悪魔の妹は下僕が欲しい【更新停止】   作:はるかなた

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第十一話

 その後の清掃業務は苛烈を極めた。

 実のところ、外観を見たことがないからイメージ的にはピンと来ていない部分もあるのだけれど、それにしたって、たかだか二階建ての一洋館としては異常と言えるほどの広さを有していたのだ。

 

 ……尤も、言ってしまうとアレなのだが、必死こいて綺麗にしたと思ったら、振り返った時には既にどこからともなくやってきた妖精メイド達に荒らされていてリスタート、なんてことが多発したことも原因ではあるのだけれど。

 

 咲夜の酷評を流石に言い過ぎじゃないかなーなんて思っていた頃の僕はもう死んだのだ。

 遊んでいるのが大半とはいえ、中には掃除しようとした結果荒らしているだけだったりする子もいるのがまた、何とも質が悪い。

 いっそ何もしなくていいから大人しくしていてくれと何度思ったか。

 

 ――――それは兎も角。

 

「終わっ……たぁー……!」

 

 妖精らを担当地区から追い出しながらの清掃業務は、これにて完了。二階の端から一階の果てまで、丸ごと綺麗にしてやった。

 ……追い出した妖精がどこに向かったかなんて知らない。許せ咲夜。

 

 ワゴンの上、空になった洗剤の容器を纏めてゴミ袋に収め、ついでに別の袋に汚れ物を纏める。

 用具室は二階の端だから、再び荒らされていないかのチェックがてらゆっくりと戻ることにしよう。

 

「……とりあえず、問題はない……かな?」

 

 事前に忠告を受けていた通り、勿論、合間合間には幾らかの小休憩こそ挟んだものの、それでも全体を通せば五時間近く。

 どこかしらで抜けだったりがあるのではないかとも思っていたけれど、妖精の被害含め、これといった問題は見つからない。

 

 これは、案外僕には掃除のセンスがあったりするのだろうか?

 別に嬉しくもなんともないけれど、ちょっとした収穫である。

 

「うわーなんか綺麗になってるー」

「……なってる、じゃなくてしたんだって、人の手で。お願いだからもう汚さないでくれ」

 

 感慨に耽る僕の元に、妖精メイドがぱたぱたと駆けてくる。

 

 ちなみに、これは紅魔館ツアー(仮称)の際に咲夜から聞いた話なのだが。妖精という種は個の有する力がとても弱いらしい。

 というのも、彼女達は、同じモノをその根幹に据えているらしく――――具体的に言うと、僅かな意思を持った自然の一部、であるらしいのだ。故に、元を辿れば同じ存在であり、無数に分かれた枝葉に過ぎない妖精一人一人が持つ能力は乏しい。

 

 そして、弱い力しか持たない『幻想』の存在は、個性と呼べるだけのモノを確立できないのだということで。

 ……つまるところ、彼女達は非常に似通った姿、似通った性格をしていることが多いのだそうだ。

 

 それで。

 実際に、彼女達を見て触れた今になってみると。

 案外そんなこともないんじゃないかな、というのが実のところだった。

 

「汚さないから遊んでー!」

「君達と遊ぶと汚れちゃうだろ……」

 

 新しい使用人が物珍しいのだろう、妖精メイド達は業務中も度々絡んできた。大抵の子は数回やり取りを交わすと、飽きてどこかに飛び去ってしまうのだが、中には懐いてしまったのか、執拗に絡んでくる子もいたのだ。

 御覧の通り、彼女はそのうちの一人だ。

 

 大まかに特徴だけを抜き出して分類すれば、確かに、両手の指ほどあれば数え切れてしまう程度のグループ分けで済んでしまう。

 けれど、外見だけを見ても、例えば彼女の頭頂部には若葉を思わせるような一対の太いアホ毛が飛び出ていたりと、細かなところを見れば違いはある。内面的に言えば、それこそ懐いてくる子、離れていく子、遠巻きにずっと見てくる子等々多種多様であり。仮に根源的な部分が同じだったとしても、表層化した個々の違いというものは、間違いなく在るのだ。

 

 ちなみにこのアホ毛な妖精メイドは、如何にも子供らしい振る舞いをしていながらもちゃっかり御洒落さんで、スカートや袖の裾の裏地を刺繍で飾り付けていたりもする。

 

 飛べない僕を煽りつつ、小さな翅を羽搏かせてくるくると回る妖精メイドに、やめさせようと飛び付いては躱されて地面に顔面ダイブする僕。

 ……傍から見た時、それが第三者の目にはどのように映るか、なんてことは言うまでもないことであり。

 

「――――あら、随分と仲良くなったのね」

 

 立ち上がり、再び飛び掛かろうと腰を低く落として構えていた僕は。

 突き刺すような鋭い声に、微妙に情けないその姿のまま硬直した。

 

 ……あぁ、うん。

 そうだよね。遠足だって帰るまでが遠足だものね。最後の最後に気を抜いた僕が悪いのは、分かっているさ。

 けれど僕だけが死ぬんじゃない。死ぬ時は一緒だぞ。

 

 そんな思いを込めて視線を横へと向けると、しかしそこに妖精メイドの姿はなく。

 

「わー咲夜だー!!」

 

 振り返ると、凄まじい勢いで飛び去っていったらしい彼女の姿が、廊下の向こうに米粒程度のサイズで見えた。

 裏切り者め。

 

「……えっとですね、咲夜さん。これは遊んでいたわけじゃなくて」

 

 油の切れた機械の如く。

 ぎぎぎ、と幻聴が聞こえるほどの強張った動きで、振り返る。

 

「分かってるわ。一応、下の階は見てきたから」

 

 しかし、思っていたものとは打って変わった優しい声音と。これまでに見せた表情の中で、も頭抜いて一番穏やかな微笑みを湛えている咲夜に、内心で驚いてしまう。

 一先ず危機は去ったらしいと判断し、妙な中腰から姿勢を正した。

 

「ここまでの成果は流石に本当に予想外だったけれど、まぁ、発破も掛けてみるものね」

 

 ……じゃあ、なんだ。

 僕は彼女にまんまと乗せられて、ホイホイ掃除に精を出してしまったと、そういうことですか。

 

 見返すことを目的としていた分、実は掌の上で踊っているだけでしたと言うのは、なんというか、すっきりしない。ちょっとした抗議の意味合いも込めて軽く目を細めて睨むと、咲夜は小さく笑って「ごめんなさいね」と言う。

 

「私がメイド長に成り上がってこの紅魔館を掌握した暁には、右腕として扱き使ってあげるから、それでチャラにして頂戴な」

「それ、僕ちっとも得してないよね……? というかそんなこと考えてたのか」

「冗談よ。名誉にも興味はないし、何かを支配する立場なんて面倒なだけだしね」

 

 ……そう、下らないやり取りを交わしつつも。

 何となく、内心でほっとしている自分がいた。

 

 それは当然、先の美鈴と会った時の一件が、幾らか尾を引いていたという意味である。

 彼女達のやり取りを聞く限りでは、或いは咲夜は、本当に僕の首を飛ばすつもりだったのかもしれない、と。

 

 それは恐怖であったけれど、それ以上に哀しいことだと思った。

 自分の方には元の一文字が付くにしても、同じ人間として、同じような立場の者として、彼女には幾らかの親近感があった。そんな咲夜と敵対的な関係になってしまうのは、それはどうにも嫌だったのだ。

 

 或いは、僕を殺そうとしたのかもしれない相手に何を危機感のないことを、と思うかもしれないが。

 それでも、こうして彼女と笑い合えるということは、それはやっぱり喜ばしいことだった。

 

「さて、それじゃあ今日はここまで……と言いたいところだけれど、最後にもう一つ、仕事を任されてくれるかしら」

「分かった。何をすればいい?」

「難しいことじゃないわ、妹様におゆはんを届けてもらうだけでいいの。そろそろ準備も終わる頃でしょうし。一先ず、厨房にいきましょう」

 

 咲夜の後を追って、厨房へ。

 するとそこに広がっていたのは、僕の印象と予想を些か超えた光景であった。

 

「……仕事してるじゃん、妖精メイド……」

 

 厨房では、調理に勤しむ妖精達の姿があった。

 皆が笑顔で。

 きびきびと。

 

 それは、清掃を繰り返し妨害してきた彼女らの姿とは打って変わるものであり。同時に、あまりにも受け入れ難い、現実離れしたものでもあった。

 

「……あの子達ね、割と、料理は好きらしいのよ。あの調子でちゃんと後片付けまでしてくれればいいのだけれどね」

 

 溜息交じりの呟き。

 それを聞いて反射的に洗い場に目を向ける。するとそこには、今度は予想に違わず乱雑に放り込まれただけで手つかずの洗い物の山があった。

 

 ……それを見て、一周回って安心してしまったのが、少しだけ悲しい。

 

「アレは、片付けなくて平気?」

「私がやっておくから、今日はいいわ。……それで、準備できているの?」

「今できましたー」

「わたしはこびたくないですー」

 

 咲夜の声に反応して、二人の妖精メイドが食事の乗ったワゴンを押しながらふよゆよと寄ってくる。

 

「運びたくないって……配膳するだけなら、そう面倒な仕事でもないよね」

「一回休みはこりごりー!」

 

 僕の疑問に、しかし彼女の言葉は何とも不明確だ。

 一回休みって、いやいや、ゲームじゃあるまいし。それとも、フランに何かしら付き合わされるのだろうか? それも、遊び好きな彼女達の性質を思えば、他の仕事を振られるよりは喜びそうなものだけどな。

 

 まぁ、少なくとも今日は僕が運ぶわけだが。

 

「……まぁ、この調子なのよ。というわけで、締めの業務として、一日の終わりにコレをお願い。貴方の分も用意させてあるから、終わったらそのまま上がってもらって構わないわ」

「ん、分かった」

 

 しかし、このワゴンを持って階段を下るのは、ちょっと厳しいな。僕も彼女達みたいに空を飛べたら少しは違うのだろうけれど。

 

「うん、申し訳ないんだけど、下の階に運ぶのだけ手伝ってくれない? 聞いての通り、フランのトコには僕が運ぶから」

「んー……しょうがないなー」

 

 渋々、といった様子の妖精メイドに苦笑しつつ、

 

「じゃあ、いってくる」

「ええ。明日も部屋まで迎えに行くから、今度はちゃんと起きててね」

「……善処します」

 

 最後に簡潔に事務連絡を交わしてから、僕は妖精メイド達を連れて厨房を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 外のフロアとは違い、唯一じめっとした空気に満ちる地下階の廊下を進む。

 道中、雑談がてら先ほど耳にした「一回休み」について妖精メイド達に尋ねてみると、

 

「わたしたちはやられちゃっても、少ししたら復活できるのー」

 

 との返答が得られた。

 その後の、イマイチ要領を得ない二人の説明を掻い摘むと、つまるところ、妖精という種には「死」という概念が存在しないらしいのだ。

 それは恐らく、彼女達が自然の化身であるという側面があるからだろう。自然そのものが死を迎えるなんて、そんなことはあってはならないものな。

 

 ……僕らが殺してしまわないよう、改めて気を付けないと。

 朗らかな笑顔を浮かべている妖精メイドを見つつ、ふとそう思った。

 

「でもでも、痛くないってわけじゃないんだから!」

「でもでも、フラン様ったらぜんぜん容赦してくれないんだから!」

 

 ぶーぶーと文句を募らせる二人は、笑顔を一転させて怒髪天、といった様相。

 基本的に知性が低く、我慢を知らない妖精は、豊かな感情を惜しげもなく表現してくれる。その様子は愛らしくもあり、微笑ましくもあり。些か振り回されるという問題点こそあれど、僕は彼女達の性質を概ね好ましく思っている。

 

「そっか、それで運ぶのは嫌だったんだね」

「そうだよ! それに、一回休みになったあと、すぐに帰ってこれるってわけでもないのー」

「矢夜は一回休みはないよね? フラン様のトコいって平気なの? 死んじゃわない?」

 

 こちらの顔を窺うようにしながら、後ろ向きに飛ぶ妖精メイドの片割れが浮かべている表情はどこか不安げで。

 僕は小さく笑って、その頭に手を乗せる。

 

「大丈夫。これでも、僕はフランの使い魔だからね」

 

 どれだけの説得力があったかは分からないが。

 彼女はそれで、癒し効果のあるほにゃっとした笑顔を取り戻してくれた。

 

 というか、僕の中のフランのイメージには、そういう物騒なモノはまだ結び付いていないのだけれど。

 咲夜からも忠告を受けていることだし、彼女達の反応を見る限りそういった側面があるのは間違いないのだろうな。フランに狂気的な一面があるのは、一応、既に身を以って体験していることだし。

 

 ……うん、本当に大丈夫かな僕。

 割と本気で美鈴に師事しないといけないかもしれない。フランは魔法の才能もあるって話だから、そっちの対処法はパチュリーに頼るしかないか。

 

「ここまででいいよ、手伝ってくれてありがとね」

「ワゴンは階段の近くに置いといてー。掃除のときに片付けておくから、咲夜が!」

 

 あ、君達がじゃないんだ、と。

 内心で思いつつ、ぱたぱたと飛んでいく彼女達の背中を見送った。

 

 ……そう言えば、フランと会うのは昨日振りだな。

 レミリアに連れていかれた後に戻らなかったこと、怒っていたりとかするだろうか。

 僕はちょっとだけ身構えてから、扉を軽く三度叩く。

 

「……?」

 

 念の為声を掛けてみるも、反応はない。

 もしかして部屋を空けていたりとかするのだろうか?

 

「フラン、開けるよ?」

 

 ここで棒立ちというのはちょっとアレなので、申し訳ないけど中で待たせてもらおう。

 そっと扉を押し開けると、部屋の灯りは殆どが消されていて酷く薄暗い。幾つか付けられたままになっていた僅かな灯りを頼りにワゴンを入り口脇に移動させると、恐る恐る部屋の中に足を踏み入れた。

 

 本能的なモノなのか。

 その静寂に、張り詰めたような緊張感と、ほんの少しの恐怖が胸の奥に湧き上がる。

 

「……やっぱり、いない?」

 

 呟く声が、闇に溶ける。

 相変わらず返事はない。

 辺りを包む空気は冷たいくらいに静寂で、胸の奥で打ち鳴らされる心音が、酷く耳障りなくらいに大きく響いていた。

 

 ……少しずつ、暗闇に目が慣れてきた。

 

 あまり使われた形跡の見られない家具の数々。

 棚の上に乱雑に置かれた、イマイチ統一感のないぬいぐるみ達。

 恐らくこの部屋で最も大きなものであろう、天蓋付きの赤のベッドに。

 その奥側の壁には、如何にもといった棺桶が立て掛けられている。

 

 そこまでじっくりと見ていたわけではないけれど、概ね、昨晩見た光景からこれといった変化はない。それだけに、その部屋の主が忽然と姿を消してしまっただけで、なんとも寂しげに感じられてしまう。

 

 心のどこかで、フランの影を求めていたのか。

 言葉を交わした場所であったベッドへと近付いていたのは、半ば無意識のことで。

 その上の、妙に膨らんでいるように見える布団がもぞり、と僅かに動いた瞬間を捉えたのは、本当に偶然だった。僅かな違和感、しかし事態が動いたのは、思考が纏まるよりもずっと早く。

 

「――――つかまえたっ!」

 

 紅色の影が、僕の胴体を打ち据えた。

 それなりの質量が、それなりの速度で齎した衝撃は、決して軽いものではなく。僕の体は宙に浮き上がり、肺の中に残っていた酸素は一息のうちに体外へと吐き出された。

 

 痛ってぇ。

 ……いや違う。違わないけど、違う。寧ろ、本格的に痛いのは、この後じゃないのか?

 

 数メートル程度の空中遊泳。

 その、全身を包む浮遊感が徐々に落下を伴うモノへと成り代わっていき。

 激突が間もなくであることを本能的に察知した僕は、しかし彼女達のように自由に飛び回ることはできず、体を締め付けるソレのおかげで満足に身動きも取れず。恐怖に打ち震える余裕さえないまま、ただ、運命に身を任せるように固く目を瞑った。

 

 ――――ぼふっ、と。

 そんな僕の背中を襲った感覚は、些か想定とは異なる、とても柔らかなものだった。

 

 片側の手を無理矢理背中との隙間に潜り込ませて弄るようにして、その正体を探る。枕……いや、クッションだろうか。もしかして仕込んでいたのか、予めどれくらいの空中遊泳になるのかを考慮した上で?

 視線を落とすと、ちょうど飛び込んできた赤――――フランが、胸に埋めていた顔をがばっと上げた。やはりというべきか、その頬は僅かに膨らんでいて、大変ご立腹であることは火を見るよりも明らかだった。

 

「まさか、そのまま一日帰って来ないなんて思わなかったわ! ずーっと待っていたのにっ」

 

 言い切った後、彼女はゆっくりと体を起こした。

 ちょうど太腿に乗り上げる程度の位置になり、上半身の自由が利くようになった僕も体を起こす。

 

 フランが魔法でも用いたのか、部屋を閉ざしていた闇を払うように、ぽつぽつ、と。

 誰が触れたわけでもないのに、部屋の照明が広がるように独りでに付いていって、その顔を照らし出す。愛らしい、けれど病的な白さの彼女の顔。くりっとした大きな目の下には、より不健康さを増長させるような黒い隈が広がりつつあった。

 

「――――ごめん」

 

 謝罪は、自然と漏れ出ていた。

 勿論、彼女を放置しようという意図があったわけではない。

 彼女の顔を見に行こうかと、寝落ちする前に考えていたことは事実だ。

 

 けれどそれも、そうしようかな? という程度のものでしかなかったわけで。

 決して意図はなくとも、結果的には、僕が使い魔という立場でありながら、彼女をどこかで蔑ろにしていた部分があったのもまた確かなのだ。

 

「レミリアと契約を結んだ後、少なくとも一度ここに来るべきだった。僕の考えが至らなかった」

 

 するとフランは、怒っていた顔を一変させる。

 そんなつもりはなかったとでも言いたげな、少し困ったような。

 

 ……分かっている。

 彼女が最初から謝罪なんて求めてはいないことくらい。これが、ただ独りよがりな僕の自己満足でしかないことくらい、ちゃんと分かっている。

 

 だから、それ以上困らせるよりも先に。

 彼女に余計な気を遣わせるよりも先に、その頭を少しだけ乱暴に撫でる。

 

「ご飯もってきたよ。折角作ってもらったのに、冷ましちゃ勿体ない」

 

 フランの腋に手を差し入れて持ち上げるようにしつつ、立ち上がる。

 あんな体勢から持ち上げるなんて無理だろうな、と思っていただけに。意外にもあっさりとできてしまったことに、今更ながら自分は既にヒトを辞めていたのだということを思い知った。

 

 僕はまだ、彼女のことを殆ど知らない。

 天真爛漫な姿も、時折見せる知的さも、小悪魔的な妖艶さも。きっと、いずれもフランの持つほんの一面に過ぎなくて。

 皆が言うような危険性を、彼女は確かに孕んでいるのかもしれない。……それでも。

 

「ほら、一緒に食べよう?」

 

 呆けていたフランは、やや遅れて、満開の花を咲かせるように笑顔を浮かべた。

 

 それでも、彼女とはうまくやっていけると。

 ――――違う。

 他ならぬ僕自身が、彼女とうまくやっていきたいと、心からそう思うのだ。

 

 ……ところで。

 ソレ、テーブル代わりだったのね。

 

 ふらふらと飛び去ったフランが、両手に抱えて運んできた棺桶の上にクロスを敷くと、ここに置けと言わんばかりにその上をぱんぱん叩いているのを見て、思わず苦笑するのだった。

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