IS 灰色の向こうに   作:ズーキー

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「やぁ、今度は少しぶりかな──凡人」

 

 

篠ノ之神社の裏手───その高台。

俺を待っていたのは、かの天才こと『天災』篠ノ之束博士だった。

疑問だらけだが、考えている暇はない。

博士は言うまでもなく戦闘=敗因となる織斑千冬タイプだ。

 

「!」

 

ジャリ、と背後から先程の少女の気配。

挟まれないように横へと跳んで二人を視界に収める。

 

…なるほど。

あのデタラメな能力も博士側の人間だからか。

 

「っ」

 

相変わらず頭痛が酷い。

ガンガンと内側から揺さぶられるようで、おさまる気配はない。

 

「ありがとうくーちゃん。下がっててくれていいよ〜」

「はい。それでは失礼します───」

 

博士の言葉に従い、『くーちゃん』と呼ばれた少女はその場を立ち去る。

一礼してその場を立ち去る姿は、さながら精巧な人形のような美しさと儚さが見て取れた。

態度からして───あの少女も博士の身内なのだろうか。

 

 

「用件は何だ?」

 

間合いを意識しつつ、問いかける。

あの時のように敵意らしい敵意はない。

ただ誘導の為とはいえ先程の襲撃もあったのだ。

警戒するに越したことはなかった。

 

博士は飄々としたまま。

半歩下がり改めて俺と向き直った。

 

 

「────私と一緒においでよ、凡人」

 

「な────」

 

思わず呆気に取られた。

唐突な提案だが、博士の目は本気だ。

意味もわからずにいる俺に対し、博士は口を開く。

 

「説明するとそのコアは数少ない特別製───人間を学習する上でほぼ全てのISから人間のあるものを蓄える仕様なんだ」

 

「──」

 

「反応が薄いね。やっぱり勘づいてたんだ?───『同調』までしてたんだ、アレが何か分からない筈がないよね」

 

 

ああ、そう言えば───と博士は思い出したような口調になる。

顎に人差し指を当てながら、ス───と目を細める。

言いしれない悪寒が全身を走り抜けた。

 

 

「にしても───君はどうして平気なのかな?」

 

「っ────」

 

ぞわり、と首もとに纏わりつくような感覚。

───そんな事分かり切っている。

 

今宮流星はとっくに壊れているからだ

 

そう突き付けるような博士の視線を振り払うように、俺は言葉を返す。

 

「…凡人が知るかよ。それより『時雨』とその操縦者(オレ)にアンタは何を求めてるんだ?」

 

問いに対し、博士は笑みを浮かべた。

いつになくその表情は子供っぽくも冷徹で───蠱惑的なものだった。

何故か懐かしいと思った。

 

 

「そこから先を話すかは君の選択次第だねー。勿論、タダとは言わないよ?君の望むものを望むだけ用意しよう。衣食住も心配はいらない。ああ──今の生活を続けたいなら多少は融通をきかせてあげてもいいよ?なんたって束さんは天才だからね───」

 

 

再び博士は俺の顔を覗き込む。

彼女の望むもの──『時雨』の仕様の目的。

分からない事だらけだが、答えは決まっていた。

 

「断るよ。多分それロクな事じゃないだろ」

 

「ありゃりゃ振られちゃったか───まあいいや、どうせ元から期待してなかったからね〜。とっくに用済みのコアだし問題なし(モウマンタイ)!」

 

直ぐにいつもの(・・・・)空気切り替わる博士。

彼女の提案もあくまでついでといった様子だった。

 

「っ────」

 

ぐらりと視界が揺らぐ。

先までの頭痛はなりを潜めたとばかり考えていたが、そうではないらしい。

一際大きな痛みの波。

よろける俺を博士はじっくりと観察していた。

 

「体調が良くなさそうだね?診てあげようか?」

 

「アンタ医者じゃないだろ。…そこらの医者よりはよっぽど頼りになりそうだけど───」

 

「正しくはどんな名医よりもかもしれないよ?ささっ束さんに任せて横になりなよ────サンプ───じゃなくて患者として治療してあげよう!」

 

近くの長椅子に座り、博士はポンポンと膝を叩く。

それに従うような警戒心ゼロの奴はこの世に居ないだろう。

…居たとしてもすぐこの世から退場してるな。

 

「今サンプルって言いかけただろ。治療って何する気だよ」

 

「えー、ちょっとした言い間違いだよ?ほら───今なら大丈夫かも。ウェルカム凡人!束さんはワクワクが止まらないのだ!」

 

博士は手を顔の横でワキワキと動かす。

整った顔立ちも相まって可愛らしい仕草ではあるが、あまりにもおっかない。

 

話している間に、自然と痛みが引いていく。

……やはり一過性のもの?働き過ぎだったりするのか?

 

「その手つきをやめろ、せめてもう少し取り繕ってくれ。……というか、俺は『時雨』に気に入られただけの存在なんだろ?一夏と違ってサンプルにもならないんじゃないのか」

 

「んー?男性IS操縦者って意味合いなら、私からすれば君達二人共(・・・)その価値はないね」

 

「なんだと?」

 

今なにかさらりと気になる事を言ってなかったか。

俺だけでなく、一夏もサンプルにならない?

 

考え込む俺を他所に博士は立ち上がった。

 

「さーて、色々と把握出来たし聞くこともない──束さんはもう行くね」

 

「…待て」

 

「まだまだ聞きたいことがある───って顔だね。けど君如きが知る必要はないよ。あくまで君はあの母親と同じで凡人……そこらの石ころのひとつ。ちーちゃんのようにはなれないからね。そこら辺を弁えていないと早死にするぜ☆」

 

「───!」

 

軽い口調で物騒な事を告げ、彼女は神社方面の林へと消えていく。

後を付けようかと考えるよりも先に、博士の気配は直ぐに消えた。

視界は良くない場所だ。

博士と俺の実力差を考えれば、追うだけ無駄なのは明白だった。

 

完全に治まった頭痛。

誰もいない空間で俺はひとり、疑問を口にするのだった。

 

 

「…悪意や負の感情なんて蓄積させて、一体何に使うんだよ────」

 

 

 

 

 

 

 

 

────林の奥、元々用意していた隠し通路を篠ノ之束は愉しげに歩く。

鼻歌を歌いながら、まるで遊びに行く子供のように。

聞こえていない筈の少年の問いにでも答えるように、彼女は呟くのだった。

 

「それはもう──とっても楽しい事の為だよ─────凡人」

 

 

 

 

 

 

「まだ居たのか」

 

篠ノ之神社の裏道から公道に戻ってきた流星は、すぐ近くのベンチを見て思わず言葉を漏らした。

ちょこんと座り込む銀髪の少女───先ほど『くーちゃん』と呼ばれていたと少年は思い返す。

 

向こうも流星に気が付いたのか、彼の方へと顔を向けた。

とはいえ少女の瞼は閉じたまま。

立ち上がり流星の方へと歩いてくる。

所作のひとつひとつが静かで落ち着いたものであった。

 

「なにか御用ですか?りゅ──いえ、今宮流星」

 

「用がある訳じゃないが……まあいいか。アンタさっき襲ってきた奴だよな。────何処かで会ったことあるか?」

 

「──いいえ。他の誰かと間違えられているのでしょう」

 

否定され流星は少女を今一度正面から見つめる。

長い銀色の髪に小柄な体付き、クラスメイト(ラウラ・ボーデヴィッヒ)に似ているが────それ以上に懐かしさのようなものがある。

しかし実際少年は思い出せない。これだといった記憶がないのだから、少女の言う事が全てなのだろう。

 

「さっきのってISの能力か?」

「答えられません」

「博士の従者かなにかか?」

「それも答えかねます」

「……」

 

なんというか、と流星は頭に手をやる。

先ほどのやり取りから分かる範囲の事すら少女は応じる気がないらしい。

しかし敵対する様子もない。

 

「今更だけど、どうしてここに居るんだよ。博士ならもう帰ったが置いていかれたのか?」

「……、買い物を頼まれて居たので」

「はい?」

「近くのスイーツ店で買い物を頼まれていたのですが、どれが一番良いか、私では分かりません」

 

冷静沈着。

そんな雰囲気かつ浮世離れしたような格好の少女が、随分と真面目に考えている。

しかもスイーツの事ときたものだ。

先までの襲撃や邂逅から一転、力が抜けてしまう。

 

流星は頭に手をやる。

 

「この辺でというと──あー、あそこか。というか多分博士の事だ────アンタに食べさせたくておつかいさせてるんじゃないのか?」

 

「───、束様が?」

 

驚いた様子の少女。

実際に驚いた理由は、話の内容によるものではない。

少年の反応に対してであった。

 

「要はアンタが美味しそうだと思うものを選べばいいと思う」

「成程……ですが、客観的な視点もあるに越したことはない筈……」

「…同行しろと?」

「可能であれば」

 

淡々と話を進める少女に流星ため息をつく。

目の前の少女の考えは読み取れないが、どこか親しげなものを感じてならない。

 

「───分かった。それでアンタは…………いや、ずっとこれじゃ呼びにくいな。名前は───?」

 

「クロエ・クロニクル───好きに呼んでください」

 

「…名前は言うのか」

 

まさかの回答に少年は困惑する。

恐らくバレたところで問題ないのもあるだろうが、意外であった。

 

何はともあれ。

二人はその場を後にし、目的地へと向かう。

 

当然、道中の会話は少なかった。

流星が話し掛けようとも、基本クロエが取り合わないからだ。

 

分かったことはクロエが束に大事にされている事。

──クロエが料理下手な事。

それを束が美味しそうに食べるのだという話ぐらいである。

 

 

(刀奈ならもう少し上手く聞けたんだろうか)

 

特別探るつもりはないが──流星はふとそんなことを考えてしまう。

もしくは一夏のように、雑談を持ち掛けられる能天気さも欲しかった。

 

 

「ここだな。合ってるだろ?」

 

こくりと頷くクロエ。

店の中へとそのまま入る。

二人を出迎えるふわりとした甘い香り。

 

「想像より、種類が多い…」

「クロエ……やっぱりこういう場所初めてだったんだな」

 

流星の言葉にクロエは反応をせず。

どうやらスイーツ選びに対し、真面目に考え込んでいるようであった。

幾つかのスイーツを意識しているように見える。

非常に分かりにくいが、数個まで絞って決めかねているらしい。

 

「個人的には左から三番目のがオススメだ」

「理由は……?」

「その中じゃ一番紅茶に合う。博士と一緒にティータイムするなら向いてるって感じだな」

「───そうですか」

 

クロエはショーウィンドウ内のその品を見る。

振り返らず思ったことを口にする。

 

「詳しいのですね」

「連れ回された事もあったからな」

 

納得するもクロエは返事をせずに会計へ。

ニコニコとした様子で接客する店員など一切気に留めず、見ていたスイーツを三つ(・・)購入した。

 

「今宮流星」

 

「ん?」

 

差し出される小箱に流星は小首を傾げる。

無言で彼を見上げる少女を前に流星は意図を汲み取った。

 

「…、ありがとう」

 

流星は礼を言い、それを受け取る。

店を出て来た道を戻る。

 

今度は特に道中の会話もない。

 

気付けば先の場所に戻ってきていた。

 

「「…」」

 

クロエはつかつかと足を進める。

流星の隣から離れ、束のもとへ向かうべく林の方へと踏み込んでいく。

 

少年はそれを見送りながら、ポツリと疑問だけくちにした。

 

 

「なあクロエ。博士は世界でも滅ぼす気なのか───?」

 

「────」

 

ピタリと足を止めるクロエ。

同時に───周囲が再度白い空間へと塗り変わっていく。

直前と違うのはハッキリとクロエの姿が見えている点である。

 

 

「その質問にも答えられません」

 

振り返るクロエ・クロニクル。

 

開かれた両目は異質なものであった。

本来白目である部分は真っ黒であり、瞳は金色(こんじき)

 

その金色の瞳はまるでラウラの左眼を彷彿とさせる。

鋭い視線は流星を捉えていた。

 

「なにより仮にそうだとして、貴方はどうしますか?……止めるのか、肯定するのか、はたまた───傍観か」

 

「さあな。その時になってみないと何も分からない。けど、俺は今の平穏を惜しんでる。だから多分───」

 

「───、成程」

 

流星の言葉にクロエはどこか納得した様子。

瞳を閉じ、彼女は彼に対して背を向けた。

 

白い空間が晴れていく。

じんわりと溶けて消えるように周囲の風景が帰ってくる。

 

 

いつの間にか少女の姿もどこかへ消え失せていた。

 

 

 

「クロエ───か」

 

今更になってその名を呟く。

確信に近いものが彼にはあった。

やはり彼女とはどこかで会っている。

 

 

(っても確証がない。……帰るか)

 

 

流星は踵を返す。

スイーツを片手に大通りに出たところで、水色の影が彼の前に姿を現した。

 

 

「やっっと見付けた!」

 

「楯無か。どうした?慌て─────て……?」

 

ガシリと肩を掴まれ、嫌な予感が脳裏を過ぎる。

彼女の纏う空気が本音や鈴、簪達が怒った時のもの似ていたからだ。

 

「流星くんのGPSの反応が急に消えたから慌てて飛び出して来たのよ」

 

「ん?」

 

彼は即座に首を傾げる。

反応が消えていた理由については、恐らく束が盗聴その他防止用に色々と工作していたと見当はつく。

 

ただ、GPSの反応と言われても該当するようなものに心当たりはない。

 

「ねぇ流星くん……なにしてたの?」

 

「色々あったけどそうだな。ざっくり言えば買い物」

 

「────女の子と二人で?」

 

「……」

 

楯無が後をつけていた様子は無かった。

よって店員あたりの証言から知ったととるのが妥当か。

 

彼は大きな溜息をつき、ガックリと肩を落とす。

 

簡単な話──こうなってしまった相手に『篠ノ之束博士に会って、ついでにその従者とスイーツを買いに出かけた』なんて説明しても、信じて貰えないだろう。

 

 

いつの間にか後ろ襟を掴まれ、ズルズルと引き摺られている。

口もとを引き攣らせながら、流星は諦めて空を仰ぐ。

 

そしてとりあえず落とさないように、スイーツの小箱を抱え込むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回は短め
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