IS 灰色の向こうに   作:ズーキー

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遅くなり申し訳ない。
リアルの方でゴタゴタしてました。。。


-83-

 

 

一夏のテニス部貸し出しの翌朝。

本来ならゆったりとした朝食のひとコマは消え去り、代わりに食堂には糾弾するような声が響き渡っていた。

 

「どういうことだ一夏!」

「どういう事かな!?一夏!!」

 

詰め寄る箒とシャルロット。

落ち着けと一夏は手で制しているが、彼女らの勢いはそれで収まるはずがない。

 

目が据わっている箒と少し泣きそうなシャルロット。

どう見ても冷静でない。

 

 

「なんの騒ぎよ」

 

 

遅れて食堂にやってきた鈴が座りながら流星へと視線をやる。

彼女はトレーをテーブルに置き、戴きますと手を合わせる。

少年は肩を竦めてみせた。

 

「さあな、俺も今来たところだし」

「ふーん。本音と簪は?」

「朝方にアニメ見ながら間食挟んじゃったから、ご飯はいらないってよ」

「あの二人も相変わらずね」

 

鈴はそう呟きながらずるずると麺をすする。

 

「朝から拉麺かよ」

 

「今日はそういう気分なの。あんたこそもっとガッツリしたのを食べなさいよ。疲れてるんでしょ」

 

「今回は食後のデザートがあるから問題なし」

 

「あんたも相変わらずみたいね」

 

得意げな顔でデザートの皿を見せる流星。

ガラスの皿にはアイスケーキが乗っていた。

皿が冷やされており、皿とトレーの間には断熱用の特殊な小皿がある。

故にすぐには溶けないのだろう。

 

 

「──で、何があったのよ」

 

 

鈴は箒達に向き直り問いかける。

それに返事をしたのは少々不機嫌なラウラであった。

 

「今朝、一夏の部屋からセシリアが出てきたのだ」

 

「──へ?」

 

衝撃的な言葉に鈴は理解が遅れた。

そこに畳み掛けるようにシャルロットが言葉を続ける。

 

「それもパジャマ姿でね。ふふふ、どういうことかな。説明してほしいなぁ」

 

黒いオーラを放つシャルロットに一夏は震え上がる。

こうも圧をかけては聞きたい事も聞き出せない。

逆効果だなぁと、流星は食事を続けていた。

 

「セシリア?」

 

困惑する鈴はBLTベーグルを食べるセシリアへと問いかける。

まさかあの唐変木か?と彼女の幼馴染み視点での動揺も当然のもの。

鈴は落ち着くべくお茶を啜りながら耳を傾けた。

 

セシリアはここぞとばかりに胸を張り、得意げに話す。

 

「一組の男女が一夜を過ごしたのですわ!つまり、そういうことでしてよ」

 

「なんだ。つまりヤったのか」

 

「────ブーーーーーーッ!?」

 

衝撃的な発言に鈴は思わずお茶を吹き出した。

まさか彼の口からそんな発言が飛び出すだなんて、夢にも思わなかったのだろう。

 

シャルロットと箒も目を見開いて固まっている。

 

吹き出した大量のお茶はすぐ目の前にいた流星が被ることになった。

 

 

…。

 

 

一瞬の静寂。

それを破ったのは他ならぬ流星であった。

彼は不満げに口を開く。

 

「鈴……お前な……」

「げほっげほっ……あんたが急に変なこと言うからでしょーが!どうしてくれんのよこの空気!」

「この件をハッキリさせないと尾を引くわ馬鹿!というか、だ!セシリアに聞いた時点でお前が発端だろ」

「もっとオブラートに包みなさいって話よ馬鹿ぁ!」

 

互いに少し言い合い、注目を集めていることに気が付いた辺りで二人はコホンと咳払いをする。

意味がわからず首を傾げているラウラをおいて、流星は一夏の方へと視線をやった。

 

「結局どうなんだ一夏」

 

「待て待て!昨日セシリアにマッサージをしただけだって!流星もマッサージの件は知ってるだろ!?その途中でセシリアが寝ちゃったから泊めただけだって!!」

 

真っ赤な顔で必死になりながらも、簡潔に弁明してみせる一夏。

それにより箒達はホッと安堵の息を漏らした。

 

「なんだ……まあ、そういうことなら……」

「そっかぁ……良かったぁ」

 

「そんなに否定なさらなくてもいいのに……」

 

箒とシャルロットはヘナヘナと力なく席に座り込む。

大惨事は免れたようであった。

一方でセシリアは口を尖らせているが、一夏は気付かない。

皆が食事を再開する中、ラウラは不思議そうに小首を傾げていた。

 

「流星。さっきのはどういう意味だ?」

 

「……。シャルロットにでも聞いてくれ。こういうのは同性から聞く方が良いだろ」

 

「?そうなのか。それでどういう意味なのだ、シャルロット」

 

「えぇぇぇっ!ぼ、僕!?」

 

彼女の生い立ちを考えれば知らぬのも無理はない。

これもいい機会だろう。

少年はひとまず彼女のルームメイトに丸投げした。

これは同性から教えられた方が良いはず、という良心故にだ。

 

決して、面倒くさかったからなんて理由ではない。

 

「と、ところで一夏!どうしてマッサージする事になったの?」

 

(逃げたわね)

(逃げたな)

(逃げましたわね)

 

ラウラの質問から逃げるようにシャルロットが慌てて話題をふる。

一夏は先日のテニス部の騒動を思い出し、溜息をついた。

 

「生徒会の貸し出しでテニス部に行ったんだけど、マッサージが優勝賞品のトーナメントが何故か行われる事になってさ……」

 

「あー……うん、おつかれ」

 

朝から遠い目でぐったりとする一夏。

 

そこへ通りかかるは寮長にして担任、彼の姉───織斑千冬。

朝の食堂────皆の緩んだ空気も彼女が通るだけで引き締められるのが分かる。

相変わらずスーツが似合う女性である。

 

そんな千冬の鋭い視線が実の弟へと向けられた。

 

「朝からなんの騒ぎかと思えば───織斑、寮の規則を破ったようだな」

 

「ち、ちふ──織斑先生……!き、規則って……?」

 

「特別規則第一条、男子の部屋に女子を泊めてはならない。一夏、お前忘れてただろ」

 

「そうだった……」

 

特別規則と聞いて思い出した一夏の顔が青ざめる。

無理もない。

ただでさえ多いIS学園の規則に、特別規則まで覚えておくのは困難である。

 

「という事で、オルコット───反省文の提出を忘れないように。それと織斑には懲罰部屋三日間をくれてやる。嬉しいだろう?」

 

「はい……」

「あ、ありがとうございます……」

 

がっくりと項垂れるセシリアと一夏。

もう一人の少年は素知らぬ顔でデザートを食しつつ、ちらりと千冬を見る。

思い出すのは彼女とそっくりの顔─────サイレント・ゼフィルスの操縦者。

 

(……)

 

「今宮」

 

「───、はい。どうかしたんですか?」

 

不意に千冬から声を掛けられ、流星は考えを中断する。

千冬の方へ向く流星を彼女は一瞬じっと見た。

 

「一応安静にはしているようだな。──用件だが、先程米国(アメリカ)政府から武装が届いたらしい」

 

「!もう来たんですか。というか、時雨すら全快してないんですけど……」

 

流星は驚いた表情を浮かべる。

話は聞いていたがこうも早く届くとは思わなかったらしい。

 

「確かに実戦は無理だが、武装の試し撃ちや調整位なら可能だろう。データ収集用のプログラムは第三アリーナ側で準備している。後で申請しておけ」

 

「はい。ありがとうございます。それで武装の方の納入先は?」

 

「格納庫から既に第二整備室に移動させてある。他に質問はないな?では遅刻しないように」

 

千冬は話し終えると背を向けスタスタと席を離れる。

IS学園の教師である彼女もまた多忙なのだろう。

 

話が済んだとデザートへと意識を戻す流星。

 

──去り際に千冬はチラリと振り返った。

 

「そういえば────お前に用があると探している奴が居たぞ」

 

「用がある──?」

 

そのまま立ち去る千冬。

流星は不思議そうにスプーンを咥えながら眉をひそめた。

 

 

同時に────彼の肩をポンと誰かが叩く。

 

 

「暫くぶりっス。思ったより元気そうじゃないスか、今宮」

 

「あ───フォルテ先輩……」

 

少年が振り返った先にいたのは三つ編みの少女。

小柄で猫背な彼女は、普段からは想像もつかない程ニコニコとした笑顔であった。

 

額に、青筋が浮かんでいる。

 

「あー……」

 

そういえば、と彼は思い返す。

フォルテ・サファイアにはコーチをして貰っていたのだった。

 

無論、先日の騒動からは会っていない。

ロシアへ向かった日───特訓の約束も全部放置して以来である。

 

「なーんか色々あったみたいっスね。細かい事は知らないっスけど……ひとまず、代表候補生入りおめでとうっス」

 

「ありがとうございます。あの、目が笑ってないんですが」

 

「いつもこんな感じっスよ?変な事言うなっス」

 

フォルテと流星の関係性がイマイチピンと来ないのか、一夏達は首を傾げている。

 

流星自体は冷や汗を思わず流していた。

 

肩を握る手から冷気を感じる。

これは恐らく気の所為ではないだろう。

 

「……すいませんでした」

 

「別にそこは良いっス。謝って欲しい訳じゃないんで。──理由も何も無く約束ブッチはありえないっスよね?言い訳───もとい理由くらい説明するのが筋じゃないっスか?」

 

徐々に圧が強くなるフォルテ。

ピシ───と肩部がほんの少し凍った気がした少年である。

 

 

フォルテが詳細を知らないのは無理もない。

あの一件における───福音のコアに関わる話やロシアの話は丸々機密となっている。

それにより、各国の上層部のひと握りが多少知っている程度のもの。代表候補生は普通知らないのだ。

 

───言える訳がない。

機密と話すのすら、この件に関しては問題なのである。

 

(……)

 

仕方がない。

流星は忘れていた、と敢えて回答しようと考える。

 

 

そんな中、フォルテのさらに後方から思わぬ助け舟が出された。

 

 

「もういいだろフォルテ。そうやってオレの後輩を虐めんなよ」

 

「!」

 

「ダリル先輩、優しくないっスか?こっちはずっと待ちぼうけ食らってたんスよ?」

 

「どうせそいつが言うとは思えねーけどな」

 

高身長の金髪少女はニヤニヤと楽しげな様子でフォルテを宥める。

そうやってダリルは二人の間に自然と割って入る。

渋々引き下がるフォルテを他所に、ダリルは座る彼の首に腕を回した。

 

「ってわけで今後もヨロシクな、後輩くん。分からない事があったら教えてやらなくもねーぜ?」

 

「あー、それはありがたいです」

 

流星としては実に嬉しい申し出。

ナターシャらに連絡しようにも時差の問題もあったりする分、恩恵は語るまでもない。

 

「そういやよ」

 

得意げな表情から一転。

ダリルはふと思い出したように目を細める。

奇妙なものを見るような視線を少年に投げかけた。

 

「お前、どうしてずぶ濡れなんだ?」

 

「……触れないで下さい」

 

 

 

 

 

 

「これか────」

 

放課後、整備室。

教えられていた区画に訪れた流星は現場を見た瞬間、そのように呟いていた。

 

「────」

 

彼の眼前にあるのは数多の武装。

スナイパーライフル、アサルトライフル、サブマシンガン、ナイフを始めとした汎用武装。

 

そして────。

 

「誰が使うんだよ、こんなの」

 

思わず彼は溜息をつく。

少年の視線の先にあるのは、長い砲身に大型の銃口が付けられたものだ。

 

逆手持ち用の持ち手に、腕部装甲へ固定する為の物々しい機構。

一見するとバズーカに見えるソレが打ち出すのは、弾丸ではない。

 

 

その武装が打ち出すのは大型の杭───パイルバンカーと呼ばれる超近接武装であった。

シャルロットが持っていた灰色の鱗殻(グレー・スケール)とも違い、盾の裏に仕込まれたものでもなく、それより口径も大きい。

 

 

 

まさかこんなものが送られて来るとは夢にも思わなかった流星である。

少年は迷わず端末を手に取り、通話を始める。

数コールも待たず相手はそれに応じる。

掛けた先は勿論─────。

 

『はぁーい、急に掛けてくるなんてどうしたのかしら。もしかして私が恋しくなった?』

 

「……、どういうことだナタル」

 

『その様子だともう届いたみたいね。──武装が足りなかった?』

 

少年に対し、ナターシャ・ファイルスは明るい声色で返す。

大方流星の不満を理解しているのだろう。

向こう側で笑みを浮かべているであろうイーリスへ彼は口を尖らせる。

 

「その逆だ。時雨の汎用武装を米国(アメリカ)製に置き換えるって話じゃ無かったのか」

 

『開発側が勝手に用意したんだもの、仕方ないじゃない。無いよりある方がいいと思うけど?』

 

「確かにそうだけど、特にパイルバンカーなんて使い勝手が悪いだけだ。打ち込む度に負荷がかかるから1回使ったらその戦闘ではもう使えないし、自己修復があると言ってもメンテナンス性は最悪。……お前、俺が嫌がるの分かってただろ」

 

あら鋭い、とナターシャは喉まで出かかった軽口を飲み込む。

事実手配に協力したナターシャも、少年の反応と武装の趣向を理解した上でOKを出している。

 

『そうね。けどOKしたわ。面白そうだったし』

「おい」

 

ただ、それだけでないのも事実。

開発側の意図は『無量子移行(ゼロ・シフト)』による運用を想定して用意したものだ。

当然その技術に特化した武装───ではないが、そうした場合の強みは語るまでもない。

 

『それに流星くんも理由は分かってるのでしょう?なら大人しく受け入れなさい。尤も───流石のあなたも使いこなすのに苦労するでしょうけどね。というか『打鉄』を特化させて運用したみたいだし、今更でしょう?』

 

「…分かったよ。使えばいいんだろ使えば」

 

『じゃあ頑張ってね』

 

流星は不貞腐れながら通話を切る。

改めて置かれている武装へと視線をやった。

 

 

「あれ?流星…今日は生徒会の仕事はいいの?」

 

同時に投げかけられる横からの声。

彼が視線をそちらにやると、そこには簪の姿があった。

 

「あるにはあるんだけど、今日は調整が済んでからになるな」

 

「調整?『時雨』のなら今出来ることはやったはず……?」

 

「ああ、だから『時雨』の調整じゃないんだ。政府側から武装が届いたんだけど────」

 

と、端末を仕舞いつつ流星は背後の武装の内容を改めて思い出す。

パイルバンカーにガトリング砲、その他試運転用の武装の数々。

 

見せてしまえば、簪の向上心(メカニック魂)を刺激しかねない。

 

刺激すればどうなるか。

調整と試運転が終わらなくなる可能性大である。

 

スス──と彼は簪と武装の間に割って入る。

 

「流星?」

 

「……汎用武装を全部米国(アメリカ)製にしてデータ収集もしなくちゃいけないからな。時間がかかるんだ」

 

「そうなんだ…手伝った方がいい…?」

 

「そこまでじゃないさ。ありがとう簪」

 

あっさりと断る流星。

少し残念そうな表情を浮かべる簪────少年はなんとも言えない罪悪感に襲われる。

 

とりあえず、近くの区画へと作業にもどる簪。

管制システム周りとブースターの調整をしているとのことだった。

 

安心した流星は自身も作業に取り掛かる。

金属の音と少しのシステム音。

黙々と作業する流星と簪の間には当然言葉などない。

 

久しくも感じる見慣れた光景。

とすれば、次に整備室に訪れる人物は決まっていた。

 

「やっほー、かんちゃん。手伝いに来たよー」

 

「!」

 

「本音か」

 

「およ?いまみーもいるー。あ、そっか〜。ナタっちさんが言ってたやつが届いたんだね〜」

 

本音はブカブカの袖を振りながら流星のもとへ駆け寄る。

彼女の言に流星は目を細めた。

 

「まあな。ってあいつから聞いてたのか本音」

 

「うん。ナタっちさんがいまみーがきっと気に入るって言ってたけど、何が追加で来たのー?」

 

「別に面白いもんじゃないぞ。汎用武装ばかりだし」

 

「ふーん、それとは別に特注のが幾つかある───ってナタっちさんが言ってたよ?」

 

「……」

 

不味い──と流星は内心冷や汗をかく。

特注という言葉に作業中の簪の耳がピクリと動いた──気がした。

 

「どうしたの?いまみー」

「なんでもない。それより簪を手伝いに来たんだろ?……生徒会の仕事はいいのか?」

「今日の分は終わらせたからねー」

 

本当か?と訝しむような視線を流星は向ける。

とはいえ虚とは担当が違ったり、楯無や流星のように国家代表or候補生としての用件もない。

 

「ふっふっふ、隙あり〜」

 

「な──おい───!」

 

考える流星の不意をつくように本音は彼の隣を通り抜ける。

 

数歩前へ。

置かれた武装の数々を目の当たりにしながら彼女は歓声をあげた。

 

(本音のやつ───さてはナタルから中身を聞いてたな!?)

 

今更だが本音は整備科志望。

簪程ではないにしろ、珍しい武装を前にはしゃいでしまうのは当然である。

 

「うわーすごーい。ガトリング砲に連装式レールカノン……パイルバンカーまである〜」

 

「……パイル、バンカー?」

 

「……」

 

流星が本音の肩を掴むも時すでに遅し。

聞きつけた簪が目の色を変えてこちらの区画へ再度飛び込んでくる。

 

「これは──っ……!」

 

そして眼前のそれらを見て、彼女は感動を露わにする。

 

目をキラキラと輝かせる簪を見て、彼は頭を抑えた。

 

「ね、ねぇ流星───!」

 

(今日の調整、終わらないかもな─────)

 

 

 

想像通り流星の武装調整──及び試運転はある二名の暴走により、寄り道に寄り道を重ねる事に。

 

知識的な面で言えば、プラスになる部分ばかりである。

しかし────如何せん流星は特化型の武装を基本好まない。

最低限で済ませようとした少年とそれを許さない少女達。

 

生じる熱意の差。

疲れを感じるのも無理はなかった。

 

その日の夜。

漸く試運転を終えた流星が部屋に戻ってきたあたりで、端末へと連絡が入る。

 

「…刀奈?どうしたんだ?」

『〜っ』

 

不意打ち気味の名前呼び。

あまりに自然と出たそれに怯みつつ、刀奈───楯無は思考を強引に切り替える。

端末の向こうでは、一瞬にして更識当主の(かお)になっていた。

 

 

『ちょっと頼みたい事が───というよりは仕事ね』

 

 

 

 

 

 

 

流星に与えられた仕事はわかりやすいものであった。

 

不審な動きをする人物の無力化、及び拘束である。

対象は織斑一夏の地元で何やら嗅ぎ回っている者達。

 

とはいえ亡国機業(ファントム・タスク)のような国家規模で暗躍する組織ではなく、一部企業に雇われた小規模の集団だった。

調べる程度なら問題は無い。

しかしきな臭いものを嗅ぎつけた更識はこれを放置せず、早めに摘むことにした。

 

派遣されたのは流星含む実力者数名。

相手の武装は知れたもの。

 

 

当然、仕事は驚くほどスムーズに片付いた。

 

 

(…思ったより早く暇になったな)

 

 

日がまだまだ照らし続ける中、彼は歩く。

一応、学園まで送ろうかと更識家の人間に提案されたが断っている。

折角近くまで来たのだし、と彼はある場所を目指していた。

 

(───)

 

五反田食堂。

以前一夏と共に訪れた場所である。

額の汗を拭いつつ、彼は店に入っていく。

出てきたついでに一夏の誕生日プレゼントでも買おうと考え、友人である五反田弾にその助言を貰おうという発想だ。

昼時はとっくにすぎている為客は殆どいない。

 

彼が店に入った瞬間、店主である筋骨隆々の老人───五反田厳が思い出したような表情を浮かべた。

 

「いらっしゃい──ってああ、前に来てた───」

 

「はい、一夏と弾の友達の今宮流星です。弾は居ますか?」

 

「あー、弾のやつならさっき楽器がうんたらとかで出ていったところだ。すぐには戻って来ねぇと思うな」

 

「…そうですか」

 

どうやら入れ違いになったらしい。

流星が礼だけ告げて去ろうとすると、厳は顎に手を当てたまま彼を呼び止めた。

 

「おう、若ぇの──さっき今宮───つったか?」

 

「?はい」

 

中華鍋を片手に眉を顰める男性。

流星は意図がよく分からず首を傾げていた。

 

「…変な事を聞くようだけどよ、母親の名前───茜って言わなかったか?紅い髪で弾と同じくらいの年齢のお子さんがいたと記憶してるんだが───」

 

「────、そんな名前だった気がします。あと髪は紅かったですね」

 

「なんだ?母親の名前を覚えてないのか」

 

「俺が10歳位の時に亡くなったので、あやふやで────」

 

「……そいつは悪いことを聞いちまったな。詫びと言っちゃなんだが、何か食うか?」

 

申し訳無さそうにする厳に対し、流星ははにかんで見せる。

その必要はないだろう。

──だって、特に何も感じないのだから。

 

「大丈夫ですよ。気にしてませんから。気持ちは有り難いんですけど、今食べたら夜が食べられなくなるので──遠慮しときます」

 

「…そうか」

 

中華鍋を片手に返事をする男性。

流星は間髪入れずに逆に問いを返す。

ただの興味本位だった。

 

 

「どんな人だったんですか?」

 

カウンター席に腰を下ろす。

コトリと置かれる水が入ったコップ。

炎天下を歩いてきた少年の喉を水が冷やした。

氷がぶつかり合う音。

飲み干した彼の表情を見て、厳は安堵した。

 

「端的に言えば大食らいだな。うちで大食い用のメニューも企画した事があるんだが、ペロッと平らげちまってたよ」

 

「へ?」

 

「そんな馬鹿な───ってな。まったく、あんな細い体の何処に入るんだって常連も皆驚いてたぜ」

 

「…そりゃあ、印象に残りますね」

 

なんというか──よく分からない気まずさに彼は襲われる。

彼としても推定実の母親がそのような人物だとは思わなかったらしい。

 

「まああの嬢ちゃんも、なんだかんだあってうちの常連でな。どっか抜けてるが明るくてノリが良かったなぁ」

 

「…ここら辺に住んでたんですね」

 

「ああ、高校の教師をしてたって話してたな。確か───誰かの担任だって覚えてたんだが───あー、誰だったか」

 

厳の話を聞きつつ、流星は1人納得する。

道理で───篠ノ之神社周辺に既視感があった訳である。

───ならば。

 

(千冬さんに既視感を覚えたのも…どこかで会ってたからか?)

 

ご近所さんだったというオチなのだろうか。

如何せん両親の死以前の記憶は朧気なもの。

どうしても確証は得られない。

 

「でな────」

 

彼が思考する中、厳は話を続ける。

この店での母親の話は流星が考えているよりずっと多かった。

人が良く、お節介を焼く───どこにでもいる普通の人間。

 

 

「───こんなもんか。俺が知ってる嬢ちゃんの情報はこんなもんだ」

 

「ありがとうございました。水もご馳走様です。弾や蘭にも宜しく言っといて下さい」

 

「おうよ。今度は飯食いに来な」

 

流星は静かに礼を告げ、店を後にする。

クーラーの聞いた店内から一転して、照りつけるような日差し。

思わぬところで聞いた情報。

彼は改めて周辺を見て回る事にした。

 

とりあえず篠ノ之神社へと彼は足を運ぶ。

神社への裏手の道へはすぐだった。

 

 

 

「─────」

 

 

そこで不意に目に銀色の髪の少女が目に留まる。

 

ラウラと同じような髪に似た顔付き。

細部から別人と分かる───ただ、それよりも内側から揺さぶられるような衝撃を彼は覚えた。

 

「っ」

 

ズキリと頭が痛む。

偶にくるこの感覚に対し、流星は初めて違和感を覚えた。

すぐに持ち直し、銀色の少女を追う。

 

 

 

「!」

 

近付いたあたりで彼の視界は一瞬で真っ白な空間へと変貌した。

上下左右全くの区別がつかない。

 

(これは─────!)

 

不可解な現象に目を見開く。

理解よりも先に本能が警鐘を鳴らした。

 

 

「!」

 

驚きは流星ではなく、相手のもの。

頭上からの一振りを間一髪で彼が躱して見せたからだ。

 

(視覚は役に立たない。他は無事そうだがこの状況で戦闘は困難───離脱したいが……)

 

開けた場所でもなく、上下左右の視覚情報がない今は闇雲な飛行は悪手。

そして、言うまでもなくISでなければこの出鱈目は起こせない。

彼は即座に『打鉄─椛』の腕部を部分展開、小太刀を手にした。

 

 

周囲の景色の記憶を頼りに彼は躊躇なく走り出す。

ISで元々の座標は割り出せている。

視覚情報以外はどうやら生きているらしい。

 

「!」

 

金属音が辺りに響く。

それはナイフか何かを弾いた音だった。

 

熱源やそういったものは感知できる。

流星は走る中自身へと迫るソレを振り払い進んだ。

 

ISのセンサーによると他に人はいない。

篠ノ之神社の裏手の開けた場所ならば、飛行による離脱も望めるだろう。

その最中にこの空間を抜けられるなら御の字。

 

「───」

 

チカチカと視界が変化する。

見え始める周囲の景色。

効果範囲が存在するのか、はたまた時間制限か。

 

(なんにせよ───もう出られそうか)

 

裏手の高台に出る。

同時に白い空間を抜け出し、彼は再度驚愕を露わにした。

 

 

「やぁ、今度は少しぶりかな──凡人」

 

 

ピコピコと動くうさ耳のカチューシャ。

紫の長い髪を風に靡かせながら───眼前に居た天才は微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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