IS 灰色の向こうに   作:ズーキー

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短い章です。


─断章─『更識家へ』
-91-


 

 

 

「───」

 

織斑マドカの襲撃から1日。

 

寮長室の前で織斑一夏は物憂げな顔で立ち尽くしていた。

時刻は消灯手前──ワザとひと気のないこの時間を選んだのだが、ノックすらままならなかった。

 

聞きたいことはひとつ。

あの少女の存在と発言についてだ。

 

襲撃の件については、今朝に報告している。

加えて一夏自身からの聴取よりも早く楯無から連絡が入っている筈である。

 

両親の話は一夏と千冬間でタブーであった。

捨てられた事もあり聞きたくない気持ちも、踏み込んで姉を傷付けたくない気持ちもある。

だが、それ以上に不安が勝る。

 

物心ついた時から両親がいない事は、ひょっとするとあの少女の件と関係があるのではないか。

 

グルグルと頭の中で回る悪い想像。

ドアノブに手を伸ばすも手をかけられずにいる。

 

 

「──」

 

 

一夏は結局そのドアを開けることが出来なかった。

あの襲撃された件を聞いている姉が、話しに来ない。

───だからこそ、きっと姉も知らないのだと一夏は思い至ったのだ。

 

自分にそう言い聞かせながら、ゆっくりとその場を立ち去る一夏。

 

 

考え込んでいた彼は、その様子を隠れて見ていた人物に気が付かなかった。

 

 

 

(…行ったか)

 

 

反対側の廊下の角からオレンジ髪の少年が姿を現す。

彼は立ち去る一夏の背を見届けると、入れ替わるように寮長室の前へと移動した。

 

 

流星は躊躇なくノックを行う。

直後にガチャりと───ドアが内から開けられた。

 

 

「…今宮か。もう消灯前だ、部屋に戻れ」

 

シャツ姿の千冬がいつもの様子で流星を追い返そうとする。

当然の対応に流星は生徒会の腕章を見せた。

 

「副会長権限でそれぐらいは──」

「……更識姉といい、全く──いいだろう入れ」

 

千冬は呆れた様子で溜息をつく。

彼女に連れられるように流星は寮長室へと入っていった。

間取りは流星達の部屋より少し広い。

 

部屋は思ったよりも片付いていた。

実は部屋の掃除を手伝ったりしたこともあるのだが、それはそれ。

居間側のスペースに雑に置かれた衣類。

流星は見て見ぬふりをした。

 

 

「それで、何の用だ」

 

振り向きつつ千冬が問い掛ける。

流星はちらりとドアの方を見た。

 

「…話してあげないんですか?」

 

「───何の話だ?」

 

「昨日の襲撃者についてです。織斑マドカ──あれは何者なんですか?他人の空似……なんて言いませんよね?」

 

流星の言葉を聞いた千冬は、眉を顰める。

それがどういった感情がこもったものなのか流星には分からない。

軽く溜息をつき、呆れた様子で彼女は応じる。

 

「私はこれでも有名人だ。色々と顔も知れている。顔を似せる者がいてもおかしくない」

 

「…だから、アレが名乗った織斑の姓も関係がないと?」

「当然だ。そもそもあの会場を襲撃してくるような連中だ。真っ当な神経はしていないだろう。お前はそんな奴らの妄言を信じる気か?」

 

千冬は呆れた様子で流星を見る。

そんなバカげた話───と言いたげであった。

 

「全部、奴らの妄言で片付けるつもりですか」

 

「片付けるも何もそうだと言っている。どうやって私そっくりの顔になったかは知る由もないが、それで混乱させるのが奴らの────」

 

取り付く島もないとはこの事か。

まともに相手をする気がない千冬に対し、流星は眉を顰める。

確証がない以上、流星も強くは出れない。

それに、彼女が千冬とどうにか関係があったとしても──あくまで流星は部外者。

こうやってリスクを冒して千冬に尋ねる必要もない。

 

不意に──彼の脳裏を先程の一夏の表情が過ぎった。

禁句(・・)と知っていながら少年は口を開く。

 

 

「───なら、一夏や千冬さんの両親が居ないのは──ッ!」

 

 

瞬時にして、流星は圧倒的な脅威を知覚した。

変わる周囲の色。

本当は何も変化がないのに───景色が違って見える程、彼女を取り巻く空気が変わったのだ。

 

「っ────」

 

ピリピリとした空気。

この距離にいる限り、流星の命は千冬の掌の上だ。

ISがあろうと関係ない。

部屋に入る前から同調していたならば兎も角──この状態では反応すら許さないだろう。

 

 

「……今宮、それ以上は───わかっているな?」

 

 

鋭い眼光がオレンジ髪の少年を捉える。

そこに居るのは教師でも世界最強でもない、ただの獣。

剥き出しの暴力を前に流星はゆっくりと息を吐き出す。

 

 

「何を隠しているんですか。千冬さん」

 

「───」

 

命を賭した問いに千冬は眉を顰める。

彼にしてはらしくない首の突っ込み方、そして脅威を前にして尚変わらない様子。

 

「…隠している、か。それはお前もだろう。何にせよ下らない話には応じないがな」

 

「俺も……?」

 

突然の切り返しに流星は疑問を憶える。

千冬はその様子を見ながら目を細めた。

 

臨海学校後、千冬は更識楯無に改めて彼の調査を依頼している。

そこからそれでも尚しっぽすら掴めなかった異質さは、彼女に確信をもたらしている。

───彼は過去に篠ノ之束と繋がりがあった。

 

親友が何を企んでいるか分からない以上、千冬が流星を信用しきれないのは当然であった。

 

 

 

「用件はそれだけか?──なら早く自分の部屋に戻れ。こう見えても私はまだやる事が多くてな」

 

「……」

 

突き放すような千冬の物言い。

彼女は流星に背を向けてテーブルの資料を手に取る。

同時に、空気が緩んだ気がした。

 

流星は不機嫌そうに頭に手をやり、彼女を見る。

どうあっても言う気はないらしい。

そうまでして隠すのは、やはり一夏の為を思ってか───。

 

これ以上部屋に居るのは無駄と考え、流星もまた千冬の背を向けた。

流星はドアへと向かう。

 

 

「一夏には話すべきだと思います……そうじゃないと、きっといつかあいつの致命的な隙になる」

 

「……」

 

それだけを告げて彼はドアノブへと手をかける。

ガチャり、と音が聞こえた辺りで千冬は静かに問いを投げ掛けるのだった。

 

「…今宮。それは更識側の人間としてか?それとも───」

 

「─友人としてです」

 

オレンジ髪の少年は問いに答えると、ドアを開けて部屋から出ていく。

閉まるドア。

千冬は最後まで振り返らずに資料へと目を向けたままである。

とはいえ書いてある文字を読んでいる訳ではない。

 

話すべきだと、薄々彼女も察している。

だが────。

 

「だがあんなことをどう伝える──?」

 

薄暗い部屋の中、千冬の疑問はポツリと浮かんでは消えていく。

伝えたところで一夏を大きく傷つけるだけだろう。

だから、アレを伝えるのはまだもう少し先でいい筈だ。

 

「───」

 

くしゃりと手に持っていた資料が音を立てる。

言えるわけが───無い。

彼女は心の内でそう呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

翌日。

オレンジ髪の少年の部屋に来訪者があった。

 

「……」

 

戦闘や事後処理、機体整備等色々なものからやっと開放されたばかりの少年は嫌な予感に顔を顰めた。

休日のこんな朝早くに訪ねてくる人間───思い当たるのは1人だ。

 

はぁ、と大きなため息。

マグカップを片手に持ったまま、彼はドアを開いた。

 

目の前にいたのは予想通り水色の髪の少女であった。

制服姿の少女はペロリと舌を出し、華麗にウインクをする。

 

 

「来ちゃった♡」

 

 

流星はドアを閉めたくなる衝動に駆られる。

どうしてこう朝からテンションが高いのだろうか。

 

「何よもう。折角迎えに来てあげたのに──」

 

「迎えに来た?」

 

流星は小首を傾げながら、手に持ったマグカップを口もとへ持っていく。

コーヒーをゆっくりと堪能する少年を前に、楯無は扇子を開いた。

扇子には『帰省』と書かれていた。

 

「というわけで────確保よ!内海!」

 

「!?」

 

「承知!」

 

どこからともなく現れる厳つい風貌の男性。

そして目にも止まらぬ早業で流星の胴体に巻き付けられるロープ。

仕組みとしては西部劇の投げ縄───驚くべきはこの一瞬で距離を詰め、楯無と連携して流星を縛り上げる技術と身体能力であった。

完全に隙を疲れた流星は口もとをヒクヒクと動かしつつ、楯無を睨む。

片腕とマグカップが無事だったのは、彼が遅れながらも反応していた証拠だ。

 

 

「今日は休日じゃなかったか───?」

 

「喜べ小僧。晴れて休日出勤だ」

 

男の言葉に流星は渇いた笑みを浮かべる。

諦めが入った様子で彼はコーヒーを飲み干すのだった。

 

口の中に広がる苦み。

砂糖を入れておけば良かった──なんて心の内で彼は独りごちる。

 

 

 

なんて事から一時間半程。

 

あれよあれよと特別に用意された車に乗せられ、流星はある場所へと連行された。

初めて乗せられた高級車と扇子の文字から彼は行き先を察していた。

 

かくして辿り着いた先は、大きな武家屋敷前。

表札には『更識』と書かれていた。

要はここは─────。

 

 

「ようこそ、更識家へ。歓迎するわよ流星くん」

 

 

門が開かれ、中へと先陣切って入っていく楯無。

閉じた扇子を口もとに当てながら楽しそうに彼女は背後の流星へと視線を流す。

 

この屋敷の規模からして疑いようもない。

少年は突然の訪問先に溜息をついた。

ここは、更識家の─────本部だ。

 

楯無の帰りを迎えるようにズラリと並んだスーツの男達。

正面から見た大きな武家屋敷といい、出迎える者達といい、背後を歩く内海といい、流星は凄まじい既視感を憶えていた。

 

これはあれだ。

 

簪の部屋で見たアニメやドラマでいう───ヤ〇ザの本部だ。

規模はアレよりも遥かに大きいあたり、ヤク〇では相手にならないだろう

 

(本音がやけに図太い訳だ)

 

流星は楯無に連れられて表玄関を歩く。

一夏ならば大袈裟なリアクションで驚いただろう。

ただ、リアクション薄めな流星もそれなりに物珍しさは感じていた。

 

屋敷の中は思ったよりもシンプルなものだった。

片付いてはいる中、年季が感じられる。

花瓶や掛け軸はあるが、質素な雰囲気は変わらない。

 

「じゃあ流星くんはこっちの部屋で待ってて。私は向こうで着替えてくるから」

 

楯無にそう告げられ、流星は客間で待機する。

畳からのい草の香りは不思議と落ち着くものであった。

 

──ここに連れてこられた理由はだいたい分かっている。

流星が更識家に所属することになったのは、つい最近。

だがそれはあくまで当主である楯無との取り決めに過ぎず、正式に一員となるには古臭いが契りを交わす必要があるとのこと。

 

それこそまるでヤ────やめよう。

以前に聞いた話。

そこから連想するイメージを流星は振り払う。

 

 

「流星君。準備が出来たので此方へ──」

 

虚が襖を開き、姿を現す。

普段と同じ制服姿。

だというのに纏う雰囲気は普段と違う。

 

流星は虚の後ろを付いていく形で廊下へと出た。

特に会話はない。

ここではあくまで私情を挟むつもりはないのだろう。

更識楯無の従者────布仏虚に案内され流星は大広間へと辿り着いた。

 

 

 

虚は横に逸れ、静かに佇む。

ここから入るのは、あくまで流星1人だからだろう。

意図を察した流星は躊躇を見せず、襖を開けた────。

 

 

少年の目に入ってきた光景は、今まで体験したことの無いものであった。

何畳あるか想像がつかない大広間。

奥に対して特に広く、両脇にズラリと並ぶように座っている更識家の者達。

その最奥には────和服姿の少女の座っている。

水色の髪に赤い瞳。

妖しい色香と凛とした雰囲気がそこには混在していた。

 

 

 

流星は大広間の真ん中を歩く。

楯無の正面で足を止め、改めて彼女と向き合った。

 

 

「──改めて名乗らせて貰うわよ。私は更識楯無。更識家十七代目当主よ。今日此処に来て貰った理由は、言うまでもないかしら」

 

楯無の言葉に流星は静かに頷く。

彼女は淡々と言葉を紡ぐ。

 

 

「今一度問うわ。あなたは更識家の人間として──他を守るためにその身を捧げられる?」

 

 

「───必要ならそうする。それだけだ」

 

 

対して流星もアッサリとそう答える。

彼のこれまでの行動を考えれば不要な問答。

座して様子を見ていた更識家の人間達も疑いの目を向けることは無い。

 

本当に必要なら、彼は言葉通りの事を躊躇なく実行するだろう。自分を大切にして欲しいけど──と楯無内心不満を漏らしていた。

 

 

「分かったわ。あなたを『更識家』の一員として正式に迎えます。──けど」

 

と、含みのある言葉に流星は小首を傾げる。

同時に楯無の近くに座っていた男性が立ち上がった。

 

「内海があなたを試したいらしいの。──というわけで内海、ここからはあなたに任せます」

 

「ありがとうございます、十七代目」

 

サングラスを付けた厳つい風貌の男──内海龍治と呼ばれるナンバー2だ。

顔にも無数の傷をつけている男は、鋭い眼光を流星に向けた。

 

 

 

 

 

 

 

そうして場所は移り、更識家の中庭。

オレンジ髪の少年とサングラスの男が向かい合っていた。

縁側や部屋には、彼等を見守る構成員達と楯無がいる。

 

 

「で、何を試すんだよ」

 

流星は不満そうに内海へと問い掛ける。

対して内海は胸元のポケットから何かを取り出した。

それは掌に収まるサイズの、一般的な情報記憶媒体である。

 

「俺達はあくまで護るのが仕事だ。国の為、国民の為、組織の為、当主の為──仇なす者達を影から律し排除する護国の盾だ。それは分かるな?」

 

「ああ」

 

「だから試験も護ることだ。コレを四時間守りきれ。ISは禁止、以上!……簡単だろ?」

 

「───」

 

分かりやすいが──と流星は投げられた情報記憶媒体を受け取りつつ、意味を考える。

内海はそれを見透かしたように答えていた。

 

「今宮、お前には井神来玖留の件で恩がある。お前を命懸けで守れと言われたら、俺含めてここに居る野郎は喜んで盾になるだろうよ。だがな、仲間になるってなっちゃあ話は別だ──」

 

内海はそう言いながら構えをとった。

相変わらず隙がない。

流星は胸ポケットに情報記憶媒体をしまい、ニタリと意地の悪い笑みを浮かべた。

要は庇護下で生きるか、仲間になるかはここで決まる。

今更前者のような立場になるつもりは流星には無かった。

 

「信用出来るかの品定めって訳か」

 

「話が早ぇのはいいことだ。さぁ、始めようか────!」

 

ズドン、とまさかの土を蹴る音。

人間離れした瞬発力で男は踏み出し────

 

 

「!」

 

「スグ終わるかもしんねぇけどなァ!」

 

流星を思いっきり殴り飛ばした。

 

 

 

 

「あちゃー内海もノリノリねぇ」

 

流星が思いっきり殴り飛ばされた様子を見ながら、楯無は呑気にそう呟いていた。

扇子を開き、口もとを隠している。

そこには驚愕の二文字が書かれていた。

とはいえ、彼女自身は驚いている様子は無い。

 

 

「流星君、大丈夫でしょうか」

 

対照的に、心配そうな様子で虚は楯無に話し掛ける。

相手はあの内海。

十七代目当主に拾われ、先代の『楯無』に格闘術を全て教わり──あらゆる知識も学び、一気にナンバー2まで登り詰めた男だ。

天賦の才というべき戦闘センス、潜り抜けた修羅場。

対暗部組織の技術を詰め込んだ男こそ、内海龍治その人であった。

殺し合いでも無ければ、まず流星は勝てない。

 

「厳しいんじゃない?内海はお父様仕込みだし、そもそも天性のものがあったし……あと流星くんはさっきのものを守り切らなきゃいけないし」

 

「ではお嬢様は彼が負けると?」

 

冷静な分析を行う楯無に虚は尋ねる。

楯無が結果は見えているといった態度に感じたからだ。

 

楯無はケロりと笑った。

 

「まさか!私の流星くんよ?──ほら見なさい虚。初撃からの連撃でも彼は何とか体勢を立て直した」

 

 

「……私の(・・)……?」

 

「か、──簪ちゃん!?」

 

背後から現れたのは、和服姿の更識簪。

彼女は楯無をジーっと見つめながら、黒いオーラを放っている。

思わずたじろぐ楯無。

色々言いたい簪であったが、本家で騒ぐのは気が引けたらしい。

不満げではあるが、静かに姉の隣に座った。

 

「…どうして流星と内海が戦っているの?」

 

「試験らしいですよ」

 

溜息をつきつつ、虚は答える。

その溜息に含まれているものは、呆れである。

こんな事をしなくても──他に方法はあるだろうに───なんて感想は言うまでもなく簪や楯無に伝わっていた。

 

 

女子三人の会話をよそに、試験は続いている。

オレンジ髪の少年は腹部への掌底を右手で受け止め、反撃に姿勢を低く足払いを狙う。

しかし内海はそれを躱し、彼の顔面に蹴りを見舞った────。

 

 

「ところで簪ちゃんはどっちが勝つと思う?賭けない?」

 

「生徒会長が何を言っているんですか」

 

「あんいけず。食券だから健全ですぅ〜。で、簪ちゃんは??」

 

「もちろん、流星に一週間分」

 

「……妹君まで……」

 

キラリと眼鏡の端を光らせ、簪は賭けの対象を宣言する。

項垂れる虚。彼女の心情など気にせず、当主もノリノリであった。

 

「当然私も流星くん。って事で虚は内海にbetね!」

 

「勝手にして下さい…」

 

宣言と同時───中庭の端へと殴り飛ばされる流星の姿があった。

 

 

 

 

 

 

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