IS 灰色の向こうに   作:ズーキー

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内海龍治。

楯無の事をプライベートでは(あね)さんと呼び、組織でも忠誠心は人一倍のナンバー2。

元々所属していた組織が壊滅し、ヤケ酒で酔い潰れていた所を楯無襲名直後の刀奈が拾ってきたらしい。

マーライオンの如き状態の男を連れて帰って来たようだ。

実家の反応が気になるところである。

 

──ただアレは言うなれば怪物だ。

千冬さんや篠ノ之束みたいな規格外を除けば、最上位組に分類されると俺は考えている。

楯無よりも技術は劣るが、凄まじいフィジカルでそれをカバーしている。

 

なんでも楯無に拾われ『更識』に入り、先代に鍛えられたとか何とか。

 

 

 

 

そんな内海が俺を殺すつもりで攻撃して来てる事は、火を見るより明らかであった。

圧倒的な瞬発力と振るわれる拳。

長身から振るわれる攻撃の数々は、更識に於いて鍛えられた技術も盛り込まれている。

防いだつもりでも──俺は難なく殴り飛ばされていた。

 

 

即座に起き上がる俺を、内海の眼光がサングラス越しに射抜く。

 

「なぁ今宮。お前はどうして『更識(うち)』に入ろうとする?」

 

「?」

 

それは唐突な問い掛けだった。

 

「そうせざるを得なくなったから、か?───だとしたら気にすんな。俺らが命を懸けて保護してやる。だからてめぇはすっこんでりゃいいさ。必要なら火の粉だけ払ってりゃいい。ほら、問題ないだろ?」

 

要は仲間になる必要があるのか、という話だ。

確かに『更識』側が協力体制であれば今まで通り──同じ立場でも問題ない。

 

だが、それだと足りないとオレは判断した。

 

「理由ならある。オレは今の生活が気に入ってる。その為に邪魔な敵を排除する。使えるものは使うだけだ」

 

「成程、悪くねぇ動機だ───ただし理由(ワケ)が足りてねぇ」

 

「は?」

 

内海はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「簡単な話だぜ、今宮。今の生活が気に入ってる?──んなもんお前がどうこうしようが結局変わる(・・・)ものなのさ。それにな、他でもっと良い居場所を見付けたら、てめぇは鞍替えすんのかよ?」

 

「屁理屈を───」

 

「屁理屈で結構。だがよ、お前は考えたこと無かったのか?───篠ノ之束と居た時はどんな感じだったのか──ってよ!」

 

「ッ!それは」

 

驚きは内海が知っていた事に対してではない。

的確に痛いところをついてくる男に大してだった。

話しながら内海は上のスーツを脱ぎ捨てる。

 

「無意識で考えてなかったか。記憶を操作されてたか──どの道てめぇに背中を預けられねぇな!」

 

話し終わると同時に内海は地面を蹴った。

何かの技術か、急激に距離が詰まり──横薙ぎの蹴りが頭目掛けて振るわれる。

咄嗟に腕でガードするも視界が一瞬暗転した。

 

「……っ、好き勝手言いやがって」

 

今一度大きく蹴り飛ばされ、俺は背中を地面に打ち付けた。

胸ポケットの情報記憶媒体は何とか無事。

違和感から額を拭うとヌルりとした感触がした。

赤色が視界に映る──額を切ったのだろう。

即座に体を起こす。

 

「……」

 

以前、篠ノ之束に敵意を憶えなかった原因──それが過去から来ているのだとすれば、記憶にない生活も俺が気に入っていた可能性がある。

 

そうなれば完全に記憶が戻った時、俺がどちらを取るのか。

今か過去か───。

考えて来なかった、いや無意識で考えようとしていなかった事を突き付けられる。

 

───拳が俺の顔面を捉えた。

 

「ッ!」

 

「難しく考え過ぎなんだよ、てめぇは」

 

鋭い一撃。

意識とは別に体が動いていても、そもそも相手は相当な実力者だ。

揺れる視界、何とか脳震盪にならないように威力を逃がせたが、体は重い。

着実にダメージが体に積もっている。

 

 

「──流星!」

 

「──!」

 

簪の声がいつになく頭に響いた。

綺麗な声は先までの無駄な思考を削ぎ落としていく。

 

思えば簡単な話だった。

どうして平穏を惜しんでいるのか。

どうしてその為に敵を排除しようとしているのか。

どうして『更識』に入ろうとしているのか。

 

 

追撃に迫る男の姿。

──ニタリとオレは意地の悪い笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(───雰囲気が変わった──?)

 

追撃をしようとしていた内海は、違和感に気が付いた。

微かなものではあるが、目の前の少年の纏う空気に変化があったのだ。

 

(来る───)

 

カウンター気味の蹴りが内海の頬を掠める。

内海はそれを持ち前のフィジカルで躱し、即座に体勢を立て直す。

 

これならば流星の追撃は間に合わない。

そう踏んだところで彼はすれ違いざまに、全力で駆け出していた。

 

 

・・・。

 

「──てめぇ今宮ァ!」

 

舌を出し小馬鹿にする流星。

勝ち誇ったような彼を内海は全力で追い掛けようとする。

 

あくまで身体能力は内海が上。

情報記憶媒体を持っている流星では無茶な動きは出来ない。

逃げ回るにも不自由がついて回る。

 

ついて回る制限。

それをどうするかがこの試験の本質であると流星は考えていた。

特に細かなルールが無かったのも、選択肢を増やす為だ。

 

となれば──やる事はひとつ。

流星は迷わずギャラリー達のいる縁側の方へと飛び込んで行った。

 

「流星!?」

「流星君!?」

「!」

 

「楯無」

 

楯無達の前に飛び出た流星は懐から情報記憶媒体を取り出す。

背後から追いかけてくる内海を横目に、彼は楯無へと情報記憶媒体をポンと投げ渡した。

 

「──後で何でも言う事を聞くから、これを四時間持っててくれ」

 

「へ?」

 

「──!?」

 

キョトンとする楯無と胸中穏やかではない簪。

全員その意図を理解してはいるが、頼まれ方は想定外だったらしい。

 

 

「あっ!コラてめぇずりぃぞ!今宮ァ!自分で守れェ!」

 

「んなルールねーだろクソヤ〇ザぁ!」

 

少年は内海の方へと迎撃に向かう。

先までの仕返しと言わんばかりに振るわれた拳は、初めて内海の頬に入った─────はたから見れば、もはや子供の喧嘩の様相であった。

 

 

怒声が飛び交う中、状況を飲み込む楯無。

一瞬妄想の世界に旅立っていたが、確かに問題ないと彼の行動を評価する。

 

 

内海は楯無に逆らえない。

重要物を託す相手の信用度としても、当主相手となれば問題ない。

 

加えて楯無自身の信用もそこに付随してくる。

もし内海が楯無に交渉し、その情報記憶媒体を獲得出来た場合──楯無が先の約束を反故にする形になる。

 

最初から楯無が拒否する選択肢もあるが───。

 

「簪と二人で映画観に行く時間も作る事を約束する!どうだ!」

 

「──乗ったわ!」

 

この通り。

ダメ押しの条件も入った事により、更識楯無はアッサリその首を縦に振ったのだった。

 

 

──四時間の時間経過を待たずして、流星の試験クリアが確定した瞬間であった。

 

 

 

 

 

内海との試験から二時間が経過した。

不貞腐れた様子の内海をよそに、流星は廊下を歩く。

彼の格好は和服姿。

先まで着ていた汚れた制服は洗って貰えるらしく、それまで服を借りている状態だ。

 

頭に軽く巻かれた包帯と頬に当てられたガーゼ。

大袈裟に見えるが皮膚を切っただけのもの。

治療だけでなくISの生体補助も合わされば、すぐに治るだろう。

 

「───」

 

辿り着いた場所は、先と同じ大広間。

数多の構成員達に見守られながら、彼は再び楯無の前に出た。

 

盃に酒が注がれる。

 

未成年に酒は不味いだろう──と流星は苦言を呈したが、楯無はそれを一蹴。

『ここは治外法権だから!』と楯無の言。

当主がそう言うのだから従う他ない。

 

尤も彼は傭兵時代に仲間に勧められ、ほんの少し飲んだ事はある───物の質が質だったためかあまりいい印象がなかった。

 

そこはさすが『更識』。

上等なものだったのか流星でもすんなりと体に入った。

学園にバレればどうなることか。

あくまで儀式のようなものと流星は自身に言い聞かせた。

 

 

 

 

そうこうして

晴れて今宮流星は正式に『更識』の一員となったのであった。

 

 

 

「さてと。じゃあ堅苦しい事も終わったし、歓迎会と行きましょうか」

 

 

楯無の宣言と共に、突如として運ばれてくる料理の数々。

いきなり用意するには到底用意できない人数のものだ。

 

……今日のメインイベントは───こっち(・・・)か。

流星は呆れたようにため息をついた。

 

 

流星は虚に連れられ、簪達のいる側へと移動する。

楯無は当主である故にこちらには座れないようであった。

何とも不便な話だと考えつつ、流星は料理へと視線をやる。

 

何とも見たことも無い和の盛り合わせ。

懐石料理とは違うようだが、軽々と出される料理としてはあまりにも豪華である。

隣の席の簪に尋ねる流星。

少女曰く、会席料理というものに区分されるらしい。

 

 

楯無の音頭を皮切りに、一瞬で大広間は騒がしさに包まれた。

生まれて初めての宴会の空気。

流星は先までの張り詰めた空気と、今のガヤガヤした空気とのギャップに初めて困惑を露わにする。

 

 

「…不思議なもんだな」

 

楽しそうな構成員達を見ながら流星はポツリと呟く。

隣にいた簪は彼の顔を覗き込んでいた。

 

「苦手だった?」

「苦手ではないな。こうけ──もっと寡黙な人達を想像してたからというか」

「驚いた…?」

「そうなる。案外皆ノリが良いんだな」

「ふふ、更識のエージェントも人と言うことですよ。流星君」

「そうみたいですね。───にしても本当に美味しいです」

 

 

そうして舌鼓をうつ流星のもとへ、『更識』の皆がやってくる。

本来なら流星が挨拶に回るべきなのだが、それを待たずして彼らからやってきたようだ。

彼らは歓迎しにきてくれたらしい。

皆親切であった。

曰く困った事があれば言ってくれとのこと。

以前の事で恩を感じているのかもしれないが、流星にしてみればただ楯無を優先しただけのこと。

少しむず痒い思いだが、好意を受け取っておくことにする。

 

(祝われるのは何時ぶりだろうな)

 

ふとそんなことを考えてしまう。

誰かを祝う場にはいたが、このように祝われる側は──。

 

 

 

「おう、いいご身分だなぁコラ」

 

「──またアンタか…」

 

直ぐに彼は思考を打ち切る。

額に青筋を浮かべた内海が流星の前にドカりと腰を下ろしたからだ。

冷たい視線を向けるとガンを飛ばす内海。

真横で見ている簪は口もとをヒクつかせながら様子を見守る。

 

「ほらよ」

 

ゴトン、と彼の眼前に置かれたのは酒瓶。

流星は即座にため息をついた。

 

「飲まないからな?」

「んだと俺の酒が飲めねぇって言うのか──!?」

「俺は未成年だっての。分かんないのか脳筋」

「んだとコラ、ちょっとツラ貸せやオマエ──」

 

喧嘩腰のナンバー2に流星はどうしたものかと考える。

そんな時に彼の隣に居た簪が口を開いた。

 

「内海、喧嘩はダメ…。あと煙草臭いからあっち行って」

 

「お、お嬢──!?」

 

後半の言葉にショックを受けた内海がションボリした様子で離れていく。

『禁煙…するか…』なんて切ない呟きが聞こえてくるあたり、ダメージは相当なものだろう。

 

虚はいつも通りの様子で淡々と食事をとっている。

内海という人間はずっとああなのだと、そこから察しが着いた。

 

 

 

大広間の襖の1つが、静かに開く。

丁度流星達の真後ろに位置する襖から、女性が姿を現した。

 

「!」

 

「あら?」

 

楯無より簪に近い濃い水色の髪──くせっ毛は特にないストレート。

目元は楯無ソックリの女性がそこに居た。

 

目を丸める流星。

それもその筈、特徴から相手が誰かは察していたが───にしてはあまりに若い。

厳しく見積もっても20後半がいい所だろう。

 

 

「お母さん──ど、どうしたの?宴会は別に今日は良いって言ってたのに…」

 

「折角だから例の流星クン?に挨拶しておきたくてねぇ」

 

ウィンクをしながら簪にそう話す女性。

話すペースは更識姉妹に比べてまったりとしている。

 

「貴方が今宮流星クン?カワイ〜!」

 

「へ?」

 

パッと抱き着いてくる女性。

突然の発言に小首を傾げていたとはいえ、驚くほど無駄のない体運びだった。

自然な動作、して脅威度はない。

しかしてこうも簡単にこの間合いに潜り込まれると、流星も思わなかった。

 

「んー話に聞いていたイメージより、ずっと無駄のない身体付きをしてるのねー。感心感心」

 

手で少年の体に触れ、スっと目を細める。

流星からは見えていないが、そんな表情をしているであろう事は察しが着いた。

戦闘能力は恐らくないが、それでもこのような動きは出来る辺り───更識の女は伊達じゃない。

 

「…お母さん?──離れて」

 

「そう怒らない。お母さんもどんな人か見定めておきたかったの。あなたのためにも、ね?」

 

むぅ、と口を尖らせる簪。

その言葉に含まれた意図を知り、少し頬を赤らめる。

 

更識(ゆい)

十六代目楯無の妻にして、刀奈と簪の母親である。

離れながら挨拶する結に流星もまた簡単に挨拶を返す。

 

 

にしても、である。

──三姉妹と言われれば鵜呑みにしてしまいそうな容姿だ。

 

 

「ジー」

 

「あの、何か?」

 

じっくりと観察され、少し困った様子で流星は問い掛ける。

観察するのは仕方がないが、こうも至近距離で観察されてはもどかしい。

 

「ん〜?特に何も?──ふむふむ、あなたもあの人みたいに頑固な人間なのね。……そういうのに弱いのかな、私達」

 

「?」

 

「お母さん」

 

「はいはい。流星クン、今後ともうちの娘達と仲良くしてあげてね?」

 

ウインクをしつつ女性は立ち去る。

静かで落ち着いた様子ながらも圧倒的な存在感。

それを少年は思い知らされた。

 

ぱたんと静かに閉じる襖を見ながら、流星は食事を再開する。

盛り上がる宴会をよそに彼は疑問を口にした。

 

「…容姿(あれ)、どういう魔法ですか?」

 

「やっぱり気になりますよね。ちなみに『秘密♡』だそうです…」

 

虚からしても謎なのか、彼女も困った様子で首を振る。

あまりにも不可解だったのか、流星は視線をそのまま簪の方へとズラす。

 

「…。簪」

 

視線を向けられた簪は困ったように小首を傾げて、応じるのだった。

 

「?──お母さんってああいうものじゃないの──?」

 

特に何かしてるとは聞いていないけど──と簪は続ける。

苦笑いを浮かべたまま、流星はこめかみを抑える事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

そうしているうちに辺りが暗くなってきた。

宴も終わり、皆が各々の持ち場に戻っていく中──俺は泊まっていけと更識結(奥方)に引き止められる。

 

これ以上は気を遣わせまいと断ろうとしたが、そこは楯無の母──先に学園へと連絡を取り、あっさり宿泊申請を済ませていた。

恐らく用紙を先に送付していたのだろう。

 

 

『虚ちゃんや本音ちゃん以外のお友達が泊まる───なんて初めてだから、友人同士──パジャマパーティでもしてあげてね?』

 

何故か嫌な予感がしたが気の所為だろう。

 

なにはともあれ。

用意された離れの部屋へと俺はひと足先に向かう。

がらりと障子を開け───思わず絶句した。

 

「───、」

 

 

大きな敷布団と掛布団がひとつずつ。

枕が三つ。

他は何も見当たらない。

…間違いない。あの人は楯無の母親だ(嵌められた)─────!

 

 

畳の上で寝るか?それとも廊下で寝るか?

最近の夜は少し冷える。特に予報では朝方に掛けて更に冷え込むと言われている。

服もあまり分厚いものではない。

つまり、布団の外で寝る選択肢は厳しい。

 

 

ぐるぐると部屋の中を歩きながら考える。

 

虚さんに頼るか?

いや、奥方が手を回していないとは考えづらい。

内海も同じか?

…そもそも話した瞬間面倒事になるな。

 

ため息をつく。

ひとまず場所を変えよう。

離れ以外で寝る選択肢もあるはずだ。

 

そう考えた辺りで────縁側の方で人の気配がした。

 

「!」

「おや、君は───」

 

障子を開けると、縁側で座る初老の男性がそこには居た。

黒髪に柔和な雰囲気。ただ、雰囲気反してガタイは良い。

 

 

「今宮流星です。お初にお目にかかります──十六代目」

 

「そうか君が流星君か。ふふ、礼儀正しいのは結構だが、堅苦しい呼び方はよしてくれ。今は隠居の身──プライベートさ。フランクに頼むよ」

 

───更識(じん)、先代更識楯無である。

手に持った湯呑に入った茶を飲みながら、彼はほぅと息を漏らした。

 

「ゆっくりしていきなさい。お茶くらいなら出すよ」

「なら戴きます」

 

促され隣に座る。

縁側から見える夜空は、とても綺麗だ。

 

俺も出されたお茶をゆっくりと飲む。

特に高いものでも無い、湯飲みに注がれた普通の緑茶は──とても美味しかった。

 

 

 

 

「昼間は内海が迷惑をかけたようだね。怪我は大丈夫かな?」

 

「はい。特に支障はありません。…それに、やり方こそアレですけど、あいつの言いたい事は当然のことでした。迷惑とは思───いや…どうかな…」

 

先代の言葉に応じながら、俺は首を傾げる。

確かにこう、あのヤ〇ザもどきの言い分はわかるが──何故か認めたくないというか───。

 

「彼はああだからな。娘と同様破天荒な面も多い。これから振り回されるのを覚悟しておくといい」

 

「…頭が痛くなる話ですね」

 

楽しそうに微笑む男性。

見た目通りの優しい声。しかし瞳の奥にはブレない芯がある。

ただそれは大空のようなおおらかで──話していると心が和らぐようであった。

 

「して、興味本位で聞くとしよう。君はあの試験で、何を見付けたんだい?」

 

「…見付けた、ですか」

 

「そうだね。端から君があれくらいで振り落とされない事は知っている。1人で出来る範囲も知っているし、指針もしっかりしている。だけどね、君は今しか(・・・)見ていない。未来(さき)があるなんて思考にならない。だからその為の芯を見つけるべきだった」

 

「…」

 

ほんの少し。

この人と俺が会って数分といったところ。

たったそれだけで、この人はオレの足りていないであろう部分を指摘したのだ。

当然、オレの事は調べあげているだろう。

しかし───そこまで把握出来ているものなのか。

 

本来なら不快に感じる踏み込まれ方も、不思議と嫌ではなかった。

心の底から人を案じ、我が子のように接する。

懐かしい感じ──ぼんやりとした記憶で、家族を思い出す。

悲しいとは思えない。寂しいとも。

ああ、非人間的だとそこで感傷が初めて生まれる───なんと醜いものか。

 

だが、

 

「芯は見つかったかい?」

 

「はい。オレはきっと───アイツらが大切なんだ。この日常もきっと、アイツらがいるから良いものだって思える」

 

仮に篠ノ之束が、オレにとってどういう存在であったとしても。

今のそれは揺るがない。

一夏のように守ると断言は出来ずとも、オレは大切なものの為に動く。

 

なら良かった。とだけ男性は呟きお茶を飲む。

暫しの沈黙。

俺達は縁側で静かにお茶を啜り、静けさを楽しむ。

 

そうして更に1分後。

ポツリと呟くように男性は口を開いた。

 

「今更だが………君には、君には本当に感謝してもし切れない。娘達の仲直りも、娘の危機も──僕達はどうにも出来なかった」

 

小さな咳払い。

先代が刀奈に『楯無』譲った理由を俺は思い出す。

確か病気が起因していたはずだ。

別に命に関わるものでは無いが、著しく体力が落ちたらしい。

それが原因で先代の井神当主にも傷を負わされたとか────。

 

そして、だからこそ背負い込む刀奈と抱え込む簪の構図ができてしまった。

身内だからこそ、どうしようも出来なかったのだろう。

 

「感謝されるほど俺は何も出来ていません。俺は全部乗っかっただけです」

 

そうだ。

全部上手いように歯車が噛み合っただけ。

だからそんなに感謝されても、反応に困る。

 

「そうか。はっはっは、君も中々素直じゃないようだ」

 

「?」

 

刃さんの声が少し弾んで聞こえた。

理由は分からないが、特に突っ込む気も起きない。

──話が終わったからか、刃さんはゆっくりと立ち上がった。

 

「それでは僕は失礼するよ。飲み終わった湯呑みも貰おう。遠慮は無用、娘の友人にそんな事させる訳にはいかないからね」

 

「ありがとうございます」

 

こちらの礼に刃さんはニコリと笑みで応じる。

盆の上に湯呑みを乗せ、彼はゆっくりと立ち去るのだった。

 

 

 

 

 

1人縁側に残された流星は、そのまま床に背中から倒れる。

そうしてすぐに先程の男性に聞けばよかった事を思い出した。

 

(…寝床どうしよう)

 

話している最中に思い出せなかったのが悔やまれる。

追いかけてこれを話すべきか?それはそれで気まずい。

溜息が漏れる。

もういっそこのまま寝てしまおうか。

 

 

「駄目だ駄目だ。こんなので風邪なんか引いたら、それこそ今後に支障が出る」

 

今や流星は『更識』の一員にして国家代表候補生、そしてIS学園生徒会執行部副会長の身。

もし体調を崩せば、それこそ後が大変である。

 

仕方がないと割り切り、彼は先の部屋へと戻る事にする。

障子を開き、改めて寝室に入った所で出迎える水色の影が二つ合った。

パジャマ姿の楯無と簪が少年の方へと駆け寄る。

 

 

「一応聞くけど、どうしてここに居る?」

 

「だって、今日私が寝る場所はここだし?」

 

当然の事のように言う楯無。

流星はいつも通りの嫌そうな表情である。

 

「自分の部屋で寝ろよ」

 

「…今日は部屋の空調の調子が悪いから、ここで寝る…」

 

簪まで淡々とそう告げる。

私もー!と元気よく同調する姉。

きっと嘘だろうと少年は呆れている。

 

 

「もう、つべこべ言わないの」

 

楯無が流星の服を掴み引っ張る。

自然と振り解こうとするも、そこは簪も彼の手をがっしりと掴んで阻止する。

 

「逃げたら駄目」

 

微笑ましい姉妹の連携──ではない。

簪もこのような事をするとは流星にとっても想定外だった。

何か裏で密約を交わしたのか気になる所だが、そこを考慮してなかったのはとんだ失態である。

 

 

「…仕方がない、か」

 

ここからどうこうしても状況は変わらないだろう。

むしろ悪化まであると判断して、流星は渋々二人に連れられ部屋の中央まで歩く。

 

して、パジャマパーティとは何か。

疑問に包まれつつも彼は誘導され、三人うつ伏せで寝転ぶ形になる。

 

そして、学校や更識での他愛のない話を楯無と簪二人と話す。

寝る前にこうやって雑談をする──少年にとっては楯無と同室以来のことであった。

 

──恋バナが出来ないのは当然の話。

少女ら自身は墓穴を掘る事を避ける為にその話題を避けていた。

 

 

「もうこんな時間か」

 

自然と出たあくびを堪えながら流星は時間を確認する。

普段ならば就寝する時間。

これまでの疲れもあってか、やけに瞼が重い。

 

「もう寝ないとね」

「そうだね…」

 

楯無と簪もあくびをしながら、仰向けに寝転ぶ。

三人とも川の字になる。

そうして照明を消し、掛布団を被った。

 

 

「これ─おかしくないか──?」

 

 

月明かりがほのかに照らす部屋で、流星は不思議そうに呟く。

 

彼の声色はいつになく困惑が含まれていた。

広いはずの布団で、何故かピッタリと楯無と簪がくっ付いて来たからだ。

 

「こうして寝るのは久しぶりだし、折角だからねー?」

 

楯無はなるべく(・・・・)いつもの調子を装いつつ、そう告げる。

久しぶりという単語に簪は一瞬固まる。

しかし、負けてはいられないと彼女は流星の左腕に抱き着いた。

 

 

柔らかい感触が少年の腕に当たる。

流星は簪を止めようとするも、それは叶わなかった

対抗意識を燃やした楯無が彼の右腕に抱き着いたからだ。

 

「──」

 

脳が理解を拒む。

試されているのか、それともどういう悪戯か。

これまでの楯無の行動も相まって、一夏以上に警戒心が強くなっている流星は頭をフル回転させて状況を整理する。

 

右に楯無、左に簪。

双方は腕にしがみついており、距離が異様に近い。

 

(お姉ちゃんには負けない…お姉ちゃんには負けない…)

(わ、私だって意地があるんだから!)

 

更に対抗心を燃やす二人。

当初の協力して籠絡する作戦は、単純な嫉妬心により瞬時に崩壊している。

 

それぞれのシャンプーの香りがふわりと流星の脳をくすぐる。

同じ家、姉妹といえどこだわりが違うらしい───なんて冷静とは思えない分析が入る───少年は直ぐに忘れることにする。

 

二人の抱き寄せる力が強まる。

頬を紅潮させ、恥じらいつつも一歩も引かない乙女達。

白い肌に少年を見上げる小さな顔。

 

正直な話───流星が二人に魅力を感じていない筈もない。

 

「…流石に眠れないから、離れてくれ」

 

「流星は───」

「──嫌なの?」

 

 

するりと腕を解き、二人は流星を覗き込む。

言葉はなく、熱っぽい視線が静かに向けられている。

ボタンがひとつ外れ、着崩れたパジャマ。

いつその細い肩から脱げてもおかしくない───。

 

「─っ」

 

注意しようとも流星も言葉を失っている。

どくんと脈打つ心臓。何かが胸中で囁いている。

 

少年もまた自然と思考が鈍っていく事を自覚した。

その細い首に。

その白い肌に。

綺麗な髪に、赤い瞳に───理性は溶かされていく。

 

そしてまた、楯無と簪もとろんと熱に浮かされたような表情で流星に顔を近付けていった。

 

 

 

(───ん?目がとろんとしてる??)

 

 

そこで漸く二人の異変に気が付いた流星は、思考力を取り戻す。

同時にグルグルと目を回し、彼の両隣りに倒れる少女二人。

 

「………成程、酔いが回っていたか」

 

心配になり、二人の様子を確認する流星。

二人は幸せそうな表情でスヤスヤと寝息を立てている。

 

ISで簡易的なバイタルチェックをしても、問題なし────とんだ問題児達であった。

 

「…世話のかかる…」

 

流星は眉間を抑えながら、二人を並べ布団をかける。

 

ここは治外法権。

そして儀式や祭りといえど、良くないことには違いない。

黒幕がいるのか本人たちが知ってやったのかは知らないが、問答無用である。

 

明日の朝、厳しく叱ろうと決意しながら彼もまた眠りにつくのであった。

 

 

「……ホント、心臓に悪い事を───」

 

 

ボヤきつつ、彼は静かに意識を手放すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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