IS 灰色の向こうに   作:ズーキー

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「束様、ただいま戻りました」

 

機械が散らばったある部屋に、銀髪の少女は静かに足を踏み入れた。

自動で開く扉。

部屋には数多の配線で繋がれた無人機(・・・)の数々が鎮座している。

その中央では、数十個の投影ディスプレイが浮かんでは消えていくを繰り返していた。

 

少女は驚く事もなく、その場へと足を進める。

投影ディスプレイの向こうから、ウサミミ型のカチューシャが頭を出した。

 

「そこはただいまーってフランクに言って欲しいな!おかえりくーちゃん!待っててすぐ紅茶の準備をするから!」

 

ドタバタと機械を片付け、何処からともなく机と椅子が部屋に生えてくる。

機械仕掛けでありながら、デザインは童話じみたもの。

少女は机の上にスイーツの箱を置き、量子化していた食器を瞬く間に並べた。

 

束とクロエはテーブルに座る。

束は楽しそうに箱を開け、目を輝かせた。

 

「なっつかしい〜これ、ちーちゃんが買ってきてくれた事あるんだよねぇ」

「そうなのですか?」

「うん!ささ、くーちゃんも早く食べなよ!きっと気にいるよ!」

 

束に促されクロエは食べ始める。

ポツリと美味しい──と漏らすと束は満面の笑みを浮かべていた。

 

 

「───にしても、相変わらずだったね。あの凡人」

 

「はい。相変わらずでした」

 

束の言葉にクロエは返答する。

声色は無機質なものではなく、温かいものを含んでいた。

 

束は少し間を置くと、空中にディスプレイを投影する。

 

 

「じゃあ今後の予定を教えるね。次のおつかい先は─────」

 

 

 

 

 

 

 

流星が束と会った出来事をひと通り話すと、楯無は考え込むようにして座り込んだ。

カチャリと生徒会室で陶器の擦れる音。

口もとに紅茶を運びつつ、楯無はその瞳を流星へと向け直した。

 

「──なんにせよ、無事で何よりだわ。流星くん」

 

「ああ、相手は規格外だしな。その気になれば俺なんてあっさり殺られる。運が良かったとしか言えないな──────って待て。普通に話してるがこの拘束は何なんだ」

 

あら?とわざとらしく楯無が声をあげる。

流星は現在手錠を掛けられたまま、椅子に縛り付けられている状態だ。

 

「てっきり女の子を引っ掛けてると思ったからね。ほら、IS学園や更識の面子があるでしょう?」

 

「説明しただろ。どう考えても冤罪だ」

 

「だっていきなり篠ノ之束博士と会ったとか、その従者と買い物したとか言われても…信憑性がねー」

 

「白々しい…。そもそもGPSの件とか色々聞きたいが、とりあえず外してくれ」

 

彼の背中側で手錠がガシャガシャと音を立てる。

この状況を楽しんでいるのか、楯無は笑顔で彼へ話し掛けた。

 

「まあまあそう言わずに。似合ってるわよ?」

「ここまで嬉しくない褒め言葉は初めてだよ。ありがとう」

 

口を尖らせ皮肉たっぷりの礼を告げる流星。

楯無はそれをしれっと流し、真剣な面持ちに。

 

 

「あなたは篠ノ之束が何を企んでいると思う?」

 

「正直な話、考えるだけ無駄だと思う。足りない材料であれこれ頭を働かせても出し抜かれるだけだ」

 

「そうよね…そこに関しては私も同意見よ。だから分かっている情報だけでやれる事を決めましょう」

 

そう言いながら、楯無の視線は流星の手首に。

正しくは待機形態となっている『時雨』に向けられていた。

 

 

「篠ノ之束博士は『時雨』の事を用済みと表現した───とはいえ、あなたの言う性質(・・)がどんな事態を引き起こすかは未知数。なら今すぐにでも研究機関に預けた方が良いと私は思うの」

 

無論、それで何か発覚する保証もない。

だが楯無の言いたい事は簡単である。

無用なリスクを負いたくないのであれば、『時雨』を手放すべきだ。

 

「言う通りだ。けどオレは『時雨』を手放すのは反対だ」

 

「───」

 

意外な流星の返答に楯無は目を丸める。

彼女はすぐに目を細め、厳しく問いただすような眼差しを彼に向けた。

「根拠があるの?」

「悪い、直感が7割だ」

「いいわ。残りを話してみなさい」

 

流星は強い意思を感じさせる瞳で楯無を見る。

 

「仮に博士が良くない事を考えてて、オレ達と敵対した場合───普通のISでどうにかなるとは思えない」

 

「らしくない希望的観測ね。私は『時雨』でもどうにかなるとは思えないの。彼女がそんなコアを放置するとも考えにくい」

 

「らしくないのは分かってる。けどそれならどうして勧誘しに来たのかって話だろ?それに、どうせハナからどうしようもない規格外が相手だ。───イレギュラーに賭けるのも悪くないだろ?」

 

あと───と流星は付け加える。

先までと違い呆れが入った笑みを浮かべていた。

 

 

「今更乗り換えたら、『時雨(こいつ)』が拗ねるしな」

 

「──」

 

その表情を見て楯無は言及をやめた。

実際『時雨』を使っている彼が、『時雨』を信用しているのが見て取れたからだ。

あくまで操縦者は彼。

故に楯無があれこれ言うのも違うと考える。

 

「───分かったわ。じゃあ『時雨』に関しては貴方に一任する。でも違和感とかあったら報告するのよ?何かあってからじゃ遅いんだから」

 

「ありがとう」

 

流星に礼を言われ、照れくさくなって楯無は髪を弄る。

不意に見せられた笑顔に対し、反則よ──と内心呟いていた。

 

流星は束の発言を改めて思い返す。

 

「───後は、二人共(・・・)その価値は無い…か。サンプルにならない。俺は分かるが───一夏に関してはどういう意味か分かるか?博士があいつは乗れるように設定した──とか?」

 

顎に手を当て思考する少年。

楯無は紅茶を飲み干し、ティーカップを机に置いた。

 

「───その件については大方予想がついてるの。けど、それが事実かどうか私達には知る術がない」

 

「証拠がないのか?」

 

「ええ。後始末(・・・)が綺麗過ぎて、何かあったのは確実なんだけど証拠が無い。だから私から話せない───話したくない、かな。証拠もなしに憶測で語っていい話じゃないもの」

 

楯無の言葉に流星は眉を顰める。

要は証拠も全て消されたということだろう。

少年の脳裏にエムと呼ばれた少女の姿が浮かぶ。

 

千冬が何か知っていそうでもあるが、この話題に触れれば千冬と敵対する可能性も出てくる。

楯無が慎重になるのは当然か。

 

「分かった。大体そっちで察しがついてるならそれで良いさ」

 

流星は楯無の予想を反し、あっさりと引き下がる。

楯無の様子から知ってもどうにもならない事を察したからだろう。

 

「気にならないの?」

「一夏は一夏だしな。緊急性がないならそれで良いさ」

 

本心からの言葉を聞き、楯無もため息をつく。

あくまでも興味本位では動いていない。

実害が現状ないのであれば関心を向けないのは、冷たいのかはたまた潔いのか。

確固たる価値観があるのは違いない。

変に真っ直ぐな部分がある──────。

 

 

相変わらずね──と安心したような楯無の呟き。

 

 

彼が空白の期間に篠ノ之束と接触があったであろう事は、まだ触れるべきではないだろう。

話を聞いた様子だと本人も薄々感じている事。

記憶に何らかの制限があると見られる以上、自然と思い出すのを待つ方が堅実だと楯無は考えていた。

 

 

どかりと自身の椅子に座り直す楯無に対し、少年は真剣な声色で尋ねるのだった。

 

 

「なあ、そろそろ外してくれ」

 

「ダーメ。無断で女の子と買い物していた事実は変わらないの。面白い光景だし、折角ならもう少し眺めてから、ね?」

 

「───」

 

楯無が笑顔で扇子を開く。

書かれていた言葉は愉快。

流星は唖然としていた。

 

結局虚がやってくるまでの間、少年はそのままであった。

 

 

 

 

 

 

 

篠ノ之束との遭遇から三日、キャノンボール・ファストまであと数日となった。

それぞれ準備を終え、レースの練習と再調整を残すのみ。

ISの授業もキャノンボール・ファストを意識したものである。

 

第六アリーナを使った高速機動実習。

このアリーナは、IS学園のシンボルでもある中央タワーと繋がっている為可能だと真耶は再度説明する。

 

そして、先に専用機持ち達による実演が始まる。

 

余談だが、専用機を持たない生徒達は訓練機部門での参加となる。

実質的にクラス対抗となる上、景品のデザート無料券もある。

故にクラス全体のモチベーションも高かった。

 

 

そんな───皆が食い入るように見つめる中、一夏とセシリアが実演を終える。

 

一夏の機動に感動したのか、真耶は降り立った彼に駆け寄っていく。

一夏がISを装備していることも相まって、真耶を覗き込む形に。

胸元の開いたISスーツは彼には刺激が強かったようだ。

目を逸らす一夏、気付いて胸元を両腕で隠す真耶の図が生まれる。

そのまま彼は千冬に首すじをチョップされ、此方へと戻ってくる。

納得しきれていない様子だった。

 

「まあ、あれは仕方がないな。どんまいだ一夏」

「ああ、仕方ないとは分かってるけど流石に手加減して欲しいぜ」

 

一夏は首すじを抑えながら溜息を漏らす。

しかし、と流星は真耶と千冬のいる方向へと視線をやった。

 

「山田先生がもう少しその手の配慮を理解してくれれば、有難いんだけどな」

 

「入学試験の時のテンパり方からして、本当に男性と関わり無かったみたいだしな……厳しいんじゃないか?」

 

「…その話聞く度に思うけど、流石に免疫が無さすぎないか」

 

「山田先生、モテそうなのにな」

 

近くに居たシャルロットと本音は静かに聞き耳を立てている。

この手の男子トークにはそれなりに興味があるようだ。

 

「確かにな。…今は当然として代表候補生時代も多忙だったんだろ。多分」

 

「代表候補生の皆忙しそうだしなぁ。……なあ、千冬姉も関係してるなんてないよな?」

 

「あー……可愛い後輩だもんな。はは、タチの悪い姑みたいに目を光らせてそう────だぁッ!?」

 

突然流星の足下に何かが飛来する。

それは、弾丸かと錯覚する程の速度で投擲された出席簿。

小さなクレーターを作り、深々とアリーナの地面に突き刺さっていた。

彼等は同時に顔を見合わせ、投擲されてきたであろう方角を見る。

 

「そこの二人。授業中に無駄口を叩く余裕があるとは恐れ入る。どれ?それ程大事な話なら私も聞こうか」

 

「「…イエ、お構いなく…」」

 

男子二人は千冬の鋭い眼光に口もとを引くつかせる。

 

そんな中、この反応で確信を得たのか一夏はウンウンと頷いていた。

 

「その説が有力そうだなぁ」

「だろ?」

 

意地の悪い笑みを浮かべる流星。

頷きつつも神妙な面持ちの一夏。

 

千冬は近くに居たラウラへと声を掛けるのだった。

 

「ボーデヴィッヒ。あの気の緩んでる馬鹿二人にレースの妨害行為について教えてやれ」

 

「はっ!」

 

どかんとアリーナで爆発音が響く。

 

危険を察知して本音とシャルロットは既に彼らから離れている。

宙を舞う二人を見て、本音はぽつりと呟いた。

 

「今日も平和だねぇ〜」

「う、うん。そうだね」

 

そうこうしている内に、授業は専用機組と訓練機組へと別れる。

レース慣れしていない一夏や箒、流星はひとまず他の専用機持ち達の視点を見る事にした。

 

直視映像(ダイレクト・ビュー)───視界情報の共有機能だ。

部分展開によりヘッドギアのみとなったISのチャンネルを合わせる。

映像を提供する側はシャルロットとラウラの二人。

セシリアは現在ISを調整している。

 

「自分の顔が見えるっておかしな感じになるよな」

「ああ、確かに不思議な感じではある」

「視線まで分かるもんなんだな」

 

最初にシャルロットの視点を見る三人。

飛行前にチャンネルを合わせたところで、それぞれの感想を口にする。

それに対しシャルロットは頬を赤らめながら、ぶんぶんと手を振る。

 

「───ふぇっ!?な、なに言ってるのさ!別に一夏の顔ばっかり見てるわけじゃないからね!?」

 

「ふん、行くぞシャルロット」

 

「違うからね!?」

 

スタート地点へと移動するラウラを追い掛けるように、シャルロットもISを展開する。

一夏は必死なシャルロットの様子に首を傾げていた。

 

「ん?あんなに慌てて一体どうしたんだろ」

「私に聞くな」

 

箒は呆れつつ質問を流すと、視点に集中する。

一夏と流星もまた視点へと意識を向けた。

二人の視点は言うまでもなく洗練されたものであった。

 

「加速の方法は違うけど、減速は似たようなもんなんだな。二人ともやっぱり巧いな」

 

視点を見ながら一夏が呟く。

こうして改めて見ると彼女らの操縦技術の高さを痛感する。

 

微かな慣性の制御すら見ていて自然なもの。

速度は出ているのに激しさは感じない。

 

「私の視点など見せられないな…」

 

普段の自分の動きを思い出す箒。

確かに酔いそうになるだろうな、と一夏も自身の動きを振り返る。

彼が強くなってもあくまで根本的な操縦技術はまだまだ未熟だ。

 

一夏は食い入るように二人の視点に見入る。

 

気が付けば二人の視点を見る時間は終わり、三人も模擬レースを行うことに。

真耶を含めた一夏、箒、流星の四人は、スタート地点に並んだ。

 

当然だが妨害可。

四人はそれぞれISの状態を再確認し、開始のブザーを待つ。

 

 

程なくして、ブザーが鳴り響いた────。

 

「「「!!」」」

 

全員飛び出した──瞬間に投擲される異物。

出鼻を挫くように灰の機体が早速仕掛けていた。

 

(手榴弾!?いや違うこれは────!!)

 

箒がその正体に気が付くもひと足遅い。

炸裂する閃光はほんの一瞬だけ彼女らの機体制御に綻びを生む。

 

「!」

 

仕掛けつつ一気に加速した流星は目を丸める。

 

閃光の影響を受けず突っ切る緑の機体。

盾を片手に反転しながら、追撃の隙すら許さぬ機動で真耶が先頭に躍り出ていた。

 

「ブザーからほぼロスのない展開速度───流石です、今宮君!」

「あっさり防がれてたら、皮肉にしか聞こえませんよ」

 

真耶は少し調整されただけの訓練機(ラファール)を駆る。

『時雨』との性能は大差ない────。

だというのに差が縮まる気配がない。

むしろ、いつ距離が離されるか分からないと流星は感じている。

 

「やってくれたな流星!」

 

「!」

 

背後から高速で迫る白い機体。

普段ならば一撃必殺を気にするところだが、このレースにおいて彼の機体は体当たり程度しか妨害の術を持たない。

 

だが、機動力は高機動パッケージを追加した第三世代機体と遜色ない。

その点は遅れて追いついてくる『紅椿』も同様だ。

共にピーキーな二機だが、油断すれば抜き去られてしまう。

 

(やはり基本一機ずつしか妨害出来ないか。団子になった瞬間は兎も角として、『時雨』的に旨味がほとんど無い───)

 

最高速や出力で勝っているならば、他機への妨害はそれなりに意味があっただろう。

 

「篠ノ之さんも織斑くんも立て直しが早くて感心しました!」

 

褒めつつ、真耶が手榴弾のピンを抜く。

空中に置くように放り投げられる手榴弾。

 

「「「!」」」

 

回避自体は用意だ。

本命は最短ルートから逸れさせる事だろう。

 

「白式!」

 

一夏は出力を上げ、真っ直ぐと進む。

『雪羅』のシールドで防ぎながら突破するつもりである。

 

エネルギー効率の都合多用は出来ない中、彼は見事に爆風を受け流した──────。

 

(やるな一夏──────!)

(加速…!一気にトップを狙う気か。山田先生はどう出る?)

 

自然と真耶と一夏の首位争いへ。

流星は敢えて仕掛けずにそれを見守る。

箒は流星に追い付きつつあるが、一夏と同様に妨害手段は少ない。

警戒だけしつつ、機を窺う。

 

真耶は自身へと迫る一夏へ意識を向け、嬉しそうに笑みを浮かべる。

コースとしては下降しつつの緩やかなカーブ。

速度を出しながら最短コースとなると、代表候補生並の技術が要求される。

 

「いい追い上げです、織斑君。ですがこれならどうですか」

 

「!?」

 

真耶の手にサブマシンガンが握られる。

刹那、目視無し(ノールック)でその引き金が引かれた。

的確に一夏へと銃弾が向かう。

 

───無理な回避機動を取れば、体勢を崩してしまう。

 

「っ!」

 

自身の動きが読まれている事を痛感した一夏が苦い顔をする。

咄嗟に減速してそれを躱すも───真耶の思惑通りであった。

 

(一夏をあの位置で減速させ、後続の俺達の動きも阻害する。成程───こうも綺麗にやってくるか)

 

(っ、これでは差が広がるばかりだ────!)

 

灰の機体と赤の機体それぞれも舌を巻きつつ、狙いを真耶へと絞る。

ひとまず真耶をどうにかしなければ首位は無い。

 

加速する箒。

武器を持つ流星。

 

模擬レースも終盤へ。

二人が仕掛けに向かうのだった───。

 

 

───結局、模擬レースは真耶が一位であった。

終始首位を守り抜く形での勝利。

立ち回りやISバトルとの違いを三人は体験させられる形となる。

 

真耶と千冬、それぞれから評価を聞き解散となる。

 

授業を終え、男子更衣室で着替える一夏と流星。

互いに着替えながら感想を呟くのだった。

 

「山田先生、相変わらず凄かったな。何回考えても追い抜くビジョンが見えねぇ」

 

「だな。にしても読まれにくいコース取りか。───思ったより奥が深そうだ」

 

「その時の位置取りだけでも駆け引きになるって先生も言ってたっけ。あー、本番が近いのに分からない事が増えた……」

 

「ISバトルか実戦しか無かったからな。放課後に資料室で過去のレース映像を見る予定だけど来るか?」

 

「行きたいけどパス。ラウラが教えてくれるらしいんだ。流星こそどうだ?」

 

「遠慮しとく。『時雨』もまだ本調子じゃないんだ」

 

流星はシャツのボタンを留め、そう告げた。

一夏は、そっか───と少し残念そうに頷き、改めて彼の方を見た。

キャノンボール・ファストももう近い。

一夏は力強く拳を突き出した。

 

「負けないからな」

 

対して少年はニタリ、と意地の悪い笑みを浮かべた────。

 

 

 

 

 

「あれ、あんたこんなところでどうしたのよ?」

 

 

資料室の一角。

モニターの前でうたた寝する流星へ、来訪者は声を掛けた。

 

「───、寝てしまってた」

「あんた風邪引くわよ」

 

呆れた様子で鈴が溜息をつく。

ハッとなり瞼を擦る彼の隣には、積み上げられた資料の山が存在した。

映像だけでなく紙媒体のものも集めていたのか、その量は凄まじい。

 

流星は映像の一部を巻き戻しながら、鈴の方へと振り返る。

彼女の腕────ISを部分展開した腕とそこに巻き付いている鎖を見て、彼はギョッとした。

 

「その辺については問題な───ありました。気を付けるからそのゴミを見るような目をやめろ。……その手に出してる鎖は?」

 

「知りたい?」

 

「やっぱり遠慮シテオキマス」

 

「遠慮しなくてもいいわよ?なんて────で?何してたのよ。キャノンボール・ファスト用の資料だけじゃこんな山にはならないわよね?」

 

「そっちはもう見終わったからな。今観てるのは勉強用というよりは分析用だ」

 

流星の言葉に鈴は小首を傾げる。

彼は一瞬逡巡した後、すぐに近くの資料を手に取った。

そこには長い茶髪の女性が映り込んでいた。

 

「ま、更識関連の話だよ。────オリビア・ウォルシュ。カナダの元国家代表IS操縦者だ」

 

「知ってる。確か第二回モンド・グロッソにも出場してた選手でしょ?母国での事件を皮切りに女性主義者(ミサンドリー)になって色々過激な主張もしてたっけ」

 

「詳しいな」

 

「一時期有名人だったから皆知ってるんじゃない?この人がどうかしたの?」

 

有名人、との言葉に流星は頭に手をやる。

調べてみて知った事だが案外世間的には知られている人物のようだ。

……無論、悪い意味で。

 

「そいつが今週頭に姿を消した。元々カナダ側にいる更識と協力関係の組織曰く────亡国機業(ファントム・タスク)との繋がりが発覚した瞬間だったらしい」

 

「!───それって大問題じゃない。(あたし)に話していい事?」

 

「どうせお前らには説明するつもりだったし問題ない」

 

「はぁ、考えるだけで嫌になるわね」

 

元国家代表が亡国機業(ファントム・タスク)の一員として襲ってくる可能性がある。

体を大きく伸ばしつつ鈴はそう愚痴を零す。

 

それに釣られたかのように流星もまた大きく体を伸ばす。

自然と漏れ出る欠伸は彼の苦労を物語っていた。

 

 

「さて、もうデータもある程度纏めたし、後は片付けるだけだ。──ところで鈴こそこんな時間にどうしたんだ?」

 

「それは、その。これを持ってきたのよ」

 

尋ねる流星に鈴は手に持ったものを見せる。

彼女の手にあったものは小さなタッパー。

中に入っているのは、小さなクッキーであった。

キョトンとする流星を前に、鈴はタッパーのフタを開ける。

 

「────」

 

あたりに広がるバターの香ばしい匂い。

クッキングペーパーの上に敷き詰められたそれらを差し出しながら、鈴は呟くように言う。

 

「こういうのはあんまり作らないから、無理にとは言わないわよ」

 

珍しく自信なさげな彼女を前に流星は自然と笑みを浮かべる。

らしくない───と‎だけ呟き、クッキーをひとつ口に放り込んだ。

 

「!」

 

スっと流星は立ち上がり、スタスタと資料室の入口へと向かう。

何事かと固まる鈴。

すぐに戻って来たかと思えば、彼は中央のテーブルに買ってきた缶コーヒーと缶ジュースを置いた。

 

「鈴はどっちがいい?」

 

「……。ジュース」

 

いつもの様子で聞く流星であるが、心なしか楽しそうである。

 

深夜のお茶会。

見付かれば怒られるだろうが、流石に騒がなければバレないだろう。

 

「こんな時間に缶コーヒーなんて飲んだら寝れなくならない?」

「そうか?俺は寝ようと思えば寝れるからな」

 

他愛のない話をしつつクッキーを口にする。

こんがりと焼けたシンプルな形。

一定の手作り感とは裏腹に味は確かなもの。

お金が取れる──と流星は胸中で呟いていた。

 

(────)

 

一方で───鈴もまたこの深夜のお茶会の空気を楽しむ。

普段と違い、二人きり。

部屋の照明も全てついておらず、この一角のみと薄暗い。

気味が悪いとは思わなかった。

 

窓からの月明かりが部屋を僅かに照らす。

実に、静かである。

 

(こういうのもアリよね)

 

授業や、代表候補生の話と浪漫は欠片もないが雰囲気は良い。

後は───と頭の片隅で想像力を働かせる鈴。

 

彼女は油断していた。

自然とクッキーに伸ばした手。

同時に手を伸ばしていた少年の手と綺麗に重なる。

 

「────」

 

意図しなかった接触。

少女のものとは違う少し大きな手。

ゴツゴツとしているがどこか愛おしい。

疲れもあったのか頭が働かなかったのか。

触れた手を引っ込める事無く、少年の手をニギニギと掴む。

 

「……」

「鈴?」

 

無言で手を触り続ける鈴に対し、流星は小首を傾げていた。

声を掛けても反応が薄い。

楽しいのだろうか、なんて考えつつも流星は特に抵抗しなかった。

触れられて嫌とも思わない。

彼女がそうしたいのであれば暫く様子を───────。

 

 

「……、……」

 

ぼけーっと自身の手を触り続ける鈴へと流星は視線をやる。

互いの距離はそう遠くない。

改めて正面から間近で少女の顔を見つめる。

 

(思ったより睫毛長いんだな)

 

今更であるが、鈴も美少女である事を流星はぼんやりと思い返していた。

 

「!」

 

ハッと我に帰り流星へと視線を戻す鈴。

手をベタベタと触っていた事よりも、不意に目が合った事に彼女は固まった。

 

「「…」」

 

静かに赤くなる鈴と目をそらす流星。

何故かいけないことをしている気がして、気まずい。

 

流星はクッキーを食べるのを再開しながら、鈴をもう一度見た。

 

「……手フェチ?」

「んなわけないっての─────!」

 

ガタリと立ち上がり抗議する鈴。

あくまで自然と触っていたわけであって、そういう趣味は彼女にはない。

 

「じゃあどうしてあんなに熱心に触ってたんだよ」

 

「それは──やっぱり大きな手だなっていうか、男子の手って違うんだなーって────何言わせんのよ!?」

 

「理不尽だ…」

 

怒る少女を前に流星はため息をつく。

鈴もまた話題を転換すべく、先の流星の行動を思い返し聞き返した。

 

「あんたこそ人の顔見つめて何考えてたのよ」

 

「ああ、睫毛長いんだなぁって」

 

「……睫毛フェチ?」

 

「んな訳あるか────!」

 

 

 

 

 

 




次回、キャノンボール・ファスト開始
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