやられるなら、私もやられちゃうと思うよ?」

 

「さてどうかしら。実力に大差ないのだから、後は相性───あの子(・・・)なら兎も角、貴方なら問題ない」

 

スコールは投影ディスプレイを目前に表示し、エムと流星の戦闘データを少女に送る。

 

 

 

「そうよね?リタ────いえ、ルナ・イグレシアス」

 

 

 

 

 

IS学園、寮の敷地内。

すっかり日が沈んだ後のそこを一夏は歩いていた。

格好はラフなもの所謂部屋着───片手には未開封の缶ジュースが握られている。

 

大浴場で入浴後にジュースが欲しくなり、外の自販機に買いに出たからだ。

寮内にも自販機はある───ただ目当てのものが売り切れていた故である。

 

ハードな一日を今日も終え、充足感を持ちつつ夜風に吹かれる一夏。

そこでばったり金髪の少女と出くわした。

 

 

「あれ?セシリア、こんな時間まで訓練してたのか?」

 

「ええ、その──つい熱が入ってしまいまして」

 

口に手を当て上品に笑うセシリア。

様子からして疲れている事を一夏は見抜いていた。

 

「熱心なのはいいけど、あんまり根を詰めすぎると体に悪いぞ」

 

「ありがとうございます。ですが心配は無用ですわ。そこら辺の管理はモデルでもありますし、自信がありましてよ?」

 

「そんなものなのか?」

 

一夏は小首を傾げる。

ただ疲れているのは事実だろうと持っていたジュースを差し出した。

 

「でもお疲れ様。良かったら飲むか?最近気に入ってるんだコレ。口に合うか分からないけど」

 

「それだと一夏さんの分が無くなってしまいませんか?」

 

「すぐ近くだし、買いに行くよ。それよりセシリアに飲んでもらいたくてさ」

 

「でしたら遠慮するのも失礼ですわね」

 

一夏から未開封の缶ジュースを受け取り、セシリアは口を付ける。

疲れた体に果汁の甘さが染み渡る。

 

「おいしい…」

 

「だろ?」

 

嬉しそうに笑顔を見せる一夏。

セシリアはそれを横目で見つつ、ポツリと呟くように言葉を漏らす。

 

「…一夏さんは、ほんとうに凄いですわ」

 

「?急にどうしたんだ?」

 

「ふと思っただけですわ。だって、ついこの間まではISの事も殆ど知らなかったのに今では代表候補生クラス。凄いことですわよ?」

 

「言っても俺は皆から教えて貰ってるからなぁ。正直な話、環境に恵まれ過ぎてるよ」

 

それに流星も多分大差ないしな、と彼は自身のライバルを意識する。

 

セシリアにはまだまだ納得していない様子の一夏が恐ろしく思えた。

貪欲にかつ確実に前に進む彼と、置き去りにされる自分を幻視する。

専用機がない時の箒もこんな感覚だったのだろうか。

ともすれば───あの時の彼女は不安で仕方なかっただろうとセシリアは考える。

 

 

「というか、セシリアの方が凄くないか。だって国を背負ってる代表候補生だし、あんな沢山のビットを動かすなんてそれこそすげーだろ。雪羅の荷電粒子砲で練習したけど、狙撃もあんなに当たらないって」

 

自身の狙撃のセンスを思い出したのか、外した小話を一夏は語る。

口調から一夏の言葉は本心からのものであった。

そういう部分が彼の美徳でもある。

 

 

「話が変わりますけど、もし一夏さんは壁にぶつかった場合はどうされます?」

 

 

「壁か。まだそこまで突きつめられてないから、壁なんて────」

 

と考えた時に、シャルロットの件が思い浮かぶ。

どうしようも無く何も出来ない事に苛立ちを覚え、周りが見えていなかった。

姉に頼るというごく普通の発想さえそこには無かったのだから。

 

「──いや、あった。シャルロットの時だったかな。あの時は壁にぶつかったというか、多分焦ってたんだと思う」

 

「───」

 

「結局、あの時の俺は何でも一人でやろうとしすぎたんだ。ダサい話だよな、手段なんて選んでる場合じゃなかったのに」

 

恥ずかしそうに頬をかく一夏を前に、セシリアはぽかんと口を開いていた。

てっきり実戦──学園祭や福音の件で話が出てくるかと思ったのだが、そうではなかった。

 

焦っていた────彼の言葉を聞き、ほんの少し胸につっかえていたものが取れた気がした。

自然とセシリアは笑みを零す。

 

 

「とても一夏さんらしくて…立派だと(わたくし)は思いますわ」

 

「う、そうやって褒められるとこそばゆいな。話を戻すけど────だからあれだ、セシリアも案外壁なんて無かったってオチかもしれないぞ」

 

自身の事を気にかけるような一夏の発言に、セシリアは頬が赤みを帯びるのを理解する。

やっぱり見抜かれていた──という恥ずかしさと、やはり気付いてくれていた───といい嬉しさの二つが同居していた。

 

 

「ふふ、かもしれませんわね。────それでは一夏さん、(わたくし)はお先に失礼しますわ。このお礼はまたさせて下さいな」

 

「おう、じゃあまた明日」

 

そんな顔を見られることを避けるように、セシリアはそそくさとその場を離れるように動く。

先まで無かった余裕が彼女から見られた為か、一夏はホッと安堵の息を漏らす。

 

本心としては、もう少し上手い具合にフォローしたかったのだが───と不器用な自分に呆れつつ、踵を返す。

 

向かう先は寮とは逆、再び自販機の方角。

 

セシリアが気に入った様子なのもあり、そのジュースが美味しいと改めて確信した彼はもう一人の少年に買っていってあげようと考え始める。

 

 

そんなお人好しな少年の背を、密かに少女は振り返り眺めていた。

彼女は周囲に誰も居ないことを確認した上で、片目を瞑り右手を水平に構えた。

人差し指と親指を立て、ピストルをイメージしたところで構えをやめた。

 

 

───いつか射止めて見せますわ、なんて呟きながら彼女は満足げに寮へ戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






チョイ役補足。


・内海龍治(22)
見た目よりは老けて見える容姿ヤの付く見た目の人物。
現楯無の代で組織に入り成り上がったデキる男。
プライベートでは楯無を(あね)さん、仕事では十七代目と呼ぶ。
俺ァ馬鹿だからよ…と言うタイプの癖に頭は良い。
強い。


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