IS 灰色の向こうに   作:ズーキー

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昼休みを告げるチャイムと共に騒々しくなる教室。

更識楯無は今一度大きく深呼吸した。

 

「よし──────」

 

なにやら覚悟決めたように鞄から包みを取り出す。

紫の高級そうな風呂敷に包まれた大きなそれは、今朝早起きして作った手作りのお弁当であった。

───重箱という点を除けば、特におかしな点はない。

 

 

「あれ?たっちゃんどこ行くの?」

 

「───!!」

 

そそくさと教室を去ろうとした辺りで、薫子に彼女は呼び止められた。

ビクリと彼女は驚いて体を震わす。

ここで数瞬の思考、薫子にバレるのは不味い気がする。

 

「ちょ、ちょっと生徒会室で食べようかな〜って思ってね」

 

「そうなの?けどたっちゃん、生徒会室は方向が逆じゃない?」

 

「うぐっ」

 

指摘され思わずしくじりを理解する楯無。

こういう所にすぐ気付ける察しの良さが、今は恨めしい。

 

不思議がる薫子──楯無はこれ以上ボロは出すまいとしつつ、全力で笑顔を浮かべるのだった。

 

「あ、あら?そうね!ちょっと急いでるからまた後でね!」

 

「うん?じゃあね〜」

 

急いで立ち去る少女に更に薫子は首を傾げる。

なんというか、実にらしくない様子。

旧友の件で凹んでいるという様子でも無さそうだが───。

 

パカっと自身のお弁当箱を開ける。

対面にいる友人達に向き直りつつ、彼女は眼鏡の端をキラリと光らせた。

 

「なんか面白そうな予感がする」

 

───まあ、追っても振り切られるだろうね。

今回は昼食に専念する事にした薫子であった。

 

 

 

 

(危なかった。薫子にこんなのバレたら一瞬でスキャンダルとして学園中に知れ渡っちゃう!)

 

 

廊下を早歩きで移動しながら、楯無は胸中で冷や汗をかく。

新聞の一面に『生徒会長、熱愛!?』なんて書かれた記事が容易に想像できた。

恥ずかし過ぎてもう表に出れなくなりそうだ。

 

(というより、もしそんなのが流星くんの目に入ったら────)

 

……入ったら、どんな反応をするだろうか。

勿論彼の事だからまさか自分の事だと夢にも思わないだろう。

……それはそれとしてムカつくが。

 

(嫉妬くらいは…してくれるかしら?)

 

ふわんふわんと脳裏で詰め寄ってくる少年の姿が浮かぶ。

意地を張りながらも絶妙に不満そうな表情の彼、壁を背に詰め寄られる自分─────。

 

ありかも、なんて思ってしまったあたりでそれを振り払う。

無意識で開いた扇子には『無念無想』と書かれていた。

 

 

(──急がないと。食べ終わってたなんてオチは御免よ)

 

 

昼休み、今日彼らが屋上で昼食を摂ることはリサーチ済み(・・・・・・)だ。

そこで手料理を振る舞い、彼へアピールする。

まずは胃袋を掴むべし──嗚呼、実に正攻法だ。

 

幸い料理には自信がある。

お金を取れるレベルと言われたこともある。

 

期待と微かな不安が入り乱れる中、階段を駆け上がる。

早く早くと気持ちが急かしていた。

 

 

そうして屋上に辿り着く。

急いだ甲斐あってか、皆食べ始める瞬間であった。

 

 

「いただきます───あれ、どうした楯無?」

 

「っ〜〜〜」

 

着いたと同時に視線が合う。

それだけで言葉が思うように出なくなった。

 

「お姉ちゃん?どうしたの?」

 

妹の声で彼女は我に返る。

──『流星くんにお弁当を作ってきたの』

いつもの調子ならあっさり口に出来る言葉が言い出せなかった。

 

「ちょっと、皆とご飯を食べようと思ってね〜」

 

簪の隣に座りつつ、シュルりと風呂敷の結び目を解く。

───ばかばか!私のばか!

胸中の叫びなど知らず、オレンジ髪の少年は納得した様子だった。

 

「そうなのか。しかしそれって重箱ってやつか?初めて見た」

 

「凄い食べるんですね、楯無さんって」

 

「そ、そうなのよーアハハー…」

 

鈍感ズの言葉を楯無はつい肯定する。

また言い出す機会を失ったと激しく後悔が入る。

 

ふと鈴は流星が口にしているものに気が付いた。

 

「って、流星あんたまた惣菜パンじゃない」

 

「ああそうだけど──ってなんだその視線は」

 

「いまみーダメだよ〜。ちゃんとしたの食べないと〜」

 

「栄養が偏るからダメ……」

 

立て続けに非難され、流星は口を尖らせる。

視線は本音の持つお弁当へと向けられた。

 

「虚さんに作って貰ってる本音には言われたくない」

 

「あー、いまみーひどーい」

 

「酷くないだろ。というかラウラを見ろ、大差ないぞ」

 

流星はそのままラウラの方を指差す───しかし、当のラウラもシャルロットに小言を言われていた。

サプリも併用しているから大丈夫だ!と言い張るラウラにシャルロットも一歩も引かずにいる。

 

「…」

 

分が悪いと悟った流星は何事も無かったかのように食事を再開した。

 

 

(これは───チャンスね?)

 

話の流れから楯無は勝機を見出す。

さあ言い出そう、と彼女が勝ち誇った表情を浮かべたあたりで隣の簪がお弁当を差し出した。

 

 

「…もし良かったら、私の…食べる?」

 

「いや、前にかき揚げも貰ったところだし──」

 

「いいから」

 

「……はい」

 

圧に屈した流星に簪は自身の箸を渡す。

簪のお弁当は所謂キャラ弁。

見ていて楽しいそれを崩す行為が勿体ないと彼は感じてしまう。

しかし食べない訳にもいかない。彼はてきとうにおかずを口に運ぶ。

 

「分かってたけど美味しいな」

 

「良かっ──」

 

「───はーい次はこれ食べなさい流星。絶対美味しいから!」

 

負けじと身を乗り出し、鈴は春巻きを箸で掴んだまま流星の顔に近づける。

睨む簪をよそに鈴は流星の口もとへ春巻きを持っていく。

 

「わかった、わかったから押し付けるな。む─────美味い。まさかと思うけどこれも手作りなのか?」

 

「当ーっ然よ。舐めんじゃないわよ?これくらいどうって事ないんだから」

 

「簪といい手間を掛けてるな。凄いな」

 

無論少年も料理が出来ない訳では無い。

偶に鈴に教えて貰っているのもあり、多少の心得はある。

ただ、このように態々お弁当を作って───なんてしないだろう。

人に振る舞えと言われれば多少手は込むだろうが、こうはいかない。

 

感心する少年。

当の本人達は次は自分だと身を乗り出したまま、互いに睨み合っていた。

 

「鈴、邪魔」

「邪魔はそっちでしょ!」

 

「うまうまー」

 

横でマイペースに箸を進める本音。

サラリと流星の惣菜パンが少し食べられていたりする。

 

 

 

 

(……流星くんの馬鹿、鈴ちゃん達にデレデレして!もういいもん!自分で食べるんだから!!)

 

ゆっくりと食べながら様子を窺っていた楯無は頬を膨らませながら食べるスピードを早める。

 

いつもより彼女が大人しい事に気が付いた少年は、不思議がりながらそちらを見た。

 

様子を見た虚曰く、楯無が前の件を引き摺っている訳では無いとのこと。

心配無用とだけ言い渡されたが─────。

 

 

「……隣いいか?」

 

「りゅ、流星くん、どうしたのかしら!?」

 

「特に何も──強いて言うなら、鈴と簪の争いに巻き込まれそうだから逃げてきただけ」

 

流星は楯無の隣に移動し腰を下ろす。

少女は少年との距離が急に近くなった事に頭がいっぱいになっていた。

もはやお弁当なんて抜け落ちている。

 

そのタイミングで流星は彼女の手もとに視線を落とす。

 

重箱の中、彩り豊かなおかず達が圧倒的存在感を放っていた。

お弁当が輝いてすら見える出来である。

 

────……。

 

「貰うぞ」

 

「あ────」

 

ヒョイと弁当に入っていた唐揚げを口の中へ放り込む。

楯無が何か反応するよりも先に、彼は思わず声を漏らした。

 

「──美味い。……楯無、料理出来たんだな」

 

「なによそれ、私だってこれくらい作れますー。はい、割箸」

 

「ありがとう、随分用意が良いな。…じゃあどうして自信なさげだったんだよ」

 

──いつもみたいに自信満々で居ればいいだろ、と流星は卵焼きへと箸を運ぶ。

──それとこれとは話が違うの!と楯無もまた自身のお弁当を食べながら話を続けた。

 

いつの間にか広げられた重箱。

それを前に食事を進める二人。

 

 

「あんまり失礼な事を言うと取り上げるからね、流星くん」

 

「なんだ。俺のために作ってきてくれた訳じゃなかったのか」

 

「な───!?ま、まさかそんな訳ないわよ!」

くつくつと意地の悪い笑みを浮かべる少年と、慌てて否定する少女。

先の発言も少年側としてはいつもの意趣返しでしかないのだが、状況が状況なだけに見ていた少女達も空いた口が塞がらない。

 

 

 

「ねぇ、ナニアレ。仲良過ぎじゃない?」

「ソウダネ」

「……」

 

 

鈴と本音が虚ろな目でその光景を見つめる。

簪だけは訝しむような視線であった。

 

 

楯無はそれらを気にする余裕がない。

この瞬間が楽しくて堪らない様子である。

 

 

彼と話すことに抵抗が減ってきた彼女は、妄想の中で行っていた行為を実践に移す。

箸でだし巻き玉子を掴み、彼の顔の前に差し出した。

先程鈴も自然と行っていた事である。

 

 

「はい、流星くん。あーん」

 

「───、」

 

「そんな驚いたような顔しないでよ。さっき鈴ちゃんにもやって貰ってたでしょ」

 

流星もそれは理解している。

問題は二点。

じっと見られている事と相手が楯無である事だ。

何か企んでいるのかと考えてしまう。

──『無論、時雨ちゃん的にはGOです』──何か聞こえた気がする少年であった。

 

「じゃあ遠慮なく。───食堂のより美味いな。どうなってるんだこれ」

 

「ふふ、ふふふ。自信作だからね〜。まだまだあるわよ?」

 

流星のリアクションに心底嬉しそうな楯無。

今更であるが、彼の好みの味付けも当然リサーチ済み(・・・・・・)である。

 

 

 

「なあ箒、俺だけかな?どうしてかあの空気は入っていける気がしないんだ」

 

「大丈夫だ一夏。それが正常な反応だ」

 

箒、セシリア、シャルロット、そして一夏もまたその異様な光景に目を丸めている。

鈴達相手とも少し違う絶妙な距離感。

 

 

 

(好感触!これは頑張った甲斐があったわね。こ、このまま毎日作って欲しいなんて言われたりして!?)

 

 

食事の最中にもニマニマしそうになるのを楯無は堪える。

更に楯無は欲を出そうとする。

今度は逆に食べさせて貰おうと言う魂胆だ。

 

「流星くん。今度は私にそ、その─────」

 

 

「ん、お姉ちゃん。これ美味しいね」

 

「───!?」

 

割り込んできた簪に楯無は一気に現実に引き戻される。

簪は弁当の中の肉団子を食べながら、じーっと自身の姉へと視線を向ける。

もぐもぐと食べながらまるで小動物のような雰囲気。

落ち着いた瞳はそれでいて見定めるようであった。

 

(っ、ひょっとしてずっと簪ちゃんに見られてた────?)

 

一連の行動を思い返した楯無は冷や汗が噴き出すのを自覚する。

恥ずかしさと言いしれない罪悪感で最強の生徒会長も思考が止まっていた。

 

 

(好機)

 

 

キラリと簪の眼鏡の端が光る。

唐突に彼女は自身の箸を落とした────。

 

「「あ」」

 

流星が此方を見ているタイミングを狙っての行動。

今流星は割り箸で食べている。

楯無が替えの割り箸を持っているかは不明、しかしこの瞬間は反応出来ない。

 

「簪、良ければだけどこれを使うか?」

「いい、流星のがなくなる…」

「俺は元々惣菜パンだけのつもりだったから問題はないさ」

「…体に良くない。それなら流星が食べさせてくれれば───ゆっくりとだけど二人とも食べられる」

 

自身のお弁当を膝に乗せながら簪は微笑む。

少年は真意に気付かないまま、小首を傾げている。

 

 

 

「まあ──簪がいいなら」

 

断る理由もないと流星は簪から箸を再度受け取り、彼女の口に具を運んだ。

 

簪は勝利の味を噛み締めるようにゆっくりと咀嚼する。

実に幸せそうな表情であった。

 

「……やっぱり簪が自分で食べた方がいいような……」

 

流石に彼も恥ずかしいのか、流星は歯切れが悪そうにそう呟く。

 

「それはダメ」

 

「……ハイハイ、そうさせて頂きますよ簪お嬢様」

 

「その呼び方もダメ」

 

呟きも即座に否定され、彼は仕方ないかとため息をつく。

 

 

 

(───)

 

漸く思考を取り戻した楯無は思わず息を呑んだ。

 

幸せそうな妹と少年───モヤモヤとしたものが、彼女の胸中を占める。

 

喜ぶべき事の筈が、胸が締め付けられるような切なさがこみ上げてくる。

 

───取られちゃう。

 

頭が真っ白になる。

最愛の妹なら良いとか、そういうものは無かった。

 

彼が自分以外の女子とトクベツな関係になる──そんな想像をするだけでおかしくなりそうだ。

 

イヤ。

そんなの絶対イヤ。

 

ぐるぐるとネガティブな考えが頭の中を巡る。

どうすれば振り向いて貰えるのか、なんてまともな発想は浮かんでこなかった。

 

「楯無?」

 

(わ、私ったら何を────)

 

ただ隣から居なくならないで欲しい。

そう彼に縋るように、楯無は袖を掴んでいた。

 

「どうかしたのか?」

 

「!え、えっと────」

 

無意識の行動に気付いた彼女は言い訳が思い付かず。

簪すらも彼女の行動に驚いている中、楯無は言葉を捻り出した。

 

 

「そ、その用事を思い出したからっ!私は先に行くわね!?お弁当は置いていくから好きに食べて!」

 

 

「は?いや待て楯無!?───おい─────!」

 

 

パッと手を離し、まくし立てるように楯無は話す。

納得のいかない流星は彼女を止めようとするも、するりと躱される。

 

瞬く間に屋上を後にする楯無。

どこか呆れた様な簪以外は、暫くぽかんとした表情で屋上の出入口を眺めていたのだった。

 

 

 

 

 

その日の夜───大浴場。

以前の生徒会室、今回の屋上─────華麗に二度目の撤退を実行した楯無は、一人途方に暮れていた。

 

 

(ああもう〜どうすればいいのよ)

 

ちゃぷり、と両手でお湯をすくう。

昼頃から消えないモヤモヤを抱えつつ、彼女は溜息をつく。

 

時刻は23時頃。

一般的な大浴場の使用時間はもう終わっており、ここに居るのは楯無のみである。

 

(……女の子が流星くんと仲良くしているのを見ると、こんな気持ちになるなんて────)

 

知識といった客観的なものとしてなら知っていた。

これでも対暗部組織の長。

あらゆる人間を見てきた事もあり、詳しいつもりであった。

しかし現実、彼女は御しきれずにいる。

 

 

(簪ちゃん相手ですら、こんな感情を持つなんて─────)

 

 

ぼーっと天井を見上げる。

周囲から上がる湯気をなんの気なしに眺めていた。

 

「私って、やっぱり姉失格ね」

 

屋上を去った直後に思った事を言葉にする。

それは湯気と同様、誰にも聞かれること無く虚空に消える筈であった。

 

 

「…お姉ちゃん?」

 

 

「か──かん──っ!?」

 

 

 

ざっぱーん。

 

 

水飛沫──もといお湯飛沫が上がる。

 

言うまでもなく楯無がひっくり返った音である。

すぐ横にいた簪も頭から盛大にお湯を被っていた。

 

 

「簪ちゃん、こんな時間にどうしたの?」

 

 

体を起こし何事も無かったかのように楯無は尋ねる。

気配を殺し近付いていた事には特に触れなかった。

 

「お姉ちゃんの様子がおかしかったから…心配だし、見に来た」

 

半分は、という言葉が入る。

簪には楯無が今どういう状態か察しがついていた。

十中八九ライバルとなったであろう姉の視察も兼ねている。

 

 

「嘘、私そんなに変だった?」

 

「…え?」

 

「待って。なに?その『無自覚だったの?』──って言いたげな顔は」

 

「…無自覚だったの?」

 

「……」

 

恥ずかしさのあまり楯無は両手で顔を覆う。

姿勢も相まって、ぷかぷかと浮力を得た二つの塊が自己主張する。

簪は恨めしそうにそれを見つつ、本題に入った。

 

 

「お姉ちゃん、流星が目覚めた日の夜──屋上で流星と会ってたんでしょ……?」

 

「へ?」

 

思わぬ質問に楯無は固まる。

妹がどうして知っているのだろうか。

 

「二人とも同じタイミングで病室を抜け出してたから、そんな気がしただけ。……図星?」

 

「うう、そうね。簪ちゃんの言う通りよ。──ってもホントに偶然よ?偶然だからね?」

 

「…何を話したの?」

 

「そればっかりは言えないわ……そ、その秘密よ──」

 

「────」

 

簪から目を逸らして秘密と告げる楯無。

今思えば恥ずかしい告白紛いな問答も、自身の内側だけに留めておきたかった。

 

簪はそれ以上詮索はしない。

一番聞きたいことはそこではないからだ。

 

 

「────流星のこと、好き?」

 

「───っ」

 

好き、すき、スキ。

一瞬言葉の意味が飲み込めず、音だけ反芻してやっと飲み込む。

揺れる感情。

波はより大きくなる。

 

誤魔化しきれない───楯無は息を吸い込み、想いを吐露した。

 

 

「うん。大好き────変に律儀なところも、優しいところも、つい無茶をするところも、悪そうな笑顔も、意地を張るところも、オレンジの髪も、傷痕も──全部好き」

 

 

照れ臭そうに口もとを綻ばせる。

屈託のない姉の笑顔を見て、簪は不思議と安堵する。

 

その上で簪もまた内をさらけ出した。

 

「知ってると思うけど、私も流星が好き。───だから、これからは好敵手(ライバル)だね……私達」

 

「そうね。言っておくけどお姉ちゃんは譲らないから」

 

「知ってる」

 

妹だし、と得意げな簪。

楯無はそれもそっか──と頷く。

彼女の内から先までの後ろめたさは殆ど消えていた。

 

 

そういえば、と簪は思い出したように口を開く。

 

 

「……本当の名前を言ったりしてないよね?……刀奈(・・)お姉ちゃん」

 

「まさか、流石にそんな事ないわよ!」

 

腕を組んで自信満々で否定する楯無。

彼女に疑いの目を向ける簪であったが、こればかりは確認のしようがない。

 

「だってこればっかりは家族以外に知られたらダメだし?流石にそこまで考え無しじゃないわよ!?」

 

「だよね」

 

ホッと安堵する姉妹。

片方は内心で冷や汗を流していたりする。

 

 

(考え過ぎ……だったかな。私ならって思っちゃったけど、お姉ちゃんなら無いのかな?)

 

 

(実は言っちゃったけど、家族になって貰うつもりだし問題なし……!予定が早まっただけ───あれ?そうなると私がお嫁に行く訳じゃなくて、彼が婿で来る形になるのよね?…彼って今宮の姓に執着は無さげだったし───更識の姓に……更識流星───うん、良い感じね)

 

 

胸中で言い訳と皮算用を同時に行う楯無。

表情には出さないでいた彼女だが────。

 

 

(……)

 

 

実の姉への理解が深い妹は、ため息をついた。

 

手で作った水鉄砲。

狙いは勿論、物思いに耽ける姉の顔である。

 

 

 

 

 

 

翌日の放課後。

テニスコートの一角で歓声があがる。

それを聞いたオレンジの少年は理由を察してそちらへと足を運んだ。

 

真夏は過ぎたと言うのに、日差しは依然強く気温は高い。

汗を拭いながら流星がテニスコートを訪れると、そこでは試合が行われていた。

 

その脇で座り込んで試合を眺めている少年───一夏がいる。

一夏はテニスウェアに身を包み、どこか疲れた様子でそれらを眺めていた。

一夏は今現在、テニス部に貸し出されている状態だ。

『生徒会執行部・織斑一夏貸し出しキャンペーン』なるものによって。

 

「盛り上がってるな」

「ああ──って流星。忙しいんじゃなかったのか?」

「安心してくれ。絶賛仕事で動き回ってたところだ。貸し出し後頼みたい事があるんだが、いいか?」

 

彼の返事に一夏はうげ、と声を上げた。

それもその筈、一夏の方もその実スケジュールは埋まりきっている。

 

───ところで、と彼はテニスコートの方へ視線を移す。

そこでは並々ならぬオーラを纏って試合に臨む少女達がいた。

恐らく一夏に見られているから──ではないだろう。

 

 

「景品は?」

「俺のマッサージらしい。前にセシリアにしてあげたんだけど、その事が広がってたみたいでさ」

「成程」

 

大方セシリアが自慢したのを羨んだ女子達がこのような催しを考えたのだろう。

彼は腕を組みながら、背後のフェンスにもたれ掛かる。

 

「いいんじゃないか。役得だろ」

 

「緊張して心が休まらねぇよ。下手に手が滑ったりしたら──人生が終わる……っ!いや、〇される────!」

 

一夏は悲痛な声でそう訴える。

異性の体に触れるドキドキ───以上に命の危機のドキドキの方が遥かに大きいようだ。

誰に〇されるかは候補が多過ぎて考えようが無い。

社会的にか物理的にかも謎である。

 

 

「流星」

「ナシ」

「俺まだ何も言ってないだろ!?」

「無し!どうせ俺がマッサージ手伝うとか?代わりにするとかそういうのだろ」

「そこを助けると思って!」

「駄目だ──大体、皆お前のマッサージを受けたいからああなってるんだろ。ここで景品が変わるのはガッカリすると思うぞ」

 

彼の良心を揺さぶる形で流星は断る。

畜生ー、と一夏は頭を抱えるしか無かった。

 

一方で試合はいつの間にか決勝戦。

片方のコートには見慣れた金髪───セシリアが立っている。

 

一夏はセシリアを見つつ、思い出したように疑問を口にした。

 

「セシリアか。最近少し余裕が戻ったけど、結局どうして悩んでたんだろう。流星は知ってるか?」

 

「察しはついてる。俺も幾つか聞かれたからな。とはいえ、俺が言える事なんてひとつもなかったんだが」

 

「どうしてだよ、流星も狙撃得意だろ?───あ、BT兵器に関してだからか」

 

「それもある。けど俺とセシリアだと、そもそも狙撃手としてタイプが違うんだよ。俺は最適を目指し、あいつは最高を叩き出す狙撃手だ」

 

「?」

 

「要は武装の性質問わず、狙撃に関してすら互いにアドバイス出来ないって事。BT兵器の事となれば代表候補生の誰も力になれないのさ」

 

だから本人が自力でどうにかするしかない。

流星はそこまで言葉にはしなかった。

 

「その様子だとそんなに心配して無さそうだな、一夏」

 

「ああ。セシリアならどうにかしそうだって思えてさ」

 

笑顔を見せる一夏。

流星も二日前までのセシリアよりも元気そうな彼女を見て、静かに頷く。

 

男子二人は改めてテニスコートへと意識を向けた。

 

揺れる金髪、日差しを反射し煌びやかに光る汗、しなやかな躯。

一挙一動から優雅さが滲み出ていた。

対面する少女の闘志が更に燃え上がる。

 

「激戦だなぁ」

「並々ならない執念を感じる…」

 

男子二人が見守る中、試合は進む。

激闘は結局セシリアが制する形となった。

 

今一歩届かなかった対面の少女は座り込んで悔しさに打ちひしがれている。

 

 

「おつかれ、セシリア。見事に優勝したな」

 

「はぁっ……と……当然、ですわ……!はぁ……はぁ……」

 

勝ったセシリアを労いながら、一夏がスポーツドリンクとタオルを渡す。

優勝まで試合を重ねた事もあり、流石のセシリアも息を切らして辛そうである。

そんなセシリアに頼まれ、一夏はタオルで彼女の顔の汗を拭った。

 

「あー!」

「セシリア何してるのーーー!」

「優勝した癖にずるい〜!」

 

「ずるくありませんわ!勝者の特権でしてよ」

 

悲鳴にも似た声と共に非難の嵐。

しかしセシリアは強気に胸を張り、それらを跳ね除ける。

 

ぐぬぬ、と悔しそうなテニス部員女子達。

ふと何か閃いたのか彼女らの視線は改めて一夏へと向けられた。

 

「こうなったら織斑くん、私達にもサービスしてよ!」

「着替えの時に背中拭いてよー」

「私も汗でびっしょりだからお願いしたいなぁ」

 

「いいわけ無いだろ!?大体着替えの時だなんて────」

 

詰め寄られる一夏。

彼もまた年頃の男子だ。

ついついその状況を想像してしまい、言葉が詰まる。

ほんの少し顔も赤くなっていた。

ブンブンと頭を振りそれらを瞬時に振り払う。

 

「駄目だ駄目だ!そういうサービスは対応外!」

 

「えー!」

 

ブーイングが湧き上がり、一夏は断固として否定する体勢に入る。

狙いをもう一人の男子に変える者もいる中、オレンジ髪の少年は全てスルー。

 

「まあ待て、遠慮するな一夏」

 

顎に手を当て、一夏を見てニタリと笑う。

きっと彼の事だ。

先程言葉が詰まった理由を察しているのだろう。

どこかの水色の少女と重なって見えたと一夏は後に語る。

 

 

「お前がそうしたいなら副会長権限でどうにかしてやるが──」

 

 

盛り上がるテニス部員達。

 

この場をどう切り抜けるかを全力で考え始める一夏であった。

 

 

 

 

 

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