悪魔の妹は下僕が欲しい【更新停止】   作:はるかなた

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第十四話

 たかだか一ヶ月。

 けれど、その短い一ヶ月の中でも、内側から見るというだけで、幾らかは多くのものが見えてくるものだ。

 

 ……率直に言うと。

 紅魔館の住民が築いた人間関係は、どこかが、歪んでいる。

 

 明確な軋轢が表層化しているわけじゃない。

 レミリアに対して少なからぬ悪感情を抱いているように見える咲夜は、けれど害を為そうという素振りは見せない。

 その咲夜を、どこかでよく思っていないように見える美鈴は、けれど少なくとも表面上は、彼女とうまく付き合っていこうと振る舞っているようにも見える。

 友人であるレミリア以外とは積極的に関わる姿を見せないパチュリーは、けれどそれ故に、誰かと揉め事を起こす姿など見せたことはない。

 

 そう、成立してしまっているのだ。

 それぞれが何かを抱えたまま、それを誰にも打ち明けることのないまま。いつ破裂するとも分からない爆弾を抱えたまま、けれど誰もが笑って過ごしている。

 それが、少しだけ恐ろしくて。

 

 ――――けれど、何よりも恐ろしいことと言えば。

 

 その、歪な輪の中にさえ、フランという少女の居場所がどこにもない、ということだった。

 

「――――……んぅ」

 

 吐息を溢し、寝返りを打つフランの顔を眺める。

 

 姉君からは、まるでいないモノのように扱われ。

 従者からは、どこか腫れ物のように扱われ。

 けれどそれを、何とも思っていないように、さも当然のことと受け入れているかのように笑って過ごす少女は。

 

 その胸の内に、果たして、どんな感情を秘めているというのだろうか――――。

 

「フラン、私よ」

 

 ノックの音が、部屋の中に転がってきた。

 僕は慌ててフランの肩を叩いて来客を伝えると立ち上がり、扉へと駆け寄った。

 

「あら、矢夜。もう来ていたのね」

 

 扉を開けた先、驚いたとばかりに発せられた声とは裏腹に、眉一つ動かさず平静そのものを保ったままの少女――――パチュリーが、何やら大きな袋を抱えてそこに立っていた。

 

 彼女こそが例外中の例外。

 興味が外に向いていないが故に、気にした様子もなくフランと関わってくれる、唯一の存在である。

 

「どうしたの、その荷物」

 

 ベッドの上にぺたりと座ったまま、目を擦りながらフランは言う。パチュリーは一度「ああ、これ?」と袋を掲げて見せると、それを床へと下ろして口を縛る紐を緩めた。

 

 はたはたと飛び寄ってきたフランと中を覗き込むと、果たしてそこに詰まっていたのは石や宝石、爪といった様々な……これは……?

 

「マジックアイテム。特に、魔道具の素材として使われるモノよ」

 

 目を合わせると、互いに首を傾げてしまった僕とフランの様子に一つ溜息を溢すと、パチュリーはそう説明した。

 

 ――――マジックアイテム。

 端的に言ってしまえば、魔法的に価値がある品物のことである。

 

 触媒魔法という魔法の一分野から見れば、自然界のあらゆる物質は魔法の材料と成り得るが、その中でも特に強い効果を齎すもののことをそう呼ぶらしい。

 例えば、単なる動物の爪や牙よりもより高い効果が期待できる、妖怪のソレらのこと、だとか。

 

 尤も、目に見える物から力を得る触媒魔法と、目には見えないモノから力を借りる精霊魔法との相性は悪いらしく、後者を得意とするパチュリーにとってはあまり縁のないものだと言っていたように記憶しているが……。

 

「えぇ、その通り。私にとって触媒魔法というものは相性の悪いものよ。けれどマジックアイテムは、精霊魔法とは決して結び付かないというものでもないの」

 

 例えば、と。

 彼女は背中に手を回すと、普段より抱えている一冊の本を取り出した。

 

「これ。魔導書というのは、魔力の馴染みやすい樹木から作った紙を使って書かれることが多いわ。他にも、インクに血を混ぜたり、表紙に宝石を埋め込んだり……実は魔導書自体が、マジックアイテムを用いて作られる魔道具のようなものだったりするのよ」

 

 パチュリーが表紙を撫でると、その軌跡を追うように、刻まれた白の紋様がぼうっと光って浮かび上がっていく。

 その様子が面白かったのか、フランは目を輝かせ食い入るように紋様に見入っていた。

 

「そして、マジックアイテムから作られた魔道具は、魔法の行使を助ける働きを持つ。……未契約の間の、貴方達の連絡手段の代替として、専用に魔道具を作るわ」

「……つまり、これらはその材料、と?」

 

 僕の言葉に、パチュリーは頷いて答えた。

 何でも、高位の魔法使いは道具もなしに遠隔地の相手へと声を届けることもできるのだそう。僕らにそれができるわけもないので、それを補助する魔道具を作ってくれるのだということだった。

 

「でも、こんなに沢山の素材を使うのなら、普段使いには向かないんじゃない? 私は部屋から使うから、大きくても問題ないけれど……」

 

 パチュリーの魔導書を傾けたり、表紙に触れたりしていたフランが、視線をパチュリーに戻して言う。

 

 それは、僕も思っていた。

 まぁ、必要な物ではあるから、最悪担いででも持ち運ぶけれど、できれば懐に忍ばせることができるくらいの方が有難いが……。

 

「そんなに大きな物は作らないわ。……いえ、作れない、と言った方が正確かしら」

 

 返ってきたのは、少し意外な言葉だった。

 

「ええ、それなりの設備があればまた別でしょうけれど、私にとっては得意分野ではないもの。できることなんて簡単な錬金術の真似事程度よ」

「じゃあ、この大量の素材は……?」

「別に全てを使うわけじゃないわ。この中から、それぞれ相性の良いアイテムを選んで貰いたいの」

 

 言いながら、パチュリーは袋の中へと手を差し込むと、姿形の似通った小石のような物を二つ取り出した。

 掌に乗せられたソレらに、彼女が魔力を流し込むと、先の魔導書のようにぼんやりと輝き始める。違いの分からなかったソレらに明確な違いが現れたのは、それから間もなくのことだった。

 

「……あ、光り方が違う!」

 

 姿形の似通った二つの小石。

 そのうちの、どちらかと言えばやや小さな方が、より強く輝いていた。

 

「勿論、物自体にも良し悪しはあるけれど。人それぞれに相性の良い物、悪い物があるの。こればかりは、試してみないと分からないからね」

 

 パチュリーは袋をひっくり返してその中身を床に広げる。

 その拍子に地面をバウンドして足元まで転がっていた牙らしき何かを、反射的に拾い上げた。その形から元の持ち主を割り出すほどの知識など勿論ないが、これも妖怪のモノなのだろうか。

 同じような牙は他にも幾つかあって、いずれも異なる形をしているということが辛うじて分かる程度で、その良し悪しも分からない、というのが本音だ。

 

 ……うーん。

 パチュリーの言っていることは分かるし、納得もできる。できるのだけれど、何というか、相性の良いものを探し出せる気がしないのだが。

 

 それぞれの違いが分からないというか、どう探せば良いのかが分からないのだ。

 片っ端から魔力を流してみる他ないのだろうけれど……大した魔力量があるわけでもないのに、それさえ碌に扱い切れていない身だ。力加減を間違えて壊してしまう、なんてやらかしを犯してしまいそうで。

 

 そんなこんなで二の足を踏んでいた僕と対照的だったのが、フランだった。

 彼女は相変わらずの、好奇心に満ちたキラキラとした目であれこれと品々を手にとっては「どれがいいかな?」と思案している。手に持ったモノが牙やら爪やらでなければ、年相応の少女の微笑ましい買い物風景なのだけれど……。

 

 僕とは違って大き過ぎる力を、僕と同じく制御し切れていないというフランは、魔力を流しての品定めという方法をはなっから諦めているらしい。

 感覚、直感、フィーリングで選ぶつもりのようだった。

 

「フランのアレ、案外間違いでもないわよ」

「……そうなんですか?」

「自分の波長に合うモノですもの。気になるモノ、好きなモノとそう大差はないわよ」

 

 あの子はそんなこと考えてもいないでしょうけれど、とパチュリーは笑う。

 

 ……それも、確かにそうか。

 少し難しく考えすぎていたらしい頭をほぐす意図も込めて、こめかみの辺りを軽く揉んだ僕は、改めて素材の山へと向き合った。

 

 爪、牙、角、皮といった動物由来の素材。

 樹木や果実、或いはその種といった植物由来の素材。

 石、宝石などといった鉱石素材。

 

 大別すれば、おおよそこんなところか。

 如何にも現代人染みた考えであれだけれど、正直、動物由来の素材には抵抗がある。生理的に受け付けないというか……ちょっと不衛生そう、というか。

 故に、選ぶとすれば植物系か鉱石系。そう、ざっくりとあたりをつけてから実際に手に取ってみる。

 

「……同じ石でも、触り心地が違うものなのか」

 

 滑らかなもの。

 ざらついたもの。

 肌に引っかかる感触それ自体が、大きく異なる。触っていて気持ちがいいのは、当然滑らかな方だが、より違和感の少ないもの、馴染む感触がしたのは、どちらかというとざらついた方、かな。

 

 幾つかの鉱石の中から一つ、最もしっくり来るものを選び取った僕は、同様の作業を行い植物系の中からも一つを厳選した。

 

 その二つをそれぞれ手の中に収め、目を凝らして観察し、握り締めては感触を確かめ。

 

「――――私、これにする」

「うん、僕も決めたよ」

 

 僕らは照らし合わせたように、選び取ったソレを互いに見せ合った。

 

 僕の手の中には、砕かれた破片のような黒の鉱石が。そして、彼女の手の中には、丸く加工された赤色の鉱石が、それぞれ収まっていた。

 

 ……うん。なんだか、フランって感じだ。

 ふと僕がそう思った時、彼女も同じように感じてくれていたのだろうか。僕の目を見て、小さく笑ったのだった。

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