悪魔の妹は下僕が欲しい【更新停止】   作:はるかなた

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第一話

 眠りからの目覚めは、いつだって突然だ。

 

 その時を、当人が望んでいなくても。

 その時を、他の誰からも望まれていなかったとしても。

 

 冷徹な時の流れは、やがて全ての生命に目覚めを促していく。

 それは、それは残酷なことだ。一度覚めてしまえば、もう、それまで見ていた夢には二度と戻ることはできないのだから。

 

 ――……目が覚める。

 

 性懲りもなく、望んでもいない朝がやってくる。

 けれどそれは、時の流れが齎す、普段の緩やかなそれとは少しばかり異なっていて。

 それは物理的で、力づくで、乱暴な。

 

「もう、起きてってばー」

 

 ――――そして。

 まるで、僕の目覚めを望んでいるかのような。

 

 僕の体を延々と揺すり続ける、名前も知らない何者かによって齎されたものだった。

 

「もう六時だよ? 折角お日様も沈んだのに、ずっと寝ていたら時間が勿体ないわ」

 

 そもそも朝ですらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めた僕が最初に受けた印象は、ただ只管に『赤』だった。

 

 足元の、僕が寝ていたらしいベッドも。

 頭上に広がる天蓋も。

 その向こうに見える天井も、壁も、床も。

 部屋中に散りばめられた、如何にも豪華そうな数々の家具に至るまでの全てが、赤一色に染まっていて。

 

 どういうわけか、天井に穿たれ口を開ける大穴の、その向こう。

 同じように穿たれた穴を幾つか経た先に漸く見える星々と月が、子供部屋に張られた夜空の壁紙のような、奇妙なアクセントになっていた。

 

 それほど拘りがあるわけでもないのか、規則性も意図も感じられない、ただ無造作に置かれているだけに見える家具をぼうっと眺めながら、まだ少しぼんやりとしたままの頭で思考を巡らせていく。

 

 ――――知らない部屋だ。

 

 程なくして導き出された答えを、しかし導いた当の本人が否と斬り捨てる。

 

 ああ、いや、この部屋に見覚えがないってこと自体は、紛れもない事実なのだけれど。

 僕は、そうと判断した自分の記憶、それ自体が信用できなかったのだ。何せ、今の僕は、他ならぬ自分自身の名前さえ(、、、、、、、、、、、、、)未だに思い出せずにいる(、、、、、、、、、、、)のだから。

 

 そうして一頻り部屋を見渡した僕は、最後に。

 一巡した視線を、僕が目覚めて最初に捉えたモノ――――最後まで触れまいと避け続けていた、正面のそれへと戻した。

 

「?」

 

 その視線の先。

 僕と向かい合うようにベッドに座っている少女は、視線を向けられたことに気が付いたのか、不思議そうにこてりと小首を傾げた。

 

 どこか血を思わせるような、朱い瞳。

 病的なまでに白い肌。

 そして、その顔立ちは。まるで彼女自身が、人の理想を目指して形作られた精巧な人形なのではないかと思わせるほどに、整っていた。

 

 人間離れした容姿の少女だと思った。

 けれどそれは、ただ可愛らしいというだけの意味ではなくて。その言葉の通り、彼女は人間には到底存在し得ないモノ(、、、、、、、、、、、、、、)を、その身の一部として備えていたのだ。

 

 いや、もっと言ってしまえば。

 僕は、彼女の背中から伸びる一対のそれから、人間どころか、他の一切の生物との関連性をも見出せなかった。

 

 それでも例えるならば、羽と称するのが最も近しいだろうか。

 

 七色の宝石のような物質をぶら下げた、黒い、飛膜を取り払った後に残った骨のような。或いは、何らかの木の枝のような。何とも名状し難い、『何か』としか言いようのない異形そのものである。

 

 僕の精神がイカレてしまったわけじゃないのならば、見えているモノが確かならば、彼女は間違いなく人ではない。

 

 羽の形状に目を瞑れば、その朱い瞳も、病的なまでに白い肌も、まるで吸血鬼を思わせるような――――。

 

「言いたいことがあるならそう言ってよ。黙っているだけじゃ、何も分からないわ」

 

 不意に、鈴の音のような彼女の声が鼓膜を叩いた。

 それは決して激情によるものではなかったが、しかしどこか苛立ちが含まれた、不機嫌そうな音をしていて。

 思考に囚われ、呆然と彼女を見つめ続けていたらしい僕は、その声にはっと我に返った。

 

 表情だけを見れば実に愛らしい。

 外見相応の少女のそれと何ら変わらない、むうっと頬を膨らませた怒りの表現。

 

 しかし、一度それを連想してしまったからか。

 僕は既に、彼女のことを外見通りの普通の少女だとは思えなくなっていた。

 

 対応を間違えれば、次の瞬間には首が飛んでいるかもしれない――――。

 僅かな、しかし拭い去ることのできない恐怖と緊張感に、汗が、掌をじっとりと濡らしていく。

 

「背中の、羽……。その、とても綺麗だけれど、珍しい形をしてるなって思って」

 

 結局、ストレートに何者かを問うことを躊躇してしまった僕は、言葉を詰まらせながら、慎重に言葉を選んだ。

 

 その声は、我ながら情けなくなるほどにか細く、蚊が鳴くような小さなもので。

 それでも、彼女と僕との、精々が人一人分程度しかない距離においては、その耳に届かせるには十分だったらしい。

 

 少女は、「これ?」と背中側に視線を送りながら、その羽を大きくははためかせてみせた。

 特に固定されているわけでもないらしい宝石達が、しかし、ぶつかり合うこともなく静かに揺れる。

 

「疑っているのかもしれないけれど、本物よ。だってほら、よく動くでしょう?」

 

 からからと、実に楽しげな笑い声が響く。

 どんな反応を返せばいいのかが分からなかった僕は、彼女に倣うように、その羽の動きを目で追いつつ控え目に笑った。

 

 勿論、僕が本当に聞きたかったのは――気になっていること自体は否定しないが――羽のことではなかったので、満足したというわけではないのだけれど。

 

 その様子を見ていた彼女は、僕がもう満足したのだと解釈したらしい。

 

「じゃあ、今度は私の番ね!」

 

 その宝石をキラキラと輝かせながら、くわっと羽を広げると。大きく身を乗り出すようにして、僕との距離を一気に詰めてきた。

 

 息遣いさえ届いてしまうほどの至近距離。彼女の弾む呼吸と、その宝石のように爛々と輝く瞳は、正しく童女のそれそのもので。

 恐怖ですっかり印象が薄れていた、非常に整った少女の顔が、突然視界を埋め尽くしたことに気恥ずかしさを覚えた僕は、僅かに視線を逸らしつつ体を仰け反らせた。

 

「ねえ――――」

 

 そんな僕の心境を知ってか知らずか。

 彼女は、辛うじて作り出した僅かな隙間さえ埋めるように、再びずいっと距離を詰めて。

 

「――――貴方は、私の使い魔なの?」

 

 彼女は、僕にそう問うた。

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