悪魔の妹は下僕が欲しい【更新停止】   作:はるかなた

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第十三話

 何かが、前髪を撫ぜていく。

 仄かに揺らいだそれが額を擽って、その小さな刺激に思わず身動ぎをした僕は、そこで目を覚ました。

 

「――――やっと起きたね」

 

 不意に視界を遮った影が、そう言った。

 闇に融けた輪郭は瞬きを繰り返すことで鮮明になっていき、やがて、一人の少女の形として結実する。

 

 赤色の瞳。

 金色の髪。

 病的なまでに白い肌。

 

 最早見紛うことなどない、すっかり慣れ親しんだ我が主たる少女、フランドール・スカーレットの姿だ。

 

「……フラン? ここは」

「私の部屋に決まっているじゃない」

 

 僕の問いかけに、彼女はくすくすと笑った。

 

 ……それはまぁ、そうだろうな。

 というのも、この一ヶ月、僕は彼女が部屋の外に出ている姿を見たことがない。理由は知らないし、触れていいことなのかも分からないので尋ねたことはないが、彼女がいわゆる引き篭もりであることは確かで。

 つまり、フランがいる場所とは、即ち自室以外には在り得ないのだ。

 

 ああ、いや、違う。そうじゃないんだ。

 記憶も、思考も、イマイチまとまらない。

 ええと、僕が尋ねたかったことというのはそうじゃなくて、つまり。

 僕は一体、どうしてここに……?

 

「まだ寝惚けているの? しょうがないなぁ」

 

 フランの手が、僕の前髪を漉くように撫でてくる。

 

 その手付きは、まるで壊れ物を扱うように優しくて。

 それはどこかこそばゆくて、無性にむず痒くて。

 

 咄嗟に制止しようとした手が浮き上がるも、しかし、何故かとても幸せそうな表情を浮かべるフランを見ていると止める気にもならなくなって。

 僕は出所の分からない気恥ずかしさを必死に押し殺しながら、それを甘んじて受け入れることにした。

 

「少し話がしたくなったから、妖精メイドに呼んで貰ったの。そしたら、気を失った貴方を担いだ美鈴がやってきたのだから、びっくりして笑っちゃった」

 

 またやられちゃったんだって? とフランは笑う。

 ……主の前に痴態を晒してしまったらしい事実からは、一旦、目を背けるとして。

 

「それって僕、もしかしてまだ就業中なんじゃないの?」

「主の我儘に振り回されるのも、仕事の一環じゃなくて?」

 

 都合よく逃げ出す口実を得たとばかりに進言するも、どこ吹く風。フランはけろっとした様子でそう返してくる。

 ある種の正論で返されてしまった僕は思わず口を噤んでしまい、なんだか負けた気がして悔しくなった僕は、動き続けているフランの手を指さして言う。

 

「……それ、楽しい?」

「ええ、とっても」

 

 ならば、もう、それでいいか。

 ぶっきらぼうに「そうですか」とだけ返すと、僕はとうとう口を噤ませたのだった。

 

 ――――ちなみに。

 僕の中に湧いて出た気恥ずかしさの正体は、頭を撫でられていることそれ自体じゃなくて。

 

 まぁ、その、なんだ。いわゆる膝枕、みたいな状態になっていたからだということに――気付かなければ良かったのに――気付いてしまったのは、それから数分が経ってからのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで、話したいことがあったんじゃないの?」

 

 たっぷり一時間弱ほど続いた拘束から解放された僕は、残る羞恥心からフランに顔を向けることができず、視線を逸らしたまま訪ねた。

 

 ついでに、体の調子を確かめる目的であちらこちらを軽く叩いてみたり、腕を回したりしてみる。

 妖怪の肉体とは何とも恐ろしいもので、目が覚めた時にはまだ残っていた痛みはすっかり消え去っていて、すこぶる好調である。

 

「用がなかったら呼んじゃ駄目?」

「あ、いや、そういうわけじゃ……。でも、珍しいなって」

 

 むくれた様子のフランに、少し慌てて言い訳染みた言葉を重ねる。

 

 けれど実際のところ、彼女が我儘で僕を呼び出すということは珍しい。というか、これまで一度もなかったのではないだろうか。

 姉君の方は、大した用もないのに――なんて思っているとバレたら怒られるだろうか――頻繁に咲夜を呼び出しては彼女を困らせていたりもするので、その辺り対照的だなぁなどと思っていたりもする。

 

「まぁ実際、理由はあるけど」

「だよね」

 

 目的のない応酬を挟んで満足したのか、フランがこちらに体を向けたのに合わせて、僕も彼女に向き直る。

 本題、とはいっても、その表情を見る限りではそれほど深刻な話というわけでもないようだ。

 

「ほら、私って、直接貴方を呼び出したりとかできないじゃない? 今回は妖精メイドにお願いしたけれど、あの子達ってあんまりアテにはならないし」

「まぁ、そうだね」

「いつ緊急事態に陥っても大丈夫なように、連絡手段を用意したいなって思ったの!」

「そうならない為に門番してるんだけどね、一応」

 

 まぁ実際、フランとの連絡手段自体は、何かしら設けなければいけないとは思っている。

 

 と、いうのも。

 僕達には、本来『従魔契約』で結ばれた使い魔と主との間に存在するべきモノ――――魔力パスが存在していないのだ。

 

 使い魔と主は、魔力パスを通じて多くのやり取りを行う。

 使い魔の活動に必要となる魔力の供給を行ったり、互いの位置を知らせたり、或いは自分のいる場所に使い魔を呼び戻したり。そして、離れた場所からの意思疎通――念話、とでも言えばいいか――を行ったり、と。

 

 使い魔を使役するにあたって便利……どころか、必須と言っても過言ではない役割を担っているのだそうだ。

 

 で、そんな必須級の魔力パスがどうして繋がってないのかというと、その答えは実にシンプルで。実は僕達の間には、正式には従魔契約なんてものは交わされていないからである。

 

「……とは言ってもさ。フラン、契約魔法使えるようになったの?」

「ぜーんぜん。コウモリさえ使い魔にできないまま!」

 

 当然、とばかりに答えると、フランはからからと笑った。

 新しい魔法なんて一日二日で使えるようになるモノでもないし、まぁ、それ自体は当然なのだけれど。

 

「だから昨日、パチュリーに頼んでみたの。そしたら、簡単な魔道具なら作ってやれる、ってさー」

 

 曰く、その魔道具を作る為には触媒となるモノ……端的に言ってしまえば血液が必要となるらしい。

 それに含まれる個体情報や魔力なんかを使って受送信先を識別するのだそうだ。理由はよく分からないが、この手の触媒に用いるモノは鮮度が重要なファクターにもなるそうだから、僕をここに呼び出したのだ、ということだった。

 

「多分、そろそろ来ると思うんだけど……ふわぁ」

 

 フランはそう言うと、一つ、大きな欠伸をした。

 

 腕時計を見れば、今の時間はまだ昼過ぎ。

 当然と言えば当然だ。

 

 尤も、外を歩けばちょっとばかり即死トラップに引っかかりやすいというだけで、別に、吸血鬼が夜でなければ活動できないというわけではない。

 

 実際、日傘を差して「散歩」と言っては咲夜を連れ出していくレミリアの姿は珍しくもなかったりする。

 フランはフランで、暗い地下室での生活がデフォルトであるせいか昼夜の感覚が乏しいらしく、「眠くなれば寝るし飽きたら起きるだけ」だなんて言っていた。

 

 それでも、習慣によるものなのか、それとも本能的にそうさせる何かが働いているのか。

 姉妹共に、基本的に日中の活動は消極的で、なんだかんだで夜型に収束しているようだった。

 

 今起きているのも、まもなくやってくるであろうパチュリーを迎える為で。

 彼女の、変なところで律儀な部分を鑑みれば、僕がぶっ倒れている間もずっと起きていた、という可能性も決して低くはない。

 

「パチュリー来るまで、寝てていいよ」

「え……、でも」

「眠気を引き摺って、パチュリーの前でうとうとしたり寝ちゃったりしちゃう方がよくないだろ? 大丈夫、僕がちゃんと起こすから」

 

 そう促してやると、フランは暫く唸っていたが。

 やがて自分の中で折り合いがついたのか、「それなら……」と体を横たわらせた。

 

 さも当然、というかのように、ごく自然な動きで僕の太腿を枕にし始めたのには少しばかり驚いたけれど。異議を申し立てようと思ったものの、その隙も与えてくれずすぐに寝入ってしまった。

 まぁ、促したのは僕であるし、別に文句なんて言う気はないけども。

 

 どこかむず痒いというか、なんとなく居心地の悪いものを感じた僕は。思わず、彼女から目を逸らしたのだった。

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